薄汚れた裏道を走る。
世界はいつでも理不尽だ。
自ら関わらなくとも世界という謎の力は人間を『運命』という道へ引きずり込む。
いや、この場合は『運命』などと抽象的な存在ではなく、蒼也を転生させた【神】の仕業なのかもしれない。
運命は蒼也の想いを嘲笑うかのごとく蒼也を『原作』へと引きずり込んでいくのだ。
蒼也はそのことを理解し咀嚼し噛み締めてなお、自らの想いを遂げるため無駄とも言える逃亡をする。
『ソーヤ、追跡者のスピードが上昇した』
蒼也は右手の指輪からの声に息を切らしながら小さく舌打ちをする。
今レプリカは【解析魔法】の自己アレンジバージョン、通称【レーダー】を使用し蒼也と追跡者との距離を詳細に測っている。
この【レーダー】は蒼也の特典である【感覚強化】をベースにレプリカが改良したもので、家に引きこもり魔法の鍛錬をしない蒼也を守るため密かに構築してきたものだ。
「距離、はっ……」
『二キロメートルほどだ』
その言葉を聞き、体に広がる倦怠感を無視して走り続ける。
ペース配分などあったものではない。
刻一刻と減っていく体力。しかし、そんな虚弱な体に鞭を打ち、走り続ける。
しかしそれにも限界が訪れ、蒼也はどこにでもあるような足元の石につまずき豪快に地面を転がる。
元々が必要以上外に出ない引きこもり生活。蒼也の体力は年齢の全国平均を大きく下回る。
ここまで走り通せたのも奇跡と言っても過言ではなかった。
「……レプリカ、相手、は、どこ、に……いる、んだ……」
蒼也は体の想像以上の疲労に普通に喋ることすらままならない。
『現在1805、1750、1600……。追跡者がこのまま速度を落とさなければあと1分ほどでここに来る』
蒼也は息を切らしたまま生まれたての子鹿のように震える足に喝を入れてゆっくり歩き始める。
少しでも、僅かでも蒼也を襲う脅威から逃げなければならない。
そうしなければ蒼也の命はない。
だから、蒼也はたとえそれが無駄な行為と言えど歩むを止めることはない。
たとえ生きる意味を失っても、誰からも生きることを望まれなくとも、希望を全て失ったとしても、生きたいという想いは蒼也の心の奥深くにこびりついているのだ。
しかし、『運命』はそれすらも嘲笑うかのごとく非情な現実を押し付ける。
『ソーヤ、今すぐしゃがめ』
「ーーは?」
『急げ』
指輪からのレプリカの冷静な声に蒼也は膝から崩れ落ちるようにして地面に這いつくばる。
次の瞬間、先ほどまで蒼也の頭のあった場所を炎の光線が通り抜けた。
「熱っ……!」
目の前の道路を焦がす炎が散って、僅かに降りかかり、蒼也の白すぎる肌を僅かに焼いた。
『ソーヤ今度は右だ』
再びのレプリカの声に今度は迷いなく地面を蹴る、というより押して体を右にずらす。
そして今度は蒼也の右側に炎の光線。
それはさながら夜空を駆ける流れ星。
美しくもあり、同時に受けたものを瞬時に炭化させる高温の破滅の紅蓮の流星。
「レプリカ、距離はっ!」
『およそ、200』
「くそったれめ……」
もう逃亡は叶わない。
蒼也の消耗した体ではおよそ逃げれる距離ではなくなってしまっている。
「詰みかよ……」
蒼也はあまりの絶望と悔しさに拳を握り歯をギリと鳴らした。
「《フレイムバスター》」
近くはない。しかし、遠くもない距離から子供特有の高い声がその言葉を紡ぐ。
そして蒼也を僅かにかすめて汚らしい道路に着弾した。
「うわああ」
着弾の衝撃で蒼也の体が宙を浮いて壁に激突する。
蒼也はその衝撃に息を詰まらせ、体を細かく痙攣させる。
「……やっと会えたな、転生者クン」
汚い道路につけた顔の上の方から子供特有の高い声が聞こえてきた。
蒼也にとって死刑宣告と同義とも取れる追跡者との相対だ。
「探してたんだぜ?お前みたいな転生者が尻尾を見せるのをよ」
蒼也は自分を睨めつけているだろう声の主の方へ顔を向けた。
まず、目に入るのは夜でも目立つ眩い金髪。そして同色の瞳。年は身長から推理するに3歳か4歳ほどだろうか。だが、その顔は年に反して気持ち悪いほど整っている。なんというかカッコいいのだが不自然なのだ。
人ならざるものが作り出した不気味さがある。
そして服。それは銀と黒がいりまじった外套を身につけ、手首には金色の鎖をリストバンドのように巻きつけていた。
更にその少年が纏う空気はさながらむき出しの刃。触れれば誰でも構わず傷つける恐ろしさがそこにはあった。
「海鳴の聖祥にいなかったのは予想外だが、そんな覚醒した魔力を放出してたからあっさりわかったぞ?」
金髪の少年は人を小馬鹿にしたような態度をとりながら蒼也を中心に周りをゆっくり歩きながら話を始める。
「お前みたいな踏み台は俺が原作に関わるときに邪魔になるだろうからな。さっさと殺してやるよ。ありがたく思いやがれ」
「ーーっ!」
蒼也への突然の死刑宣告。蒼也の中にあった話せば助かるかもしれない、という淡い希望が打ち砕かれる。
「まあ、転生して一年で1人ならそこそこのペースで殺していけるだろ。なあ、お前他の転生者の居場所知ってるか?」
「…………」
「だんまりしてんじゃねーよ!」
金髪の少年は突然キレたかと思うと蒼也を空き缶を潰すようにどんどんと踏み潰してきた。
蒼也は胃から上がってきた血反吐を飲み込んで金髪の少年の攻撃をひたすら耐え続ける。
「オラ、オラ、オラァ!」
金髪の少年は数度踏み潰して最後に蒼也の腹を蹴飛ばし壁際まで追いやった。
「げぼっ、げぼっ……ぅう……」
地面を転がったときに口を切ったのか蒼也の口の中に鉄の味がじんわりと広がっていく。
《ソーヤ、ソーヤ》
頭の中に昔蒼也がレプリカに連絡用として教わった初歩的な魔法【念話】による声が聞こえた。
〈……レプ、リカ……〉
《ソーヤ、魔法を使え》
〈魔法とか言われても、俺は今まで何にもしてきてない〉
《それは理解している。ソーヤが
〈なら……〉
《しかし、それでいいのか?ソーヤはそれでいいのか?ここで。人と関わらず、本当に自分のしたいことも何もわからず。ここで、転生者に殺されて、それでいいのか?》
〈でも、俺は……〉
《決めるのはソーヤ自身だ。私がとやかく言う権利はない。だが、これだけは言わせて欲しいのだ》
レプリカはそこで一旦言葉をきる。
《自分を偽るな。自分の思いをくだらない矜持で邪魔するな》
〈俺は、俺は、俺、は……!〉
「……く……ない」
意図せず口から念話の続きが溢れ出す。
「あぁン?」
蒼也は大きく深呼吸をして新鮮な酸素を体に循環させる。そして小鹿のように震える足に、満身創痍の体に鞭打って壁に手をつきながらも立ち上がる。
「戦いたくない」
「俺は、やっぱり戦いたくない」
「この世界に来てからそれだけが俺の願いだったし、多分これからもそうだ」
「何をしていいのかわからない。何すべきなのかもわからない。自分が正しいのかも分からない。それでも、それでも俺は戦いたくない」
「でも、そのためにはお前が邪魔なんだ。一人で、また、生きていくためにはお前が邪魔なんだ」
「だから、
蒼也はそう叫び目を鋭くして金髪の少年を睨みつける。いままでの小動物のような怯える目ではなく、まだ頼りないが、それでも何かを決意した人間の目を。
「ハンっ。何言ってンだぁ?意味ワカンネェ。でも」
そこで、金髪の少年は今までの刃のような雰囲気をいっそう鋭くする。
「お前が俺に殺されたいって事は理解した」
金髪の少年は右手を水平に伸ばし、蒼也は指輪を顔の前に持ってきて見せつけるように。
そして次の瞬間には互いに武士が名乗り合うかのごとく叫びあう。
「
『All right 』
「レプリカ!」
『心得た』
金髪の少年が叫べば手首に巻き付いていた鎖が溶けて一振りの金色の片手剣へと姿を変えた。
対して蒼也の方は何も外的変化はない。ただレプリカの手を借りて身体強化の魔法で身体能力を大幅に強化しただけである。
二人は数瞬見つめ合った後前に駆け出した。
「死ねぇええぇ!」
「はっ……」
金髪の少年は叫びながら蒼也に突進し、右手の剣を袈裟懸けに振り下ろす。蒼也は前に飛び出した勢いを殺さず軽く左に跳ぶ。
蒼也の左を空気を切り裂きながら剣が通っていく。
あんなのをくらえば、防護服もなく障壁も張れない蒼也はひとたまりもないだろう。それを理解した途端じわりと冷や汗が背中を伝っていったのがわかる。
そんな蒼也の思いを気にせず、更に金髪の少年は体を半回転させて自身の右手側にいる蒼也に体重を乗せた横薙ぎの一撃を放つ。
蒼也はそれを大袈裟にしゃがむ事で避ける。
「しゃらくせぇ!」
攻撃が当たらない事にイラついたのか、突然キレた金髪の少年はがむしゃらに剣を振り回し始める。
蒼也はかけるように大きく後ろへ下がった。
「はー、はー、ふぅー」
《ソーヤ、残りの体力に余裕はない。魔法でなんとか体を動かしているがそろそろ限界がくる。一撃で頼む》
〈わかってる〉
レプリカの念話に返答してゆっくりと荒い息を整える。
レプリカの言った一撃、それが蒼也に許された魔法の行使回数。満身創痍の蒼也に魔法の行使は難しいと考えたレプリカの判断だ。
《ソーヤには魔力の余裕も魔法の経験もない。もう初見殺しにかけるしかない》
〈うん、わかってる。狙いは〉
〈《カウンター》〉
蒼也は大きく息を吐き、金髪の少年の一挙一動を見逃さぬよう目を凝らす。
「ちっ、ウザってェ!の名の下に!」
鞘刃、と名乗った金髪の少年は剣を真上にかざすと金色の剣から眩い金に輝く炎が現れる。
『flame slash』
相手の剣が低い男声でそう言うと、何がくるか推理したレプリカが叫ぶ。
『ソーヤ!横に跳べ!』
「え?」
「煉・獄・斬!」
金の炎が夜を翔ける。
鞘刃に振るわれた剣は蒼也に炎の斬撃を飛ばした。
蒼也は何が起きたか理解できず回避が遅れた。
「あ、しまっーー!」
気付いた時にはもう遅かった。炎の斬撃は蒼也の左肩を焼き燃え上がらせた。
「ああああああああ!」
蒼也の絶叫が響き渡る。
「あー、あー、ウルセェ、ウルセェ。少しは静かにしやがれ」
蒼也は灰色の目からボロボロと涙を流し、火傷に痛む左手をブラブラと揺らしながら立ち上がる。涙を流してなお左肩を傷つけてなお諦めない。諦めれない。
【一撃入れる】。
蒼也には今はもうその思いしか残っていない。
たとえそれが無謀なのだとしても蒼也は諦めるわけにはいかないのだ。
〈レプリカ、魔法の発動は頼む〉
《心得た》
「ちっ、腹立つ目しやがって。大人しく死んどけ」
「……そんな、わけにも……いかない、んだ」
歪んだ笑みを浮かべて切れ切れの憎まれ口を叩きながら立ち上がる。魔法の制御はレプリカに任せた。後は蒼也自身が動くだけ。
「死ねやァ!」
『Flame blade』
鞘刃は炎に包まれた剣を片手に蒼也に向かってくる。蒼也は今にも倒れそうな体に喝を入れて拳を握る。
「獄・炎・無・双!」
なんども言うが一撃。
それだけでも初見殺しならばなんとかなるかもしれない。その可能性にかけて蒼也は拳を構える。
(集中しろ。見極めろ。全てをかけて拳を振るえ)
自らに迫る横薙ぎの炎の剣。普通ならば下がるなり、横に避けるなりしてカウンターを狙うのだろう。しかし、蒼也にはそんな技量も体力もない。
もう、蒼也にできることは前に出ることだけだ。
「うああああ!」
迫る炎の剣に向けて大きく沈み込む。そして、大きく足を踏み出した。
頭上を通る炎の剣が蒼也の白髪を僅かに焼いた。
「乾坤一擲!当たれ!」
鞘刃の顔が驚きに大きく歪んだ。蒼也はそれを見て全力で拳を握り、その不気味なほどに整った顔に叩き込んだ。
全力で、全開で、万力の力で、燃えつきるほど、運命を捻じ曲げる乾坤一擲。
その拳は人体に当たったとは思えない
「はー、はー、はー」
蒼也が息を荒くして、拳を振り抜いたままの姿勢で固まる。
『ソーヤ、よくやった。上出来だ』
振り抜いた右手から聞きなれた無機質な声がした。いわずもがなレプリカのものだ。
「かっ、つぅー……」
レプリカの声が聞こえた途端、硬直していた体の力が抜けて大きく尻餅をつく。
「やった、のか?」
『魔法の初心者と言えど魔力付与限界の体重の乗った一撃をカウンターで当てられたのだ、それで立てるほど相手はタフではないだろう』
「だよな……っ!」
蒼也は気づく。
レプリカの言葉に安堵しかけたところで蒼也が吹き飛ばした相手がむくりとゾンビのように半身を起こすのを。
「やってくれるじゃねえか」
鞘刃は右手の剣を杖にゆっくりと立ち上がった。
「なんなんだよ……!」
『信じられない。あの一撃は完璧だったはず……』
蒼也が惚けたように目を開いて棒立ちとなる。
蒼也もそしてレプリカも知らない。鞘刃の身につける銀と黒の外套が【バリアジャケット】と呼ばれる魔力で編まれた防護服であることを。
レプリカが行使した魔法は、普通の人間ならば確実に一撃で倒れるレベルの威力だった。
しかし、鞘刃のバリアジャケット、魔力で編まれた防護服はその威力の3分の一を防いだ。
そして、次に注目すべきは蒼也のカウンターの時になった破砕音。
これは鞘刃のデバイス【勇者】、これが直前に鞘刃の顔の前に展開した薄い障壁、それが砕かれた音だった。
この二つの要因からレプリカから完璧と称される一撃が防がれたのだ。
これは決して蒼也とレプリカの非ではない。ただの運だったのだ。魔法の知識を知ってるか否かという。
もし、レプリカたちが魔法のこと、いやバリアジャケットのことでも知っていたならば結果は蒼也の勝利に転んでいた。
鞘刃は視線を下に向けたまま金色の魔力をあたりに撒き散らし始める。
「……蓮獄鞘刃の名の下に、7つの星の裁きを受けよ……」
鞘刃の低く響くような詠唱とともに鞘刃の背後に合計7つの金色の逆三角形と円形の魔法陣が出現する。
「【
鞘刃の最後の呟きとともに鞘刃の背後の魔法陣群は爆ぜ、蒼也に殺到した。
それをぼんやりたったままの蒼也が最後に見たものは、走馬灯でも、殺到する金色の光でもなく
一刀両断された空だった。
予想以上に戦闘が長くなった……。
主人公が弱いですがそこは突っ込まないでください。