町の端にある小さな駄菓子屋さん。田舎も田舎の小さなその店外で、俺は目の前の老婦人に一つ頭を下げていた。地面を燃やすかのような激しい日差しのせいか、自分の作った影が色濃く地面のアスファルトにへばり着いていた。
「すみません、レキさん。理子を頼みます」
「はい、責任を持って預からせていただきます」
歳を全く感じさせないピンと伸びた背筋を立てながら、目の前の女性──レキさんがそう言う。白髪に少しグラデーションされた水色が、この夏日に反抗するような涼しさを演出していた。
はて、なぜ俺がレキさんに対し、頭を下げているのか。それには理由があった。それはアリアと出会ったあの夏祭りが始まりだ。俺はあの日、かなえさんから理子がリュパン家の娘かもしれないと言う手掛かりを掴んだ。今まで探し続けたが、見つからなかった真実があるかもしれない。俺はそう判断し、長期休暇の申請を職場に申請した。そしてその期間に何とか理子の過去に何があったのかを知ろうと思ったのだ。
だから俺は理子に出張だと嘘を言い、しばらく家を空けることにした。しかしその間、理子を放っておくわけにはいかず、何とか彼女を預かってくれる人を探していた所、何故かタイミング良くレキさんが現れ、事情を話すと快く了承してくれたのだ。
「……明さん、気をつけてください」
レキさんは相変わらずの無表情でそう言うが、どうやら本当に心配してくれているようで、彼女の持つ瞳は真っ直ぐとこちらを見て離さなかった。
「はい、ありがとうございます」
俺はレキさんにそう言って、彼の隣で顔をうつ向けている理子に目線を移した。理子は直前まで俺が離れる事を嫌がり、くずったのだが、しかし最後には何とか納得させて、やっとの事でここまで連れてきたのだ。
「理子、レキさんに迷惑を掛けないようにな」
俺はそっと理子を包むように、優しくそう言う。しかしそれを聞いた理子は目に一杯の涙を溢れさせ、俺の元へと駆け寄り、腰に抱きついてきた。
「駄目!あきら行っちゃ嫌だ!」
鼻を
「仕方ないだろ。それに前にも一度だけこんな事があったじゃないか。今回はそれが少し長くなっただけだ」
「で、でも!だ、だっで!あきらがそのまま帰って来ないような気がして!」
理子は俺の腰に押し当てていた顔を僅かに上へと向けた。俺を下から見上げる理子の表情は、“不安”と“恐怖”。その二つによって厚い化粧が施されていた。
「心配し過ぎだ、理子。大丈夫、安心しろ。俺がお前との約束を破ったら事なんて一度も無かっただろ?さっきも約束したじゃないか。必ず理子の元に帰ってくるって」
そう。俺たちの住むアパートから出る前に俺と理子は指切りをしていたのだ。“必ず理子の元へと帰ってくる”。そう約束したからこそ、理子はぐずりながらもここまで来たのだ。
「…………じゃあもう一回約束」
だからだろう。理子がそう提案したのは。今思えば、この二年で俺と理子の間にある“約束”と言う言葉は、ある種特別な意味を持っていたのかもしれない。俺は理子の肩に手を置きながら、ゆっくりと膝を曲げてしゃがむ。それからそっと差し出された、小さな小さな小指に俺の不格好な指を絡ませた。
「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲~ます、指切った」」
硬い約束。複雑に絡み合って混ぜ合わさったその凝固な誓いは、再び二人が出会うまでほどけはしない。二本の手があって、初めてその結びをほどく事ができるのだ。
「じゃあな理子、行ってくる」
「うん!行ってらっしゃい!」
最後には笑顔で見送ってくれた理子に俺は手を振り、そして振り返らなかった。それはそう。俺も理子と離れるのが寂しいと、そう思っているのだから。だから次に理子を見る時は、全身を彼女に向けてと俺は自身にそう誓いをたてた。
そこは今の季節にふさわしくない場所に思えた。肌で感じる温度が、髪を撫でる風が、肺に取り込む空気が、その全てが“夏”とは縁遠い所にあるように思えた。しかしたまに差し込む日差しが体に突き刺さると、それは勘違いで間違いなく今が夏なんだと改めて認識させられる。
「……寒む」
思わずそう呟く。その呟きはどこからか聞こえる水の流れる音や、風が木葉を揺らす音にかき消される。そしてそれに対抗するように、俺の足元からザクッザクッと砂利を踏みしめる音が周囲に響いた。
「夏の山がこんなに寒いとは思わなかったな」
そう。俺は今、山道を歩いていた。ただ山道と言っても、その道は幅広く、道も整理されており、車一台程度なら普通に走れるような山道だった。
そんな山道を登り、俺はある場所を目指していた。それは一つの建物だった。詳細に言うならば『リュパン家の所有していた館』と言った方がいいだろう。何故、リュパン家の所有していた建物が日本にあるのかと言うと、それは正確には分からない。しかし、いくらでも予測は立つ。恐らくではあるが、理子の母親と思われる人物の故郷が日本だからだろう。元々、大きな家名と言うこともあり、その程度なら少し調べただけですぐに判明した。
今はリュパン家の物でなく、ある人物の所有の建物となっているが、何故かその人物の情報は調べても出てこなかった。しかし何か少しでも手掛かりがあるかもしれないと、あまり考えなしにその場所へと向かっていた。
館が見えたのは、山道を進んで二十分ほどたった時だった。緑の屋根に白い壁。木製のシンプルなその館には何一つ余分なものなど無く、装飾などもあまり見られなかった。しかし館の色合いと、その周囲を取り囲んでいる木々たちとが一つに混ざり合い、美しい光景を演出していた。むしろ何か一つでも派手な装飾などもあれば、その光景が台無しになっていただろう。
俺は一歩一歩、確実に歩みを進め、館の目の前に到着した。
外からは人の気配は感じられないが、館の外壁や、周囲の地面を見るに、定期的に整備され、人の手が加えられていることが分かる。俺はきっと誰か住んでいるのろうと思い、館の入り口である扉をノックしようとした時だった。
「……これは」
思わずそう口から漏れた。それは驚きの感情を含んでいた。それもそうだろう。何せ目の前の扉に掛かっている木製のプレートに白いシンプルな字でこう書かれていたのだから。
『
意味が分からなかった。それはつまり、誰でも勝手に入ってくれと──いや、違う。俺がここに来るのを分かっていたかのような文だった。
俺は服の中に隠していたホルダーから拳銃を取り出し、そっと扉を引いた。すると何の抵抗もなく、あっさりと扉は空いた。
そして空けるのと同じように、慎重に扉を閉め、警戒しながら周囲を見渡す。
館の中は簡素な造りになっていた。左右に別れた通路と、その間にある大きな階段。恐らくこの三つの道から様々な部屋に繋がっているのだろう。ふと上を見れば、日の光を効率良く取り込む為か大きな窓が幾つも壁に設置されていた。
聞こえる音は外からのなびく木葉の音や、野鳥のさえずりのみ。人の気配など一切感じられなかった。
俺はまず一階を調べようと息を殺しながら慎重に館の中を進んでいく。リビング、キッチン、ダイニングと一つ一つ部屋を調べていくが、何か手掛かりになりそうな物は何一つとして見つからなかった。分かったのは、まるでついさっき掃除をしたのではないかと思ってしまうほど、一つ一つの部屋が綺麗に整頓されており、ホコリっぽさなど一切ないことくらいだった。
そうして慎重に館を調べていたのだが、俺はある部屋に入り、思わず足を止めた。そこは書斎のようだった。今まで見てきた部屋と比べて、小さいながらも机や本棚などの必要最低限な物が一つの空間に凝縮された、特徴的な場所。
では何故俺が思わず足を止めたのか。それはその部屋が他の部屋とは違い、空気がよどみ、汚れていたからである。窓から差し込む日差しのスポットライトが、舞うホコリをキラキラと照らしていた。
更には今までの部屋は気味が悪いほどに一つ一つの物が整理されていたのに比べて、この部屋は机の上に書類が平積みされていたり、本棚から本が出たままになっていたりと、ほとんど清掃されていないように見えた。まるでここだけが取り残され、時が止まっているようだった。
「なぜここだけ……」
思わず言葉が漏れる。俺は呼吸を浅くし、部屋の中に入る。そうして空気を入れ換える為に一つだけある部屋の窓を開けた。外の清々しい空気が一気に部屋へと入り込み、今まで閉じ込められていた空気たちが我先にと外へと飛び出していった。
これで少しはマシになったかと、少し満足気に表情を引き締め、俺はこの部屋の調査をすることにした。まずは一番目に留まった机からと、積み重なった書類の山を横へとずらした時だった。
「これは……写真か?」
どかした書類の影に、写真立てが前のめりに倒れて置いてあった。その写真立ては投げ捨てるように倒れ、その上から化粧を施しているかのようにホコリが覆い被さってあった。その様はまるで荒野に晒された死骸のようで、見ていてどこか空虚な気持ちにさせられるものだった。
俺は何となくその写真立てを手に取る。すると写真立ては割れるように縦に分離し、そこから一枚の薄い紙のような物が出てきた。俺はそれをつかみ、その紙を見た。そして思わず目を見開く。一瞬、息が止まり、それに応呼するように心拍数が跳ね上がる。
そこに写っていたのは家族写真だった。一組の夫婦に、その子供。一番右には引き締まったスーツを着て、軽く微笑む若い男。どこか力強さと、賢さが合いまった不思議な雰囲気の人物だ。
一番左にはふわりとした赤いドレスを着た、金髪の似合う綺麗な女性。写真越しからも優しさが溢れ、どこかおっとりした様に見える可愛らしい人物だ。
そしてそんな二人の真ん中には彼らの子供と思われる少女が立っていた。その娘は幸せそうに満面の笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
俺はその写真をしばらく眺めた後、写真をひっくり返して裏側を見る。そこには三つの名前が記載されていた。きっとそれはこの写真に写っている人物たちの名前なのだろう。
いや、少なくとも俺はそうだと確信していた。何故ならその三つの名前、その一番下にはこう書かれていたのだから。
──峰・理子・リュパン4世
あれからあの部屋を調査してみたが、何か新しい発見をすることはできなかった。ただあの“理子”が『峰・理子・リュパン四世』だと言うことしか分からなかった。しかし逆に言えばそれは俺が一番、探し求めていた“理子”の正体を知ることができたことに他ならなかった。
二階の全ての部屋を調べ終えた俺は階段を降りて一階に向かった。そして段差を全て降りきった瞬間、ホルスターから拳銃を抜いた。
──誰かいる。
武偵として培った経験が、いままで磨いてきた能力がそう俺自身に告げていた。危険な気配ではない。しかしどこか不気味なこの家にいる人間と言うだけで警戒すべきなのは間違いなかった。
俺はいつでも引き金を引けるように準備しながら、一階のリビングへとつながる扉、そのドアノブに手を掛けた。耳をすましてみると何かカチャカチャと甲高い音が断続的に聞こえてきた。俺は大きく息を吸い、思考を落ち着かせた。そして意を決して勢い良くドアを開け放った。
「やあ、明くん。久しぶりだね」
俺が扉を開けるタイミングを事前に知っていたかのように、直ぐ様そんな言葉が聞こえてきた。
そしてそれと同時に俺は驚きで目を見開かせる。なぜならそこにいたのは、俺をこの日本に住まわせる原因となった人物だったからだ。
「シャーロック・ホームズ!なぜお前がここに!」
そう。そこにいたのは俺がイギリスにいた頃に出会ったシャーロック・ホームズと名乗る男だった。いや、今ならばこの男が間違いなくシャーロック・ホームズと名乗るだけの要素を持っていることを俺は知っている。本人なのかどうかはどうでもいい。俺にとって、この男はシャーロック・ホームズである。その事実は間違いないのだから。
「なぜも何もこの家は私の所有物だからね。家主が自分の家にいてはおかしいかい?」
そこで俺は理解する。シャーロックはきっと知っていたのだ。俺がここに来ることを。だから扉にあのような言葉を書き残したのだろう。
そしてここの家の所有者として記されていた名前は恐らく偽名なのだろう。
「そう。君の推測通りだよ」
シャーロックは俺の心を読んだのか、そんな返答をする。そして、先ほどまで用意していた二つのティーカップを持ってソファーに腰を降ろした。
「取り敢えず座りたまえ。きっと、今の君には私に何か尋ねたいことがあるだろうからね」
尋ねたいこと──確かにそうだ。こいつがこの家の所有者だと言うなら、俺はこいつから聞かなければならないことが幾つかある。
「味は保証するよ」
シャーロックと対面するように俺が座ると、彼はそう言って目の前にあるティーカップを目で指し示した。
俺はその言葉を無視して、鋭い目で目の前の男の顔を凝視した。
「俺は理子がリュパン家の令嬢だと言う証拠を見つけた。いや、今思えばお前に誘導されていたのかもしれないが。ともかく俺の預かっている“理子”は“峰・理子・リュパン四世”。これに間違いはないか?」
俺が眼を細め、シャーロックに問い詰めるように尋ねると、彼は小さく頷いた。
「正解だよ。彼女は没落したリュパン家の令嬢だった娘だ。彼女の両親が不慮の事態で死亡し、残された理子くんにリュパン家の維持などできるはずもなく、リュパン家はは没落し、歴史から名を消した」
「そしてその後、身寄りの無かった峰理子はルーマニアにいる親族に引き取られた」
「ああ。そう周知されているね」
「だがそれはおかしい」
シャーロックは肯定の言葉を口にするが、俺は目尻に力を込め、目の前の男を睨む。
「俺はここ数日、リュパン家について調べ尽くした。俺の人脈やスキル、ありとあらゆるものを使って。その結果、分かったことがある」
そう。俺は理子がリュパン家の令嬢でないかと疑いはじめてから、リュパン家について調べた。歴史。家族構成。そして没落に至る経緯。そして分かったことがあった。
「ルーマニアにリュパン家の親戚など存在しない。そう、理子は誘拐されたんだ」
俺は自分の推理を口にする。今までに得た情報と、理子が逃げ出したと言う事実によって導き出した結論を。
俺の推理を聞いている間、シャーロックは微笑を浮かべていた。まるで何か面白いスポーツの試合を観戦しているかのように、僅かに前のめりになりながら、じっと微動だにせず俺を見つめていた。
「なるほど。筋は通っている。素晴らしい推理だ。しかし、ならなぜその親戚を装った人物は理子くんを誘拐などしたのかな?」
俺は思わず言葉を詰まらせる。理子が誘拐されたと言う結論を導き出したものの、その部分に関してはほとんど何も分からなかったのだ。理子を引き取ったと言う家も調べたが、ここ十年大きな動きはしていなかった。俺から見れば理子を誘拐する前とした後の変化がない。だから俺は何の為に理子を誘拐したのか──その理由を確固たる自信を持って言えなかった。
「……それは分からない。だか考えられる物としては“情報”、“立場”、何かしらの“遺産”だ」
誘拐によって得られるモノを適当に並べたが、俺が考え付くのはこの三つくらいだった。シャーロックは俺の言葉を聞くと、前のめりになっていた姿勢を元に戻し、腰を深く座り直す。
「採点をすると、それらはバツだ」
そしてシャーロックはそう言う。その台詞から推測するに、シャーロックは理子が誘拐された理由を知っているのだろう。
教えてくれてもいいのに──と心の中で悪態をつきつつも、俺はそれを隠すように目の前に置いてあったティーカップを手に取り、それで口元を覆う。喉に熱が通過し、鼻孔に華やかな匂いがこもる。
どのような種類の茶葉を使ったのかは分からないが、少なくとも庶民が手軽に口にするような物を使っていないことだけは分かった。
「お味はどうかな?」
目の前の男は感想を求めてくるが、子供っぽいと思いつつも俺はそれを言うのが癪で、黙ってティーカップを元の位置に戻した。
シャーロックはそんな失礼とも取れる行動に何も言わず、ただ僅かに口角を上げるだけだった。
「君は理子くんから何か預かっているだろう?」
シャーロックは唐突にそんな言葉を口にした。俺はその言葉に疑問符を浮かべる。そんな物などあっただろうかと、ここ数日の記憶を掘り起こす。昨日、理子と別れた所から始まるその発掘作業は、一瞬にして目当ての物を見つけることで終わりを向かえた。
俺は視線を自分の胸元に落とす。そして服の襟元からネックレスのようにして首に掛けていた一つの十字架を取り出した。それは俺が理子と出会った時に、唯一彼女が持っていた物だった。
──これ、帰ってくるまであきらが持ってて。
俺がしばらく家を離れると告げた時に、理由も言わず、理子はこのネックレスを渡してきた。お守りの代わりなのか分からないが、理子があれほど大事にしていた物を俺に預けてくれたことは素直に嬉しかった。
「その十字架のロザリオが君の求めている答えを教えてくれるだろう」
十字架を見つめていると、シャーロックは答案を読み上げる教師のようにそう告げた。
しかし俺は釈然としなかった。どこをどう見てもただの十字架のロザリオだ。何か特別な仕掛けがあるようには見えない。確かに高価に見えはするが、それ以上の感想は特に思い浮かべることはできない。しかしこの男がそう言うのであれば、このロザリオに何かがあるのは確かなのだろう。
「星伽神社と言う神社に行くといい。君が次に向かうべき場所だ。ちなみにキーワードは『色金』だ」
『色金』──聞き覚えのない言葉に俺は眉を潜める。それに星伽神社と言うのも知らない神社だ。どうやらまだまだ真相に近づくことはできないらしい。
俺は帰りが長引きそうなことに内心で理子に謝る。
それにしても意外だったのはこの男だ。シャーロックは俺に対し、決定的なヒントを出すことはなかった。あくまで進むべき方向性だけを示してきた。しかし今回は方向に加えて、ゴールに向かう道順まで教えたのだ。一体どう言った風の吹き回しなのかと疑問に思うが、どうせはぐらかされるだけかと俺はグッと言葉を圧し殺し、その代わりとなる言葉を適当に投げ掛けた。
「お前ってできないこととかないのかよ」
「ふむ。まあ色々できるのは確かだね」
「魔法を使えたりしてな」
「できるかもね」
「……マジかよ」
やめだ。こいつと話してたら頭がおかしくなりそうだ。
俺はティーカップの半分ほど残っていた紅茶を一気に飲み干し、そっと立ち上がる。
次に行くべき場所が決まった。シャーロック・ホームズと言う人間は信用できないが、少なくともこいつの持ってくる情報は信用できる。だから俺は素直にこの男の言う場所に行くことにした。
「見送りは?」
「いらん」
考えるだけで寒気がする。
「それは残念だ。ならその代わりにこれをあげよう」
シャーロックはそう言って、懐から小綺麗なメモ用紙を渡してきた。それは地図だった。それも手書きで、やたらと丁寧な地図。そしてその地図には二つの場所を繋ぐ赤線が引いてあった。一つは俺の今、住んでいるアパートだ。そしてもう一つは──。
「……港?」
そう、俺の住んでいるアパートの近くにある寂れた港。どうやら赤線は今の住居からその港にいく為のルートを表しているらしい。更に不思議なことに、港を指し示す場所に、『私はここにいる』と言う意味の分からない一文が添えられていた。俺は「何でこんな物を?」──とシャーロックを睨み付けるが、本人はそれを意にも介していない様子だ。
「いずれ役に立つ。理子君から渡されたロザリオと同じように肌身離さず持っていたまえ。私がそれを渡した意味が解るまでね。場所を覚えたからと言って、それを捨ててはいけないよ」
話を聞いても意味不明だ。しかしだからと言ってこれ以上この男に言求しても答えてはくれないだろう。
俺は受け取ったメモを乱雑にズボンのポケットに突っ込み、部屋を出てそのまま家の外へと続く扉を押し開けた。
外はまだ明るかった。太陽が力強く地上を照らし、雲はそれを邪魔しないようにその脇を流れていく。蝉の鳴き声がけたたましく俺の鼓膜をしつこく叩き、夏だと言うことを主張する。
──理子のやつ、寂しくしてないかな?
空を見上げて俺はそんなことを思う。それと同時に俺は思わず苦笑する。たった一日離れただけだと言うのに、理子の心配をする俺自身の変化に。
俺は空に向けていた視線を前へと向け、歩き始める。一日でも……いや、一秒でも早く理子の元へ戻る為に。
次回、星伽神社に明が向かいます。ロリ白雪が出てきます。