日曜日の大型ショッピングモールと言うのはどこの国でも人が
「じゃあ行ってくる!」
「あぁ、好きなだけ選べ」
理子はこちらに手を振って一人服屋の中へと入っていく。対して俺は、理子に五十
「……遅い」
あれから待ち続けて二時間半。女性の買い物は長いと聞いたことはあるが、しかしあまりにも長すぎる。この店、唯一の出入り口をずっと見ていたので、理子が店を出て俺の目の届かない所へ行っているという事は無いはずなのだが、それでも理子を何度も見失っている俺は絶対大丈夫だと、自信を持って断言することができない。
「……仕方がないな」
あまり気乗りはしないが、もしものことがあってからでは遅い。俺は重い腰を上げて、店内へと入ることにした。店の中はとてもシンプルな造りで、イギリス国内で有名な服屋なだけあって、品揃いは充実していた。そもそも多種多様な品物が置いてあり、値段の割にしっかりとしたファッション性のある物が多いと言うところが売りの店なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。俺はそんな店にある、服のジャングルを進んでいき、
「…………行くしかないのか」
本当にいるかも分からない探し人を探すために、変態の汚名を被らなければならないのか?そんな葛藤が渦巻く中、ふと聞き覚えのある幼い少女の声が聞こえてきた。
「理子?」
声のする方は女性下着売り場。やはり理子はそこにいたのか。しかし俺は安堵すると同時に、少しばかりの疑問を覚えた。聞こえてくる声が妙に大きいのだ。よく耳を澄まし、所々に聞こえる会話から察するに、何やら誰かともめているらしい。俺のあずかり知らぬ所で面倒ごとができるとは。こんなことならやはり俺も理子に付いていけばよかったかなと遅すぎる後悔をした。重い足取りで声の聞こえる方へと向かう程に、その会話の内容がはっきり聞こえ始める。
「だから、私はもっと大人っぽいやつがいいの!」
「お言葉ですがお客様。その
ようやく聞き取れたやり取りがこれだった。何をそんなにもめているのかと言う部分に関しては、この会話でなんとなく予測できる。しかしまぁ、行ってみない事には解決できないだろうことも同時に分かってしまった。もう既に憂鬱でしかない。しかし、そんなことを知っていても行かなくてはならないのだ。俺は重みの増した足で店内を進んでいくと、何やら黒い布地をつかんで正面にいる一人の女性を見上げる理子と、その理子を困った顔で嗜める店員と思わしき人物がいた。一呼吸置いて、俺はそっと彼女たちに近づく。
「あ、あの……。」
意を決して二人の間に割って入った。俺の声に反応した、理子と店員の女性は同時に俺の方を向いた。
「あっ、あきら!」
嬉しそうに口を大きく開けて、理子はこちらへと寄ってきた。おそらく援軍が来たとでも思っているのだろうが、それならばとんだ勘違いだ。俺は理子の頭に手をポンと置いて、先程まで話をしていた店員へと目線を上げた。
「申し訳ありません。私はこの子の保護者なのですが、何か娘がご迷惑をお掛けしたでしょうか?」
「あっ、いえ。ただお客様の選ばれた下着のサイズが明らかに違うと思いまして……。」
まぁ予想通りだ。
「……理子。その手に持っている物を広げて見せてみろ」
「分かった」
理子は笑顔で手に持っている黒い布地を広げて、俺に見せるため差し出した。それはレース付きスケスケパンティだった。
「スッゴくいいでしょ?絶対理子に似合ってるよ!」
「………………………………。」
言葉が出ないとはまさにこの事だ。パンティ越しにキラキラとした真っ直ぐな目線が突き刺さる。何を期待しているのかは知らないが、俺はおそらくお前の期待には答えられない。
「……さて理子。それを戻して新しい
「え~~!なんで!?」
「いや何でって、店員さんの言った通り、それはお前にはまだ早すぎる。身体的にも、常識的にも」
理子は裏切られたと言わんばかりの様子だが、流石にそれを許すわけにはいかない。
「そもそもそんな
俺はそう言って、目に留まった一つの白い三角形を取って理子に見せた。
「これとかどうだ?」
子供らしいふわふわした生地に、くまさんがプリントアウトされた可愛らしいパンツだ。
「やだ!そんな子供っぽいやつ!」
「いや、お前は子供だろ」
俺のツッコミに意も返さず、理子は納得いかない様子で抗議を続ける。
「ほら、またお前が大きくなったらセクシーなパンツを買ってやるから」
「大きくなったらってどのくらい?」
「そうだな、お前の手が立ってる俺の頭に触れれるようになるくらいだ」
「そんなの永遠に無理だよ……」
駄目だ。そろそろすね始めた。まだ買う物があるのに一軒目でこれは不味い。なんとか打開策を考えた。考えた結果。
「…………よし。俺の言うことを聞いてくれたらアイスを買ってやる」
結局、その言葉で全ては終結した。
理子の下着騒動が終わりしばらくして、時は昼飯時。理子も俺もその時間帯になれば当然、腹が減るわけでショッピングモール内にあるフードコートに行くことにした。時間帯も時間帯だったので、二人分の席を取るのに苦労したが、なんとかスペースを確保して、俺たちは少し遅くなってしまった昼食をとっていた。
「どうだ?うまいか?」
「うん、あきらの料理より美味しい」
「そりゃそうだろ。それで商売してるんだから」
理子は口一杯にオムライスを頬張りながら、俺にそう返す。
「でもあきらの料理の方が好き」
「なんだそりゃ?」
矛盾している理子の発言に疑問を覚えながら、俺は自身の手元にあるうどんに箸を付けた。
「食い終わったら一旦、車に戻ろう。流石にこの量の荷物を持ち歩きながら、買い物するのはきついからな」
俺はふとテーブルの横に置かれている、大量の買い物袋に目線を向けて言った。ちなみにその半分は理子の服である。
「理子。お前は服を買い過ぎた」
「だってあきらがこれで買ってこいって言ったから」
そう言って理子は指を三本立てて俺に見せる。暗意にこれは俺が渡した五十
「そう言えば理子。お前、あのペンダントはどこにやったんだ?」
俺が理子を拾った時に、彼女が唯一持っていた青い十字架のペンダント。あれ以来まだ一度も見たことがなく、どうも首に掛けてる様子もない。
「鎖が傷んでて、無くしたら大変だから家に置いてきた」
「家のどこに?」
「あきらの机の引き出し」
いつの間に。と言うかそんな変なところに仕舞うなよ。しかしそれはよろしくないな。あの十字架は理子にとってよっぽど大切な物らしいから。
「なら
「うん!」
子供らしい元気な返事を聞いて俺は思わず綻んだ。しかしあの十字架は何なのだろうか?単に何か思い入れのある物と言うだけならいいのだが、どうも俺の勘がそれを否定する。あの不思議な色合いといい、光を弾くような輝きといい、単なる金属ではないはずだ。俺はそこら辺に詳しくはないのだが、少なくとも安物の模造品でないことは確か。しかしそうなるとまた一つの疑問が浮かんでくる。それは、俺の目の前にいる少女。『峰理子』は何者なのかと言う点だ。さらには俺が拾った時の状況もその疑問に拍車をかけていた。どうやったって普通の子供なら、イギリスであんな状態にはならないはずだ。海を渡ってきたのは明らかだが、それはどこから渡って来たのか。今はまだ本人の心に傷があるようなので詳しくは聞いていないが、ある程度生活が落ち着いたらそまでの経緯を聞かなくてはならないだろう。いつまでも胸に突っかかりがあるままでは安心して暮らせない。
「あきら、どうしたの?疲れた?」
突然かけられた、理子の声でハッとする。どうやら深く考えこんでいたらしく、そんな俺の様子を見た理子は、こちらを心配して顔を近づけてきた。
「…………いや、何でもないさ」
ここでぐだぐだ考えていても仕方がない。とにかく今は、目の前の事を終わらせよう。そう思い、俺は再び手に持った箸を動かした。
日が傾き、オレンジ色の光が辺りを照らす。キラキラと光りを反射する水が妙に眩しく感じる。時間にして六時。予定よりも遅い帰宅になってしまったが、必要な物は全て買えたのでよしとしよう。俺の車はテムズ川の横を沿って走っており、その車の助手席で理子はすやすやと寝息をたてながら、気持ち良さそうに眠っていた。今日の買い物でやたらとはしゃいでいたから、疲れてしまったのだろう。
「今日はこいつに振り回されっぱなしだったな」
一緒に暮らしはじめて直ぐの頃は、あまり口を開かない無口な子だったが、今日の様子を見る限り、ようやく本来の自分を取り戻してきたと言うところだろうか。
「まぁ、良いことだよな」
俺はニッと口角を上げて、理子の頭を撫でた。そっと、彼女が起きてしまわないように。
しかしその時の俺は知るよしもなかった。これが、まだこれから始まるであろう物語のプロローグにさえなっていないと言うことに。
今回、ちょっと妥協した感が否めない。
次話で話が大きく動きます。