それでも僕は無職です 作:夏からの扉
「ナノハ・タカマチ。フェイト・T・ハラオウン。ハヤテ・ヤガミ」
聞き覚えがありすぎる名前を列挙して、知っているかい?などと爽やかに笑う年上の友人の笑顔に妙にイラっときて、手慰みにと弄っていた輪ゴムを飛ばした。飛び出せ青春とばかりに未来へ向かって放たれた輪ゴムは、友情とか希望とか曖昧なものを背負ったまま友人の額にぶち当たり、重力に引きずり込まれて失墜した。
「はっはっは、痛いな何すんだこの野郎」
「はっはっは、僕の境遇知ってて言ってんなら喧嘩売ってるのと同じだろうがぶち殺すぞ」
高町なのは。
フェイト・T・ハラオウン。
八神はやて。
三人とも僕の同郷……いや、正確には一人は違うけれど、地球での事件をきっかけに管理局に入ったのだから似たようなものだろう。
管理局の期待の星。エースストライカーズ。偉大なる広告塔。僕とは文字通り、次元の違う人間。住んでた次元は同じだというのにねえ。
「で、そいつらがどうしたよ」
咥え煙草をイメージしながら、ポッキーっぽいお菓子を口に含んで尋ねた。どろりとした甘味が口の中で溶けて、コーティングのなくなったプリッツ部分を端から寸断していく。
笑顔が詐欺師臭い友人はポッキーでくるくるとペン回しをしながら、逆の手でコーヒーの入ったカップを口へと運ぶ。器用な奴だ。
「ジョージはどう思ってるのかなって。彼女たちのこと。ほら、何かあるだろ?憎たらしいとか、バリアジャケットエロいなとか」
「二十超えた大の男が十三のガキ見てエロいって感想浮かぶとかこれもうおしまいじゃねえの?」
「少年の心を忘れてないと言ってくれ」
恥ずかしい。十代前半のガキに欲情することを胸を張って言う二十代の男が僕の唯一の友人なことが非常に恥ずかしい。これは末代までの恥になりかねないと、こいつと僕の間に親交があったことを示す証拠を一切合切燃やしてしまおうかと思ったが、よく考えてみれば僕結婚出来る気がしないし、末代って僕のことじゃねえかと気付いた。
完全に口の中から消失したポッキーの代わりを務めるべく、名前がやたらと長かった気がする紅茶が参入する。紅茶の善し悪しのわからないチープな舌では、取り敢えず美味しいような気がする程度にしかわからないが、口内の寂しさを埋めることには成功した。
「……まあ、逆恨みがないと言ったらちょっくら嘘になるかもだけど」
紅茶を飲み込んで、香りのみが鼻から抜けていく。スッと清涼な風が吹き抜けるような感覚は、目の前にいる友人の、流れ出る汗から柑橘系の匂いでもしそうな容姿にマッチングして共感覚を生み出し、風鈴や蝉などの夏を彷彿とさせる幻聴を脳に響かせる。
それでも、と前置きして。
「もう既に色々と諦めちゃってる身としてはもう割とどうでもいいかなってのと、あと、クソガキ相手に嫉妬心全開で憤って友達とかに噂されたら恥ずかしいし……」
「え?僕以外に友達いたの?」
「素で聞くんじゃねえよ」
いないけどさ。
「いや、まあ、それならいいんだ」いいんだ、という前には「どうでも」という言葉が付属していそうな、凹凸の目立たない口調。「上を目指す身としちゃあ仲良くしておきたい人材だからね。そういうのをジョージが不快に思ったらどうしようかと思ってたんだけど、余計な心配で良かったよ」
コーヒーを口に運ぶ。テーブルに置かれたコップの中身は、少しも減ってはいなかった。視線を友人とコーヒーの間で互いに往復させる。友人の視線が目に見えて泳ぎ、尾ひれとと背びれが付いてエラ呼吸を始める幻覚を見た。
……飲めないのに、頼んだのか。
「見栄を張ることに余念がないのはいいけど、格好付けに失敗したらすっげえ情けなく見えるぜ」
煙草を咥えて咽せたり、拳銃に似た造形のデバイスをくるくると回して落っことしたり。友人にはそういう面があった。確か、弟だか妹だかに必要以上に尊敬された結果、格好良い兄であることを優先したからだとか何とか。格好の付け方が中学生レベルなのは指摘しない方が良いだろう。
HAHAHAHAHAと今時活字か漫画でしかお目にかかれないような、火星の表面よりも乾いた似非外人笑いでお茶を濁そうと努める友人。水を掛けたら凄い勢いで染み込みそうだと思い、テーブルの上のおかわり自由っぽい水分をぶっかけようか少し迷った。
迷った結果、コップに移してからぶっかけた。
「……………………」
爽やか風似非イケメンが水も滴るいい男へと転職をこなしたことにささやかな満足感を得て、友人の額に張り付いた前髪を見るのに熱中する。髪の下に広がる表皮は不自然なほど気持ちの良い笑顔で、僕の強制転職サービスを気に入ってくれたことを表していた。そこまで喜ばれると、さしもの僕も気分が良い。サービス料として強制徴収するつもりだった分は、ジュースが一本買える程度にしてやろうと寛容さを見せ付けることを決意した。
しかし、一人ダーマ神殿を目指す身としては、料金を請求するのはどうかと良心が訴えかける。それに、彼は格好付けでロリコンな変態ではあるが、僕の友人だ。友情は見返りを求めないとも言うし、ここは一つロハにしてやってもいいのではないだろうか。うん、そうしよう。
「と、いうことだ。感謝しろ」
「おう上等だジョージ表出やがれエリート様の実力を見せてやる」
そうやって、笑い合う。主に僕は嘲笑で、友人は怒りを含んだ引きつった笑いだった。
「まあいい。今回のこれは、今日はジョージが奢るってことでチャラにしよう。ちょっと何がどうして水ぶっかけられたのかよくわかんないけど、まあ良しにしよう。僕は過ぎたことは引き摺らないんだ」
水を顎や髪から滴らせている友人に、いい加減顔拭けよと思わないでもない。そんなに水も滴るいい男を演じたいのかと思って、そんなにいい男になりたいのならとハッテン場を紹介したくなったが、んなもん僕は知らなかった。そもそもミッドにハッテン場なる概念があるのかも不明だ。地球でも見たことはなかったけど。
仕方がないので、鞄からタオルを取り出して差し出す。友人は差し出されたタオルを無言で受けとり、湿度の高そうな顔面を拭き拭き。
「……そういえば、僕が高町らのことを気にくわないって言ったらどうするつもりだったんだ?まさかそれで接触を諦めるってわけでもないんだろ?」
ふと、気になって聞いてみた。
絶交に行くまで極端な性格はしていないだろうというのは僕の予想。もしかすると彼はもっと非情かもしれない。だが、一応親友の一歩手前に来ているくらいの親交はあるといった自負はあるつもりだ。
「諦めるよ?」
だからと言って、この返しは予想外だった。
「は?」
「いやだから、諦めるって。適切な友人関係ってのは、互いが互いを傷つけない範囲で馴れ合うことなんだ。多少乱暴にじゃれ合うのはいいだろうけど、本気で不快にしちゃ友人関係なんて成立しないだろ。僕はそうそう簡単に見切りを付けれるほど、ジョージを軽い友達とは思ってない。だから、ジョージが嫌がったなら素直に諦めるさ」
「……………………」
喉と鼻の奥の間が詰まったように発熱する。眼球の回転は黄金を捻り出して長方形がうんたらかんたらとか、思考も纏まらない。顔に血流が集まっていないのは温度からわかったが、だからと言って照れていないわけでもない。うわなんだこれ、よくこんなこっ恥ずかしいこと真顔で言えるなこの似非イケメン。
熱くもないのに手に汗を握って、背筋に悪寒を這いずり回せる。羞恥と気持ち悪さが同時に脳内を侵略して、空間認識さえ上手くいかない。ここはどこだ、僕は誰だ、何故ここにいる。我はここに在りとか言ってみたくなったところで、僕は正気に戻った。
「大丈夫か?いつにも増して目が死んでたけど」
「大丈夫、僕の故郷では目玉が独立して生命活動を始めるのもいるから。目ん玉が死んでるくらいじゃ何の問題もないさ」
「……やっぱ管理外世界って魔窟だな」
「夜は寝床で運動会してるような連中だから、問題ないって」
「地球ってマジでどんな所なんだ……」
何やら地球に関して盛大な誤解が発生している気もするが、情報は誰かを介する度に尾びれが付いて背びれが生えて徐々に魚類になっていく存在だと聞いている。多少の齟齬くらいは、生命の神秘に比べれば誤差の範囲内に収まるだろう。
嗚呼、素晴らしきかな命の芽吹き。こういった情報の誤伝達が後の黄金体験に繋がると思うと、感動を禁じ得ない。
友人がふう、と溜息を吐き、閑話休題。
「まあとにかく、そんなに重く考えてないようで良かったよ。僕だって、出世したいしね」
それ自体が清涼剤として使用できそうな溜息だと思いながら、紅茶に砂糖を追加する。口に含むと、清涼な香りと共に舌に染み込むような甘味が広がる。ストレートよりも砂糖をガバガバ入れた方が美味しいと思ってしまうのは、現代人らしく僕の味覚が破壊されているからかもしれない。こうなれば現代のキレやすい若者らしく、ヒャッハーとか言いながら強盗をしてみたい衝動に駆られたが、そうなった日には他でもない僕があべしとかひでぶとか言う羽目になるだろうと思ってやめておく。
「ちょっと前は色々と面倒な精神してたんだけどねー。……いやほら、一年前までくらいはちょうど中学生な年齢だったし。大人になるってのは悲しいことだけじゃなくて、面倒じゃなくなるってことなのかもな。僕、まだ年齢的に大人じゃねーけど」
「だからこそ、僕みたいな大人が気を遣わなくちゃならないんだよ」
友人は、そう言って笑った。
人差し指を立てて皮肉げに。しかし爽やかに、気持ちの良い笑いだった。
なんて会話をよくしていた喫茶店に今僕はいる。話し場所として利用していたから、友人が死んでからはもう二度と来ないだろうと思っていただけに、感傷とか黒歴史とかが色々と漏れ出して鼻から噴出する。多分口から出てるのは魂か何かだろう。魂の一つや二つ漏れたところで死にゃあしないと、僕は太鼓の達人で学んだのだ。
どうせなら格好付けて煙草の煙でも出したいなどと思うが、どうも煙草は好きじゃない。こう、匂いが。気管に侵入してくる過程で脳を締め付けてくる気がする。
ストレートの紅茶を飲む。無駄に清涼感があるだけで、味がさっぱりだった。昔はそのままでも飲めないことはなかったのだけれど、味覚破壊が順調に進んでいるなあと、現状に適応して進化してるんだか退化してるんだかわからない僕の口内事情に思いを馳せてみた。
「それで、お話してもらえるかしら。自称覇王イングヴァルトさん」
紅茶を啜って一息ついたランスターが、僕ではなく、隣にいるストラトスに尋ねる。当のストラトスは先ほどから黙秘を貫いていて、ランスターやその隣に座っている短髪の赤青コンビの疑念を確信に変化させることに勤しんでいた。ちなみに、赤青コンビの名前は赤い方がノーヴェ・ナカジマで青い方がスバル・ナカジマらしい。思わず、子供を集めて広場で草野球でもすれば良いのかと勘ぐってしまうところだった。
「…………」
「焦れったいな。えーと、こいつの中じゃ古代のベルカの戦乱が終わってないんだと。それで、自分の強さを知りたくて?弱さは罪だから、冥王と聖王をぶっ飛ばしに行く……とか何とか」
赤い方のナカジマが頭を掻きながら言った。金色の瞳が真っ直ぐにストラトスを刺して、ストラトスの発言を待つ。どうも、赤ジマはグッドコップとバッドコップを合体させて二で割らなかったような印象を受ける。もしくは、世話焼きオカンと昭和の父親で合体事故を起こした感じ。
ちなみに、青い方のナカジマは一心不乱にジャンボチョコパフェを貪っていた。身体は大人、頭脳は子供って感じで、探偵適性はなさそうだ。
「……最後のは、少し違います。ベルカの古き王の中で、覇王こそが最も強いと証明出来れば良いだけで……」
視線を落として、あっさりと自白。僕が何のために庇ったのかがよくわからなくなったが、そもそも庇った理由は何となくだった。何のためかなんてありゃしねえ。
「……弱さは、罪、ですから」
悲痛そうな声。ストラトスの両膝で行儀良く待機していた手が、太ももに押しつけられるように直角に曲がる。直角定規にも匹敵するようなほどの九十度に、杓子定規な人物なんだなあと人物評を勝手に捏造した。
そもそも、弱さが罪だとするならこの世の一体何割の人間が大罪人として裁かれねばならないだろうか。僕とか、戦う力は持ってるけどそれでも弱い人間の代表例みたいなものだし、強さで考えるなら一般人はそれ以下だ。いつもの僕なら嘗めてんのかとコップに注がれた水で彼女の顔をコーティングしてあげたところだが、流石に局員の前でやらかすほど保身精神が薄いわけでもない。
取り敢えず今は、青ジマに倣って山の形を成したパフェを削ることに専念しよう。
「じゃあ、聖王家や冥王家に特別恨みがあるわけではない……と?」
「はい」
「なら良かったわ。ここにいるスバルはその二人と仲良しだから」
「ふぁふぃふぉふぉふぁふぇ」
人体には備わっていないはずの頬袋にパフェの残骸を詰め込みながら、人類にはまだ早い言語で会話をする青ジマ。ひょっとすると、人類の枠組みから外れている生物なのかもしれない。
空調だけがゴウンゴウンと一定のリズムで響く中、一旦会話が止む。ランスターの視線を発端として、合計四人からの視線の刺突を喰らった。そんなに見られても穴は開きそうにないが、見つめ合った結果素直にお喋り出来なさそうで困る。
「……それで────貴方は、ノーヴェとの戦闘で倒れていたアインハルトを保護した、ということでいいのよね?」
「年上だぜ、敬語使えよ」
「……いいんですよね?」
「それでいいのだ」
特にさしたるこだわりはなかったが、無意味に相手よりも優位に立ちたがるのは人間の性らしく、微妙に満足した。
「……帰っていい?よく考えたら、僕いらなくね?襲撃犯がクソガキだとわかって、自供も得られたんだし、僕この場に必要ないよな?」
パフェの最後の一口を食道に侵入させて、正直ここに用がもうなくなったところで尋ねる。先ほどから突き刺さっていた視線から控えめな棘が生えるが、無神経な空気の読めない男を装って気付かない振りをする。下手に長引かせると、偽証罪とかに問われる余裕が出来そうだから、さっさと帰りたかった。
慣れない視線に、口の中が乾燥する。さっき紅茶を飲んだばかりだというのにだ。
僕の指紋がべったりと付着したコップを掴み、砂漠化の進行が著しい口内に水分を流し込む。温暖化の影響がここまで到達しているのかと、次元の壁を越えて環境破壊を成し遂げる地球人類の消費根性に感服してみた。
「……一応、アインハルトを保護したということと、その後の虚偽申告についてお話を伺わないと……」「道端に倒れてたからロリコンに攫われる前に拾った。嘘吐いたことに関しては爺さんの遺言でガキには優しくしろって言われてたから」「…………」
ランスターの笑顔が写真に撮ったかのように、ピクリともせずに固定される。でも、まだ笑顔が引き攣っていないところにプロ根性を感じる。何のプロかは不明だけど。
「……まあ、いいわ」「敬語」「いいです。……ですが、帰るのは警防所の本局に来てもらってからでもいいですか?アインハルトを一時的に保護していたということで、必要なことですから」
わかりやすく遺憾の意を示すため、指を噛む。爪の周りの皮膚を噛み千切って、ピンク色に汚染された表皮に、ぽつぽつと赤い印が浮かんできて、力を込めると液体が露出する。中途半端に尖った皮膚が逆剥けを形成して創造して血液を流出させる。
ぺろりと傷口を舐めると、赤錆の味。甘味の余韻に浸って微睡んでいた僕の舌が、起床を強要された。
赤ジマが僕をじっと見つめて、しかし視線による視察を試みることはせずに、極めて穏和に唇を開く。
「あー……そんな嫌そうな顔すんなって。そんなに時間も取らねーし、面倒な手続きも特にないからさ。頼むよ」
「…………わかったよ」肺の空気を一気に空気中に霧散させて、不承不承に、了承する。
「そうか、サンキューな」
「……………………」
赤ジマにも敬語について言及しようかとも思ったが、彼女に敬語を使われるとそれはそれで違和感が暴走しそうだと思い、やめておいた。
ストラトスが仲間になりたそうにかは不明だが、こちらを凝視する。左右非対称の不安定な表情から見るに、申し訳なさとやるせなさあたりがが融合して手札から特殊召喚された結果現れたものだと推測。だが悲しいかな、僕は
「そういえば名前何て言うの?さっきは聞きそびれちゃったけど」
頭の高さに届くほどのパフェをものの数分で完食し終えた青ジマが、口の周囲に付着したクリームを、唇と共に上下に動かす。拭きたいが、そんなことしたらセクハラの現行犯だ。故に、ランスターや赤ジマが注意するのを待つのだが、多分気付いていない。
言いようのない気持ちに精神の支柱を削り取られながらも、一応返答はする。さて、ストラトスには名前が好きではないと言ったが、どうしようか。
「…………」悩む。偽証罪、モンペ被害、有名税、天秤に掛けて吟味する。最後のは少し違うかもだけど。「……ジョージ・ルイガだ。名前はそんなに好きじゃないから、呼ぶな」悩んでから、天秤を片方に傾けた。
「ルイガさんだね。わかった」と、青ジマ。
「ジョージ・ルイガ……。ん、どこかで聞いたこと……気のせい?」ランスターは喉元まで記憶を嘔吐しかけているが、できればそのまま飲み込んでもらいたいところだ。黒歴史が露呈して汗腺が露出しかねない。脳味噌や眼球の裏側までもがぎゅるんぎゅるんと回転して、思い出すなという念をランスターに送る。だが、スカートさえ捲れない僕の念力には期待が出来ないので、結局は運頼みになる。
思わず世の中クソだなと呟きそうになるが、「まあいいか」というランスターの言葉一つで声帯の振動を止めた。安堵の溜息と共に、対人ストレスでの頭痛が巻き起こる。
「じゃあ、行きましょうか。大丈夫よ、被害届は一件も出てないし、今後通り魔をしないって約束してくれたらすぐに帰れるから」
「……はい。わかりました」
そういえば、だが。
このミッドチルダという場所は随分と脛に傷を持つ人間に優しいフシがある。管理局が誇るトリプルエースの二人は元犯罪者だと言うし、局員の中にも司法取引で臭いメシを食わずにすんだ奴や更生プログラムを受けて局員として働いている奴も結構多い。かく言う僕も元犯罪者である……としたら僕の人生が書籍化した時に設定に深みが増すのだが、生憎と根が小市民な僕は道端に落ちている財布を拾うのにも躊躇うチキンであった。道端に落ちてるクソガキは拾えるのに、不思議だねー。ダネフッシャ。
……そもそも、何で連続襲撃事件のくせに一件も被害届が出てないんだ?
やっぱりあれか、こんなちんちくりんにぶちのめされたなんて友達とかに噂されたら恥ずかしいからか。もしくはストラトスが「顔は憶えたぞ」とか言って脅したか。そんなことをやる人間には見えないが、人は見かけによらないとも言うし、きっと脅していたのだろう。マジかよストラトス許せねえな。
脳内で勝手に可能性を前提に変換して憤りの炎をガンダムばりに燃え上がらせる。そしてその中に消化器の中身の白い粉をぶちまけて鎮火した。だが、勿論その炎は熱量の伴わない虚飾の炎だったので、事実何の精神の変化もなかったのと同じである。
クララほども感動しない立ち上がりをランスターが見せると、それに引き上げられて歩行者信号色のナカジマ姉妹も礼に繋げず起立した。ストラトスが彼女らを見て、僕の方をちらりと一瞥してから立ち上がった。僕の管理局時代の担当だった教導官がしていた目によく似ている気がするのだが、僕は今一体何を哀れまれているのだろうか。あ、弱さか。あんた曰く罪ですもんね。クソが。
「……やっぱあのクソガキ一発ぐらい殴っとこうかな」
レジへと向かう見目麗しい三人組プラスクソガキを見送りながら立ち上がり、ぽつりと口に出す。だが、彼女の犯罪者精神をを刺激して名も無き被害者Aになるには、存命への執着が強すぎる。
ということで、架空の世界を作り上げ想像上のストラトスの頭を蹴り飛ばすことを代償行動とすることにした。流石に僕の想像上の空想世界では負けないだろうと高をくくっていたら、一発いいのを貰った。どういうことなの……。
骨の髄まで負け犬根性の染みついていて、風呂に入ったら負け犬の出汁でも取れるんじゃないかというほどだと、首の周りを掻く。切り忘れて伸びたままの爪は皮膚を容易く削り取り、血液が出ないくらいの赤色を表皮に滲ませる。空気に触れると痛むが、真空状態だったとしてもそれはそれで痛そうだと、どうでもいいことに思考能力を費やして、意味や意義のある思考をせずに前方を歩く背中を追いかけた。
店を出る。お会計はランスター達が済ませてくれたようで、特に止められることもなく店のドアを通過する。金を払わずに済んだのは良かったけど、この場合管理局の経費で落ちるのかを何となく考える。
……経費じゃ落ちないだろうなあ。あの、ブラック通り越してダークネスな企業だ。でもラッキースケベは起きない。だがトラブルは満載。やっぱ世の中クソだな。
まあ、そんなクソみたいなクソのごときクソも今の僕には関係ないわけで。
僕の名は塁臥城司。
ある日幼馴染みのクラスメイトと遊園地に遊びに行ったら黒ずくめの男たちに毒薬を飲まされ、目が覚めたらニートになっていた、みたいな。大体嘘だけど。
「…………うおお」
気が付いたら、ランスターたちとの距離がハンバーガー五十個分くらい離れていた。どのくらいの距離なのかと問われても、僕にもわからない。適当言ってるだけだし。
僕の遅くなる足に比例して遠くなる距離に、僕の人生の縮図を見た気がした。
届かない才能。利口ぶった諦観。そして、それにより失った友人。
今、僕の隣に奴はいない。奴の残したものだけが眼球の表面を行ったり来たりしてチカチカと鬱陶しい。それがあまり不快でないのもまた、奴の無駄に爽やかな笑顔を思い出してイラっとする。
「……………………」
別に感傷じゃないし、懺悔でもないのだけれど。
何で奴が死んで、僕が生きているのか、心底不思議に思った。