それでも僕は無職です   作:夏からの扉

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偽善者パラノイア

 

 

 

 

 

 

 まだガキの頃、僕には力があった。

 体内を駆け巡って、空気中に霧散していて、けれども放出することも扱うこともままならない、そんな力があったのだ。

 僕はその存在のことをずっと空気や血液のようなものだと思っていて、他のみんなも同じように感じるものだと思っていた。扱えない力なんて、力ではない。ただのそこの何かよくわからない物質として処理しようとしたのだ。

 本能は何故かそれが力だと確信していたのだが、理性で上書きするのにそう時間はかからない。それが魔力という物質だと知るまで、僕は妙に昂ぶる破壊衝動を持て余しながら少年期を過ごした。

 

 んで、自称魔法使いのおっさんがデバイスを落としていったのがきっかけだっただろうか。

 やはりこれ(・・)は力だったのだと、興奮と特別感を隠しきれずに魔法の行使を始めて、それがちょうどナノハ・タカマチら地球産のチート魔導師たちと同時期だったもので、魔力量の多さから管理局に勧誘された。

 特別に憧れる僕、一も二もなく入局を決意。

 躊躇いはなかった。僕は早熟で小学生にして中学生くらいの精神を宿していたからか、両親は僕にとって、僕の世話をしてくれて偶々血が繋がっている、何か同じ家に住んでいる人程度の認識でしかなかったからだ。ちなみに、そのまま認識を矯正するでもなくしばらく帰っていないから、今でも認識はそのままだ。

 管理局に入ったら、僕がレアスキルという希少技能を持っていることが判明した。

 特別感に舞い上がって、正義感に酔い痴れて、全能感に満ち溢れた。

 そして、ボロはすぐに出た。

 砲撃が出来ない、射撃が出来ない、身体強化も出来ない、召喚魔法も出来ない、魔力斬撃も出来ない、広域攻撃も遠隔発生もバリアもバインドも結界も治癒も変身も飛行も幻術も身体操作も物質生成も魔力付与攻撃も、何一つとして出来なかった。

 唯一と言っていいほど、上手く使える魔法はバリアジャケットの展開くらいで、その他はほとんど中途半端なまま、出来ないままで終わった。

 多すぎる魔力を上手く扱い慣れていないだけだと言われていた声は次第に聞こえなくなって、魔力運用の下手くそなガキだという潜めた悪意が僕を刺した。

 努力はしているつもりだった。長い時はそれこそ朝から晩まで、とにかく練習に練習を重ねた。おそらく才能が致命的に無かったのであろう、僕は全くと言っていいほど成長をすることはなかった。

 

 ナノハ・タカマチがまた事件を解決したそうだ。

 そうか、僕はまだ空も飛べそうにない。

 フェイト・T・ハラオウンがまた功績を挙げたそうだ。

 そうか、僕はまだ戦場に出たことさえない。

 ハヤテ・ヤガミがまた出世したそうだ。

 そうか、僕はまだ訓練兵扱いだ。

 

 周りの面白そうな笑い声に包まれながら、僕は一人、惨めさだけを増長させながら多すぎる魔力を持て余していた。何度訓練をしてもどうにもならない。絶対に加工できない希少鉱石に価値はないと、多くの教導官が匙を遠投した。

 デバイスが悪いのだと、インテリジェントデバイスに変えれば僕もナノハ・タカマチのようにエースになれるのだと、嫉妬心を燃やしながら自分はやればできる奴なんだと根拠のない自尊心を削りながら増大させた。

 

 『雨片の少女(レインパーツガール)』を手にした僕は、射撃魔法が使えるようになった。

 それだけだった。

 

 

 

 

 

「……という夢を見たんだ」

 

 節々の痛みを感じながら起床。口内の微妙な粘つきを感じながら欠伸をして、生暖かい舌の上にひんやりとした空気を乗せる。目に良さそうな緑色が視界に入って、僕の眼球と同化しないかなと寝起きだと一発でわかる感想を思い浮かべた。

 そして二度寝。

 ニートの朝は遅いと情熱大陸でもやっていた、かどうかは不明だが、少なくとも僕の朝は十時過ぎから始まる。遅い時は十二時過ぎから始まる。早くても九時半はほぼ確定的と言ってもいいだろう。僕の体内時計は七時半を示しているから、こんな早朝は起きる時間ではない。さっさと寝るのだ、と僕の体温が移ったソファの熱に身を任せた。

 

 沈み行く意識の中で、先ほどの夢を回想する。二頭身の、頭の二つあるおっさんが四本の足を駆使しながら空を飛んでいた。どうしてこんなどうでもいい夢のことをしっかりと記憶しているのかと憤慨しながらも、寝返りを打って革製のひんやりとした背もたれに寄りかかった。

 

「…………」

 

 ん、何で僕はソファで寝ているのだろうか。そんなに寝不足だったかな。

 首を傾けてポキポキと小気味よい音を鳴らす。寝惚けたまま体勢を変えようとすると、肩や背中に神経を固結びしたかのような痛みが疾走する。「あげべべべ」意図せず口から漏れる声は口内に空気の侵入をもたらし、意識を微妙に覚醒させた。

 薄く開けた瞳に緑色が映った。どうせなら家を全部緑色に塗装して環境に優しい家を装ってみようかとも思ったが、よくよく考えてみれば資源の無駄遣い甚だしかったのでやめておいた。

 

 

「……………………ところで緑色って何さ」

 

 頭の隅に浮かんだ僅かな疑問を起爆剤として、睡魔を吹き飛ばした。我が家の天井はそこまでエコ推進派ではなかったはずだし、大気中に緑色の謎物質が浮遊しているとも考えにくい。

 張り付いて瞼の解放を邪魔する目脂を指で擦って取り除く。何度も擦ることで、痒みが取り除かれるのと同時に新たな痒みが生まれた。

 

「…………」

「…………」

 

 目を開けたら、女の子が僕の顔を覗き込んでいるのが見えた。多分、十二、三歳くらいのガキだ。先ほどからちらちらと見えていた緑色は彼女の髪の毛だったそうで、赤いリボンで結われたそれは重力に逆らわず、僕の顔に降りてきそうだった。

 

「…………」

「…………」

 

 特に根拠はないけれど、何となく動いたら殺されそうな気がして硬直した。無表情に限りなく近い顔でガンを付けてきたので、僕も負けじと見つめ返した。

 よく見ると、左右の眼球で地味に色が違う。青色と、紺色。天然物なのかカラコンなのかでこのガキにどれだけ情けを掛けるかが違ってくるのだが、わざわざわかりにくい色にする理由もわからないし、多分天然物なのだろう。

 

 というか、さっきから何なんだこの失礼なクソガキは。

 ていうか誰だよ。

 何で僕の家にいるんだよ。

 

「……あの」

 

 沈黙を突き破って、ガキが声を発する。耳障りの良い澄んだ声だ。もし僕の頭の電波状況が良かったら、声帯だけを切り取って保存したいとか言い出しそうだった。

 僕がまだまともな方で命拾いしたな、と勝ち誇った。虚しいだけだった。

 

「おう何だクソガキ。お前誰だ」

「あ、アインハルト・ストラトスです……。ええと、どうして私はここに……」

「あ?んなもん僕が知る……いや、ちょっと待て。うん、知って……えー、ほらあれだよ。お前が斬新にも道端で熟睡してたから、その屍を踏み越えて行くのも何だし、拾ったんだよ」

 

 記憶に残っていたガキを踏み付ける描写を捏造して、おおざっぱに説明をした。思い出した記憶の中で家に連れ帰ってきてしまったのを後悔して、道端に倒れてたという理由だけで救急車でも呼んでバックれりゃ良かったと口内の肉を噛んだ。不要なリスクを冒してしまった。

 この状況から泣かれて外に出られでもしたら、僕の社会的死亡は免れない。いや、社会なんぞほとんど属していないも同然なのだが、冤罪逮捕からの牢獄行きは勘弁して貰いたいところだ。

 どうにかして、僕のことを優しいお兄さんもしくは親切なおじさんとして認識して貰わなくてはいけない。

 

「あー、腹減ったならメシ作るけど、いる?」

 

 上体を起こして、取り繕った笑みで尋ねた。ここのところ作り笑顔なんて浮かべたことはなかったから、顔面の筋肉が硬直しているのがわかった。これじゃあ逆に不審者みたいだと、いつも通りの覇気のない顔に戻す。友人からは「死んだ魚の方がまだ活き活きとしているよ」と言わしめるほど好評だったビジュアルだ。

 最後に切ったのがいつだったか、時間感覚が曖昧なせいで不明な髪の毛が目の中に入って鬱陶しく、手で適当に整える。猫背気味だった背中は、真っ直ぐに伸ばすとボキパキと折れてないのが不思議なほどの音を発して元に戻ろうとする。不健康な生活が現れている証だろう。

 

「いえ、そこまでしてもらうわけには……」

「うるせえ、ガキが遠慮してんじゃねえ。無遠慮にはしゃがれるのも嫌いだが遠慮されるのもイラッとくる」

 

 言いながら立ち上がる。固まった熱が背中に張り付いているようで気持ち悪く、服を引っ張って内部に空気を取り入れた。

 緩慢な動きでキッチンに立ち、作り置きのおかずを暖めながら味噌汁を作る。

 ちなみに、驚くことだが、ミッドチルダにも和食という文化は和食という名称で存在している。地球を管理外世界としているわりには、言語も日本語とほぼ変わりないし、案外日本が進化したらミッドチルダになるのかもしれないと空想を広げてみた。

 ……いや、言語に関しては、確か多次元で最も容易に翻訳が可能な言語を使用しているから大抵の相手と会話が可能なだけだっただろうか。よく憶えてないや。

 

「あの……」

 

 遠慮と困惑が混じった声で話しかけてくるストラトス。顔は動かさず、視線だけ移動させて必要最低限の返答をする。

 

「何だ」

「いえ、何でもありません……」

 

 言語が空気に衝突して、失速から墜落へとコンボを繋げていく。

 まあ、無理もないだろう。僕は元々彼女に悪印象を与えない程度のコミュニケーションしかしないつもりだし、クソガキはそもそも現状況を理解しているかすら不明だ。目が覚めて知らぬ間に二十代後半のニートに保護されてたら誰だって訳がわからないだろう。

 

「……何か食えない物はあるか?」

「ありません」

「そうか」

「……………………」無言の視線。刺すようなものでないことは僥倖と見ていいだろうか。

「何だ、言いたいことがあるならさっさと言えクソガキ」 

「……いえ、お礼をまだ言ってなかったので。ありがとうございます」

 

 ぺこり、と少しばかり大仰に角度を付けてお辞儀をすると、背中が水平になっているのが見えて、踏みたくなってきた。だが、訴えられたらお仕舞いなので、我慢する。水平な段差は踏み付けるためにあるとしか思えない僕としては、それは耐え難い苦行として立ちはだかり脳髄を掻き回すほどの我慢が必要だというのは言うまでもなく誇張表現にしても、妙に据わりが悪くて、伸びをして誤魔化した。

 

「別にガキが気にするようなことじゃねえだろ。僕は人として当たり前のことをしただけだぜ。相手が大人だったら僕としても対価を要求することは吝かじゃないけど、ガキに請求するほど人間腐っちゃいないし」

 

 露骨に偽悪者ロールをして、根は良い人だという印象を植え付けた。

 偽悪者の皮を被った偽善者にもなりきれない自己中心主義者に何の価値があるのだろうとか、五秒くらい考えてみても答えは出なかったので、三秒で見切りを付けてぐるぐると鍋の中身をかき混ぜる。この中に毒物を入れてみたいという破壊願望なのか破滅願望なのか微妙な小者特有の妄想を脳の表面に浮かべる。前を歩いている人の頭を蹴り飛ばしてみたいとか急に思う、アレだ。

 やっぱストレス溜まってるんだろうと結論を付けて、今日もアイスを購入することを密かに決意した。

 

 暖めた焼き魚と煮物、味噌汁に、別の用途の皿を茶碗の代用にして盛り付けたご飯。典型的な和食をテーブルの前にちょこんという擬音が聞こえそうなほどこぢんまりと座ったストラトスの正面に置いた。そして、その反対側に同じラインナップを、茶碗に盛り付けられたご飯と共に置く。皿やお椀はいくつかあったが、茶碗は一つしかなかった。長年一人暮らしをしている弊害だろう。

 

「いただきます」

「い、いただきます……」

 

 僕の言葉に釣られるようにストラトスが手を合わせて、焼き魚をほぐし始めた。味噌汁に浮くわかめを摘んで食べる。液体の中に固体が浮いているのが気に入らないのかわからないけど、僕は汁物は具材を食べきってから汁を飲む派閥に属していた。

 思えば、昔から変な事にのみ妙なこだわりがあったようにも思える。炭酸が飲めないわけでもないのにメロンソーダを飲む時は炭酸を全部抜くとか、ティッシュは二枚重ねのものを剥がして使うとか。あと、友人の墓参りは命日には絶対に行かないと決めていたり。特にこれと言って理由はないのだけれど、なんとなくそう思うのだ。

 

「あ、おいしいです」

 

 そう言われて悪い気はしないが、僕の金で買った食材が彼女の胃袋の中に侵入していると思うと、それぞれが相殺して感情は動かない。焼き魚をまるごと口の中に放り込んで、口内で骨を抽出して皿に吐き出した。そして、その様子をストラトスがきょとんとした表情で見ていた。

 社会のゴミ屑の一員としてガンを付けられたら睨み返さないとという使命感に駆られて、眼球から視線を飛ばした。当然、僕の眼球には巨大化して念力を使えたり独立して父親になり出したりなどといった不思議な効能は存在していないので、特に何が起きるわけでもなく、不思議そうに見つめられるだけに留まった。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 ストラトスが手を合わせて丁寧にお辞儀をするのを、食器を無造作にシンクへと投棄しながら見つめる。言動と年齢が、どうも不釣り合いな気がしてならない。最近の子は早熟だからこんなに馬鹿丁寧でもおかしくはないのかもしれないけれど、何か妙に気持ち悪いのである。

 ……まあ、比較対象が横断歩道の白い部分以外を踏んだら死ぬとか言ってるガキなので、それから見たら大抵の奴は落ち着いて見えるか。それに、大体中学生くらいと考えるならこんなものかとも思う。中学校通ってなかったからわかんないけど。

 相手の年齢を考慮しないでガキという一括りで見てしまったが故の気持ち悪さなのだろう。僕も小さい頃は中学生が凄く大人に見えていたというのに、少年の心を忘れてしまうとは何たることか。意図せずして男はいつになっても子供だという言葉が虚偽であることを証明してしまい、何を信じて良いかわからず途方に暮れてみた。

 

「ありがとうございます。泊めて貰っただけでなく、朝食まで頂いてしまって……」

「別にいいよ。お礼はいいから、さっさと帰ったらどうだ?多分、親御さん心配してるだろ。昨日お前が倒れてた場所とそう遠くはないから、とっとと帰るんだな。お前にも家族がいるだろう」

「すみません。やっぱり、迷惑でしたか……?」

「ああ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 

 ほんの少しばかり悲しそうな顔に罪悪感が蠢いたというわけではなかったが、別にわざわざ悪印象を与える必要もないだろうと思い、取り繕う。

 久方ぶりのまともな会話に、目の内側が痒くなってきた。思えば、最近誰かと交わした会話は「はい」「うん」「いえ」の三つで大抵は成立していた気がする。目立つことを良しとしないうえに比較的内向的な日本人としては喜ばしい限りだが、他人とのコミュニケーションに違和感を覚え始めたら本末転倒な気がしなくもない。

 昔と比べると、とんでもなく変わり果ててしまっているのがわかる。

 以前はクソガキ、今は屑。ある意味順当な進化なのかもしれないが、昔はただ単に何も知らなかっただけの主人公願望のガキだということを考慮すると、鉄砲魚が蛸に進化するくらいには種族の差を跳躍してしまっているようにも思えた。

 

 瞼の上から視神経の付け根を掻こうとして失敗する。視界の内側に黒い球体が蔓延り始めて、霧にも似た黒色が目の中に入る光を遮断した。目から指を離すと、じわりじわりと浸食されるように景色が元に戻る。

 そこに映るストラトスは申し訳なさそうな顔をして、僕をじっと凝視していた。

 適当に誤魔化せていたと思っていたんだけど、返答を期待されてるのかな。これは。

 

「ほら、体面上よくないだろ。一人暮らしの二十代後半の無職の男の家に女の子が長居するってのは。僕は社会的に死ぬし、お前は謂われない中傷誹謗に晒されるかもしれない。お互い傷付かない程度に利用し合うってのが素晴らしい人間関係らしいし、そいつを実践してみるのもいいんじゃないかと。多分もう関わることもねえだろうし」

 

 ストラトスの不満げに伏せられた顔に、喜怒哀楽で謂えば哀の表情が似合う娘だなという印象を抱いた。

 

「……わかりました」しばらくの沈黙の後に、ストラトスが頷いた。「でも、名前を教えてください。せめて、お礼はしたいので」

「……あー、僕は自分の名前があんまり好きじゃなくってな。好きに呼んでくれ。いや、呼ばなくてもいい。呼ばないでくれ」

 

 勿論、そんな事実は一切ない。むしろ、僕の名前である塁臥城司(るいがじょうじ)はひっくり返すとジョージ・ルイガで、比較的外人的でミッドにで目立ちにくく、気に入っているくらいだ。

 それでも、名前を憶えられるのは避けたい。このガキは落ち着いているにしても、家出考えなしに僕のことを話さない保証はどこにもないし、彼女の親がモンスターなペアレントの可能性だって否定はできない。保身第一主義を掲げている僕としては、素直に名前を教えるのは公約違反だと文句を言われるかもしれなかったので、マスコミに叩かれたくない僕は素直に名前を教えることはできないのだ。

 

「……後日、きちんとお礼をしに参ります」

 

 凛と、そう面と向かって宣言された。こうも無表情のまま堂々と言われると、お礼の内容というのがお礼参りか何かなのではないかと勘ぐってしまいそうだ。

 武人然とした雰囲気を纏ったストラトスは、僕を一瞥するとふっと表情を笑わない程度に和らげた。その筋の人ならば恋に落ちてしまいそうな、魅力的と言って差し支えない顔だ。

 十秒ほど僕の生気の抜けた顔を見て満足したのか、ストラトスが背中を向けて玄関へと出向き、僕はようやく帰ってくれるかと安堵した。横目でデジタルを通り越してマジックとも言えるほどの、数字が空中に浮いている時計を見て時刻を確認する。九時十一分。普段なら起きているかも怪しい時間帯だが、それでも長居させすぎた。起床した両親が管理局に届け出を出していてもおかしくはない時間帯である。

 

 案内とは名ばかりに、ストラトスを玄関へと押し込んで靴を履かせる。爪先のあたりが少々焼けているように変色しているのが気になって、昨日のランスターの言葉を思い出してみた。

 まあ、だからといってどうするでもない。これっきりで縁が切れればそれでいい。多くても、他に会う機会はお礼を貰う予定の次の一回ぐらいだろう。そうであってくれ。

 昨晩ランスターに彼女を引き渡しておけばよかったと、今更ながら後悔。僕の保身回路がぎゅるんぎゅるんと全力でストラトスの厄ネタ加減を訴えてくる。ついでに、体中の関節は動かすのを躊躇うような痛みを訴えてくる。こっちは、ソファで寝たからだろう。

 

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

「いや、気にしてねえよ。じゃあな」

 

 顔面の筋肉を吊り上げたまま固定して、会話を存続させることなく打ち切る。そして、有無を言わせないまま手を振り、帰らなければいけないような雰囲気を作った。

 顔に血流を集めたストラトスが小さく手を振り返す。早く帰れと苛つくと同時に、ちょっと可愛いと思ってしまった自分を憎らしく感じる。

 

「それでは」とストラトスがドアノブを握った。細くも、何故か脆そうという印象は受けない腕が捻られて、外の光が収まる場所からズレたドアの隙間から漏れて目に優しくない。眩しすぎる視覚情報が大きなままの瞳孔に吸収され、顔をしかめるのと同時に、昨日聞いたばかりの音が聴覚情報として鼓膜を揺らした。

 インターホンの音。

 考え得る限り最悪のタイミングで来てくれたものだ。盗聴器か何かでも付けていてタイミングを伺っていたのかと疑ってしまう。

 吊り上げられていた表情筋がぷるぷると微弱に振動して、皮膚上に極小規模な地震を巻き起こす。炎の灯った心と鋼の自制心を持つ僕には効果は抜群で、精神的に大ダメージを負った。タイプに関しては虚飾があったことを否定しない。

 

 制止する間もなく、ストラトスがドアを開ける。開かれたドアの横で、急に開かれたドアに驚いている女性が一人。鮮やかなオレンジ色の髪は日の光を反射して輝いていて、その下にある顔はそれぞれのパーツがバランス良く整っている。そして、中々にスタイルの良い身体を包むのは、管理局の制服。

 それはまぎれもなく奴だった。

 

「……次元管理局執務官、ティアナ・ランスターです。お話を伺ってもよろしいでしょうか」

 

 ……笑って誤魔化せたらどんなに楽だっただろうか。

 ストラトスがぴくりと反応するのが見えて、こいつだけ連れてって手打ちにしてくれないかなあと、本音が暴走して声帯の一歩手前まで迫り上がった。面倒だという気持ちからATフィールドが形成され、それを顔に貼り付けて半紙よりも薄っぺらで、吹かなくても飛んでしまいそうな笑顔を装う。だが、顔が飛んで行ってしまったら流石の僕も困惑を禁じ得ないので、粘着質な食への執着を糊の代わりとしてのっぺらぼう化を防いでみた。効果は覿面のようで、僕の表情筋は未だ硬直して一切動かない。

 

「……ホント世の中クソだな、おい」

 

 舌以外は動かさずに、誰にも聞かれないような小声で呟く。

 というか、まあ、うん。

 結局、僕にとってはいつも通りのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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