明日の彼方に   作:紺南

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一夏密着24時 1

 

「なあ嘉神」

 

「んぁ?」

 

夜。食堂でカツカレーを頬張っていた俺に、同じくカレーを食べていた一夏が話しかけてくる。

直前まで馬鹿六人と今日の授業の内容や特訓の成果、あるいは代表候補生の写真集がどうとか。そういう話をしていたのだが、突然俺に話題を向け、何でもないことを話すように言った。

 

「最近、嘉神ってモテてるよな」

 

手からスプーンが零れ落ちる。

カチャンと甲高い音が鳴って、からからと小刻みに跳ねる。

しばし呆然とし、ふと我に返って悪い冗談だと鼻で笑った。震える手でコップを手に取り、口に運びながら笑い飛ばす。

 

「な、何言ってんだ一夏……俺がモテるなんて、そんなことはありえない……お前の勘違いだ……そうだろ?」

 

「いや、でも結構その辺で噂が――」

 

「どこのどいつだそんな悪趣味な噂立ててんのは!? 今すぐ連れてこい!! 前言撤回させてやる!!」

 

思わず大声を出した俺を一夏が驚きの目で見ている。

「落ち着きなさいよ」と凰さんがとりなしてきた。これが落ち着いてられるかと、憤懣やるかたない思いで乱暴にコップを置く。

 

「一体どこのどいつが火もないところでそんな煙を立ててる……まさかのほほんさんか? なら主犯は会長だな……五寸釘が足りねえようだなぁ!?」

 

「嘉神さん、あまり声を荒げないでくださいまし。みなさんこちらを見てますわ」

 

恥ずかしそうに周囲の様子を伺うセシリア。他の面々も大なり小なり同じ思いのようだ。

 

「なあ、セシリアは知ってたのか? こんな悪辣な噂が流れてることを。なあ?」

 

「い、いえ……わたくしはあまりそういう話は……」

 

「……本当だろうなぁ? あぁん?」

 

「ほ、本当ですっ」

 

疑わしかったがそう言い張るなら仕方がない。今は見逃してやろう。

次に篠ノ之さんに視線を向ければ、なぜか目を逸らした。デュノアに向けても、ボーデヴィッヒに向けても、更識妹に向けても同じだった。

凰さんを見れば馬鹿にしたような目で見てくる。

 

「あんた馬鹿なの?」

 

「詳しい話を聞こうじゃないか」

 

本腰を入れて経緯を聞くことにする。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……つまり一夏の人気が衰えていると、そういうことか」

 

「今の話をどう聞いたらそんな結論に達するのよ」

 

由々しき事態である。

見世物小屋のパンダに人が集まらなくなっているなんて。

そんなことは認められない。認めてはならない。

 

スターは常にスターでなくてはならないのだ。

輝き、人を惹きつけ、日陰を生む。

俺はその日陰に生息するカビである。あってもなくてもどうでもいい。わざわざ掃除する意味などなく、掃除したところでどうせまた生えてくる。そんなものにかかずらうのは人生の無駄。

見過ごされ、見て見ぬふりをされる。そういう人生を送りたい。

 

「一夏。俺、わかったよ。お前のために一肌脱ぐ。任せてくれ」

 

「……なに言ってるんだ?」

 

「何も言わなくていい。分かってる。全部分かってるから、任せてくれ。悪いようにはしない」

 

「待てよ。何するつもりなんだ? ……嘉神! おい、待てよ!?」

 

脇目も振らずに走った。

食べかけのカツカレーなんてどうでもよかった。

こうしちゃいられない。準備しなくては。頼れるあいつらを招集だ!

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

放課後、生徒会室で無駄に仕事に励んでいた会長と布仏姉を追い出し、更識妹とのほほんさんの二人を前に口火を切る。

 

「由々しき事態だ」

 

重々しく厳格な雰囲気で、出来る限りの威厳を醸し出しながら言う。

 

「なぜか知らないが、一夏の人気に陰りが出ている。IS学園最大のアイドル、空前絶後、全世界から大人気の見世物パンダが飽きられつつあるらしい。信じられない話だが、龍砲女が言うにはそうなっていると言う。まったく信じ難い事態だが、対処しなければならない。何か意見はあるか?」

 

「はーい! 最近かがみんのこと『ちょっといいかも』って言う子が増えてるんだけど、多分それが原因じゃないかな~」

 

「Shut up!!」

 

拳をテーブルに叩きつけ、のほほんさんの言葉を遮る。

聞きたくない言葉は聞かないに限る。それがまったく笑えない冗談ならなおさらだ。

 

「この際、原因の究明はどうでもいい! 問題は一夏の人気をどうやって元に戻すかだ!」

 

「……戻すって、どうやって?」

 

呆れ果てたと言う感じの更識妹。

その顔にイラっときた俺は、その辺にあった重要そうな書類の裏に馬鹿七人と書き殴る。

 

「思うに、一夏の人気が落ちているのは独占している奴らがいるからだ! いっつも一夏の周りにいて、恋人でもないくせに他の女子を寄せ付けない! 挙句の果てには人の部屋の扉を平気でぶち破って来る奴ら! 馬鹿七人! こいつらのせいで一夏に近づくことも出来ない! 話の一つも真面に出来なければ、手の届かない存在なんだと興味をなくす奴も出てくるだろう! そんなことは俺が許さん!」

 

これ以上俺の部屋の扉をぶち破ることは許さない。折角ペットドアまでつけたのだ。これ以上は断じて不可! やった奴からぶっ殺す。

 

「一夏は決して雲の上の存在ではないと知らしめねばならない。そのためにどうするか。見せればいい。普段の一夏を」

 

一夏はいつだって俺たちの近くにいる。振り向けばいる。呼んでもないのにいる。いつの間にかいる。

テストはいつも赤点スレスレ。意味不明に親父ギャグを好み、ここぞと言う時以外は情けない。ついでに一級フラグ建築士の資格持ち。唐変木で鈍感。万死に値する。それが一夏だ。

 

「一夏密着24時。これをやる」

 

一夏の普段の生活をIS学園の皆様にお送りする。これが起死回生の一手。まさしく神の手だろう。我ながら素晴らしい手を思いついた。俺が失うものは特にないと言うのが素晴らしい。

 

「……つまり?」

 

「つまり、一夏を丸一日撮影した後、学園のシステムを乗っ取って全クラスに流す」

 

「……馬鹿なの?」

 

「俺は本気だ」

 

正気を疑ってくる更識妹に真顔で返す。

 

「……学園のシステムを乗っ取ったら良くて停学、普通に考えれば退学になるんじゃ……」

 

「俺を退学に出来る奴なんていねえ!!」

 

世界で二人しかいない男のIS操縦者を退学?

一体誰がそんなことを許すのか。どれだけ頑張っても停学が関の山。俺の立場から言って停学なんて屁でもない。そんなものは俺の経歴のかすり傷にもなりはしない。だって俺は男のIS操縦者だから。

 

「更識妹。ここまで言えば、お前の役目は分かるな?」

 

「……分からない」

 

「お前が学園のシステムを乗っ取るんだよ」

 

「……本当に分からない」

 

頭を抱え始めた更識妹に告げる。

お前ならそれぐらい出来るだろと、実績から来る信頼。

 

「はいはーい! かがみんに質問でーす!」

 

「なにかな、のほほんさん」

 

「私の役目はー?」

 

「特にないよ」

 

「えー? じゃあ、どーして呼ばれたのー?」

 

「いつも勝手に来るから、もう呼んでしまえと思って」

 

「なるほどー」

 

一夏ファンクラブ創設の時やむっつりがオープンに進化した時の緊急対策会議にも勝手に来たし、じゃあもう呼んじまえと呼ぶことにした。

なのでのほほんさんに頼むことは特にない。会長に告げ口するなり勝手にしてくれ。

 

「更識妹。お前の役目は重大だ。任せたぞ」

 

「任されたくない……」

 

「そう言うな。たかだか共犯だ。多分織斑先生の鉄拳制裁ぐらいで済む」

 

「絶対に嫌」

 

嫌がる更識妹に対し、やれやれと首を振る。

全く……鬼軍曹の鉄拳制裁程度を怖がって……。俺なんか一日に一回は食らっていると言うのに。そんなんで一夏を落とせるつもりか? 仮に結婚したらあれが義姉になるんだぞ? 俺なら死んでも御免だね。

 

「お前の意見はどうでもいいから話を進めるが、今回の役割は撮影=俺。編集・放送=更識妹で行く」

 

「……だからやらないって……編集?」

 

はたと何かに気づいた更識妹。

 

「24時間撮影したものをそのまま流すわけにはいかないからな、長くても1時間程度にする。公序良俗に反するものからカットしていく」

 

「……公序良俗」

 

「考えられるのは一夏の着替えシーンや入浴シーンだな。この辺は全部カットする」

 

更識妹の目に光が帯び始めた。

俺が何を言いたいのか、もう気づいたらしい。

 

「オリジナルデータは俺が保管するが、編集については好きにやってくれ。俺が見るのは最終チェックだけだ。……まだ不満はあるか」

 

「ない。やる。任せて」

 

「よし。頼むぞ」

 

俺と更識妹が固い握手を交わす横で、のほほんさんが「がんばれー」と応援してくれる。

必ず成し遂げねばならない一大事業。その第一歩が踏み出された。

 

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