主人公が空気。
空が斬れた。
空を切り裂いた斬撃はそのまま下まで降下して蒼也に殺到していた金色の光を叩き斬った。
「何だァ!」
鞘刃は今の斬撃に怒りをあらわにして心底憎そうに殺気を全開で空を睨みつける。
すると深い青の光を纏い、一人の神父服姿の少年が蒼也と鞘刃の間に着地する。
「テメェ、何もんだ」
「……錫哉、
神父服姿の錫哉藍人と名乗った少年は、空を切り裂いたであろう身の丈ほどの大剣を肩に担いぎなおす。
「転生者か?」
「さあ?僕から名乗るつもりはないよ」
藍人はのらりくらりとした態度のまま立ち位置を蒼也を庇うような位置に移動する。
どうやら蒼也を守ってくれるつもりはあるらしかった。
「じゃあ、そこに寝てる真っ白野郎の仲間か?」
藍人は真っ白野郎の所で後ろの蒼也に目を向けるがすぐに鞘刃の方に視線を戻す。
「さあ?どうだろうね」
態度を崩さない藍人にイラついたのか鞘刃が大きく舌打ちをした。
「それなら、テメェはソイツを助けに来たってワケなのかよ?」
「……さあ?」
藍人は意味ありげな微笑を浮かべて、余裕の態度で左手で服の裾を正す。
「……というか君も僕に聞いてばかりじゃなくて、少しは自分で推理したらいいじゃないか。よく動く口だねぇ」
その言葉を聞いた途端タダでさえキレ気味の鞘刃の何かがブチッと音をたてたように見えた。
「上等だ!そのケンカ買ってやんよ!」
鞘刃は右手の剣を構えると地面を蹴って空を飛んだ。
跳躍などではない、本当の意味での飛翔。
「蓮獄鞘刃の名の下に!死にやがれ!」
『Flame 』
鞘刃が叫んで銃の照準を合わせるように剣を藍人に向ける。すると剣先に金色の円形魔法陣が展開された。
それを見た藍人は肩に担いでいた剣を振り上げ、勢いよく地面に突き刺した。すると剣を中心に青の逆三角形の魔法陣が展開された。そして藍人のまえに障壁があらわらる。
「ブレイザー!」
「
鞘刃の金色の砲撃と藍人の青の障壁が激突する。普通より高温の炎が藍人に迫り障壁をジリジリと押していく。
藍人の障壁もなかなかのものだが、鞘刃の砲撃の勢いは強くそれに付与された炎熱の力、それが藍人の障壁をガリガリと削っていく。
こうして鞘刃と藍人の魔法の熟練者同士の戦闘を見てわかる。
鞘刃には先ほど一撃を与えたはしたが、鞘刃は全く本気ではなかった。蒼也の時は砲撃どころか、空を飛ぶことすらしていなかった。最初からああして上空から砲撃を撃たれれば蒼也はなすすべなく死んでいただろう。
そして、藍人。突然現れ蒼也の窮地を救った少年。鞘刃の砲撃を防いでいる以上かなりの実力を持っているのだろう。
これが【魔導師】の戦闘。蒼也のような半端者とは違う、互いが、互いに訓練された【魔導師】。その2人が行う、一つの判断ミスで命を落とすかも知れない、殺し合い。
しかし、その中で藍人はニヤリと笑った。まるで自らの勝利を確信したかのように。
「やっと出来た」
その言葉に蒼也が藍人を見れば、左手に握られた荒削りの氷の棒が見える。いや、先端が尖っている所を見ると槍だろうか。
藍人はそれを捨てるように横に放ると氷の槍はまるで意志を持ったように宙を浮き、先端を鞘刃に向けた。
「翔けろ氷の槍!グングニル!」
その言葉で一気に加速した槍はそれ自体が意志を持つように砲撃を回り込んで鞘刃の左肩にぶつかった。
「ぐがぁ……」
その攻撃で金色の砲撃は中止され鞘刃が地面に堕ちてくる。
「ゆるさねぇ、ゆるさねぇ、ゆるさねぇ」
鞘刃は肩を抑えて立ち上がりながらブツブツとゆるさねぇ、と呟き続ける。
「俺をこんなコケにするなんてゆるさねぇ」
鞘刃は自らの黄金の片手剣を天に掲げた。
「死ね、蓮獄鞘刃の名の下に……!真・天体魔法
「エレクトロファイアー!」
鞘刃が言い終わるより早く、藍人の右手から剣を伝い電流が走り地面を伝い鞘刃に向けて駆けた。
「ぐわああああ!」
電流を流された鞘刃は体の所々を焦げさせながら片膝をつく。
それを見下ろして藍人は口を開いた。
「……これ以上転生者に対する敵対行為をしないいうなら君を見逃します」
「……テメェは忘れん、錫哉藍人」
藍人の言葉を無視してそういうとギロリと蒼也に目を向ける。
「テメェもだ真っ白野郎」
「僕の質問に……」
藍人はそこで違和感を感じる、先ほどから鞘刃の足元からなぜか消えない魔法陣。
「テメェらにはいつか、必ずこの恨みをはらすぜ」
「ま、まって!」
「首を洗って待っとくんだな」
『Shift』
鞘刃の剣の低い男声とともに鞘刃の周りの景色が陽炎のようにぐにゃりと歪曲し、そのまま姿を消した。
「……逃した……」
藍人は悔しそうにそう言うと、ため息をついて今まで何も喋らず、成り行きを見つめていた蒼也に向き直る。
「君は怪我はないですか?」
「……ない、わけではないが、まあ、擦り傷だよ」
蒼也の怪我は擦り傷などではない。
鞘刃の攻撃により怪我した左肩。そこはひどい火傷になっていて、まるで炎が燃えているかのように熱く、痛む。少しでも気を抜けば涙が出てしまいそうだ。
それに加えて、先ほどから痺れるような痛みを訴え続ける脇腹。少し吐き気もすることからもしかすると肋骨にヒビくらいはいっているのかも知れない。
決して擦り傷などではなく重体レベルの大怪我だったが、あえてそれは隠す。
蒼也の強がり、否、人間不信からくる警戒心が正直に応えることを拒否させていた。
「ダウト」
「ん……」
しかし、そんな事もあっさりと嘘だと見破られる。
「そんな肩血を流して血だまりを作っていて隠し通せるとでも?それに君はいま重心が左に寄ってる。たぶん右側の肋骨もやってますよね?あと、右手。隠せてると思ってるのか知らないけどたぶん砕けてるでしょ?何殴ったんですか?」
全てバレていた。さらには蒼也自身気づいていなかった拳の怪我までだ。
確かに言われてみれば右拳に違和感を感じるかも知れない。
蒼也の表情を読み取ってか藍人は続ける。
「たぶんいまは魔力付与とか戦闘時の高揚とか緊張とかのおかげでそんなに痛くないかもだけど、たぶんそれが切れたら死ぬほど痛いから。さっさと治してしましょうよ」
藍人はそう言って蒼也に近づいてくる。それを見て、蒼也は地面にへたり込んだまま少し後ろに下がる。
「それはご親切にどうも」
「まあ、同じ天界の転生者同士助け合いでしょ」
「天、界……」
その言葉に蒼也は聞き覚えがあった。それはたしか木崎蒼也という人間が第2の人生を生きることを決めた場、転生の間であのいけ好かない女神が言っていた言葉だった。
「ん、違いました?もう一人の天界の転生者は白髪だって聞いてたから君だと思ってたんですけどね」
「いや、間違えていない」
「……僕、なんかしましたかね?」
突然藍人がそう言って、困ったように笑った。
「お前は何もしてないよ。気にしなくていい」
天界の転生者ということは神父服の少年錫哉藍人は善人なのだろう。見ず知らずの全く関わりのない
しかし、それでも蒼也は信用できないのだ。
例え、ヒーローが手を伸ばしているとしても、蒼也はその手を握らない。きっと握らずに払うのだろう。
俺に善意を向けるな、とばかりに。
それが木崎蒼也という人間なのだ。
だから決して錫哉藍人というヒーローが謝まるべきことではないのだ。
「そう言われても、そんなあからさまに敵意を向けられればこっちとしてはどうしたらいいか」
「だから、気にしなくていい。関わらなくていい。俺のことはほっとけばいい。道端の石とでも思ってそのまま帰ってくれればいい」
「そうですか」
藍人は蒼也の言葉を聞くと右手を蒼也の方へ伸ばす。
すると蒼也の寝そべった体の下に逆三角形の青い魔法陣が現れると、柔らかな光をたたえた。
「……?」
何が起きているかわからず怪訝な顔をする蒼也に構わず藍人は目を閉じる。
「癒せ」
そう言うと魔法陣は柔らかな光を強くした。
すると正に魔法のように蒼也の体の傷が癒えていく。
転んだときに出来たような擦過傷が、肩に大きく広がっていた火傷が、ヒビが入っていた肋骨が、砕けた右拳が次第に癒えていくのを感じる。
「なんだ、これ……」
「治癒魔法。僕の魔力を使って治してる」
蒼也の口からこぼれた声に藍人は律儀に返した。
しばらくすれば深かった傷もすっかりふさがり、立ち上がれるようになった蒼也は体を起こして藍人に目を合わせる。
「火傷は残っちゃいましたね」
みれば確かに肩口から胸に至るまでに火傷のあとがケロイドとなって残っている。
「いい。俺は気にしない。感謝する」
「いや、転生者は助け合いだから。きにしなくていいですよ」
そして藍人は大剣に一言声をかけると大剣は溶けて藍色のロザリオへとなり、それと同時に服も溶けて普通のフード付きのパーカーへと変わった。
「じゃあ、僕は帰ります。お大事に」
そう言ってそれ以上追求することなく、ヒーロー、錫哉藍人は去っていった。
◆◆◆
部屋で淹れたての温かいコーヒーをすする。
「あちち……」
ふーふーとコーヒーを吹きながら思い出すのは転生者たちのこと。
1人は蓮獄鞘刃。金髪金眼の襲撃者。
2人目は錫哉藍人。神父服のヒーロー。
あの2人の転生者、いや2人の魔導師にはおそらく想いがあるのだろう。
決定的に蒼也に欠如している、想い。
それが何なのか蒼也には知る由もないが、何かしかの貫きたいものがあるのだろう。
ああして、命を賭けてまで貫きたいなにかのために戦った。
『ソーヤ』
そこで蒼也の思考に入り込む声がある。聞きなれた低い無機質な、レプリカの声だった。
「どうした?」
『コーヒーを見て黙り込んでいたから何かあったかと思ったのだ』
レプリカが蒼也の指輪からにゅーっと出てくる。
「レプリカお前さっき全然喋らなかったな」
『さっき、と言うのはスズナリと話していた時か?』
「うん。基本的にああいう相手との交渉とか話し合いとかはレプリカにまかせたかったんだけどな」
『ワタシはソーヤのお目付役だ』
蒼也は今更何?という顔で首を傾げた。
『ワタシはソーヤに助言もするし、ソーヤが望むなら何でもしよう。
なぜならそれがワタシの存在意義で、ワタシはそのために神から生み出されたからだ。
しかし、ソーヤが何を成すか、それを決めるのはソーヤ自身だ。それをワタシがとやかく言い、ソーヤの決断を促したり、ソーヤの決断をワタシが否定する事は……』
そこでレプリカは言葉をきり、その無機質な瞳で蒼也を見つめる。
『断じてない』
賛成する事はあってもな、と最後に付け加えて蒼也を見つめて黙り込んだ。
レプリカ。
蒼也がこの世界に生まれてから常に隣にいた存在。常に蒼也に付き従い、意見を述べ、助言をしてきてくれた。
しかし、過去を振り返ればレプリカは蒼也を一度たりとも叱ってくれた事はなかった。
蒼也が家に引きこもろうとも。
蒼也が乱れた食生活を送ろうとも。
蒼也がどんなに卑屈な態度を取ろうとも。
蒼也がどんなに手前勝手でも。
一度も何も言わなかった。
レプリカは転生者、木崎蒼也のお目付役だ。
しかし、その関係は決して相棒などではない。
言わば、誰よりも心の近い他人だ。
どんなに心を許しても。
どんなに信頼していても。
どんなに理解してくれていても。
結局、蒼也は一人なのだ。