「ハァハァ………ハァハァ……………」
夜の暗闇の中、何かから身を隠すように路地裏を走る一人の男がいた。
「ハァ……ハァ……なん、なんだ、あいつ、ら」
逃げる足を止め、後ろを振り向き、まだ何も追いかけてこない事を確認しまた走り出す。さっきまで走ってきた道は暗闇に覆われ、今にも何かとてつもない怪物が今にも追いかけてきそうなほど不安をかきたてられる。
男は走る、逃げるために走る。
途中、不意に男のバランスが崩れる。右手がいきなり後ろに弾けたからだ。
「………うあああああァぁぁぁぁァぁァァァぁぁァぁぁぁ」
手のひらの真ん中に穴が開いており、それはまるで弾丸が貫通してできた穴に見えた。だが、銃声はどこからも聞こえてこず、狙撃だとしても≪握っていた拳の手のひらだけを打ち抜く≫なんてことはできないだろう。ましてや、手のひら側からだ。
男は痛みにのたうちまわる。傷口からは血液がとめどなく流れ続けている。そして、右手を押さえていた左手が同じように弾けた。
「…………………………‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
左手も同じように貫通した穴が開き、もう痛みで声が可聴域を超えすでに声になっていなかった。飛び出しそうなほど眼球は見開かれ、顎が外れたかのように口は閉じる事を忘れている。仰向けでもう何が見えているのか分からず、痛みをどうにかまぎらわそうとしている時に右足が弾ける。
足は意思を失ったかのように暴れて動かなくなった。
左足が、
右肩が、
左肩が、
右太ももが、
左太ももが、
標本を作るためにピンを刺し、そのピンを抜いたあとのように穴が開いていた。
「………………」
体は痙攣し、流血し、しかしそれでもなお息はあった。だが、最後と言うのは必ず訪れる。最後に一度、何かの衝撃を受けて胴体が跳ねる。左胸に穴を開けて事切れた。
静寂だけがこの場を支配し、流血だけがこの場を立ち去り、魂だけがこの場から消えうせる。
何が起こったのかも分からない。それは、彼の正しい死に方だろう、ふさわしい死に方だろう、ここに一言言葉を添えるとしたら、
『ざまぁねぇな』
「相変わらずだな、否定存在【アンノウン】」
「はっ、お前ほどじゃねぇよ幻想殺し【イマジンブレイカー】」
二つの影が暗闇から歩いてくる。
一つはウニの様なツンツンした黒髪の少年。制服を着ている事からおそらく高校生くらいだろう。
もう一つはその双眸に誰もが目がいってしまうだろう。腐った目、死んだ魚のような目、そう表現するのが正しく、それ以外で表現するのは難しいほどに濁った眼をしている少年だった。こちらも制服を着ているのが見え高校生くらいと思われる。こちらの少年は隣の少年とは違い、片手に一丁の少し変わってリボルバーを持っていた。普通のリボルバーと違いシリンダーが下になっているものだった。
「今日はその銃にしたのか」
「ああ、今日はマテバの気分だったんだよ」
そう言ってひとしきりいじったあと専用のホルスターにしまい、二人で足元にある死体に目を向ける。
「まったく、こんなところまで逃げるなよ。めんどくさくて帰りたくなるじゃねぇか」
「ま、死体を確認した事だしさっさと帰ろうぜ。あとは下の奴らに任せてな」
そう言ってツンツン頭の少年はどこかに連絡を取るためにポケットから携帯を取り出し、少し操作した後すぐにポケットにしまった。
「よう、少しは地獄を見れたかよ」
そう、しゃがんで死体に向かって話しかける。
「本当はもう少し生かしておいてやろうと思ったが、お前ごときに俺が労力を割くのは違うからなさっさと死んでもらった。良かったな、短い苦痛だけで」
話は終わったと言う事なのだろう、立ち上がって踵を返す。
二つの影は連れ立って暗闇の方へ歩いて行く。暗闇が二人を包み、やがて同化したように影は見えなくなっていた。
総武高校、常盤台中学・霧ヶ丘女学院・長点上機学園と並び立つ名門校である。能力開発に力を入れており、超能力者【レベル5】はいないものの、多くの大能力者【レベル4】を抱えており最低でも強能力者【レベル3】である。ただ、一人を除いて。
「うっす」
奉仕部の扉を開け、一人の少年が入ってきた。
「あら、無能力者【レベル0】の比企谷君。今日はちゃんと来たのね」
「はっ『ぼっち=用事』がないってのは決め付けだ。俺には常盤台に居る小町に会いに行くと言う……」
「はぁ、そんな事をやっているからあなたは無能力者のままなのよ。小町さんは確か大能力者だったわよね、一応同じ遺伝子のあなたも努力をすればそこまで行ける可能性があるの。
常盤台と言えば超能力者、超電磁砲の御坂美琴さんが居たわよね。彼女は努力に努力を重ねて超能力者になった娘よ、努力をすれば可能性があるの。それを自ら不意にするあなたの思考が理解できないわ。そもそも、あなたは向上心がたりないのよ、いえ、危機感がたりないのかしら。
いい、あなたは無能力者なの、それを前提として聞きなさい、これは命令よ。まず、この学校はレベルに応じて奨学金が支払われるのは知っているわよね。知らないようであればそれはもう救いようのない愚か者でしかないわ。あなたが貰っている奨学金がいくらなのか私は知らないわ、でも、私が貰っている額よりもかなり少ない事は確かよ。私は小町さんと同じ大能力者と言うのは憶えているはずよね。忘れたのであれば今すぐ思い出しなさい。それとも電極を頭に刺して思い出させてあげましょうか。運が良ければ能力が開花できるかもしれないわね、検討しようかしら。
話を戻すわ、あなたが努力をすれば今より多くの奨学金が受け取れることができるのよ。少なくとも、今の生活より楽になるんじゃないかしら」
「雪ノ下」
「なに、無能ガヤ君」
「話が長ぇ」
話の長さにうんざりした比企谷八幡と呼ばれた少年は鞄を下ろし、いつもの定位置にあるいつもの椅子に座った。
《奉仕部》
ここは能力開発に悩む生徒の悩みを解決する手助けをする場所。
簡単に言えば、能力開発に伸び悩む生徒の手助けをしてより高みを目指す部である。
総武高唯一の落ちこぼれにして無能力者である比企谷八幡は、担任である平塚静によって奉仕部に放り込まれた。曰く、
「少しでも努力してみろ」
と言う事だ。
しかし、そんなのはお構いなしと奉仕部に入れられた比企谷八幡はのらりくらりと部長である雪ノ下雪乃をあしらい、部員でもありクラスメイトでもある由比ヶ浜結衣をかわして今日も読書に励む。
「いい、私が話しているのだから私の方を向きなさい!」
「ちょっと待てよ、今いい所なんだよ」
「比企谷君、そもそもあなたが……」
「やっはろー。あ、今日はヒッキーが居る!」
「由比ヶ浜さんいい所に。彼の本を奪うのを手伝ってもらえないかしら」
「うん、分かった!」
こうして今日も比企谷八幡と雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣の戦いが始まり、いつもの通り最終下校時間となっていた。
無能力者である比企谷八幡はこの学校では落ちこぼれの烙印を押され、レッテルを張られ、学校中で陰口が絶える事はない。
しかし、知らないと言うのは恐ろしい。
比企谷八幡が唯一なのは無能力者と言う事じゃなく、超能力者の方であると。この学校に存在する唯一の超能力者。
能力レベルとは、システムスキャンで測定されたレベルでしかない。つまり、システムスキャンでさえ測定し切れない能力であればそれは無能力者と言う事にはならないだろうか。
例えば、幻想殺し【イマジンブレイカー】が代表的だろう。
そして、比企谷八幡の能力である否定存在【アンノウン】全ての世界から存在を否定された能力、天然の能力者【原石】全ての事象から認識をズラす能力。
《忘れられた超能力者》《八人目の超能力者》
暗部にしか居場所のない《存在を否定され続ける超能力者》