「なあ嘉神」
「んぁ?」
夜。食堂でカツカレーを頬張っていた俺に、同じくカレーを食べていた一夏が話しかけてくる。
直前まで馬鹿六人と今日の授業の内容や特訓の成果、あるいは代表候補生の写真集がどうとか。そういう話をしていたのだが、突然俺に話題を向け、何でもないことを話すように言った。
「最近、嘉神ってモテてるよな」
手からスプーンが零れ落ちる。
カチャンと甲高い音が鳴って、からからと小刻みに跳ねる。
しばし呆然とし、ふと我に返って悪い冗談だと鼻で笑った。震える手でコップを手に取り、口に運びながら笑い飛ばす。
「な、何言ってんだ一夏……俺がモテるなんて、そんなことはありえない……お前の勘違いだ……そうだろ?」
「いや、でも結構その辺で噂が――」
「どこのどいつだそんな悪趣味な噂立ててんのは!? 今すぐ連れてこい!! 前言撤回させてやる!!」
思わず大声を出した俺を一夏が驚きの目で見ている。
「落ち着きなさいよ」と凰さんがとりなしてきた。これが落ち着いてられるかと、憤懣やるかたない思いで乱暴にコップを置く。
「一体どこのどいつが火もないところでそんな煙を立ててる……まさかのほほんさんか? なら主犯は会長だな……五寸釘が足りねえようだなぁ!?」
「嘉神さん、あまり声を荒げないでくださいまし。みなさんこちらを見てますわ」
恥ずかしそうに周囲の様子を伺うセシリア。他の面々も大なり小なり同じ思いのようだ。
「なあ、セシリアは知ってたのか? こんな悪辣な噂が流れてることを。なあ?」
「い、いえ……わたくしはあまりそういう話は……」
「……本当だろうなぁ? あぁん?」
「ほ、本当ですっ」
疑わしかったがそう言い張るなら仕方がない。今は見逃してやろう。
次に篠ノ之さんに視線を向ければ、なぜか目を逸らした。デュノアに向けても、ボーデヴィッヒに向けても、更識妹に向けても同じだった。
凰さんを見れば馬鹿にしたような目で見てくる。
「あんた馬鹿なの?」
「詳しい話を聞こうじゃないか」
本腰を入れて経緯を聞くことにする。
◆ ◆ ◆
「……つまり一夏の人気が衰えていると、そういうことか」
「今の話をどう聞いたらそんな結論に達するのよ」
由々しき事態である。
見世物小屋のパンダに人が集まらなくなっているなんて。
そんなことは認められない。認めてはならない。
スターは常にスターでなくてはならないのだ。
輝き、人を惹きつけ、日陰を生む。
俺はその日陰に生息するカビである。あってもなくてもどうでもいい。わざわざ掃除する意味などなく、掃除したところでどうせまた生えてくる。そんなものにかかずらうのは人生の無駄。
見過ごされ、見て見ぬふりをされる。そういう人生を送りたい。
「一夏。俺、わかったよ。お前のために一肌脱ぐ。任せてくれ」
「……なに言ってるんだ?」
「何も言わなくていい。分かってる。全部分かってるから、任せてくれ。悪いようにはしない」
「待てよ。何するつもりなんだ? ……嘉神! おい、待てよ!?」
脇目も振らずに走った。
食べかけのカツカレーなんてどうでもよかった。
こうしちゃいられない。準備しなくては。頼れるあいつらを招集だ!
◆ ◆ ◆
放課後、生徒会室で無駄に仕事に励んでいた会長と布仏姉を追い出し、更識妹とのほほんさんの二人を前に口火を切る。
「由々しき事態だ」
重々しく厳格な雰囲気で、出来る限りの威厳を醸し出しながら言う。
「なぜか知らないが、一夏の人気に陰りが出ている。IS学園最大のアイドル、空前絶後、全世界から大人気の見世物パンダが飽きられつつあるらしい。信じられない話だが、龍砲女が言うにはそうなっていると言う。まったく信じ難い事態だが、対処しなければならない。何か意見はあるか?」
「はーい! 最近かがみんのこと『ちょっといいかも』って言う子が増えてるんだけど、多分それが原因じゃないかな~」
「Shut up!!」
拳をテーブルに叩きつけ、のほほんさんの言葉を遮る。
聞きたくない言葉は聞かないに限る。それがまったく笑えない冗談ならなおさらだ。
「この際、原因の究明はどうでもいい! 問題は一夏の人気をどうやって元に戻すかだ!」
「……戻すって、どうやって?」
呆れ果てたと言う感じの更識妹。
その顔にイラっときた俺は、その辺にあった重要そうな書類の裏に馬鹿七人と書き殴る。
「思うに、一夏の人気が落ちているのは独占している奴らがいるからだ! いっつも一夏の周りにいて、恋人でもないくせに他の女子を寄せ付けない! 挙句の果てには人の部屋の扉を平気でぶち破って来る奴ら! 馬鹿七人! こいつらのせいで一夏に近づくことも出来ない! 話の一つも真面に出来なければ、手の届かない存在なんだと興味をなくす奴も出てくるだろう! そんなことは俺が許さん!」
これ以上俺の部屋の扉をぶち破ることは許さない。折角ペットドアまでつけたのだ。これ以上は断じて不可! やった奴からぶっ殺す。
「一夏は決して雲の上の存在ではないと知らしめねばならない。そのためにどうするか。見せればいい。普段の一夏を」
一夏はいつだって俺たちの近くにいる。振り向けばいる。呼んでもないのにいる。いつの間にかいる。
テストはいつも赤点スレスレ。意味不明に親父ギャグを好み、ここぞと言う時以外は情けない。ついでに一級フラグ建築士の資格持ち。唐変木で鈍感。万死に値する。それが一夏だ。
「一夏密着24時。これをやる」
一夏の普段の生活をIS学園の皆様にお送りする。これが起死回生の一手。まさしく神の手だろう。我ながら素晴らしい手を思いついた。俺が失うものは特にないと言うのが素晴らしい。
「……つまり?」
「つまり、一夏を丸一日撮影した後、学園のシステムを乗っ取って全クラスに流す」
「……馬鹿なの?」
「俺は本気だ」
正気を疑ってくる更識妹に真顔で返す。
「……学園のシステムを乗っ取ったら良くて停学、普通に考えれば退学になるんじゃ……」
「俺を退学に出来る奴なんていねえ!!」
世界で二人しかいない男のIS操縦者を退学?
一体誰がそんなことを許すのか。どれだけ頑張っても停学が関の山。俺の立場から言って停学なんて屁でもない。そんなものは俺の経歴のかすり傷にもなりはしない。だって俺は男のIS操縦者だから。
「更識妹。ここまで言えば、お前の役目は分かるな?」
「……分からない」
「お前が学園のシステムを乗っ取るんだよ」
「……本当に分からない」
頭を抱え始めた更識妹に告げる。
お前ならそれぐらい出来るだろと、実績から来る信頼。
「はいはーい! かがみんに質問でーす!」
「なにかな、のほほんさん」
「私の役目はー?」
「特にないよ」
「えー? じゃあ、どーして呼ばれたのー?」
「いつも勝手に来るから、もう呼んでしまえと思って」
「なるほどー」
一夏ファンクラブ創設の時やむっつりがオープンに進化した時の緊急対策会議にも勝手に来たし、じゃあもう呼んじまえと呼ぶことにした。
なのでのほほんさんに頼むことは特にない。会長に告げ口するなり勝手にしてくれ。
「更識妹。お前の役目は重大だ。任せたぞ」
「任されたくない……」
「そう言うな。たかだか共犯だ。多分織斑先生の鉄拳制裁ぐらいで済む」
「絶対に嫌」
嫌がる更識妹に対し、やれやれと首を振る。
全く……鬼軍曹の鉄拳制裁程度を怖がって……。俺なんか一日に一回は食らっていると言うのに。そんなんで一夏を落とせるつもりか? 仮に結婚したらあれが義姉になるんだぞ? 俺なら死んでも御免だね。
「お前の意見はどうでもいいから話を進めるが、今回の役割は撮影=俺。編集・放送=更識妹で行く」
「……だからやらないって……編集?」
はたと何かに気づいた更識妹。
「24時間撮影したものをそのまま流すわけにはいかないからな、長くても1時間程度にする。公序良俗に反するものからカットしていく」
「……公序良俗」
「考えられるのは一夏の着替えシーンや入浴シーンだな。この辺は全部カットする」
更識妹の目に光が帯び始めた。
俺が何を言いたいのか、もう気づいたらしい。
「オリジナルデータは俺が保管するが、編集については好きにやってくれ。俺が見るのは最終チェックだけだ。……まだ不満はあるか」
「ない。やる。任せて」
「よし。頼むぞ」
俺と更識妹が固い握手を交わす横で、のほほんさんが「がんばれー」と応援してくれる。
必ず成し遂げねばならない一大事業。その第一歩が踏み出された。