新年度開始からおよそ半年が過ぎた今日。既に1学年の生徒たちにも馴染みとなった、毎月恒例の定期試験が行われる。
馴染んだと言っても、今回の試験は高等部から編入した1年生にとっては今までと毛色が違ってくる。入学から半年が経ち、成績によってはそろそろ昇格や降格が視野に入る頃。生徒はいつになく緊張した面持ちで試験に望んでいる。
その傾向はイエローの生徒が最も強い。成績の良い者は昇格しようと、悪い者は降格しないよう必死になっている。一方レッドは現状維持に努める者が大半を占め、真に懸命な者は少ない。ブルーは己が能力故に自信と余裕を持っている上、全てが中等部からの在学ということで慣れている面もある。やはり今回最も注目すべきはイエローであろう。
そして今回の実技試験においては、以前武藤遊戯のデッキを盗み出した男子生徒、神楽坂の戦いが注目を集めることになる。
「まさかお前と対戦することになるとは……」
対戦相手を確認した神楽坂が思わず愚痴を零す。引導を渡そうとでも言うのか。成績の振るわない劣等生である筈の神楽坂の相手は、1年にして現イエロー最強と噂される三沢大地であった。
もっとも、そう感じたのは神楽坂含む一部の生徒のみ。この組み合わせは別段おかしなものではない。今回は単に寮内で筆記試験の成績が近しい者を対戦させただけのこと。
実技とは違い、座学に関して神楽坂は元から優秀である。更に先々月の件で迷いが晴れ、自身の目指す形が明白となったことにより集中力も増した。その結果が前回の筆記試験。神楽坂は筆記試験でイエローにおいて大地に次ぐ成績を取っていた。彼の認識とは異なり、落とそうとする意思など露ほどもない。純粋に評価された結果である。
しかし元々神楽坂は理屈だけのデュエリストと呼ばれていた者。神楽坂を過小評価する訳ではないが、その点を克服することはできたのか、大地はそのことが気にかかっていた。
「神楽坂。自分のデッキは見つかったのか?」
「ああ。……今回は勝つ積もりでここに来ている」
「ふっ、それは楽しみだ」
神楽坂は大地の問いに静かに答え、自らの意思を表明する。懸念は杞憂に終わっていたと大地は安堵し、笑みを浮かべた。それは嘲るような笑いではない。負けが込んでいたとはいえ、神楽坂は実戦においても有用な才能を持っていた。それを十分に発揮できるのなら間違いなく強敵になると大地は以前から感じていたのである。その口から勝利宣言が漏れようと馬鹿にする筈がない。
大地の笑みは純粋に友人である神楽坂の立ち直りを喜んでのもの。そしてそんな相手であろうと打ち倒すという、自らの実力に対する自信の表れである。
短いやり取りの間にデュエルディスクの起動は終わっていた。ディスクに先攻を示されたのは大地。初手が良かったのか、彼は調子良く自らのターンを宣言をする。
「俺の先攻、ドロー! 手始めに魔法カード《強欲で謙虚な壺》を発動する!」
2面性を見せる壺が大地のデッキトップから3枚のカードを公開する。その中身は《カードカー・D》《ダーク・アームド・ドラゴン》《強欲で謙虚な壺》であった。彼はこの中から1枚を選択して手札に加えることができる。
《強欲で謙虚な壺》は1ターンに1枚しか発動できず、発動するターンは特殊召喚できないという誓約を持つ。
しかし単体で使える上にタイムラグもないとなれば、デッキ圧縮として優秀なことに変わりはない。更にドローとは違い3枚の中から1枚を選べるため、手札事故の可能性を軽減することもできる。デッキの安定性を上げることに主眼を置く場合には、今や何よりも優先して採用するカードとなっている。
「俺は《カードカー・D》を選択。カードを2枚伏せ、《カードカー・D》召喚! 更にこのカードをリリースして効果発動。カードを2枚ドローする!」
一見すると厚みを持った丈夫な青いカード。辛うじて車と認識できるような外観を持ったモンスターはフィールドに現れるや否や姿を消し、手札へと変換された。
《カードカー・D》は効果を発動するとエンドフェイズになる上、そのターンは特殊召喚できないとデメリットは大きい。
しかし無条件の2枚ドローはそれを補って余りある。特にコンボを重視するデッキであれば、ドローほど有用な手はない。伏せカードに自信があればなおのこと。次のターン、利点のみを享受することとなる。
「エンドフェイズ俺にできることはない。ターン終了だ」
「俺のターン、ドロー! 《久遠の魔術師ミラ》を召喚し、効果発動! 向かって右の伏せカードを確認させてもらう」
1800の攻撃力を持つ白の魔術師が錫杖をかざし、伏せられたカードの姿を映す。この効果は召喚成功時に発動する誘発効果。ブレイカーなどと違いカードの破壊はできないものの、この効果の発動に対してカードの発動を封じる点で差別化が図られている。
そうして正体を露にしたのは《奈落の落とし穴》。相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時、それを破壊し除外する強力な準制限カードである。
しかし、如何に強力な効果を持っていようと発動できなければ意味がない。チェーンを許さないミラを前にしては《奈落の落とし穴》と言えども沈黙するしかなかった。
「バトル! ミラでダイレクトアタック!」
効果を活用して奈落を回避したミラは、攻撃の狙いを大地へ定める。大方の予想に反して神楽坂が先制をするのかと観客は色めき立つ。
しかし大地の計算はこの程度で揺らぐものではない。
「手札から《
破壊を行う《サンダー・ブレイク》の相互互換。選択したカードをデッキトップに戻すという性質上、《鳳翼の爆風》はドローロックの要素を併せ持つ。手札コストを要するとはいえ、フリーチェーン故に相手の意図を妨害するにはもってこいのカードである。
唯一の問題点と言えば、攻撃モンスター《久遠の魔術師ミラ》が魔法使い族であること。神楽坂のデッキが判明していない現段階では大地も《ディメンション・マジック》への警戒を怠ることはできない。このカードを使われれば《奈落の落とし穴》は再び案山子と化す。伏せカードを残しているからといって、安易に安心はできない。
しかし今、大地のフィールドにはモンスターが居ない。この状況で神楽坂がディメマを使用したとしても、2枚のカードを消費して1体の最上級モンスターを出すのが限界である。ディメマはただでさえカード消費が荒いカード。リリースエスケープに用いたとしても、モンスターを破壊できなければカードアドバンテージには繋がらない。
つまり今の状況なら、仮に神楽坂の手にディメマがあっても気にするほどのことではない。それ故の《鳳翼の爆風》。
もっとも対抗する術など最初から神楽坂にはなかった。鳳凰の巻き起こす暴風に人が抗える筈もなく、ミラはフィールドからデッキへと居場所を移された。
流石は三沢大地、十重二十重に罠を張り巡らせている。一筋縄ではいかないかと零しつつ、神楽坂は次なる一手を考える。小考の後、彼は1枚のカードをディスクに置きカードの発動を宣言した。
「《撲滅の使徒》を発動! 残った伏せカードを破壊する!」
神楽坂の思い切った行動に、一部の者が息を呑んだ。
《撲滅の使徒》は言わば罠に対するメタカード。セットされたままの魔法・罠カードでなければ破壊できないが、その際にデッキから同名カードが全て除外される。使用者自身にも効果が及ぶとはいえ、上手く使えば相手のデッキを壊滅状態に陥らせることも可能である。
そして周知の通り、セットカードは《奈落の落とし穴》。確かにチェーンされることはなく、確実に効果の適用が成される。
しかし同時に、対する神楽坂も奈落を除外しなければならない。このカードがないと知れるイコール相手に楽な展開を許すと言っても過言ではない。除外ではなく、単なる破壊であれば再利用は十分に可能。次のターン、大地は揚々とプレイできるであろう。
故に通常であれば、次のターンに使用することが望ましい。ある者はそれを単なるプレミスと蔑み、ある者は奈落を封じるミラをドローすることが決まっていた以上大差ないと捉える。またある者はドローロックを嫌ったのであろうと批評した。
それら全てに一理あると言えよう。が、真相は異なる。
理由の1つとして、大地が手札から捨てたギガグリオルの効果が挙げられる。このカードは装備モンスターの元々の攻撃力を2000にする効果を持つ。それを確認した神楽坂は【
もっともこれは副次的な理由に過ぎない。それとは別にもう1つ、神楽坂が《撲滅の使徒》をデッキに組み込んだ真意がある。彼の才能を良く知る者はそれを察していた。対戦相手の大地も例外ではない。
神楽坂が真に望んだのは大地のデッキを確認すること。所謂ピーピングである。
無論伏せカードが奈落のみの大地にこれを止める術はない。両者は確認のためにデッキを取り出し、自身のそれを相手に手渡す。そして互いに相手のデッキを調べ始めた。
効果処理としては《奈落の落とし穴》を探し、その全てを除外するのみ。しかし大地と神楽坂の両名にとって、そんなものはおまけに過ぎない。
対戦相手の情報を得る。1ターンに許されている思考時間の大半を、彼らはここに注ぎ込む。最大でも3分足らずという短さになるとはいえ、行動の指針を決めるにはそれだけあれば十分。少しでも多く相手の情報を手に入れようと、デッキに目を向ける彼らの表情は真剣そのものである。
大地の見たところ、神楽坂のデッキは【メタビート】を意識して《魔法族の里》と《王家の眠る谷-ネクロバレー》を採用した【魔法使い族】。同時に《カオス・ソーサラー》を投入して【カオス】の様相を呈している。
下級モンスターは《魔導戦士 ブレイカー》や《霊滅術師 カイクウ》、《ライトロード・マジシャン ライラ》といった定番の構築。変わっているところと言えば既に使用されたミラや撲滅の他にも《マジシャンズ・サークル》などのピーピングできる可能性を持つカード、それを利用した《マインドクラッシュ》が採用されていることであろう。
デッキの概要を把握し、大地は最後に必須カードの確認へ移る。神楽坂のデッキには《死者蘇生》や《神の宣告》、《月の書》といった厄介なカードが眠っていた。つまりそれらがすぐに使われることはない。これは大地にとって朗報であった。
1発逆転の可能性を秘めたカードは使われないに越したことはない。これである程度の余裕を持って次のターンを迎えることができると大地は考える。
《撲滅の使徒》発動より、およそ2分。納得がいったのか2人は顔を上げ、お互いのデッキを持ち主へ返す。デッキをセットすると共に手札を取り出し、神楽坂はデュエルを次のプレイへ進めた。
「永続魔法《強欲なカケラ》を発動する」
文字通り強欲な壺の破片らしき物が神楽坂の場に置かれた。
通常のドローをする度にカウンターを乗せ、2つ以上のカウンターを乗せた自身を墓地へ送ることで2枚のドローを得る《強欲なカケラ》。大地の《カードカー・D》と同じく、手札の増強がこのカードの役目になる。
もっともこのカードはすぐに意味を成さないため、使用者に一時的なディスアドバンテージを負わせてしまう。とはいえ後に効果を発動できればアドバンテージを得ることができ、仮に破壊されても原則とされる1:1交換を果たすことができる。神楽坂が扱っているような腰を据えて戦うデッキならば、利点のほうが大きいと言えよう。
「カードを2枚セットしてターンエンド」
「俺のターン! メインフェイズに入り、《
「《激流葬》を発動する!」
赤色のイトトンボを模した格好をした人物が場に現れると同時、凄まじい水流がフィールド全体を覆う。フィールド上の全モンスターを破壊する《激流葬》により、視界が晴れた時には既にダンセルの姿は跡形もなく消え去っていた。
ドローしたカードの確認もそこそこに即座に行動を開始した大地に対し、神楽坂も有無を言わさずやり返した。多くの者は神楽坂の行為に困惑した様子を見せている。
それも仕方のないこと。幾ら自分の場にモンスターが居ないとはいえ、高々攻撃力1000のモンスター1体に対する《激流葬》は意図が読めない。大地のデッキが未だ公に活躍する姿を見せたことのない【
そうは言っても、神楽坂が元々【甲虫装機】を熟知していた訳ではない。まるで知らなかった訳でもないが、この行動を取った要因は別にある。その大本が先程のピーピングである。
短時間でデッキの概要を把握し、制限カードの有無をも確認した大地は確かに優秀と言えよう。が、それでは所詮優秀止まり。決して特別ではない。
一方の神楽坂は違う。彼には常人を遥かに凌ぐ記憶力と至高の分析力がある。相手にもピーピングを許してしまう《撲滅の使徒》を採用しているのも、自身が優位に立てると考えるがため。驚くべきことに、神楽坂はあの短時間で大地のデッキを完全に把握していた。
神楽坂の頭に入っているカードは、既に使用されたものと合わせて相手の手札を除いた36枚。これらのカード群である。
■モンスター:14枚
3《カードカー・D》
3《甲虫装機 センチピード》
2《甲虫装機 ダンセル》
2《甲虫装機 ホーネット》
1《甲虫装機 ギガグリオル》
1《甲虫装機 ギガウィービル》
1《甲虫装機 ギガマンティス》
1《ダーク・アームド・ドラゴン》
■魔法:12枚
1《大嵐》
1《おろかな埋葬》
3《強欲で謙虚な壺》
1《死者蘇生》
1《ナイト・ショット》
1《闇の誘惑》
3《サイクロン》
1《月の書》
■罠:10枚
2《激流葬》
2《奈落の落とし穴》
2《鳳翼の爆風》
1《リビングデッドの呼び声》
1《リミット・リバース》
1《神の警告》
1《神の宣告》
改めてカードを並べると、このデッキは相当に尖った構築になっていることがわかる。既に使用された《強欲で謙虚な壺》《カードカー・D》に加え、《大嵐》と《サイクロン》のフル投入。更には2000のライフコストを必要とする《神の警告》まで採用されている。他の全てを犠牲にしてキーカードを集める。それは1ショットキルを行うための構築と言っても良い。
つまり一見すると低ステータスに過ぎないカード群【
それに加え、デッキを一通り確認し終えた神楽坂が感じた違和感。彼の見立てでは《甲虫装機 ダンセル》と《甲虫装機 ホーネット》こそが大地のデッキの要となるカードであった。にもかかわらず、各々2枚しか確認できていない。計算高い大地のこと、《カードカー・D》や《強欲で謙虚な壺》が3枚ある中、キーカードの採用を2枚のみに絞るとは考えにくい。故に大地の手札にはダンセルとホーネットが存在していると神楽坂は確信を持つに至った。
装備カード扱いの自身を墓地へ送ることで、フィールド上のカード1枚を破壊するホーネット。このカードとダンセルとの組み合わせは凄まじいの一言に尽きる。大地の手札にホーネットがある以上、ダンセルを通す訳にはいかない。神楽坂としてはここで止めざるを得なかったというのが真相であった。
一方の大地はこうなる可能性を少しでも減らすため、手札にあるホーネットの存在を隠していた。爆風でギガグリオルを捨てたのもそのためである。
しかし読まれてしまっては仕方がない。そう思った彼は大人しくターンを終え、次の展開へ意識を向けた。
「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー! 同時にカケラに強欲カウンターを1つ置く」
引き入れたカードを確認し、神楽坂は大地のほうを見やる。
対戦相手の持つカードの推察。通常であれば、伏せカードの可能性を思い浮かべるのが精一杯であろう。
しかしデッキを見ただけで作成者の人格まで把握する神楽坂にとって、その程度は児戯に等しい。デッキ構成を把握できている以上、大地の手札及び伏せカードは神楽坂の脳裏に自然と浮かび上がる。ここで彼は伏せカードの1枚を《神の警告》と考えた。
神楽坂が注目したのは《鳳翼の爆風》の発動。確かに戦闘ダメージを回避できたものの、三沢大地のプレイングとしては疑問が残る。
1つは相手に情報を与えてしまったこと。強謙を使ったにもかかわらず、あの時点では闇属性主体ということしか判明していなかった。肝となるホーネットの露見を抑えたとはいえ、既に役目を果たしたミラに僅かでも手の内を晒す価値があったとは思えない。
もう1つはダメージ量。敗北するほどのダメージでない以上、あの場面で爆風を使う必要性を感じられなかった。【
つまり大地はそれほどまでにダメージを受けたくなかったということ。圧倒的にカードアドバンテージを重視している大地のデッキでライフを気にするとすれば、それは2000の固定ライフコストを必要とする《神の警告》をおいて他にない。
このカードが召喚を無効にするものであること、即ち既に場に存在しているモンスターを対処できないこともその推測を後押しする。《カードカー・D》によって急遽手札に加わり、彼は警告を活かすための行動を取ったのであろう。
これで神楽坂が認識していないカードは大地の手札1枚のみ。残りの1枚を確定することはできないが、バランスからするとモンスターの可能性が高い。おそらくはギガマンティス、もしくは全く別の甲虫装機であろう。
故に伏せカードの1枚は《神の警告》。神楽坂はそう推測する。
しかし看破したところで今の神楽坂には対処する術がない。
更に、伏せられたもう1枚は偶然の1枚。デッキが判明しているため多少は候補を絞ることもできるが、現状追求する意味はなかった。警告を無力化できない以上、神楽坂は様子見の一手を打つしかないのである。
「《魔導戦士 ブレイカー》召喚」
「ライフを2000払い《神の警告》発動!」
神楽坂がモンスターの召喚を宣言するも、魔導戦士は姿を晒すことなくカードのまま消え去った。
ブレイカーの名に相応しい効果を持つ魔法使いも、召喚そのものを無効にされては意味がない。予想通りとはいえ神楽坂にとっては痛い結果である。
しかし神楽坂もただやられた訳ではない。この攻防によって彼はもう1枚の伏せカードに当たりを付けることができた。《月の書》や《激流葬》があるなら今はそちらのほうが有用。高いライフコストを必要とする《神の警告》を使わなくとも済む。
となると残るは《神の宣告》、もしくは蘇生系のカード。いずれにせよ厄介に変わりないと神楽坂は思案する。
「カードを1枚セットし、ターン終了」
「そのエンドフェイズに《リミット・リバース》を発動。ダンセルを蘇生する」
先のターン何もできずに消え去ったダンセルがフィールドに舞い戻る。
《リミット・リバース》は攻撃力1000以下のモンスター1体を蘇生するカード。《リビングデッドの呼び声》のほうが汎用性は高いものの、基本的に攻撃力の低い【甲虫装機】ではその違いもさほど気にならない。要のダンセルを蘇生できる時点で、採用する価値は十分に存在するのである。
今はまだ耐えられるとはいえ、カード1枚が必殺となっては堪らない。ダンセルの復活に、神楽坂が顔をしかめているのも無理はなかった。
「何もないなら俺のターンだ。メインフェイズ、ダンセルの効果発動する!」
「《デモンズ・チェーン》を発動! 対象は勿論ダンセルだ!」
フィールドに帰還したダンセルに鎖が絡みつき、攻撃と効果を封じる。展開の要となるダンセルも、効果を無効にされては攻撃力1000の単なる下級モンスターに成り下がる。
「やるな神楽坂。初見でこのデッキをこうも封じるとは……」
大地の言葉通り、神楽坂は【
甲虫装機は基本的に装備カード側の効果ではなく、受け手側の効果によって装備される。故に今回の場合は装備後に効果を無効にすれば、装備を外すことができる。相手が手札のカードを装備した場合、僅かとはいえアドバンテージを失わせることができるのである。
神楽坂はそれをしなかった。否、できなかった。故に間違いなく初見と、大地は捉える。
しかしこれは神楽坂に非がある訳ではない。甲虫装機は各々に、自身が装備カードとなった時の効果がある。それを見て、モンスターの効果を無効にすれば装備が外れると断定することは余りに難しい。むしろ初見にもかかわらずダンセルの時点で止めようとした、それだけで十分賞賛に値する。
「偶然だろう? 今回は引いたカードが、運が良かったんだ」
「それだけじゃないさ。特に先の《激流葬》。あれができる人間がこの場にどれほど居ることか」
大地の賛辞を神楽坂は否定するが、それは謙遜のし過ぎというもの。事実、《激流葬》の使用に困惑した生徒は多い。一度デッキを調べたとはいえ、それだけで全容を把握した神楽坂の頭脳は確実に凡百の人間を超越している。
そんな者を相手にする以上、大地も最善を尽くさねばならない。会話をしつつ、彼は残された手札でどのように戦うかを検討していた。
大地のフィールドにあるのは効果が無効となったダンセルのみ。一先ずダンセルを守備表示にしたいところであるが、そうすると《リミット・リバース》のデメリットにより破壊されてしまう。他に強力なモンスターを立たせられる訳でもないため、態々破壊する意味はない。このままではダメージを受けてしまうものの、直接攻撃を受けるよりはマシである。
一応ではあるが、大地にはまだ通常召喚が残されている。神楽坂の読み通り、手札3枚のうち2枚はホーネットとギガマンティス。先程ドローした残りの1枚は現在使いようがないが、ギガマンティスは自身の効果でダンセルへ装備、あるいはアドバンス召喚することもできる。加えて下級モンスターであるホーネットを召喚し、墓地のギガグリオルを装備させる手も存在する。決して身動きの取れない状況という訳ではない。
通常であれば、ここはホーネットの召喚が最善かもしれない。ホーネットは墓地へ送られても全く問題なく、フィールドに残っているなら再び攻撃すれば良い。攻撃力2000となったホーネットで2度攻撃すれば、4000のライフを奪いきれる。上手くいけば儲け物、失敗しても大した痛手にはならない。
しかし神楽坂のデッキ構成を考慮すると、大地も安易にその手を取ることができなかった。ホーネットが墓地にしかない場合、《王家の眠る谷-ネクロバレー》や《霊滅術師 カイクウ》の脅威に晒されてしまうのである。仮に次のターン大地が下級モンスターを手札に加えたとしても、ホーネットを使えなければ意味がない。
逆にホーネットとギガマンティスの2枚さえ手札にあれば、大抵の状況は突破できる。
大地にとって幸いなことに、彼が次のターンで敗北する確率は非常に低い。神楽坂のデッキにおける最高の攻撃力は《カオス・ソーサラー》の2300であるが、彼の墓地にあるのはブレイカーのみ。墓地から闇と光を除外するという召喚条件を今のところ満たしていない。それ以外は攻撃力2000未満の下級モンスター。仮に直接攻撃を受けたとしてもライフは残る。
つまり3つの不運――神楽坂が下級モンスターを召喚した上で、ダンセルの除去、攻撃力の上昇、更なるモンスターの特殊召喚という3つの条件から2つ――が重ならない限り、大地が敗北することはない。
「……このままターンエンドだ」
故に大地が下した判断は何もしないことであった。
「ならば俺のターン、ドロー! そしてカケラに2つ目のカウンターが置かれる」
待望の2つ目のカウンター。前のターン手札を使い尽くした神楽坂であったが、これで戦略に幅を持たせることができる。
「《強欲なカケラ》を墓地へ送り効果発動。2枚ドローする! 《ライトロード・マジシャン ライラ》召喚! 更に《ワンダー・ワンド》を装備させる」
自前のロッドを掲げ登場した女性《ライトロード・マジシャン ライラ》。金の刺繍を施された白の装いは、魔法使いというより神聖な神官を髣髴とさせる。
自身を守備表示にし魔法・罠カード1枚を破壊するライラと、装備モンスター共々墓地へ送ることで2枚のドローを行う《ワンダー・ワンド》。ここで神楽坂に選択肢が生まれる。1つはこのままライラで攻撃し、1200の戦闘ダメージを与える方法。1つはライラの効果でリミリバを破壊、即ちダンセルを除去し、《ワンダー・ワンド》のドローに賭ける方法である。
神楽坂にとって幸いなことに、ライラを墓地へ送れば光と闇が墓地に揃う。ここで《カオス・ソーサラー》さえ引くことができれば、神楽坂は直接攻撃を決められる、即ちこのターンで勝利することができる。
しかしこれはかなり分の悪い賭けである。
神楽坂のデッキは残り31枚。うち2枚のカオスを2枚のドローで引く確率は12.69%。《死者蘇生》を引いてギガグリオルを蘇生するパターンもあるが、それを合わせても成功率は18.71%に過ぎない。つまり8割強は失敗し、ダメージを与えられないまま終わってしまう。
確かに賭けに成功すれば神楽坂の勝利に終わる。とはいえ確率の低さを考えれば決して賢い選択とは言えない。大地の場に伏せカードのない今は彼にダメージを与える絶好の機会である。それを逃してしまうのは痛い。
「……バトルだ! ライラでダンセルに攻撃!」
迷いの末に神楽坂が選んだのは攻撃であった。ここは確実に相手のライフを削る。神楽坂はそう判断を下した。
ライラの放った魔法球がダンセルを貫く。装備魔法により500上昇した攻撃力は2200。大地のライフを800まで減らすと共に、ダンセルを破壊したことで《リミット・リバース》と《デモンズ・チェーン》の姿を消し去った。
「ライラと《ワンダー・ワンド》自身をリリースして効果を発動、2枚ドローする。……カードを1枚セットしてターンエンド」
いずれにせよ《ワンダー・ワンド》の効果を使う積もりでいた神楽坂は攻撃を終えてからドローを行う。
その後に彼がカードを伏せたということは、どうにか相手の攻勢を防ぐ術を手に入れたのであろうか。新たにセットされたカードに注意を払いつつ、大地は己のデッキに手を伸ばす。
「俺のターン、ドロー! 魔法カード《闇の誘惑》発動! 2枚ドローし……《
ピンチに陥ったところで折りよく《闇の誘惑》を手札に加わえ、そのまま大地は手札交換を行う。除外しなければならないとはいえ手札の損失はなく、必要とされる条件は闇属性という緩さ。制限カードとなっているのも伊達ではない。
要となる筈のホーネットが除外されたことに神楽坂は驚くも、大地の行動は止まらない。
「《おろかな埋葬》を発動! デッキからホーネットを墓地へ送る」
ホーネットを除外した大地はすぐさま同じカードを墓地へ送る。
メタを張られていない今なら、それは何の問題もない行動。違和感はない。しかし、ここで神楽坂にある予感がもたらされる。
神楽坂が気になったのは大地の手札。《闇の誘惑》を発動する前、つまり残されていた大地の手札は全てモンスターと、神楽坂は考えていた。
もし魔法・罠があったのなら、先のターンにブラフとしてでも伏せなかった理由に説明が付かない。仮に神楽坂のモンスターがライラではなくブレイカーならば、リミリバの破壊によってダンセルを除去されてしまい、大地は敗北していた。これは残った手札が《サイクロン》でも同じこと。
しかしその状況でもカードを伏せさえすれば破壊の矛先が変わり、大地の生き残る可能性が生まれる。伏せのあるなしには天と地ほどの差があったのである。
そのことに大地ほどの人間が気づいていない筈がない。故に彼の手札は3枚全てがモンスターと確定する。加えて召喚しなかった以上、その中にダンセルやセンチピード、《カードカー・D》は存在しない。
そう考えると、どうしても腑に落ちない点が生じる。それは何故大地がホーネット以外のモンスターを除外しなかったのかである。
その余剰モンスターを除外していれば、大地の手札はホーネットとおそらくはギガマンティス。この状況で墓地にホーネットを送ればダンセルの蘇生に繋ぐことができる。通常、これを逃す手はない。
つまり今、大地の手札にはホーネット以上に残したくなるようなカードがあることになる。神楽坂には1つ、その心当たりがあった。
「待った! 効果処理直後にカードを発動したい。そっちは何かあるか?」
「ここで、か……俺には何もないな」
神楽坂が行おうとしているのは効果処理が終了した直後に存在するクイックエフェクト、即ちスペルスピード2以上の効果を発動することのできるタイミングにおけるカードの発動である。
通常は何もしないため、この存在を知らない者も多い。しかし時にはこの知識が勝敗を左右する、それほどの重みを持つ。効果によって相手が手札に加えたカードを使用するよりも先に《マインドクラッシュ》を発動することができると言えばわかりやすいか。存外に重要なルールと言える。
この一風変わったタイミングで優先権の放棄を求めた神楽坂に対し大地は疑念を抱くが、今の彼に取れる行動はない。ここは大人しく神楽坂の要求を受け入れるしかなかった。
「リバースカードオープン《マインドクラッシュ》! 俺は《ダーク・アームド・ドラゴン》を宣言する!」
《マインドクラッシュ》は宣言したカードが相手の手札にある場合、それを捨てさせるメタカードの1種。カードを公開して手札に加える効果の多さを考えれば、当てずっぽうでなくとも十分に使えるカードである。
もっとも今回は直接確認した訳ではなく、神楽坂の推量によって発動している。
ここで神楽坂が宣言した《ダーク・アームド・ドラゴン》、通称ダムドは自分の墓地の闇属性が3体の場合のみ特殊召喚できる、特殊召喚モンスターである。墓地が肥え過ぎると完全に腐るものの、墓地の闇属性を1体を除外することでフィールド上のカード1枚を破壊する効果は非常に強力。更に2800もの攻撃力を持ち、闇属性デッキにおける切り札的存在となっている。
先のターンでは使用できず、現在はホーネット以上に手札に残したくなる。ダムドこそ、この条件に当てはまる唯一のカードとなっている。
何しろ現在大地の墓地にある闇属性はギガグリオル、ダンセル、ホーネットの3枚。これが《おろかな埋葬》によって調整されたことを考慮すれば、ダムドの可能性は格段に高まる。
果たして神楽坂の予想は的中していた。大地に残された手札3枚のうち1枚は確かに《ダーク・アームド・ドラゴン》。手札を言い当てられた大地はダムドを墓地へ捨てるしかない。
《マインドクラッシュ》も一般にピーピングカードとして知られているが、ここで大地の手札が公開されることはない。
そもそもマイクラに手札を見る効果はなく、手札の公開はあくまで確認のために行う。指定カードの存在が全て確認できる場合、相手は手札を公開せずに済む。制限カードのダムドが捨てられた以上、神楽坂は手札を見ることができない。
そして、その残されたカードこそが真に神楽坂を窮地へ陥れる鍵であった。
「さっき伏せたのがマイクラとはな。ダムドを言い当てたのは見事だが……本命はこれだ! 2枚目のダンセルを召喚!」
「何!? 2枚目を引いていたのか……!」
「ああ。《闇の誘惑》で《おろかな埋葬》と一緒にな」
神楽坂の予想通り、発動時大地はダムドを除外する積もりでいた。
しかしドローした2枚のカードにより予定を変更。ダムドとダンセルの双方を使用する手段を取った。この両方を同時に止めることは不可能と見ての大地の判断である。
「そして態々《ワンダー・ワンド》でドローした以上、残りの伏せカードではモンスターを止められないと見た! ダンセルの効果を発動し、墓地のホーネットを装備。更にホーネットを墓地へ送り、このカードの効果発動! 伏せカードを破壊する!」
下級の
しかし対する神楽坂としては、そう簡単にやられる訳にもいかない。
「チェーンして《威嚇する咆哮》を発動する!」
「む、そう来たか……」
神楽坂の伏せカードは相手の展開を止めることができない。それは大地の読み通りであったが、代わりに彼はこのターンの攻撃を封じられてしまった。
再び攻撃力1000のモンスターを攻撃表示で晒している大地にこれは辛い。観客の全てがそう思っていたが、その認識は甘いと言わざるを得ない。大地のデッキが本領を発揮するのはここからである。
次へ繋ぐための最適な手順を模索し、大地が新たな行動へと移る。
「…………よし、ダンセルの効果で《
ダンセルのもう1つの効果。このカードは自身に装備された装備カードが自分の墓地へ送られた場合、デッキからダンセル以外の甲虫装機1体を特殊召喚できる。
これこそが神楽坂を警戒せしめた理由である。任意効果のため通常ならタイミングを逃すことになるが、このカードはテキストに「場合」と書かれておりタイミングを逃すことはない。
そうして現れたのは茶褐色のムカデ。ダンセル同様こちらも基本は人型である。
「センチピードの効果発動、墓地のホーネットを装備。更に手札から《
自らカードを破壊する大地を見て不思議に思う者も居るが、彼の扱うデッキにおいてこの行為は当然のこと。カードを装備していたモンスターと破壊されたカード双方の効果により、自ら破壊したとしてもアドバンテージを得られるのがこのデッキの特長である。
元々神楽坂の《マインドクラッシュ》はこの大量展開を止めるため、甲虫装機の召喚時に手札に存在するであろうギガマンティスを捨てさせるために伏せられていた。しかしそのカードは既になく、神楽坂は大地の行動を指をくわえて見ていることしかできない。
「そして装備カードが墓地へ送られたことでセンチピードの効果が、破壊されたことでギガマンティスの効果が発動する! 墓地のダンセルを守備表示で蘇生し、《
【甲虫装機】においてダンセル、ホーネットに次ぐキーカード。センチピードは自身に装備された装備カードが自分の墓地へ送られた場合、デッキから甲虫装機を1枚手札に加えることができる。
今回2枚のサーチが可能となっているのは、墓地へ送られたタイミングがホーネットは効果発動時、ギガマンティスは効果処理時と異なっているためである。仮に2枚が同時に墓地へ送られていれば、こうはならない。センチピードもダンセルと同様にタイミングを逃さず、結果2度効果を発動することになる。
更にギガマンティスの効果により、大地は墓地のダンセルを蘇生した。この一連の流れには無駄がない。墓地肥やしの《おろかな埋葬》を除くと、彼はダンセルとギガマンティスの2枚の手札を消費したことになる。後に2枚のカードを手札に加えただけで損失はなくなっているが、それに加えて彼は相手のカードを1枚破壊、場には召喚したダンセル自身を含め3体のモンスターを並べている。
つまり大地が得たカードアドバンテージは4枚。それはあまりに異様な状況であろう。この時点で十分過ぎるが、彼のターンはまだ終わっていなかった。
「蘇生したダンセルの効果を発動し、ホーネットを装備。更にホーネットの効果を発動して攻撃表示のダンセルを破壊! 更に装備されたカードが墓地へ送られたことでダンセルの効果発動! 2枚目のセンチピードを特殊召喚する!」
ここで大地は低攻撃力を晒していたダンセルを破壊する。彼のライフは僅か800であり、1000の攻撃力では耐えられない可能性のほうが高かった。これで彼は心配事を1つ減らしたことになる。
「まだ終わらせはしない。新たなセンチの効果で墓地のホーネットを装備。更に手札からギガウィービルを自身の効果でセンチに装備させる。そしてホーネットの効果発動! ギガウィービルを破壊する!」
ギガウィービルの主な扱いはギガマンティスと同様になる。こちらも投入されているのは、1ターンに1度という誓約が各々にあるため。起こる現象は先程のギガマンティスと変わらない。
「装備カードが墓地へ送られたことでセンチの効果が、破壊されたことでギガウィービルの効果が発動する! 墓地のダンセルを守備表示で蘇生、更に2枚目のギガマンティスと3枚目のホーネットをサーチ。最後に蘇生し直したダンセル自身の効果でギガウィービルを装備」
ギガウィービルが装備されたことにより、元々の守備力が2600にまで上昇する。1体のみとはいえ、大地の場は一層磐石になったと言える。
「……これでターンエンドだ」
大地がターンの終了を宣言すると共に、何処からともなく嘆息が漏れる。それも無理からぬこと。伏せカードこそないものの、大地は4体のモンスターを並べ3枚の手札を確保した。
しかもその手札はこの圧倒的な展開を見せ付けたものと同じダンセル、ギガマンティスの2枚に加え、要となっていたホーネットもある。それはつまり、仮に大地の場が全滅したとしても次のターン即座に再建可能ということに他ならない。
既にデッキ内の
観客の大半はここに来て漸く【甲虫装機】の強さを実感していた。確かに主軸となるモンスターのステータスは低い。しかしこのアドバンテージの取り方はそれを補って余りある。
更にそのステータスの低さまでもモンスターを装備させることで解消することができる。事実大地が攻勢に回っていた場合、最後のダンセルで墓地のギガマンティスを、自身の効果で手札からギガマンティスをもう1体のダンセルに装備させていれば総攻撃力は8000。1ショット2キルが可能な領域となっていた。
低ステータスであり、態々モンスター装備させてステータスを上昇させるという遠回しな強化故に甘く見ていた者からすれば、驚くより他ない。
大地の着眼点を称える者が居る中、彼のプレイングを揶揄する者も居た。守勢にしては展開のし過ぎというものである。しかしそんなことはない。そもそも大地がここまでの展開を行ったのは、単にダンセル、ホーネット、ギガマンティスの3枚を揃える過程でそうなっただけである。大量展開は言わばおまけに過ぎない。
そして現在の状況であれば、その手札は相手のカードを0~2枚破壊しつつ総攻撃力4000を超える状態。次の攻めに困ることはなく、展開のし過ぎによる弊害、息切れの現象は起こりえない。加えて全体除去を受けた場合は大地の敗北がほぼ決定してしまうため、余計なリスクもない。最善のプレイングと言えよう。
そして遅まきながら、神楽坂の隠れたファインプレイに気付く者もいた。最後にダンセルがギガウィービルを装備したことから、大地は少なくとももう1枚は容易にカードを破壊できたことになる。もしライラを場に残していれば確実に破壊されていたであろう。
仮にそうなっていれば、神楽坂の手札はこれからドローする1枚のみ。カード1枚でこの状況を覆せる筈もない。大地のデッキを観察した神楽坂にしてみれば当然の行為とはいえ、これは正に値千金の行動となっている。
しかし現状が神楽坂にとってこの上なく絶望的な状況であることに変わりはない。1枚や2枚効果を無効にして防いだところで、神楽坂の手札より大地のモンスターが多く無意味。墓地のホーネットを除外しても、大地の手札に同じカードがあり無意味。相手の場を壊滅させただけではまた同じことをされ、やはり無意味。
つまり神楽坂が勝利を掴むには今ここで大地のライフを0にする。それしかない。
全てはこれから訪れる神楽坂のターン次第。彼は覚悟を決め、己の行く先を祈るようにデッキへと手を伸ばした。
「俺のターン、ドロー!」
ドローしたものを含め、神楽坂の持つカードは3枚。つまりはその数だけ可能性を持っていることになるが、残念ながらその中に逆転の手はない。
しかし勝負の行方はまだ揺蕩っている。僅かながらも勝利を手繰り寄せる可能性を秘めたカードが、このドローによって神楽坂の手に舞い込んでいた。
「墓地のブレイカーとライラを除外し、《カオス・ソーサラー》を特殊召喚! 効果を発動し、ギガウィービルを装備したダンセルを除外する!」
攻撃力2300の特殊召喚モンスター《カオス・ソーサラー》。それは神楽坂が先程最も欲したカードである。今更手にしたところで直接勝利に結びつく訳ではないが、死に札とするにはまだ早い。
「《マジカル・コンダクター》を召喚! 更にソーサラーへ《ワンダー・ワンド》を装備、同時にコンダクターに魔力カウンターが乗る」
《マジカル・コンダクター》は魔力カウンターに関連したモンスターであり、魔法カードが発動される度に魔力カウンターが2つ置かれる。更にそれを任意の個数取り除くことで、その数と同じレベルの魔法使いを手札・墓地から特殊召喚できる。
1つでも多くの魔力カウンターを乗せるため、神楽坂はあえてここでコンダクターを召喚した。これは1つの賭け。当然裏目を引く可能性もある。
しかし今は躊躇している場合ではない。退路は既に絶たれている。神楽坂に次の機会などなく、この機を見送れば訪れるのは敗北のみ。故にここは勝負するしかない。今はただ、1歩でも前へ。
「ワンドとソーサラーをリリース! 2枚ドロー!」
不安を切り払うように、勢い良くカードを引く。そんな神楽坂が目にした2枚のカードは必殺の布陣。逆転への確かな道を示す、最高の組み合わせであった。
「魔法カード《テラ・フォーミング》を発動! 《王家の眠る谷-ネクロバレー》を手札に加える」
「……ネクロバレーか。確かに厄介なカードだが、ホーネットは墓地だけでなく手札にもある。今更手札に加えたところで意味はないぞ」
「それはどうかな? 魔力カウンターを3つ取り除き《マジカル・コンダクター》の効果発動! 手札から《昇霊術師 ジョウゲン》を特殊召喚する!」
特殊召喚に対しメタカードとなるジョウゲン。告げられたその名に大地は絶句せざるを得ない。
攻撃力は僅か200。しかしジョウゲンは手札をランダムに捨てるという厳しい条件の下、非常に強力な効果を発動することができる。神楽坂の狙いはネクロバレーそのものではなかった。彼の目的はコンダクターの魔力カウンターを溜めること。加えてその状態で手札を残すことにあった。
「そして残った手札、ネクロバレーを捨てジョウゲンの効果発動! 特殊召喚されたモンスターを全て破壊する!」
霊媒師の掲げた杖の先から発生した竜巻らしきものがフィールドを包み込み、大地の築き上げた一夜城を一瞬にして瓦解せしめる。跡には《マジカル・コンダクター》ただ1人が残された。
「バトル! 《マジカル・コンダクター》でダイレクトアタック!」
既に道を阻むものは何もない。緑色の服をまとった祈祷師が粛々と祈りを捧げる。数瞬の後、1700のダメージを与える光が大地の身を包んだ。
大地のライフが潰えると同時、役目を終えたソリッドヴィジョンがその姿を消していく。白熱した戦いは神楽坂の勝利で幕を下ろした。
大舞台というには足りないが、大勢の前で行ったこのデュエルは決して小さなものではない。相手が期待の新鋭とされる大地であったことも手伝い、神楽坂は勝利の感動に打ち震えていた。
そんな神楽坂に前方から声がかかる。
「負けたぜ神楽坂。良いデュエルだった」
「あ、ああ。こっちこそ、良いデュエルだったぜ。あのアドの取り方には本当に驚かされたからな……。だが三沢……お前は負けて何とも思わないのか?」
歩み寄ってきた大地を見て、神楽坂はある疑問を抱いた。彼が不思議に思ったのはただ1点。敗北した筈の大地に堪えた様子が見られないことである。
敗北続きの神楽坂とは違い、大地の成績は完全にエリートの領域にある。そんな負け慣れていないと思われる彼が今回の件で気にした様子を見せないのは神楽坂にとって意外であった。
「ははっ、そんな訳ないさ。勿論悔しさだってある。俺はただ、絶対に負けないデュエリストなんていやしないと思ってるだけさ」
勝負に絶対はない、それが大地の考えである。優れたデッキを作り、最善手を打ってもなお勝てるとは限らない。それがデュエルモンスターズというカードゲームの奥深さであると大地は理解している。彼が敗北に対して過剰な反応を示すことはないのである。
それ故に大地はただ、ある言葉を続けるだけで良い。
「だが次はこうはいかない。今度やる時は俺が勝たせてもらう」
「成程、そういうことか。……悪いがそう簡単に勝たせはしない。次も俺が勝ってみせるぜ」
大地が手を差し出し、互いを認め合った2人は握手を交わす。両名の健闘を称え、観客席からは拍手が送られている。
学園での生活はまだ始まったばかり。更なる成長を遂げてみせると、2人は己自身に誓うのであった。
今日の最強カード
《久遠の魔術師ミラ》
効果モンスター
星4/光属性/魔法使い族/攻1800/守1000
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上にセットされたカード1枚を選択して確認する。
この効果の発動に対して、相手は魔法・罠カードを発動することはできない。
「今日の最強カードは《久遠の魔術師ミラ》だ。相手のセットカードを確認できる効果を持つ。ピーピングの一種という意味で言えば、神楽坂のデッキにおける切り込み隊長的存在だろう。
この効果は単に『セットされたカード』と書かれているため、モンスターを対象にすることもできる。《撲滅の使徒》だけでなく、《抹殺の使徒》との相性も良い。
注意点は相手の魔法・罠を封じるのがこの効果の発動に対してのみという点だ。例えば相手の場に《
他にも、発動できないのが『カード』故に既に表になっている魔法・罠の効果は受けてしまう。三幻神とは違い、相手の《つまずき》や《ブラック・ガーデン》をすり抜けることはできない。気を付けるのはこの辺りだろう」
実は神楽坂のライフは全く減っていません。それを忘れさせることができていれば、演出として成功でしょうか。
過去ライフ4000で《神の警告》を採用するのは不自然という意見を以前頂いたのですが……修正できそうにありません。警告がなければ、このデュエルは根本から崩壊します。これに関しては【
また2012年3月の禁止・制限と書いてあるにもかかわらず、三沢が《リミット・リバース》を採用しているのを不思議に思う方が居ると思います。これは完全に作者のミスが原因です。初期の構想段階では、何故か三沢のターンになってからリビデを使用していました。これは普通に妙ですし、強謙やカーDを採用していればありえません。故にエンドに発動することにした……のですが、それが更なる問題に繋がりました。
【甲虫装機】がライフ4000を軽々削りきれる以上、半端な攻撃をする必要は全くありません。たとえフィールドが空いていようと、このままでは間違いなく三沢がダンセルを守備表示にしてしまいます。これをどうにかする方法が思い付かず、リミリバを用いました。
三沢は複数のデッキを持っているため、こちらは明らかに警告より問題がありますが……今回は彼が他のデッキを崩すのを嫌ったとでも思って頂けないでしょうか。