正しい人間はいない。
これが世間一般の考え方だ。
だが本当にそうなのだろうか。
世間が正しさを知らないだけではないのか。
世間はそもそも正しいことなんてない。
正しさはそれだけで悪とされて歴史からその姿を消しただけではないのか。
僕の持論を述べようーーーーーーーーーーーー
正しい人間はいないんじゃない、
正しい人間は………………………………
人間じゃないんだ
僕は正しさを得た。沈着冷静で全てを主観ではなく客観で捉える。だからこそ、僕は僕が正しいということを知っている。そして、客観で捉えるからこそ、僕は主観を失っているということもわかる。だがこれを世間、すなわち悪は認めない。正義も正しさも認めない。だから彼らは青春を謳歌して自らを正義として他者に、そして自分に見せつけるのだ。僕のような、正義を、正しさを、潰すためにーーーーーーーーーーーーーーー
「おい起きろ。橘」
「なんだ?勝田」
「もう授業始まるぞ」
「始まってねぇーなら起こすなや」
ということを話していたらすぐにチャイムはこの教室を支配する。
「鳴っただろ?」
「ちっ。ぴったりじゃねーかよ」
こいつは勝田。名前は知らん。俺が今年初めて覚えた人間だ。
………にしても、奇妙な夢を見たもんだ。正しさ、か。そんなものは定義があやふやで、俺の触れる世界ではないな。
「なんだっけ次の授業」
「古文。君の得意教科だろ。そのくらい覚えとけよ」
「得意なんじゃなくて点が取れるだけだ」
「あーあー頭の良いやつはこれだから」
こいつは頭が良いということがわかっていない。ただただ機械的に点を取ったって意味がない。それに………
「俺は才能のあるお前が羨ましいよ」
俺の小言だ。確実に聞こえない、そんな声量だ。
ガラガラと、扉が開く。このクラスの担任の先生だ。暮石先生、古文の教師だ。だが、いつもとは違った。後ろに誰かいる。制服を着ているあたり、ここの生徒なのだろうが、俺は見たことない。まぁそもそも顔なんて覚えてないしな、女子の顔なんて。
「今日から編入してきた佐藤だ。父親の転勤に伴っての引越しとのことだ。よろしくやってくれ。席は勝田の横が空いてるからそこでいいか」
「佐藤です。よろしくお願いします」
言っちゃ悪いがどちらかといえば地味な、そして無愛想な感じの女の子だ。ただ、一点を除けばだが。
勝田の横ということは俺の斜め前ということだ。まぁ本気で大学の推薦を狙っているから授業中その女の子を常に見ることはないと思うが、そうでなければずっと見ていたいと思うほどの、美少女だ。だが、何か違和感が………
スタスタと彼女はこっちに歩いてくる。いや、正確にいえば勝田の隣なのだが。そんな美少女が隣に来るんだから、さぞ勝田は嬉しい思いだろう。そうやって思っていた。勝田の何かに怯えるような、そんな表情を見る前までは。
「さぁて授業にうつるぞ」
その合図で今日の一時限目の古文が始まった。
時は流れて昼放課。無論、転校してきた斜め前の女の子は会話の対象となるわけで、非常にうるさい。だが、その中でも彼女は会話をきれいにかわす。交わしてはいるのだが、また何か違和感が………
「おい勝田。俺外で飯食べてくるから」
「いや、僕もいく」
そう言って勝田は俺の後ろについてくる。
勝田。いつでも陽気なやつで、俺の苦手な人種だ。だが、俺はこいつを嫌いじゃない。ステイタスを言っておくと、テストの点は上の中といったところか。だから別に俺が圧倒的に点を取れているわけでもないのだが。まぁ勉強よりも運動の人間だから勉強のみの俺と比べても仕方ないことだ。サッカーがとてつもなくうまい。才能があり、さらに努力もしている。そういうやつは嫌いじゃない。ただ、こいつは色恋沙汰に関してまったく関心がない。サッカーをやっていて背も低いわけでもなく、顔に関しても問題ない。にもかかわらずこいつは興味を示さない。まぁ、他人の色恋沙汰なんて知ったって仕方のないことだから俺自身こいつの色恋沙汰についてとやかく言ったことはない。これが、勝田という人間だ。
「お前はいつもこんなとこで食べてるのか」
「文句でもあったか?」
「いいや。この場所を僕は気に入ったよ」
「そうかい」
勝田は陽気なやつだが、今日は明らかにおかしい。佐藤が来てから、というのが実際のところだが、どうでもいい。俺たちはお互いがお互いにパーソナルスペースには入らない、そんな関係だ。この関係を友達じゃないなんて言うようなやつもいるが、そんなの他人それぞれだろう。
適当な雑談を挟みながら昼食をとり、昼放課が終わり、いつもの通り無難に授業をこなして帰りの時間だ。勝田はサッカー部に入っているから俺と一緒に帰ることもない。だが、俺もすぐに帰るわけではない。これでも生徒会会計なのだ。さぁてと、いつも通りに生徒会室で仕事をやるか。だが、そんなときだった。
「すみません、あなたと少し話がしたいのですが、いいですか?」
俺の斜め前の女の子、美少女に話しかけられた。なんて思うのが普通なのだろうが、俺はそんなことには引っかからない。あくまで俺に対しての呼びかけではない。ここで振り返ろうものなら、一生の恥となる。ていうか、なっている。だから俺には関係ない。とっとと仕事を済ませて帰ろう。
「橘君?ちょっと待ってください」
「え、俺?」
「あっ、橘君であってた。よかった」
すると目の前の美少女はほっと一息つく。
「なんで俺の名前知ってんの?」
「クラスの『ヒト』から学年一位の橘君があなたって聞いたものたから」
「君、結構しゃべるんだ。さっき全然だったけど」
「私は自分の能力を理解してます。あの大人数を相手に会話はできませんから」
「ふーんなるほどね」
違和感が解けた。さっき言っていた『ヒト』というのは間違いなく他人という意味が込められている。それから彼女は主観情報よりも客観情報を重視している。体のそこから恐怖を感じる。なんなんだこの女の子は。
「橘君、私の名前まだ覚えてないでしょ?」
状況の判断力・分析力が極めて高い。こういう性格なのか、人生の中で何かがあったか、正直なところそれなりの興味材料だ。
「ああ、覚えてない。というか、クラスの半分も覚えてない」
「佐藤、佐藤アイリです。これからよろしくお願いします」
全ての行動が客観的な分析からなり、そしてその行動はあくまで機械的な動作だ。『アイリ』が愛理と書くのか愛里と書くのか、はたまた違う字か。そのうち聞くとしよう。
「橘だ。これからよろしく頼む」
「はい」
彼女は、佐藤アイリは笑った。美少女の笑顔だ。興奮しないわけがない。だが、その笑顔ですら、機械的にこなしているにすぎないのだろう。つまり彼女の心の底からの、本当の笑顔ではないのだろう。
「俺はこれから仕事があるからこの辺で」
「わざわざ足止めしてすみません。これから仲良くしてくださいね」
「ああ、気が向いたらな」
早く離れたかった。彼女から、とにかく早く。俺には見えるのだ。あそこであのまま話していたら、彼女の本心を見ることができなくなってしまうことが。彼女がなぜあの状態なのか、つきとめる。俺が他人に興味を持つことがあるとはな。まぁだが、今日は佐藤の中身を知れただけで収穫だ。人生に、退屈以外のことが起きて俺は今非常に興奮している。
「仕事だ仕事」
ここらへんで俺、橘のステイタスでも紹介しよう。身長は高いに属し、体重は標準体重の10キロ以上下だ。肩幅がそれなりにあるから弱くは見えないと思う。他人の名前を覚えるのはとてつもなく苦手である。今まで他人と大して関わってこなかったというのもあるが、純粋に興味がないのだ。テストだが、学年で5位以内といったところ。多少の誤差は生じるが、まぁそんなところだろう。といっても英語が足を引っ張っているだけだ。学年共通の問題である国数英で国数は1位である。クラスの順位しかわからない他の教科も基本は1位である。さっきも述べたが、こんなのはやれば身につく。運動みたいにやっても才能がなければ成長しないわけではない点が素晴らしいところなのだ、勉強というのは。ただ、俺にも誇れる能力はある。別の機会にでも紹介するとしよう。
としているうちに仕事を終える。ただプリントの整理をしただけだ。大した時間は経過していない。ここにいてもやることはないし、とっとと帰ろう。
帰りたかった。教室に本を忘れた。この学校は古い。しかし長い歳月を経て棟が追加されていき、結果階段が多くなっている。正直足が辛い。
教室のドアを開けるとそこにはさっきと同様、違和感を帯びる美少女がいた。
今は5時を回っている。部活でもやってなければこの時間まで生徒が残ることなんてまずない。
「こんな時間まで何してんだ?」
「まだ慣れていなくて、母が迎えに来てくれることになっているんです」
「いつ来るんだ?」
「7時です」
部活終了時刻を過ぎてるぞ。部活はいかなる理由があろうとも6時半までという本校の数少ない厳しいルールである。因みに生徒会もその時間までということにはなっているがその時間までに帰れることなんてほとんどない。しかし7時か、長いな。
「家の住所は?」
「菅野町です」
菅野町はこの高校の2、3隣の町名だ。いくら慣れていなくてもここからなら簡単に行けそうなものだが。
「送っていく。とっとと帰るぞ」
「あっ。いや、そんな、迷惑はかけれません」
「俺だって迷惑はかけられたくない」
「なら、私を送るなんてしなくても」
「俺の家、菅野町の二つ向こう側。帰り道だ。ついでに送ろうというだけだ。それに」
こいつに対する興味は簡単に抑えられるものでもない。まぁこんなこと彼女に言ったら軽蔑されてそれどころではなくなるが。因みにストーカーをする気はない。この部分はしっかりと断言しておく。
「それに、なんですか?」
「いや、気にするな。それでどうする?」
「ついでということならお願いします」
ほんと、これを機械的な笑顔ということを見なければちゃっかり好きになるくらいきれいな笑顔だ。彼女の本当の笑顔を見てみたいというのも、興味材料の一つなのだろう。自分でもよくわからん。ここまで他人に関心を持ったことがないからな。
「じゃあ行くぞ」
「はい」
地味というよりは清楚という方が正しいだろう。そういう人間だ。だが、それは本質ではなく、あくまで今の外面というか、よくわからんが、今の彼女はそういうタイプの他人だ。他人がここまでになるのはよっぽどのことが過去にあったとみていいだろう。それに、勝田との関係も気になるし。
ある程度のコミュニケーションをとろうと思っていたが、そんな余裕はない。女の子となんて滅多に話さないからな。免疫がまったくない。さて、どうしたものか。当たり障りのない話でもしよう。
「どこから引っ越して来たんだ?」
「静岡です。それなりのレベルの高校に通ってました」
静岡、か。前にもこの単語を聞いた気がするが、まぁ日本の中だ。そこらで聞いていても不思議ではないか。
「佐藤、アイリさんだっけ?」
「そうですよ。本当に『ヒト』の名前を覚えるのが苦手なんですね」
まただ。『ヒト』という単語が明らかに他人という意味で使われている。それから、いつ俺は彼女に他人の名前を覚えるのが苦手なんて言ったんだ。
「アイリってどうやって書くんだ?」
「愛を知っている里と書きます」
愛里、か。その説明で彼女は明らかにこう言おうとしていた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー愛に裏切られた里と
「ところで」
「はい」
「俺はいつお前、失礼。愛里さんに『ヒト』を覚えるのが苦手なんて言った?」
「状況判断能力はかなりのものを持っていると思いますよ、私は。それから、会って1日で女の子を名前で呼ぶのはなかなかすごいことですね」
「いやだったか?」
「いいえ。私は苗字でしか名前を呼ばれたことがなかったので、正直に言うと、嬉しいんです」
この瞬間、見えた。この、目の前の美少女、佐藤愛里は過去の何かが原因でこの機械的な行動をしている。だが、これ以上のことが見えない。いいや、おそらくだが、彼女が見せないのだ。この機械的な笑顔を浮かべた、少しの恐怖すら覚えるその表情で。
「橘君ってそういう『ヒト』なんですね。少し面白いです」
「そういう他人って?」
「全てを見通す力を持っている『ヒト』、ですよ」
「見通す力って、どういうことだよ」
「それは橘君自身が一番知っていることですよね。それに、私のことをだいぶ見られたようですし」
こいつ。そういうことか。完璧に近い状況判断能力と、そこに導くための、そして俺がもう一つ持っている能力で、人が簡単に持てるようなものではないーーーーーーーーーーーーーーーーーー物事を客観視する能力を持っている。しかもこいつは主観視と客観視を切り替えられない。つまり、俺の能力とは少し違う。俺は好きなように切り替えてより効率のいい方を使っているが、彼女の場合は、機械そのものだ。主観なんてそもそもないのだ。俺が見えないのはそういう理由か。これはさらに興味をそそる。
「あ、私この家ですので」
小さいわけでは決してないが、かといって大きくもない。ごくごく普通の一軒家だ。
「ありがとうございました。そのうちお礼をさせてください」
「礼、か。なら英語でも教えてもらおうかな」
「クラス1位の『ヒト』に私が教えることなんてないですよ」
「いや、英語の点数だけは絶望的だからな」
「ふふっ、わかりました。あと、それから」
それから、なんだろう。二度と関わるな、とかか?まぁそうなったらまた人生が退屈になるというだけなのだが。
「これからしばらくの間、送り迎えをお願いしてもいいですか?」
思っていたことと全然違った。こいつ俺のこと好きなんじゃないの?なんて思うほど愚かではない。今の彼女にはそんな感情はないのだ。
「ああ、問題ない。何時に来ればいいんだ?」
「8時にお願いします」
「わかった。だが、帰りはこの時間より遅くなるぞ、少なくとも」
「別に構いませんよ。それでは、また明日お願いします」
「じゃあな」
彼女はドアの向こうへと吸い込まれ、俺の視界から消えた。
さて、帰るか。
客観視。こどもの頃からしろと言われているものの応用だ。他人の嫌がることはしてはいせません。というやつだ。これはいかに自分の主観以外の情報を持てるか、ということだ。そして、普通の、ごくごく普通の一般人にはできないことだ。誰もが自分を自分の世界の中心に置いているからだ。客観視なんてできるわけがない。俺と佐藤が特殊なだけた。客観視は言い換えれば人間らしさをなくすということだ。俺は大してこの能力を使わないから体にも大して影響はないが、彼女はかなり体に負荷がかかっているだろう。ただ、それには気づけるはずもない。負荷なんて不確定要素だ。それを客観視で見るなんて無理なことだ。
さて、帰るか。