つないだ手   作:Gasshow

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なぜかもう一話書けました。
理子に違和感が…………。


つなぎはじめ

イギリスのロンドン武偵署で俺はひたすらに個人情報ホルダーを漁っていた。これはイギリスに在住している人物の大方な個人情報を閲覧できるものだ。もちろん上からの許可を得なければいけないし、見られるのも電話番号や住所、名前だけである。

 

「…………無いな」

 

上司のパソコンにあるフォルダー内を漁っても『峰理子(みねりこ)』と言うと名前にはヒットしなかった。日本から転住してきたと考えるのが妥当だったが、こうなると少し事情が変わってくる。もし観光目的で来た家族からはぐれたのなら、今頃ここに連絡の一本でも来ている筈だし、それなら全裸に傷だらけ(など)と言う状態でトンネルの中にいるのはおかしい。そうなると考えられるのは不法入国しか無い訳だが…………。

 

「はぁ、また面倒なのを拾ったな」

 

自然と溜め息かこぼれた。今回は安易に拾い物などするべきではなかったか。これからどうするか、もしこれを報告するならどうしたものかと頭を悩ませていると、急に後ろから声がかかった。

 

「何か見つかったか、筒香(つつごう)?」

 

俺はかかった声の方へと向き直った。そこにはガタイのいい、いかにもイギリス人らしい男が立っていた。

 

「いえ、期待したものは何も。机を占領しておいてすみません、カールさん」

 

彼は俺の直属の上司に当たる人物だ。武偵ランクもSランクで、俺はいつも世話になっていた。

 

「ああ気にするな。それより、どうした?また何か厄介事にでも会ったか?」

 

「まぁそんな所です」

 

するとカールさんはガハハと豪快に笑った。

 

「そんな事だろうと思ったぞ。お前は昔から何かと変なものを寄せる体質だからな」

 

全くである。

 

「深くは聞かないが、手に気負えなくなったら連絡しろ。金のこと以外なら相談にのってやるよ」

 

何ともまぁ人のいい上司だ。本人もこう言っている事だし、本当に困った時は全部この人に押し付けよう。

 

「ありがとうございます」

 

俺がこう言うと、再びカールさんはガハハと笑い、オフィスの奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

峰理子の事もあり、俺は仕事を早めに終わらせ、帰宅することにした。見慣れた帰り道を歩き、見慣れた扉に手をかけて開ける。だか俺が扉を開け見たものはそれはそれは見慣れない光景だった。

 

「………………お前、何やってんだ?」

 

峰理子が我が家の猫や犬を身体中に身に付けていた。こう見ると、毛皮を丸々被っているみたいだ。それにしても家のペット達は人懐っこいが、まさかこれ程までとは思ってもみなかった。

 

「全く、治ったのなら大人しくしとけ」

 

俺は呆れ声をだしつつも、動物の山から首根っこを掴み、峰理子を引っ張り出した。すると彼女は、俺の方をじっと見て一言、口を開いた。

 

「………………名前」

 

「あん?」

 

「この子の名前は何て言うの?」

 

俺は彼女が俺の足元で丸くなっている茶色がかった猫を指差しているのに気づいた。

 

「ああ、そいつは“チョコボール”って名前だ」

 

「…………なんで?」

 

「理由か?理由はこいつが春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)いつでも丸くなる変な猫でな。それに毛が茶色の毛をしてるだろ。だからチョコボール」

 

確かこの猫は俺がイギリスに来て初めて拾った猫だ。もうかなり年寄りだが、今でも元気な姿を見せている。峰理子はしばらくその猫を見ていた。俺はその間、彼女をゆっくり下ろして地面へと着地させる。そして俺は、家に帰ったら聞こうと思っていた事を聞くことにした。

 

「お前、どうやってここに来た?」

 

彼女は口をつぐんだままだったが、少ししてこう答えた。

 

「………………船に乗って」

 

「船?」

 

「大っきい船に乗って来た」

 

おいおい、そりゃ多分貨物船だぞ。不法入国確定じゃねえか。それにしてもよく見つからなかったものだ。

 

「何でそんなことした?かくれんぼしててそうなったわけでもあるまいに」

 

少女は俺の質問に返答しないで、そこから黙りこくって一言も喋らなかった。

 

「…………まぁいい」

 

理由を聞くのは後からでもいいだろう。聞いたところで、彼女が不法入国したのは間違いないのだ。しかし話を聞いた感じでは、一人で貨物船に乗ったことになる。

 

「…………お前、家族はいないのか?」

 

こんな幼い少女が一人で国境を越えてここまで来た。もし、家族がいるならそこへ送り返した方がいいだろう。しかし彼女は俺の言葉を聞くと、顔を歪ませて、その大きな目に雫を(あふ)れさせた。

 

「おいおい、泣くなよ。悪かった、無粋な質問をした俺が悪かった!」

 

俺は慌てて、泣き出した峰理子の背中を撫でた。どうやら彼女にこの話題をふるのはご法度(はっと)らしい。このリアクションから察するに、親と呼べるものに期待をするのは止めた方がいいようだ。だがそうなると、もう手の打ちようが無い。面倒だが、大人しく事情を話して施設かどこかに預けるしかない。不法入国者だが、この年なら罪を受けることはなはずだ。

 

「このまま、ここにいても仕方がないからな。明日、お前を施設に連れていく」

 

「…………施設?」

 

どうやら、峰理子は施設がどういうものか分からないようだった。

 

「まぁ俺も詳しくは知らないんだが、(よう)はお前みたいな身寄りのない子供達を集めて育てている場所だな。何かと不便(ふべん)かもしれないが、行ってみればいい場所だと思うぞ…………ってお前は何をしてるんだ?」

 

そんな適当な説明をしていたら、急に俺のしわくちゃのスーツの端を掴んできた。

 

「おい、どうした?」

 

彼女はうつ向いたまま、ぎゅっと拳の力を強めた。俺のスーツにしわが広がる。

 

「…………ぃ……ゃ」

 

小さな声で弱々しく何かを呟いた。

 

「ん?」

 

俺が聞き取れずに聞き返すと、峰理子はがばりと顔を上げ、大きな声でこう言った。

 

「嫌だ、ここにいる!」

 

その時、俺が見た彼女の表情は何故だろうか、昔見たとある城を連想してしまった。弱々しくそびえ立つ、その建物はどこもかしこもボロボロなのに、一向に崩れる気配が無かった。まるでそう、自分の姿を見て欲しいとそう思っているかのように。それほど今の彼女は堂々と、それでいて芯をしっかりと持っていた。

 

「…………どうしてここにいたいんだ?」

 

「…………だって、一人は嫌だから」

 

「一人って……施設にもちゃんとお前と似た境遇の子供もいるだろうし、面倒を見てくれる大人もいる。一人じゃない」

 

しかし、俺の説得にも耳をかそうとしない。首を横に振って、まるで駄々をこねるようにそれを拒否した。

 

「それでも嫌だ!」

 

断固として動じない、そんな覚悟がひしひしと伝わってくる。困った。俺は後ろ髪を掻きながら、どうしようかと思考に耽った。そして俺は心のどこかな穴のような隙が出来始めていた。じっと見つめる彼女の目を真っ直ぐに見つめ返し、そして言った。

 

「…………ここにいたいのか?」

 

「うん」

 

「ここにいたって良いことなんて何もないぞ」

 

「うん」

 

「それでもいたいのか?」

 

「うん」

 

いいのか?犬や猫とは訳が違うんだ。そんな軽い気持ちで決めていいものでは無いはずだ。だが、もし俺がここで彼女を受け入れなければ、この先この『峰理子(みねりこ)』と言う少女がどんな人生を送るのか、せめて一人でも彼女の味方がいれば、そう思うと俺の胸にモヤモヤとしたものがかかっていくのが分かる。そして、もしここで彼女を拒めば、それが一生消えない事も俺には何となく分かっていた。

 

「………………そうか」

 

俺は静かに腰を下ろしてしゃがみ、この迷子の少女を正面から見た。もう引けない。あんな場所で出会ったのが運の尽きだ。俺とこいつが出会った瞬間からこうなるのは決まってたのかもしれない。「ここにいたい」そんな彼女の本音を聞いた俺に、もう他に選べる選択肢は存在しなかったのだ。

 

「………………よし、なら(うち)に来るか」

 

その時その瞬間、俺は初めて家族と言うものを得た。そして、初めて俺が見た理子の笑顔も、今日この日この瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あきら、起きて」

 

その言葉が最近の俺の目覚まし替わりだった。体を揺すられる感覚には未だ違和感を覚える。朝、起きた瞬間に人の声を聞くのもだ。

 

「……………お前、やっぱり起きるの早いな」

 

寝ぼけながら枕元にある時計を見て、俺はもう一度布団を被り直した。

 

「…………休日くらいもう少し寝かせてくれよ」

 

俺は聞こえないとばかりに、再び目を閉じる。だがそうは問屋が(おろ)さなかった。

 

「お腹減った」

 

「…………くそ、そう言われると起きるしか無くなるだろ」

 

 

理子と出会ってから既に一週間。もう一週間なのか、やっと一週間なのか、俺にはよく分からない。ただ、いつもと違う生活に少しばかり戸惑っているのは間違いなかった。最近は目覚ましをかけないし、酒を飲む事も少なくなった、残業も全くしないで早めに帰るようにしている。

 

 

 

「あれだ、食器とか出しといてくれ」

 

「はーい」

 

俺は意識のはっきりしない状態で台所に立つと、フライパン等を取り出して朝食の準備をすることにした。

これも理子が来て、変わったことの一つだ。きちんとした朝食を作るようになった。理子が来るまでは、シリアルだけで済ましたり、たまにだが食べない時まであった。

 

「理子、今日もやってみるか?」

 

俺は卵を二つ取り出して理子にそう訊ねた。

 

「うん!」

 

理子は勢いよく返事をすると、俺から卵を受け取り、ボールに向かって謎のポーズをして構えた。そして、勢いよく卵をボールの縁に降り下ろし、殻にヒビを入れて、両手でその卵を真ん中から割った。

 

「あっ……」

 

しかしその瞬間、殻も勢いよく砕け散り、

卵の中身と一緒にボールの中へと落下した。

 

「ははっ、残念。今日も殻あり玉子焼き確定だな」

 

「うぅっ」

 

理子は悔しそうに割れた卵の殻を見つめていた。俺はそんな理子を尻目に、ボールの中の殻を一個づつ取り出す。これは、数日前から理子がチャレンジしている壁だ。俺が卵を割るのを見て、理子が「やりたい」と言ったのが始まりだった。

 

「まぁ、誰しも初めはそんなもんだよ。俺だってそうだったんだ。直ぐに出来るようになるさ」

 

「本当?」

 

理子は不安そうに俺を見上げた。

 

「ああ、約束する。俺は出来ない約束はしない。ほら、指切りしよう」

 

「指切り?何それ?」

 

「そうだな……これをしたら、絶対約束を果たさなくちゃならない、そんな日本に伝わるおまじないみたいなものだ」

 

「へぇ~。じゃあ私があきらと指切りすれば、卵を綺麗に割れるようになるの?」

 

「ああ、なるさ。お前が練習すればの話だがな」

 

「分かった!じゃあ指切りする!」

 

「よし、ならこうして小指を出せ」

 

「こう?」

 

俺の真似をして理子はその小さい指を付き出した。

 

「ああ。こうやって指を絡めるんだ」

 

俺は自分の小指と、理子の小さな小指を絡めた。

 

「指切りげんまん嘘ついたら針千本の~ます、指切った」

 

そうして、俺の指と理子の指は離れる。だが理子は何か引っ掛かるのか、浮かばない顔をして心配そうに俺を見ていた。

 

「あきら、針千本飲むの?」

 

そこかなのか!確かに幼い子供からすれば、十分に恐ろしい歌かもしれないが……。いや、大人でも針を千本も飲むなんて恐ろしいが。

 

「大丈夫だ。理子が約束を守れば針千本、飲まなくて済むからな」

 

「そうなの?でもやっぱり心配だから、大爆発でいいよ」

 

「何でそうなる……余計に酷くなってんじゃねえか」

 

最近の子供ってこうなのか?これがジェネレーションギャップと言うやつなのか?

 

「まぁとにかく、このまま行けば卵くらい直ぐに割れるようになるって事だ。分かったらほら、卵をかき混ぜてくれ」

 

俺はそう話を切り上げて、卵の殻を取り除いたボールを理子に渡した。

 

「いいか、理子。我が()の卵焼きは砂糖をたくさん入れる甘口スタイルだ。お前のさじ加減で全てが決まる。しっかりやれよ」

 

「うん、分かった。頑張る!」

 

そうして俺と理子は、互いに笑いあった。そんな些細(ささい)な事が、今の俺の日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イギリスで半分、日本食と言うバランスの悪い食事をとっている俺と理子。朝の食卓を終えたので、俺は理子に今日の予定を話した。

 

「買い物に行くの?」

 

「ああ。何かと必要な物が出てきた。理子が来てから初めての休みだ。今日で必要最低限いる物は、全部(そろ)えておこう」

 

そう、理子がここで暮らすにあたって必要な物が多々、発覚したのだ。服も俺の着ている物だし、食器も俺の物では大きすぎる。歯ブラシ(など)の日用品は帰りにすぐ買えるが、流石にサイズがある物は俺の主観だけでは不味いと思い、休みの日に買いに行く事にしたのだ。だが、買い物に行くにはこのままでは駄目だ。

 

 

「ほら、ここに立ってろ」

 

「ここに?」

 

俺の指示した場所に立ちながら、理子は不思議そうに首をかしげた。

 

「ああ、少し待ってろ」

 

そう言って、俺は部屋の(すみ)にある布の塊を拡げて理子に見せた。

 

「どうだ!理子の服だぞ!今日の買い物で、俺のブカブカな服を着るわけにもいかないからな。サイズは適当だから合うか分からないが、まぁ臨時の服だ。贅沢は言うなよ。…………っておい、リアクション薄いな」

 

少しは喜ぶと思ったが、当の本人は俺が拡げた服をボケッと見ているだけだった。

 

「………………これ、理子の服なの?」

 

ぽつりと理子が、呟くようにそう訪ねてきた。

 

「あ、あぁ。そうだぞ」

 

(いぶか)しげに俺がそう言った瞬間、理子は俺の手から服を剥ぎ取って、それを胸に抱えながらぴょんぴょんと笑顔で跳びはねだした。

 

「やった!理子の服だー!」

 

どうやら、俺が思っていた以上に理子は嬉しかったらしい。そのまま、謎にくるくると回り始めた。

 

「喜んでくれて何よりだ。ついでに玄関にも新しい靴があるから見てくるといい」

 

「本当?!」

 

理子は俺の言葉を聞くと、バタバタと玄関の方へと駆け出して言った。

 

「…………なんだかんだでやっぱり子供だな」

 

そんな当たり前の感想を呟いて、俺は朝食の洗い物を片付ける事にした。

 

「あきらー!」

 

いざ始めようと食器に手を伸ばした時、遠くから理子の声が聞こえた。

 

「あぁ?」

 

「ありがとうー!」

 

「……あぁ」

 

そう言われたのは久しぶりな気がする。

ともかくそう、今日と言う日は始まったばかりなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次は買い物回です。こんな感じで、日常メインの小説になりそうです。
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