日は明け、室内に薄らと日光が差している。
時計を見るとまだ5時50分だった。この時間でこれだけ明るいとは、もう本当に夏だな。
とりあえず、隣の布団から侵入してきていた一夏を蹴って退かす。
何故か「見捨てないでくれ」などと苦悶の声を上げていたが、無視する。
起き上がって室内をよく見ると有象無象の死体が5個落ちていた。
確か篠ノ之、オルコット、デュノア、凰、ボーデヴィッヒとか言う名前だったはずだ。
他にも男がいるというのに、浴衣をはだけさせ、淫らな姿を晒しているその度胸は称賛に値する。
しかし、おそらく好きな男以外は眼中にないとか言うオチだろうから、称賛はおろか買いすらしないだろう。
その賤しい姿は微生物にでも見せびらかすと良い。
どれだけスタイルが良かろうとも、こうして無造作に転がっている姿を見ると糞餓鬼にしか見えない。
お嬢様育ちどもが。そのまま合コンとかで好きでもない男に食われてしまえ。
そしてそのまま出来婚でもなんでもやっておけ。どうせこの内の四人は一夏以外とくっつくんだ。丁度いいじゃないか。
昨夜、人の睡眠の邪魔をしてくれた分の恨みが罵倒となって内心でふつふつと湧き上がる。
しばらく誰とも喋らないように注意しないといけない。感情のコントロールなんか出来やしないのだから、当たってしまわないとも限らない。
一先ずは冷静になるため、顔を洗いに洗面所へ向かう。
途中途中、足を使って道を作ることで、少しだけうっぷん晴らしをした。
洗面台に映る自分の顔。若干隈ができているのは昨夜の馬鹿騒ぎのせいだけではないか。
完全に目を覚ますためにまずは洗顔。その後歯を磨き、口内のリフレッシュ。
6時を過ぎたあたりから、ドアの向こうから聞こえる足音が多くなる。
それと比例して聞こえる話し声も大きくなった。
生徒たちも起き始めたのだろう。
学園のように賑やかな空間となりつつあった。
だが、突然その姦しい音すら霞む爆音が辺りに響く。隕石か何かが落下したような音だ。旅館全体が震え、一瞬全てが停止した。
本当に隕石が落ちてきたのか、地震か、それとも交通事故でもあったのか。
多分、どれでもないと思う。またISが関係しているのではないだろうか。嫌な予感を通り越して死の予感がする。もう、ここまで来たら予兆と言ってしまっていいかもしれない。
一応、左手首にある腕輪を見るが、うんともすんとも言っていない。緊急事態が起きたとかではない。
なら何があったのか。分からない。分からないものは基本無視に限る。放っておこう。
ISを動かしてしまった教訓だ。
不明瞭なものに関わってしまったら嫌なことに巻き込まれるかもしれない。
そんな可能性はことごとく潰す。そう心がけている。
「ふぁ~……。…………おはよ」
さっぱり洗って、磨いて、タオルで顔を拭いてたら後ろで誰かが起きた。
先ほどの爆音のせいか。誰も起きてこないうちに部屋を出ようと思っていたのに。
舌打ちを我慢して、振り返らず鏡に映る自分を凝視する。
「ああ。浴衣は?」
「…………えー? 浴衣ぁ?」
「はだけてないか」
「うーん……? って、きゃあ!?」
可愛らしい悲鳴。どうやら起きたのは凰のようだ。微妙に言葉使いが荒い。
肌と布が擦れる音が聞こえ、次には文句が飛ぶ。
「あぁんたねえ……!」
「一発で目が覚めたようだな。素晴らしい目覚ましだ」
「こんな目覚ましがあってたまるもんですか!!」
あったらあったでこっちが気分悪いわ。そんなのは恋人なり婚約者なりと事後にやるイベントだ。
なんで俺が何の関係もない凰相手にそんなイベントこなさなきゃいけないのか。
文句が言いたいのは俺だ。罵倒を飛ばしたいのも俺だ。暴力が許されるのも俺だ。
そう思っても、実際に言葉にしたら白い眼で見られること間違いないのが男だ。
女相手にそう思うこと自体が贅沢で、社会的には女の方が性的弱者になる。
特に16歳の小娘には何を言ったところで馬の耳に念仏だろう。
ここは我慢し、反論しないで聞き流す。
「見てないでしょうね」
「は?」
「だから、む、胸とか! 色々よ!」
「はっ」
10秒も聞き流せなかった。
鼻で笑う。お前見れるほどあるのか。それ。
「安心しろ。見たかもしれんが記憶にはない。つまりお前らの厭らしい姿にはそれぐらいの価値しかないってことだ」
「殺す」
「それはやめてもらおうか」
続く反論が余計だった。ツンデレは煽り耐性がないのが常識なのに、なぜ煽ってしまったのか。
ISの展開音がする。本気でぶっちしに来ている。
いざとなれば旅館が壊れるのも辞さない覚悟で衝撃に備える。
「ちっ……」
だが、いつまで経っても攻撃は来ない。振り返ると、不機嫌そうな顔をした凰が布団の上に三角座りをしていた。
「あたし、あんたのこともうちょっと紳士的だと思ってたわ」
「なにが?」
「一言二言余計ってことよ」
「寝起きで他所様にまで気を回す余裕がないんでね。それに人に紳士的な対応を求めるのなら、あんたらは反省しなくちゃいけないことがあるんじゃないか?」
「ないわね」
「あっそ」
凰さんは考えもせず言ってのけた。顔の皮が厚い。
だが、そういうことならそれでいい。俺も別に反省なんか求めていない。求めるのは改善だ。
「こいつらは……。こんな格好して。まったく」
ぶつぶつ文句を垂れながら、それでも甲斐甲斐しく肌蹴ている浴衣を一人ずつ直していく凰さんはツンデレの鑑だ。
その褒美と言っては何だが、なぜか一夏までもが肌蹴ているので、それを直すチャンスをやろう。
「凰さん。篠ノ之さんが終わったら次は一夏だ。グッドジョブ」
「やんないわよ! やるわけないでしょ!」
叫びながらチラチラ一夏の胸板に目線が行く。気になってはいるらしい。
「どの道もう時間だ。直すついでに起こせばいいさ」
「だからやらないって……」
「なら俺がやる」
近づいて、一夏を蹴飛ばした。
それでようやく一夏が起きる。
「ふぁ……?」
「おはよう」
「……ああ、おはよう」
ぼりぼり頭を掻きながら、一夏は起き上がる。
「今何時だ?」
「もう6時すぎだな。7時集合だからさっさと起きて仕度しろ」
「そうか。もうそんな時間か。ふあー。……ん?」
「おはよう一夏」
「おはよう……って、鈴じゃないか。なんでいるんだよ」
「いるのは私だけじゃないわ。周り見てみなさいよ」
「げっ……」
未だに起きない4人を見つけての言葉が「げ」。寝起きに会いたくなかったのか?
だとしたら報われないな。因果応報でもあるけど。
「なんで皆俺の部屋にいるんだ?」
「お前の部屋だからいるんだよ」
「は?」
「ほんっとうに分かんないわけ?」
「いつか分かる日が来るだろ」
「だといいわね」
「え? え?」
一夏も起きたし、他の4人も起こしてしまおう。
「凰さん、頼む」
「なんであたしがやらないといけないのよ。あんたも手伝いなさい」
「俺がやるべきことは一夏を起こすことだけさ。他の4人は管轄外でね」
「意味わかんないんだけど」
「誰かがやらないといけないことは他人がやればいい。俺は俺がやらなきゃいけないことをするから」
無駄な言い訳だった。
それに凰さんが納得するはずもなく、眉をしかめて不満を露わにする。
しかし俺には聞く耳がない。
「トイレ行ってくるから、帰るまでによろしく」
「待ちなさい」
「もう我慢の限界でね」
漏らしそう漏らしそうと唱えながらゆっくりと部屋を後にする。
本当に、帰ってくるまでに部屋がきっちりと片付いていればいいが、良くて一夏の死体が転がっているだけだろうな。
可哀想な未来だ。
臨海学校二日目は専用機持ちが集まっての装備試験が主なイベントである。
現在、一学年に専用機持ちは6人。
俺、一夏、オルコットさん、デュノア、凰さん、ボーデヴィッヒの6人だ。
本当はもう一人いるとかいないとか聞いたが、結局はいないらしい。良くは知らない。
そして今。その6人に何故か篠ノ之さんも加わり、近くの山に織斑先生主導の元集まっている。
「全員集まったようだな。では――――」
「ちーちゃ---------ん!!!」
「――――ISの装備試験を始める」
山頂辺りから、何者かが人間離れした速度と跳力で織斑先生に接近。
織斑先生はその人物を見ないまま、地面に叩きつけた。
――――何事もなかったまま話を進める。
「では、各自ISを調整後、再びこの場に集まれ。時間は30分だ」
「あ、あの……」
「なんだオルコット。何か不明事項でもあったか」
「いえ、そうではなく……」
オルコットさんの目は地に伏せているウサギに夢中だ。女の子は可愛い物が好きだから仕方がない。
だけれど、少しは時と場所を考えよう。今は授業でこの場に集まっているのだから、自分の感情のまま行動するのは駄目だ。きちんと足並み揃えなければ。
皆それについて触れないのだから、オルコットさんも触れてはいけない。空気を読もう。だからもう忘れろ。
触れても損するだけだ。絶対に何か起きる。多分それが元凶だ。
「もう! ちーちゃん酷い! 久々に会った親友を無視するなんて!!」
「ああ。いたのか、束」
「いるよ! 束さんはいつでもどこでもちーちゃんの側に居るよ!」
無傷で立ち上がったそれは、ぷんすか怒りながら織斑先生に向かって行く。
相手をする織斑先生も疲れた表情を見せた。登場してから2~3分しか経っていないのに凄い濃い人だ。
話すだけで疲れる人間なんてこの世に居たのか。迷惑だから駆逐しちゃえよ。
「束さん!?」
「やっほー、いっくん。おひさだねえ。元気そうだねえ。美形に育ったねえ」
「は、はあ」
一夏が困惑している。知っている人物のようだが、あまり扱いに長けてはいない。
「束、生徒たちが困惑している。挨拶をしろ」
「えー。めんどいたっ。痛い痛い痛い。分かったからアイアンクローは勘弁……!」
「なら早くしろ」
万力から抜け出したうさ耳は、くるっと一回転してポーズをとりながら自己紹介。
「私が天才篠ノ之束だよ」
篠ノ之……。
「うっ……。何だ、貴様ら。何故私を見る」
一夏を除いた全員の目が篠ノ之さんに降り注ぐ。
全員が、お前の関係者だろ。お前が何とかしろよと雄弁に語る。無言で。
その圧力に負けた篠ノ之さんはおずおずと近づいて行った。
「ね、姉さん」
「おー! 箒ちゃん、お久しぶり! 相変わらず育ってるねえ。胸が!!」
「ぐっ……」
ぷるぷると握りこぶしが震える。
殴るか殴らないか、その瀬戸際に篠ノ之さんは居る。
わずか一言で人をこれほどイラつかせるとは。これが篠ノ之束か。
「じゃあ、再会の記念に揉んじゃうよお! ほれほれほれほれ――――ぷぎゅ!?」
篠ノ之束が吹っ飛ぶ。めり込んだ拳は視認できない速度で繰り出された。
倒れたままぴくぴくと痙攣するウサギ。どう考えても傷害でお縄頂戴な場面だが、犯人を突き出す人間はこの場にはいない。
この場に居る誰であれ近い事はしたはずだ。篠ノ之さんを責めることなど出来はしない。
「我慢できなかった……」
ぽつりと呟かれた言い訳に皆同情した。
「さて、箒ちゃんと姉妹のコミュニケーションも取ったところで、本題に入るよ!」
「最初からそうしてくれていれば殴らなかったのに……」
「胸が悪い。箒ちゃんの胸が」
責任転嫁。
復活したISの産みの親は、最初と何も変わらないテンションで責任転嫁した。今日中にもう一度ぐらいは殴られそうだ。
「んーじゃ、まあポチっとな」
どこからか引っ張り出した、自爆装置のスイッチみたいなものを押して空から落ちてきたのは一機のIS。
「はい頼まれもの。名前は紅椿ね」
「これが――――」
「そうそう。束さん特製の箒ちゃん専用機だよ!」
篠ノ之束自ら開発したIS。
その事実にどよめきが走る。
「カタログスペック上は現行ISのどれよりも上だよ。第四世代型だから当然だね! そうじゃなくても、束さんが作ったんだから当たり前だね!」
現行のISのどれよりも上。しかも第四世代型。
各国が第三世代型の試作機を作ってる段階で、一人だけ階段をすっ飛ばして登っている。
「じゃあ最適化しちゃうから乗って乗って」
「はい」
「先にある程度データは入れておいたから、すぐに終わると思うよ」
カタカタと天才がキーボードをタッチしている後ろで除け者5人が集まる。
「ちょっと、一夏。どういうことよあれ」
「俺に聞かれても……」
「嫁よ。なぜこんな場所にあの篠ノ之博士がいるのだ。この状況では捕縛も何も出来ん」
「それは止めといた方が良いと思うぞ」
「一夏さん!? あの篠ノ之博士とお知り合いなんて聞いていませんわよ!」
「そりゃあ言ってないし」
「何だか凄いね。第四世代型ISか。さすがはISの産みの親」
「昔からああなんだよ」
四人に囲まれる一夏。何も生産していない会話。聞きたいことあるのなら本人に聞けよ。目の前にいるんだから。
「ぽちっとしてかちゃかちゃっとしてちちんのぷーい! はいおーわり! もういいよ!」
「はっや……」
誰かがつぶやく。ここにいる生徒は誰もついて行けていない。
置いてけぼりでどんどん話が進む。
「早速どんなもんか見てみる? 見てみる? 見てみるー! さあ飛ぶんだ! あの大空が君を待っている!GOGOGOGOGOGOGOGOGOGOGOGO」
「耳障りですから連呼しないでください」
「GO!」
紅椿が地面から離れる。その時に発生した風は凄い物で、初速度やら加速度やら、何だか分からないけど凄いってことだけは分かった。
「いい感じだねえ。じゃあ武器使ってみようか。右が雨月で、左が空裂だよ」
雨月によるレーザー放出。空裂によるエネルギー刃。どちらも突然現れたミサイルを爆発させる威力を持っている。
「よっしよっし。大丈夫そうだねえ。ぬっははははは」
第四世代型ISの威力をまざまざと見せつけられる。
誰もが呆然とする中、紅椿に乗り大きな力を手にした篠ノ之さんは、空中でその力に酔いしれていた。
そして、当然のように事件は起こる。
「織斑先生!」
山田先生が駆けてくる姿を見て、尚も笑っている篠ノ之束を見て、予感は加速度的に大きくなる。
代わりに、警鐘が鳴り止むのを感じた。