つないだ手   作:Gasshow

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相変わらずの展開の早さ。
許しておくれ。


回った車輪

カーテンを開け放った。春先の暖かい日溜まりが地面へと降り注ぐ。窓から見える草花が、青々と生い茂っており、風にゆらゆらと揺れている様はまるで喜び踊っているかのように見えた。まだ眠気の残る頭が太陽の明かりにより段々と覚醒される。俺は目を細めたまま、部屋から出るための扉にふらふらとした足取りで向かい、そしてその扉の前で一旦足を止めた。手を伸ばし、襖の取っ手に手をかけ横へとずらし開けた。

 

「あっ、やっと起きた!」

 

幼いソプラノ声が俺の耳へと届く。目の前には金髪のポニーテールがひょっこりと写り込む。それは俺がよく知る小さな少女の頭だ。彼女は朝食の用意をしていたようで、抱えるようにして持った白い皿を机の上に置こうと手を伸ばしていた。しかし俺が現れたことで彼女はそれを中断し、子供特有の幼い顔を俺の方へと向けた。

 

「今日は土曜日だけど、早く起きなきゃ駄目なんだよ!」

 

「…………そうだっけ?」

 

「うん!今日は理子と外で遊ぶ約束してた!」

 

俺はまだぼやけた頭で、そんな約束もしたなと思いながら後ろ髪をかいた。寝起きのだるい体で外出しなければいけないのかと、少し憂鬱になりながらも安易に約束をしたことに後悔した。だが約束してしまったのは仕方ない。

 

「もしかして忘れてた?」

 

「…………忘れてはないさ」

 

正直なことを言うと忘れていたのだが、それを言うとまた理子が怒りだすので、俺は誤魔化すような言い方をして言葉を濁した。しかしそれでも理子は納得したようで、よしと頷いてから再び手に持った皿を全てテーブルへと並べ始める。そしてそれらを全て並び終えた後に、俺の方へと向き直ってこう言った。

 

「おはよう、あきら!」

 

「…………おはよう、理子」

 

俺はまだ彼女の手をつないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が理子と共に日本へと移住してから二年が過ぎた。しかし俺たちの暮らしはここに来る前と何ら変わってはいなかった。俺は月曜日から金曜日まで、武偵署に出勤し、理子はその間家で留守番。無論、理子を地元の小学校へと入れようか迷ったこともあるが、俺はそうしなかった。別に何か法的に問題がある訳ではない。ただ単に、あの男の言葉がずっと引っ掛かっていたのだ。

 

『 もし君が日本に行かなければ、ちょうど1週間後に死ぬことになる。いや、殺されることになると言った方がいいかもしれない 』

 

俺はその時、自分が追われているような言い方だとそう思ったが、少し考えてその可能性は低いと判断した。まがりなりにも俺は武偵であり、犯罪者に恨まれることはもちろんある。しかし、それでもあのタイミングで言われたと考えるならば、あれは理子が追われていると考えるの方が自然だ。勿論、あの男の言葉が全て真実だったらと言う前提ではあるが……。

 

なので俺は極力、理子を日本の戸籍に載せたくなかったのだ。だがそれを俺だけで決めるのはよくないと、理子に学校へ行きたいかと聞いたことがある。それに対して理子は別にいいと、そう言ったので今はこのスタイルで日々を過ごすことにした。だが、実態の見えないものにいつまでも怯えると言うのは少し滑稽で、さらに言えばこんな生活を続けていても理子のためになるとは思えなかった。だからあと一年、何もなければ俺は理子を学校へ入れようとそう考えていた。

 

とにかく今はただ、二年前と変わらない生活を送っている。ただその事実を俺は少しではあるが嬉しく感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちが暮らすアパートの前には大きな庭、と言うよりは広間と呼べるスペースがある。ここに来た当初は、雑草が腰の高さまで伸びきっていたのだが、なんとかそれらを抜いたり、除草剤を撒いたりしてそれらを全て除去した。今ではほとんどの地面が黄土色の土で埋め尽くされており、休みの日にはそこでよく俺と理子は一緒に遊んでいた。それは今日も例外ではなく、この無駄に広い広間に、俺と理子は二人で遊ぶ約束をしていた。いや、今日のところは遊ぶとはまた少し違うかもしれない。

 

「今日こそは成功させる!」

 

「おう、がんばれ」

 

理子は意気込んだ様子でピンクのヘルメットを付けて、小さな可愛らしい自転車に跨がっていた。これで見て分かる通り、理子は自転車に乗る練習をしていた。事は俺が理子と共にスーバーに買い物に行った帰り道で、理子と同じくらいの子供が自転車に乗っているのを彼女が見たのが始まりだった。

 

「理子も乗りたい!」

 

結果、次の日に店に行き自転車を買ったのだが、まだ理子はその自転車を乗りこなせていないでいた。日数にして一週間、運動神経は決して悪くない、むしろ女の子と言う部分を考えればかなり良い方だ。しかしなかなかコツを掴めないのか、理子は今日のこの日まで、自転車に乗れないでいたのだ。

 

「いいか、車輪を見るな。俺を信じて前だけ見てろ」

 

「分かった!」

 

俺は理子が乗る自転車の後ろを持ち、彼女が進み出すのを待った。一拍置いてから、深く深呼吸するのが分かる。意を決したのか、理子は足を動かして車輪を回し始める。自転車はゆっくりと、それでも確実に前へと進んでいく。俺が自転車を支えていたものあり、今のところは順調だった。もうそろそろかと、俺は理子に何も告げずに自転車から手を放した。

 

「わっ!」

 

すると急に自転車を操作していたハンドルがぐらぐらと揺れ始め、バランスが崩れだす。このままでは危ないと、自転車が転倒する瞬間、理子だけをひょいっと担ぎ上げるように救出した。取り残された自転車だけが地面を擦れるようして滑り落ちる。俺は新たな傷が付いたその自転車をしばらく眺めたら後、抱き上げた理子へと視線を戻した。

 

「…………どうだった?」

 

「…………難しい」

 

理子は落ち込んだ表情を見せた後、そうポツリと俺に言った。

 

「そうガッカリするな。誰だって最初はできないもんだ」

 

「でも理子、ずっと練習してるのに全然できないんだもん……。」

 

恐らく、自分と同じ年の子が自転車を乗りこなしている事が気にかかっているのだろう。

 

「大丈夫だ。ずっと練習をしてるんだろ?ならもうすぐ出来るようになる。俺だってお前ぐらい小さかった頃は、毎日ボロボロになりながら練習したもんだ」

 

「あきらも?」

 

「あぁ、そうだ」

 

理子はしばらく俺をじっと見た後ーー

 

「……もう一回やる」

 

ーーとそう言って、下に()ろすようにと俺の頬を手で叩いた。俺は理子のその様子に思わずほころんで、彼女の思うように理子を自身の腕から下ろしてやった。降りるやいなや、理子はすぐさま自転車に向かい、そして跨がった。

 

「あきら、もう一回!」

 

「よし、なら今日はとことん付き合ってやるよ」

 

そうして俺も理子の方へと向かって歩く。きっと理子ならあと少しで自転車を扱えるようになるだろうと言う確信を持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理子が練習を始めて三時間ほどたち、俺たちは一旦、休憩(きゅうけい)を入れることにした。アパートの影でガラス製のコップに入っている水を飲んで、なんともなしに外の景色を見る。そんな時、唐突に理子は俺に話しかけてきた。

 

「ねぇあきら」

 

「ん?」

 

「“武偵”って面白い?」

 

今まで、武偵について聞かれたのはこれが初めてだったので、俺は多少なりにも驚いた。

 

「いや、面白いも何も仕事だからなぁ」

 

「そっか……。」

 

理子はそれ以上、何も聞かずに俺と同じように、まるでどこかも分からない異次元を覗いているような虚ろな目で空を見ていた。

 

「でもまぁ、面白いか面白くないかって言われれば面白いな」

 

「そうなの?」

 

そこでやっと、理子は焦点を戻して俺の方へと目線を向けた。

 

「あぁ、何が面白いかって言われれば難しいが、少なくとも好きじゃないとこんな仕事やってられないぞ」

 

生活が不規則になるし、さらに言えば命を張っているのだ、仕事でいつ死んでもおかしくはない。その割には給料は安い。

 

「…………何で俺が武偵になったか教えてやろうか?」

 

「うん、知りたい!」

 

理子はツインテールを大きく揺らしてキラキラとした目をして元気よく答えた。

 

「そうだな、あれは俺がちょうどお前ぐらい時だった。俺には親も兄弟も親戚も誰もいなくてな、施設で暮らしてたんだが、月に一回その施設にある図書室の本が入れ替えられる時期があったんだ。別にその時は本なんか好きじゃなかったんだが、何を思ったかふと新しく入った本を見てみようと施設の本棚に行ったんだ。そしたらたまたま一つの本が目に留まってな、その本はとある有名人について(つづ)られていたんだ」

 

今でも鮮明に思い出される。あの本を開けた瞬間を。あの男の物語を。

 

「『大怪盗アルセーヌ・リュパン』。俺が手にした本には、その男について書かれていたんだ」

 

俺がそう言った瞬間、理子はビクリと体を震わせて驚き、何かを恐れるような顔を浮かばせた。

 

「どうした?」

 

「う、うんうん。何でもない!」

 

理子は無理矢理に作ったとしか思えない笑顔で俺に答えた。俺は不審に思いながらも、深くは言及せず話を続けた。

 

「まぁとにかくだ。小さな餓鬼だった俺はその怪盗に憧れたんだ。カッコイイとか思ってな。その当時は怪盗になりたい!と思ったりもしたんだが、そういうわけにもいかないだろう?だがらそんな怪盗を捕まえられるような男になりたいと思ったのが、俺が武偵になりたいと思った始まりだ」

 

雑ではあるが、一先(ひとま)ず話し終えたので俺は理子のリアクションを確認するべく彼女の顔を見た。

 

「……こんなんでいいか?」

 

「…………うん、ありがとう。あきら」

 

理子は暗い表情で礼を言った。もしかして俺の話しは詰まらなかったか?なんて思ったが、あえて口に出そうとは思わなかった。そんな理子の表情は、練習が再開するまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空には茜色の空が広がっており、二紙へと沈む太陽が山影に隠れて少しばかり欠けていた。そこから発せられる光は、日中より眩しいとさえ思える

 

「よし、行くぞ!」

 

「うん!」

 

俺は理子の乗る自転車を押し、理子もそれに同調するようにペダルを力強く踏み出す。車輪が回り始め、自転車が勢いよく前進する。

 

「離すぞ!」

 

「うん!」

 

前とは違い、今度は理子に確認を取ってから自転車を支えていた手を放した。俺と理子の距離が離れて行く。車輪が回って地面を滑る。夕焼けの光が理子の髪を明るく照らす。俺はそんな様子を眺めながら理子の行く末を見守った。理子の乗る自転車の起動はぐらぐらと揺れながらも、しっかりと確実に前へと進んでいく。

 

「あきら!あきら!理子乗れてる!自転車に乗れてるよ!」

 

理子は振り替えって満面の笑みを見せながら俺にそう言った。

 

「あぁ、乗れてるなっておい!前を見ろ!」

 

「えっ!?うぎゃっ!!」

 

理子の目の前にコンクリート壁が迫り、自転車の前輪が壁へと激突する。スピードは遅かったので、そこまで派手なぶつかり方ではなかったものの、それでも打ち所が悪ければ大惨事になりかねない。

 

「おい理子!大丈夫か?」

 

俺は理子の元に急いで走り寄って、自転車と共に倒れている理子の側でしゃがみ近寄った。

 

「いてて……。うん、大丈夫」

 

どうやら大した事はなかったようで、理子は腰を擦りながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「それよりあきら!理子、自転車に乗れたよ!」

 

理子は起き上がるや否や、俺に向かってそう言い放つ。

 

「あぁ、よくやった!そりゃあんだけ努力したんだから当たり前だ」

 

理子はにひひと口角を上げて、俺を見上げた。

 

「よし、今日はお祝いだ。夕飯はお前の好きなものにしてやるぞ」

 

「えっ!?いいの?」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

その事が余程嬉しかったのか、理子は力一杯に片手を挙げて高らかに宣言した。

 

「ならオムライス!オムライスがいい!」

 

「オムライスね。よし、じゃあ自転車を仕舞って家に入るか」

 

「うん!」

 

そうして俺と理子は夕日を背にしてアパートへと足を向ける。その夕焼けの明るさは、俺が今まで見たどの夕焼けよりも美しく、そして鮮やかに感じた。

 

 

 

 

 

 




もうしばらく大きな動きはないので、次回からはもう少し文字数が多くなると思います……たぶん。
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