空高く上弦の月が輝き、深々と闇が積もり始める。
そんな静かな冬の夜を破壊せんとするかのように、アカデミアのある1室で1人の男が荒れていた。
「くそっ! どうして……どうして勝てない!」
机に向かって振り下ろした腕が、鈍い音を響かせる。同時に男は胸中を搾り出すように、悲痛な叫びを上げた。結果が出ないことに対する苛立ちか、あるいはままならない現実への忌避か。その表情は歪み、苦悶の色に染まっている。
男の名は神楽坂。こと理論においては学年主席の三沢大地にも引けをとらない、ラー・イエローの生徒である。
しかしその吐露した言葉が示すように、神楽坂が優れているのは理論のみ。現にこの日も格下の筈の生徒、翔に敗北を喫していた。そんな神楽坂を周囲の者は理屈だけの、実践においては無能な3流のデュエリストと評している。時機に彼が降格すると思っている者も少なくない。
無論、そのことは誰よりも神楽坂自身が痛感している。しかし理解しているからといって、克服できるとは限らない。勝利に近づく手段が、いつになっても神楽坂には見えてこなかった。
「……どうして勝てないんだ! 何が……何が違うんだ!」
堪らなくなったのか、神楽坂は目の前にあるノート、自らの研究成果を殴りつける。当然ながら、その嘆きに答える者は居ない。
神楽坂は勝利のために他者の真似をすることも厭わなかった。組み上げたデッキが誰かの物に似てしまうというのなら、著名な人物のデッキを考えうる限りそのまま使いもした。更にはその戦略までも引き継いだ。たとえ自分自身の思考とは呼べないとしても、実際に行動した自身の勝利になると信じて研究に明け暮れた。
それでもなお、神楽坂は勝てなかった。無論勝率が0という訳ではないが、現状はコピーの大本に及ばないどころか平均の成績を遥かに下回る有様である。正しく模倣できていればこうなる筈はない。つまり神楽坂には未だ理解のできていない、何か別の要因が潜んでいることになる。しかし彼にはそれが何なのか皆目見当もつかない。
そんな折、先程机を叩いた時に落ちてきたのであろう、1枚のポスターが神楽坂の目に入る。それは初代デュエルキング武藤遊戯のデッキがここデュエルアカデミアに特別展示されることを示した広報である。
それを見た神楽坂は一計を案じ、愚かな手段を取ってしまうのであった。
2時間ほどの後、神楽坂は海岸で1つのデッキを眺めていた。
神楽坂は多種多様なデュエリストを真似しはしたが、実のところカードの希少性故に、強者の完全な模倣ができたことは1度たりともない。思いつく限りの手を尽くしても勝利できなかった彼は、強者との差異がデッキそのものにあると考えた。そして神楽坂はあるデッキを盗み出すことを決意し、それを実行に移してしまった。
今神楽坂が目にしているのは誰もが知る、最強と称えられるデュエリスト、武藤遊戯のデッキである。神のカードこそ抜けているものの、神楽坂の作成したどのデッキよりも強力な、完全なデッキ。伝説と謳われる武藤遊戯のそれを前にして、神楽坂は高揚感を隠せない。
しかし神楽坂の行為は間違いなく犯罪に値する。当然デッキの盗難が発覚してすぐさま追っ手がかかった。そして幾らも経たずに彼が盗んだことが露見してしまう。
「あぁっ! 君がデッキを盗んだのか!?」
「……お前か、丸藤翔! ちょうど良い。俺は今、このデッキを試したくなったところなんだ!」
言葉を投げかけると共に、神楽坂は翔へ向かってデュエルディスクを放る。
窃盗に対する罪悪感や、自分がその犯人と露見してしまったことなど今の神楽坂の頭にはない。あるのはただこのデッキを試したいという思いのみ。言い換えれば、神楽坂は今すぐにでも勝利を手にしたかった。
更に言えば、翔は神楽坂に敗北をもたらした者。このデッキの、自身の本当の強さを証明するに最適な相手でもある。神楽坂としてはこの好機を逃す手はない。その目はデュエルをしろと語っていた。
対する翔は1つの提案をする。
「僕が勝ったらデッキは返してもらうよ!」
翔にしては強気な姿勢であるが、これは1度勝利した相手ということが大きい。たとえ強力なデッキを手にしたとしても、プレイする人間は変わらない。十分に勝ち目はあると翔は考える。
しかし、遊戯のデッキを手にした神楽坂の強さは翔の想像を遥かに超えていた。
「凄い……俺がこんなにも強い!」
新たなデッキの強さを実感した神楽坂は歓喜の声を上げる。つい先程に敗北した翔を相手にして、神楽坂はこれを一蹴。後攻1ターンキルというビートダウンにおける究極形の1つを実現して見せた。自身の強さを証明した神楽坂は感動に打ち震える。対照的に、翔はその圧倒的な強さに呆然としていた。
負けはしたものの、翔は最低限の役目を果たしていた。彼らの声を聞きつけ、既に援軍が駆けつけている。
「翔、どうしたんだ!?」
「じ、仁君……あいつが……」
尻餅をついていた翔は立ち上がり、神楽坂を指し示す。元々遊戯のデッキを盗み出した犯人を捜していたうちの1人である仁は、それだけで事の成り行きをおおよそ把握した。
しかしここで問題となるのは仁の目の前にいる男が犯人という推理ではなく、その犯人と翔がデュエルを行ったという事実である。
武藤遊戯のデッキを手に入れてできることは大まかに分けて2つ。1つは高価なカードを売り払うこと、もう1つはその最強と謳われるデッキを使用することである。そして互いの腕に装着されたデュエルディスクから彼らがデュエルを行ったことは明白。その目的は1つに絞られる。
「無意味な問いだとは思うが……そのデッキを返してくれないか?」
「断る! これこそ俺が求めていた最強のデッキだ。俺なら……武藤遊戯のデュエルも徹底的に研究している俺なら! 彼のデュエルを100%再現できる! もう俺は誰にも負けない!」
言うまでもなく、神楽坂の目的はデッキそのものにある。仁の考えた通り、何を言っても神楽坂が聞き入れる筈もない。
つまりデュエルにおける実力行使以外、仁の取れる手段は元々ない。とはいえ確実性が低い上、そもそも意味があるかどうかも怪しいデュエルに彼は乗り気ではなかった。できることなら別の手段を選びたい。それ故の問いかけであったが、神楽坂の言葉を聞いて仁は考えを改めていた。
「……なあ、俺とデュエルしないか? 誰にも負けないというのなら、当然俺にも勝てるんだろう?」
「お前、まさかこの俺に勝つ気でいるのか? ……良いだろう。相手をしてやる」
半ば
「翔、デュエルディスクを借してくれ。……それと十代たちへの連絡も頼む」
「う、うん」
ディスクを持っていなかった仁は傍らの翔から借り受け、それを装着する。各々が準備を整えたところで、互いにデュエルの開始を宣言した。
「先攻は俺のほうか……ドロー。モンスターをセット、カードを2枚セットしてターンエンド」
遊戯のデッキを使用する神楽坂を相手にしながら、仁はいつも通りの平凡な手でターンを終える。
それを見た翔は、先程1ターンキルを被ったが故に不安を感じてしまう。普通にしていては即座に敗北する、そんな疑念が拭えずにいた。
しかし自らを敵に合わせて変化させ、その上で勝利できる者は少ない。状況への対応を超えたそんなことができるのは極一部、言わば神の領域にいる者だけであろう。
そもそも仁のデッキには自ら率先して効果を発動するようなカードが少なく、それはデッキ内容を一新した今も変わっていない。むしろ他の手を打つほうが不安を残す。
翔の懸念は杞憂、というよりも方向性が間違っていた。
「俺のターン! 《魔導戦士 ブレイカー》召喚! 効果により、このカードに魔力カウンターを1つ置くぜ」
神楽坂が選んだのは紅の甲冑を着込んだ騎士。頭に被っているのは兜というよりも魔法使いが使うとんがり帽子に近く、魔導戦士と呼ぶに相応しい装いをしている。
ここで重要となるのはその効果とステータス。ブレイカーは魔力カウンターを1つ取り除くことで、魔法・罠カード1枚を破壊できる。
1600と最低限の攻撃力を持つモンスターを残しつつ、バックを破壊できるこのカードの影響は存外に大きい。相手が召喚無効・召喚反応型罠を伏せている場合であっても、露払いとして最低限の活躍ができるのである。
「ブレイカーの効果発動! 魔力カウンターを取り除き、右のリバースカードを破壊する!」
ブレイカーが剣を振りかぶり、仁の伏せカードに向けて斬撃を飛ばす。
しかし対する仁とて、そう簡単に主導権を握らせる訳にはいかない。彼は落ち着いてそのカードに手をかける。
「対象となった《トゥルース・リインフォース》を発動! デッキから《ADチェンジャー》を守備表示で特殊召喚する」
上空から光が差し、赤と青の団旗を持った小柄な男が現れる。直後ブレイカーの斬撃が仁のカードを破壊するが、既に効果は適用済み。特に意味を成さない。
仁の発動した《トゥルース・リインフォース》には、発動ターンにバトルフェイズを行えなくなるという誓約がある。
しかしそれは裏を返せば、相手ターンに使用すればデメリットはないということ。レベル2以下の戦士族に限定されるとはいえ、デッキからモンスターを特殊召喚するこのカードは有用と言えよう。
ブレイカーの効果は無為に終わったものの、神楽坂に落胆する様子はない。何よりもそれが武藤遊戯の在り方であるが故に、神楽坂の自信は揺らがない。揺らいではいけないのである。
「フ、上手く避けたな。……だが、効果を使ってもブレイカーは攻撃できる。セットモンスターに攻撃!」
神楽坂は既に見えている《ADチェンジャー》ではなく、セットモンスターに向けて攻撃することを選んだ。
これは《ADチェンジャー》が墓地で効果を発動するモンスターということが1つ。加えてセットモンスターが厄介な効果を持っていても、今なら影響が少ないと見てのことである。
「《カラクリ兵
ブレイカーが手にした剣でセットモンスターを切り裂く。が、相手もただやられはしない。機械仕掛けの人形が倒れると、背負った樽の中から新たなカラクリ人形が現れた。
カラクリ専用のリクルーターである弐参六。このカードの強みは、レベル4以下であれば、1500を超える攻撃力を持つモンスターも特殊召喚できる点にある。
事実、九壱九の攻撃力はブレイカーを超える1700。戦闘破壊を行ったモンスターを倒すという、通常のリクルーターではほとんど不可能な行為も可能となっている。
「リバースカードを1枚セットしてターンを終了するぜ」
そんな状況になっても、神楽坂に慌てる様子はない。伏せられたカードがあれば対処可能ということかと、様々な可能性が仁の脳裏に浮かぶ。とはいえ考えるなら次のドローを見てから、そう思い彼はデッキに手を伸ばす。
そこへ遠方から声がかかった。
「仁、翔! やっと見つけたぜ」
「向こうにいるのは……神楽坂か!?」
翔からの連絡を受け、彼らと同じく犯人を捜していた十代と隼人、大地の3人が姿を現した。急いで駆けつけたのであろう、3人の中では圧倒的に体力の劣る隼人は肩で息をしている。
彼らが現れたことで、仁は僅かながら安堵した。これで敗北した際の保険が利くためである。しかし今はそれよりも、大地の聞き捨てならない発言に注意を向けなければならない。
「あいつを知っているのか? 三沢」
「ああ。彼は神楽坂。他人のデッキの特徴を読み取ることに長けた男だ。デッキを見ただけで、それを作ったデュエリストの人格まで再現してしまうほどにな……」
「人格までも、か。あれが素ではなかったのか」
「勝率はあまり高くないが、それも自分で組んだデッキが誰かのデッキに似て
大地の言葉に場が静まり返る。
その主張が確かならば、彼らの目の前にいる神楽坂はキング・オブ・デュエリスト武藤遊戯と同格。アカデミアの一生徒に過ぎない仁の勝てる相手ではない。
「……成程」
しかし当人の仁はそうは捉えなかった。
むしろ彼は神楽坂が遊戯のデュエルを再現しようとしているからこそ、勝ち目があると考えている。その裏づけが取れたことが、仁にとっては僥倖であった。
「待たせて悪かったな、続きといこう。ドロー、メインフェイズ。《手札抹殺》を発動する」
仁の発動したカードにより、互いに手札を全て捨てる。仁からは《
手札交換から一気に攻めへ転じる。そんな当然の行為を否定するかのように、意外にも神楽坂が先に動いた。
「ドローした《ワタポン》の効果発動! このカードを守備表示で特殊召喚する!」
神楽坂の場に真っ白な綿毛モンスターが現れる。青色の円らな瞳が可愛らしい。
《ワタポン》は効果によってデッキから手札に加わった場合、特殊召喚できる。あまり起こることではないが、条件さえ満たせば相手ターンでも発動は可能、こうなっても不思議はない。
しかし《ワタポン》は攻撃力200、守備力300と低ステータスで、他の効果もない。相手ターンに出しても基本的に壁にしかならず、大した意味はないのも確か。逆に言えば、神楽坂はこれ以上の何かを企んでいる可能性が高いと言える。
そしてその答えは伏せられたカードにある。
先程脳裏に浮かんだカードの1つの疑いを強めつつ、仁はそう考える。しかし生憎と、彼にはそれに対処する手段がない。後の状況をフォローする行動を取るしか道はなかった。
「魔法カード《テラ・フォーミング》を発動し、デッキから《ガイアパワー》を手札に加える。更にこのカードを発動」
辺りが緑に染まり、神々しいまでの大木が聳え立つ。地属性の守備力を400下げる代わりに、その攻撃力を500上昇させるフィールドが展開された。
これで九壱九の攻撃力は2200へ。並の下級モンスターでは太刀打ちできない領域に達したことになる。
「バトル。九壱九でブレイカーに攻撃!」
「速攻魔法《ディメンション・マジック》発動! 《ワタポン》をリリースし、手札から《ブラック・マジシャン》を特殊召喚! 更に九壱九を破壊するぜ!」
黒衣を纏った神官、《ブラック・マジシャン》が出現する。代わりに九壱九は棺に捕らわれ、破壊されてしまった。
《ブラック・マジシャン》はレベル7のバニラでありながら、攻撃力は2500止まり。そのステータスはレベル6と大差なく、単体では微妙としか言いようがない。しかし豊富なサポートカードの存在がそれをカバーしている。この場の誰もが知っているように、紛れもなくこのカードは武藤遊戯のエースであった。
そんな《ブラック・マジシャン》が登場しはしたものの、カードアドバンテージにおいては神楽坂が-2、仁が-1となっている。これは最上級モンスターを特殊召喚したことで漸く釣り合いが取れる程度、神楽坂が有利になった訳ではない。しかし仁の表情は険しかった。その原因は《ディメンション・マジック》の効果が対象を取らないことにある。
デュエルモンスターズにおける対象を取らない効果とは、プレイヤーが効果対象となるカードを選択しないものに限らない。これに加えて効果発動時に対象を選ばず、効果解決時に選択するものをも指す。
この対象を取らない効果は直接的に耐性を持つモンスターがおらず、リリースエスケープを用いて回避することもできない。例外はあるものの、基本的には対象を取る効果よりも強力なのである。
今回直接の関係はないものの、《ディメンション・マジック》による破壊は任意なことも重大な要素となっている。発動時に破壊が不確定なため、破壊を無効にするカードで防ぐこともできない。このカードは仁が苦手意識を持つ、厄介と考えるものの1つであった。
九壱九の効果故に、仁としては是が非でも攻撃を通したかったところ。しかしこれは神楽坂が《ワタポン》を出した時点で、予想できた展開でもある。仁はおとなしくバトルフェイズを終え、メインフェイズ2へと移行した。
「モンスターをセット、リバースカードを1枚追加してターンエンドだ」
「俺のターン! ……そのセットモンスターは破壊させてもらうぜ。《熟練の黒魔術師》召喚! 更に魔法カード《
攻撃力1900という十分な打点を誇る魔術師。《ブラック・マジシャン》を扱うには最適とも言えるそのカードが神楽坂の場に召喚される。更に彼は《ブラック・マジシャン》専用カード、相手モンスター1体を破壊する《
神楽坂のこの行動、高がセットモンスターに対してはやや過剰な反応と思う者も居るが、そんなことはない。仁は先のターン、攻めるよりもセットを優先したのである。守備力を下げる《ガイアパワー》を発動してのこの行為は、それだけの価値を持つ強力なリバース効果を持つモンスターの可能性を示唆している。
また《千本ナイフ》の発動に、自分フィールド上に《ブラック・マジシャン》が表側表示で存在する必要があることも重要であろう。除去された場合に手札で腐ってしまうことを考えれば、神楽坂がここで使用したのも納得できる。
「くっ……セットモンスター《カラクリ忍者
《ブラック・マジシャン》の背後から無数のナイフが放たれるも、命中する前に伏せカードは地に飲まれる。代わって弐参六がフィールドに帰還した。
コストとしてリリースすれば発動した時点でそのモンスターが晒され、条件を満たしていることが明白になる。故に霊術のようなカードであれば、伏せられた状態からのリリースエスケープも可能。神楽坂は失念していたものの、こうなる可能性は少なからず存在していた。
実質2度も効果を不発にされ、神楽坂が顔をしかめる。ここで再びリクルーターが登場しては、このターンに直接攻撃を通すことはできない。彼の掴みかけた勝機は露と消えてしまった。
もっとも、これは仁にとっても思わしい状況ではない。伏せられていた参参九はリバースした時、表側表示のモンスター1体を墓地へ送る効果を持つ。彼はその効果で《ブラック・マジシャン》を葬る積もりであった。
しかし現実にはそれが空振り。発動することなく終わっている。仁はどうにかモンスターを残しただけであり、肝心の相手のエースは依然として立ちはだかっている。即座に敗北することは免れたものの、厳しい状況であることに変わりはない。
「ならば……バトルだ! ブレイカー、弐参六に攻撃しろ!」
僅かに逡巡するも、神楽坂は攻撃を選ぶ。カラクリモンスターの大半は攻撃対象に選択された時に守備表示になる効果がある。弐参六もその例に漏れず、現状では攻撃力の劣るブレイカーでも戦闘破壊は容易であった。
一方で仁の好きにリクルートさせることになるが、それは仕方がない。神楽坂にとって不幸なことに、《熟練の黒魔術師》と強化された弐参六の攻撃力は互角。つまりここで攻撃せずとも、仁が相打ちに持ち込めば展開を許してしまう。ブレイカーと黒魔術師のどちらか片方でも残せるだけ、神楽坂にとっては攻撃したほうがマシであった。
「戦闘破壊されたことで弐参六の効果発動! 2体目の弐参六を特殊召喚する」
「続けて黒魔術師で攻撃!」
「3体目を特殊召喚だ」
倒される度に次々と弐参六が現れる。中から同じ姿をした者が飛び出るその様はマトリョーシカを彷彿とさせる。
もっとも出てくるのが背負った樽の中ということ、そして次の人形の大きさが変わらないことが明らかにそれとは異なっている。特に容積を無視した後者は、立体映像でこそ成せる所業であろう。
「更に《ブラック・マジシャン》で攻撃!」
《ブラック・マジシャン》の放った魔力弾が機械人形を飲み込む。その威力は弐参六の許容量を優に超えているが、攻撃を受ける際は守備表示になる。仁にダメージはない。
「デッキより
リクルーターもこれで打ち止め。仁が次に選んだのは神楽坂の想像通り九壱九であった。相手に展開を許すことになるが、それは仕方のないこと。神楽坂はこの状況を受け入れるしかない。
「俺のターン、ドロー」
神楽坂の場には《ブラック・マジシャン》を含めた3体のモンスター。対する仁は九壱九と、《トゥルース・リインフォース》で特殊召喚した《ADチェンジャー》を有している。
神楽坂の場に伏せカードはないため九壱九で攻撃はできるものの、もう一押しが足りない。そんな仁に状況を打破するカードが手に入った。
「《ADチェンジャー》をリリースし、《セイバー・ビートル》召喚」
現れたるは黄金色のヘラクレスオオカブト。フィールド魔法により、その攻撃力は2900となる。仁にとっては最高の、神楽坂にとっては最悪の展開。《ブラック・マジシャン》を上回るモンスターを仁が召喚することとなった。
しかしこれだけでは終わらない。《ブラック・マジシャン》を撃破する手筈が整ったことで、仁の新たなデッキが回転し始める。
「更に永続罠《召喚制限-猛突するモンスター》を発動する」
「猛突するモンスターだと?」
意外なカードの発動に、神楽坂は探るような目つきで仁を見やる。
特殊召喚に成功したモンスターを表側攻撃表示にし、そのモンスターに攻撃を強要させる。単体で機能しない猛突するモンスターは、主に相手に自爆特攻させるためのカードである。
相手ターンでの発動を基本とするため、ここで発動されるのは理解の外。様々なデッキを研究してきた神楽坂故に、その疑念は強い。
しかし仁が目を付けたのは前半部分。この効果は一部の忍者との相性が良く、且つ特殊召喚に成功したモンスターだけを攻撃表示にするため、表示形式を変更する仁の戦略を阻害しない。今回は仁の新たなキーカードとなっている。
「バトル! ビートルで《ブラック・マジシャン》を、九壱九で《熟練の黒魔術師》を攻撃する!」
巨大なカブトムシと忍者風の人形が、各々の標的へ向かう。《ブラック・マジシャン》は巨大な角でその身を貫かれ、黒魔術師は脇差で切り裂かれる。
5ターン目にしてこのデュエル初のダメージが通り、神楽坂のライフは4000から3600へ、続いて3300まで減少した。
無論、これで終わりではない。ここから九壱九と猛突するモンスターの本領が発揮される。
「戦闘破壊したことで九壱九の効果発動! 墓地からもう1体の九壱九を蘇生する」
相手モンスターを戦闘破壊し墓地へ送った時、自分の墓地からレベル4以下のカラクリ1体を特殊召喚する。それが忍者の名を冠するカラクリ、九壱九の効果である。
「ちっ……そういうことか。特殊召喚されるのは守備表示だが……」
「そう。猛突するモンスターの効果で攻撃表示に変更され、追撃が可能となる! 蘇生した九壱九でブレイカーを攻撃!」
優秀故にすぐさま気付く。しかし気付いたところで、今の神楽坂にそれを止める術はない。彼の場に残った唯一のモンスター、ブレイカーまでも倒れる。
そしてまた、ここで終わることもない。戦闘破壊したことで、こちらの九壱九も効果を発動する。
「更に
手にした竹槍で、弐参六が神楽坂を突き刺す。怒涛の連続攻撃は直接攻撃で締められ、神楽坂のライフは一気に800まで減らされた。
これで仁は手札、伏せカード共に0。カードを使いきった彼は、最後にターンの終了を宣言した。
相手モンスターを一掃し、直接攻撃によるダメージを与える。更にはその過程で4体ものモンスターを展開した仁。
一転して優勢となり、翔をはじめとした仁を応援する面々は沸き立っている。武藤遊戯の象徴とも言える《ブラック・マジシャン》を打倒しての優位である。むしろ期待を抱かないほうがおかしい。
しかし。窮地に陥ったにもかかわらず神楽坂は不適な笑みを浮かべ、それを崩すことはない。逆境を跳ね返してこその伝説と言わんばかりの態度。その様が仁の心に不安を残すのであった。
今日の最強カード
《カラクリ忍者
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1700/守1500
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、このカードの表示形式を変更する。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、自分の墓地に存在するレベル4以下の「カラクリ」と名のついたモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚する。
「今日の最強カードは《カラクリ忍者
このカード自身の欠点を挙げていくと戦闘破壊を介するのに攻撃力は1700と微妙、蘇生したモンスターは守備表示、特殊召喚が墓地からで使いにくい、など色々とある。しかし最大の問題は下級カラクリに共通する『攻撃しなければならない』という制約だろう。
九壱九に限らず、下級カラクリをアタッカーとして使おうとすると自爆する可能性がついて回る。特にこのカードの場合は蘇生効果まで何故か強制効果で、《召喚制限-猛突するモンスター》とのコンボを行う際は注意が必要になる。たとえ倒せないモンスターが居ようとも蘇生するしかなく、自身に加えて蘇生したモンスターの攻撃も強制されてしまうから最悪自殺することもありえる。
強制効果故にタイミングを逃さないとはいえ、この効果がタイミングを逃すケースは存在しない。つまり強制効果なことは完全にデメリットということになる。効果の発動・適用をしにくい《覆面忍者ヱビス》といい、某社は忍者に何か恨みでもあるのか……。
打点を上げるために《マシン・デベロッパー》、他にも表示形式を変更するカードを使うのも良いだろう。いずれにせよ、何らかの補助がないとメインには据えられないカードになるな」
今回は作中で対象を取らない効果を推しましたが、無論そうでないものもあります。それが《覆面忍者ヱビス》。「対象を取らないバウンス」という言葉面だけ見れば非常に強力に見えますが、実際は信じられないほど弱いです。
ヱビスの効果は「自分フィールド上の『忍者』と名のついたモンスターの数だけ、相手の魔法・罠カードを持ち主の手札に戻す」というものです。しかし悲しいことにこの効果、チェーンされた速攻魔法・通常罠・カウンター罠を選択できません。これは「既に墓地に送られる事が決まっているカードを手札に戻すことはできない」からです。更に戻す枚数は必ず忍者の数と同数にしなければならないため、チェーンされて忍者の数を下回った場合は不発になります。
発動に苦労するかと思えば、適用で再び苦労することに。当然ゴエゴエとのコンボなど実戦では全く決まりません。本当に、どうしてこうなった……。