神域に憧れて   作:典型的凡夫

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 伝説とまで謳われたデッキを相手に、仁は予想以上の奮闘を見せる。

 場には《カラクリ兵 弐参六(ニサム)》と2体の《カラクリ忍者 九壱九(クイック)》に加え、上級の《セイバー・ビートル》。更にはそれらを強化するフィールド魔法《ガイアパワー》が張られている。そして今、仁は神楽坂のモンスターを全滅させ、彼のライフを800にまで減らした。

 

 形勢は圧倒的に神楽坂が不利。周囲の者は仁の勝利に期待を寄せ始めている。

 しかし当の神楽坂はそんなことなど意に介さない。遊戯の対戦記録の中にはピンチなど掃いて捨てるほどあった。その全てに勝利を収めてきた彼が、この程度の危機に陥ったところで負ける筈はない。

 その遊戯のデュエルを再現できると、神楽坂は頑なに信じていた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引き当てたカードを見て、神楽坂の顔に笑みが浮かぶ。

 残念ながらそれは逆転のカードではない。しかし勝機を呼び込むための一手となりえる、有用な代物である。

 

「魔法カード《光の護封剣》を発動するぜ!」

 

 上空より数多の光が降り注ぎ、仁のモンスターは光の檻に囚われる。

 《光の護封剣》がフィールド上に存在する限り、相手モンスターは攻撃宣言できなくなる。無論それは永久ではなく、このカードが場に残るのは相手、即ち仁のターンで数えて3ターン。その間、彼は攻撃を封じられることになった。

 

「モンスターをセットしてターン終了だ」

「俺のターン、ドロー」

 

 神楽坂の場には守備表示の下級モンスターのみ。一方、仁の場には貫通能力を持ったモンスターが居る。ここで《光の護封剣》を破壊する《サイクロン》でも引いてくることができれば、決着が付くことは想像に難くない。それが彼にとって最良であろう。

 しかし現実はそこまで甘くはない。仁が引いたのは即座に使用できない罠カード。結局彼はこの好機をものにすることができなかった。

 

「2体の九壱九を守備表示に変更。カードを1枚セットしてターンエンド」

「俺のターン、ドロー! 《水晶の占い師》を反転召喚し、リバース効果発動!」

 

 ステータスは攻守ともに100と頼りない。しかし《水晶の占い師》はデッキの上から2枚をめくり、その内の1枚を選択して手札に加える効果を持っている。カード消費なしに手札を増やす。リバース効果故に即効性で劣るものの、そんなカードが弱い筈がない。

 口元を布で覆い隠した占い師が水晶に2枚のカードを映し出す。1つは《死者転生》、そしてもう1つは最高峰の戦士。

 

「フッ……九壱九(クイック)を守備表示にしたことが裏目になったようだな! 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》を手札に加え、《死者転生》はデッキの下に戻すぜ」

 

 仁が九壱九を守備表示にしたのは後の展開を考えてのこと。カラクリの多くは攻撃対象に選択された際に守備表示になる効果を持つ。ダメージを受けにくいと思えば悪くはないが、守備力の下がる《ガイアパワー》適用下では欠点となりやすい。

 これが九壱九の場合は少々異なり、表示形式を変更する効果となっている。つまり守備表示とすれば攻撃を受ける際は攻撃表示になり、2200という攻撃力の高さを有効に活用することができる。仮に神楽坂が上級モンスターを出してきたとしても、片方は残るという考えによる行為であった。

 

 しかし神楽坂の言葉通り、これが裏目。事態は仁の想像を上回る展開を見せる。

 

「このカードこそが、このデッキの切り札! 墓地から《ワタポン》と《執念深き老魔術師》を除外し……出でよ《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》!」

 

 神楽坂の宣言に応え、群青の鎧を纏った騎士が姿を現す。それは儀式モンスター《カオス・ソルジャー》がリメイクされ、特殊召喚モンスターとなった姿。見た目にそれほど差異はなく、外見上は甲冑の色が異なる程度に過ぎない。

 しかしカードとしては全くの別物である。墓地から光属性と闇属性モンスターを1体ずつ除外するという、非常に緩い召喚条件。更に1ターンに1度、フィールド上のモンスター1体を除外、もしくは戦闘破壊からの連続攻撃、そのどちらかを行うことができる。

 3000という高い攻撃力を併せ持ったその様は、正しく切り札と呼ぶに相応しい。

 

「更に《水晶の占い師》をリリースし、《ブラック・マジシャン・ガール》召喚!」

 

 武藤遊戯のデッキにおいて、ある意味では《ブラック・マジシャン》以上に有名なカード。希少な関連カードを幾つも集めなければ利用価値が生まれないため、彼のデッキにしか入っていないと言われるほどである。

 墓地に存在する《ブラック・マジシャン》《マジシャン・オブ・ブラックカオス》1体につき攻撃力を300上昇させる永続効果を持ち、現在の攻撃力は2300となる。その数値は上級の基準2400を下回っており、決して高いとは言えない。しかし今肝要なことは現在の九壱九を上回っているという、この1点のみ。

 仁に有利であった流れは反転、形勢は逆転した。

 

「バトル! 《ブラック・マジシャン・ガール》と開闢の使者で2体の《カラクリ忍者 九壱九》に攻撃!」

 

 魔法少女が杖から魔力弾を打ち出し、始まりの使者は己が剣を用いて刺突を繰り出す。2人は2体のカラクリを完膚なきまでに破壊し、仁へ900のダメージを与えた。

 これだけでも仁にとっては厳しいが、真に重要なのはこの先。効果のない《カオス・ソルジャー》と開闢の使者の差異が彼に更なる深手を負わせることになる。

 

「相手モンスターを戦闘破壊したことで開闢の使者の効果を発動するぜ! 続けて《セイバー・ビートル》に攻撃!」

 

 仁の想定を大きく超える追撃。開闢の使者は《ガイアパワー》によって強化された上級モンスターまでも切り刻んだ。

 

 場の急変、そして自らの認識の甘さに仁が臍を噛む。

 受けたダメージこそ1000にとどまっているが、彼の場は壊滅し、今や僅かに弐参六(ニサム)を残すのみ。おまけに神楽坂の場には、戦士族最強クラスとも言える開闢の使者が存在している。この状況から巻き返すのは容易ではない。

 しかし逆に言えば未だ勝負は決まっておらず、勝利への道筋はか細いながらも確かに存在するということ。ライフとカードが残されている限り、諦めることはない。デュエリストとは総じてそういうものである。

 

「ドロー。カードを1枚セット、弐参六を守備表示に変更してターンエンド」

 

 引き入れたカードを見るや否や、仁はカードを伏せる。フィールド魔法に加え永続罠を使用している現状では、カウンター罠でもない限り過剰と言えるかもしれない。無論《大嵐》を受ければ全て無に帰すことになるが、いずれにせよその場合、仁には敗北しか残されていない。《サイクロン》などの矛先をそらす意味でも、伏せておいたほうが幾分マシとなる。

 

「俺のターン! ブラマジガールで弐参六(ニサム)に攻撃!」

 

 前のターンの焼き直しのように魔法弾がカラクリ兵を討つ。もっとも守備表示故に、今回はダメージがない。

 

「弐参六の効果発動。デッキより九壱九(クイック)を特殊召喚する」

「リクルートしても結局それとはな。ならば止めだ、開闢で九壱九に攻撃!」

 

 開闢の使者が仁の元へと向かう。この攻撃が通れば開闢は自身の効果により連続攻撃を行うことができる。そうなれば仁のライフは0、彼には敗北する道しか残されていない。

 しかしそれも攻撃が通ればの話。

 

「九壱九の表示形式変更にチェーンして《機甲忍法フリーズ・ロック》発動! その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する」

 

 大気が凍りつき、神楽坂の場が氷柱に覆われる。氷に阻まれた開闢は攻撃の中止を余儀なくされた。

 

「ちっ、これでは除外効果が発動できないか……。ターンエンドだ」

 

 開闢は除外効果を発動するターン、攻撃できなくなる。それは逆に言えば、攻撃したターンは効果を発動できないということ。今回は攻撃を無効にされているが、攻撃を宣言したという事実は拭えない。故に真価を発揮することは叶わないのである。

 

 しかし仁が1度攻撃を通したのは、開闢の効果を考えてのことではない。こうなったのはフリーズ・ロックの発動に忍者を必要とするため。言い換えれば、発動には弐参六の戦闘破壊が前提となっていたためである。

 それは神楽坂が漸く見せた、小さな綻び。本物ならば起こさないであろう、些細なずれである。予想に反していなかったことに安堵しつつ、仁は神楽坂に向けて口を開いた。

 

「化けの皮が剥がれたな……。メインフェイズ1に開闢の効果を使っておけば俺はフリーズ・ロックを使えず、九壱九が残ることもなかった。武藤遊戯が、本物の決闘王(デュエルキング)がそんな失策を犯すかな?」

「フッ、止めを刺せるあの状況で開闢の効果を使う必要が何処にあるんだ? それで動揺を誘っている積もりなら泣けてくるぜ!」

 

 模倣を疑問視する仁の声に、神楽坂は余裕を持って答える。

 

 神楽坂の言葉は正しい。モンスターを蘇生された時のことを考えて開闢の効果を残し、バトルフェイズを終了させられた場合を考えてブラマジガールから攻撃する。その戦術に何ら問題はなく、仁の言っていることは結果論に過ぎない。

 そもそも仁自身、同じ状況にあれば神楽坂と同様の行動を取ると考えている。そこに異論はない。

 しかし仁が取り上げているのは戦術として正しいかどうかではない。伝説と謳われるデュエリストがその行動を取るか否かである。

 

 真の強者とは、言わば理不尽な存在と言っても良い。一見すると誤った、もしくは行動原理の理解しきれない行動に出ることがある。しかし結果的にそれが最高の正解となる、仁の考える強者とはそんな存在である。

 故に今の神楽坂は伝説のデュエリストなどではなく、凡庸な人間に過ぎない。彼が負け続ける理由の1つもそこにあった。

 

「俺のターン、ドロー。フリーズ・ロックを墓地へ送り、伏せていた《マジック・プランター》を発動。2枚ドローする」

 

 永続罠をコストに2枚のドローを得る《マジック・プランター》。コストとするカードは表側表示でなければならないものの、永続罠を採用するデッキならば非常に有用な手札交換カードである。

 フリーズ・ロックは相手に表示形式を変更させない効果も併せ持っており、使い方によっては相手の攻撃を封じることもできる。

 しかし現状がその選択を許さない。何しろ開闢は攻撃を放棄する代わりにモンスターを除外する効果を持っている。故に守備表示のままにさせるメリットは小さく、仁は猛突するモンスターを残すことを選んだ。

 

 結果、それは功を奏する。仮初とはいえ彼は神楽坂を打倒しうる手札を得た。しかし仁の表情は硬い。今はまだ《光の護封剣》によって攻撃を封じられている。その手を生かすことはできない。

 付け加えるなら、開闢を出されたターンに仁がフリーズ・ロックを使用しなかったのも同じ理由である。耐え切れない場合、あるいは攻勢に移るためでもなければ発動する意義はない。そう考えてのこと。

 

 現状を打破するには至らず、また今を逃せばその勝利の鍵は失われてしまう。希望が垣間見えただけに、仁の落胆も大きかった。

 

「……リバースカードを1枚セットしてターンエンド」

 

 小考の後、仁は1枚のカードをセットするだけにとどめた。

 

「そしてこのターン、エンドフェイズに《光の護封剣》が破壊される」

 

 3ターン経過し、漸く護封剣が解除される。次のターンからは仁も攻撃できるようになったものの、それでは意味がない。この間の悪さが彼最大のネックであろう。

 

「俺のターン、ドロー! ……罠を張っているようだが、俺には通用しないぜ! 開闢の1つ目の効果発動! 九壱九(クイック)を除外する!」

 

 伏せカードに当たりを付けたのか、神楽坂はモンスターの除去を選択する。その命に従って開闢が空間を切り裂き、機械仕掛けの忍者は次元の狭間に飲まれた。

 これで開闢は攻撃できなくなったが、神楽坂の場にはもう1体の上級モンスター《ブラック・マジシャン・ガール》が残されている。更に相手モンスターが0となれば、やることは1つしかない。

 

「バトル! ブラマジガールでダイレクトアタック!」

 

 3度目の攻撃にして漸く、放たれた魔弾が相手に直撃する。これで仁のライフは僅か700。唯一優位を保っていたライフまでも神楽坂を下回り、仁にも敗北の足音が聞こえてきた。

 一方、神楽坂は近づく勝利に思いを馳せる。得意げな表情に喜色を混ぜつつ、彼はエンドの宣言をした。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 先程まであった勝利への欠片は神楽坂のターンで露と消えた。

 もっとも、それは想定の範囲内。仁が改めて気を落とすことはない。しかし局面を打開する手段がないのもまた事実。今の彼は次のターンを耐え切れるよう祈るしかなかった。

 

「モンスターをセット、リバースカードを1枚セットしてターンエンド」

「俺のターン! 魔法カード《貪欲な壺》発動! 墓地の《水晶の占い師》《魔導戦士 ブレイカー》《熟練の黒魔術師》《THE トリッキー》《ブラック・マジシャン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 最後の追い討ちをかけんと、神楽坂が手札の補充に走る。

 《貪欲な壺》は中盤以降に有用な手札増強。墓地のモンスター5体をデッキに戻し、2枚のドローを得るカードである。

 序盤は腐りやすい上に使用すれば墓地のカードを減らしてしまうものの、手札が1枚増える利点はそれを補って余りある。手札を4枚に増やした神楽坂は、当然のように止めを刺しうる手段を手に入れていた。

 

「《賢者の宝石》を発動! デッキから《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!」

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》の隣に五芒星の魔法人が描かれ、黒衣を纏った魔術師が再び出現する。

 

 《賢者の宝石》の発動条件は少々厳しく、《ブラック・マジシャン・ガール》が存在しなければ発動できない。発動に上級モンスターを必要とするとなれば、凡人は事故を恐れ採用を見送るかもしれない。

 しかしこのデッキの作成者、武藤遊戯の考えはまるで違う。事故要因となりかねないこのカードも、彼にかかればデメリットなしにデッキから最上級モンスターを呼び出す珠玉の逸品となる。

 

 そしてそれを手足のように操る神楽坂も並のデュエリストではなく。3枚の手札を残す彼の行動は、それだけでは終わらなかった。

 

「更に《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》をリリース! 出でよ、《|黒の魔法神官《マジック・ハイエロファント・オブ・ブラック》》!」

 

 上級モンスター2体をリリースしたことに皆が騒然となるも、その驚きは更なる強力モンスターの登場に掻き消された。

 

 《黒の魔法神官》の特殊召喚にはレベル6以上の魔法使い族2体のリリースを必要とする。相当に厳しい条件になるが、このカードの高い能力を考えればそれも仕方ない。その効果は罠カードが発動した時、それを無効にし破壊できるというもの。更に攻撃力3200、守備力2800と高いステータスを持ち、サイコ・ショッカーのようにコントローラーの罠カードまで封じることもない。非常に強力なカードである。

 スペルスピードの都合上カウンター罠には対応できないが、それでも一方的に罠カードを封じるのは尋常ではない。

 漆黒のマントを羽織った神官は安全に攻撃を通す道標。その背中が神楽坂に安心をもたらす。

 

「開闢の効果発動! セットモンスターを除外する!」

 

 念を入れ、神楽坂はセットモンスターの除去を選ぶ。除外されたのは《巨大ネズミ》。後続を繋げるリクルーターと言えども、除外されてはどうしようもない。

 

「これで終わりだ! 魔法神官(マジック・ハイエロファント)でダイレクトアタック!」

「リバースカードオープン!」

「無駄だ! このカードの前には罠など通用しない!」

「いいや、発動するのは速攻魔法《月の書》だ! 《黒の魔法神官》を裏側守備表示にする!」

 

 罠カードを無効にする魔法神官も魔法カードには無力。その身をカードの姿へと戻した。

 

 《月の書》の発動に神楽坂は驚嘆していた。仁のデッキには罠が多く採用されているとはいえ、それでも魔法カードはある。汎用性の高い《月の書》であれば入っていてもそれほど不思議ではない。当然神楽坂が気を動転させた理由はそこにはなかった。

 彼が驚いたのはカードの置かれていた位置。仁の発動したカードが先程伏せたカードではなく、それ以前から伏せてあったカードであったことに起因する。

 

「何故だ、そこにあるのはコンバットの筈……」

 

 訝しむ神楽坂であったが、若干の間を置き1つの結論を導き出す。それは己の判断が誤っていたということ。神楽坂は仁に謀られていたのである。

 

 《月の書》を伏せた11ターン目、仁はモンスターを守備表示にしたままターンを終えた。神楽坂のモンスターは仁のものの攻撃力を上回っていたため、それだけを見れば不思議はない。が、そのモンスターが《カラクリ忍者 九壱九(クイック)》であったことが問題となる。

 一般的なカラクリモンスターとは違い、九壱九は攻撃対象に選択された時の効果が「表示形式を変更する」となっている。つまり守備表示のままでは攻撃を受けた際に攻撃表示となり、ダメージを受けてしまう。明らかに不自然な行為であった。

 無論、それを見逃す神楽坂ではない。仁に攻略の手立てがあると考えた神楽坂は九壱九を除外し、戦闘を介さずに除去を行った。

 しかしそれこそが仁の狙い。確かにあの時、彼の手には開闢の使者をも打倒しうる手段があった。しかしそれは自ら攻撃しなければ意味をなさない、中途半端なもの。それ故のブラフ。この策で彼は、連続攻撃の可能な開闢の使者を単なる除去にとどめることに成功する。

 

 もしも神楽坂が弐参六(ニサム)を除外していれば、コンバットトリックを警戒しなければ、魔法神官(マジック・ハイエロファント)を出さずに2体で攻撃していれば……。どれも仁に耐える手段はなく、1つ間違えば今頃神楽坂の勝利が決定していた筈である。

 もっともそれらはプレイングミスと呼べるものではない。神楽坂は単に、よりリスクの低い確実な手段を取ったに過ぎない。しかし結果的に、それによって彼が勝機を3度逃したのも事実であった。

 少なくともそのうちの1つは確実に、仁の機転によるもの。その場で打つ手がなくとも懸命に抜け道を探り、先を見据えた行動を取ったことで九死に一生を得た。他の者では神楽坂の猛攻を耐えることはできなかったかもしれない。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 憎々しげに表情を歪めていた神楽坂であったが、気を取り直し、デュエルを進めだした。

 そして。仁であるからこそ到達することのできた、15ターン目が始まる。

 

「俺のターン、ドロー。メインフェイズに入り《浅すぎた墓穴》を発動! 墓地より……!?」

 

 定められたようにすばやくカードを発動した直後、唐突に仁が動きを止めた。不自然なその行為に、神楽坂を含む他の面々は彼へ怪訝な視線を向ける。

 

 お互いに墓地からモンスター1体を裏側守備表示でセットする《浅すぎた墓穴》。仁の墓地には上級モンスターも居るが、通常ここは《カラクリ忍者 参参九(サザンク)》の1択。《召喚制限-猛突するモンスター》によりリバースしたこのカードで直接攻撃する、それしかない。初めは仁もその積もりであった。

 しかしその名を口にしかけた刹那、何かが仁を引きとめた。そこに明確な意図はない。《浅すぎた墓穴》のみによって勝つことはできないという得も言われぬ不安を感じる、ただそれだけ。

 言わば直感といったところか。しかし直感とは知識や経験によって即時的に解を見出すものである。決して根拠のない超能力のようなものではない。

 故に落ち着いて考えれば、その根拠も自然と判明する。そして仁の予感が正しいことを示すように、ことここに至っても神楽坂は泰然として動じていない。たとえ参参九が出てきても問題はないと、改めて彼の様子を窺えばその余裕が見て取れる。その源泉が何なのか、仁は思索にふけった。

 

 直接攻撃を耐えうるカードと言えば、真っ先に思い浮かぶのはモンスター除去や攻撃を無効にする罠であろう。が、この際それらは除外する。伏せカードがそうであれば仁に打つ手はなく、この局面でそう仮定しても何ら意味を持たないためである。

 ここで考えるべきは直接攻撃、あるいはダメージを無効にする類のものであろう。特に後者であれば仁にも心当たりがあった。それは遊戯のデッキにおける代表カードの1つ。神楽坂が使用しているデッキに入っているであろう、むしろなければ不自然とも言えるカードである。手札誘発の効果を持つそのカードであれば、今まで神楽坂が使用しなかったことにも納得がいく。

 幸いなことに仁には参参九以外の選択肢もあった。しかしそれも絶対ではなく、一定の危険を孕んでいる。確率のみで考えれば差はない。どちらを選ぶかは彼の裁量に託される。

 

「…………俺は九壱九(クイック)を選択する」

参参九(サザンク)を選ばないのか。……いいだろう。俺が選ぶのは《ブラック・マジシャン》だ」

 

 最終的に仁は神楽坂が動じていないことを、故に参参九による直接攻撃では勝てないと感じたことを優先した。

 そして互いに指定したモンスターが墓地より蘇生される。《浅すぎた墓穴》による蘇生のためセットされるが、特殊召喚は特殊召喚。《召喚制限-猛突するモンスター》によってどちらも攻撃表示となる。

 

「墓地の《ADチェンジャー》を除外して効果発動。《ブラック・マジシャン》の表示形式を変更する」

 

 墓地から《ADチェンジャー》がAの文字が刻まれた赤い団旗を下げ、青いDの旗を掲げる。再び《ブラック・マジシャン》の表示形式が変わった。

 

 これでもう仁にできることはない。後はこの行為が破綻せぬよう、祈るだけである。

 

「バトル! 九壱九で《ブラック・マジシャン》に攻撃!」

 

 2200対2000。まずはカラクリが魔術師の撃破に成功する。これで第1段階、攻撃が通ることはクリアとなる。

 

「九壱九の効果を発動し、墓地からもう1体の九壱九を蘇生。続いてセットモンスターに攻撃!」

 

 まるで神楽坂を一時追い詰めた際の焼き直し。しかし以前とは違い、攻撃目標は守備力2800を誇る《|黒の魔法神官《マジック・ハイエロファント・オブ・ブラック》》である。当然、このままでは届かない。

 

「ダメステの前に罠カード《奇跡の軌跡(ミラクルルーカス)》を発動する。攻撃する九壱九の攻撃力は1000アップだ」

「ありがたくドローさせてもらうぜ」

 

 《奇跡の軌跡》は1000の攻撃力上昇と共に、2回攻撃をも付与する。その代わり相手に1枚ドローさせ、対象となったモンスターは戦闘ダメージを与えることができなくなる。このデメリットは大きいものの、九壱九のような戦闘破壊を行うことで真価を発揮するカードとの相性は良い。

 本来であれば、攻撃力は互角の3200。しかし一方は攻め、一方は守りの体勢をとっている。拮抗する筈の攻防は攻撃した九壱九に軍配が上がった。

 

「今度は弐参六(ニサム)を蘇生する」

 

 神楽坂のモンスターは残すところ開闢のみ。攻撃力は3000は、今の九壱九ならば十分に打倒できる。

 

「続けて開闢に攻撃!」

「フ……手札から《融合》を捨て、《ライジング・エナジー》を発動するぜ! 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》の攻撃力を1500アップ!」

 

 敗色濃厚と思われた開闢に、突如助力が加わる。精気漲るその姿は、先程までとは比較にならない威圧感を放ち始めた。

 

 神楽坂がしたり顔で相手方を見やる。九壱九を返り討ちにするにとどまらず、そのまま仁のライフを0に追いやるほどの4500という攻撃力。その様に、彼らの後方に控えた見学者たちの表情は驚愕に染まっていた。

 表情の見えない仁の顔に浮かんでいるのは絶望か、諦観か。何れにせよ平静ではないと神楽坂は思う。何しろ相手を打倒すると思っていたその攻撃で、己が敗れるのである。落ち着いているとは到底思えない。

 しかし再び顔を上げた仁の表情は神楽坂の思惑、予想から大きく外れていた。それは前述した諦観の念でもなく、かといって自棄になった訳でもない。ならば逆に勝ち誇っているのかと言えば、そうでもない。彼が浮かべていた表情、それは安堵であった。

 

「速攻魔法《カラクリ粉》発動! 攻撃し終えた九壱九を守備表示にし、攻撃を仕掛けた九壱九の攻撃力をその分アップさせる!」

 

 2転3転。3200から5400となり、再び仁のモンスターの攻撃力が神楽坂のそれを上回った。今度は神楽坂が震える番である。

 伏せカードを使いきった神楽坂に打つ手はなく。強化に強化を重ねた九壱九が開闢の使者をも打倒する。互いに攻撃表示であったが、《奇跡の軌跡》の効果によりダメージはない。

 しかしここで終わりではない。仁はまだ攻撃の手を残していた。

 

「更に九壱九の効果により、弐参六を蘇生する。そのままダイレクトアタックだ!」

「ク、《クリボー》を手札から捨て、効果発動! この戦闘による戦闘ダメージを0にする!」

 

 《クリボー》が神楽坂の前で壁となって攻撃を防ぐ。とはいえこの行為は所詮、悪あがきに過ぎない。そんなことは神楽坂自身理解している。

 それでも神楽坂は《クリボー》を使わずにはいられなかった。それは相手に対する礼儀や、最後まで死力を尽すといった前向きな姿勢によるものではない。彼の胸の内にあるのは負けたくない、ただそれだけ。その敗北への忌避は、仁にも痛いほどに伝わってきた。

 しかし。いや、それ故にここで、仁は神楽坂に止めを刺しに行く。今の彼では勝てないと、その過ちを正すために。

 

「もう1体の弐参六で、神楽坂へダイレクトアタックする!」

 

 最早神楽坂への道を阻むものはない。神楽坂へと肉薄した弐参六(ニサム)の槍が、彼を貫く。神楽坂の敗北を告げる電子音が、海にむなしく響き渡った。

 

 敗北のショックにより体から力が抜け、神楽坂が膝を突く。絶望に染まったその目からは、知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。

 

「俺は……こんな強いデッキを使っても、勝てないのか! 俺にはやはり……才能がまるでないんだ!」

「いいや、そうでもないさ」

 

 悲嘆にくれる神楽坂に否定の言葉がかかる。聞き覚えのある声に神楽坂は顔を上げ、他の者もそちらへと視線を向ける。

 声の主は亮。その傍らには明日香が連れ添っている。彼らも十代らと同様に一足早く遊戯のデッキを見ようと考え、その盗難を知ったのである。

 

「それにどうやら、観ていたのは俺たちだけじゃないようだ」

 

 亮の言葉に皆は疑問を持ったものの、巻き起こった歓声によって謎もすぐさま氷解した。周囲を見渡し目に入ったのは数多の観戦者たち。岩陰や崖の上、彼らの周りには生徒が溢れていた。

 ある者は喝采し、ある者は賞賛の言葉を送る。皆が口々に神楽坂を褒め称える。最早この場には彼を見下す者など居ない。それら全てが、神楽坂の力に対して肯定を示していた。

 

「けど俺は負けた……。どうして……!」

 

 どれほど認められようと、結局のところ勝てなければ無意味。先程のデュエルが賞賛に値するものならば、己に足りないものとは一体何なのか。神楽坂には未だその答えが掴めていない。

 

 その解の1つを仁が口にする。本来、仁にそこまでする必要はない。彼にとって神楽坂は成り行き上デュエルをしただけの、赤の他人である。助言などしなくとも一向に構わない。

 仁が助言するに至ったのは神楽坂の苦悩が見て取れたため。それが何処か、己に重なって見えたためである。

 

「1つは自分のデッキ……厳密に言えばデッキを自分に合わせていないからだろうな」

「自分に合わせていない……? だが、俺はデッキの持ち主を忠実に再現していた筈だ! なのに何故!」

 

 そう。神楽坂が行っていたのは通常と逆。彼はデッキを自分に合わせるのではなく、自分をデッキに合わせていた。神楽坂の持つ非凡な才があるからこそ、なせる業であろう。

 しかし仁はそれを否定する。

 

「本当に再現が完璧だと思っているのか? どれほど真似をしようが、元々できないことをできるようになる訳ないだろう」

 

 神楽坂の模倣技術は高い。それは確かであろう。しかし模倣対象の資質、例えば遊戯の危機を回避する直感や勝利を手繰り寄せる強運を、神楽坂は持っていない。あるとしてもそれは確実に遊戯に劣る。幾ら模倣の技術が高かろうと、神楽坂の持っていない資質を、彼自身にできないことを再現できる筈もない。

 どれほど優れている人物も所詮は他人。参考にはなるが、それを全て自身に当てはめることなどできない。自分に適合させなければ意味がないと仁は口にする。

 

「それに時が経てばカードプールは増える。模倣対象だって成長を続ける筈だ。仮に過去のデータをそのまま再現できたとしても、大した意味はないんじゃないか?」

 

 つまり模倣が足りないのではない。他者のプレイングをそのまま再現しようとしていたこと、それ自体が神楽坂の犯した過ちであった。

 

 プレイングを再現することの無意味さ。渋々ながらも、神楽坂はその事実を受け入れた。己の限界を感じていた彼自身、薄々その現実に気づいていたのかもしれない。

 

「ただ……これは根本となった要因の、その原因に過ぎないけどな」

「な、に? ……どういうことだ?」

「プレイングの再現に意識を割き過ぎていた所為で、神楽坂自身の持つ洞察力が台無しになっているように思う。それをデッキの使い方にしか向けないなんて、あまりに勿体ないだろう」

 

 もしも神楽坂が凡庸な人間ならば、このようなことは起きなかったであろう。作成者のプレイングを再現するような真似ができたのも、デッキの特徴を読み取ることに長けた彼であるからこそ。

 その能力の高さ故に、結果として神楽坂は己の長所を埋もらせてしまった。何とも皮肉な話である。

 

「実際、その観察眼は確かなんだ。相手の戦術・戦略を特定して優位な状況を築き、思考を把握して最適な対応をする。神楽坂なら、そんなことも可能じゃないのか……?」

 

 それは仁が知る1つの極致。その言葉を受け、神楽坂は目を見開いた。

 

 最近の神楽坂は自身に足りない要素を探すことに躍起になっていた。名だたるデュエリストのデッキを研究し、対戦記録までも暗記する。彼らの研究に明け暮れていた。自身と強者との差異を見出すために。

 しかしそれがそもそもの間違い。突出した才能を持つ人物に限らず、結果を残す者はおしなべて己だけの武器を持っている。最初に鍛えるべき、信じるべきは自分自身。神楽坂は自身の能力を最大限に引き出すという、ごく当たり前のことを忘れていた。

 戦術、そして人格までもトレースするという神楽坂にしかできないであろう行為を考えれば、忘れてはいなかったのかもしれない。が、力を振るう方向性を誤っていては意味がない。

 

「そうか……。俺は……まず、俺自身を信じれば良かったのか……」

 

 納得したように、神楽坂が答えを噛み締める。自身であるが故にできることを追い求めようと、胸に秘めて。

 

 後に神楽坂がデッキを返却し、この事件は幕を下ろした。




今日の最強カード

《カラクリ粉》
速攻魔法
フィールド上に表側攻撃表示で存在する「カラクリ」と名のついたモンスター2体を選択して発動する。
選択したモンスター1体を守備表示にし、もう1体のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで、守備表示にしたモンスターの攻撃力分だけアップする。
この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

「今日の最強カードは《カラクリ粉》。攻撃力を上昇させる部分は《受け継がれる力》に似ているか。一般的な下級モンスターを対象にしても上昇値は1000以上。コンバットトリックとしては破格だ。
 それに表示形式を守備表示にする効果も見逃せないな。《次元幽閉》等にチェーンして不発にし、残ったモンスターの攻撃力を上げることも可能。変わったところでは攻撃力の劣るモンスターに攻撃を受けた際、九壱九(クイック)七七四九(ナナシック)の効果にチェーンして迎撃することもできる。
 しかし……『カラクリ』は全てが機械族。機械族と言えば《リミッター解除》がある。攻撃力を上げるカードはこれがあれば十分。多くの人は投入する必要性を感じないだろう。
 更にカラクリモンスターが2体必要、それも双方が表側攻撃表示でなければならないという条件……欠点がある。前者のために劣勢ではやや使い難く、後者のためにほぼ攻撃時にしか使えない。弱いとは言わないが、どうしても使える場面は限られるな」

 技術面では最も神域に近いと思われる男、神楽坂。彼の能力は半端ではありません。三沢曰く「デッキからそれを作ったデュエリストの人格まで読み取り、そのタクティクスを再現する」そうです。デッキから人格を読み取るとか何というチート、そして才能の無駄使いに過ぎます。その観察力・洞察力は是非とも対戦相手に向けてください。
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