一話 転生 ★
白。それがこの世界を支配しているものだった。
(ドコだ、ここ?)
少年はその白の世界に佇み、あたりをキョロキョロと見渡す。
しかし、少年の目に映るのは地平いっぱいまで伝わる白、それだけだ。
すると突然少年の前方に黄金色の光が射した。
「うおっ」
少年は右手を上げて目を隠す。
その間にも光はどんどん強くなっていき、遂には人の形を構成した。
「ふーう」
少年は目の前に現れた人に目を向ける。そこには、透き通るような白髪に海を思わせるような美しい碧眼の女性が立っていた。いや、それは正しい表現ではないだろう。その女性はわずかに地面から足を浮かせていた。簡単に言えば【飛んで】いた。
「オマエ、ナニ?」
少年と口からポロリとそんな言葉が溢れでる。そんな少年をみて目の前の女性はニッコリと微笑む。
「クス、そうですね。あなた達人間の言葉で言う、【女神】というやつでしょうか?」
「は、女神?」
「はい」
少年は口を開けてポカンとした顔をした後、胡散臭そうな顔になる。女神はそれをみてもなお、微笑をたたえたまま少年に話しかける。
「クス、信じられないのですか?【木崎蒼也】サン?」
「ーー!オマエなんで……」
蒼也、と呼ばれた少年は一気に警戒心を強める。
少年、蒼也にしてみればこの白い世界にいる状況すらつかめてないのだ。そこで、いきなり自分の名前を呼ぶ人間がいたら警戒するのは当たり前だろう。
さらに、その相手が【女神】と名乗っているならばなおさらだ。
「クスクス、そんなに警戒しないで下さい。私としては貴方と仲良くしたいのですよ?」
「ココはドコなんだ」
「クス?無視ですか?それもまたよしという奴ですね」
「質問に答えろよ」
「貴方は本当に遠慮しませんね」
女神はクスクスと手を口にあてて笑う。そして、虚空で右手を振る。
すると、フォンという音がして木の机と木の椅子とアルミ椅子が一脚ずつ対面する形で現れた。
「クス、詳しいことは座って話しませんか?」
そう言って女神は椅子に座ったので
蒼也もしぶしぶそれに従い残ったアルミ椅子に座った。
「さて、手短に話しましょうか」
女神は微笑をたたえたままそう言って机に手を組んで、蒼也に目を向ける。蒼也はそれを一瞥してアゴで続きを促した。
「貴方には転生してもらいます」
「は?」
なんでもないことかのように言われた言葉に蒼也の頭は一挙にフリーズする。
女神は蒼也の態度にため息をついてやれやれといった風に首を振った。そして、クスリと笑う。
「クス、貴方には順を追って話した方が良さそうですね」
貴方はテンプレというやつがわからないでしょうしね、という言葉にカチンとくるがそれを無理やり飲み込んで続きを促す。
「貴方は死後の世界についてわかりますか?」
「なあ、今俺はそんなことより知りたいことが山ほどあるんだけど」
主に言えば、ここは何処か、とか、女神とは何だ、とかである。
「クス、いちいち話の腰を折るのは感心しませんよ」
そう言われてしまえばもう何も言うことはできない。女神はなおもクスクスと肩を揺らして笑っている。
「で、わかりますか?」
「何が」
「死後の世界です」
どうやら女神の中ではその話は続いていてらしい。
「……わからないこともないけど、詳しくはわからないな」
蒼也には良いことをした人は天国。悪いことをした人は地獄。というぐらいの幼稚園生でも知っているような知識しかない。こんなものでは、知ってるのうちには入れることはできないだろう。
「……貴方の死後の世界幼いですね」
「なっ!オマエ、俺の頭を除いたな」
「クスクス、私は女【神】ですよ?これくらい朝飯前どころか前の日の夕飯前ですよ」
「プライバシーの侵害だ」
「神にとってそんなものは関係ありません」
(なんて、横暴な神なんだ)
肩を揺らして笑いながらそう言われた蒼也は僅かに腹が立ったが、わからなかったのは事実なので反論ができない。
「死後の世界というのは大きく二つに分かれます」
女神が真っ白で美しい指を二本立てて蒼也の目の前に突き出した。
「一つ目が、最高神を長として、その他様々な神から成る【天界】」
二本の指の一本を曲げる。
「そして、もう一つが魔神を長として様々な悪魔から成る【魔界】」
そしてもう一方の指も曲げた。
「の、二つからなります。ここまでで何か質問は?」
「じゃあ、ココは天界?それとも魔界?」
「本当はどちらでもないのですが……どちらかといえば天界でしょうか」
「どちらかといえば?」
「はい。ここは【転生の間】と言いまして、転生をする魂が肉体を得る場なのです」
「転、生?」
「はい」
蒼也の口からこぼれた言葉に女神は微笑んで大きく頷く。
転生。
それは、死した魂が再び生まれ変わることのはずだ。
(その転生の間にいるってことは俺は『やっぱり』……)
「はい。貴方という人間は既に亡くなられています」
「そっ、かぁ……」
蒼也にある最後の記憶は、一人で下校中、自分の視界いっぱいに迫ってくる何かだった。つまりは、車か何かに引かれて死んだのだろう。
(少し予想はできてたけど、結構きくなぁ)
「続き、構いませんか?」
「いいよ」
「で、転生の間ですが。細々とした条件はたくさんありますが、基本的に条件は三つです」
女神がその、細くて長い指を今度は三本立ててみせる。
「一つ目は、死んでいること。二つ目は、天界、魔界の審査をスルーすること。そして、三つ目は……」
そこで女神が言葉を止める。
「ーー?三つ目は?」
蒼也は首を僅かに傾げて女神を見つめると、女神のほうは勿体つけるようにゆっくりと口を開いた。
「三つ目は……、自らの生に後悔の念を感じていたことです……」
「後悔……」
蒼也がポツリと呟く。その言葉は、発するというよりもこぼれ出るようなものだった。そんな蒼也に女神は悲しげな笑みを浮かべて言葉を続けた。
「この三つの条件に当てはまった人がこの転生の間に訪れ、現実世界に再び転生するか、現実世界とは違う世界で生きるか選択して、次の一生を歩むんです」
「現実世界とは違う……?」
首をかしげ、頭の上に?をたくさん浮かべている蒼也をみて、女神が手を顎にあてて唸った。
「そうですねぇ、貴方はこういうテンプレに詳しくなさそうですしねぇ……。なんと説明したものでしょうか」
少し上をみて唸っていた女神は、最後の言葉で真顔で蒼也にきいた。それに若干呆れた表情を浮かべた蒼也が、苦笑いをする。
「アンタが説明できないことを俺ができるわけないだろ」
「そうですよね。あ、こういえば貴方にもつたわるかもしれませんね」
如何してだろうかそこはかとなくバカにされているような気がする。
「例えば魔法の世界とかです」
女神は思いついた自分を誇るようにニッコリと笑いそれは嬉しそうにそう言った。
「ま、ほ、ー?」
「はい」
「魔法って空を飛んだり、指から炎を出したりする、あの魔法か?」
「クス、少なくとも私はそれ以外の魔法をしりませんが」
「ほぅ、珍しい世界があるんだな」
「なに他人事みたいに言ってるんですか。貴方も魔法の世界にいくんですよ」
「は?」
その言葉で今度こそ本当に蒼也がフリーズする。
「クス、だいぶ話が逸れましたね。話を戻させてもらいます。さっき、私はどちらの世界に転生するか自分で選ぶといいました。しかし、残念ですが、貴方に限ってはその選択肢を与えてあげれません」
「なんでだ?こういうのは等しく与えられる権利じゃないのか?」
「ええ、まあそうなんですけど。今回は少しばかり状況が込み入ってまして……」
そこで女神は眉を寄せる。そして、ここには女神と蒼也の二人しかいないのにナイショ話をするかのように顔を近づけてくる。その動きとともに香る甘い香りで、蒼也が少しひるむ。
(コイツ、女神のくせにあざといな、オイ)
「実は、先ほど話した【魔界】が【天界】との禁則事項を犯しまして現在【天界】は大混乱なのです」
「天界が大混乱に成るほどの禁則事項ってどんなのだったんだ?」
「人間を天界の許可なしに転生させたことです」
「転生に許可がいるのか?」
「はい。先ほども話しましたが、通常の転生と言うのは、天界、魔界、の厳しい審査をパスした人間しかできないものなのです。しかし、今回魔界が送った転生者は審査がされておらず、危険な思想を持っている可能性が高く、下手すると転生した世界の秩序を破壊する可能性すらあるのです。そのことに最高神は慌てて、天界も転生者を送って魔界の転生者が暴走したときのためののストッパーにしよう、と考えました」
「ほう」
「幸いにも魔界の転生者たちは全員同じ世界に転生しましたから、天界の転生者に選ばれた二人をその世界に転生させることにしました」
「じゃあ、その一人が……」
「はい。貴方、ということになります」
女神は大きく頷きそう言った。
「ふーん。大体わかった。なあ、少し疑問なんだが」
「はい?」
「その転生者をお前たち神が殺すことはできないのか?」
それは蒼也の心からの疑問であったこれは意地悪でもなんでもなく蒼也にとっての本当の疑問なのだ。
人間を転生させられるほどの力を持った神たち。そんな神たちがわざわざ弱い人間たちに頼る理由がわからなかったのだ。
「先ほども言いましたが、魔界の転生者たちが危険な思想を持っている可能性は高いです」
「なら、今すぐにでも」
しかし、蒼也が言い終える前に女神が口を挟む。
「でも、人間です」
「ーー?だろうな?」
真面目な顔でそういう女神に何を当たり前のことを、といった表情の蒼也。
「わかりませんか?魔界の転生者であろうとも転生してしまえばそれは【人間】なのです」
「いや、でも危険かもしれないんだろ?」
未だ理解してない様子の蒼也に女神はじゃあ、例を挙げましょうと指を立ててみせる。
「貴方は世界的犯罪者が謎の天撃によって死んだなどという戯けた話を聞いたことがありますか?」
「ーー!ナルホドね」
「理解しましたね」
つまり、女神の言いたいことはこうだろう。
例え、それが転生者で、危険な人物だとしても、神がその世界の人間に手を出すことは天界や魔界のタブーなのだろう。例え、それが魔界の【転生者】でも、危険な思想を持っていたとしても。
「だから、私たち天界は転生者の手を借りねばならないのです」
そこで一旦息をついて結論を述べる。
「やって頂けますか?【転生者の見極め】と【転生者狩り】を」
女神の言葉に蒼也はしばらく思案するように瞳を閉じる。そしてゆっくりと開けて返答した。
「断る」
否定の言葉を。
「な、何故!一つの世界の危機なのですよ⁉︎」
「だからって、俺が見知らぬ他人のために戦う理由はないだろ?それに女【神】ならわかるんじゃないの?俺が人と関わりたくない理由とか」
そこで女神は押し黙る。
「無言は肯定と捉えさせてもらうよ」
蒼也は真白に染め上げられている空をぼんやり見上げて呟く。
「戦うつもりはない。けど、転生はするよ。もう一度人生を生きてみるのも楽しそうだ。もっとも俺のスタンスを変えるつもりはないけどね」
「……それでも構いません。してくださいませんか?」
「いいの?他の人間にしてもいいんじゃないの?俺は戦わないよ?」
「転生申請はすでに終わってますしそれに、私は貴方が戦ってくれることを信じますから」
「……じゃあ、してよ。転生」
「いえ、ちょっと待ってください」
もう転生を頼んできた蒼也をまだ早いとばかりに引き止める。
「情報によれば魔界の転生者たちは誰もが【特典】をもって転生したようなのです。貴方も【特典】がなければ殺されてしまいます」
「俺は戦わないけど、いるの?」
「最高神のお達しなのです。それに私は貴方が戦ってくれるとおもってますから」
そして、女神が右手を虚空で一振りすると赤、青、白、の色をした箱が一つずつ机に現れた。
「ひいてください」
女神が熱心な様子で言うので蒼也はため息をついて適当にポンポンポンと箱から球を取り出す。そこにはそれぞれ、
【限定的条理予知】
【感覚強化】
【黒トリガー】
と書いてあった。
それをみて、女神は少し眉を寄せて微妙な顔をする。
「これは……使い手を選ぶ能力ですね……」
「しつこいようだけど、俺は戦うつもりないから関係ないけどね」
「……では転生しますが構いませんか」
「いいよ」
女神は箱を出したように虚空で右手を一振りする。すると、蒼也の体から光の粒子が出て行き、体がどんどん透けていく。
「なんだこれ?」
「貴方の体を分解し、転生世界で再構築してます。じきに終了します」
そう言われて約1分後。あと少しで完璧に消失する、という時に女神が口を開いた。
「私もしつこいようですが言わせてもらいますね」
そして、女神に似合う慈母の微笑みを浮かべる。
「信じてますよ、蒼也」
その言葉を最後に蒼也の体は、白の世界から消失した。