それでも僕は無職です   作:夏からの扉

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ハートレスブルー

 

 

 

 

 

 突然で唐突かつ今更な話ではあるが、実は僕はニートではなかったのだ。「な、なんだってー!」人類が滅亡するほどの衝撃の真実を外気に向かって排出したら、最悪の場合死人が出るだろうと予想した僕は脳内の観客にのみ真実をぶちまける。また世界を救ってしまった。そろそろメシアとして祭り上げられてもいい頃なんじゃないかと似非宗教で皮算用を始める。だが、そのカルトっぽい宗教が第三次世界大戦で格の炎に包まれた世界を救う希望になるとは、まだ誰も知らなかったのである。どうやって世界を救うのか?そりゃあもう、こう、水をワインに変えるんじゃないの?違う?でもメシアってそんなもんだろ。あと水蜘蛛使って水上歩行してみるとか。アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?つまり救世主とは忍者で、即ち救世主であるところの僕はニンジャソウルをその胸に宿しているということになるのか。だがそうなると僕は半神的存在でないとおかしいのだが、この歳になっても一向に強くなっている気がしない。何故だ!うん?坊やじゃない坊やじゃない。かく言う僕も童貞だけど坊やを自称するには溢れ出る若さとか迸る情熱とか速さとか色んなものが足りない。若さ……ところで若さって何だ。振り向かないことか何かだろうか。情熱は知らん。多分松岡か何かだろう。そんで、メガテンで言えばロウルート一直線で、型月で言えば正義の味方待ったなしなレベルで救世を成し遂げている僕は……あるぇ?いつの間にか人類種の敵になってるぞ?くっ、これは罠だ!機関の陰謀だ!誰かが僕を陥れようとしているんだ!僕は悪くねぇ!僕は悪くねぇ!悪いのは全部乾巧って奴なんだ!ゴルゴムでも可。

 それで、えーと?何だっけ。そうそう、僕の職業。

 実は僕は、プロデューサーと提督の兼業をしていたのである!ちゅどーん(爆発音)。

 

「これから楽しい思い出を作っていけば、自然と過去の記憶を思い出すこともなくなっていくと思いますよ」

 

 え?ごめん、何だって?聞いてなかった。

 

 

 

 

 

 白衣に眼鏡装備の、いかにもといった理系の男の説明を言語としてでなくBGMとして利用していたため、つい正気に戻って聞き返してしまったのが失敗だった。

 警防署で詳しい話を聞いた。聞かされた。おそらくはこれから先生きていくのに不必要であろう情報が海馬に侵入して陣取った。不当な占拠だと声を大にして主張したかったが、外交問題が戦争へと発展するのを恐れた脳はだんまりを決め込む。それは、地球と繋がったネットでたまに見る日本の状態に酷似していた。どうでもいいや。

 

 記憶継承者。

 先祖とか前世とか色んな自分以外の記憶を受け継いで生まれてくる奴らの総称を、そう言うらしい。ストラトスの場合は古代ベルカ王の、覇王ことクラウス・イングヴァルトの記憶を受け継いでいるそうだ。

 王族の末裔、オッドアイ、前世は武術やってた王様……なろうで見た。

 

 中学生の妄想が結晶化したような存在であるストラトスは今現在、簡易的な手続きを済ませている途中で、僕はランスターの隣に座って、記憶継承者やストラトスの身の上などを簡易的にご教授してもらっていた。

 さしたる興味はなかったのだが、「え?何だって?」と言って相手が照れ隠しを発動させなかった以上、聞かねばならないと僕の中の強迫観念が作動して、耳を水平方向になるように傾けた。そしてランスターの話に耳を傾けた結果判明した真実が、ストラトスが全国の中学生の妄想から生み出された虚構の産物だということであった。

 

「アインハルトも喜ぶと思うから、仲良くしてあげてくださいね?」

「お、おう」

 

 会って数時間しか経ってないガキの保護者かのようなことを言うランスターに圧倒されて、つい反射的に常識的な返事を返してしまった。意識の外側から投げかけられた問いに対して、発音しやすい単語を出してしまっただけなので、実際は仲良くする気などさらさらない。サラッサラのサラサーティンだ。

 

 今さっき彼女が言ったことを整理すると、前世の記憶は今の思い出で上書きが可能なため、積極的に上書きに協力してくれとのことらしい。これは研究所っぽいところで小耳に挟んでバランスが維持できず、落下させた記憶がある。

 

「あ、やっぱ今のなし。僕、ガキは嫌いだから」

 

 だからと言って僕は今まで一度たりとも帯刀を為したことはなかったので、前言の撤回は容易い。それでも男かという問いには、男女差別反対の言葉を投げかけることで対応しよう。

 

「……お爺さんの遺言は?」

「遺言は遺言だけど、好みは好みだし」そもそも、僕が生まれた頃にはもう爺さん死んでたし。

「私たちよりも、ジョージさんの方が気に入られてたみたいだけど」

「敬語」

「……………………」

 

 ランスターの頬の上部が小さく振動していた。おそらくは、公共の場だからとマナーモードにしているためであろう。公僕は周囲の視線とか気をつけなくてはいけなくて大変だなとか思いつつ、地球では携帯やスマートフォンに値する端末を弄る。連絡をしてくる奴もいないので、当然、マナーモード設定にはしていない。一応嘱託魔導師という職業もどきには就いているので、その連絡もこの端末で来る手筈になっているのだが、最後の稼働が二年前ということでお察しである。万年人材不足のはずの管理局が、出来損ないとは言えど一応Cランクの魔導師に属する僕を使用しないのは不思議ではあるのだが、それを考えることで脳味噌の居住区に立ち退き勧告をしなくてはならないことを考えると、人道を単車でウィリー走行する僕としては、とてもではないがそんなことはできなかった。

 

「そもそも、僕のどこが気に入られてたって言うんだよ。クソガキ曰く、弱さは罪なんだろ?現役局員とニートのどっちが罪人かなんて考えなくてもわかるだろうに」

「あれは、自分に課せた枷みたいなものだと思いますけどね」

「課せた枷……」

「駄洒落じゃないですから」

「……まあいいや。でも、僕好かれる要素ねえだろ。確かに一宿一飯くらいの恩義は売ったつもりだけど、必要以上に親切にした覚えはないぜ?」

「子供はよく見てるってことじゃないですか?」

 

 節穴の目でよく見ても何も見えないってじっちゃんが言ってた。

 じっちゃんもう死んでるけど。

 ……ていうか、ただ単に一宿一飯の恩義に勝るような好感度ブーストをランスター達が成し遂げていないだけなのではないだろうか。

 

「見たところで見通して見透かせるわけじゃねえだろ。ましてや前世の記憶か何かがあるとは言え、ガキだぜ。利害下心打算機微なーんも知らねえようなクソガキだ。表面だけ見られてクソガキに全て理解されるような生き物なら、それもう人間じゃねえだろ」

 

 多分本能だけで生きてるような昆虫にも似たようなものだ。

 五秒前に考えた理論をさも僕の生きるポリシーのごとく語ってみる。ランスターの瞼の形が円状に変化して、白目の少ない紺色の眼球が露わになった。綺麗だとは思うが、舐めたいとか食べたいとか家に持ち帰って保存したいとか、そんなことは当たり前のように考えないような、常識的な範囲内での美しさ。爬虫類系の僕の眼球とは大違いだ。

 

「そうでしょうか、ねえ……」

「そういうもんだぜ。人と人は基本、どんなに言葉を尽くそうとも分かり合えないんだ。人間関係は距離だよ。どんなに近くに寄ってもフュージョンはしないし二人で一人の仮面ライダーにもならない」

「仮面……?」

「まあ気にするな」とランスターを手で制した。知識をひけらかすのは楽しいが、「そんなこと言われてもどうすりゃいいんだよ」といった反応を見て楽しむ趣味はない。 

 

「それで、どうしても駄目ですか?」

「どうしてもってほどでもないけど、やだ。面倒だ」

 

 ランスターが溜息を吐く。

 そういえばと、僕と会話をした人は、少なからず溜息を吐く描写が多いことに気付いた。もし溜息が僕を通じて空気感染するのなら一大事だ。パンデミックになってバイオハザードなことになる前にホームセンターに立て籠もることが重要だ。問題は、どうやってホームセンターで夜を明かすかだが。透明マントがなけりゃできそうにもない。

 

「……………………」

 

 睨まれても、僕の意志は曲がらない。

 よく小説なんかで簡単に主人公に説得されてしまうようなのがいるが、そんなのは、意志薄弱極まれりであろう。本当に自分が決めたことならば、後悔しようと絶望しようと貫き通すべきだ。

 

「……………………」

 

 凝視されても、僕の意志は変わらないのだ。

 今の面倒を避けるべく、後の面倒の芽を生やして育ててあまつさえ肥料をやるような朝三暮四な真似をするような阿呆ではないのだ。

 

「……………………」

「……わかったから、こっち見るな。仲良くしろっつっても、基本僕家から出ないから、ストラトスが僕の家に来た時に限られるぜ?」

「そうですか?良かったです」

 

 非常に驚愕すべき事実だが、僕は意志薄弱が極まっていたようだ。

 朝三暮四だった。

 限りなく阿呆だった。

 

 職業が武士でないことを生かして前言撤回のアンコールをしたいところだったが、今更もう一度口を開くような胆力は僕にはない。隙を見ては言葉を発そうと試みているのだが、一旦逃げに徹してしまった心の辞書には勇気という言葉は存在せず、欠陥品のまま出版され販売を開始していた。

 どうにも僕には内弁慶な気質があるらしく、自宅にいる、もしくは身内認定した相手がいる場合は傍若無人に振る舞えるのだが、外にいるだとか他人と話しているということを深く意識すると、みるみる内に気が萎んでいくのだ。

 死んだ魚よりも生気のない眼球に、卑屈な笑みが合わさって社会不適合者一丁上がりである。

 

「そういえば、ジョージさん」

「何だ、帰ってきたはぐれランスター二代目人情派三世」

「何ですかその合成獣みたいな呼び名……。せめて二代目なのか三世なのはくらいははっきりさせてくださいよ」

「じゃあ間を取って二世でいいよ。で、質問何ぞや。ランスター二世」

「……まあ、いいです。いえ、決して事実から乖離した適当すぎるあだ名を認めたわけじゃないですけど、今この場は流しておきましょう。それで、質問なんですけど、ジョージさんって以前あたしに会ったこととか、ありませんか?」

 

 表情を固める。記憶の内部を検索して、その中にランスターの顔面が描写されていないことを確認したいのだが、局員時代の上官の顔どころか名前すら思い出せない僕の記憶力にそれを期待するのは酷というものだろう。暑くもないのに額に変な汗が浮き出てきて、垂れ落ちない程度に表面をコーティングする。

 僕の黒歴史を知る者だろうか。もしそうならば、今夜の熟睡のために早めに始末しておきたいと言いたい心境だが元六課に喧嘩売って勝利できると思うほど頭の中身に四季を作った覚えはない。世の中クソだな。

 

「僕の記憶には何もないな」

「そう、ですか。あたしの勘違いかもしれませんね」

 

 あっさりと引き下がるランスターを見ると、なんとなく局員時代に助けたり何だりがあったのかもしれないと、現実をフィクションに例えての伏線張りではないかと邪推してしまいそうだ。まあ、マジで面識はないんだけどね。

 柔らかいソファに沈み込んで、怠惰に身を任せる。筋肉の内部で繊維が蠢いているような気持ち悪い感覚に、腕さえ動かすのが億劫になる。これも対人ストレスかよ。もはや他人って毒なんじゃないだろうかというレベルで浸食してくる違和感が肉体を完全に支配して「あー」貧乏神に触られたような状態。

 やる気スイッチ、僕のはどこにあるんだろう。見つけてあげるよとランスターが僕の後頭部を押すなんてことは当たり前のようになく、平面の向こう側に見たことのある彼女の外見を視線でつついた。

 

「ランスターは何で局員になったんだ?何かのテレビで言ってた気がするけど、忘れた」

「そりゃどーも。……兄の、夢だったんですよ。執務官って仕事。でもその兄も死んじゃって、じゃああたしがって思ったんです」

 

 穏やかに話すランスターの顔に悲愴は見られない。むしろ、背景が空色に変色しそうなほどの爽やかさを感じさせる。ふっと吐き出す吐息が青色になりそうな、僕の友人を思い起こさせる爽やかさに、僕も負けじと灰色の重苦しい吐息を吐き出した。

 

「ふーん、好きだったの?そのおにーさんのこと」

「ええ。憧れでしたから」

「そうかい」

 

 脳に酸素を取り込むべく大口を開けて、生理的な涙に視界を滲ませた。現実から歪んだ景色は黄色と肌色を合成した暖色系で、視神経から侵入する謎の暖かみに頬が緩みそうになる。徐々に硬度を失う心は怠惰に飲まれて、ソファに沈み込んでいた僕の身体を液体へと変化させるほどに溶けさせていた。

 心地良い安心感に、友人の残したものが眼球の表面を動きまわる。

 

「何にやにや笑ってるんですか?」

「頬にヘリウムを詰める練習をしているのだ」

 

 適当なことを言いながらも、空調システムの発達した警防署の空気が親友である睡魔君を僕の鼻の穴に招待し、眠気を誘う。沈み込んで薄くなる意識の中では仰向けなのかうつ伏せなのかが曖昧になってきて、しまいには宙に浮いてるような感覚を伴った。

 だが、現実感のない浮遊感を味わうには僕は地に足が着き過ぎている。

 意識を無理矢理深層から引っ張り出してきて、親友とは友達の上位互換だからと言い訳をしながらボールの代わりに睡魔君を蹴飛ばした。友達はボール、餌じゃない。うん?何かと混ざったか。

 

「あ、終わったみたいですね」

 

 ランスターの指差す方向を見てみると、赤ジマと青ジマが談笑しながらストラトスに飲み物を渡していた。所持している缶は既に開けてある二缶を含めて、三缶。僕の分はないのか。それと、どうでもいいけどランスターの分。

 ひょっとしたら仲があまり良くないんじゃないかと邪推できる彼女らの関係はともかく、用が済んだというのなら僕は帰ってもいいのではないか。いやむしろ帰るべきではないか。帰りたい。

 理性と本能が同時に帰宅を訴える。それの意味するところはつまり、僕の帰宅を阻むものはもはや外的要因以外には存在し得ないということであり、逆説的に僕の帰宅は外的要因により妨害される危険性を示していた。

 

「終わったか……じゃあ帰っていい?」

 

 速やかに言質を取るべく、問いかける。

 

「……まあ、一応言質も取りましたし、構いませんよ」

「サヨナラ!」

 

 爆発四散できるほど僕の身体にはニトロが詰まってはいない。仕方がないから足の裏からジェット噴射をして百万馬力なイメージで出口へと急いだ。だからといって僕の腕が鉄になるわけでもなく、極めて常識的に硬質なタイルを踏みしめて歩く。

 

「てつわーんーげんーしー」

 

 未来から来た青狸型ロボットにも実に馬鹿呼ばわりされそうな適当な歌を垂れ流し、目に掛かる前髪の隙間に出口のドアを見た。多分ガラスで出来ていると思う、少なくとも剣では出来ていない自動ドアは内側の人工的な光を曖昧に反射し、外側の自然光を透過させながら色彩の希薄な僕の姿を描いていた。

 

 金魚掬いの底の方にいる、売れ残るタイプの金魚の眼球がこちらを見つめる。魚類にされたり、爬虫類に例えられたりと遺伝子研究に余念のない目だと我ながら感心する。自分で乱雑に切り揃えた髪は、鏡を見る度に不精を知らせてくる。外出する時間帯が主に夜中なので、黄色人種らしくなく青白い肌からは、白くて綺麗という印象よりも不健康というイメージが勝っていた。

 

「……………」

 

 どう贔屓目に見てもイケメンではない容姿。容姿だけ友人と入れ替えてみたかったが、それをするともれなく死亡証明書と共に「お前……死んだはずじゃ……?まさか、クローン……!」という感想まで着いてきて、というか、ミッドの技術だと普通にクローン人間作れるから洒落にならない。最悪、犯罪者呼ばわりされて余生を檻の中で過ごしかねないから笑えない。いや、偏見だとは思うけどさ。

 

 深い泥の中で藻掻くように、倦怠感が体中にまとわりついて沈み込む。何もしていないし何も出来ないくせに、何かをすべきだという無駄な焦燥感に駆られて逸る心と、怠惰に塗れて動くことさえ億劫だとする肉体が乖離して、胃の中身が焼け付くようにむかついた。「世の中クソだな……」対人による一時的なものなのか自己嫌悪による慢性的なものなのかわからないストレスを口内から吐き出そうとして言った言葉は、逆に僕の内蔵を蝕んで新たなるストレスを体内に招き入れていた。

 想像ではあるが、きっとこの気持ち悪さはしっかりとした信念を持った、まともな局員(しかも執務官)に会ったせいなのだろう。

 というか、多分あれだろう。嫉妬とか、そのへんの感情。

 僕も一歩間違えれば────一歩正しければ。僕ももしかして、あるいはああなれていたのではないかという仮定の話を無意識に心の奥底に突き刺していた。

 

 肩が重く、頭も重く、筋肉にも重力が強くなっているのを感じる。近くに黒い魔本使いでもいるのかと探してみるが、見回しても黒い棘は見当たらない。

 

「…………」

 

 その代わりに。劣化していない記憶の中身に存在する緑色。

 

「待ってください!」

 

 ストラトスが追いかけてきた。追いかけてきたということは僕に逃げろと言っているのと同義だ。だが最近僕は小さな権力に反抗してみたいと思っていたので丁度良い。たまには逃げずに立ち向かってみるのもいいだろう。

 早く家へと帰宅しようと筋肉を動かす脚を仕方なく止める。

 

「何さ」

「お礼を言いたくて……。泊めて貰ったこととわざわざ付き合って貰ったこと、ありがとうございます。ご迷惑を掛けてすみませんでした」

「うむ、よきにはからえ」

 

 律儀に頭を下げるストラトスに、あまり意味の分かっていない取り敢えず偉そうな言葉を投げかけた。

 クソガキは嫌いだが、ガキと相対するのは嫌いじゃない。相手がガキだという一点だけを抽出すればどんなガキだろうと僕が偉そうに振る舞えるからだ。

 それでもガキはやっぱり嫌いなので、鳴き声と相槌の中間くらいの声を出して、ストラトスに背を向けて歩く。「あの」「また今度ね」言ってから、もう一度会うことが前提の言葉よりも「さよなら」などの別れの言葉を言うべきだったかと思い至った。

 

 僕は何をやっているんだという気持ちが過重力となってふくらはぎを苛んだ。ぷちりぷちりと小気味よく、何かが千切れていっている気がした。そのまま全身が細切れになって気付かないまま自然消滅しないだろうか。無理だね、うん。よく考えたら僕もまだ死にたくないし。

 

「死ーねーばーいーのにー」

 

 一人になって、暇で、思考に食物を源泉とした麻薬が分泌されていない時、いつも言うことは似通っている気がする。

 何かが爆発しないかと思って親指をカチカチと動かしたり、クソがとか死ねとか殺すとかブッ殺したとか言っていたり。ワンパターンだと思う。一人だと脊髄で思考を始めるから余計にだ。

 

 

「あー……我が腕の中で息絶えるが死ねー……。……墓参り行くかな」

 

 連続性の薄い、どうしてその思考に繋がったのかが本人である僕にもわからないような連想ゲームで、この後の予定を決定する。

 立ち止まって、後ろを見た。

 友人の残したものはもう瞼の内側に在住してはいなくて、友情とか愛とか勇気とかを燃焼させながら僕の爪を肌に食い込ませる。

 

「……酒でも買ってくか。あいつ、何好きだったかな」

 

 本当に、何が好きだっただろうか。

 友人が死んでから十年。

 今は、それさえも思い出せない。

 

「あ、財布忘れた。……今度でいっか。墓参り」

 

 奴が死んでいることは、今の僕にとっては日常に埋没した過去の出来事でしかないのだ。

 ごく自然で、当たり前で、トラウマにさえならないようなことだった。

 ……一応、あいつの死体背負ったの僕なんだけどなあ。

 ぴりぴりと虚しさに痺れる舌で出した声は空まで届かず、途中で勢いを失って落下する。ぐちゃぐちゃに絡まった心理は解くことはおろか切ることさえもままならなく、混沌に沈んで吐き気を作り出していた。

 

「……夢もキボーもありゃしねえな。いや、本当に」

 

 僕の沈んだ気持ちに連動することはなく、今日の空は綺麗な青色だった。

 

 

 

 

 

 

 

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