「本日未明、太平洋上で試験運用されていたISが何者かのハッキングを受け、暴走した」
赤椿の性能をまざまざと見せつけられた後、織斑先生の号令により装備試験を中止して、専用機持ちだけが旅館の一室に集められた。
他の生徒たちは全員、自室での待機を命じられている。
「名をシルバリオ・ゴスペル。通称福音」
今は何が起きたかの説明がされている。
「アメリカとイスラエルが合同開発していた第三世代型ISだ。そして、その福音が今から約50分後、この島から2キロ離れた場所を通過することが衛星からの情報で判明した」
このタイミングでこの事件。目を閉じて、次に織斑先生が言わんとすることを想像する。
「諸君には、福音の破壊。可能であれば捕縛の任務が課せられた」
「え。俺たちに……ですか?」
「そうだ」
ただの学生に軍用ISの捕縛を行えなどと無茶振りもいいところな指示を出してくれるIS上層部。
恐らく政府から命令されているのだろうが、それでも頭のおかしな老人がいることに変わりはない。
今回は誰の私利私欲が関係しているのだろうか。
「そんなばかな!?」
「あんた、一々反応しなくていいから少し黙りなさい」
吃驚仰天の一夏がこの場に居る全員の顔を見る。誰も一夏の様には驚かず、真剣に織斑先生の話を聞いていた。
「説明は以上だ。これから作戦を練る。意見があるものは挙手しろ」
「はい。対象の詳細スペックデータを要求します」
「うむ。だが、これは極秘情報だ。外部に情報が漏えいした場合は、諸君等には裁判と監視がつけられる。その点、重々承知しろ。山田先生」
「はい」
山田先生がコンピューターを操作し、部屋の中央に設置された透明ディスプレイに情報を送ろうとする。
だが、その情報を目にしてしまう前に俺は挙手した。
「織斑先生」
「なんだ」
「この作戦への参加は任意ですか。それとも強制ですか?」
「無論任意だ。覚悟のない人間を参加させても被害が大きくなるだけだからな」
「それはよかった。なら今の段階で俺は降ります」
「な―――!?」
誰かが絶句した。声の方を見ると、篠ノ之さんが信じられないものを見る眼で俺を見ていた。
対して、織斑先生は当たり前のことの様に俺の言葉を受け入れる。
「そうか。ではお前も他の生徒同様、自室での待機を命じる。何か指示があるまで動くなよ」
「はい。では失礼します」
立ち上がって、誰の顔も見ることなく外へと向かう。
障子から差し込んでいる日光が目に眩しい。部屋が暗いから余計にそう感じる。
「ま、まて――――!」
部屋の中ほどまで歩いたところで眼に入る光りを遮り、眼前に篠ノ之さんが立ちはだかった。
「なにか?」
「何か、ではない! お前はどういうつもりだ!」
「こういうつもりだが」
体を見せびらかすような手振りをして、一歩だけ前に進んだ。
「逃げるのか!」
「見方によってはそうかもしれない」
「どんな見方をしても、貴様がこの場から逃げることは変わらん!」
ならそれでいいじゃないか。
逃げだろうと、逃げじゃなかろうと、俺がここから去ることには変わらない。
これ以上篠ノ之さんは何が望みなのだと、肩をすくめる。
「貴様も私同様、専用機持ちだ!」
「そうだね」
「力を手にした以上、責任と義務が生じる! 貴様はそれを放棄し、逃げると言うのか!?」
武士らしい自論だ。精神論ともいえる。
言ってることには同意するが、その例に俺を当て嵌めるには、少しばかり特殊な経歴をしている。
早い話。望まない力を持たされた人間にも、責任と義務は生じるのかということだ。
でも、今はそれについて論議する時間はない。50分後には福音を捕らえなくてはいけないのだから、この時間はその方法を考えるのに充てた方が賢明だ。
皆の邪魔にならないように、素早く口論を断ち切らねばならない。
「なんだ。分かってるじゃないか」
「なに……?」
「強い力には責任と義務が生じる。その通りだよ、それは。篠ノ之さんの言う通りだ」
「……分かったのなら――」
「その様子なら心配なさそうだ。ちゃんと、分かっているのだから、仕損じることはないだろう。間違ってもミスすることなんかない。ねえ、そう思いませんか。織斑先生?」
「何を言っているんだ、お前は……!」
「はぁ……」
訳が分からず声を荒げる篠ノ之さんと、巻き込まれて溜息を吐く織斑先生。
「その辺りにしておけ。篠ノ之、嘉神」
「しかし――――!」
「織斑先生もそう言ってるし、もう失礼しますよ。皆さんの健闘を祈りつつね」
「嘉神! まだ話は終わっていない!」
しつこい。武士娘だからしょうがないのか。
男らしさを体現した性格をしているから、こういうことは許せない性分なのだろう。
だがいい加減目障りだ。
「終わったよ。お前との話はとっくに終わった。そもそも話なんかしてないんだ。いくら食ってかかっても碌な会話にならない」
頭を手で抑えて、頭痛がするというジェスチャー。
「今はこっちよりもそちらの問題を優先するべきだ。どうしても話がしたいというのなら、帰りのバスで聞いてやるよ」
その先、まだぐだぐだと言っていた言葉は完全にシャットアウト。
問答なんか必要ないと部屋から出た。
篠ノ之さんもさすが追いかけることはせずに室内に留まり、ようやく一人になれた。
織斑先生の指示通りに部屋で待機することにしよう。
どうせ、あの場には居ても居なくても、役には立たないのだから、いないほうがましだ。
布団に縋り付き、機械のごとく名を呼ぶ篠ノ之さん。
その顔に生気はない。
「一夏……。一夏……」
作戦は失敗した。
作戦区域にいた密漁船を庇い、重傷を負った一夏の捜索と回収。
自室で待機していた俺に飛んだ指示だった。
『応急手当を済ませ旅館に運べ! すぐにだ!!』
呆然と立ち尽くす者たちの中で織斑先生だけが素早く指示を出す。
『お前達は命令を伝えるまで自室で待機だ』
弟が意識不明の重体だと言うのに、心配をおくびにも出さずに教師としての仕事を全うする姿は見事としか言いようがない。
公私を完全に切り分けている。あれが社会人の鑑か。
「一夏……」
翻って、こいつは。
「篠ノ之さん」
「…………」
呼びかけても俯いて反応しない。
一夏が運び込まれてからずっと付きっきりで、ずっとこの調子だ。
自分のせいだと考えているのか知らないが、それにしてもメンタル弱すぎだ。
そもそも篠ノ之さんが密漁船に対して取った行動は間違ってはいない。
自分の命が掛かっている状況で他人の心配をする一夏が甘すぎたのだ。
まあ、それ以外にも浮かれていて判断を誤ったとかあるのかもしれないが、それは直接は関係ないし。
いい加減前を見てくれないかな。
「篠ノ之さーん?」
「…………」
反応がない。まさしく死後硬直した屍の様に、己のスカートをぎゅっと握ったまま、幽鬼のごとく下を向いている。
本当に遺体になるつもりかよ。これ絶対に化けて出るだろ。そんなの迷惑だから死ぬな。
「篠ノ之さんさぁ、いつまでもそうしてても意味ないし一旦部屋戻って寝れば?」
「…………わたしはここにいる」
ようやく喋った。呼びかけに応じないくせに自分の意に沿わない言葉には応じるのか。
我が儘な女の子だ。
「いてどうすんの。それで一夏が目を覚ますとでも?」
「…………」
「覚まさないよね。だから戻って寝なよ。その方がよっぽど建設的だ」
「…………うるさい」
「よしんば目を覚ましても、その時惨めになるだけだぜ。何て言って顔合わせるの。ごめんなさいって謝るの? そんなことしても事態は何も好転してないんだよね」
「うるさい」
「だからさ。取りあえず寝て体力戻しておきなよ。その方が後々対応できる――――」
「うるさい! 黙れ! 黙れ!!」
篠ノ之さんが怒鳴る。目を泣き腫らして、涙を浮かべながら顔を上げ、俺に掴みかかりながら睨んだ。
「貴様に私の何が分かる! 私のせいで一夏が死にかけているんだ! 私のせいでだ! 何が、体力を戻しておけだ! 今更私に作戦に加わる資格があると思っているのか!? 好きな男を殺しかけておいて、どんな顔をして戻れと言うんだ!? 私は――――! 私が――――!!」
項垂れて、力なく崩れ落ちる。
背中は震えて、合間合間に嗚咽が聞こえる。
数分そのまま、少し落ち着くまで嗚咽だけが空間を支配した。
そして、篠ノ之さんは言う。
「私は……、もう……ISには乗らない……」
震えた声で、絶望に染まった声で、呟いた。
手を伸ばせば届く距離で、変わらず篠ノ之さんは泣いている。
俺はどうすればいいのか。
手を伸ばし抱いてあげて、慰めればいいのか。励ませばいいのか。
大丈夫だよと、一夏は絶対に目を覚ますよと声を掛ければいいのか。
「……いや」
多分どっちも違う。俺がすべきことは同情して優しい言葉をかけることではなく、叱咤し、罵声を浴びせ、目を覚まさせることだ。
いつまでくよくよしているつもりだ。泣いて、後悔してれば一夏が目を覚ますと思っているのか。
自分でした失敗は自分で取り戻せ。ミスを犯したのなら次は成功させろ。
一夏のために次に何をすればいいか考えろ。
こう言えば良い。こう言えば、万事無事に済む。
「――――篠ノ之さん」
しかし、恐らくは正解であろうその言葉を俺は言わない。
「山田先生が来る前に一度戻った方が良い。見つかったら精神不安定で病院送りにされかねない」
その言葉に、ぴたりと背中の震えが止まった。
顔を上げ、今にも死にそうな表情で俺を見る。
そして、そのままフラフラと立ち上がり、フラフラと部屋を出て行った。
その姿は、声を掛ければ簡単に靡いてしまいそうな、茫然自失とした女の子だった。
危ない。誰が見ても危機感を抱く危なさだ。
幸いにもこの旅館には、今はIS学園の生徒しかいない。
この機に乗じて不埒な真似をする者はいない。
いるのは、彼女を叱咤し背中を押してくれる恋敵たち。
いつもはいがみ合っているくせに、何だかんだ仲がいい恋する女の子たち。
篠ノ之さんの事は彼女たちに任せよう。俺なんかがやらなくても、立派に立ち直らせてくれるだろう。
誰かがやるべきことは他人に任せ、俺は俺がやらなきゃいけないことをする。
朝、凰さんに言った言葉だ。
今、俺がすべきことは何もない。こうして一夏の容体を見ていることも、べつに俺がやらなくても良い事だ。
今回、この事件において、俺がするべきこと。俺が出来ることは何一つない。
左手首の腕輪を握りしめ、外に目を向ける。
遠くで女の子の声が聞こえた。
時間は経ち、夜。すっかり日も沈んだ月夜。
寝ずに、自室で考え事をしていた。
窓から吹く風が風鈴を鳴らす。リンと鳴る音色は風流に、静けさと冷気を部屋に満たす。
その静けさを破って、誰かに呼ばれたような気がした。
誘われるように部屋を出て、一夏が寝ている部屋へ向かう。
途中、通りがかった庭の真ん中に、ISを装着した一夏が月の光を浴びながら立っていた。
形が記憶にあるそれと少し違う。
月の光で神秘的な雰囲気を醸し、空を見上げている一夏に語り掛ける。
「行くのか?」
「ああ」
一切の躊躇なく一夏は答えた。
「死にかけたって言うのに剛毅な奴だな」
「俺がいかなきゃ誰かが苦しむかもしれない。そんなの見てられないからな」
「そうかな。案外、今頃終わってるかもしれないぞ」
「だといいな」
笑い合う。ありもしない可能性を想像して。
激励する。何もできない俺の分まで。
「じゃあ、行ってこい。ちゃんと守って、無事に帰って来いよ」
「ああ。皆守ってここに戻ってくるよ」
受け取って、一夏は飛び立った。
皆守ると断言したその姿はヒーロー以外の何物でもなかった。
普段はどうしようもないほど間抜けなのに、こういう時はどうしてああも頼りになるのだろうか。
ギャップという奴なのか。
だとするなら、それは男女問わず落しかねない威力を持っていた。
これからはちょっと気をつけないといけない。心からそう思った。
「相変わらずいっくんはかっこいいなー」
突然の、意識の外からの声。
振り返れば、篠ノ之束がニコニコと縁側に座っていた。
「ふふん。さすがはちーちゃんの弟だねえ。あれだけかっこいいならモテモテなのも分かるよ」
「そうですね」
俺は頷く。あいつが格好いいのは周知の事実だ。今更否定のしようがない。
「で、君はどうするの?」
「どうする、とは?」
「君は行かなくていいの?」
「行きませんよ。行ってもどうしようもないですから」
「へえ。やる前から諦めちゃってるんだ」
一歩、内側に踏み込まれる。
「まあしょうがないかな。怖いんだよね。ISに乗るの。この前死にかけちゃったもんね。ゴーレムに手も足も出ずにフルボッコだったもんね。しょうがないね」
「――――なぜ」
手も足も出ずにフルボッコ。死にかけた。
無人ISと戦った時の話か。
それをなんで、あなたが知っている?
まるでその眼で見たかのように。観客席で鑑賞したみたいに。
どうして、知っている?
予想はいくつも立つけれど、直感が一つの答えを囁く。
「そんな不恰好を晒すぐらいなら、ひと思いに殺しとくべきだったかな」
「やっぱりあなたの仕業ですか」
「そうだよ。ま、さすがに薄々は勘づいてたよね。中途半端に頭いいからね。君は」
大分、俺の事を調べてきている。
二人目の男性IS操縦者。興味がないはずがない。
「うーん。まあでも今はいいか。君ごときいつでも殺せるしね」
「舐められてますね」
「いーや? 舐めてないよ。正当な評価。嘘だって思うなら、ISを展開してごらんよ。殺される前に殺しにおいで」
ほーれほれと手を頭の上にかざして、無害を示す。
武器は何も持っていない。
ISの攻撃を一般人が避けるのは難しい。座っているから、余計にそうだ。仮に一撃目を避けられても、二撃目以降は避けようがない。
無防備に等しい体勢。殺そうとするなら絶好の機会だ。
この人は先日俺を殺そうとした。今も、近々殺すと言い切っている。
言質は取った。これなら正当防衛になる。
殺される前に殺せ。自分の身は自分で守れ。
言い聞かせ、左腕に力を込める。ISを展開しようとして――――。
「…………ぷぷっ!」
――――ISは展開しなかった。
「あっはははは!!! なにそれ!! なにそれぇ!!? やる気あるの? ないよねえ!?」
腹を抱えて笑いこける。
大笑い。とんだ見世物になった。
「さっきいっくんを捜しに行ったときはきちんと展開できてたのにねえ? なんで今は展開できないのかなあ?」
涙を拭きながら問いかけられる。
なんで? そんなの……。
「死に憑かれてるね。トラウマになっちゃった? それならごめんねえ。余計に価値がなくなっちゃったか」
「価値?」
「ふふっ」
疑問には答えず、篠ノ之束は跳ぶようにして、縁側から庭へと降り立ち言ってのけた。
「まあ、今は余生を楽しんでてよ。その内殺すからね」
そしてどこかに消える。
天才の楽しそうに弾む背中を見送って、去り際に殺害予告をされて、サッと冷たい物が体を駆け巡る。
「くそっ」
柱にもたれ掛りながら、ずるずるとその場に座り込む。
いつの間にか、額にかいていた汗をぬぐって大きく深呼吸。
震える体を庇い、自分の無力を噛みしめながら、柱に拳を叩きつけた。
「ちくしょう……」
漏れた言葉は、誰にも届かない。
一夏たちが無事に任務を達成して帰ってくるまで、そのままずっとその場に留まった。
その場所は朝日が差し、周囲が明るくなっても、陰になったままだった。
0話の前書きで書いた、この小説のプロトタイプ「ホモに見初められた男たち」を一話限りの短編で投稿しました。
序盤が全く同じですから読む意味はないですが、そちらには楯無さんが登場します。
そういう成分に飢えている人は見てやってください。