つないだ手   作:Gasshow

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前回のレキおばあちゃん。彼女は言わば二世代前のレキ──二代目前の璃巫女です。

すみません。今回むっちゃ長くなりました。

つまり誤字が多いと思うので助けてくだされば……。


泡沫夏過の二対し乙女

近くの町で夏祭りがやっていると知ったのは二年前だ。何でも町全体で盛り上げる大規模な祭りらしく、それはローカルながら、それなりに有名だそうで、たまに県外からも訪れる人も居るほどだとか。日本に来てすぐの頃、俺は理子とその祭りに行く約束をしていた。しかし祭り当日に限って、急に外せない仕事が入り、その年には祭りへ行くことができなかった。それはそう、理子との約束を破る結果で。その次の年もそうだ。同じ理由で約束を破った。だから今年初めて、念願と言うべきか、俺は理子とその祭りへと行ける事になった時、彼女は両の手を放り投げる勢いで喜びを表現したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あきら、早く早く!」

 

「分かってる分かってる」

 

古風な木製住宅の並ぶ大通り、人混みが入り交じるその場所は、淡く灯る灯籠(とうろう)が吊り下げられた屋台の倒置所と相成っていた。沈みかけた日の光とが、周囲の空気を優しく透かす。まだ始まったばかりの夏祭りは、それでも少し離れた理子の声を拾うのさえ困難なほどに大にぎわいとなっていた。それ故に、俺ははぐれないようにと理子の小さく儚い手を握っていた。待ち切れないとばかりに先へ先へと進む理子に引っ張られながら、俺はそっと人の波に埋もれ、体を(うず)めるようにして消えていくのだった。

 

その時、理子は思ってもなかっただろう。

 

今日この日この場所で、理子(彼女)にとっての因果とも必然とも取れる、そんな運命的な出会いがあるだなんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日はすっかりと落ちきって、小太鼓と竹笛の音によって奏でられる祭囃子(まつりばやし)が、人々のざわめき声によって一つの音楽として完成された音色を生み出していた。俺たちはその中を、人間と言う障害物を避けながら進んで行く。理子が繋いでいる俺の手とは逆の手には、もう半分ほど減った真っ白な綿菓子が握られていた。パクパクと上機嫌ながらそれを(ついば)む姿は、ちょっとした小動物を連想させる。

 

「ねぇあきら! あれ、あれ何!?」

 

そんな理子がふと唐突に地面にへばり着くようにして置いてある、大きな円を指差してそう言った。半径二メートルほどで、その真ん中には大きな針が付いていた。更にその円の外方(そとべ)には、ぬいぐるみやら駄菓子やら、他にスイカなんて物もある。

 

「ん?あーあれね。あれはルーレットだな。たぶん、あれを回して針が止まったら、そこに置いてある商品を貰えるんだろ」

 

推測でそう言ったが、どう考えてもそれしか考えられなかった。

 

「面白そう! あきら、理子あれやりたい!」

 

俺は理子にそう言われたので、その出し物の場所へと近づく。一回五百円。一瞬、高いなと思ったものの、当たりの景品を考えると妥当だなとは思える。まあまあするが、そもそもお金にはあまり困っていないし、折角の祭りなのだ。理子の要望には出来る限り答えてやりたい。

 

「おやじ、一回いいかい?」

 

俺は五百円硬貨を一枚差し出して屋台のおやじにそう言う。夜なのに麦わら帽子を被り、首に白いタオルを掛けている彼の姿は、出し物を提供する人間と言うよりは農作業中の農家と言った方が適切に思える格好だった。

 

「はい、毎度あり! やるのはそこの嬢ちゃんかい?」

 

おやじはちらりと俺の横にいる理子を見た。

 

「ああそうだ」

 

俺は理子の代わりをするようにそう返事をする。

 

「ほう、なら説明はいるかい?このルーレットを見たら予想は出来ると思うが……」

 

「大丈夫! 理子分かる!」

 

理子の元気全開で自信に満ち溢れた声を聞いたおやじは、それをまんま返すようなテンションで理子の声を跳ね返した。

 

「よし! なら回してみな。目玉はこの浴衣だな。種類は揃えてあるから、嬢ちゃんのサイズもあるはずだ」

 

理子の返答を聞いたおやじはニヤリと広角を上げて、ルーレットのある一部分を指し示した。そこには“浴衣”と書かれた小さな木の板が、大きな顔をして寝転がっていた。その当たりとなる幅は二センチ程で、この大きな円との比率を考えると、ルーレットの針がその僅かな隙間を差す確率は限りなく小さいことは言うまでもないだろう。

 

「じゃあやっていい?」

 

理子はルーレットの針に手を伸ばしてその先端に触れた。

 

「おう、やってみな」

 

おやじの許可が出たので、理子は思いっきりルーレットの針を横へ弾くようにして回した。俺たちの足元で回る巨大なルーレットの針が、ぐるぐると優柔不断(ゆうじゅうふだん)に止まるマスを探していた。どこに止まろうか、いつ止まろうか。そんな落ち着きのない針が(つい)ぞ選んだのは、先程おやじが“目玉”と指摘した大当たりのマス──浴衣が景品となる板だった。

 

「…………マ、マジか嬢ちゃん」

 

おやじもまさか大当たりが出るとは思ってみなかったのか、そう言ったその声は僅かに震えていた。そして、そんな結果を生み出したラッキーガールである理子は、得意気な顔で俺にブイサインを突き付ける。

 

「…………お前すげぇな」

 

俺はその結果を理子らしいと心の中で評しながら、そっと彼女の頭を一つ撫でた。そして、そんなやり取りをしている内にどうやらおやじは復活したようで、声を大にして愉快そうに笑いながら、その笑い声に負けない程の拍手を理子に送った。

 

「カッカッカ、参ったな嬢ちゃん! まさか本当に当ててくるとはな」

 

おやじはそう言って紙袋に二着の浴衣を入れて理子に手渡した。俺はそれを見て思わず目を見開く。

 

「おいおやじ、一着多くないか?」

 

確か景品は浴衣一着だったはずだ。ぱっと見た感じ、そこまで安くはない浴衣なので、流石に二着はないと思ったのだが、おやじは俺の言葉を首を横に振ることで否定した。

 

「サービスだよサービス。今の嬢ちゃんでも着れる小さい浴衣と、大人になってから着れる大きい浴衣の二着だ。嬢ちゃんのラッキーに乾杯だ!」

 

そう言ってまたおやじは豪快に笑った。何とも人の良いおやじだ。俺は悪いとそう言って、理子にお礼をするように促した。

 

「ありがと、おじさん!」

 

「ああ、気にすんな」

 

にひひと笑いあった二人は、何ともこの祭りのように明るく陽気に見えた。それから俺たちはもう一度お礼を言って、おやじに手を振り別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺と理子は様々な出し物や屋台を見回って祭りを楽しんでいた。それは二年間祭りに行けなかった鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、無邪気に、無心に無抵抗に楽しんでいた。その間にも祭りに訪れる人数は増え続け、先ほどまで暖かかった場のかがり火が燃え上がるような業火に変わっていた。

 

「あきら、理子トイレに行ってくる」

 

祭りに来て二時間ほどたったその時、理子はトイレに並ぶ長蛇の列を指差しながらそう言った。俺は頷きながら頭を少し働かせる。それはこの人間を連結させるだけさせたような長蛇の列についてだ。恐らくだが理子がこの列に並び、帰ってくるのにはかなりの時間が掛かるだろう。だがそれは、祭りに参加する人数が多いので必然とそうなる。仕方がない事だった。

 

「ああ、俺はあそこにいるから終わったらそこに来い」

 

俺はここから少し離れた広場にある木下を指差した。

 

「うん、分かった」

 

俺の言葉に了解を示した理子はこくりと頷いて、その人溜まりの中に小さな体一つで突っ込んでいった。俺は理子の姿が見えなくなるまで見送ってから、先程自分で指定した木の下へと足を運ぶ。しかしそこである音が俺の耳に潜り込んできた。それは人々のざわめき声や、祭りの喚き声を掻い潜るようにして俺の元へとやって来た。奇怪な運命とでも言うのか、多種多様、様々な障害物全てを避けきってここまでやって来たのだ。

 

今一度耳を傾ける。それは恐らく子供の泣き声だった。もしかすると理子と言う存在が身近にいるからか、その音だけが妙に強調されて聞こえたのだ。俺はその泣き声が気になり、糸を手繰(たぐ)るようにして、その声の持ち主の元まで足を進めた。道行く人々をすらりすらりと避けつつ進み、一歩一歩前へと進む。そしてようやく人混みを抜け、視界が開けた所で俺はその声の持ち主を目視することができた。声の持ち主は少女だった。背丈も、恐らく年齢も理子とさほど変わらないその少女の髪は金色で、そんな髪の間から覗く瞳はエメラルドのような碧眼(へきがん)だった。そこから一瞬彼女が外国人かと勘違いしそうになったが、顔立ちはかなり日本人寄りなので、恐らくハーフ──いや、クォーターと言う辺りが妥当かと思われる。

 

「…………どうした、何かあったのか?」

 

俺は今も泣き続けるその少女に近づいてそう声をかけた。すると少女は一瞬泣くのを止めて、ビクリと(おび)えた表情で俺を見た。なんと言うか、そんな彼女のリアクションは俺と理子との出会いを思い出させる。

 

俺は少女の様子を確認する為に彼女を見た。驚きと戸惑いと警戒。それらで硬直して動かない少女。このまま後手に回っても話が進まないと思った俺は、誰が見ても、たとえ探偵科(インケスタ)に所属した事がなかったとしても予想できるであろう答えを少女に提示した。

 

「…………迷子か?」

 

いや、むしろそれしかあり得ないだろう。それ以外の可能性をいくら模索しても見つけられない自信がある。だがそんな俺の心配を払拭(ふっしょく)するように少女は言った。

 

「…………ママがいないの」

 

少女は警戒心と共に目元を緩めながら俺に向かいそう言った。なるほど、母親と祭りにに来ていたが、この床にビー玉をぶちまけたような人混みのせいで迷子になったと言うわけか。俺は少女の親を探すために、取り合えず彼女の名前を尋ねた。

 

「名前は何て言うんだ?」

 

少女は一瞬躊躇ったものの、最終的には自身の名を口にした。

 

「……神崎・H・アリア 」

 

しかし彼女が口にしたその名は、俺の目を無理矢理に見開かせるのに十分な衝撃を与えるものだった。何故ならそう、『神崎・H・アリア』俺はその名前に聞き覚えがあったからだ。いや、そんなまさかと自分の考えを否定しながらも俺は思いきってその疑問を口にした。

 

「……お前、まさか神崎さんの子供か?」

 

「ママを知ってるの!?」

 

アリアが驚いたように、目と口を大きく見開く。涙で潤んだ眼球が、周囲の明かりと反発し合う。あまりの驚きによるものか、その表情には先ほどまであった怯えか完全に消えていた。と言うよりは俺が母親を知っていた事に多少の安心感を覚えたのかもしれない。

 

「多分な。アリア、もしかしてだけどお前はホームズ家の人間か?」

 

「う、うん!」

 

決定だ。いや、まさかこんな所で神崎さんの子供に会うことになるなんて……。

 

「そうか。お前があのアリアか……」

 

無意識に出たその呟きが、撒き散らされた周囲の雑音に混じって溶けていく。俺だけ一人納得するのはアリアに悪いとそう思い、未だ頬に涙の跡が残る彼女に俺と神崎さんの関係を説明することにした。

 

「えっとな、俺と神崎さんは知り合いだ。俺は昔、イギリスに住んでた事があってな。それで仕事上ほんのたまにだがホームズ家と関わりを持ってた時期があったんだ。その時たまたま神崎さんと知り合ってな」

 

イギリスの武偵局に所属している以上、“ホームズ家”との関わりは避けられない。俺はその当時Aランク武偵だったので、カールさんの付き添いとしてホームズ家に出入りしたことがあったのだが、その時に俺は神崎さんと知り合ったのだ。

 

「彼女の話からお前のことも聞いてたんだが、まさか会うことになるなんて……」

 

俺は困ったと後ろ髪をかきながら、これからの事を考える。神崎さんと知り合いなどと言っても、たった数回会話しただけの仲だ。当然、彼女の連絡先など知るはずもない。

 

「まぁ取り合えず役場に行って、お前は俺が預かってるって言っとかなきゃな」

 

そう言った後に、俺はここからでも見える長蛇の列に視線を向けた。それから今一度、アリアに向き直る。

「本当は今すぐにでも動きたいんだが、実は連れがまだ戻ってなくてな。それまで少し暇を潰してようか」

 

「連れ?」

 

「ああ、お前と同じくらいの女の子だ?」

 

「おじさんの子供なの?」

 

「まぁそんな感じだ。とまぁそれは置いておいて、おじさんは止めろ。俺はまだ若い……はずだ」

 

もう三十を過ぎて数年になるが、“おじさん”と呼ばれるにはまだ早い。早いと思いたい。そんな必死で自分に弁護を立てる俺を無視してアリアはこちらを見上げながら当然の質問を口にした。

 

「じゃあ名前教えて」

 

そのアリアの言葉で俺はまだ自分の名前を名乗ってなかった事に気がついた。

 

「……(あきら)だ」

 

「あきら……普通の名前」

 

(やかま)しい」

 

個人的にこの名前は気に入っている。と言うか“神崎・H・アリア”と言う名前が珍し過ぎるだけで、別に俺の名前が凡庸と言うわけではないはずだ。

 

「取り敢えず、あの木の下に行こう。あそこで待ち合わせしてるんだ」

 

でないと他の誰かにあの場所を取られかねない。俺はそっと立ち上がり、先ほど自分で指差した場所へ向かおうと、一歩を踏み出した。しかしその瞬間に、ふと弱々しいブレーキがかけられた。後ろを見ると。アリアが俺の服の端を引っ張っていた。どうした? と俺は小さく首をかしげる?

 

「……手」

 

「ん?」

 

「手、繋いで」

 

神崎さんとはぐれて不安なのだろうか。それともただ単にこの人混みを前にして再び迷子になるまいとしているのか。どちらにしても俺がアリアと手を繋ぐのには十分過ぎる理由だ。俺はそっとアリアに手を差し出す。

 

「……ん」

 

それに対してアリアは小さく頷いて俺の手を握り返した。その手は夏の暑さに反して、ひんやりと冷たく、そしてとても心地が良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あきら、その女は誰?」

 

理子がトイレから戻ってきてすぐ、口にした言葉がそれだった。口元がひくひくと痙攣(けいれん)し、その目線の先は俺とアリアが手を繋いでいるその接合部に向けられている。

 

「知り合いの子供だ。迷子になってるところを見つけたんだ」

 

俺は正直に言った。

 

「へ、へぇ~そうなんだ……」

 

理子は理解はした、しかし納得はしていないと言う様子で半ば適当とも言える相づちを打った。それからこの夏の暑さでやられてしまった草花のように、しゅんとその(こうべ)とツインテールを萎れさせた。

 

「折角あきらと二人きりだったのに……」

 

「ん、どうした?」

 

「何でもない!あきらのアホゥ!」

 

理子が細々とした声量で放った台詞が聞き取れず、疑問の言葉を口にしたのだが、帰ってきたのは理不尽とも思える怒鳴り声だった。するとその理子の声に驚いたのか、アリアは俺の手を両手ですがり付くように抱え込んでこちらに体を寄せてきた。

 

「あーそこは、理子の場所!」

 

アリアのとった一連の行動を目にして理子はそう言うが、しかしその言葉に反抗するようにアリアはより一層、俺の腕をぎゅっと抱き(かか)えた。

 

「むぅー!」

 

理子は不満を体全体で表現しながら、今までに聞いたこともない、そんなむくれた声を鳴らす。祭囃子(まつりばやし)に理子のうなり声が合わさって、やがてそれらは打ち消し合うようにして消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時代、この日本では戦争を身近に感じることはまずない。武偵である俺はよく、戦争の縮図のような場所に赴くことはあるものの、戦争そのものには行ったことは一度たりともない。しかしそれはあくまで今日までの話。と言うのも今、俺の目の前で実際に小さな小さな小人たちによる戦争が勃発しているからだ。

 

「むぅ!」

 

「ふん!」

 

俺の右の腕には理子が左の腕にはアリアが、それぞれ引っ付いてお互いに睨みを効かせていた。始めはおどおどしていたアリアも今では対抗心剥き出しで理子と喧嘩腰になるほど自然体でいれるようになっていた。それは良いことなのではと思うと同時に、俺の心労を加速させる要因でもあった。そんな二人は現在もいがみ合うようにして口喧嘩を加速させていた。

 

「ちょっと、いつまでにあきらにくっついてるの? あきらは理子のあきらなの!」

 

「あきらはあきらのもんでしょ! 誰のものでもない。それにあきらもあんたなんかより私といた方が楽しいに決まってるわ!」

 

そんな左右から抱きつかれながら飛んでくる怒号を、俺は苦笑と言う一手で受け流す。先程からずっとこの調子で、まさかこの祭りに来た時には思いもしなかった展開に、俺も正直かなり動揺している。しかしいつまでもこうしてはいられないだろうと、俺は二人の気をそらすために目の前にあった屋台を利用することにした。

 

「ほら、二人ともあれ見てみろよ。楽しそうだろ、やってみないか?」

 

俺が首で指した場所には大きな棚に様々な景品が陳列されている屋台。その上には“射的”と書かれた看板が静かに備え付けられていた。それを見た二人は先程いがみ合っていたのが嘘だったかのように、その身に纏っていた雰囲気を一変させ、収まり切れない好奇心が瞳から溢れ出していた。俺はそのあまりの変わりように思わず微笑みながら、二人をその屋台まで連れていくことにした。幸いなことに屋台に行列はなく、わずか数分並んだだけで自分たちの出番が来た。俺は金銭と交換に渡されたコルク玉を理子とアリアに分けて与え、彼女たちの後ろでそっと見守ることにした。そこでふと俺は何気なく陳列されている景品たちを見た。景品は小物の玩具や駄菓子、大きいものになるとぬいぐるみ等があった。一見、何の関連もないはずのそれらが、同じ射的の台に置かれていると言うだけ、ただそれだけで並び合う全てがまるで親族のような結び付きがあるように錯覚させる。俺のそんな思考を横から割り込むようにして押し出したのは、アリアの鋭い一言だった。

 

「ふん、私は絶対あんたより一杯景品を打ち落とせるんだから。なんたって私のひいおじい様は銃技の超達人だった凄い人なのよ。私はその血を継いでるんだから、こんなお遊びなんて朝飯前よ」

 

銃にコルク玉を入れながら理子に向かってそう言うアリア。喧嘩腰のその言葉に対し、理子は怒り心頭と行った具合に表情を歪ませ言い返す。

 

「凄いのは貴方のひいおじい様の話でしょ! そんなので私に勝てる理由にはならないもん。それに理子は将来、あきらのパートナーになるんだから、これくらいは楽勝なの」

 

それを聞いたアリアは余裕の笑みを浮かべながら、鼻で笑うようにして理子の言葉に返答する。

 

「あんたみたいなへっぽこがパートナーになるなんて、あきらも可哀想だわ。きっと私の方があきらの良いパートナーになれるはずよ。そうね、じゃあこの射的で一杯景品を取った方があきらのパートナーになるのはどう?」

 

アリアの提案に理子は一瞬目を見開いたが、次の瞬間には対抗心をそのまま具現化させたような目線でアリアを睨んだ。

 

「絶対にあきらは渡さない!」

 

それから二人は同時に射的の的に向かって構えた。祭りのにこやかで賑やかしい雰囲気とは無縁の、静かで殺伐とした空間を作り出す二人。まるで戦場から空間を切り取って、そこだけこの和やかな祭り風景に張り付けたような雰囲気だ。

 

そして二人は同時に棚に向かって銃口を向けた。ただの子供同士の張り合いだと言うのに、そこには妙な緊張感があった。すると、そんな中でふと理子が俺の方を振り向いた。

 

「…………あきら、ちゃんと見ててね」

 

 理子のそんな台詞に俺はふふっと微笑んで、ああと返した。

 そしてついに二人の対決は始まった。一人辺り五発。この僅かな弾数でどれだけ多く、どれだけ大きなものが取れるのか。それで勝負が決まる。

 

 始まりは静かだった。本物の銃でない、コルク弾が発射されたかすら疑問に思ってしまうような落ち着いた開始の合図。勝負事であるはずなのに、その平和な発砲音は俺にちょっとした安らぎを与えた気がした。

 

「やあ!」

 

そんな安らぎを引き戻す理子の電灯のように(はじ)けた声。二人はほぼ同時に弾を発砲していた。並び合うかのように飛び出されたコルク弾はそれぞれ小さなお菓子の箱にぶつかり、棚の下へと叩き落とされた。当たり所が悪かったのだろう、二つの箱はぐらぐらと揺れ動いたものの、それらが棚から落ちるには十分ではなかったようだ。

 

そして二発目。これも同時に二人で放つ。理子のコルク弾は再び同じお菓子の箱へ、そしてアリアのコルク弾は以外にもその横にあった人形へと向かって行く。結果として二つとも棚の下へと落下した。しかし獲得した獲物の差から、この二発目による勝負はアリアに軍配が上がった。悔しそうに唸る理子。アリアはそんな理子を見て挑発的に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアと理子による射的勝負はなんと引き分けに終わった。アリアが人形二つとお菓子を二つ。理子も同じ人形とお菓子を二つずつ。始めはアリアが押していたものの、理子もその射的センスによりぐんぐんと追い上げ始めたのだ。いや、射的センスは二人とも同じように差はなかった。あるとしたら“遊び”の勝負強さかもしれない。それが最後に理子を同点へと押し上げた要因だろう。

 

ともかくとして結果は同点。俺としてはこれが一番良い終わり方だと思ったのだが、そう思っていたのは俺だけのようで、理子とアリアの二人は全く納得をしていなかった。と言うのもそれからか二人の勝負だったからだ。先の勝負の後、次は金魚すくいで勝負だと言い出し、それが引き分けに終わると輪投げ、ヨーヨーすくい、挙げ句の果てにかき氷の早食いにまで発展した。しかし結果はいつまでも同点。二人がかき氷の冷たさによって沸き上がる激痛を頭を押さえ込むことによって沈めようとする今になって、ようやく勝負が一段落着いたのだ。

 

「ほら、温かいお茶だぞ」

 

俺は神社の敷地内にある大岩に理子とアリアを座らせ、先程自販機で買ってきたお茶の入った缶を差し出した。二人は飛び付くようにそれを受け取ると、プルタブを何度か引っ掻き、開けられた缶の中身を一気に口へと流し込んだ。

 

俺はそんな二人の様子を苦笑いしながら眺める。ここだけこうして見れば仲良しな、もしかすると双子の姉妹と言っても通るかもしれない。

 

しばらく二人はたた黙って缶を傾けていたのだが、頭痛が収まり始めたのか、飲み口から唇を離すとホッとしたように息を吐いた。

 

「ねぇあきら」

 

そうした後、アリアがふと俺に呼び掛けた。

 

「ん、何だ?」

 

「さっきの勝負、私の勝ちでしょ?」

 

いや、勝ちも何も二人ともほぼ同じ結果だったただろ。そう思い、俺がアリアの言葉をどう受け流そうしたところで理子から異論の声が飛ぶ。

 

「んな!? 違う! 私の勝ち!」

 

「はあ!? どっからどう見ても私の勝ちよ!」

 

またもや始まる二人の口喧嘩。最早この光景は世界が終わる日まで続くのかもしれない。そう思っていた時だった。

 

「アリア!」

 

その呼び声が俺たちの間に舞い込んできた。ふと声の聞こえた方向に目を向けると、そこにはなんと、俺が探していた人物──神崎かなえさんが表情を歪ませて立っていた。

 

「ママ!」

 

アリアはバッと勢いよく立ち上がり、彼女の元へと駆け寄っていく。そしてその勢いのままかなえさんに抱きつく。それは微笑ましい親子の再会であり、本来ならば誰が見てもそっと頬を緩めるであろう優しい光景だった。実際、俺もそうだった。しかしそれは直ぐに否定されることとなる。

ふと俺の袖をぎゅっと理子が握りしわを作る。俺ははっとして理子を見下ろした。彼女の顔は胸をぎゅっと握り潰されそうになるほどの悲しみで染まっていた。心臓に針を突き立てられるような痛みが、俺を襲う。何がそう彼女をそこまでの表情にさせるのか。理子の過去を知らない俺には正確な答えが出せるわけではない。だがそれでも察することはできる。それができない程、俺は自分を鈍い男と思ってはいない。

俺は着物の袖を握ってくる理子の小さな手を上から優しく包むように握り返す。それから理子の肩に言葉を添えるよう言葉をかける。

 

「お前には俺がいる」

 

理子は僅かに目を見開かせる。その目には薄っすらと湿り気が帯びられており、祭の賑やかさを象徴する灯りたちがその目に反射し写し出されている。そんな純真で純粋なその目にそっと俺の顔が割り込む。ほっそりとした焦点がしっかりと俺を捕らえて離さなかった。

 

「…………うん」

 

理子はふわりと、羽が浮くように微笑んた。今一度、俺の着物をぎゅっと力強く握り直す。いつの間にか俺の胸にあった鋭い痛みは鳴りを潜め、それに比例した暖かみが水面に広がる波紋のように身体中へと広がる。夏の蒸し暑さを押し退けるような温もりが理子の指先から心臓まで染み渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、明さん」

 

アリアとのやり取りを一頻(ひとしき)り終えたかなえさんは二人して俺の元へと駆け寄り、そして感謝の言葉と共に頭を下げた。

 

「いえいえ、たまたま自分がここにいただけですから」

 

実際、そこまで迷惑をかけられたと言う自覚はない。いや、理子とアリアの起こした戦争を考えると少し苦労した気がしなくもないが……。

 

「それでもです。アリアが明さんと出会ってなかったらと思うと……」

 

かなえさんは悲痛な表情を浮かべながらそう言う。確かにもしこの祭りで理子が迷子にでもなったらと思うと俺も気が気ではなかっただろう。そう考えるとアリアとここで出会えて良かったと思えてくる。

 

「ほら、アリアもお礼を言って」

 

かなえさんはアリアの背中にそっと手を添えてそう言った。

 

「ありがとう、あきら」

 

アリアも先程までの態度はどうしたと言うのか、素直に頭を下げて感謝の言葉を述べる。こうして端から見ると親と子の関係と言うのは言葉にし難い特別なものだと感じさせられる。俺も理子とこんな関係がいつか結べるだろうかとそんなことを思ってしまう。

 

「もう迷子になるなよ」

 

俺はアリアの頭に手を乗せ、グリグリと撫で回す。少し込める力が強すぎたのか、アリアの頭が俺の手に合わせて規則的に振られる。

 

「うん!」

 

俺が手を離すと、アリアは顔を上げ、祭の夜に不相応な明るい笑みを浮かべそう答えた。俺もそれに同じような笑顔で返し、そこから一歩下がり、今一度かなえさんへと向き直る。

 

「それにしてもかなえさんが日本に来ているなんて驚きました。てっきりもう会うことはないと思っていましたから」

 

かなえさんは普段イギリスにいるので、俺がイギリスに返って来なければ会えないと思っていた。だからしっかりと別れの挨拶も済ましたと言うのに、こんなばったりと出会うとは運命と言うものはつくづく数奇なものだと思わされる。

 

「私もですよ。突然、日本に転勤と聞いた時は驚きましたけど、まさかこうして出会えるとは思いもしませんでした」

 

かなえさんは微笑みを浮かべながらそう言う。数年たっても変わらないその日溜まりのような笑みに、懐かしさと和らぎを感じさせられる。

 

「日本へはちょっとした用事で来てるんです。それで折角なのでアリアも連れて観光しようと。この子にも少なからず日本の血が流れてますので、一度は日本と言う国を肌で感じ取って欲しくて」

 

なるほど。そんなかなえさんの親心によりアリアはここにいると言うわけか。アリアに日本の血が流れていることは母親のかなえさんを見れば一目瞭然。かなえさんも母親としてそんな気持ちが沸き上がるのも理解できると言うものだ。

 

「それで、明さん。そのお子さんは……」

 

俺がかなえさんの考えに同意を示していると、ふと俺の裾を引っ張ったまま隣に立つ理子に視線を向け、かなえさんは口を開いた。

 

「ああ、ちょっとした事情で預かることになりまして、今は自分が育ててるんです。理子と言います」

 

俺がそう紹介すると、それに合わせて理子はペコリと頭を下げて行動による自己紹介を刊行する。しかしかなえさんにしては珍しく、それに返事を返さないでじっと理子の顔を覗き込む。

 

「かなえさん?」

 

俺はそんなかなえさんの様子に訝しみ、彼女の名を呼ぶ。

 

「ご、ごめんなさい。少し考え事をしていて……」

 

俺の声に反応し、かなえさんはハッとして顔を上げ、取り繕うように笑顔を浮かべた。それから彼女は膝をそっと曲げ、理子に自分の目線を近づけた。

 

「よろしく、理子ちゃん。アリアと仲良くしてあげて」

 

理子は先程までじっと凝視されたせいか、かなえさんに僅かな警戒心を見せながらも、こくりと小さく頷いた。かなえさんがなぜあのような行動を取ったのかは俺も分からないが、改めて掘り下げることでもないかと特に気にしないでおいた。

 

とにかくアリアとかなえさんを再会させることができ、肩の荷が降りたと安堵の息を吐いたそんな時だった。ふと側に立っているスピーカーから砂同士を擦り合わせたようなノイズが走った。それを合図におっとりとした女性の声が周囲に響き渡る。その放送の内容は予告だった。『あと十分後に花火が打ち上げる』。そんな当たり障りのない、大きな祭りならば当然流れるであろう予告。祭りの醍醐味の一つとも言えるそれを見逃すわけにはいかないと、俺はかなえさんに別れの挨拶をしようとしたそんな時だ、それはかなえさんの言葉により邪魔立てされた。

 

「あきらさん、折角なので一緒に花火を見ませんか?」

 

思いもしなかったそんな提案に、俺は一瞬呆気に取られるが、しかしそれは悪くないなと言う考えに思い至る。俺は視線を下へとやり、唯一の同伴者に意見を求めた。

 

「理子、いいかな?」

 

「うん、いいよ」

 

もしかしたら渋るかもしれないなと考えていたが、理子はあっさりとかなえさんの提案に了承を示した。どうしたことかと疑問が沸くが、この年頃の女の子は気まぐれが激しいことを知っているので深い理由はないのかもしれないと、特にその先を考えるのことはしなかった。

 

こうして、かなえさんたちと花火を見ることに決め、ゆっくり花火を見れるような場所を探すため動き始めた。しかしこの人混みの中で、更には十分(じゅっぷん)と言う制限時間がある中で落ち着いて花火を見られるような場所などなく、結局適当な道端で空を見上げることとなった。

そしてそれから間もなく、花火は始まった。人々が期待に胸を膨らませ、花火についての会話を交わす中、こちらの気も知らないで、それは唐突に打ち上がった。ただドンと一発。大きくもなく、小さくもなく、全く面白みのない白色の花火だった。しかしそれが始まりの合図だった。

 

「おおっ!」

 

思わず唸り声を上げてしまう。しかしその唸りも、激しい爆発音に飲み込まれ消えていく。

野暮ったかった夜空は色鮮やかな装飾品に溢れかえり、まるで花魁のように人々の目を集める。それは俺も例外ではない。夜空がそっと俺の瞳に花火と言うアクセサリーを共有しようと手を伸ばす。

 

──綺麗だ。

 

その言葉、感想だけがただひたすら俺の頭を回り巡った。そんな時だ、ふと服の袖をちょんちょんと引っ張る感触によって現実へと意識が戻されたのは。

ふとその方向へ顔を向けると、そこにはアリアがいた。何やら不機嫌そうにこちらを見上げる様は、失礼ながら彼女にどこか似合っていた。

 

「あきら、あんまり見えない」

 

どうやらアリアの身長ではあまり花火が見えないようだ。だから俺に言ったのだろう。頼り、と言うよりは遠回りな甘えを。

 

「仕方ないな」

 

俺はそう言ってしゃがみ、下からすくうようにしてアリアを肩に乗せる。

 

「わぁ!」

 

驚きの声がアリアから上がる。恐らく男の目線の高さなど久しぶりなのだろう。僅かな体の震えが、肌から着物を通し、俺に伝染していた。

しかしそれは一瞬のこと。次の瞬間にアリアは空を見上げてただ花火の美しさに魅入られていた。

俺もそれにつられて再び夜空に目を向ける。

色とりどりの炎が黒を燃やし、そして燃え尽きて墨になったかのようにまた黒へと色を戻す。一つ一つが一瞬の出来事だが、それを繋ぎ繋いで一つの空を構成していた。

しかしそれも永遠にとはいかない。いつかは終わりが来る。花火による夜空のファッションショーは閉幕となる。

そしてその時は呆気なく訪れた。全ての騒音が消え、無音がその場を支配する。ただただ空は花火の撒き散らした煙でどこか白ずんでいた。そしてそれを切り開く一つの小さな火の玉が空へと打ち上がった。ぐんぐんと上へ上へ登っていく。勢いよくただ真っ直ぐに空へと打ち上がる様は、もう夜空を突っ切って宇宙まで行ってしまうのではないかと錯覚させられた程だ。

しかし勿論そんな訳はなく、その小さな火の玉はある程度の高さまで上ったところで、大きくその身を弾けさせた。ぶわっと広がる炎の花に遅れて、大きな爆発音が耳に届く。

これが最後の花火なのだろう。予告も何もされてないのに、この花火が最後であると、何故か察することができた。名残惜しさと、虚しさを同時に運んだ祭りの終わりに相応しい大きな花火。

様々な感情が詰められたそんな花火の色は赤紫(カメリア)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花火が終わり、周囲の人々が散り散りに去っていく。先程まで黙って空を見上げていたのが嘘だったように、皆が足元を気にしながらそれぞれの場所へと戻っていく。

 

「花火……綺麗だった」

 

そんな中、俺の肩に乗ったアリアは未だに花火の余韻に浸っているようで、星一つない真っ黒な空を見上げてそうつぶやいた。

 

「あきら、重いでしょ。下ろしていいよ」

 

それから少しして、アリアはそう言った。俺はその言葉に従うよう、腰を落とし、アリアの宙ぶらりんだった足を地面へと着地させる。

 

「ありがとう、あきら」

 

「ああ、花火見れて良かったな」

 

そう言った後、お互い微笑みを浮かべる。しかしそこでふと思い出した。アリアにばかりかまっていたと言うのに、珍しく理子が彼女に突っかかってこないと。

そうして周囲を見渡す。そしてある光景を見つけ、思わずぎょっと(まぶた)を引き上げる。

何と、かなえさんが理子を腕に抱えて、その理子と仲良く話しをしていたのだ。恐らく理子の身長だと花火が見れないと察したかなえさんが気を効かせてくれたのだろう。アリアに気を回し過ぎて理子を放ってしまい、その尻拭いをかなえさんがしてくれた。その事に申し訳なさを混じらせた羞恥心が混み上がってくる。

 

「申し訳ありません、かなえさん!」

 

俺は急いでかなえさんに近づいて頭を下げる。

 

「いえいえ、理子ちゃんも軽いですから」

 

そう言ってかなえさんは理子をゆっくり地面へと下ろす。その瞬間だった。怒り心頭と言った具合のアリアが理子にずんずんと詰め寄ってきた。

 

「あんたお母さん取ったわね!」

 

どうやら理子がかなえさんに抱えられたことに対して嫉妬しているらしい。

 

「そっちこそあきらを取ったじゃん!」

 

そうして理子の反論からいつもの喧嘩が始まった。俺は相変わら喧嘩っ早い二人に呆れ、苦笑いを浮かべる。

もうこのまま放っておいてもいいが、そうなった場合、後が怖いのでどうにか二人をなだめようとしたそんな時だった。

 

「明さん」

 

ふと背後からかなえさんが俺の名前を呼んだ。どうしたのだろうかと後ろを振り返れば彼女は優しい笑みでこちらを見つめていた。柔らかく、温かく──彼女はそんな表情をしていた。

 

「……アリアがあんなに楽しそうにしてるのは久しぶりで。今日、ここに来て本当に良かったです」

 

彼女は流れるような口調でそう言った。かなえさんの目線は未だに言い合いをしている理子とアリアに向けられている。子供同士の喧嘩を微笑ましく見守るその様子はどこか聖母──と言えば言い過ぎかもしれないが、しかしそう思ってしまう程に彼女の瞳は慈愛で満たされていた。

 

「奇妙な運命だわ。これもこの子がホームズ家の娘だからかしら」

 

ふと溢したかなえさんの呟きに俺はふと首を傾げる。俺には彼女の言っていることが何一つ分からなかった。

俺のそんな様子に気がついたのだろう、かなえさんはこちらに笑いかけて自身の言葉の補足をした。

 

「最近没落したリュパン家のご息女も“理子”って名前でしたから」

 

ドクリと心臓が跳ねた。夏の蒸し暑さが肌を撫でていると言うのに、冷や汗が全身から吹き出す。喉が渇き、唇が震える。扁桃腺(へんとうせん)が肥大したかのように言葉が詰まり、話すことができない。

しかし俺はここで言葉を止めるわけにはいかなかった。どうしても言葉にして彼女に聞かなければならないことができたのだから。

 

「ぼ、没落……ですか。えっと、じゃあリュパン家の方たちは?」

 

震える声を何とかなだめ、声を絞り出し、やっと言葉を形にして体外へと吐き出した。後は帰ってくる言葉を待つだけ。それだけだと言うのに何故か俺の心は平常から大きく乱れ、それに伴い呼吸もどこか浅くなる。

そんな中、返ってきた。一つの運命を握ることになるかもしれない言葉が。

 

「確か当主のご息女だけが生きておられて、今はルーマニアに引き取られたと聞いています」

 

何かがカチリとはまったような音が脳の奥で静かに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理子とアリアの喧嘩が一段落したところで、俺たちは自宅に帰ることにした。もう夜も遅く、この人だかりでは帰り道が混むと予想できるので、早めに行動するのが吉だ。

 

「明さん、今日はありがとうございました。貴方がいなかったらと思うと……」

 

これから別れようと言うところでかなえさんは俺に向かって丁寧に腰を折った。

 

「いえいえ、こちらこそ楽しい時間を過ごさせていただきました」

 

事実そうだった。かなえさんと久々に会えて楽しかったし、アリアとも出会えて良かったと思っている。そういう意味では迷子になったアリアに感謝だ。

 

「ほら、アリア。お別れの挨拶よ」

 

「……………………」

 

かなえさんの手を握っているアリアは彼女にそう言われているものの、何やらうつ向いて、一向にこちらへ顔を向けない。かなえさんと繋いでいる逆の方の手はぎゅっと握られており、何かを耐えているように見えた。

アリアがこうなっている理由は言われずとも察することができた。

 

「ふん、ここで別れられて清々する!」

 

そんな様子のアリアだったが、理子の喧嘩を売るようなその一言で態度が一変する。

 

「んにゃ! なによ! こっちこそ清々するわ!」

 

先程までうつ向いていたのが嘘だったかのように、アリアはがばりと顔を上げ、理子に対して鋭い目線を送る。しかしそこにいつもの迫力はなく、彼女の瞳はしっとりと夏の湿気に同調するよう濡れていた。

理子はそんな喧嘩言葉に喧嘩言葉で返したアリアに対してふん、と顔を背け、そして尖ったままの口をそっと開く。

 

「あきらのパートナーには私がなる! だけど貴方があんなこと言ったから気持ちよくあきらのパートナーになれない。だから──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからまた今度会った時に勝負ね!」

 

アリアは大きく目を見開かせる。それと比例するように、彼女の瞳に輝きが増す。まだ灯っている祭りの残り火が彼女の瞳に反射して夜空の星のようにきらめいていた。

 

「し、仕方ないわね! また勝負してあげる。でも絶対私が勝つわ!」

 

アリアはそう言ってニヒルな笑みを浮かべる。先程まで彼女を覆っていた重く暗い気配はもう既にどこかへと消え去っていた。

 

──もう大丈夫だ。

 

そう判断した俺はアリアの頭に手を起き、グリグリと頭を軽く押さえつけながら撫で回す。鬱陶しそうに俺の手を払いのけるくらいするのではないかとと思っていたが、アリアはむしろ気持ち良さそうに俺の手のひらを受け入れていた。

 

「じゃあな、アリア。いつまでもちっこいままじゃ駄目だぞ」

 

「ふん、大丈夫よ。将来はあきらを見下ろすぐらい大きくなるんだから」

 

俺たちの交わした別れ際の言葉はこれだった。感動的でもなく、重苦しいものでもなく、適当と生意気をそのまま形にしたような軽々しい言葉。しかし俺たちとアリアの間にある別れの子などそのくらいできっと丁度いいのだ。

今一度頭を下げ、人混みの中へと去っていくアリアとかなえさん。二人はすぐ万華鏡のような浴衣の群れに飲み込まれ姿を消した。

 

「寂しくなるな」

 

二人の消えて行った方向を眺めながら俺はそう呟いた。

 

「…………うん」

 

理子はただそう言ってこくりと首肯する。アリアがいなくなったら素直になるんだなと、思いながら俺はふと少し前にかなえさんから得た情報を思い返していた。

 

──理子はリュパン家の娘かもしれない。

 

まだ確信はない。しかし引き取られた先がルーマニアなら、船に乗ってイギリスにたどり着くことはできる。まだ判断できる要素は多くないが、可能性としては十分にあり得る話だ。

しかし、もし理子がリュパン家の娘だとすれば、彼女の両親はもう既に──。

 

「……なあ、理子」

 

「何?」

 

「だっこしていいか?」

 

俺の言葉に驚いたのか、理子はポカンと小さな口を真ん丸に開ける。無理もないだろう。俺が「だっこしていいか?」などと理子に言ったことなど今まで一度もなかったのだから。

 

「どうしたの? 寂しくなっちゃった?」

 

しばらく固まったままだったが、少しして心配そうな表情を張り付けて理子は俺の顔を見上げる。

 

「……そうかもな」

 

「にひっ! ならいいよ!」

 

俺がそう言うと理子は大きな笑みを浮かべ、こちらに向かって両手を差し出した。

俺は無防備を晒した理子を抱き上げて、彼女の体を腕へと納める。そうするとすぐに、理子は俺の顔を両の腕で包み込んだ。そして同時にこう言った。

 

「寂しくない、寂しくないよ」

 

まるで子供を寝かしつけるような優しい口調。背格好や性格は全く違うと言うのに、俺はそんな理子の姿に先程別れたかなえさんの姿が重なって見えた。

きっと母性──と言うよりは“温かさ”と言う言葉がぴったりなモノがそうさせたのだろう。

俺はそんな小さな小さな娘に心の中でこうささやいた。

 

 

──寂しくない、寂しくないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




夏が終わるまでに投稿したかったが、終わってしまった。

ここから理子の正体追及&色金編(ネーミング適当)です。ロリ白雪とか出す予定。
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