神域に憧れて   作:典型的凡夫

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008 毅然

 制裁デュエルが終わってから早1週間が経過した。興奮は既に過ぎ去り、生徒たちはいつもの日常を過ごしている。

 今はクロノスの講義が始まる前。授業に合わせ、準が教室に入ったところである。彼はふんぞり返って椅子に座るや否や、周囲の取り巻きに飲み物とマッサージを要求した。それはいつも通りの光景。中等部からの生え抜き、その中でも常にトップを維持していた準にとってそうするのは当然であった。

 しかしそれに応える者が今日はない。返ってきたのはただただ呆れるような反応ばかりである。それを怪訝に思う準に、ブルー生徒の1人が声をかけた。

 

「万丈目、どこ座ってんだお前……。ここはもうお前の席じゃないだろ。早く退け」

「何を言ってんだ! この席にはちゃんと俺の名前が…………ない!?」

 

 居丈高に準は目の前にあるネームプレートを指差す。しかし彼が目を向けた場所には、ただ空席の文字だけがあった。

 準の席はエリートを象徴するように教室中央に存在していた。対して新たな席として指し示されたのは、生徒が使用する出入り口から遠く離れた最前列の右隅。黒板を見ると角度がつき文字が読めないこともありうる、言わば貧乏くじを引かされた者が座る席である。

 そんな仕打ちを突然受け、準が納得する筈もない。折良く教室に入ってきたクロノスへと彼は抗議の声を上げた。

 

「クロノス教諭、これはどういうことです!? 僕がどうしてあんな席に!」

「それはシニョールがオシリス・レッドの生徒に負けたからデース。……そしてそれだけではありません! シニョールは明日、ラー・イエローの三沢大地と寮の入れ替えを賭けたデュエルをしなければなりませんーノ!」

 

 クロノスの話を聞き、準の表情が驚愕に染まる。彼が負ければイエローに格下げ。つまり彼は、ブルーとしての実力が十分であるかを疑われていることになる。

 確かに準は以前、実技試験において十代に敗北している。しかしそれにより寮の入れ替えとなるとおかしな話ではある。あれは十代が準に勝利するに足る強さを持っていただけのこと。別に準が弱くなった訳ではなく、依然として彼の実力はブルーにおいてもトップクラス。大地に昇格の話が持ち上がるのは不自然ではないが、対する降格候補に他の者を差し置いて準を挙げるというのは釈然としない。

 

 不可解な話ではあるが、多くの生徒はそのような考えに至らなかった。つまり準はレッドに負け、降格の話が出るほど弱いのではないかと認識した。

 そう理解し、どこからか嘲笑が漏れる。今までの傲慢な態度に辟易していた者も多かったのであろう、準を揶揄する声が教室全体に広がったように彼は感じた。

 いたたまれなくなった準は気付けば教室から飛び出していた。しかし彼の耳からは嘲笑が離れない。それも当然、元々その大半は準の幻聴。降格、そしてその後の未来への恐怖から生じたものである。その不安を拭うことができず、準を蔑む声は何処までも彼に付いていった。

 

 湖に満月が映る頃。準は寮の自室で彼の兄、長作と正司の2人と連絡を取っていた。

 その内容は主に準の成績について。とはいえ寮の入れ替えの話が伝わったということではない。トップの座を保つことを念押しするという、普段通りの会話を行っているだけである。

 元々、準の兄は家族故に弟を心配している訳ではなかった。故に自ら準の成績を調べるようなこともなく、今回の話も当然知らない。ただ彼らにはある野望、それぞれが政界、財界、カードゲーム界に君臨し、万丈目一族で世界を制覇するという目的があったのである。

 

『わかっているな、準』

『お前の肩に万丈目一族の未来がかかっているのだぞ』

 

 最後にそう締めくくり、通信が切られる。家族としての会話をすることもなく、3人の会話は終わった。

 

 巨大な野望を持った兄に今回の話を準が伝えられる筈もなく、どれほど悩んでいようと相談もできない。しかし彼が大地に負け、格下げになるようなことがあれば2人の耳にも入るであろう。その際に受ける仕打ちを考えると、準は不安で堪らない。最悪、万丈目一族から見捨てられるということも考えられた。

 焦燥に駆られ不安のやまない準は気分を変えるため窓へと近寄り、外の景色を見下ろす。するとそこには、レッド寮へと向かう十代と大地の姿があった。大地は自室の内壁を塗り替えたため、十代らの部屋に泊まることにしたのである。

 これを見た準の脳裏にある計略が浮かぶ。そして追い詰められた彼はそれを実行に移すのであった。

 

 翌日の朝。大地は試験場に急ぎ足で駆けつけた。何かあったのか、彼が試験場に到着したのは試験開始時間間際である。

 それに続いて十代、仁、翔も到着する。もっとも彼らは直接的な関係がある訳ではなく、単なる見学者に過ぎない。

 

「遅いーノネ、シニョール三沢」

 

 試験開始間際に来た大地に対し、クロノスが不満の声を漏らす。もっとも、これは前口上のようなもの。模範的な生徒である大地が少々遅れたとしても、大した非難をする訳ではない。

 早速クロノスは試験を始めようとするが、それを十代の声が遮った。

 

「……そうか! 三沢のカードを捨てたのはお前か!」

 

 大地の対戦相手である準を見て、十代が声を荒げる。

 今朝彼らは購買部の店員であるトメに話を聞き、大地のカードが海岸にばら撒かれているのを発見した。時間に遅れそうになったのはこのためである。そしてこれは偶然ではなく、大地のカードを捨てたのは対戦相手である準の仕業と十代は考えた。

 

「何の言いがかりだ十代。どうして俺が……」

「本当に言いがかりかしら?」

 

 不意に十代の後方から声がかかる。彼らがその方向へ振り向くと、そこには声の主である明日香、加えて亮の姿があった。

 

「……私見てしまったの。万丈目君、あなたが今朝海岸にカードを捨てたところを」

「汚いぞ万丈目! やっぱりお前が!」

「黙れ! 俺は自分のカードを捨てたんだ……」

 

 何を言われようと準は意に介さず、己の潔白を主張する。そんな彼の態度に十代は怒りの形相を露にしている。

 事実、大地のカードを打ち捨てたのは準である。彼は夜中にイエロー寮へ忍び込み、ペンキを塗るため廊下に出されていた大地の机からカードの束を持ち出した。しかしそのまま持っていては不味いと考え、準は明け方になってそのデッキを海へと破棄。証拠の隠滅を図った。

 常の準であれば、このような手段には走らなかったであろう。対策を講じることはあっても、策を弄することはない。己が力を信じているが故に、相手を落とすことなど頭にはなかった筈である。

 しかし先日の敗北、その後の周囲の反応によって準の自信は揺らいでいた。更にそこへ追い討ちをかけるように、彼は兄からプレッシャーを受けている。絶対に勝たなければならない。そんな義務感に押しつぶされかけた彼に思い浮かんだ、1つの方法。どんな手段を用いても勝とうとした準は、大地のカードそのものに手を出したのであった。

 

 もっとも準が大地のカードを捨て、たとえその姿を見られたとしても、彼の犯行と立証することは難しい。海岸に大地のカードが捨てられており、同所に準がカードを投げ捨てたとしても、彼の捨てたものが大地のカードとは限らない。

 準が自分のカードを捨てたと言っている以上、追及しても無意味であろう。そのような結論に至った仁は、十代を宥めていた。

 

 そんな追及を機に、準は1つの案を持ちかけることにした。

 

「俺を泥棒呼ばわりした責任は取ってもらうぞ。……そうだな、このデュエルで負けた方が退学するというのはどうだ?」

 

 通常であれば、これは諸刃の剣である。承諾された場合は自分も高いリスクを負うことになり、下手をすれば自滅に繋がりかねない。

 しかし今回に限れば話は変わる。準はこのデュエルに敗北すれば学園での地位、そして兄の信用も失うことになる。負ければ全てを失うと言っても過言ではなく、たとえここに退学という条件が増えようと彼の心に微塵も影響しない。

 つまり、一見公平に思えるこの条件は実質大地のみが影響を受けるもの。少なくとも大地の動揺を誘うことができ、上手くいけば彼に同レベルのプレッシャーをかけられるというのが準の狙いである。

 

「無茶苦茶だ! キーカードを無くした三沢のデッキは……」

「いや! そのデュエル受けて立つ!」

 

 周囲の心配をよそに、大地は準の提案を受け入れると宣言した。彼の無謀とも言える言葉を聞き、十代らは目を丸くする。

 しかしここで最も驚いたのは準。彼もまさか、この提案が素直に受け入れられるとは思っていなかった。元々この提案はただの脅し。準の目的はこの場で大地にプレッシャーをかけることであった。しかしその狙いも結局は空振りに終わっていた。

 

「心配かけて悪かったな皆。俺の本当のデッキはここにある!」

 

 その言葉と共に、大地が上着のボタンを外す。羽織ったジャケットを脱いだ彼の胸には複数のデッキケースが立ち並んでいた。

 

「見ろ! 俺の知恵と魂を込めた6つのデッキを! 風、疾きこと風の如く! 水、徐かなること水の如く! 火、侵掠すること火の如く! 地、動かざること地の如し! 闇、悪の闇に光差す!」

 

 孫子をもじった台詞を大地が声高々に告げる。彼の言葉を素直に受け取れば闇と光は同じデッキ、つまり光闇属性混合の【カオス】があるということになるか。

 もっとも、その場合はデッキが1つ足りない。闇の説明を引用していないことを考慮すれば、もしかすると全てが完成しているという訳ではないのかもしれない。

 

「6つのデッキだと!? そんなこけおどし、この俺の恨みの炎で焼き尽くしてやるわ!」

 

 大地の態度と6つのデッキに若干の動揺を見せた準であるが、気を取り直して強気に出る。

 複数のデッキを持っていようと、それを同時に使うことなどできはしない。適切なデッキを選択すれば有利に事を運ぶこともできるが、それも相手のデッキが詳細にわかってこそ。そして現状、昨日新たな調整を加えた準のデッキ内容を大地が詳細に知っている筈もない。

 故に常識的に考えれば、大地が今6つのデッキを保持している意味はない。数に関しては準の言葉通りはったりに過ぎない筈である。

 

「お前を倒すデッキはこれだ! ……これがこけおどしのデッキなのかどうかすぐにわかるぜ、万丈目!」

 

 大地は6つのデッキから1つを選択し、デュエルディスクに収める。

 大地と準が互いの退学を賭けたデュエルが始まった。

 

「俺の先攻、ドロー! 《地獄戦士(ヘルソルジャー)》を召喚!」

 

 先攻は準。強固な鎧を纏い、右手に剣、左手に盾を持った人型モンスターを彼は召喚した。

 屈強な見た目とは裏腹に、その攻撃力は1200と低い。もっとも《地獄戦士(ヘルソルジャー)》の効果、戦闘破壊で墓地へ送られた際に受けたダメージを相手にも与えることを考えれば、この程度が適していると言える。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー! 《ハイドロゲドン》を召喚する!」

 

 液体で構成された両生類がフィールドに出現した。液体と言っても透明ではなく、濁り水のような茶褐色をしている。

 この《ハイドロゲドン》はリクルーターの1種でありながら、リクルーター潰しとも言われる。それはこのカードが1600の攻撃力を持ちながら、相手モンスターを戦闘破壊し墓地へ送った時、同名モンスターを特殊召喚できるため。後続のリクルーターを壊滅させた上で、自分は場のモンスターを増やすことができるのである。

 攻撃力こそやや低めではあるものの、《ハイドロゲドン》は所謂【ハイビート】以外には有用な、比較的活躍の場の多いモンスターとされている。

 

「バトルだ。《ハイドロゲドン》で《地獄戦士(ヘルソルジャー)》を攻撃する!」

 

 《地獄戦士(ヘルソルジャー)》の効果を考慮すれば、伏せカードがモンスターに対処するものである可能性は低い。後の攻防に対する布石であろうと推測した大地は、伏せカードに構わず攻撃を行った。

 《ハイドロゲドン》が口から水を放つ。その濁流はモンスターを押し流し、400のダメージを生んだ。

 先手を取ったのは大地。しかしそれも些細なこと。お互いにここからが本領発揮である。

 

「《地獄戦士(ヘルソルジャー)》が墓地へ送られた瞬間、効果発動! 自分が受けた戦闘ダメージを相手にも与える!」

「こっちも《ハイドロゲドン》の効果を発動するぜ。デッキから《ハイドロゲドン》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 お互いに効果を発動するタイミングは同じ。今回は問題とならないが、このような場合は強制効果の《地獄戦士(ヘルソルジャー)》が先にチェーンを組むことになる。

 大地は400のダメージを受けると共に、新たな《ハイドロゲドン》をフィールドに呼び出した。

 

「2枚目の《ハイドロゲドン》で万丈目にダイレクトアタックする!」

 

 先程と同様の水流が、準を飲み込む。この攻撃により、彼のライフは一気に元の半分にまで減らされた。

 

「カードを2枚伏せ、ターン終了だ」

「俺のターン、ドロー! 永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! 蘇れ《地獄戦士(ヘルソルジャー)》!」

 

 地獄の底から戦士が蘇る。その様はヘルソルジャーの名に相応しい。

 

「更に、特殊召喚に成功した時《地獄の暴走召喚》発動! デッキから同名モンスター2体を特殊召喚!」

「俺は《ハイドロゲドン》を攻撃表示で出す」

 

 これで互いのフィールドに3体のモンスターが並んだ。

 相手ターンにもかかわらず大地が《ハイドロゲドン》を攻撃表示にしたのは、《地獄戦士(ヘルソルジャー)》による戦闘破壊を防ぐためである。

 彼の場には既に2体の《ハイドロゲドン》が攻撃表示となっている。準がこれから上級モンスターを出そうと装備魔法で攻撃力を上げようと、大地がダメージを受けることは免れない。ならば少なくとも1体は残る素の《地獄戦士(ヘルソルジャー)》の攻撃を防ぎ、より多くの《ハイドロゲドン》を残すことが肝要と大地は考えた。

 

「そして《団結の力》発動! 2体目の《地獄戦士(ヘルソルジャー)》に装備!」

 

 《団結の力》により、装備モンスターは自分の場のモンスター1体につき攻守を800上昇させる。数値にして攻撃力3600、守備力3800。《地獄戦士(ヘルソルジャー)》は並の最上級モンスターを上回るステータスとなった。

 なお準が装備するのを2体目にしたのは、《サイクロン》などによって《リビングデッドの呼び声》と共に纏めて葬られる危険をなくすためである。

 

「バトルだ! 団結を装備した《地獄戦士(ヘルソルジャー)》で攻撃!」

 

 大剣を持った戦士は己が武器を振りかぶり、《ハイドロゲドン》を切り裂く。まともに決まれば2000ものダメージを与えることになるが、対する大地はそれを許さない。

 

「ダメージ計算時に《ガード・ブロック》発動! 戦闘ダメージを0にして1枚ドローする」

「ちぃっ……カードを2枚伏せ、ターンエンド」

「おっと、エンドフェイズに《奇跡の残照》発動! 《ハイドロゲドン》を蘇生する」

 

 そのターンに戦闘破壊されたモンスター1体を蘇生する《奇跡の残照》。その効果により、《ハイドロゲドン》がフィールドに舞い戻った。

 しかし大地のこのプレイングには疑問が残る。フィールド上のモンスターの数は並ぶとはいえ、ここで態々《ハイドロゲドン》を蘇生する必要性は低い。

 考えられるとすれば、リリース要因か。次のターンに大地は最上級モンスターを出す積もりなのかと、準は眉をひそめた。

 

「そして俺のターンだ、ドロー! ……このままバトルに入らせてもらう。《ハイドロゲドン》で攻撃力1200の《地獄戦士(ヘルソルジャー)》を攻撃!」

 

 大方の予想に反し、大地はメインフェイズに何も行わないまま戦闘に入る。一般的には伏せカードを警戒しての行動になるが、《奇跡の残照》の発動タイミングを考慮すればそうは思えない。となれば最終的にコンバットトリックで《団結の力》を上回る積もりであろうか。大地の手札は潤沢。ありえない話ではない。

 《地獄戦士(ヘルソルジャー)》の効果により、与えた分の戦闘ダメージを大地も受ける。準は1600へ、大地は3200へとライフが削られていく。

 

「更に《団結の力》を装備していない《地獄戦士(ヘルソルジャー)》に攻撃!」

 

 準のモンスターが減り、《団結の力》の効力が大幅に下がる。これで攻撃力は2000。多少の工夫を用いれば、最後の《地獄戦士(ヘルソルジャー)》を倒すことができる。皆がそう思った矢先、準からそれを遮る声が上がった。

 

「かかったな三沢! 《地獄戦士(ヘルソルジャー)》の効果にチェーンして《ヘル・ブラスト》発動!」

「何っ!? このタイミングで罠だと!」

 

 予想外の罠に大地がうろたえる。

 《ヘル・ブラスト》の効果は攻撃力が一番低い表側表示モンスター1体を破壊し、お互いにその攻撃力の半分のダメージを受けるというもの。つまり破壊されるのは、大地のモンスターとなる。しかし彼が動揺した理由はそこではなく、発動タイミングにあった。

 

「計算高い貴様のことだ。モンスター除去に対応するためのカードでも握っているのだろうが……このタイミングでは防げまい!」

 

 《ヘル・ブラスト》が発動できるのは、自分フィールド上の表側表示モンスターが破壊され墓地へ送られた時。これは戦闘破壊にも対応しており、その際はダメージステップでの発動となる。大地の手に速攻魔法があるとしても、ダメージステップ終了時の今は発動することができない。

 つまり、この状況で《ヘル・ブラスト》を止めるにはカウンター罠や手札からの誘発即時効果を使うしかない。しかし今の大地に伏せカードはなく、《ハイドロゲドン》の入ったデッキに天使族をコストとする《紫光の宣告者(バイオレット・デクレアラー)》などが投入されている筈もない。

 故に大地に阻止される可能性は皆無。準は悠々とカードを使うことができる。

 

「だがこれだけじゃない。更に《地獄の扉越し銃》を発動する! これでお互いに伏せカードはない、チェーン処理に入るぞ。《ヘル・ブラスト》で破壊するのは勿論攻撃していない《ハイドロゲドン》だ! 《地獄の扉越し銃》と合わせて1600、《地獄戦士(ヘルソルジャー)》で400のダメージを与える!」

 

 自分の受ける効果ダメージを相手に与える《地獄の扉越し銃》により、大地だけが一方的にライフを減らす。これで彼のライフは1200。ライフの減少を覚悟していたとはいえ、想定を遥かに上回るダメージを受けてしまった大地は苦い表情を浮かべている。

 その上、大地は攻撃可能なモンスターまで破壊されてしまった。次のターンに準がモンスターを召喚すれば、再び《地獄戦士(ヘルソルジャー)》の攻撃力が上がる。この後、大地にとって苦しい展開になることは想像に難くない。

 

「カードを2枚伏せ、ターンを終了する」

 

 5枚の手札から2枚を選択し、大地はカードをセットする。

 ここでセットされたカードは、直接見なくともある程度の予想が付く。《地獄戦士(ヘルソルジャー)》を倒すためのコンバットトリックと、最早使えなくなった《我が身を盾に》を利用したブラフであろう。大地がダメージを受けてまで戦闘を行ったことから、その中に除去カードはないと準は考える。

 

「俺のターン!」

 

 新たに引き入れたカードを目にし、準の表情が変わる。今まで冷静にデュエルを行っていた彼の目はいつの間にか憎悪に染まっていた。

 

「手札の《ヘルプロミネンス》を捨て、更に《地獄戦士(ヘルソルジャー)》をリリースし……《炎獄魔人ヘル・バーナー》を召喚する!」

 

 鎧を纏った戦士が炎に包まれ、火炎球となる。暫くすると火の玉は爆散し、中から6つ足の怪物が現れた。

 レベル6で攻撃力2800に加え、相手モンスターの数だけ攻撃力200を上昇させると言えば聞こえは良い。しかしヘル・バーナーの召喚条件は、全ての手札を捨てた上で攻撃力2000以上のモンスターをリリースと、あまりにも厳しい。そもそも攻撃力2000以上のモンスターをリリースするなら、攻撃力を倍にする《偉大魔獣 ガーゼット》のほうが攻撃力は高くなる。特殊召喚できることが唯一の救いであるが、それなら別の攻撃力3000のモンスターを使えば済む。

 そんな用途に困るヘル・バーナーではあるが、特徴である攻撃力は高く、この場で大地に止めを刺すには十分。その攻撃をまともに受ければ大地の敗北が決定してしまう。

 

「恨みの炎を受け、この学園から消え去れ三沢! ヘル・バーナーで《ハイドロゲドン》に攻撃!」

「そう簡単に負ける訳には行かないな。罠発動《和睦の使者》!」

 

 伏せられていた《和睦の使者》が大地とそのモンスターを守る壁となる。ヘル・バーナーの火炎放射が大地のモンスターに向かうも、突如現れた障壁に阻まれた。

 

「……しぶといやつめ。しかし次の俺のターンで確実にお前は終わりだ!」

 

 忌々しげに、しかし同時に準は自信を持って勝利宣言を行う。もっともヘル・バーナーに貫通や攻撃表示強制などの効果はなく、実際には次で終わる可能性は低い。その程度のことに気が回らないほど、彼は頭に血が上っていた。

 そんな怒りにたぎった準とは対象に、大地は平静を貫く。そしてドローを行った彼は、ふてぶてしくも言葉を返した。

 

「ふっ、次のターンがあるとすればな」

「次のターンがあればだと!? 貴様の手札は今まで使えなかったカードばかりの筈! たった1枚のドローで何ができる!」

「それはどうかな? 既にお前を倒す方程式は完成している!」

 

 大地の言葉に、対戦相手の準を含む周囲の人間が目を剥く。唯一驚愕の表情を浮かべていない観客は亮のみ。既に彼にも、このデュエルの結末が見えているのかもしれない。

 

「この手札は使えなかったんじゃない。今まであえて使わなかっただけだ! 手始めに《オキシゲドン》を召喚!」

 

 大地の場に緑色の翼竜が出現する。竜といっても形だけであり、その肉体は気体で構成されている。

 

「《オキシゲドン》だと? ……ま、まさか!?」

 

 水属性の《ハイドロゲドン》に対し、《オキシゲドン》は風属性。6つの属性デッキという大地の発言を受け取れば、違和感しか生まれない。

 しかし納得のいく答えが1つだけ存在する。見る者が見れば、今の状況から予期される未来はただ1つ。それは準の敗北である。

 

「察しがついたようだな。魔法カード《ボンディング-H2O》を発動! 《ハイドロゲドン》2体と《オキシゲドン》をリリースし……出でよ、《ウォーター・ドラゴン》!」

 

 《ウォーター・ドラゴン》の特殊召喚は場に3体のモンスターと専用の魔法カードを必要とする。にもかかわらず攻撃力は2800と、苦労に見合わないレベルに過ぎない。

 勿論それだけで終わる筈もなく、特徴的な効果を有している。炎属性と炎族モンスターの攻撃力を0とする。それは決して強いとは言えない。しかし準の場にヘル・バーナーが居る今、このカードは絶大な影響を及ぼす。

 《ハイドロゲドン》と《オキシゲドン》が水でできた竜巻と化し、竜の形を成す。水竜が出現すると同時にフィールドは水につかり、炎の力を極限まで弱めていた。

 

「これで炎属性のヘル・バーナーは攻撃力が0になった! 《ウォーター・ドラゴン》でヘル・バーナーに攻撃!」

 

 押し寄せる津波が攻撃力0となったヘル・バーナーを飲み込み、準をも巻き込む。

 2800のダメージを残りライフ1200の準が受けきれる筈もなく。デュエルは大地の勝利で幕を閉じた。

 

「くっ……お前が偶然そのデッキを選んだために俺は!」

 

 己の不運を準は嘆く。しかし彼は肝心なことを忘れている。大地は最後の瞬間まで《オキシゲドン》を隠し続けていた。それ即ち、彼が炎属性モンスターの出現を予見していたことに他ならない。

 《ハイドロゲドン》は【スタンダード】にも入りうるカード。大地の言葉から水属性とは予想できるが、それだけでデッキを特定することはできない。しかしそこに《オキシゲドン》が並べば話は別、《ウォーター・ドラゴン》を中心としたデッキの可能性が浮上する。もし大地が早々と《オキシゲドン》を召喚していれば、この結果は変わっていたかもしれない。

 

「偶然なんかじゃない。お前が教えてくれたんだ、『恨みの炎で焼き尽す』とな。……つまり、デュエルの前からこの勝負は決まっていた!」

 

 それは失言というにはあまりに些細なこと。ここは準を貶すのではなく、気付いた大地を褒めるべきであろう。

 しかし驚くべきはそこではない。真に重要なのは大地がその気付きに身を託した、その大胆さである。

 

 今回のデュエルは寮入れ替えの領域を超え、準と大地が互いの退学を賭けたものとなっていた。そんな特殊な状態であれば通常よりも慎重にならざるを得ない。相手が切り札として炎属性を使ってくると感じたとしても、そう簡単に《ウォーター・ドラゴン》のデッキを選択できはしない。

 確かに《ウォーター・ドラゴン》は炎属性と炎族に対して絶大な効力を発揮する。しかしそれ以外に対しては何の効果も持たず、破壊され墓地へ送られた時に素材を復活させることしかできない。態々高打点を出すために《ボンディング-H2O》を使うのは無駄が多く、推測が外れていれば大地の不利は否めない。

 その不安を大地は振り払った。あるいはたとえ推測が外れたとしても、勝利できるという自負があったのかもしれない。いずれにせよ、その根底にあるのは己への信頼に違いない。普段とは違う状態であっても自分を信じられたことこそが、注目すべき点であろう。

 

 それは仁とは逆の、道を切り開く選択。少なくとも今の仁はそこまで自分の判断を、直感を信じることなどできない。危険性が高ければ彼は別の選択肢を採る。それ以外できはしない。

 それを慎重と取るか臆病と取るかは人それぞれ。しかし当人からすれば、機会を見送るのは臆病というより他ない。そう感じてしまう。己が判断に沿うことのできる大地が、仁には眩しかった。

 

 そしてこの敗北を境に、準は皆の前から暫く姿を消す。彼は単身で島を飛び出し、弱い己を変える術を見つけ出そうとするのであった。




今日の最強カード

《ウォーター・ドラゴン》
効果モンスター
星8/水属性/海竜族/攻2800/守2600
このカードは通常召喚できない。
「ボンディング-H2O」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、炎属性と炎族モンスターの攻撃力は0になる。
このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地に存在する「ハイドロゲドン」2体と「オキシゲドン」1体を特殊召喚する事ができる。

「今日の最強カードは《ウォーター・ドラゴン》だ。……まあ、普通の人は三沢のように相手が炎属性や炎族を使うとはわからないからどうにも扱いに困る。《DNA移植手術》や《DNA改造手術》を使っただけでは自分の攻撃力も0になるからな。登場当時は《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》でも送りつけるしかなかった。
 だが、今なら前述の種族・属性変更と《暴君の威圧》とを併用することで一方的に相手の攻撃力だけ0にすることができる。更に《スキルドレイン》でも張っておけば、そこらの効果モンスターを気にする必要もない。
 とはいえ、やはり単体での運用は難しいと言わざるを得ない。結局はコンボ前提のカードだろう」

 恨みの炎の件を最初に見た時の感想は、正直に言えば「いや、その理屈はおかしい」でした。しかし今になって考えてみると……そんな訳のわからない気付きに身を託せる三沢は度胸がある、凄いという評価になっています。
 なお三沢のプレイングが明らかに原作と異なっているのは、単純に環境の違いによるものです。作品の性質上一般に流通しているカードなら効果を知ることは可能な状態であり、万丈目のレベルなら《ウォーター・ドラゴン》の存在くらいは知っています。これにより三沢は露見を避ける行動を取らざるを得なくなりました。もっとも今回は素直に4ターン目でオキシを召喚したほうが楽に勝てますが……。また今更になりますが、漫画版のようにデュエルディスクの機能を用いてカードテキストの確認が可能になっています。
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