戦場には馬の蹄の音が響きわたり、男達の叫び声がこだまする。
騎兵が地を駆け、歩兵が剣を抜き、弓矢が空を飛び交う、大地は血液で赤く染まる。
敗者は死に、勝者は生き、敗者は殺され、勝者は殺す。
戦が終わりに向かうのを止められる者はいない
「将軍!敵将、ヴラド三世を確保いたしました!」
兵二人に身柄を拘束されたヴラド三世と呼ばれた男、彼はうつむき、その表情は長い髪によって隠されていた。
がしゃり
と音をたてた鎧と共に跪かされる
うつむいたまま
兵に将軍と呼ばれた人物が、捕虜となった男の前にのそりと立ちはだかり、
「…この度の戦、見事なり、ワラキアの王よ」
と言った。
しかしワラキアの王、ヴラド三世は答えず、心が抜け落ちてしまったかのごとくうつむいていた。
彼の軍、ワラキア公国軍は彼一人を残し、全滅
近くの木にはワラキア軍の兵とおぼしき
「…貴様は」
何かを言いかけた将軍が不意に言葉を止めた。
ヴラド三世の口がゆっくりと開く。
「…何が悪かったのだろうか」
今やこの戦場にいるワラキア公国軍は、彼一人。
この戦は失った民の心を取り戻す為の戦だった
自らの失態により失った、民の心を。
それがどうだ
兵をいたずらに死なせ、物資を
民の心すら取り戻せず、
民の命を捨てることしかできない
なにがワラキアの王だ
なにが串刺し公だ
「なにが
吐き捨てるように呟いた言葉は周囲の言葉を失わせる材料にするには十分すぎた。
オスマン帝国の兵達は知っていた。
彼が指揮していた軍隊は軍隊と呼ぶにはあまりにもお粗末な代物だったということを
ヴラド自身も気付いていた。
自らの国に裏切られたことを
だがヴラドは認めなかった、認めたくなかった。
認めてしまったら、自分が今までしてきたことは無駄だと、認めることになってしまう。
自分の生きてきた時間は無駄だと認めることになってしまう。
「…貴様は」
ぽつりと
名も無き将軍は沈黙を破り、言った
「貴様は我が軍に大きな被害をもたらした」
「よって貴様を今ここで、斬首の刑とする」
名も無き将軍は、同情したのかもしれない、共感したのかもしれない、何を思ったのかは名も無き将軍自身しか分からない。
あるいは
彼はワラキアの英雄の事を尊敬したのかもしれない
国の為に命を捨てる覚悟に
騙されて尚、国を信じるその愛国心に
純粋な尊敬の念を抱いた、のかもしれない
だから、串刺しではなく、斬首を選んだの、かもしれない
「準備に取りかかれっ!」
かくしてヴラド三世、ヴラド・ドラクリヤ、竜公の息子、悪魔公の息子、そしてワラキアの王は、自らの国に命を預けた結果、自らの国の手によって預けた命を投げ棄てられた。
ここでヴラド・ツェペシュの物語は終わる
ここからは新たな物語が始まる
首が胴体から離れる直前に彼は聞いていた
「賭けは、我の勝ちだったな」
鬼の声を
「ツェペシュよ、貴様に聞いてやろう」
「貴様は死の間際、諦めるか?」
「言葉が足りなかったな、生きたいと願うか?」
「…貴様ならば、そう言うと思ったよ」
「ならば、賭けをしよう」
「貴様が死ぬ間際、諦めたら我の勝ち、諦めなければ、みっともなく生にすがろうとするならば、貴様の勝ちだ」
「貴様が勝てば…、その時に考えろ」
「我が勝てば、そうだな、貴様も我と同じ鬼にしてやろう」
「ま、どうせ貴様は忘れるがな」
「…阿呆め」
「貴様の空っぽの頭を更に空っぽにし、忘れることのないように」
「我はエヴァンスだ」
どこにでもいる、貴様の中にしかいない、ちっぽけで巨大な、ただひとつのエヴァンスだ。
「…ふふふ」
「いや何、こうして自分を言うのは久しぶりでな」
「そろそろ終わりだな」
「賭けが始まる」