つないだ手   作:Gasshow

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もうすぐ梅雨ですね。私は案外、雨が好きだったりします。出掛けるのは嫌ですが、部屋にいる時に聞こえる雨音がなぜか好きなのです。


今日も雨

日本で夏に入った直後、この時期に訪れるものと言えば“梅雨(つゆ)”だ。普段、見たことの無いような大粒の雫が、屋根に地面に叩きつけられる。決して良物件でないこのアパートに、この雨は激しく強過ぎた。ガラガラと鳴り響く雨音が、一昼夜(いっちゅうや)いつでも止むことはない。しかしこんな雨の日は理子と初めて会ったあの日を思い出させる。雨から逃れる為に入った橋下のトンネルで、理子が一人膝を抱えていたあの夜を。俺はそんな物思いに(ふけ)って中断していた読書を再開しようと、手に持っていた本に再び目を落とした。しかしそこで唐突に俺の真横から声がかけられる。それはうんざりとした、この雨に負けない程に湿気った声だった。

 

「ねぇあきら~。ひ~ま~」

 

俺の名前を呼んだ張本人である理子がゴロゴロと床に寝転びながら、我が家のペットである一匹の猫とねこじゃらしを使って遊んでいた。この猫は“チョコボール”と言って、俺がイギリスから連れてきた唯一のペットだ。本当は全てのペットをこちらに運びたかったのだが、生活環境がガラリと変わるとなると彼らの面倒を全面的に見れる保証がなくなる。そんなあやふやな状態でペットたちを世話できると断言はできなかったので、それで仕方なく他の動物は全て、とある貴族に引き取ってもらった。昔、依頼で知り合っただけの仲なので、ほとんどダメ元の頼みだったのだが、その人物は俺の頼みを快く引き受けてくれたのだ。全ての動物を連れて行きたいと理子はかなり駄々をこねたが、こればかりは仕方がないと理子を説得し、彼女と一番仲が良かったこのチョコボールだけをこちらへ持ってきたのだ。そんな経緯があり、今はこの年老いた猫一匹だけを飼っている。

 

「暇だよ~あきら~」

 

それで何か絆が生まれたのか、理子とチョコボールは同じように体を伸ばして丸太のようになり、並んで地面に転がり始めた。

 

「……暇なら理子、雨漏りしまくっているこの家を何とかしてくれないか?」

 

そう言って俺は視線を水の貯まった(おけ)に向けた。そう実はなんとこの家、俺たちが住み始めて二年がたったある日、急に雨漏りし始めたのだ。老朽化(ろうきゅうか)が進んでいたとは言え、もうここまでガタが来ているとは思いもしなかった。本当なら屋根の修理を俺が急いでするところなのだが、記録的雨量が計測されている今、一人出て行って修理をするわけにはいかなかった。素人の俺が修理をしてもし屋根を破壊してしまったら、それこそ家を駄目にしてしまう。さらに言えば、俺が足を滑らせて大怪我を負うわけにはいかない。武偵が何を言っているのかと思うかもしれないが、俺が理子と二人だけで暮らしている手前、大きな怪我をするわけにはいかないのだ。

 

「えぇ~。これ面白いからずっとこのままにしとこうよ」

 

「ダメだ雨漏りを許すとそこから家が腐っていくんだ」

 

家のことでなく、面白いか面白くないかで良し()しを決める理子に俺は呆れ、彼女をそっと腕の中に収める。その時だったーー。

 

「あきら、誰か来た~」

 

チャイムが家の壁や床を伝って鳴り響く。その来訪者を知らせる合図に、少なからず俺は驚いた。

 

「こんな所に、この天気で誰か来るとはな」

 

俺はゆっくりと腰を上げ、玄関へと向かう。ギシギシと(きし)む床を進み、目的の場所に着くと、俺は玄関扉を開け放った。

 

「おお!久しぶりだな、筒香(つつごう)!」

 

そこには元上司が豪快な笑いと共に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が思っていたより雨は激しかったようで、カールさんの着ている藍色のスーツは、所々水分を含んで変色していた。靴も一度、水に浸したのかと思ってしまうほど濡れている。滴り落ちる水がコンクリートで作られた玄関床に落ち、水玉を一つ生み出した。俺はカールさんにタオルを数枚渡し、これで頭と足を拭くように言った。

 

「いや~悪いな筒香(つつごう)。本当はこんな日に押し掛けるのは迷惑かと思ったんだが、この日しかスケジュールが空いてなくてな」

 

カールさんは玄関に足を下ろし、廊下に座ってタオルで頭を拭く。

 

「休みって、わざわざ俺に会うために日本に来たんですか?」

 

驚いた俺は少しだけしゃくり上げたようにカールさんへと尋ねた。

 

「ガハハッ、思い上がるな筒香(つつごう)!たまたま仕事で日本に来ていて、そこで休みが取れたのが今日だったんだ。お前が日本に行って以来、一度も会ってなかったから良い機会だと思ってな」

 

なるほどと俺はカールさんの発言に納得する。そんな合間にもカールさんは粗方体を拭き終えたようで、ふうっと口から息を一つ吐いて、自分の濡れた靴を見つめていた。俺はカールさんを中に案内し、リビングの一席に腰を降ろしてもらった。それから冷たい麦茶が入ったグラスを二つ持って、カールさんの前に座る。

 

「こうしてお前と話をするのは二年ぶりだが、懐かしい感じはしないな。まるで会社通いしているうちに顔馴染みになってしまったドーナツ屋の店主と話しているみたいだ」

 

それには俺も全くの同意見だった。俺が毎日、カールさんの元で働いていた時と変わらないように感じる。ここはイギリスで、本当は日本に移住していないのではないかとさえ思えるほどだ。カールさんは俺が置いたグラスを持ち、中に入っている麦茶を口の中へと勢いよく流し込んだ。そしてそれからは俺の目を見てこう切り出す。

 

「実はな、今日お前に会いに来たのはお前が拾った子供の顔を一目見ようと思ったからだ」

 

「…………知っていたんですか?」

 

俺は一瞬だけ目を見開いて、カールさんにそう尋ねた。

 

「ガハハッ!俺を誰と思ってるんだ筒香(つつごう)

 

そうだ。二年も離れていたからか、忘れていたのかもしれない。カールさんは武偵世界では有名な武偵だ。強襲科(アサルト)探偵科(インケスタ)そして情報科(インフォルマ)においてSランクを取得。その他も全ての技能がAもしくはBランクと言う化け物なのだ。そんなカールさんが、俺の口にしていない内情を一つくらい知っていたところで、さして驚くほどのことではないのだ。俺はそうでしたと小さく呟くようにしてカールさんにそう言い、家全体に届くように、はりのある声を挙げた。

 

「おい理子!ちょっと来てくれ!」

 

カールさんに理子を紹介しようと、彼女の名を呼んだのだが、一向に姿を現さない。

 

「理子?」

 

もう一度、今度は困ったように名前を呼ぶと、扉がガチャリと音を立て、半開きになったドアの影からにょきっと理子は顔の一部だけをこちらに覗かせていた。その少しだけ見える表情から、不安げな感情が読み取れる。どうやら見知らぬ男にかなり警戒しているらしい。同年代の子供には自分から積極的にコミュニケーションをとろうとするのに、どうも大人に対してはそうではないらしい。いや、大人と言うよりは無駄に普段から威圧感で空気を圧迫しているカールさんにと言った方がいいだろう。近くの八百屋のおじさんには自分から話しかけていたから、恐らくそれが正しい。

 

「大丈夫だ理子、こっちに来い」

 

俺はちょいちょいと理子に向かって手招きをした。すると理子は少し躊躇(ちゅうちょ)した後、何かのタイミングを計るように俺とカールさんを交互に見て、急ぎ足で俺の背中へと駆け寄って隠れた。

 

「…………これが例の子か」

 

「はい、理子と言います。……理子」

 

俺は理子に挨拶するよう促した。理子は俺の背中に隠れていたが、ゆっくりとずれるようにして俺の横に並んだ。まだ片手は俺の服の二の腕付近を摘まんでいる。

 

「………………こんにちは」

 

「これはこれは御丁寧に、こんにちは」

 

理子はペコリと深く頭を下げ、カールさんもそれと同じように頭を下げた。俺はよくできましたと、理子の頭を一頻り撫でた後に彼女を持ち上げ、自分の膝に座らせた。

 

筒香(つつごう)。お前と違って、随分と礼儀正しい()じゃないか」

 

「何を言ってるんですか?俺の教育の賜物ですよ。なぁ理子?」

 

俺は理子にそう尋ねたのだが、まだ緊張しているのか、理子は小さく頷いて、すぐに固まってしまった。

 

「ガハハッ!大丈夫だ、そう固くならんでいい!俺なんてチワワみたいだものだ。チワワと思って接してくれ」

 

そうしてまたカールさんは大声で笑う。その声の大きさに理子はビクリと体を反応させ首をすくめた。そして俺の右手を力いっぱいにぎゅっと両の手で握ってくる。理子の反応を見る限り、カールさんはチワワと言うよりはグレート・デン(世界最大の犬種)なのだが、それを言ったらカールさんに怒られそうなので、俺はそれ以上何も言わないでおいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バンバン!」

 

「ぐふぁ!やられた!」

 

「やった!理子の勝ち!」

 

窓から弾ける雨音に混じり、後ろでそんなやり取りが聞こえてくる。それは他の誰でもない理子とカールさんのものだ。初めこそ理子もカールさんを警戒していたが、この少しの間でもう二人で遊べるまでには彼らの距離は縮まっていた。打ち解けるのが早すぎると言うかなんと言うか……。だが考えてみれば、元々積極的に人と接しようとする理子と、誰にでも慕われる人格者のカールさん。切欠(きっかけ)があれば二人がこうなるのは必然だったのだろう。今では楽しそうに謎の遊び(武偵ごっこ?)を繰り広げていた。俺はそんな微笑ましいやり取りをBGMにしながら、三人分の昼食を作っていた。仕事のついでとは言え、わざわざ海を越えて会いに来てくれたカールさんに、せめて昼食くらい食べていって欲しかったのだ。俺は簡素な料理しか作れないとは言え、これまでの恩返しを含めて、なるべく美味しくなるように努力した。

 

「…………よし、できた」

 

俺は一人そう呟いて、後ろで遊ぶ二人の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ、お前がここまで料理を作れたとはな」

 

並べられた皿たちを見て、カールさんは感心したように言った。確かに二年前の俺からすれば考えられない。

 

「次は理子が作ってあげる!」

 

「おお!それは楽しみだな!」

どうやらもう理子はカールさんを恐がることはないようで、今では彼の膝の上にちょこんと嬉しそうに座っていた。あまりの体格差で、理子が玩具の人形に見えてしまう。そんな二人と共にする食事は、全ての皿をならび終えてすぐに始まった。メニューはオリーブオイルを使った野菜炒めや、味噌汁、その他日本に馴染みのある料理ばかりを用意した。どれもカールさんは美味しいと言って食べてくれて、俺はそれに対し笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

俺とカールさんが落ち着いて二人で話を始めたのは昼食を終えてすぐだった。理子は昼食を作り終えるまでずっとカールさんと遊んでいた反動か、今ではぐっすりとソファーで寝息をたてていた。雨音はまだ止まず、彼女の寝息を強引に掻き消す。そんな中でまず始めに話を切り出したのはカールさんだった。

 

「筒香。俺はお前がとある少女を保護したと知り、個人的にその少女について調べてみた」

 

カールさんの手元には食後のコーヒーが置かれており、その湯気が緩やかに曲線を描きながら立ち昇る。

 

「しかし該当する者は無し。まぁ本気の本気で探していないとは言え、それでも手がかりの一つも掴めないのは流石に驚いた。まるで誰かが意図して情報を伝えないようにしているかのようでな」

 

「意図して?」

 

「まぁ、あくまで経験則と勘からな」

 

俺は知っている。カールさんがここまで口にすると言うことは、それはほぼ確定された事実なのだと。今まで俺が彼の下にいて学んだことの一つだ。

 

「まぁ前置きをごちゃごちゃ言っても仕方がない。単刀直入に言う」

 

カールさんは少しだけ、息を長く吸って一拍置いた。そのほんの少しの間が、俺にはどうしようもないほどに引き伸ばされたように感じる。未だに耳を騒がせる雨音に紛れてカールさんは言い放った。

 

「筒香。『峰理子(あの娘)』を手放せ」

 

「…………なぜですか?」

 

「お前も馬鹿じゃない。既に分かっているだろう?」

 

分かっている。確かに分かっている。恐らくカールさんよりも。何せ俺は一度、シャーロック・ホームズと名乗る男に忠告されているからだ。

 

『もし君が日本に行かなければ、ちょうど1週間後に死ぬことになる。いや、殺されることになると言った方がいいかもしれない 』

 

言うなれば、俺が理子と共にいる結果、生まれる“死”の可能性。そして『峰理子』と言う少女が抱える“因果(やみ)”。それらを俺は今、頭の天辺から足の爪先まで全身どっぷり浸かっていると言うことになる。

 

「…………分かってますよ。分かってます」

 

俺は自分に言い聞かせるように言葉を重複させる。

 

「分かってるのならなぜ、手放さない。今はまだ大きな出来事は起こっていないが、これから先もそうとは限らない。『峰理子』ーー彼女は何かしら大きな面倒事(爆弾)を持ち歩いている。いつそれが爆発するか分からんぞ」

 

カールさんの低く重い言葉が俺の体内を暴れ回る。音の波が俺の胃や腸、肺に伝わり心臓の鼓動と重なり消える。俺はそれを同調させるように、自分の喉を震わして声を出す。その声はカールさんとは違い、浅く軽いものだった。しかしそれでもここでカールさんの忠告を受け入れる訳にはいかなかった。その答えはもう二年前に決着しているのだから。

 

「カールさん。確かに理子を手放した方が俺の身は安全かもしれません。ですが、カールさんは知らないでしょう。彼女が、理子がどんな格好で俺と出会ったのか。どこに居たのか」

 

そうだ。彼女と会ったのもこんな雨の日だ。ただただ(うるさ)くて、耳障りとしか言い様のないこんな雨の日。

 

「理子は一人、雨風を(しの)ぐために橋の下のトンネルに居たんです。彼女は何も着ていなくて、傷だらけの身を薄汚れた布一枚で包んでいました」

 

彼女は布を頭から被って体を三角形に丸め込んでいた。痩せて細くなった手足を少しでも暖めようと。

 

「理子には自分を守ってくれる存在がいないんです。服を着せてくれる人も、ご飯を食べさせてやる人も、辛いときに側に居てやれる人も誰一人いなかった」

 

俺はカールさんの鋭く青い目を真っ直ぐ見つめる。彼の目は俺を圧倒するような重圧を含んでいた。

 

「ここで俺が理子を手放せば、また理子は一人になる。それだけは何があってもできません」

 

俺とカールさんの間に少しの沈黙が生まれる。雨の音が一層、際立って聞こえた。

 

「…………それがどれ程危ない事だとしてもか?」

 

「はい」

 

「…………死ぬかもしれんぞ」

 

「武偵に今更なにを言ってるんですか?」

 

そこで言葉の応酬が途切れる。互いに互いの顔を見て、言葉を(つむ)ぐ。それは端から見れば牽制(けんせい)し合う、武偵同士の訓練風景に見えたかもしれない。それほどまでに、この場の空間は膨張しきっていた。しかしそれはカールさんが口を大きく曲げ、にかっと真っ白な歯を見せた事により急激に(しぼ)み、収束していった。

 

「そうか。なら俺からは何も言うまい」

 

カールさんは手元にあるコーヒーを持ち上げて口へと運んだ。カップの側に置かれた砂糖とミルクは、封を切らずにそのまま忘れ去られたように置かれていた。

 

「お前のそんな意志の籠った目、初めて見たぞ」

 

カールさんにそう言われて、イギリスにいた頃を思い出そうとするが、頭に浮かんだのはただアパートにいた数々の動物たちの姿だけだった。

 

「……そうですかね?」

 

「ああそうさ」

 

俺も自分のコーヒーカップを掴み、その中身を口内へとそっと注ぎ込む。そのコーヒーは茶色がかっていて、そして少しだけ甘かった。

 

「いい男になったな、筒香(つつごう)

 

カールさんの笑い声が室内へと飛び()う。その声は今日一番の大きさで、雑音すら許さないその声のせいか、ふと雲をすり抜け窓を貫いた光が、そっと俺へと差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関に描かれた水玉はもう綺麗にぬぐい去られていた。カールさんは玄関に並べられた中で一際大きい靴へと再び足を突っ込む。濡れたその靴がカールさんの足と擦れて独特の効果音を鳴らした。

 

「おじさん帰っちゃうの?」

 

理子は俺の隣で、寝起きのせいで脱力している目を擦っていた。

 

「ああ、ちょうど雨も止んだからな」

 

そう言ってカールさんは、ちらりと玄関窓を見た。ここ最近、雨続きだったこの期間で晴れ間が顔を出したのは幸運以外の何でもなかった。そんなカールさんの返答を聞いた理子は、しょぼんと頭から生えているサイドテールを(しぼ)めさせた。

 

「ガハハハ、そう悲しそうにするな!また遊びに来るからな。もしくは遊びに来てくれてもいいぞ。その時は愛する我が子供たちを紹介してやろう」

 

「…………ほんと?」

 

「ああ、約束しよう」

 

カールさんは腕を曲げ、力こぶを作って理子に答えた。筋肉がスーツを押し広げ、布地が裂けはち切れそうになる。

 

「約束!」

 

理子もカールさんの真似をして力こぶを作ろうとするが、彼女が作ったのは服の二の腕部分に深い陰を刻むシワくらいだった。

 

「よし、それじゃあそろそろ帰るとする。明日の仕事もあるからな」

 

カールさんはトントンと靴の先を地面へと二回打ち付けて、首だけをそのままに俺たちへと背を向けた。

 

「はい、お疲れさまです」

 

それにカールさんは手を挙げて答える。そんな彼の背中は、とても大きくてたくましく、そして雨で少しだけ濡れていた。

 

「…………カールさん」

 

「ん?」

 

「ありがとうございました!」

 

俺は頭を下げる。それはイギリスにいた頃お世話になった事に対して、ここに来て俺たちの様子を見に来てくれたことに対して、そしてーー

 

 

 

 

 

ーー俺なんかの身を案じてくれたことに対して。

 

 

 

「…………あぁ、元気でやれよ」

 

その声は彼らしくもなく細々として小さく、とても弱々しく感じた。その後カールさんは、よく現状を理解していないが、俺の真似をして取り合えずと言ったように頭を下げる理子の元へ近づいて、そして大掛かりな動作で足を曲げ、しゃがみ込んだ。

 

「理子ちゃんも、筒香(こいつ)と仲良くしてやってくれ」

 

()いでカールさんは理子の頭へと手を乗せて笑った。理子は下げていた頭を起こして、カールさんへと笑い返す。カールさんがしゃがんでもなお、理子とカールさんの背丈に対する順位が逆転することはなかった。

 

「うん、仲良くしてやる!」

 

「ガハハッ!ああ、頼むぞ!」

 

カールさんは立ち上がって、再び背を向ける。彼の手が扉のノブへと伸ばされる。カールさんの手にかかれば、そのドアノブでさえどこか小さく見えて仕方がなかった。

 

「じゃあな、仲良しさんたち!」

 

そう言ってカールさんは扉を開け放ち、その向こう側へと姿を消した。ガチャリと言う音を最後に、急に辺りが物静かになる。もう雨音も笑い声も俺の鼓膜を震わすことはない。しばらく静寂が続き、それからふと理子がぎゅっと俺の手を握ってきた。

 

「…………どうした?」

 

「抱っこ!」

 

理子は満面の笑みを浮かべながらそう言う。そんな理子の笑顔は、どこかカールさんに似ている気がした。

 

「仕方ない奴だ」

 

俺は理子を抱き抱える。その体重は二年前に比べると随分重くなった。耳元で嬉しそうな歓声が聞こえて、それと同時に理子は俺の方へと体を寄せてきた。彼女の両腕が俺の首へと巻き付いてくる。

 

「なっ、ちょお前くっつき過ぎだ。暑いっての」

 

しかし理子は聞いていないと言わんばかりに、むしろ先程よりさらに体を密着させてくる。俺は諦めて、体を振り向かせ廊下を歩き始める。俺と理子の二人から掛かる体重により(きし)む廊下の上で、ふとカールさんの笑い声がまだどこか部屋の(すみ)にでも引っ掛かっているのではないかと、そう思って耳を済ませた。しかし聞こえてくるのは、理子から俺の体を渡って伝う彼女の心音だけだった。

 

 

 

 

 

 

その晩、天気予報のキャスターは、胸を張るようにして梅雨が開けたとそうテレビの中で宣言した。

 

 

 

 

 




ほんと、ゆっくりで申し訳ありません。次の更新も未定です。なるべく早くします。いろんな話に浮気してしまうんですよね~。誠実さが足りてない気がします。今回も見てくださりありがとうございました。
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