明日の彼方に   作:紺南

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一夏密着24時 2

 

8K対応ビデオカメラ。

それなりの保存容量と大容量バッテリー。手振れ補正つきで画素数にもこだわった。

高ければ高いほど良いものだろうと言う感覚で購入。予備バッテリー等を含めて、しめて50万円なり。

 

そのカメラを構え、一夏の部屋に侵入。

暗闇の中を夜間モードで映していく。二つあるベッドの内、扉側のベッドに一夏の姿を発見。

その寝顔をズームで映す最中、隣のベッドで丸くなっていた猫の目が開き妖しく光る。

こちらをじっと見ている猫をズームで撮影。普段から餌をやっている第二の飼い主たる俺を警戒心露わに見つめ続けるクソ猫。

水飲み器やトイレ、キャットタワーなどを用意したこの俺に対し、全く懐く様子のない猫畜生は今日も変わらず睨みを利かせている。

 

やんのかてめえと言う心の声を飲み込み、一夏にピントを合わせ直して撮影を続ける。

日の出と共に徐々に室内が明るくなっていく数十分間。十分すぎるほどに一夏の寝顔を記録した。

端正な顔立ちは寝ている間もイケメン具合を誇示し続けていて、それを見ていると段々と腹が立ってくる。

寝ている時くらいは不細工な面でいびきの一つもかいていてほしかった。

腹が立って仕方なかったのでコップに水を汲んで人差し指を突っ込む。眉間に向かって水滴を垂らした。

 

ぴちゃりぴちゃりと水滴が落ちていく。

一夏の寝顔が苦しみを帯びてきた。

何となく心が晴れていくような気もしたが、やっていることは陰険すぎて疑問符が浮かぶ。

なんだかもう面倒くさいので盛大に水を垂らしてやった。

 

結果、水も滴るいい男の画をばっちり捉え、一夏の寝顔は撮影完了。

あとは起きるのを待つだけ。

 

カメラを固定し一夏を映し続けながら、猫じゃらし片手にクソ猫と格闘を繰り広げる。

爪を立てた猫パンチに悪戦苦闘し、いよいよ人間様の恐ろしさを思い知らせてやろうかとマタタビを握り締めた段階に至り、ようやく一夏が目を覚ます。

「うが……?」とイケメンらしからぬ寝言と共に、のっそりと身体を起こした。

 

「……なんだよ、うるさいな……なんか濡れてる……」

 

薄いTシャツにパンツ一枚と言う中々の寝間着姿の一夏は、自分が濡れていることに疑問を覚えながら俺に目を向けてきた。

シャーッという猫の威嚇を忌々しく横目に捉えながら挨拶。

 

「おう、お目覚めか」

 

「……嘉神? 何してるんだここで?」

 

徐々に眠気が飛んでいく様子を見てとって、隠すことなく言う。

 

「一夏密着24時」

 

「は?」

 

「一夏密着24時の撮影だ」

 

「……何言ってんだ?」

 

指さした先、カメラの存在に気づいた一夏は、段々と変化した青白い顔で問い質してくる。

 

「なんでカメラがあるんだ……。なんで嘉神はこの部屋にいるんだよ?」

 

嘘であってほしい。そんな内心が手に取るようにわかる。

しかしながら現実は残酷だ。いつだってどこだって、思い通りにはいかない。

それを突きつけなければいけないのは実に心苦しいが、しかし誤魔化したところで何の意味もない。

はっきり言おう。一夏密着24時です。

 

「今日一日お前を撮影する。カメラのことは気にするな。いつも通りにしてればいい」

 

「気にするに決まってるだろ!? 何言ってんだよ!?」

 

頭を抱える一夏の肩に手を置く。何も心配はいらないと安心させるために言葉をかけた。

 

「お前の寝顔は撮影済みだ。次は寝起きのシャワーだろ? 待ってるから浴びてこい。安心しろ。中までは撮らない」

 

「撮らせねえよ!? ていうか濡れてるんだけど!? 嘉神がやったのか!?」

 

近くにあったコップを指さし、一夏が吠える。

俺は溜息を吐いて、一夏を諭した。

 

「そんなつまらないことまで気にする必要はない。誰も気にしないから」

 

「俺が気にする!」

 

喧々諤々というのがぴったりな一夏をシャワー室に押しやり、シャワー直後の一夏が画角に収まるようにカメラをセット。

まったく、最近の一夏は文句が多くていけない。全ては一夏のためだと言うのに。一夫多妻制の国に移住しろと言っても聞かないし。ルクーゼンブルクとかいう国に電話で確認までしたと言うのに、人の好意を無碍にしやがって。

 

やれやれ救いようがないねと独り言ちる。とりあえず、俺は俺の成すべきことを成さねばならない。

シャワー室から聞こえる水音を背後に、マタタビを片手にキャットタワーににじり寄る。負けられない戦いが始まった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「聞いてくれよ。嘉神が変なんだ」

 

教室に着いて早々、一夏はそんなことをのたまった。

一夏をカメラに映すため、数歩後ろにいた俺に向かって、教室中の目が向けられる。

その視線に答えるように、カメラでクラスをぐるっと一望。

もの言いたげな視線を一切合切無視して撮影を続けた。

 

「……あんた何やってんの?」

 

自分の席で頬杖をついていた凰さんが一言。

ちらりと視線を向けて、やはり無視する。

 

「えっと……嘉神? なんでカメラなんて持ってるの? もしかして、それ、撮影中?」

 

「……」

 

「……嘉神、お前の奇行にはいい加減慣れたものだが、今朝は一際変だぞ。そのカメラは何だ?」

 

「……」

 

「弟よ、それは記録か? もしや教官に何か命じられたのか?」

 

「……」

 

デュノア、篠ノ之さん、お姉ちゃんの問いかけは無視する。

画角の端っこで更識妹が所在なさげに身を縮こませていた。

クラスの女子たちも、一言も発さない俺を訝し気に見ている。唯一、のほほんさんだけがニコニコとして、カメラの前で大きく両手を振っていた。邪魔だからどいてもらう。

 

「な? 変だろ?」

 

我が意を得たとばかりの一夏。

俺が変だと言う総意を得て一体何がしたいのか。ネットにでも書き込むつもりだろうか。殺すぞ。

 

「あら。嘉神さん、ごきげんよう。……何をしていますの?」

 

背後から聞こえたお嬢様言葉。

頭だけ振り向くとセシリアが立っていた。

俺が持つカメラを怪訝そうに見ている。

 

「嘉神さん、それは?」

 

「聞いてくれよセシリア。朝から嘉神が撮影撮影うるさくてさ。ずーっとこの調子なんだ」

 

「まあ」と驚いた素振りを見せるセシリア。

なんだか鬱陶しいことになりそうな気配を感じつつ、並んで立つ二人をレンズに収める。……まあ、似合わないこともない。

 

「嘉神さん、一体どうしたのですか? あなたがおかしいのはいつものことですが、カメラなんて持ち出して。……その、今日は化粧のノリがあまり良くなくて、撮らないでいただけるとありがたいのですが……」

 

そんなことを言い始めたセシリアに対し、俺はついに溜息を吐いた。

やれやれと首を振り、仕方ない奴らだなと態度で示す。

 

「撮影中のカメラマンに話しかけるな。常識がないのかお前ら」

 

「あんた、ついに頭おかしくなったの?」

 

凰さんの追及は無視した。

俺はカメラマン。存在しないもの。カメラが回っている間は空気に徹する。それがプロだ。

 

「セシリア。俺はお前なんかに興味はない。映りたくないなら向こうに行け。今日の主役は一夏だけだ。それ以外は添え物。おまけに過ぎない。おまけ風情が自己主張するな厚かましい。化粧のノリが悪いとかそんなのは知らん。大体いつもと何が違うんだ。自意識過剰か?」

 

ひくりとセシリアの頬が引きつった。

怒気を露わに歩み寄って来る。

 

「嘉神さん、今更あなたの口の悪さについては何も言いませんけれども、あえて言わせていただくとするなら、わたくしは代表候補生です! 写真集だって出しているんです! 勝手に撮られるのは困ります!」

 

なんだこいつ。アイドルか?

内容の是非はともかくとして撮られたくないらしい。

面倒だなあと言う感じでセシリアを見る。

周囲の様子を伺ってみると、大半の生徒はセシリアに賛同していて、のほほんさんだけが「私は撮っていいよ~」とその場でぴょんぴょん跳んでいた。

とりあえず、のほほんさんの全身を映してセシリアに向き直る。

 

「なんだ? やるつもりか? 言っておくが俺の邪魔をするつもりなら容赦はしない。酷い目に遭わせた上で消えてもらう。その覚悟はあるんだろうな?」

 

「の、望むところです! わたくしはセシリア・オルコット。英国代表候補生。いくら嘉神さんと言えど、わたくしの敵ではありませんので!」

 

似たような言葉を何度となく聞いた。

その度に泣かせてきたわけだが、受けて立つと言うなら仕方がない。消えてもらおう。

 

「そうか。……時にセシリア。このカメラは8K対応でな。40万円以上した超高級品だ」

 

「……なんでしょうか? カメラは壊さないでくれとおっしゃりたいのでしょうか? あなたの態度次第ですが、考えなくもありません。まずは皆さんに謝って、特に一夏さんには誠心誠意の謝罪を……」

 

「8Kと言うのは実に高画質でな。細かく小さなものまでくっきり見えるんだ。さすがは高級品」

 

言いながら、セシリアの顔をズームしていく。

 

「昔、女子アナが『4Kや8Kは嫌いだ。見られたくないところまで見られるから』と言っていたが、まさしくその通りだ。画面越しだと言うのに小皺や染みまでくっきりわかる。これが8Kか」

 

瞬間、セシリアが自分の頬を両手で隠した。

化粧のノリが悪いらしいセシリア・オルコット。今日に限ってはさぞかし見られたくない部分が多かろう。

 

「ほう。人間と言うのは滑らかに見えて小皺が多いな……生きていたら染みも増えるか。ほほう。そんなところにも染みが……」

 

「ひっ……」

 

後ずさるセシリア。

それを追いかけるように、カメラを向けたまま、ゆっくりと歩み寄る。

 

カメラを避けようとするあまり、俯きがちになったセシリアを下から覗き込む。

じぃっとその顔をズームで映す。

 

「……おや? よくみたら毛穴に汚れが……」

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!???」

 

逃げ出すセシリア。

木霊する絶叫。

 

……ふん。超高画質で顔をズームされたぐらいで逃げるとは。

俺の邪魔をするならこれぐらいの嫌がらせは序の口だろうに。

 

去ったセシリアの背中を撮り終え、クラスに戻る。

静まり返った教室に問いかけた。

 

「他に文句のある奴はいるか?」

 

声はない。異論の一つも上がらない。のほほんさんですら真顔だった。

よしと頷き撮影を続行する。

 

一夏密着24時。撮影は始まったばかりだ

 

 

 

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