書き溜め無くなっても怖くない。
ぎゃあぎゃあ、といつまでも互いを罵り合う彼女達。何ならこのまま帰路についてしまいたい気分だが、そういうわけにもいかないだろう。まずは彼女と知り合うところからだ。
えーと、もしもし。
「「何ですか!!」」
またもや二人でピッタリ息の揃った返答をする二人。何だ、君達はもしかして仲が良いのか。と言うかセーラー服の少女だけならまだしも、タマモまでが自分に食ってかかるとは一体どういう事か。
とにかくこのままでは話が進まない。鼻息も荒く諸毛を逆立てる愛妻狐を片手で制しつつ質問を始める。
自分は岸波白野、こっちはタマモと言う。君自身について、あの敵について。知っている事があるならばどうか教えて欲しい。
「む・・・。そう言えば、申し遅れてたわネ。綾波型駆逐艦の艦娘『漣』よ。以後お見知りおきをば~」
ひらひらと手を振り、とりあえず丁寧な風といった口調で目の前の少女・・・“漣”は名乗った。
く・・・くちくかん?
駆逐艦と言うと、アレだろうか。あの、戦争に使われる。
「Yes, I am!ご覧の通り、普段の私は可憐で清楚でいたいけな美少女・・・而してそれは世を忍ぶ仮の姿!その正体は、世の為・人の為・我らが母なる海の平和を守る為に戦う愛の戦士!グレート・漣ちゃんなのです!ドヤァ!!」
怒涛の自己紹介を終えると、右手のピースを目元に添え、左手を腰に当ててのドヤ顔をキメる少女、漣。
・・・なんと言うべきか、その。
「うーわ、うっさんくせぇー。これはあれです、触っちゃいけないBLACK HISTORYなサムシングですよ、ご主人様」
「あん?」
つまりは、そういう事だった。
「ひどい!こっちの地味っぽい人は比較的良心的かと思ったけどそんな事はなかった!!」
「おいクソガキ、今何つった」
よし、まずは落ち着こう。確かに自分も一言言いたい。さらっと『地味っぽい』とか言われた事について個人的には問いただしたいが、今回は置いておかねばならない。
だ、だから・・・!ちょっと一旦落ち着いて、欲しい!会ったばかりの人の前で、想い人を羽交い絞めにする自分の身にもなってほしいというものだ!!
「・・・仲がよろしい?んですね?」
うん、その疑問符は何とかして外れないものかな。
・・・こほん。話が逸れた。えぇっと、まず、駆逐“艦”と自分で言っておきながら、そこにいるのは普通の女の子と言うのはいくらなんでも話の筋が通らない。そも、当然の様に飛び出した“艦娘”なるワードについても説明を求めたいのだが。
「え、そこからですか?うあーちょっとめんどくさいかも」
そんなあからさまに嫌そうな顔をしないで、何とか教えて貰えないだろうか。
「う~ん・・・しかし、一応私にも守秘義務なるものが・・・」
「ちょぉ~~~っとお待ちを、漣さん?」
タ、タマモ?
話の流れを完全にぶった切って、タマモがずずいと自分の前に出た。ただでさえ立派な胸を大きく張り、タマモから見ても小柄な少女を上から目線で睨み付ける。
・・・経験上、タマモがこういう態度に出る時は、大抵ロクなことにはならないと自分は知っていた。
「なーによもぉー。直感的に、私とあなたは合いそうにもねーな感がマッハなんですけど」
「あらまぁ奇遇です事っ。私もあなたに同じ事を申し上げようと思っておりました。率直に申し上げまして、我々はあなたを信用する事が出来ませんッ!!」
「んなっ!」
いよいよ犬歯を隠すこともせず、威圧で押す気マンマンの態度を丸出しにしてタマモは漣に迫る。
やはりこうなった・・・と言うか、さらっと『我々』とか言わないで下さい。自分まで彼女に含むところがあると思われるではないか。
そんな自分の心配もよそに、タマモは漣への口撃を増していく。
「そもそも何です、アナタ?駆逐艦?アナタみたいなちびっ子が戦艦とか、これっぽっちもありえねーんですけれども」
「無知乙ー!駆逐艦は戦艦じゃありませんー!戦艦ってのは軍艦って括りの中の一種類に過ぎないんですー!駆逐艦と戦艦は別物って、そんな事もしらないんですかー?」
「これだから小娘はっ!そうやって知識をひからかして楽しいですか!」
ぎゃいぎゃい。
いや、二人共ちょっと落ち着いて欲しい。
「かーっ!ったく時代遅れのおばさんと話すのは疲れるわね!どーせゲーム機は全部ファミコンだと思ってんでしょ!」
「誰がおばさんですかコラァ!あと私をジャンプとサンデー間違って買って来ちゃう感じの化石系お母さんと一緒にしないで下さいます!?私、これでもメガドラドリキャスセガサタ何でもござれ、でございます!!」
「結局ふっるいハードばっかりなんですがそれは。て言うか『マイナー機の中でのメジャーどころ』を持ち出す辺りが気に入らねぇー!」
やいのやいの。
ちょっと待って欲しい。いい加減に、情報の続きを
「大体なにその鏡!え、あれなの?出先でも常に自分の顔を見つめて己惚れちゃってる系女子入っちゃった?若い村娘に嫉妬するBBAポジなんです?」
「よし、殺す☆ 最早我らの間に平和的解決の道は無いと見ました。ささ、ご主人様!あの愚かな勘違い女子に正義の鉄槌を――――って痛ぁ!」
「はうぅっ!」
やかましい!いつまでも二人で言い合っていては、話が全く前に進まないではないか!!
この異常事態、それも急を要するかもしれないという時にぐだぐだと同じような話をループさせるほどこの岸波白野は甘くはない。
「ま、まさかこの私に気取らせること無く手刀を叩きこむとは・・・!えぇい、最近のご主人様は化け物かっ!」
「それはこっちのセリフだっつうの・・・!艦娘より早く動いて、ダメージを与えるとか人間技じゃないんですけど!」
失礼な、この岸波白野はスペック上、全くの一般人と同じそれである。男という生き物は、ここぞという時には自らの限界を大きく超えた力を引き出せるものなのだ。
と、言うのは当然嘘っぱちであり。真相は筋力強化と敏捷強化のコードを組んだだけなのだがそれはそれ。タマモにはお座りを命じ、今度こそ漣に続きを促す。
「うぅ~~・・・はいはい、あいつらの話ね。あの化け物たちの名は、深海棲艦」
深海、棲艦。
「その通り。私達艦娘と人類とにとって、永遠に分かり合う事の出来ない不倶戴天の宿敵。です」
――――――。
今日唯一、もとい、一番と言っていいほどの真剣な眼差しを向けられ、これまでとのギャップに思わずたじろぐ。
「目的、その発生源、具体的な戦力・・・その全てが謎に包まれているというのが現状だけどね、確実に言える事がふたつ。連中は必ず海から出現するってのと、陸をめちゃめちゃに破壊しようとする、ってこと」
「・・・・・・」
これまでの楽しげな、ともすれば軽いとも言えた漣のオーラは一変する。一切の遊びはなく、死刑囚を絞首台に送るかの如き冷酷な目をした彼女からは、生々しい鉄と油の気配が濃厚に立ち上っていた。
故に、タマモもこれまでのように彼女を茶化すことはしない。射殺す様な苛烈さこそないが、野を駆ける獣もかくやという鋭さを以て漣を見定めていく。
「ま、そういう訳でして。見たところ私が来る間にザコを仕留めてくれてたみたいだけど、それはそれ。要はあなた方みたいな一般ピープルには関わってほしくないって事です!」
口調こそ軽いものに戻ったが、表情は真剣そのもの。こちらの介入を拒絶するという、固い意志がそこには表れていた。
だが、生憎こちらも、それでおいそれと引き下がるわけにはいかないのだ。中途半端に関わってしまったというのは勿論の事、あのように危険なモノを放置しておくわけにはいかない。
「はえ?あなた、私の話聞いてなかったの?」
当然、一から十まで余すことなく聞いてはいた。その上で、君の手伝いをさせてほしいんだ。
「はぁいぃ?いやいや、ホントそういうのは間に合ってますよ。てかあなたも見たでしょー、あいつらの戦う姿。そっちのキツネお・・・姉さんもなかなかの実力みたいだけど、海を走れないんじゃあどうにもならないよ」
取り付く島もなく突っぱねられてしまう。別にいい、こんなものは想定内のことだ。確かに自分は連中・・・深海棲艦の破壊活動に対して少なからず恐怖を抱いている面はある。タマモにしたって、先程の様に海面を凍らせてその上を走る、なんていう反則スレスレの技を使わない限りは、根本的に防戦以上の事が出来ないのは先刻承知済みである。
それでも、何か出来る事はあるはずだ。避難を促す。今回の様に陸近くに接近してきたものを、文字通り水際で食い止める。戦闘後、漣の体調ケアを手伝う。
「ごめんこーむります。言うだけなら誰にでも出来るけどね、現場じゃそうはいかないのヨ」
いや、引けない。自分にも、ほんの小さな事と言えど出来ることがあるはず。この通りだ、自分にも君を手伝わせてほしい。
「やだし。邪魔だし。諦めろし」
諦めない。
「どうしても引かないってんですか?」
引けない。どうしても、ここを譲るわけにはいかない。
「・・・どうして、そんなに拘るの」
―――ここだ。直感的に理解する。
ここで漣が納得するだけの理由を提示出来なければ、彼女は今度こそこの場を去ってしまうだろう。
漣の目が変わる。最初の楽しげな目とも、深海棲艦の事を語る時の冷え切った目とも違う。波紋のひとつも起きないほどに澄み切った水面の様な、ひどく穏やかな目。
眉の動き一つ見逃す事もないであろう、丁寧に磨かれた玻璃の様に済んだ瞳。嘘や誤魔化しは、通じない。
だからこそ、一番強く、正直な想いを漣に伝える。
放っておけない。
「・・・ふえっ?」
放っておけない、と言った。たとえ君がどんなに強くとも、どんな誇りを持って戦いに挑んでいるとしても、今の君はたった一人だった。
かつての日本海軍船を模しているという君が見た目通りの年齢かどうかは分からないが、少なくとも見た目の上では年端もいかない少女だ。
それが、たった一人であんな怪物と戦おうという覚悟を持ち、実際にそうしようとしていたところを見せられてしまっては心配にならない筈がない。
「な・・・ん、そう、ふーん。ふーん・・・」
見る見るうちに漣の顔が紅潮していく。まずい、怒らせてしまったか。既に一人の戦士としてプライドを持って戦いに挑んでいるであろう彼女に対して、先程の発言は失礼に当たったのかもしれない。だが構うものか。これが今の自分にとって一番正直な気持ちだ。それを咎められるというのなら仕方がない。
そうとも、こんな可愛い女の子が、あんな怪物と正面切って戦うのを見過ごせるほど、自分は非道な人間ではない。
「かわっ!?」
・・・まずい。漣の顔の朱が天井知らずにその色味を増している。本当に申し訳ない。失礼な事を言ってしまったかもしれないし、自分みたいにちっぽけな人間が大それた事を言っている事も理解している。だが、それでも目の前の少女を放っておくことなんて出来ないんだ!
「い、いやっ!違くて、怒ってるとかじゃあなくて!ただまぁ、そのう・・・はぅ」
ずっと顔を赤くしていた漣は、遂に俯いて口を閉ざしてしまう。あぁ、何ということだ。自分の無遠慮な発言が、彼女を傷つけてしまったのかもしれない。
「ほーんと、ご主人様ってば筋金入りのジゴロですねぇ。タマモ的にはいい加減見慣れた光景ですが、とりあえずご主人様は一度刺されてしまえばいいと思います☆」
今の今まで静観していたタマモからも、激しいツッコミが入るというものだ。
ジゴロ呼ばわりがこの際正しい指摘になるのかはさておくとしても、妻から堂々と正面から糾弾されるのはそこそこに効いた。
「ふ、ふふふ。まさか、まさか『女の子としての私が心配だから』ときましたか。読めなかった、この漣の目をもってしても・・・」
意味の分からない事を言って崩れ落ちる様なポーズをとる漣。
これは不味い。非常に不味い。こんな有様で、彼女に受け入れてもらえる筈があるものか。
「はいはい、そうですね。あなたの答え、確かに受け取りましたよっと」
想像してた答えとは相当に異なっていたけど、と一言加えながらも、漣は歩き出した。
あぁ、当然だ。受け取ってもらえるに決まって・・・え?
聞き返す間もなく、スタスタとそのまま歩いて行く漣。
着いて来い、という意味でいいのだろうか?いや、さっきまで確かに彼女は怒っていた筈だ。一体何がどういう理由で自分の説得が通じたのかがさっぱり分からないが、その背中にはこちらに対する警戒心は既にない。
「ちょっと遠いとこだけど、きっと驚くよー。二名様、鎮守府へご案内~♪」
「えっとぉ、念を押しておきますね、ご主人様。死ねばいいと思います☆」
刺されろ、から死ね、にランクアップしていた。一層訳が分からなかった。
漣の図鑑セリフにある「貴方が物を知らないだけヨ」の「ヨ」が好きで時折語尾をカタカナにしようと試みているんですが、あんまり多用すると「あれ?漣ってこんなんだっけ」と迷子になるので油断なりません。
あと、ずっと書こう書こうと思って忘れていた事をやっと書くのですが、私のユーザー名であるアメリカシロヒトリは虫の苦手な人にとって精神的ブラクラとなり得るので、万が一由来が気になったとしても検索する際はお気を付け下さい。念の為。