開幕
掠れた呻き声を漏らして、対峙していた男が地面に倒れた。その胸には、鋭利な氷の刃が突き刺さっている。通常有り得ない極低温のそれは、たとえ急所を外したとしても、瞬時に血管を凍りつかせ、死に至らしめる。僕の
もはや二度と動くことのない男の死骸を引っ繰り返し、持ち物を漁る。すべてが変わったあの日から一週間、殺しを含め、こういった非人道的な行為にもすっかり慣れてしまった。それが早いのか遅いのか、またいいことなのか悪いことなのかは分からない。何にせよ、気分のいいものではない。
一週間前。夜空の一角が突然強烈な輝きを発し、辺りを真っ白な光で包み込んだ。そして、その光が止んだ時、そこにあったのは、全てが焼き尽くされ、荒廃した世界だったのだ。植物や建物は愚か、多くの人間も、ほんの僅かだけを残して光に焼かれて死んだ。なぜ死んだ人間と生き残った人間が分かれたのか。理由は分からないが、それよりもっと不思議なことがある。生き残った一握りの人間の、更にその極一部だけが、人外染みた超能力を得たのだ。
能力の性質は人それぞれ。今まで僕が出会った中には、身体の一部を別の生物に変えるもの、外見を全く別の物体に変えるもの、掌から炎を発現させるものがいた。とは言え、彼らはとてもその力をコントロールし切れているとは言い難かった。最初に襲ってきた炎の男など、しばらく応戦しているうちに自分の炎に呑まれて焼失した。僕のように、自在に異能を操れる人間には未だ出会っていない。願わくば出会いたくないものではあるが。
僕の手に入れた異能は、絶対零度の冷気を操る力。氷として形作ることで様々な道具になり、冷気というそれそのものが武器にもなる。便利に聞こえるが、そもそもなぜ自分だけがこれほど力を使いこなせるのかが分からない。それに、非常時以外では行使を控えているのが現状だ。無闇に使いすぎて例の炎使いにように自滅するのも嫌だし、使う度に体力を消耗するのが何よりネックだ。エネルギーの供給源が極端に足りないこの世界では、小さなロスが致命傷になり兼ねない。
世界は大きく変貌した。漫画のように地球が核の炎に包まれた訳ではないだろうが、何せ水や食糧のほとんどが燃え尽きてしまったのだ。暴力が世界を支配しているのは世紀末と何ら変わりはない。生き残るために、建物の中に僅かに残った食糧を奪い合う。かつて活気に溢れる町だったこの地域では、そんな争いが毎日起こっていた。中には、先ほど殺した男のように、人の所持品を目当てに襲い掛かってくる輩も当然いる。彼らを咎めることはできないし、そのつもりもない。しかし、異能があるとはいえ身体能力は普通の少年である僕にとっては、この町は危険過ぎた。だから今日、僕はこの町を出ることにしたのだ。
学校の友人や家族は全滅した。唯一の心残りも消え去った。蓄えは十分にある。もう、ここに留まる理由はない。それに、他の地域のことも確かめたい。もしかしたら、人々が集まった自治区があるかも知れない。
男が大したものを持っていないことが分かると、近くに放り出してあった自分の荷物を背負って立ち上がる。さて、まずは南に向かおうか。山を越えた先に、ここより規模の小さい町がある。近場で拠点に出来そうなのはそこくらいだ。
目的地を定め、少年は旅立った。ガラス玉を填め込まれた、金色のネックレスを煌かせながら。