それでも僕は無職です 作:夏からの扉
別に何をしたいわけでもなかったが、何かをしたかった。
嘱託魔導師という職業もどきは一応は持っていても、ほとんどニートと化している僕が、夜中にしばしば散歩と称して出歩く理由が、それであった。
一度無職という職業を経験した人ならわかるかもしれないが、一日中パソコンをしていようと、ゲームをしていようと、本を読んでいようと、飽きるのだ。何かをしている途中に、不意にそれを中断して無意味に背伸びをしてみたり、歩き回りたくなったりする。
だからと言って就職してみようかという気分にもならず、喉の内側で三角形の塊が分裂しながら蠢いているような気持ちの悪い感覚が全身に広がるだけだった。金はあるからね、仕方ないね。
「……死にてえ、いや、死にたくない。死ね。取り敢えず誰か死ね」
脳味噌を言語能力に使用せず、適当に頭に浮かんだことのみを呟いた。局員が近くにいたら職質待ったなしだが、近くに見える生物は街灯に群がる虫けらくらいのものだ。
人工的な灯りは自然的な暗闇の中に飲まれて、夜目の利かない僕の視界を遮りながら、冷ややかな空気と協力して僕の気分を陰鬱の内部に突き落とす。
一日中ロクに動かず、高まった体温は十分あまりの散歩で既に冷めていた。
体温が高いままだというのも不快だったが、いざこうして身体を冷やしてみると些か居心地の悪いものを感じる。長いニート生活を経てすっかり慣れてしまったのだろう。
ナチュラルに屑な発言も、おそらくはニート生活で身についたものだ。
管理局に入ったばかりの頃は、もっと正義感に燃えてたり給料にはしゃいでたりヒロイズムに浸ったりと忙しかったから、屑っぽいことを言っている余裕はなかったのだ。
でも、何もしなくても金は入ってくるし、屑でもいいかなって考え始めてはや八年。正真正銘の屑の称号を手に入れて、練度も極まりかけていた。
今や、誰に屑だと罵倒されようとも開き直れるくらいには屑レベルが屑っていた。
屑に浸食された頭の中身を一端屑籠の中に移植して、頭を空っぽにしてみる。
「……うあー」
あまり効果がなかった。
と言うより、普段から割と空っぽな状態なのでほとんど変わっていないというのが適切だ。数少ない友人には、「お前、普段から何考えて生きてんの?」とのお言葉を頂戴したこともある。
その友人は、今何してるかなーとか考えて、大分前に死んでいたことに気が付く。脳味噌が劣化しているのだろうか。それとも僕は本当は二次元世界に生きていて、今現在の三次元は胡蝶の夢みたいな感じになっているのだろうか。できるなら後者をお願いしたいところだ。
「魔法とか……二次元の中だけとか、思ってたけどさ」
少なくとも、昔は。
でもすっかり今は現実の一部として、僕の眼前に壁を形成している。魔法ってもっと夢とか希望とかファンタジーに彩られたものだと思っていたが、実はそうでもないらしい。
まあつまりは、才能主義で実力主義だったのだ。魔法って。
杖を持って三角帽子を被って怪しげな鍋を掻き回していたら何でも出来てしまうような、夢だけじゃなく頭の中の花の量も盛りだくさんなものではなかったのだ。
普通に才能のある奴が普通以上に努力をしてようやくエリートになれて、後他に必要なものは運とかコネとか金とか、僕の知っている現実と、魔法社会というものは何ら変わりがなかった。だからこそ僕もこうして落ちこぼれているわけだ。
「いや違う。落ちこぼれてない。働かなくても金が入るから働かないだけだ」
それにほら、嘱託の依頼もたまには来るし。一番最後に来たのは二年前だけど。
よく爬虫類に例えられる眼球を動かして、足下のコンクリートが割れている部分を見た。ある一点だけ露出している土に、そこを中心に広がるひび割れ。誰かがエクストリーム床ドンをやったのだと予想。ニートにも遂に家外に進出した猛者が現れたかと感心してみたが、こうも素晴らしいニート精神を見せられては僕もプロのニートとして下腹部に発憤するものがある。
負けじと、見るからに硬質なコンクリートに踵落としを決めてみた。
きっかり十秒間、蹲って立てなかった。
「……ファック」
ガスガスと、指を丸めながらコンクリートの割れ目を爪先で小刻みに蹴る。どんな脚力で床ドンしたらこんなになるんだと文句を言いたくなったが、よく考えてみれば物理魔導師なら余裕だろう。
……しかし、物理魔導師という言葉に違和感を覚えなくなってきた僕はもう駄目なのかもしれない。あいつら、魔導師のくせにやってることはグラップラーなんだよなあ。
「……うん?何か光ってる……?」
夜目は利かないけど光源探知の機能は高めの両眼球が、ちょっと遠くで一年生ばりにピッカピカしている何かを発見する。
十五の夜な中学生か。はたまた、河原で殴り合いの亜種か。どっちにしろ、多分青春しているのだろう。下世話な野次馬根性が発露するが、多分見に行ったら「見せモンじゃねえよ」ぐらいのことは言われそうだ。運が悪ければ絡まれることもあるかもしれない。
「おっとここで僕選手、まさかのスルー……」
足を光から遠ざける。
骨なしチキンであるところの僕は、好奇心に殺される猫になるのは生物学的に不可能だというのが理由の七割。残りの三割は、コンビニにでも寄ってアイスでも買いたかったからだ。
どうでもいいけれど、ここ、ミッドチルダではテロが多い。
時空管理局なんていう、司法と立法と行政と軍事を全て行うスーパー独裁組織があるから仕方がないのかもしれないが。あと、管理局っていう名称から凄くディストピアの匂いがするし。
四年くらい前も、JS事件とかいうでっかいのがあったことを憶えている。解決したのはナノハ・タカマチ。エースオブエースと呼ばれる、僕と同郷の魔導師。
片や管理局の顔にしてエース。片やドロップアウトしたニート。同郷だというのにどこで差が付いたのか、と考えてみたが、慢心でも環境の違いでもなく、単純に純然たる才能の差だった。
せつねえなぁ。
コンビニで買い物を終えた僕は、既にアイスを食べるモードへと突入していた。今にもアイスを食べる状態という意味ではない。家に帰ったらすぐにアイスを食べてやろうという決意を露わにした、言わば覚悟の姿なわけだ。
神秘性の欠片もない棒っきれを振り回しながら、コンビニの袋をぶらぶらと前後に揺らして歩く。地面を踏みしめる足は自然と速度が増加していき、自然と脳が自宅への最短距離を計算し出す。
世の中なんぞクソですよという持論は今だけは完全になりを潜めていて、アイスがあれば世の中全部幸福になるんじゃねえのという偏見に満ちあふれた一方的な理論にすり替わっていた。
「そんなことよりアイスを食おうぜ」
そもそも今まで僕は何に悩んでいたのだろうか。世の中の不条理なことなんて全部アイスで解決するじゃないか。戦争も貧困も、アイスでどうにかなるんだよアイス。
いや、でも、ポテチも捨てがたい。チョコレートも……。
頭の中をお菓子の家にして青い鳥を呼び込んだ。そう言えば焼き鳥も食べたいなと、無限の食欲を隠すことなく欲望へと昇華させてセルメダルを量産する。
「もうニートとかエースとかどうでもいい……がぁっ!?」
不意に、柔らかい何かを蹴っ飛ばした。そして無様にすっ転んだ。生暖かいぐにゅりとした感覚が膝の下に入り込んで、それとは対照的に上半身は冷たくて硬いタイルに叩き付けられた。
じわりと、肘が熱くなって遅れて痛みがやって来る。痛覚神経を流水に付けられているような鈍い痛みだ。だがアイスは無事だ。腕を上に上げていて助かった。
電気が走るような感覚が肘から指の先に流れて、コンビニ袋を落とさないようにするのにも一苦労だが、それでもセーフはセーフ。
「いっつう……やっぱ世の中クソだわ」
だが、気持ちは沈んだ。
心の最底辺にて地盤沈下が起きたかのように、アイスに対する情熱とか色々なもの冷めていくのを感じた。自転車をドミノしてしまった時とかに湧いてくる何とも言えないあの感情だ。理不尽に何かに当たり散らしたくなる。
立ち上がって、僕が躓いた原因を見る。
予想していた通り、案の定、人だった。しかもガキだった。
緑色の髪をツインテールにしていて、左側の後頭部には大きな赤いリボン。多分中学生くらいだろうかと予想できる小さな身体を寝息で揺らしながら、僕が転倒した衝撃をものともせずに熟睡していた。
「……………………」
蹴飛ばしたい衝動に駆られる。しかし良識ある大人として、中学生のガキを蹴飛ばすのは如何だろうかと考え直して、踏み付けた。
ぐぎゅ、と声とも効果音ともとれない音が鳴った。
「……いやいや、何でガキがこんなとこで寝てんだよ」
ミッドチルダは決して治安は良くない。当たり前だ。ガキでも大人でも、魔法なんていう個人単位で使用できる大きな力を持っているのだから、それを行使してみたいと思うのは極々自然のことである。そしてそれが自然と反社会的な行動へと向かうのも、当たり前だろう。正しいまま力を使うなんて、管理局にでも入らないと無理なのだから。
治安が悪くなればチンピラが湧く。そんなところに外見の整った中学生くらいのガキが屋外で倒れていたらどうなるか、まあ想像は難くない。
仕方ない、と溜息を吐き、落とし物は交番に届けましょうと小学校で習った通りに、偽善者になろうとガキを背負う。
しかし、考える。
「……無職、幼女、昏睡……事案だな」
ロリコンでないことは自宅のラインナップから判断は可能だろうが、年中犯罪者の確保に追われている局員が話を聞いたり自宅捜査までしてくれるかが問題だ。
……うん、人手不足だし、忙しいし。
対応局員とガキの反応次第では幼女暴行犯が一丁上がりである。
「仕方ない、家に連れてくか。……犯罪性凄いけど、今更放っておくってのもなあ」
まあ、バレなきゃ大丈夫だろう。きっと。
バレたところで、僕は無実だということをこのクソガキに主張してもらえばいいだけのことだ。その辺は恩を売っておけばきっと証言してくれるはずだ。
猫背気味の背骨が更に前に曲がる。僅かに柔らかいような感触はするが、ロリコンではないので興奮はしなかった。
背中を流れ落ちるように滑る重力は僕を無視して内蔵を貫く。久方ぶりの誰かとの接触に、息苦しくもある停滞感が両肺の間に陣取った。
「…………重いなあ」
そういえば久しぶりだっけと回想する。
人を背負うのなんて、友人が死んだ時以来だった。
『……
「せっかく主人が帰ってきたというのにいきなり何を言うのかねこのデバイスは」
帰宅するなり、局員時代に金に物を言わせて購入した高級品であるはずのインテリジェントデバイス『レインパーツガール』、略してRPGが罵ってきた。
背負っていたガキを適当にベッドに投げ込んで、USBメモリの形にも似たRPGを持ち上げる。
『
「待て落ち着け別にこれ誘拐じゃねえぞ。むしろ慈善事業だ。道に倒れてるのをロリコンに犯される前に拾ってやったんだよ」
『
デバイスにさえも……いや、僕のデバイスだからこそ、信用が無かった。
RPGをベッドに向かって全力で投げながら、コンビニの袋を下ろして中からアイスを取りだしテーブルに置く。蓋を開けると、神々しく発光する幻覚を醸し出しながら、アイスクリームが降臨した。
『……
ベッドの上で転がっていたRPGが浮き上がる。
こんな口が汚いデバイスでも昔はきちんとしていたのだ。何の影響を受けたんだろうかと溜息を吐いてみるが、結局はまあどうでもいいかという結論に落ち着く。
それにしても、一応女性人格のデバイスなのにこの口の汚さは如何なものだろうか。
「はいはい、わぁってるって」
『
「うむ、ロリにゃあ興味はねえなあ」
産地がコンビニの安っぽいスプーンを袋から出して、半分ほど凍り付いているアイスの表面に突き刺して掬う。
「……美味い」
一口、口に含んだ。
清涼感のある人工的な甘さが口の中で蕩けて、脳へと多幸感を伝える。
一瞬だけ、僕は何をしているのだろうかと僕は正気に戻ったが、すぐに食欲に脳髄を支配された体制を取り戻して欲望と若干の狂気に身を費やす。甘味が口中に広がったおかげだろう。
「危ねえ……現実に絶望して突発的にぶら下がり運動するところだった……」
『
すかさずと突っ込んできたRPGに「言ってみただけだ」と言いながら、スプーンに半分ほどくっついたアイスを口に運んで、唇に引っかけた。唇の内側に冷たい感触を残しつつ熱で少し溶けたアイスが口内に落下した。
一口一口を堪能する。
こうしてアイスを食べていると、自分がアイスを買って食べる為だけに生まれてきたのではないかと錯覚することが稀によくある。というか、それしか価値がないようにも思える。
AA+という恵まれた魔力量にレアスキル、
ちなみに、その金も管理局の懐から出ているから実質僕のではない。
「……やっぱ世の中クソだな」
ということで片付けておく。深く考えると面倒だ。ストレスも貯まりそうだし、何より生産性が皆無だ。もしかしたら死体くらいなら生産できるかもしれないが、葬儀の値段や手間などを考えると、結果的にはマイナス……いや、そもそも葬儀できるのだろうか。誰にも気付かれず腐乱死体として生涯を終えて、骨になった頃犬に咥えられて発見されるとか、僕嫌だぜ。
ピンポーン、と。
数年間ほぼ全く聞くことのなかった音が僕の溜息とアイスを口に運ぶ手を止めた。
『……
「……なあ、RPG。ちょっと黙ってようぜ」
失礼な事で驚くデバイスをゴミ箱にシュート。超エキサイティングな気持ちになったところで、尻と床で磁力が発生しているのではないかと思うほど重力に支配されている腰を、億劫だと思いながら上げる。
しかし、RPGにはああ言ったが、本当に誰なのだろうか。家に来るような人物に心当たりはないし、そもそもこの家を買ってから新聞勧誘さえも一度も来ていない、さっきのガキが記念すべきお客様第一号な家に客人が来たとは素直に思い難い。
強盗、テロリスト。どちらが現実的だろうか。
「はーい……」
やる気のない声を出しながら、ドアを開ける。
開けている最中に、RPGをきちんと持っておけば良かったと後悔したが、今更閉め直して取りに行くのも、いかにも警戒していますと言っているようで中々しづらい。
解放されたドアの向こう側には、僕が予想した筋肉達磨で威圧感バリバリのお兄さんではなく、ほのかにオレンジがかった髪の、どこかで見たことあるような女性が佇んでいた。
「夜分遅くにすいません。本局執務官のティアナ・ランスターです。お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「………………………………………いや冤罪ですよ僕何も悪いことしてないインド人嘘つかない」
身分証を示しながら言う彼女は、国家権力で間違いがなかった。
もっと正確に言うのなら、独裁組織のエリート様だった。
「…………ん、ランスター?」
ティアナ・ランスター。うん、憶えてる。
あれは確かJS事件の時、ナノハ・タカマチの後輩の期待の新星として散々お昼のワイドショーや朝のニュースで取り上げられていた奴だ。同時期に他にも何人か紹介されていたが、他のは忘れた。一人は、磯野とか中島とかそんな名前だったはずだけど。
「元機動六課か」
「……ええ、よくご存知ですね」
「有名ですよ。無職の僕が知っているくらいには」
制服を着てはいないということは、公的なことではないのかと微かな期待を胸に宿らせながら脈拍が乱れないように気持ちを落ち着けようと試みる。
冤罪で捕まるとか、メガテン好きの僕もちょっと笑えない。
「……それで、そんな有名なエリートさんが社会のゴミ屑街道驀進中の僕に何のご用ざんしょ。何かの勧誘?それとも僕のことを知っているのか……」
「いえ、そうではなく」と、ランスターは前置きをして僕の目を正面から見る。「端的に言いますが、あなたがノーヴェを襲ったんですか?」
「……………………はぁ?」
予想外の方向から殴りつけてきた。脳味噌が回転して頭蓋骨に削られる。眼球も回転するが、これは視神経を中心とした点回転なのである程度は大丈夫だろう。
何で僕、婦女暴行の疑いかけられてるんだ。
「…………」
あれ、もしかしてあのガキがノーヴェとやらなのか。
倒れているところを拾ってやった善意を情欲と間違われているのか。
マジかよ世の中クソにも程があるぞオイ。
「いえ違うんですおまわりさん。襲ってません。むしろ襲われるかもしれないという状況から助けたのです。マジで何もしてませんから。道端に倒れてたので危ないなと思って拾っただけですから。そもそも僕ロリコンじゃねえから。あんなクソガキじゃどうやっても勃たねえから!」
「えーっと、何の話……ですか?」
「…………」
目がすいすい泳ぐ。ひょっとして僕怪しい男ムーブをしてしまったのではないだろうかと不安に駆られまくりだ。語るに落ちる犯人を体現してしまったかのような状況に、さしもの僕もごまかしの言葉が思いつかない。
残念、僕の社会的生命はここで終わってしまった。
ニートにそんなもんがあるのかは不明だけど。
不意に、ランスターの目が上に移動して、戻る。そして、しっかりとした目付きで真っ直ぐ僕を見た。あ、これは誤解された流れですわ。
「家の中を見せて頂いてもよろしいですか?」
「僕、何も悪いことやってねえはずなのになあ……」
「いえ、そうじゃなくて……。もしかしたら、その貴方が……保護、した娘、通り魔かもしれないんです」
貴方がと保護の隙間が空きすぎていることが若干気になったが、それよりもその後の通り魔という言葉が気になった。
あんなガキができるわけがない、とは思わない。何しろミッドだ。大人がガキに変身している可能性も考え得るし、クソガキが大人顔負けの力を持っていてもおかしくはない。
「……そりゃあないでしょう。ただのクソガキでしたし。執務官がガキ疑うとは、やっぱミッドはいつも通り地獄っすね。で、話はそれだけか?」
特に理由はなかった。
いや、本当に何か良いことをしてやろうとか、あのガキが可哀相だからとか、そんな高尚なことは欠片さえも思っていなかった。むしろあのガキが本当に通り魔だとしたら、普通に偽証罪にあたるんじゃないかと疑うほどなのに、僕がこんなことをした理由なんて存在しなかったのだ。強いて言うのなら、なんとなく。
ツンデレでも偽善でもないのだから、自分でもびっくりだ。
「でも、センサーにはここに反応が」
「誤作動だな。僕の小学校でも火災報知器がよくやってたよ」
「話によると、襲撃犯はダメージを負って気絶していた可能性もありまして」
「偶然の一致。ここまで証拠が揃っていたら推理小説じゃあ逆に犯人じゃないのは確定的だからね」
「……どうも訳アリらしいので、すぐに署に連れて行くわけじゃありませんから……」
「そこまでして僕の部屋に侵入したいんですか。もしかして、ストーカー?友達から僕の話聞いてたり?」
「……そもそもあたし貴方のこと知りませんから」
「マジかよ意外」
ランスターがそろそろ苛立ちを隠さずに顔に表してきた。このまま怒って帰ってくれないだろうかと一パーセントほどの確立に懸けてみる主人公ムーブをしてみるが、どんなに格好を付けようと所詮はニートで、そもそもこの程度じゃ格好を付けられていなかった。
頭を掻く。帰ってくれないかと念じるも、僕の念力は岩どころか葉っぱ一枚動かせるかも怪しいほど脆弱で、効果はあまりないように思える。
「…………わかりました。今日はもう遅いですし、また明日来ますから、その時にお話を聞かせてもらいます」
はあ、とランスターが溜息を吐きながら、目を細めた。
僕の念力も捨てたものじゃないと錯覚しそうになる。調子に乗って彼女のスカートが捲れないかと念力を行使してみるも、腰に巻かれた防御能力の低いはずの布はぴくりとも動かない。僕にとっては念力が使えないことよりも何よりも、それが一番残念だった。
せめて風でも吹かないかとランスターの背中を見送り、僕の希望は潰える。
世の中と僕の人生に絶望しながらドアを閉めて部屋に入ると、怒ったように合成されたゴミ塗れの音声が鼓膜を揺らした。
『
「手足生やしてから言いやがれ」
図らずとも明日美人とのデートが期待できて嬉しい、などと言うつもりは全くなく、ただ後悔と頭痛のみが頭を支配する。僕は一体何を意地になっていたのだろう、とか、もっと考えて発言すれば良かったとか、もうちょっとマシに対応できた場合のリプレイが頭の中で再生されて、よけいに陰鬱な気持ちになる。
「…………死ねい」
ランスター個人に向けたものではない。だからと言って全人類とか、そんなどこの魔王だよとか言われそうな大それたことは思ってない。
取り敢えず、僕に関係ない誰かが死ねばいいと思った。
「…………」
アイスは、溶けていた。