さて、ここで少しだけ昔話をしよう。
生まれながらにして存在を否定さ続ける男と、生まれながらにして不幸を背負わされた男の話だ。
と、言ってもそんなにあらたまってする話じゃない。まぁ、ちょっとした成長の記録として聞いてもらえればいいだろう。
比企谷八幡と名付けられた男の子は生まれた時からよく姿が見えなくなる子供だった。
ベビーベッドに寝ていたと思ったらいつの間にかそこにはおらず、家中を探しまわったあともう一度ベビーベッドをもう一度覗くといつの間にかそこで寝ていることなど日常茶飯事だった。
年が経つにつれそう言うことが徐々に増えていった。
手を繋いでいたはずなのにいつの間にか姿が消えている、目の前にいたはずなのに姿が見えない、目を離していないはずなのに気がついたら別の所にいた。
比企谷八幡は昔からよく、忘れられる子供だった。
家族旅行では両親と妹の三人で行くことが多く、大勢の子供たちの中で一人だけ呼ばれないことはしょっちゅう、果ては本当にそこのクラスの生徒だったのかをクラスメイトから聞かれる事もあった。
これは全て第三者から見たものだ。第三者から見ればただ単に影が薄いと言われるだろう、だが当人は当事者はそんな笑い事じゃ無かっただろう。
叫んだだろう『ここにいるよ!』と、すがっただろう『なんで無視するの!』と、泣いただろう『ごめんなさい、いい子になるから!』と、何かに謝っただろう『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』と。そして、諦めただろう『ああ、またか』と、受け入れただろう『俺の居場所はないのか』と、最後にまた諦めたのだろう『無駄な事はもうしない』と。
他人に否定されて、否定されて、否定されたあとに残るのは最後まで否定だった。
両親は八幡を学園都市に放り込んだ。両親としては息子の体質をどうにかするためにした事だったろうが、それは八幡からしたら居場所を否定されていることと同義だったろう。
いつからだろうか目が腐っていたのは。
学園都市へ送られた後、学校に入れられそこで数日過ごし最初からそこにいなかったように姿をくらませた。それから数日後、その姿は窓のないビルの中にあり、そこで二人しか知らない取引の結果、数時間後には深い深い闇の底に在った。
そして、そこで唯一自分を肯定する存在と出逢った。
上条当麻と名付けられた男の子は生まれた時からよく不幸な事が降りそそぐ子供だった。
非常に運が悪く、外を歩けばかなりの高確率で揉め事やトラブルに巻き込まれるのが日常茶飯事の不幸体質だった。
時が経つにつれ関わる人間が増え、周りもその不幸に巻き込まれていった。
外を歩けば鉢植えが頭上から落ちてきて、野良犬に追いかけまわされ、咽が乾いて自動販売機にお金を入れれば全て飲まれ、事故にあう。
上条当麻は昔から、疫病神と呼ばれている子供だった。
自動車事故を起こした運転手からは『お前が居たせいだ』と、楽しみにしていた遠足が雨で中止になった時は『お前が居るからだ』と、クラスの担任がケガをして学校を数ヵ月休み復帰すると『お前の担任になったせいだ』と。
全て、周りの全てが、全ての不幸を押し付けた。
それでも上条当麻はまともな思考を手放すことはなかった。前向きに、自分の不幸と向き合っていた。それは自分の両親の存在が大きかっただろう。家族である自分達が一番不幸の間近にいるのにいつも自分のことを気にかけ、心配してくれた。体質をどうにかするために学園都市を進めてくれた。そんな両親に親孝行すると、幼いながらも心に決めていた。
不幸というものは唐突にやってくる。
深夜、とある一家に一人の強盗が押し入った。ナイフで武装した強盗は家中を物色して回り、物音に起きてきた父親と母親を刺殺した。今度はその音で起きてきたであろう子供も両親と一緒の所へ送ろうとした時、流血して流れた血に足を取られて滑り《不幸にも》ナイフが咽に刺さり絶命した。
天涯孤独になった上条当麻を引き取る親戚などなかった。親戚は口々に『疫病神を押し付けるな』と親戚一同が押し付け合った。結果、上条当麻は学園都市に捨てられた。上条当麻としてはどうでもよかった、捨てられようがなにされようがどうでもよかった。自分のせいであんなに優しかった父親が、自分のせいであんなに綺麗だった母親が、自分が生まれなければ、自分が不幸じゃなければ。幾度か命を投げ出したが《不幸にも》命は助かってしまった。カエルの医者に幾度も助けられてしまった。
なん度目か命を助けられた後、窓のないビルに姿はあった。そこに存在する逆さの男との取引をおこない、その身は深い深い闇の中に染まっていた。
そして、そこで唯一自分の不幸の外側にいる存在と出逢った。
「ひ、比企谷君……明日は覚悟してなさい」
息を切らして深く椅子に座り休憩している雪ノ下は、最終ラウンドまで戦い抜いたボクサーのようだった。これ、燃え尽きるんじゃね、というくらいに。
「ゆきのん、大丈夫?」
心配そうに由比ヶ浜は寄り添い飲みかけのペットボトルを渡した。そのペットボトルを何の疑いも無く素直に受け取り口をつけると同時に、固まってしまった。どうやら口に含んだ物を吐き出さないように必死に飲みこもうとして、ゆっくりと時間をかけてどうにか飲み干したようだ。まぁ、当たり前だ、お汁粉サイダー抹茶味なんて訳の分からない物を飲まされたんだから。てか、抹茶味って、もう他の味もありそうでそれを考えて八幡は少しだけ身震いした。
「ったく、ほれ、こっちで口の中を流せよ」
と、蓋の開けていない水が入ったペットボトルを投げて渡した。それを慌ててキャッチしたかと思うと、すぐさまキャップを開けて中身を半分くらいまで飲み干してしまった。
「……悪いわね、比企谷君」
「別にいいさ。てか、あれはさすがに俺でも同情するぞ」
「…そうね」
「え~これおいしいのに」
その発言に二人はどうとも言えぬ表情を作った。
「にしても、雪ノ下体力ねぇな。俺のことより自分の体力のなさをどうにかした方がいいだろ」
「それは仕方がないのよ、私の体力がつく前に何でもできてしまうのだから」
「なら俺は体力がつくくらい努力しても、能力が使えねぇってのと同義だ。ゆえに俺はこのままでいいんだよ」
「屁理屈ね」
「理屈ってつくんだ、正しいだろ」
「ねぇねぇ、何の話しをしてるの?」
どうにもそんなに難しい話をしているのではないのだが、由比ヶ浜はついてこれていないようだ。流石、アホの子である。
「そうね、比企谷君はいつまでたっても能力が使えないという話しかしら」
「ま、簡単に言えばそうなるか」
「え~ヒッキーも一緒に頑張ろうよ」
「だが、断る!」
「まったく、あなたときたら。でも、今日はこれで終わりにしましょ。そろそろ時間になるわ」
その言葉で三人は鞄を持って立ち上がり、速やかに教室の外に出た。雪ノ下が教室の鍵をかけ、鍵を返しに行く雪ノ下に由比ヶ浜がついて行く。八幡はタイムサービスの買物があるという事で二人より先に学校を出た。
この学校は全寮制というわけではないが、学校専用の寮が存在する。女子生徒は全員、男子生徒もほとんどが入寮しており、雪ノ下と由比ヶ浜はルームメイトとして一緒に暮らしている。八幡は寮には住んでおらず、少し離れたところで一人暮らしをしており二人とは変える方向は別である。
下駄箱で靴を履き替え、校門を出るとすぐに八幡と同じ制服を着た数人に囲まれた。
「よう、顔貸してくれねぇか」
「あ? アン○ンマンじゃあるまいし、俺の顔は取れねぇよ」
「おいおい、この人数を見て自分の立場が分かんねぇとか、マジでいってんの? さすが、レベル0だわ、こいつ」
囲んでいる全員が笑いだし、八幡はため息をつく。
「いいから力ずくで連れて行こうぜ」
「ま、これだけいたら逃げられないっショ」
逃げる隙間がなく、外からも八幡が見えないようにして路地裏につれていく。路地裏にもまた数人の男女が八幡が来るのを待っていた。その中にいたリーダー格とおぼしき男が薄笑いながら声をかける。
「お前、レベル0のくせに調子乗っているよな。どういう手を使ったのか教えて欲しいものだよ。あれか、レベル0って事で同情させたのか? なら俺には不可能だな、レベル4の俺はレベル0なんかにはなれないんだからな。
まったく、お前の様な落ちこぼれはあの二人にはふさわしくないよなぁ。彼女たちには俺たちの様な優秀な人間が一緒にいた方が有益なんだよ。忠告しておくぞ、二度と近づくんじゃねぇよ。近づいたら、どうなるか。今から実践してみようか」
そう噛ませ犬的発言をした後、周りの取り巻きの数人が手から炎を出し、その周りには石やブロック、鉄パイプが浮かんでいた。
発火能力【パイロキネシス】、念動力【テレキネシス】最もポピュラーで学園都市に多く存在する能力者。発動規模から察するに全員レベル3程度だろう。八幡は冷静に分析をおこなう。
「やれ」
リーダー格の男がそう短く指示を出す。その指示で一斉に八幡目がけて放たれた。全員の能力が当たる瞬間、同じタイミングでそこに立っていたはずの八幡を見失った。そして能力は八幡に当たらず能力同士で相殺され残骸だけがその場に散った。
その場にいた全員が困惑していた。自分達が知っているのは『無能力者』である比企谷八幡だ。それはシステムスキャンで出た事実だ、学園が『無能力者』だと認めているはずだ。ならば、比企谷八幡は『無能力者』でなければいけない。
そんな混乱の中、一人の男子生徒がうめき声を漏らして倒れた。指は折れ腕は曲がり、それは前衛的な美術品のようになっていた。それから気がつくと次々と美術品は増えていく、男も女も関係なく平等に。
取り巻き最後の一人の骨が砕かれ終わるとその姿は現れた。特に表情の変化も無く、機械的な作業が終わったような表情。そこには達成感も罪悪感も何もない、闇の住人の顔だった。
リーダー格の男は現実を理解できていなかった。目の前で起こっている事が分からなかった。目を見開いて、目をそむけていた。
「なぁ、反撃されるとは思わなかったのかよ。ま、その様子じゃ思ってなかったんだろうな。死なない程度に殺してやるから安心しろ」
目を離したわけでもなければ、瞬きをしたわけでもない、いつの間にかダラリと下げた八幡の両手には刃が広く手に収まるくらいのスローイングナイフを人刺し指と中指で握っていた。そのまま、勢いよく腕をクロスさせナイフはリーダー格の両肩に突き刺さる。激痛による絶叫が路地裏を駆け巡るが、誰も来る気配はない。当たり前だ、路地裏での厄介事に首を突っ込む物好きなど居ないのだ。元からここは、彼のテリトリーなのだから。
そんな中、肩に深々と刺さる両のナイフを伝って、ぽたぽたとゆっくり血液が流れ出ていた。
超能力とは結局のところ、道具でしかない。どんなに素晴らしい道具でも、使えなければ、使い切れなければ意味がない。それに超能力を使うためにはコンディションが整っていなければならない。つまり、混乱状態だったり負傷状態でいつものように使えるはずがない。
「―――なんで使えないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
格下と思っていた人間からの反撃に、恐怖ではなく怒りが勝ったのだろう。無理やりにでも能力を使おうと目が充血するほど体に力を入れていた。
八幡は油断しない、どんな状態でも次に動けるように眼光を光らしながら腰につけてあるホルダーから次のナイフを取り出し、今度は太ももに突き刺す。しかし、アドレナリンが大量に分泌されているのか痛がるそぶりが無かった。面倒だと舌打ちする八幡は確実に意識を飛ばすために一気に近づいた。
あと数歩のところで、体がいきなり重くなり地面に膝をついてしまった。
「お前の、ような、無能力者が、俺に敵うわけが、ないだろ」
息が切れ切れだが勝ち誇ったように見下していた。
重力をコントロールしているように見えて、実のところは念動力の亜種だ。基本的に念動力とは手を使わずに物体を動かす能力だが、この場合彼が動かしているのは一定四方の空気である。空気、つまり気体自体を下方向に移動させることで上から押しつける事ができる。
この空間内での空気の操作は自由自在で、下から上に突きあげ落下させればどうにかなっていたかも知れなかった。だが、プライドから跪かせようとしていたのが間違いだった。
なぜなら、また、煙のように姿が消えいつの間にか目の前にその姿が現れたからだ。
「歯ぁ、食いしばれよ」
あの彼のように拳を振り切り、路地裏にいる八幡以外の意識は飛んだ。
「ったく、これは俺じゃなくあいつの役割だろうが」
少し痛む手をさすりポケットから携帯端末を取りだした。
「…よう、俺だ。今から送る場所にすぐ来てくれ」
用件だけを伝え終わると自分の位置情報を送って端末をしまい、連絡した人物が来るまで使ったナイフを回収し手入れをしていた。
連絡してから数分でその人物が現れた。
「もう、またですかぁ」
「毎回悪いな、食蜂」
超能力者【レベル5】序列第五位、食蜂操祈がそこにいた。
「まったく、比企谷さんは上条さんと同じくらいトラブルに巻き込まれるのよねぇ」
「ったく、今日の文句はこいつらに言ってくれ。俺もあいつも巻き込まれたくて巻き込まれるんじゃねえんだ」
唇に指を当てて蠱惑的に笑い、そうね、と呟いた。
「そえで、今回のオーダーはどんなのかしらぁ」
「ここでの俺に関しての記憶は全て消去して無意識的に俺に対して恐怖を抱かせるってのはできるか」
「お安い御用よ」
「じゃあ頼む。この埋め合わせは近いうちに」
その場から立ち上がり少し離れた場所で食蜂の邪魔にならないようにまた携帯端末を取りだし、またどこかに連絡を取りだした。
「もしもし、先生ですか。毎度すみません、今から送る場所にお願いします。はい、ありがとうございます」
「あら、カエルの先生?」
もう記憶の操作を終えたのだろう、食蜂が八幡に近づいてきた。
「ああ、後始末ってとこだ」
「まったく、変なところで優しいんだから」
「……もうすぐここに人が来るからさっさと帰るぞ」
八幡は表通りに出るために歩き出し、それに寄り添うように食蜂も歩きだした。
「そうだ、八幡の手作りの夕飯が食べたいわ」
「またか……それで今日の分はチャラだからな」
「はいはい」
八幡と食蜂は帰りに一緒に買物をしているところを不幸な彼に見つかり三人で夕飯を食べる事になった、という話はまた別の機会に。