緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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魔剣編
第1話「帰って来てしまった武装巫女」


 

 

 

 

 

 

 武偵校には三大危険地帯と呼ばれる場所がある。

 

 爆発物を満載した地下倉庫。常に弾丸が飛び交うリアル交戦域と化している強襲科。そして、最後の一つが教務課である。

 

 一般的に教務課と言えば、教員達が詰めている場所であり職員室の事を差す。確かにある意味、学生にとって「危険地帯」である事は間違いないが、武偵校における教務課の意味は多少異なる。

 

 何しろ教員は、ほぼ全員が現役の武偵であり、今でも前線に立つ事の出来る連中ばかりである。

 

 例えば強襲科担当の蘭豹。彼女はかつて香港で無敵の武偵と恐れられ、その凶暴さゆえに各地の武偵校をクビになり転職を続けていたと言う過去がある。着いたあだ名が「人間バンカーバスター」であるから、その脅威振りは推して知るべしと言う物だ。

 

 尋問科の綴梅子は、その尋問技術に置いて国内でも五指に入ると言われる存在だが、そのドS振りは内外に知れ渡っている。彼女は尋問中にとんでもない事をするという噂があるが、その内容に関しては誰も知らない。受けた事のある人間も、思い出したくないと言わんばかりに頑として口にしなかった。

 

 一見すると無害そうに見える、探偵科の高天原ゆとりも、現役時代は凄腕の傭兵であったと言うから侮れない。

 

 その一種魔窟とも言うべき武偵校教務課に、

 

 緋村友哉は来ていた。

 

 椅子に座らされたまま、緊張の為に全身が強張っているのが判る。

 

 何やら、全方位から突き刺さるような殺気が溢れているのは、できれば気のせいだと断じてしまいたいが、残念な事に気のせいではない。

 

 常在戦場をモットーにする武偵にとって、たとえ如何なる場にあっても気を抜く事は許されない。それがたとえ、味方のテリトリーの中であっても、だ。

 

 とは言え、学生の身分でこれを完璧に実践できる人間は少ない。友哉ですら、未だに至っていない領域である。知り合いでできるとすれば、先頃転校してきたSランク武偵、神崎・H・アリアか、狙撃科の麒麟児レキくらいのものだろう。

 

 そんな緊張の極致にある友哉を前にして、担任の高天原ゆとりはニコニコと微笑んで書類の入った封筒を差し出して来た。

 

「はい、じゃあ、緋村君、これをお願いしますね」

「あの、これは?」

 

 なんの説明も無しに、書類だけ渡されても困る。

 

 そもそも、午前中の一般教養科目を終えて昼に入ろうとしたところ、友哉はゆとりに呼びとめられて教務課まで連れて来られたのだ。

 

 正直、ここに来るまでは何やら連行されているような気分になり、周囲からの視線も痛々しかったのだ。

 

 それで、渡されたのが、今手元にある書類である。いきなり呼び付けられて、渡されたこの書類は一体何なのか?

 

「それは教務課直令の任務に関わる書類です。学校では見ないで、寮に帰ってから見てくださいね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ニッコリと微笑むゆとりを、友哉はため息交じりに眺める。

 

 どうやら、この封筒の中身が碌な内容でない事だけは充分に理解できた。

 

 

 

 

 

 見渡せば、殺風景な部屋の外観が広がっている。第四女子寮は学園島の中でも特に外れに位置する場所にあり、入居者も少ないが、それは却って好都合だった。

 

 ショートポニーに結ったセミロングの髪を靡かせて、武偵校の女子制服を着た少女は部屋の中に佇んでいる。

 

 家具も何もない、無機質な空気放つ空間。

 

 一応、ベッドは隣の部屋に完備されているが、布団が無い為、寝るには甚だ不便と言わざるを得ない。

 

 だが、別に気にするような事ではない。元々、そう長居する訳でもないのだから。

 

 今回は潜入と言う任務上、ある程度体裁を整える必要がある為、入寮と言う措置を取ったが、本来なら部屋など、取り敢えず雨風を凌げるだけでも充分である。

 

 不備は無い。既に転校の手続きは済ませた。登校は明日からになる。

 

 ポケットを探り、手帳を取り出す。

 

 内側に張られている写真の顔は相変わらずの無表情。「笑った方が可愛いよ~」とは、よく知り合いの女子に言われている事だが、そもそも笑顔と言う物がどうすればできるのか判らないのだから、作りようが無かった。

 

 と、その時、投げ出しておいた携帯電話のヴァイブレーションが、床と擦れあって耳障りな音を奏でた。

 

 手に取って液晶を眺める。相手は依頼人からだった。

 

「・・・・・・もしもし」

《私だ。どうやら、無事に潜り込めたようだな》

 

 いつもの硬い口調は、間違いなく依頼人の少女からだった。

 

「問題ありません。準備は滞りなく完了しました」

《こちらも順調だ。つい先程、ターゲットの帰京も確認したところだ。明日、お前の転校を待って、行動を開始する》

 

 今回の任務は、彼女の作戦を支援し、余計な存在を排除する事にある。

 

《連中も、私達の存在には気付いていないだろう。常に先手を打っていけば、状況を優位に進められる筈だ》

 

 頼んだぞ。

 

 そう言うと、相手は電話を切った。

 

 携帯電話を再び床の上に投げ出すと、何をするでもなく床に座ってぼーっと壁を眺める。

 

 遠くの東京港から聞こえる汽笛の音。それだけが、静寂を取り戻した部屋で唯一のBGMだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三男子寮の自室に戻ると、友哉は鞄を床に下ろし、体をソファーに投げ出した。

 

 中性的と他人からは呼ばれ、人によっては少女と間違われる事も多い顔は、今、疲れ切った表情を見せていた。

 

 原因は言うまでも無く、魔窟で強いられた精神的苦痛にあった。

 

 魔窟=教務課。全く持って言い得て妙と言わざるを得ない。好んで近付きたいと思う人間がいない事からも、同義語と呼んで差支えは無いだろう。

 

 いっそこのまま、ソファーに身を委ねて眠ってしまいたい。一瞬そう考えた友哉の脳裏には、それが何とも魅力的な提案に思えた。

 

 とは言え、だらけている訳にもいかない。

 

 後ろの一房に纏め、紐で縛った赤茶色の髪を掻き上げると、友哉はだらけさせていた上半身を起こし、鞄の中に突っ込んでおいた封筒を手に取った。

 

 一般の学校に宿題が出るように、武偵校でも教務課から任務と言う形で宿題が出される事がある。今回もその類だった。

 

 封筒の中から書類を取り出し、一読する。

 

 そこに書かれていた内容に、友哉は僅かに目を細めた。

 

 内容は、とある手配犯に関する物だった。

 

 《デュランダル》

 

 その名前は、ある種の蜃気楼にも似た不明確さを持って存在していた。

 

 正体は不明。存在は不確か。

 

 その犯行目的とは、超能力を有する武偵、すなわち超偵の誘拐にあるとされている。実際、デュランダルが関わったとされる事件において、多くの武偵が失踪しているのは事実だった。

 

 だが、上記から判るように、デュランダルは非常に不確かな存在である。

 

 デュランダルの正体は誰も知らない。姿を見た者もいない。それゆえ、一種の都市伝説の類として捉えられており、その存在を疑問視する声も大きい。

 

 友哉は書類をめくりながら、読み進めていく。

 

 書類は二部あり、片方は諜報科から提出されたレポートと、もう片方は超能力捜査研究所が提出した予言に関する資料だった。

 

 諜報科の報告書にはガセが多い事で有名である。諜報科が行う諜報活動とはそもそも、自身の五感で見聞きした物を持ち帰り報告する事にある。媒体を相手にする情報科や通信科と異なり、その報告書には多分に主観が交じり不確かとなってしまう事も多いのだ。また、彼等の特性ゆえか、巧緻よりも拙速を重んじる傾向にある。せっかく掴んだ情報が既に時期遅れだった、では何の意味も無い。ならば、多少不確かであっても、情報の鮮度を優先してしまうのは否めなかった。

 

 一方で超能力捜査研究科の方はと言えば、こちらは諜報科とは別の意味で不確かである事が多い。何しろ超能力。一般人には殆ど認知できない分野である。勿論、先日のハイジャック時に相対した峰・理子・リュパン4世の例を見る通り、超能力者と言う物は確かに存在している。しかし、だからと言って、それを一般人に信じろ言うのは、少々無理があると言わざるを得ない。特に今回の予言とやらが仮にそれが真実であったとしても、それを確かめる術は、少なくとも友哉には無い訳である。

 

 つまり、この依頼自体が不確かかつ、現実味の薄い代物であると言う事である。

 

 だが、これが教務課から回された任務である以上、動かない訳にはいかないのも事実である。

 

 この報告書によれば、デュランダルは既に武偵校近辺に潜伏している可能性は高く、その行動開始が近いとの事。そして今回、デュランダルが狙うターゲットは、

 

「・・・・・・星伽白雪」

 

 報告書にある名前を、友哉は声に出して読んだ。

 

 星伽白雪。友哉の友人である遠山キンジの幼馴染であり、友哉とも多少縁がある少女である。

 

 偏差値75オーバーの才媛であり、現武偵校生徒会長を務め、バレー部、茶道部、華道部の部長を務めている。

 

 そして超能力捜査研究科のエース。

 

 正に、デュランダルが狙うとしたら、これほどの逸材はあるまい。

 

「星伽さんは確か、そろそろ強化合宿から帰って来る筈だったね・・・・・・」

 

 つまり、時期は一致している。そう考えれば、デュランダルの存在は決して眉唾ではなくなる可能性が出て来る。

 

 友哉は読み終えた資料をテーブルに投げ出し、ソファーに身を預けた。

 

 姿無き超偵誘拐犯《デュランダル》。

 

 それが次の敵となる。

 

 鋼鉄をも切り裂く剣を持つと言われるデュランダル。しかし、奴と戦うためには、まずはデュランダル本人を戦場と言う名の舞台に引きずり出す必要がある。

 

 ちょうどその時、扉が開く音がして、パタパタという足音が聞こえて来た。

 

「や~、ごめんね、友哉君。諜報科の課題が長引いちゃった。すぐ夕飯作るから」

「そう慌てなくても良いよ。時間はまだあるしね」

 

 入って来た四乃森瑠香に、友哉はそう言って笑い掛ける。

 

 友哉の戦妹であり、幼馴染でもある瑠香は、こうして夕方になると友哉の部屋にやってきて食事を作る毎日を送っていた。

 

 彼女には感謝の言葉も無い。本来なら学校が終われば、後は自分の時間として有意義に使うべき所を、こうしてわざわざ男子寮まで来てくれるのだから。

 

 この年下の幼馴染が友哉に好意を抱いており、こうして毎日のように足繁く通っているのもその証左なのである。もっとも、肝心の友哉は鈍感過ぎて、その事実に全く気付いていない事が、少女にとってもどかしい限りなのであるが。

 

 ちなみに、この状況を見た周囲の人間からは「通い幼妻」等と呼ばれている事を、当の2人は全く気付いていなかった。

 

 夕飯は瑠香に任せておけば問題無い。そう思い、もう一度資料に手を伸ばしかけた時だった。

 

「あっ」

 

 キッチンの方で、瑠香が声を上げた。見れば、冷蔵庫のふたを開けて、苦い顔をしているのが見えた。

 

「どうしたの?」

「料理の材料、買っとくの忘れちゃった」

 

 そうだったのか。と、友哉は頭を掻きながら考えた。

 

 最近では食事に関しては、殆ど瑠香に任せ気味であった為、買い置きの食材に関して、友哉は全く気を払っていなかった。

 

「しまったな・・・・・・」

 

 瑠香の後ろから覗き込みながら、友哉は頭を掻いた。これは完全に友哉の落ち度だ。いくら瑠香の料理がおいしいからと言って、彼女一人にまかせっきりになっていた感は否めない。

 

 今から食材を買いに行くという手もあるが、流石に買って帰ってきて、それから料理するとなると手間もかかってしまう。

 

「しょうがない。今日はコンビニで弁当でも買って来て食べよう」

「うぅ、しょうが無いか」

 

 友哉の食事を作れなかった事がよほど悔しいのだろう。不承不承と言った感じに頷きながら、瑠香はエプロンを外す。

 

「ま、たまには良いと思うよ」

 

 そう言って友哉が励ました時だった。

 

 ドゴォォォォォォンッ

 

「おろっ!?」

「キャァッ!?」

 

 突然の轟音と震動に、思わず2人は声を上げた。

 

 敵襲かっ!?

 

 思わず二人がそう思ったのも無理からぬことである。その衝撃は第三男子寮全体を震わせるほどだったのだ。

 

 だが、やがて壁越しに隣の部屋から尋常ならざる物音が聞こえてきた。

 

 隣は友哉の友人である遠山キンジの部屋である。どうやら現場は、キンジの部屋からであるらしい。

 

 2人は顔を見合わせると、恐る恐ると言った感じに隣の部屋を覗いてみた。

 

 そこには、

 

 修羅の巷が広がっていた。

 

「天誅ゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 日本刀を振り翳した1人の巫女さんが、大上段から斬りおろしている所だった。

 

 そしてその刃の向かう先には、

 

 ピンク色のツインテールをした少女、神崎・H・アリアがいた。

 

「な、何なのよ、アンタは!?」

 

 巫女さんの一撃を回避しながら、アリアが焦ったように叫ぶ。

 

 そこで、振り向いた巫女さんの顔が友哉達の視界に入った。

 

「ほ、星伽、さん?」

「あわわわ」

 

 友哉は額に手をやり、瑠香はその友哉の背に隠れるようにして震えている。

 

 流れるような黒い髪に、純正の日本人形を思わせる整った顔立ち。

 

 武偵校現職生徒会長にしてキンジの幼馴染、星伽白雪が鬼の形相で刀を振り回していた。

 

 一方で標的になっているアリアも、その素早い身のこなしを利用して白雪の攻撃から逃げ回っている。

 

 この状況から、二人は大体の事を察した。

 

 白雪はキンジに対し、並々ならぬ好意を抱いている。二人は幼馴染であるから、過去に様々な事があったのであろう。だが、問題なのは白雪のキンジに対するそれは、ある種常軌を逸したレベルであると言う事。

 

 過去、好意の有無にかかわらずキンジに近づこうとした女子は、ほぼ例外なくこの白雪にボコボコにされてきたというのだから恐ろしい限りである。

 

 そんな白雪が、恐山からの強化合宿にから戻った。そこでキンジの部屋にいるアリアを発見した。と、くれば後は想像に難くない。

 

 (アリア+白雪+キンジ)×inキンジの部屋

 

 という計算式がいかなる惨状を現出するか、その答えが、今目の前で繰り広げられていた。

 

 既に家具と言う家具は叩き壊され、壁は全て切り裂かれている。家主であるキンジの安否も判らない状態だ。

 

「このっ、いい加減にしなさい!!」

 

 アリアもついに武器を抜いた。

 

 2丁のガバメントを白雪に向けて発砲する。

 

 放たれた弾丸が、白雪に命中するか。そう思われた瞬間、

 

 白雪は飛んで来た2発の弾丸を刀で弾き飛ばした。

 

 これには友哉も唖然とする。

 

 アリアの弾丸は2発ほぼ同時に放たれた。それを白雪は一瞬にしてはじいて見せたのだ。仮にこの2発が多少のタイムラグを付けて放たれたのなら、友哉にも同じ芸当ができるが、流石に同時に2発の弾丸を叩き落とすのは難しい。

 

「あんた、それ、超偵・・・・・・」

 

 弾かれたアリアも、目を丸くしている。

 

 これこそが星伽白雪の力、その片鱗である。普段の白雪はかなりの運動音痴として知られているが、こうなった時の彼女は強襲科の学生をも上回る戦闘力を発揮する。

 

「緋村君、瑠香ちゃん、この女を後から刺して!!」

「友哉、瑠香、あたしを援護しなさい!!」

 

 2人からの援護要請に、友哉と瑠香は互いに顔を合わせたまま立ち尽くすしかない。

 

「どうする?」

「どうしよっか?」

 

 正直、今すぐ何も見なかった事にして回れ右をしたい気持ちでいっぱいだったが、流石にお隣さんでこんな騒ぎが起きている中でそれはできなかった。

 

 そうしている内に、局面は動く。

 

 アリアのガバメントはついに弾切れを起こし、スライドが後退したまま固定された。

 

 その瞬間を逃さず、白雪が斬り込んで来る。

 

「覚悟ォォォォォォ!!」

「クッ、させるかァ!!」

 

 叫んだ瞬間、アリアは振り下ろされた刃を両手掌で挟み込んで受け止めた。

 

 真剣白刃取り。

 

「す、すごい・・・・・・」

 

 瑠香が思わず感嘆の声を漏らした。

 

 友哉の実家の道場では、白刃取りを応用した技を教えているので、別段珍しくはないのだが、それでもその技術が常人離れしたものでるのは間違いない。

 

「く、く~~~~~~」

「こ、この、バカ女~~~」

 

 白雪の方がアリアより頭身が高い為、上からのしかかるような形で刃を押しつけて来る。

 

 対してアリアも必死に抵抗しているが、徐々に体が沈み始めた。

 

 次の瞬間、アリアは白雪に足払いを掛け、同時に握力が緩んだ所で刀をもぎ取り弾き飛ばした。

 

 だが、まだ終わっていない。

 

 武器を失った白雪だが、すぐに袖下から鎖鎌を取り出して分銅を投げつけた。

 

 対してアリアも背中から二本の小太刀を抜いて防ぐ。

 

 アリアの小太刀に鎖を巻き付けたまま、白雪はジリジリと彼女の体を引きつけて来る。

 

「この、泥棒猫、キンちゃんの前からいなくなれェェェ!!」

「いい加減にしなさい。そんなんじゃないって言ってるでしょ!!」

 

 互いの距離が詰まり、再び斬り結ぶ二人。

 

 両者一歩も譲らないまま、混戦模様はその後10分近くに渡って繰り広げられた。

 

 

 

 

 

「な・・・何て・・・しぶとい・・・泥棒・・・猫」

「あ、あんたこそ・・・・・・とっとと・・・くたばり・・・なさい・・・」

 

 アリアと白雪は、互いの背中に寄りかかりながら、荒い息をついている。

 

 結局勝負は、両者決定打を奪えないまま、互いの体力が尽きるまで行われた。

 

 その結果がこれである。

 

「何とまあ・・・・・・」

 

 部屋の惨状を目の当たりにして、友哉は言葉が出なかった。

 

 家具と言う家具は破壊し尽くされ瓦礫の山と化している。ここがつい先ほどまで人の暮らす部屋であったと言うのは想像する事すらできなくなっていた。

 

 その時、部屋の窓がガラッと開かれた。

 

「お前等、気は済んだか?」

 

 入って来たのは部屋の主である遠山キンジだった。どうやら、二人が戦っている間、外に避難していたようだ。賢明な判断である。誰だって好き好んで戦場にいたいとは思わないだろう。

 

「キンちゃん様!!」

 

 白雪が妙な言い回しと共に飛び上がると、ガバッとキンジの前で正座し、深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありません、キンちゃん様。私に勇気が無かったばかりに、アリアなんかとっ」

「それ以上勇敢になられても困るわよ!!」

 

 立ち上がって横合いかから抗議するアリア。

 

 対して白雪も、負けじと振り返って言い返す。

 

「キンちゃん様と恋仲になったからって、良い気にならないで、この毒婦!!」

 

 毒婦とはまた、古い言い回しである。今時こんな言葉を使う人間など白雪くらいのものじゃないだろうか。

 

 だが、言われてアリアは顔を真っ赤にする

 

「ば、馬鹿言うんじゃないわよ。恋愛なんか下らないッ あたしは恋愛なんかに興味ないし、する気も無い!!」

「じゃあ、キンちゃんとはどういう関係なの!?」

 

 尚も追及の手を緩めない白雪。ここでアリアが、ただの仕事仲間だ、とでも答えれば事は全て丸く収まるのだが、

 

「ど、奴隷、そう、キンジはあたしの奴隷なんだから!!」

「おろ・・・・・・」

「あちゃー」

 

 友哉と瑠香は、揃って額に手をやった。よりによって、選んだ言葉がそれかい。

 

 一方の白雪はと言えば、何を想像したのか、こちらも顔を真っ赤にしている。

 

「そ、そんな、奴隷だなんて。そんなイケナイ遊びまでキンちゃんと一緒にするなんてッ」

「な、ななな、何バカな事言ってんのよ。違うわよ!!」

「違わない!! そりゃ、私だって、その逆なら想像した事もあるけど」

 

 きっと、今の白雪の頭の中では、キンジの手によって裸に剥かれ、言葉では言い表せないような縛られ方をした自分が想像されている事だろう。

 

 見かねたキンジが、白雪の横に立った。

 

「白雪、俺とアリアは武偵同士、一時的にパートナーを組んでいるだけだ」

「ほ、本当?」

「本当だ。俺の言う事が信じられないのか?」

 

 キンジの真剣な眼差しが白雪を見据える。たちまち白雪の雰囲気から険が取れるのが判る。キンジに好意を持つ白雪を黙らせるのに、これほど効果のある物は無かった。

 

「そんな事無い。信じるよ。信じてます」

 

 白雪は頬を赤く染めながら、恥ずかしそうにキンジからそむけた。

 

 良かった。これでようやく騒ぎも収まるだろう。

 

 一同が胸をなでおろす。

 

 だが、白雪の問いかけは、まだ続いていた。

 

「じゃ、じゃあ、キンちゃんとアリアは、そ、そう言う事は、していないのね?」

「そう言う事?」

「そ、その、キス・・・・・・とか」

 

 

 

 

 パ~~~プ~~~

 

 

 

 

 どこかで、豆腐屋のラッパが鳴り響いた。

 

 って言うか、いたのか豆腐屋、学園島に。

 

 と言う突っ込みを入れる事も無く、キンジとアリアは顔を赤くして視線を逸らしている。

 

 その反応が如実に真実を語っている。

 

『したのかっ』

『いつの間に?』

 

 心の中で友哉と瑠香が同時に突っ込みを入れた。

 

「・・・・・・し・・・た・・・の・・・ね」

 

 地獄から這い上がって来るような声ととともに、白雪が座った目をする。

 

 振り出しに戻る。戦火が再び繰り返されるのか。

 

 そう思った時、運命の女神が立ち上がった。

 

「た、確かに、そう言う事はしたけど、だ、大丈夫だったの!!」

 

 アリアが赤い顔のまま言う。

 

「後で判った事なんだけど、こ・・・・・・」

「こ?」←キンジ

「こ?」←友哉

「こ?」←瑠香

 

 アリアは(貧しい)胸を張り、自信満々に言い放った。

 

「子供は、できてなかったから!!」

 

 

 

 

 

 パ~~~プ~~~

 

 

 

 

 

 また、豆腐屋のラッパが聞こえて来た。

 

「はうっ!?」

 

 白雪が卒倒して、その場に崩れ落ちる。

 

「し、白雪!? って言うかアリア、何で子供なんだよ!?」

 

 白雪を抱き起こしながら抗議するキンジに、アリアはガオーッとばかりに食ってかかる。

 

「こ、この無責任男。あたしは、あれからけっこう悩んだんだからね!!」

「何に悩んだんだよ!?」

「だ、だって、キスしたら子供ができるって、昔お父様が言ってたんだもん!!」

 

 どうやらホームズ家では、相当いい加減な性教育を娘に施していたらしい。

 

「き、キスくらいで子供ができる訳ねえだろ!!」

「じゃあ、どうやったらできるのか教えなさいよ!!」

「お、教えらえっか、バカ!!」

「どうせ知らないんでしょ!!」

「知ってるけど、教えられっか!!」

 

 言い争う二人を背に、友哉と瑠香はキンジの部屋を後にした。これ以上は巻き込まれるのも馬鹿馬鹿しいと思ったからだ。

 

「・・・・・・・・・・・・瑠香」

「何?」

「今日の晩御飯は、湯豆腐とかが良いんじゃないかな」

「そだね、お手軽だし、美味しいし」

 

 よし、これで晩御飯は決まった。これはとても素晴らしい事だと思う。

 

 尚も続く喧騒を背中に、二人は友哉の部屋へと戻って行った。

 

 

 

 

 

第1話「帰って来てしまった武装巫女」   終わり

 


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