主人公を恋愛に持っていくべきかどうかーーー迷うな
朝早くに物音が聞こえ、目を覚ます。
ちょうど蒼人さんが肩に魚をぶら下げて入ってきたところだった。
「おはようございます、蒼人さん」
「ああ、おはよう。朔夜、昨晩はよく眠れたか?」
「はい、お陰さまでバッチリ熟睡です」
「そうか、それは良かった。粋のいい奴が獲れたんだ早速食べよう」
「はい!」
もう一度あの味を味わえるかと思うと自然と口角がつりあがりよだれが垂れそうになる。
昨日と同様に魚に串を刺し囲炉裏に立てると蒼人さんが焚き木に向かって手をかざし手のひらサイズの火の玉を放った。
おそらくこれは魔法、だと思う。
転生する前にアニメやら漫画やらでいろいろ見てきたが実際に見るのは初めてだから判断しかねる。
そんなことを考えているうちに魚はいい感じにこんがりと焼けていた。
「ほれ、朔夜には一番大きい奴だ」
「ありがとうございます!」
目の前のご馳走には勝てず、私は思考を放棄した。
魚をものの数分で咀嚼し私は蒼人さんに尋ねた。
「私に魔法を教えてくれませんか?」、と。
「ん? 何だ朔夜は魔法が使えないのか?」
「はい、これっぽっちも全くと言っていいほどに」
「そうなると自分の身も自分で守れないな……よし分かった! これから俺が朔夜に稽古をつけよう」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ、準備するから外で待っていてくれ」
「はい!」
私は期待で胸が一杯だった。お腹も一杯ですけどね!
魔法を覚えてあんなことやこんなことやってみたいですね!
それに折角この世界に来たんですからドレ○ブレイ○を一回やってみたいですね!
ーーー決して私に百合属性があるわけじゃないです。この世界に来たのだからやってみたいだけです。そう、やましいことは何もないです。それこそこれっぽっちも全くと言っていいほど皆無です。
ーーー本当ですよ?
私は今蒼人さんに連れられて近くの森ーー転生して目が覚めたーーまでやってきました。
そこで今私はーーーあぐらをかいて瞑想しています。
あれ? 何でこうなったんだっけ?
時間は数分前にさかのぼるーーー
「よし、それじゃあ朔夜。これをやってみてくれ」
そういうと蒼人さんは指先にろうそくぐらいの火を灯した。
私も見様見真似でやってみるが何も起こらなかった。
「……出来ないです」
「ん〜〜仕方ない。朔夜」
「何ですか?」
「そこであぐらをかいて座れ」
「はい?」
あ、そうだった。私が全然出来ないからこうなったんだ。
でも、これに何の意味がと首を傾げる。
「それは自分の魔力をコントロールするのに最適な訓練なんだ。目を閉じて深呼吸してゆっくり吐くんだ」
言われるままに吸って吐いてを繰り返す。
「スゥーハァースゥーハァー」
自然の中で吸う空気は心地よい。
前は狼に追いかけられてたしお腹空いてたしで全然分からなかったからなー。
「それを繰り返して自分の体、内面に意識を集中させるんだ。そして、魔力を感じることを覚えろ。魔力は血と同じで身体中を駆け巡っているからな」
「そうなんですか」
「そうなんだよ。それと今日中に出来なかったら晩御飯は無しだ」
「なん、ですって……ッ!」
蒼人の発言に固まる朔夜。蒼人は笑っているが笑っていない。
ーーー蒼人は漫画とかでよく見る鬼教官のようだった。
結局、私はその日に習得することは出来ずに晩御飯を食べることが出来なかったーーーわけではない。
私がそれだけは勘弁してください! と、土下座仕掛けたところで蒼人さんが止めに入り晩御飯抜きを撤回してくれたからだ。
蒼人さんはやっぱりいい人です! え? ただ単に私が哀れになっからじゃないかって? なんのことかサッパリ分かりませんね?
その日の夜、蒼人さんが寝たのを確認してから家を抜け出し森へと向かう。
そこで私はあぐらをかき瞑想する。
『魔力は血と同じで身体中を駆け巡っている』
普段、生きているうちに自分の血流に気付く人はいるのだろうか?
それは大体がNOと答えるだろう。
私だってトラックに吹っ飛ばされた時に初めて気付いたほどなのだから。
それは私たちが普段から五感を頼っているから気付かないのではないだろうか?
目で見て、耳で聞いて、鼻で匂いを嗅いで、舌で味を判断して、肌で感触を確かめる。
これらから得た情報を脳が受け取り、それによって私たちは毎日を生きていく。
普通に生活するだけでこれだけの情報が入ってくるのだから気付くはずがない。
だから、瞑想なのだ。
ソッと目を閉じ視覚を遮断。耳から入る音を遮断。嗅覚を遮断。味覚を遮断。触覚を遮断。
さっきまでの光景、音、匂い、感触が消え無の世界へと変わる。
そのまま意識を体へと傾けていく。
まず最初に感じたのは心臓の鼓動。
心臓がポンプとなり血管を流れる血流が少しずつ心臓から全身へと線を伸ばしていく。
そして、血が流れる血管とは違いもう一本身体中に線を伸ばすものに気が付いた。
これが、魔力の通り道ーー魔力回路だ。
魔力回路は身体の先まで伸びその域を広げていく。
「これが、魔力回路……不思議な感じですね」
不思議な感じ。具体的に言うのなら一度は皆が体験する母に抱きかかえられた時に感じる温もりだ。
集中を続け魔力回路に流れる魔力を操る。
そのままの向きで早く流したり、逆向きにしたりを繰り返し今度は右手に魔力を集中させる。
今ならーーーッ! そう思い指先に火が灯るイメージを描く。
ボォオオオ!
ろうそくぐらいの火をイメージしたが魔力を集め過ぎて火柱が吹き上がった。
「わゎ! び、ビックリしたぁ!」
幸いにも怪我はしなかったが魔力のコントロールは今後の課題になりそうだ。
近くの木の陰から朔夜を見つめる一つの視線があった。
蒼人だ。
夜中コソコソと抜け出すのを目を細めて見ていたので来てみると案の定瞑想をしていた。
目に魔力を集め、見ると魔力を少しではあるがコントロールし始めていた。
普通は初めてから三日は掛かるのだがそれを一日で朔夜はやって見せた。
他のものが見れば朔夜は育てれば一流の戦士になれると絶賛するだろう。
だが、蒼人はそれを認めはしない。あんなことを認めてはいけないのだ。
顔をしかめていると、朔夜の指先から火柱が上がった。
ーーーろうそくぐらいと言ったのだが……まあ、いい。
取り敢えず、明日のご飯は美味しものをたくさん食べさせてやろう。
そう蒼人は思い、微笑んだ。