俺ガイルSS やはり俺の球技大会は間違っている。 作:紅のとんかつ
最初は比企谷くん視点です。視点ジャンプですみません!
「全身痛ぇ」
奉仕部の部室。
放課後の夕闇に包まれた教室で、俺比企谷八幡は連日の過酷なトレーニングでボロボロになった体を極力刺激しないように腰を抑えながら何時もの場所に着席する。そのボロボロな動き、様子を由比ヶ浜が心配そうに顔を覗き込み、雪ノ下が呆れたように息を漏らす。
「お疲れヒッキー。体、大丈夫?」
「あの程度の特訓で筋肉痛だなんて、だらしが無いわね」
この筋肉痛の原因である雪ノ下のこの冷たい態度。
確かに俺はたまに移動教室で書類を運んだりした位の負荷で腕が筋肉痛になっちゃう系男子だが、あんなトレーニングさせられたら誰だって全身の筋繊維がズタズタにだってなる。
だって最近”今日は今までで一番キツかった”と毎日思ってるもん。
戸部みたいに大袈裟にリアクションして言ってるんじゃなくて、マジで毎日更新してるんだもん俺の肉体的な一番キツかった日。
何故こんなにも体を酷使しなくてはならないのか、過酷なトレーニングをしなくてはならないのか、その話は先週、奴がこの部室に訪れる日に遡る。
俺達は、奴、戸部翔の二度目の依頼により、今度行われる球技大会の望まぬ練習をする事になった。そしてさらに困った事にトレーニングメニューを組むのは鬼監督雪ノ下。
その鬼っぷりはまるで甲子園を目指す高校球児さながらで、とても容赦が無い。期間が短いから一日の覚える事、やる事が濃縮されすぎていて、まるで飲み込めない果肉百パーセントジュースである。それジュースじゃない、ただのみかんだわ。
そしてその名監督の采配で各選手のポジションはもう決まっていた。
まず1番、ポイントガード 比企谷。
ポイントガードはいわゆるチームの戦略を示す役で、司令塔。ドリブル等でボールを運んだりチーム全体のアシストをしてチームの良い所を引き立たせる潤滑油。
この俺を人間関係の中心に置くとかぼっち舐めてんの? と監督に開幕疑問を持ち掛けたが理由を聞けばまあ納得、シュートが入らずフィジカルにも恵まれた訳でも無い、辛うじてドリブルだけは出来る一芸特化ならぬ、一芸だけ人並なのだから仕方なくの消去法。
散々な言われようかもしれないが、人生の選択を基本消去法で採用する俺には不満は出なかった。ぼっちすらちゃんと使おうとするなんて、なんてエコと感動するまである。さらに”小賢しいから現場での策略にも向いてるでしょう?”とフォローも入れてくれるなんて優しい子。でもそこは”頭が回る”、じゃあかんかったの?
次に2番 シューティングガード 戸塚。ガードと付いてるけど主に3P等のシュートでとにかく得点を稼ぐのが求められる役割で、特に精神力が大きく問われるこのポジション。
運動部だけに運動慣れしていて、チームでまともにシュートが入る稀有な存在だったのでほぼ確定でこのポジ。密かにメンタルが強い所も好印象。雪ノ下の特訓に唯一不満を言わない位だからもう鋼。むしろ艦娘。
雪ノ下曰く、理由付けが”体の線が細く体格が無いから最適”と最後に着けなければ戸塚も最高に士気が高まった事だろう。でも寂しそうに笑う戸塚も可愛いよ。
そして3番スモールフォワード 戸部。
スモールフォワードはドリブルでゴール近くに切り込んでのシュートや、外れたシュートを取ったりすることが主な仕事のバスケのオールラウンダー。
運動能力自体は高く、このポジションが恐らく戸部の良さを引き立てられるポジションであろう事というのも選ばれた一因でもあるが、
”初心者バスケ大会”であればまず間違い無く目立つポジションである事が選ばれた一番の理由。
初心者にとって簡単にカッコいいと思わせる事が出来るのはリバウンドやシュート、ダンクといった派手な行動だ。勝つ負ける関係なくコート上で激しく攻撃防御に参加してれば、それは嫌でも目に入るだろう。残念ながらディフェンスに定評があったって、初心者じゃそんなの解らん。悪いな池上。
まあ最初に雪ノ下監督に戸部にPGやSGのような技術的な物や知的な物を要求する方が無理だとすっぱり切られた訳だが。雪ノ下、出来るならそういうネガティブな理由付けは本人には隠しとけ。
5番 センターは城山。ゴール下の守護神、バスケの守備では要。
練習にも参加していないが、部活が何かで体格がどうかでもう決まってるポジションだろ。さらに顔もゴリとか魚住とかポールっぽいし。
これで選手の解説の終わりだ。4番が飛んだ? 決まってるだろ消去法だ。
そんでマネージャー・由比ヶ浜、エトセトラ・一色で、これでチームヒキタニの全貌だ。
最後のはポジションじゃないが、スラダンのエトセトラだって花道のシュートの完成に貢献してただろ? バスケのエトセトラは重要な役目なんだぜ!
そんな訳でアイツの依頼からこんな珍妙なメンバーでバスケに臨む事になった。
そのせいで文化部で奉仕部なのにバスケの猛特訓の毎日。文化部なのになんで休日練習だの筋肉痛だの起こってんだ。普通無ぇだろそんな事。
残業無し! と詠ってた仕事場に就職したら、何故かタイムカード押した後も書類整理やってるような気分だ。
まあその前に奉仕部ってのが既に普通無いね。将来の定番話題で”高校の時何部だった?”が出たら間違いなく困っちゃう! まあ誰かに話しかけられた時点で困っちゃうのが俺だけどね!
そして”奉仕部です”って答えられて困るのは相手も同じだろう。だがそこは俺だ。きっと何部って答えても相手も自分も気まずい事になるのは変わらないから安心だね。
今から社会に出た時の苦労を考えてしまい思わずため息が零れでる。
そんな俺の様子を見て由比ヶ浜が鞄から可愛い、というか
”か~わ~い~い~”
感じのポーチを取り出し、中から絆創膏やらテーピングやらを覗かせながらシップを差し出してきた。
「辛そうな顔だね、筋肉痛ほんと大丈夫? コレ、ウチにあった奴だけど、良かったら……」
「いや、いい。ただでさえ筋肉痛で動きがぎこちないのに、その上シップなんて貼ってたらさらに目立つ」
そのポーチには簡単な化粧品の他に絆創膏やら入れた医薬袋まで常備と、本格的にマネージャーっぽくなってきた由比ヶ浜の心配に首を振って応えた。
「そうかな~。私はちょっと気にしすぎだと思うけど……。多分さ、ヒッキーが何やってたって誰も気にしないよ?」
「それ、俺がどうなろうとクラスには関係無い、って意味に聞こえるんだけど」
「ち、違うし! 筋肉痛とかシップとか位で姫菜達に私達の依頼の事気付かれないよって意味だから!」
そっか~、良かった~。軽くアイキャンフライするかと思う位ボッチ差別かと思ったわ~。ボッチって一人でいたがる癖に一人に”される”事が苦手だから気をつけろよ?
俺くらいのレベルになると”俺のステルス能力も成長したもんだ”と自身のパワーアップに喜ぶ位になるけどさ。
「戸部っちだってこの特訓の事誰にも言って無いし、優美子達と離れる時もちゃんと別々に離れてるから絶対にバレて無いと思うしさ」
「言って無くたって、察する奴はいるだろ。特に葉山や海老名辺りはかなり敏感だからな。下手したらもう察してる可能性だってある」
あの二人の人間観察の習慣は相当な物だ。なんなら三浦とかだって、トップカーストにいる以上空気を読む事に長けているのだろう。
「下手に知られて”じゃ俺達もどっかで練習しとく? 暇だし!”みたいな事にでもなったら面倒だろ。こちらの情報は極力隠しておきたいんだ」
「そうね。どこで当たるかは解らないけど、勝ち進むなら如何に本当の自分の戦力を悟らせず、如何に相手の事を知っているかで戦局は大きく変わるもの。ただでさえ心許ない戦力なのだから気を付けるに越した事は無いでしょうね」
さらに言えば今回の依頼は戸部のカッコいい所を見せつけるという依頼だ。
成功率はさておき、その依頼達成に必要なのは普段の戸部のイメージと違う、いわゆるギャップを見せる事に意味がある。なんでアイツがこんな必死に? 似合わない。位が丁度いい。
相手が海老名でさらに成功が見えない依頼だからこそ打てる手は打っておきたい。アイツらには細心の注意をしておくべきだろう。
そんな風に由比ヶ浜を二人で納得させていると、奉仕部のパソコンから”ピコーン”と初期設定音のままの着信が部室に鳴り響く。
俺は思わず顔を歪めながらパソコンを見やった。
何、ただでさえ今クッソ面倒臭い依頼の最中なのに、さらに依頼のメールなの?
本当なんなんだよ、忙しくもねえ時は全然仕事が来ないのに、忙しい時に限ってどんどん仕事が積み重なる現象。
普段はダブルタスクとかしないで一つ一つゆっくりでいいから確実にやれ、とか言う癖にこうなって来ると”いつまでソレやってんだ”、自分の仕事だけじゃなく周りのフォローしろ、とか言う事コロコロ変えやつ本当なんなんだよ……。
俺の良く解らない心の叫びを他所に、雪ノ下は眉一つ動かさずメールの確認の為パソコンの前に移動する。由比ヶ浜がその後に続いていき横から画面を覗き込んだ。
「ひ、ヒッキー……」
ため息を付きながらやさぐれる俺に、少し青ざめた顔で由比ヶ浜が慌てた動作で俺を見やる。その所作でそのメールが面倒臭い物である事を俺は察した。
さて、材木座のラノベか一色のパシリか。どっちにしても相応に面倒臭い事に違いは無い。なんなら材木座のパシリでも一色のラノベでも面倒臭い。いや、一色のラノベなら逆に読んで見たいな寧ろ。
由比ヶ浜が俺と画面の間から体をどかし、俺にメールを見ろと促した。開けられた視線の先に目を向けると、俺の想定した物とはまた違った厄介な物である事を知る。
差出人 ”┌(┌^o^)┐”
「これ、前もあったけど何なのかしら……。生き物なの?」
……概ね正解雪ノ下。それは好きな物を追い求める女の子達の姿だ。ただ、少し腐ってるだけだ。遅すぎたんだ。
珍妙な物を見るような目で画面を見付ける雪ノ下を他所に、俺と由比ヶ浜は差出人が誰なのかを察し、思わず顔を歪める。
思っていたより、早く、海老名姫菜は察してしまった。
思わず俺は前に体重を乗せる形に座り直し、膝上で手を組む。
どうやら、物事は最悪の事態に進んでしまったようだ。
俺の海老名達にこの特訓を知られまいとしていた理由に、実はもう一つある。それは、再び修学旅行の時のように海老名から依頼という形で釘を打たれてしまう危険性だ。
俺の脳裏に、あの時の思い出が突然の頭痛のように一瞬蘇る。それは由比ヶ浜も同じようで、困惑した表情で俺を見やっている。
俺は、大きく一息つくと由比ヶ浜に大丈夫だと手で落ち着くよう促した。
「なんにせよ、メールの内容確認しない事には何も解らん。とりあえず見てみるか」
そして雪ノ下がパソコンの画面に広がった”┌(┌^o^)┐”さんからのメールのフォルダにカーソルを合わせ、クリックする。ごくり、と誰が発したか喉が鳴った。
<最近、気になる私一押しのH×Hに、Kくんが入り込んで来たようで困惑しています>
…………ん?
<いやね? 最初からある意味H×Hの間に”かける”が入ってはいるんだけどね? そのカケルがハチのほうに方程式を組んでいっちゃったというか、もう何をかけてんだよっていうかね? K×Hってキングダムハーツかよっていうかね?>
由比ヶ浜があちゃ~と顔を隠し、俺は目を覆い、雪ノ下に至っては最早パソコンから離れ文庫本を取り出している。
<なんていうか、まあハチの方の総受けっぷりは群を抜いているというのは仕方ないにしても、ハヤの方が寂しそうに二人を見つめているという悲しい事実に目を向けて欲しいっていうかね?>
……おい、おい待て由比ヶ浜お前まで離れるな。この文章の前に俺一人にしないでくれ。
そんでもって雪ノ下、我関せずを貫こうにしてはこのメールを一番に開いたのはお前なんだからちゃんと最後まで責任とれよ。
二人に目で訴えかけパソコンに引き戻す。
<こうなったら責任取って二人からの気持ちを受け取って、”気持ちを受け取って”受けきるしかないのでしょうか? この辺り、何処までイってるのかkwskお願い。そして寂しそうなハヤに少しの愛を、ヒキタニ君>
「ご指名よヒキタニ君」「ご指名だねヒッキー……タニ君」
「お前ら今容赦無く俺を切り捨てたな」
由比ヶ浜に至っては、途中までいつも通り呼びかけて、それを無理やり修正してまで俺に擦り付けやがって。お前の友達だろ。早くなんとかしろ。
「だって仕方ないでしょう。こんなナイーブな問題、本人達にしか解らないもの」
「いや~、流石に、こればっかりはね……」
「いや俺にもどうしようも無いだろ。これはもうアレだから。”そう思うんならそうなんだろ? お前ん中ではな”みたいな案件だからね?」
「つまり彼女が思っているなら、彼女の中ではそうという事なのねホモ谷君」
「マジ止めろ」
俺にしては珍しくかなりマジになって否定する。そんなあだ名、流石に壮絶な俺の中学小学時代でも味わった事ねえよ。ただでさえキモイとか言われてるのに、そんな噂までたったらマジでもう汚物扱いされるだろうが、一部を除く。もう本当ニッチな一部を除く。中の人的な意味では小町には受け入れられそうなのは救いだけどさ。
「いや、でもさ~。正直、私の目から見ても最近ヒッキーと戸部っち、仲良いってかさ~。市の体育館に行くまでとか休憩中とか、ずっと喋ってるじゃん?」
「戸部がな?」
会話という物は相手とのやり取りで初めて成り立つ。そういった意味では確かに会話では無く喋っているという表現は間違っていないが、どうもそういう言い方だとまるでお互いが喋りまくっているようで語弊がある。
もうマジで戸部の言葉だけが続いてる。あれが会話だというのなら、俺は譲っても”あ~”しか返してない。全然返球してないのにボールを投げ込まれる感じ。体験入部させられた時の野球部の玉拾いと何も変わらない。
「……でもヒッキー、結構楽しそうじゃん。たまに笑ってるし。ニヤける、とかじゃなく普通に。私達相手であんな顔しないのにさ」
おいおい、海老名の影響受けてるんじゃねぇの? やっぱ何か悪い電波出てた。
なんだよ、俺の笑顔を引き出しちゃうとか、なに戸部がヒロインなの? 笑わない系キャラの笑顔引き出すとか完全に正ヒロインじゃねえか。いや、寧ろ俺がヒロインじゃねえか。やだ~。
「彼の前だけは普段通りの笑顔とか、相談通りじゃないホモ君」
「せめて谷つけろ、原型トドメて無いだろうが。それに、俺が笑うのは単純にスラダンの話が面白いからであってだな。つまり俺が心を開いてるのは戸部にじゃなくてスラダンにだ」
「本当に貴方たちはこの依頼が始まってからいつもソレね……。貴方たちのその話は五月蠅い位に耳に入るのだけれど、そんなに面白いものなの?かなり古い漫画なのでしょう」
「本当に良い物は何年たったって良い物なんだ。宮沢賢治だって今読んでも面白いだろ?」
「それは、まあ、確かにそうだけれど……」
「スラダンを通せば、本来繋がり合う事の無い戸部とすら会話が弾むレベルの漫画だ。井上雄彦は漫画家の域を超えてるぞ? もはや文学であり芸術だ。なんならアレ読めば俺と雪ノ下ですら会話が弾むレベル」
「そ、そう……なの……?」
「はいはい、話脱線しない! 早く本題に戻らないと戸部っち来ちゃうよ!」
珍しく雪ノ下が聞きの姿勢だったのに、惜しくも止められてしまった。自分の好きな物を薦めると、つい話し過ぎてしまっていかんな。最後は流石に雪ノ下も引いてたし。
じゃあ本題に戻るか。本題とはなんだったか? 海老名のメールか。もう脱線しきって突っ走った方が安全運転出来るんじゃねえかな。
「とにかく、何か返事しないとさ。戸部っち来たら、もうこのメール開いてる訳にもいかないし、早く返しちゃわないと」
ふと時計を見れば、もう戸部の部活の時間が終わり、一色と共にこの教室に来る頃だった。なんだか一気に時間がキンクリした感覚に襲われる。
なんにせよ、こんなメールを一色にでも見られたらどう弄られるか解らんし、戸部とこのメールを見るとか悪夢でしか無い。そんな思いをしない為にも、俺はキーボードでさっさと返事を入力した。
差出人 無関係なH
本文 <腐海(もり)にお帰り>
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放課後のグラウンド。
部活で忙しい隼人君と戸部っちを、今度は隣のクラスをも巻き込んだ遊びに誘うべく、先にそれぞれ役目を終えた優美子達と待っている私海老名姫菜。グラウンド脇のベンチに座りスマホの画面に食い付くように返事を待っていた。
先ほど渦中の彼、H×Hの片割れの受けの方に審議の程を送ったんだけど、返事が来ない。もう1分経ったのに返事が来ないよぉ! とまるで愛が重い女の子のような気持で彼の返事を待つ私。男の子のメールをこんなに待ちわびたのって初めてかもっ☆
まるで乙女みたいだね! ただ少し、腐臭が漂うのが難点なんだけども。
いやもう本当どうしたんだろうね。
文化祭の後はH君が彼をやけに意識していて、とんだH2があったもんだとヤキモキしたものだけど、あの頃からこんな事誰が予想した事だろうか。比呂と英雄の熱い青春ラブロマンスだと思っていたら、ひかりが恋愛相手だと見せかけて敦が相手だったみたいな衝撃。知らない方すみません、H2、あれも名作ですよ! 姫菜一押し!
もうサッカー部のロンドでぶつかり合う彼らの汗が、もう清い心で見られない。そういうプレイにしか見えなかったよね。
私が興奮覚まらぬままに、部活の片づけを終えた葉山君が此方に手を軽く振りながら合流する。
「待たせてゴメン。この前臨時で休んだ分とかで、少し長引いた」
爽やかに現れた彼に、優美子はすぐに手鏡を閉じて少し嬉しそうに手を振り返した。周りで野球部の残したボールでじゃれ合っていた大和君と大岡君も笑顔でこちらに走って来る。
「おお隼人君来たか! 折角ボーリング予約取ってんのに、こんな時に限ってタイミング悪いんだもんな~!」
「あ~し等にだって予定位あんのに、先生の都合で長引くとかマジ引くんだけど」
予定ではもっと早くに学校を出てるはずだったのに、うまくいかなくて優美子が少し不満げ。サッカーの延長とかでアニメが延期されたりする事も多いから、私もその気持ち解るなぁ。
「んで、今日は戸部、来んの?」
優美子は早速、まだそろっていない何時ものメンバーの名前を口にする。妄想世界を広げながらメールを待つ私を他所に、優美子はこれからの予定に戸部っちが参加するのかどうかの心配を口にした。
前だったら、なんの心配もなく着いてきたであろう彼。だけど、今は多分、一番来るかどうかわからないであろう人物。私はスマホから一切目を離さないで四人の会話に耳を傾ける。
「いや、聞いて無いな。今いろは達マネージャーの手伝いしてるから、来たらどうするか聞いてみようか」
隼人君は部室の小屋のある方に目を向けるので一緒にその方向に目線を送ると、遠くからでも何という言葉を発しているか解るほど大袈裟なリアクションをしながらいろはちゃんのお手伝いをしているのが見えた。いろはちゃんが腕時計を刺して、何やら急かしているように見える。
「いや、マジ今日来るのかな~。最近マジで付き合い悪いじゃん? 調子狂うってかさ~」
「まあね。別に強制じゃないし、戸部なんて居なくたって隼人居ればいいけどさ。最近何やってるのかは気になるよね」
大岡君に合わせて辛辣な言葉を言いながらも、優美子は不満げにロールをくるくる回し答える。しかし確かに彼は最近非常に付き合いが悪い。いままでの彼の行動とは大きく違い過ぎて皆は違和感があるんだ。
しかし私は彼が最近何をやってるかを知っている。
「俺見たわ。放課後、裏門の方に国際教養科の雪ノ下さんと一緒に歩いてたな。しかもなんか楽しそうに」
「え、何その組み合わせ。しかも裏門で密会とか、なんか怪しくね? もしかして最近付き合い悪いのって、付き合ってたとか……」
「それは無いだろ」
大岡君の勘違いに、隼人君が少し強めの声で反論する。
……そう、隼人君も知っているのかもしれないね。真実を。
私は知っている。
「でも楽しそうって、何話してたんだろ?」
「話してたってか、叱ってた? 雪ノ下さんが戸部にズバズバ説教してたってか」
「いつもの戸部じゃん」
「マジかよ戸部、雪ノ下さんにまで怒られてんのかよwww……でも少し羨ましいな」
「は?」「え?」
私は見たんだ。戸部っちが陰で何をやっているのか。
それは、密会、である。
戸部っちは、私たちの目を盗んで、いいや隼人君の目を盗んで密会しているのだと私は知っている。熱烈な、禁断の感じの。だって、あんな、
”俺達の事は内密にしろ”
”俺ら、一身同体な訳じゃん?”
……あんな熱烈な会話を聞いちゃった訳だから!!!
「薔薇色パラダイスッ!」
「ひっ!?」
一人で友情(血)を鼻から噴出し悲鳴を上げる私に優美子が一歩下がる。
「ちょっと、マジびびるんだけど! どうしたの姫菜、最近のアンタ、いつもの倍はおかしいよ?」
「あ、ごめん。ちょっと私の中の心の声を、破裂する前に小出しにしちゃった」
ゴメンね優美子~。
でもそれ位あの件が衝撃的過ぎて、正直今隼人君の顔見ただけで暴走するんだ。だって、今までは勝手に妄想してカップリングして”むふむふ”してただけだったのに、それがマジ物だったなんて知ったら、ちょっと流石に正気ではいられない。
さらにいろはちゃんの手伝いを終えた彼までもが合流してさらに私の意識は混沌へと沈んでいく。
「隼人君~、撤収終わった~。ってアレ? 皆お揃いじゃん」
「おお戸部~、お疲れ~。お前またマネージャー達にコキ使われてんのかよw」
「いんや~、ちょっと手伝ってただけよ~。ボール片して、白線消して、洗濯干して戸締りしてきた」
「……それ仕事全部やってね?」
隼人君目当てのマネが、いろはちゃん以外にも沢山いるはずなのにこの扱いである。なんでケロっとしているのか不思議な位なんだけど。という訳で、ようやく目的の人物二人が揃った訳なんだけど、私の中で一人の相手を奪い合っている二人が揃った訳なんだけど、何時も通りのじゃれ合いをする彼らに優美子は単刀直入に戸部っちに今日の趣旨を切り込んだ。
「んでさ。今日この後あ~し等と隣のクラスの奴等と遊びに行くんだけど、戸部来れんの?」
今日も休み時間はもれなく殆ど寝てるか、どこかに離れているかで言いそびれていた今日の集まりを告げる。優美子はとうとう今回は戸部っち本人に直接尋ねた。いつもなら呼ばずとも来た彼が、揃っていたメンバーが今日は来るのかを。
「あ~、いや~、今日はさ~! アレがコレでこうっていうかね?」
「アレって何? 最近なんかやってんの?」
優美子の言葉は怒っている訳では無いのに、どこか厳しめに聞こえる。その声音に、優美子の浮かばない表情に彼は笑顔を引きつらせた。
「何かやってるっていうか、なんての? いや、ちょっとやるべきってかさ~」
困ったように襟足を引っ張りながら笑う彼の目が、一瞬、一瞬だが私を見た気がした。
いや、違うね。私の前の隼人君に目線を送ったのだろうね。ライバルを見たのか、それとも”相手”として見たのかが一番気になる所だよね。
そして空気が良くない事を察した隼人君が間に入ろうとするより先に、彼の後ろから猫撫で声が聞こえてきた。
「戸部せんぱ~い、ちょっといつまで待たせるんですかぁ~? 早く行きましょうよ~」
亜麻色のセミロングと、くりっとした大きな瞳をした可愛い後輩、いろはちゃんが戸部っちの裾をちょいちょいと引っ張り、頬を膨らませている。
「は? なにあんた……」
「すみません三浦せんぱぁ~い。ちょっと最近、”球技大会の準備”とかで忙しいんですよ~。そのお手伝いで戸部先輩に助けて貰ってて~。ほら、私生徒会じゃないですか~」
「球技大会か。成程、そろそろ近いもんな。それじゃ生徒会も忙しいな」
「解ってくれます~? 流石は葉山先輩!」
隼人君のフォローに手を組んで頬に当て、喜んで見せるいろはちゃんに男子達の頬が少し紅潮する相変わらずあざとい動きを”自然”に行う事に”洗練”されている
「なんだ、そんな理由があるならハッキリ言やいいじゃん。最近、妙に他所他所しくて付き合い悪いから、さ。……イラついたじゃん」
「いや、俺も今初めて聞い……痛ぇ!」ドスッ
「後輩にコキ使われてるなんて知られるの恥ずかしいですもんね~? いや、コキ使ってる訳じゃなくって手伝って貰ってるだけなんですけどね? そんな訳でぇ、暫く戸部先輩借りていきますね?」
そういって可愛く掴んでいた彼の裾を思いっきり引っ張り、戸部っちは”おっとと!”とバランスを崩しながらいろはちゃんに追従した。
「そ、そんな訳で、悪い優美子! 終わったらずっと一緒な!」
「キモイからやめろし」
そういって彼は引きずられながら私達から離れていく。
「……なんだよ~。最近付き合い悪いって思ったら、そういう訳かよ~!」
ホッとしたように大岡君が息を付いた。何が不安だったのか、ちょっと邪まな考えが頭をよぎります。
「戸部本当いろはに良く使われてるよな。色々二人で買い出しとか手伝わされてるの見るし」
「……もしかして、付き合ってんのかな?」
「ないない!」
そういって再び戸部っちの恋愛事情が気になって仕方ない大岡君にどうしても邪心で包まれた。この関係、どこまで広がるんだよ! って位。
大岡君が単純に戸部っちにだけは先を越されたく無いっていう小さい考えを持っていると思うより、やっぱり大岡君が純粋に戸部っちにラブの方が綺麗な捉え方をしてるよね!
二人で笑い合いながら校門へ向かい歩みさる二人、
そして戸部っちの様子を見つめる隼人君に優美子。その真ん中で、私は立ち止まった。
そうして今回もまた彼が離れていって、いつものメンバーは揃わなかった。
戸部っちも、結衣もいないこのメンバーは、二人の賑やか担当がいない事でどこか寂しげで、何かがぽっかりと足りなくなってしまっていた。
私の幸せの時間は、大好きな皆と過ごす青春は、いつか終わってしまう物で、
もう二年生も終盤で、来年には卒業で、クラスも変わって、結衣が最近私達と過ごす時間が減っていて、
終わりが、近づいているように感じて……。
…………終わって。
「戸部っち!」
どうあってもこれから少しずつ、変わっていく皆との、今の幸せの時間の終わりが垣間見えて、そんな想像が頭をよぎった瞬間には私はいろはちゃんに引きずられていく彼を呼び止めていた。
予想外に出た言葉が私が出す普段の声量と大きく違い、驚きの表情で二人は振り返っていた。優美子も隼人君も立ち止まり、目を丸くしている。
「……ど、どしたん?」
いろはちゃんに引っ張られていた彼がきょとんとして私の言葉をただ待っている。
つい発してしまっただけの呼び声、その言葉に一番驚いているのは私自身だった。
「あ、えっと、さ……」
思わず呼び止めてしまったけど、どうする?
なにか、堪らなく寂しくなって呼び止めてしまったけど、なら”寂しい”って伝える?
それは、駄目だろう。どう考えても期待させてしまう。
私はまだ彼と一緒にいたくて、でも、それは”友達”としてであって、
だから彼の気持ちは受け入れられないけれど、でもまだ一緒に皆で遊んでいたくって、自分の事しか考えない自分に吐き気がして。
「と、戸部っちさ。忙しいと思うんだけど、最近一緒にいられなくって、ちょっと寂しいって感じてるんだよね~」
何を言うか、考えもしてないのに言葉が勝手に出てくる。止めようとかそういう意識も無くただ口が動いて吐き捨てた。
「隼人君が」
消えてしまいたい。
いつも通りの言葉が出たのに何故か私はそう思った。
私の言葉に”えっ”と隼人君の方を見つめる彼。隼人君は黙って、私の言葉を聞いていた。私の口は全然止まらず、何時も通りの何食わぬ顔で腐の台本を読み続ける。
「もう最近戸部っちいないから、隼人君滅茶苦茶寂しそうなんだよ! もう乙女の顔でっていうかさ! もう見てられない位センチメンタルな愛が垣間見えてる位なんだよね~! だからあんまり正妻を待たせちゃダメだぞ! って言いたくってさ、うん!」
自分でもびっくりする位いつもの私だ。
完全にいつもの大好きな物を話す時の自分だった。
「え、マジ? 隼人君が俺いなくて寂しがるとか、イメージ付かないんだけど!」
「もうアンニュイだよ!超アンニュイ! そうだよね隼人君!」
そしていつも通り、苦笑いで誤魔化す隼人君を求めて、そしていつも通りひっぱたいてくれる優美子を求めて隼人君に話を振った。もう、見せかけだけはいつも通りの風景なのに、私は堪らなく胸が痛くて、苦しかった。
しかし、帰ってきた返事は、今私が求めている何時もの言葉では無い。
「ああ、寂しいな」
隼人君は普通に、はにかんだ笑顔でそう答える。
「なんだかんだ言っても、やっぱり戸部がいると楽しいし、一緒に居て心が安らぐ。だから、お前の用事が終わったらさ、また皆でカラオケにでも行こう」
「あ~しも、アンタいなけりゃいないでいいんだけど、いないよりいた方がいいし、それにやっぱつまんないし。だからさっさと終わらせてきなよ」
優美子も、いつもと変わらず普通の態度で”寂しい”を伝える。
「マジか~、いやぶっちゃけ俺も超寂しいわ~! ほんと終わったら、マジでなんにでも付き合うから!」
言って彼は二人に満面の笑みを浮かべた。そして飛びついて喜びを表現する彼に隼人君は困った顔をしながらおいおいと後退る。その後優美子にまで飛びつこうとするが優美子は容赦なく顔面グーパンチ。
そんないつものやり取りなのにどこかいつもより温かい、そんな彼らを私は景色の外から眺めていた。
「……いや、本当、全部終わったら、絶対皆の事誘っから! 絶対カラオケとか行くべ! それじゃ、俺行くわ!」
「え、ちょ、引っ張らないでくださいよ戸部先輩!」
二人の言葉を受け、元気に二人にサムズアップすると、彼はさらに元気になって一色ちゃんを引っ張りながら走り出す。何度も振り返りながら手を振って。
なんの事は無い。ただの言葉。ただの素直な気持ち。ただの本当の気持ち。
それすらも、私は口にする事が出来なくなってしまったのだ。
「お~い、行かねえの~!?」
彼と別れたからそのまま出ると思い先に校門へ向かっていた大岡君達が遠くで呼び声を上げている。その二人に”今行く”と隼人君が返し、そして私の肩を軽く叩き歩き出した。
……いや~、まいったな。
あんなアツアツな言葉を向けちゃうなんて、これはこの三角関係の激化を辿る一方だね!
これは下手な二次や同人よりも目が離せない展開だよ!
ぐふふ、とにやけ、そしていつも通りの笑顔を優美子に向けて、私は歩き出した。
「参ったな~、これは暫く餌に困らなそうだぞ~。毎日の学校に、楽しみが増えたねっ。男子が二人、または三人、仲良くそこにいればそれだけで幸せになれるのが腐女子の強みだね~」
「姫菜」
私の手を引き呼び止める優美子。大丈夫、私だって腐女子としての幸せとは別に、優美子と結衣がいる事も私の幸せだよって伝えてあげなきゃ! 優美子には、いつだって本当の言葉を言える、大好きだなぁ優美子!
「姫菜ってさ、たまに、その腐女子的発言で、相手も自分も誤魔化そうとするじゃん?」
親愛を伝えようとする私に、
普段と変わらぬ笑顔で振り返る私に向けられたのは、とてつもなく寂しそうな顔。
「……まえの、旅行ん時はさ。あ~し、何も知らないし、聞かなかったけどさ。無理に聞き出さないってだけで、いつでも本音とか、聞けるつもりだし。あ~しはさ。姫菜の味方のつもりだから。……そんだけ」
不器用に、目を反らしながらも力強く訴えたその言葉を残し、優美子は隼人君達の所に歩き出す。
その言葉はまるで私を励ましている? 慰めようとしている? 何故? 優美子の言葉の意図が理解できなかった。
私はいつも通りだ。いつも通りに振る舞っている。
腐っていて、優美子の友達で、進んではしゃいだりしないけど皆の中で笑っていて、いつも通りだ。いつも通りなのになんで優美子はあんな顔をしてしまったんだろうか。
……大好きな物で誤魔化す、か。
優美子の言葉を心の中でかみ砕く。そして、皆の背中がどんどん遠くなるのを見送ると、私の頭はどんどんクリアになっていった。
……そうだね。もう、止めよう。
私はため息をついて、そして肩を落とした。
最近付き合いの悪くなった彼。疲れ切った様子。
結衣がタイミングをずらして同じく離れる理由。
その他様々な情報がソレだと告げているのに、私は無視をしてきた。見えないフリをしてきた。でも、それはもう見えないというにはあまりに視界の中にデカデカと映りこんでいて他の物が見えない位私の視界を奪っている。
だから、もう認めよう。
”奉仕部がまた、動いている”
あの時の思い出がフラッシュバックする。
あの時私が壊しかけた大事な友達の居場所。
頼ってしまったばかりに傷付けた、大好きな友達の好きな人。
あの時の彼の、大切な友達の表情。
もう、認めよう。
彼らはあんな事になりながらも再びあの過去と向き合い、そしてやり直そうとしているんだ。あんな事になってなお彼は立ちあがったんだ。
自分の居場所を失いかけて、壊しかけて、それでもなんとか前に戻った彼は、再びまるで関係無いクラスメイトの為に立ち上がったのだ。
なんて、強いのだろうか。
だけど私はそれを望まない。
”今”が大事なの。それをリスクヘッジしてまで他の未来を選ぶ理由なんて無い。
さっきのやり取りで、言い放った言葉で、私の心はどこか冷えきってしまった。
もうあの時と同じ轍は踏まない。
奉仕部に行って、結衣を巻きこまない。
隼人君に相談して、彼を、優美子を困らせない。
だったら、私が狙うべき急所は決まっている。
それは誰にでも公平で、繊細で、誰よりも優しい、あの男の子だ。
誰より痛みが解って、そして誰も受け入れないけど拒絶しない、あの優しい男の子だ。
私は、冷めきった頭を、固まった表情を再び笑顔に変えて、優美子達の所に走り出す。
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平日 学校の教室内部。
休み時間の喧騒の中。
「でもとべっち最近頑張ってるんだよ! 色々とさ!」
「……?」
「色々って何さ?」
「へ!? あ、いや、え~っとね……」
皆がいつものように笑い合う最中、横目で彼がいる事を確認する。いつものように一人で頬杖をつき、机に座っている。大きなあくびを手で隠し、目をこすっている。
周りには誰もいない。戸部っちは机に突っ伏して寝ている。今なら優美子達も会話を止めない。離れない。
「まあ良いけど。戸部だし」
「そうそう! とべっちだしっ!」
私の視線に彼が気付いたのか、驚いたような表情で私を見た。気が付いた。
わははと笑い合う彼等の隙間を縫うように、誰に聞こえるか否かの声で断り、メンバーから抜け出した。
普段はあんなに落ち着いてる彼が、私が視線を向けて向かっていくと急にオドオドとしだす。動揺しているのなら、それは好都合だった。軽く手を挙げて、決して好意的とは言えない笑顔で声をかけた。
「熱い視線を感じたよ~? もしかして隼人君に熱視線でも送ってたのかな? そういう意味深な視線を送るなんて、腐適切だと思います!」
「止めてくれ……」
さて、優美子達も私達を気にしていない。それじゃあ、容赦無く釘を刺させて貰うね。
君なら、きっと私の言葉を無下にしないから。
「ヒキタニ君。また、私が困っちゃう事してるでしょ」
私は自分でも驚く位冷たい声音で彼に”知っている”と告げた。