フランスの第三世代IS『コスモス』とデュノアが操る第二世代ISの『ラファール』の性能差は明確だった。
試合直前にデュノア父が言っていた通り、ほぼ全てのスペックで『ラファール』は旧世代機であり、『コスモス』は第三世代機らしい特徴を備えている。
「シャル!!」
吹き飛んだデュノアを見て、一夏が叫ぶ。
場所はISアリーナ観客席の最前列。一夏を中心に横並びに座っていて俺は端っこ。
わずかに距離を開けてデュノア父とその部下らしき人が座っていた。
眼前では空中で体勢を立て直したデュノアが『コスモス』から一定の距離を開けながら飛んでいるところだ。
「……くそっ。シャルの射撃が何も効いていないのか? どうして……」
一夏の分析の通り、デュノアは自身の持ち味である
しかしその攻撃は花びらの形をしたシールド一枚で完全に防がれてしまっている。
普通のシールドではダメージを軽減するぐらいで一応ダメージ自体は通るはずだ。
だが、外から見ている限りではそんな様子は見受けられない。『コスモス』は待ちの姿勢を貫き通し、ここぞというところでしか攻撃していない。シールドで防いでいるとはいえ、雨あられと弾丸を食らっているのだから、多少なりダメージは通っているはずだが。
結局、考えても埒が明かないので、そこのところの説明を求めてデュノア父を見る。
俺の視線に気づいたデュノア父は面倒そうに息を吐いたが解説を始めてくれた。
「あれは我が社が開発した第三世代兵器。実弾の類は全て受け流すエネルギーシールドだ。ほぼ全ての兵装を実弾兵器に頼っているシャルロット・デュノアには苦しい相手だろう」
と言うことらしい。
それを聞いた一夏は悔しそうに拳を握り締めた。そして大声でエールを送る。「頑張れ」だとか「俺たちがついてるぞ」だとか。
他の面々は感情を殺したような無表情で戦いの行方を見守っているのとは大反対。そもそもここから声援を送った所で届いているかは怪しいものだ。距離が離れているのはもちろんだが、アリーナ全体がシールドで覆われている。そのおかげでこんな近距離で悠長に観戦できているのだが。
暫くの間、デュノアは牽制の様に実弾をばら撒きながら様子見に徹していたが、攻撃に転じた『コスモス』を目の当たりにして悠長なことはしていられないと判断したらしい。
次から次へと武装を取り出し、弾幕の雨を作り出しながら強引に距離を詰めに行った。
「無茶だ!」
一夏が叫ぶ。
「……格闘戦か。他に手段がないとは言え……」
冷めきった声音のデュノア父。
そんなことは、他ならぬデュノアが一番よく分かっているはずだ。
数多くの武装を犠牲にし、やっとの思いで『コスモス』の目の前までやってきたデュノア。パイルバンカーを取り出して攻撃に移ろうとする。
それを待っていたかのように、『コスモス』は隠し持っていたショットガンを眉間に突きつけた。
――――負け。
その言葉が脳裏によぎる。
健闘したと言えるだろう。加えて、勝っても負けても損があるわけではない。そう自分に言い聞かせて、目を閉じて――――。
一夏の歓声に目を開く。
「よしっ。やった!」
喜色満面の一夏が目に映る。
他の面々も驚きを隠せていない。
デュノア父ですら、予想外と言う顔でアリーナを凝視している。
アリーナを見てみると、直前までデュノアがその手に持っていたパイルバンカーが捨ててあり、代わりに銃身の曲がったライフルを手に不敵に笑っていた。
『コスモス』はと言うと、明らかに攻撃を食らいましたという体勢で顔を抑えている。
その足元にはISの部品か何か……あ、違う、バイザーか。それが落ちている。
どうやらデュノアは敵が隠し玉を持っていることを予想した上であえて格闘戦に持ち込み、とっさの判断でパイルバンカーを囮にしたらしい。だからと言って銃で殴りつけるのはどうかと思うが。
なんにせよ一矢報いたことに変わりない。
流れはきた。この流れに乗れるのか……そんなことを考えていたら、さっきまでバイザーで隠れていた『コスモス』の搭乗者の顔がはっきり見えた。知ってる顔だ。
「ちっ……折角髪まで切ったって言うのによぉ……台無しじゃねえかクソガキが!!」
……あ、あいつ亡国機業だ。
◆ ◆ ◆
「アリーナのシールドロックを一部解除してください! 援護に向かいます!」
いの一番に会長が叫んでいた。
更識妹とボーデヴィッヒも立ち上がっている。
デュノア父はと言うと、状況の確認をしていた部下からスマートフォンをひったくり、「何がどうなっている!!」と電話口に向けて怒鳴り散らしている。
「デュノアさん! シールドロックを!」
「……駄目だ。ハッキングを受けている。こちらの操作を受け付けないらしい」
会長の表情が歪む。
横から更識妹が前に進み出た。
「私がISでハッキング元を割り出します……。コンソールはどこですか?」
デュノア父が部下に視線を送る。
部下は頷き、更識妹を連れて走り出した。
「楯無さん、俺ならシールドを割れる。今すぐシャルのところへ行かせてくれ」
「ダメよ」
鼻白んだ一夏に対し説明が続く。
「あなたの零落白夜じゃシールド全体が消し飛ぶわ。そうなったらいくらオータムでも逃げるでしょう。ISを持ち逃げされる」
「でも、それじゃあ……!」
一夏がアリーナに目を向けると、例のオータムとかいう直情馬鹿女がデュノアを嬲っている最中だった。
逃げ回るデュノアをライフルで狙い撃ちにし、近づけばショットガンを乱射している。
「ISのことなんか関係ない! シャルが殺されるかもしれないんだ! 見過ごせるか!」
「……」
会長は何も言わない。
苦々しい表情でアリーナ内を見ている。
数秒、沈黙が続く。各々が思考を続け、一夏の我慢が限界を迎えようとする直前、デュノア父が口を開いた。
「……やむを得ない。織斑一夏君。シールドを壊し、娘を救ってくれ」
はっとした顔の一夏がデュノア父を見る。その横で会長が怪訝げに尋ねる。
「それではISが奪われます」
「……また作ればいい。人命には変えられない」
会長は逡巡する。一瞬の間を置いて言葉を続けた。
「……ISには絶対防御があります。怪我を負いこそすれ、命の危険は少ないでしょう。……絶対ではありませんが」
「承知している。しかし、万が一にでも娘が死んでしまったら、私は悔やんでも悔やみきれないだろう」
一夏に歩み寄り、その両肩を掴むデュノア父。必死の形相で懇願する。
「頼む……娘を救ってくれ……!」
直前までの一企業の社長としての姿から、娘を愛する父親へと。
そのあまりの変わりように一夏は狼狽える。だが、狼狽えている場合ではないと力強く頷く。
「はい! 任せてください! 俺が――――」
「まあ待て」
盛り上がりまくっている一夏の首根っこを掴んで抑える。
目線を向け、ボーデヴィッヒには腕を抑えてもらった。
これぐらいしないと今すぐに飛び出していきそうだから念入りに。
「嘉神!?」
「落ち着けよ。まだ更識妹の作業が残ってる」
ISで通信を開き更識妹に繋ぐ。
「まだか。もう待ちきれねえぞ」
『もうすぐ……もうすぐ……』
呟くような声。聞こえる息遣いは荒い。さすがにエロ本を読んでるわけじゃないだろう。
「……簪」
『……出た!』
「どこだ」
『ここから上空千メートル!』
その場の全員でアリーナの天井を見上げる。
直後、ゆっくりと天井が開いて行く。コントロールは奪われている。逃げ出す準備。時間がない。
「行くぞ嘉神!」
「待て」
「なんでだよ!」
なんでもかんでもない。俺たちだけで盛り上がっていても仕方がない。意思統一にはまだ一人残っている。
「デュノア、聞こえるか」
『なに!?』
上ずった声が聞こえる。
戦闘中だが、即座に応答したと言うことは待っていたのだろう。
「アリーナを乗っ取られた。仕方ないから一夏がシールドぶち破ってお前を助けに行く」
『……それは嬉しいけど、それだとコスモスには逃げられるんじゃないの!?』
「それはその通りだが、お前の父親に懇願されてな。ISよりも娘を助けてくれってさ」
息を呑む声が聞こえた。
沈黙。その間も戦闘は続いている。
『一夏に伝えて。来ないでって。お父さんにも伝えて。ISは取り戻すって』
横で一夏が何か言っている。デュノア父も何か叫んでいる。
うるさいから蹴っておく。痛みに呻く二人をボーデヴィッヒが遠ざけてくれた。
「勝算は?」
『……ない!』
思わず笑う。一周回って自信満々に聞こえたが、絶体絶命なのだろう。
天井はすでに半開き。このままでは逃げられる。やることやりつつ奇跡を信じてみるか。
「アドバイスがある。まずは対戦相手の直情馬鹿女の弱点だ」
『なに!?』
「そいつは短気で馬鹿だから、適当に煽ってやればすぐ怒り狂う。戦いやすくなるぞ」
『なんて言えばいいかな!?』
「態度がでかい癖にコソ泥しまくってるのはみみっちい性根が表れてんのかとか、相手を見下すのは自分の能力のなさの裏返しですかー? そー言えばコソ泥失敗しまくってるなあ。無能極まってますねぇとか言えばいいんじゃねえの?」
『……凄い! 凄い怒ってる! 嘉神に凄い怒ってるよ!』
なんで俺に対して怒ってるんだ。まさか通信繋げてたの? まあいいや。
目線でボーデヴィッヒに合図を送る。意図を読み取ってISを装着するボーデヴィッヒ。一夏も同じくISを着込んだ。
「じゃあ次。ISに意思があるって話はしたよな。覚えてる?」
『……それが?』
「信じて願えば叶う。俺はそう信じてる」
デュノアが黙る。
何を思っているのか。役に立たないアドバイスだと思ったのだろうか。それとも少しは信じてくれただろうか。
「信じろ」
一拍置いて、通信を介して聞こえてくる声。
『いくよ、リヴァイブ』
直後、アリーナの中が光り輝く。
何事かとISのセンサーを見るがエラーばかりで役に立たない。警鐘はない。それだけが判断材料。
眩しさのあまり目を覆って立ち尽くす。
光が消えた後、そこには見たことのないISに乗っているデュノアとなぜかISが解除され生身で呆然としてる直情馬鹿女。
この場の全員が予想外の事態に呆然とする。
再起動にかかったのは数舜。早かったのは会長。
「行きなさい、一夏君!」
「おおぉ!!」
号令一下、一夏が突っ込んでいく。
シールドが砕け、デュノアの元に突進していく。その後をボーデヴィッヒが追う。
二人行けば十分。俺は周囲の索敵に注力する。
完全に開ききった天井の向こうにIS反応。――――クロエ・クロニクル。
『ISの強奪は失敗。残念です』
通信。咄嗟に周囲を見れば会長が近くに立っていて、遠くから更識妹がこちらに走って来ている。
「お疲れ様。主の命令か?」
『いいえ。これはただのお手伝い。元々勝算は薄かった。あなたたちが来たのは予想外でした』
「あっそ。じゃあもうとっとと帰れ。二度と来るな」
『そうさせていただきます。その前に――――』
クロエ・クロニクルは訊ねてくる。
『我が主に対して、何か言伝があれば預かりますが?』
「……」
ああ、そうだったと思い出す。あの時、電脳世界で思ったこと。一度した後悔を二度繰り返すほど馬鹿じゃない。
「『遺書はしたためたぜ。いつでもかかってこい』って言っておいて」
『……承知しました。その言伝、確かにお預かりしました。また会うその時まで、お元気で』
ISが空に昇っていく。すぐに見えなくなって反応が消えた。
肩で息をする更識妹がキョロキョロと周囲を見回している。デュノア父が数人の部下と共にアリーナ内へ踏み込んで行った。
唯一、会長だけが俺の方に寄って来る。今のやり取りが聞こえていたのだろうか。怪訝そうな顔で、疑いの目を向けてきている。
俺もアリーナ内に逃げようかなと思ったところで再び通信が入った。
『弟よ、もう一機のISが上空に逃げた。追うか?』
「追っても追いつけないだろう。放っておけ。それよりもデュノアはどうなってる」
『ああ、よくわからないが、デュアル・コアと言うらしい』
「は?」
『二つのISが融合したらしいな』
……なにそれ。なんでそんなことになるの。
これが本当の奇跡か。もうよくわからんな。
「嘉神君。今の通信はどういうこと?」
呆気に取られて逃げる隙を見失った。会長が問い詰めてくる。
断片的な会話でも不穏な気配を感じ取ったのか。詰めの甘い恋する小娘だが、言うほど甘い人でもなかったらしい。
溜息を吐いて時間を稼ぐ。
俺が篠ノ之束に殺害予告を受けていることは織斑千冬にしか告げていない。
他の誰に教えようと無駄だからだ。一夏に伝えようと会長に伝えようと、相手が篠ノ之束ではどうにもできない。だから伝えていない。
沈黙する俺に、会長は重ねて訊ねてくる。
「知り合いなの?」
知り合いは知り合い。一度だけの知り合い。それも電脳世界でのことだから、実際には一度も会っていない。
初めて会った時のことを思い出す。あの時抱いた既視感。僅かに考えて思い至る。
「……ボーデヴィッヒに似てるのか」
その言葉の意味を会長は理解できていない。
俺自身、くすりと笑う。
分からないことだらけで笑うしかない。
◆ ◆ ◆
世界で初めて二つのコアを搭載したIS。その名も『リインカーネーション』。意味は輪廻転生。
どうやら『コスモス』と『ラファール』が融合したらしい。ISコアを二つも搭載していて性能がとんでもないと。
どうしてそんなことが起こったのか。まったく分からないが、デュノア曰く「リヴァイブ達が僕の思いに答えてくれた」そうで。
やばい薬やってるわこいつということで大急ぎで検査させた。結果は白。おかしい。どう考えても黒と言うか白い粉なのに。
そんなこんなでフランスに来た目的は達した。なんだかんだ父親は娘を思い、IS学園に転入させたのも親戚関係のゴタゴタから守るため。本妻との間に子供がいない。このままでは後継者はシャルロット・デュノア。よし殺せ。と言うことらしい。
転入の際、男装させていたのはそういう名目で無理やり送り込んだから。
まさか誰にもばれずに転入できるとは思いもせず、同室の一夏に惚れるなんて晴天の霹靂で、混浴なんて雷を打たれたような衝撃だったらしい。
当の一夏は件の父親の思いなんて知る由もなく、「折角だからフランス観光を」と言い出して、「出来るわけねえだろ」と腹パンを食らわせ、即座に帰国の準備にかかる。
帰りの便で考える。
アルベール・デュノアに言われたこと。「娘を頼みたい」と。
「一夏に言え」と返したのだが、「向こう見ずが過ぎる」と言う評価らしく、如何に娘の思い人でも現時点ではダメらしい。
そう言う無鉄砲さが更識妹の言うところの「ヒーローらしさ」ではあるけれど、現実問題そればかりじゃやっていけない。
もうちょっと色々考えなきゃだめだよねということで。
「ではこれより、一応は軍のエリートたるボーデヴィッヒに軍事教育を施してもらう。不眠不休だ。頑張れ一夏」
「ちょっと待てよ」
丁度良く飛行機にいる時間は比較的暇なので、有効活用のお時間だ。
「いいか一夏。お前の無鉄砲で向こう見ずの考えなしの馬鹿さ加減は長所であるが短所でもある。きっちり現実の厳しさは教えてもらえ。まずはトロッコ問題だ。頼みます。先生」
「よかろう。だが弟よ。私のことは先生ではなくお姉ちゃんと呼べ」
「お姉ちゃん!」
「……現実を知るべきなのは嘉神の方じゃないのか?」
お前にだけは言われたくない。大体弟も嫁もそんなに変わんないだろ。
そんなこんなで、生まれて初めのフランス旅行は散々な結果で終わってしまった。
二度と行かねえぞと心に刻んだ一件になった。