緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第2話「香港の長い夜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いで階下に降り立つと、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

 床の上には武装した女性たちが、折り重なるようにして転がされている。どうやら、命までは取られていないらしく、微かな呻き声が友哉達の元にも伝わってきた。

 

 恐らく彼女達は、死亡遊戯の際に交戦した女傭隊(メイズ)の者達だろう。

 

 藍幇城を守る精鋭達を薙ぎ払った存在は、城の入り口付近で陣形を組み、新たに現れた友哉達と対峙している。

 

 犬頭、鳥頭、ワニ頭。エジプトの神々を模した砂人形たち。

 

 間違いない、パトラの作ったゴレムである。

 

 以前、台場のカジノ「ピラミディオン台場」やアンベリール号の甲板上で対峙した相手で、友哉達にとっては久方ぶりとなる再会である。勿論、出会わずに済む事を願っていた事は言うまでも無いが。

 

 その威容さは他の追随を許さず、精鋭部隊である女傭隊も、そこに圧倒された形だった。

 

「おい友哉、こいつら、あの時の」

「うん、パトラの砂人形だね。どうやら、こっちの足止めが目的ってところかな?」

 

 陣の言葉に頷きながら、友哉は脳裏で敵の作戦を推察する。

 

 派手に藍幇城に襲撃を掛けてこちらの目を引き付け、その間にタンカーを香港に突入させる。

 

 猴の筋斗雲に関しても予想の範疇に入っていたかどうかは謎だが、少なくとも友哉達がキンジ達に後詰する為には、どうしてもこのゴレムの群れを突破する必要がありそうだった。

 

「時間が無いって時に・・・・・・」

 

 逆刃刀をすらりと抜きながら、友哉は忌々しそうに呟きを漏らした。

 

 ここにゴレムがいると言う事は、当然、シーマ・ハリ号の甲板にも潜んでいる事が予想される。

 

 勿論、Sランク武偵のアリアと、ヒステリアモード発動時のキンジなら、ゴレム如き、大軍で攻めて来ようとも殲滅は可能だろう。

 

 だが、その後には《厄水の魔女》と《砂礫の魔女》と言う2大ステルスが待ち構えているのだ。油断はできなかった。

 

「諸葛さんは、負傷者の救護を指揮してください。僕達はその間、ゴレムを叩きます」

「判りました」

「あ~、あと」

 

 諸葛の返事を聞きながら、友哉は白雪に視線を向けた。

 

「星枷さんは、戦闘に参加しないで」

 

 白雪はキンジとアリアを救援する際の主力である。それでなくても藍幇城攻略戦で消耗している身。これ以上の消耗は避けたかった。

 

 その時だった。

 

「それなら・・・・・・」

 

 理子の足元から声が聞こえて来たかと思うと、ゴスロリ服を着たヒルダがにじみ出るように陰から浮上してきた。

 

「この私が、シラユキを、あのタンカーまで運んであげても良くてよ」

「ヒルダ」

 

 そう言えば、正規メンバーではないので意識の外に行っていたが、ヒルダは生粋の竜悴公姫(ドラキュリア)。こと超能力の知識と実践と言う意味では、白雪をも上回るのは彼女だけだった。

 

「お願いできる?」

「もちろんよ」

 

 そう言うとヒルダは、傍らに立つ理子の顔をチラチラと見やっている。

 

 それを見て友哉は、成程と納得する。

 

 要するにヒルダ的には、理子の役に立てるなら何でもやる、と言う事なのだろう。まあ、ここはありがたく好意として受け取っておくとしよう。

 

「星枷さん、お願い」

「判った。緋村君たちも気を付けて」

 

 そう言うと、白雪はヒルダに続いて、もと来た階段を再び登って行った。

 

 それを確認して、友哉は刀を構え直す。

 

 これで後顧の憂いが断てた、とは言い難い。自分達も早く、シーマ・ハリ号へ赴く必要があった。

 

「行くよみんな。何としても、ここは突破する!!」

『おう!!』

 

 友哉の号令の元、

 

 イクスとバスカービルの残りメンバーは、戦場へと踊り込んだ。

 

 

 

 

 

 先制したのは陣だった。

 

 殆ど床を踏み抜くような勢いで突撃すると、一気にゴレムの隊列へ肉薄する。

 

「テメェらが人間じゃないのは判ってるからな。遠慮なく行くぜ!!」

 

 言い放つと同時に繰り出される拳。

 

 放たれた打撃が、刹那の間に二重の衝撃を目標へと叩き込まれる。

 

 次の瞬間、ゴレムは成す術も無く粉砕されて、ただの砂へと戻って行く。

 

 二重の極み。

 

 あまりの高威力の為、陣が人相手には禁じ手にしている一撃が、容赦なくゴレムを吹き飛ばす。

 

 そこへ友哉、茉莉、瑠香の三人が飛び込む。

 

 茉莉の振るう鋭い剣閃がゴレムを斬り裂き、瑠香がイングラムとナイフを駆使して接近戦を仕掛け、次々と撃破していく。

 

 友哉もまた、彼女達に負けていない。

 

 敵陣を頭越しに飛び越えて隊列中央へと着地。ゴレム達が振り返るすきを与えず、円環を描くように刀を振るう。

 

 一撃。

 

 それだけで、複数のゴレムが吹き飛ばされた。

 

 バスカービルの居残りメンバー、理子とレキも遅れてはいない。

 

 理子はロザリオの魔力を発動して両手にはワルサーP99、蛇のように蠢く髪には2本のナイフを装備して暴れまくっている。

 

 レキは、この中でも最も白兵戦を不得手とする狙撃手だが、後方からドラグノフを構えて前線メンバーを掩護している。

 

 次々と数を減らしていくゴレム。

 

 その間に諸葛をはじめとした藍幇のメンバーは、負傷した女傭隊のメンバーを救助に当たっている。

 

 しかし、狭い城内で乱闘の合間を縫う形での救助作業は、なかなか進展しなかった。

 

「・・・・・・まだ、掛かるか?」

 

 1体のゴレムを撃破しながら、友哉は呟きを漏らす。

 

 元より、友哉達も消耗が激しい身である事に変わりは無い。

 

 友哉自身にしたところで、伽藍にやられた傷が未だに痛みを発しており、それが身体能力の阻害に繋がっている。

 

 あまり、長時間の戦闘はできそうになかった。

 

 その時だった。

 

「どうした、緋村。もう息が上がったか?」

 

 力強く、獰猛さを感じる声が響き渡った。

 

 次の瞬間、地鳴りのような踏み込みと共に、長柄の武器が豪風を撒いて旋回する。

 

 一撃。

 

 ただそれだけで、複数のゴレムが文字通り粉砕される。

 

 崩れ落ちる砂人形の群れ。

 

 その背後から、方天画戟を手にした巨漢が姿を現した。

 

 呂伽藍。

 

 《中華の戦神》と異名を取る男が、嬉々として参戦してきていた。

 

 振るった方天画戟が、あっさりと複数のゴレムを薙ぎ払う。

 

 伽藍とて、天翔龍閃のダメージが残っている筈なのだが、それを感じさせない程、豪快な戦いぶりである。

 

「こやつらは、ただ簡単な命令を実行するだけの木偶人形だ。一気に片づけるぞ」

「判りました」

 

 頷きながら、友哉は刀を構え直す。

 

 伽藍の参戦により、戦況は一気に師団側有利に傾いた。

 

 相手はゴレム。意志は無く、恐れも知らずに向かってくる存在である。

 

 しかし、友哉と伽藍を中心にした師団メンバーは、それらを次々と返り討ちにしていく。

 

 このままなら押し切れる。

 

 誰もがそう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 迸る殺気に、友哉が振り返る。

 

 次の瞬間、飛び込んできた刃が、容赦なく友哉の首を狙ってきた。

 

 その動きを読み、短期未来予測を発動する友哉。

 

 相手の動きと勢いから、防御よりも回避を選択。とっさに床を蹴って、大きく後退した。

 

「友哉さん!!」

 

 恋人の身を案じ、声を上げる茉莉。

 

 しかし、間一髪、回避が速かったおかげで友哉にダメージは無い。

 

 地に足を着いてブレーキを掛けながら、顔を上げる先。

 

 そこには、頭頂から足先まですっぽりと、銀色の全身鎧を着込んだ人物が、手にした大剣の切っ先を向ける形で友哉と対峙していた。

 

 顔もフルフェイスのマスクをして居る為、伺う事はできない。ただ、全体的に小柄なイメージがあった。

 

「お、今の避けたのか。お前、やるじゃねえか」

 

 友哉の身のこなしを絶賛しつつ、鎧人間はマスクの下でニヤリと笑みを浮かべた。もっとも、マスクをしているせいか声がくぐもっており、性別まで判断する事は難しいのだが。

 

 それに対し友哉は、無言のまま逆刃刀を正眼に構え直す。

 

 侮れる相手ではない。あれだけの鎧を着込んでいるのに、かなりの素早い動きだった。しかも身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回している。それだけ、膂力が凄まじい事を意味していた。

 

 正体は判らない。しかし、このタイミングで仕掛けて来たと言う事は、カツェやパトラの仲間と見て間違いなかった。

 

 鎧人間は、マスク越しに周囲を見回すと、やれやれと肩をすくめる。

 

「やっぱ、パトラの雑魚人形じゃ、足止めくらいしかできなかったか。まあ、それでも目的は達成したんだから、よしって事にしておくか」

 

 言いながら、大剣の切っ先を友哉へと向ける。

 

「まあ、それならそれで、俺はちょっとばかり遊んでいくけどよ」

「戯言を」

 

 元より、こっちは遊びに付き合う気は無い。

 

 一気に勝負を掛けるべく、友哉もまた刀を構え直した。

 

 次の瞬間、両者は互いに床を蹴って疾走した。

 

 繰り出される刃。

 

 両者の速度は、ほぼ互角。

 

 否、友哉の方が僅かに早く、相手より先に打ち込んだ。

 

「ハッ!!」

 

 振り下ろされる逆刃。

 

 その一撃を、鎧は手にした大剣で防御する。

 

「フンっ!!」

 

 掛け声と共に、両腕に力を込める鎧。

 

 次の瞬間、大きく振り抜かれた大剣が友哉の体を弾き飛ばす。

 

 見ていた一同が、驚いて声を上げる中、

 

 友哉は体勢を入れ替えて天井へ「着地」。同時に、両足に力を込めて蹴り出し、急降下する。

 

 変則的な龍槌閃。

 

 放たれた斬撃が、鎧に襲い掛かる。

 

「チッ!?」

 

 マスクの下で舌打ちする鎧。

 

 友哉の斬り込む速度に対し、対応が追いつかないのだ。

 

 ガインッ

 

 刀が真っ向から鎧のマスクの中央を捉える。

 

「おっと!?」

 

 衝撃で鎧は大きくよろけて後退する。

 

 だが、

 

 友哉は警戒を解く事無く、刀を構え直す。

 

 思ったほどダメージは入らなかった。

 

 強固な鎧を着込んでいるせいもあるのだろうが、もっと別の要素によってダメージが軽減されたような感触がある。

 

 いずれにせよ、パトラやカツェの仲間なのだ。一筋縄でいかない事は判っていた。

 

 それに、

 

 友哉は自分の体が、軋むような痛みに苛まれ始めているのに気付いていた。

 

 伽藍と戦った時に受けたダメージが、再びうずき始めているのだ。

 

 これ以上、戦闘を長引かせるのは得策ではない。

 

《もう1回、行けるか?》

 

 自分の刀を見やりながら、友哉は心の中で呟きを漏らす。

 

 奥義 天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)

 

 ダメージを受けた身で、もう一度撃つのは難しいかもしれない。

 

 しかし、切り札は他に無いように思われる。

 

 友哉は刀を、腰の鞘へと戻そうとした。

 

 その時、

 

「時間切れ、か」

 

 ふと、対峙する鎧の方が殺気を消し、手にした大剣を降ろした。

 

「何を・・・・・・」

「悪いけど、今日はこれくらいにしようや」

 

 そう言うと、片手を上げて友哉を制する。

 

「元々、俺は足止めを頼まれただけだったし、これ以上ここにいて、窒息死の巻き添えは御免だ」

「勝手な事を・・・・・・・・・・・・」

 

 そちらから仕掛けてきておいて、何を言っているのか。

 

 再び斬り掛かろうと、身構える友哉。

 

 しかし、それよりも早く、鎧は身を翻らせた。

 

「それじゃあ、また会えるのを楽しみにしているぜ。それまで、せいぜい死ぬんじゃないぞ」

 

 そう言うと、クルリと踵を返し、藍幇城の入口へと駆け去って行く鎧。

 

 友哉は慌てて追いかけるが、その時にはエンジン音が鳴り響き、1艘のモーターボートが駆け去って行くのが見えた。

 

 舌打ちする友哉。

 

 まんまと時間を稼がれてしまった形である。これで、キンジ達への応援が大きく遅れる事となってしまった。

 

「緋村さん!!」

 

 そこへ、諸葛が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「水上機が到着しました。これでシーマ・ハリ号まで行けます!!」

「・・・・・・・・・・・・判りました、お願いします」

 

 苦い声で言いながら、刀を収める友哉。

 

 敵の術中にはまってしまった事は痛恨だが、今は目的を見失わない事が重要である。

 

 こうしている間にも、香港は破滅に向かって転がり落ちようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉達が水上機を駆ってシーマ・ハリ号へと到着すると、戦いは既に終わっていた。

 

 カツェとパトラはキンジ、アリアとの交戦の末に逃亡。甲板上には彼女達が残して行ったゴレムが残っていたが、それらの掃討には猴が当たっていた。

 

 とにかく時間が無い。タンカーは、未だに動いているのだ。

 

 しかも、その後の機嬢の調べで、シーマ・ハリ号の操舵系統は大半が破壊されている事が判明した。

 

 用意周到な連中である。こちらが阻止に動く事を見越して、通常の手段での回避を封じて来たのだ。

 

 残る手段があるとすれば、タンカーの爆発それ自体を防ぐ事のみ。

 

 いよいよ、進退窮まった感じである。

 

 だが、まだ諦めるわけにはいかない。自分達も含めて香港住民を退避させている時間が無い以上、それこそ死ぬ気でタンカーを阻止しなくてはならなかった。

 

「イ・ウーでカツェに習ったんだけど、原油の流出は爆薬で起こすんだよ」

 

 この中で唯一、タンカージャックの知識がある理子が説明に入る。

 

「原油タンクの底に爆薬を仕掛けて亀裂を入れて、後は水圧とタンカーの自重で船体を割るの。生卵みたいに真っ二つにね」

「そんな事したら、タンカーが爆発しちゃうんじゃない?」

 

 もっともな質問をするアリアに対し頷きつつ、理子は答える。

 

「そうならないように、専用の指向性炸薬筒を使うんだよ。うんと長い対人地雷を下向きに仕掛けるような感じ。そいつでカーゴタンクの底から下に、船底とバラストタンク突き破って海面側にだけ必要最小限の炸裂を起こす。それだと、起爆しても海水で即座に消火されるから、大爆発は起こらないの」

 

 つくづく、忌々しいまでの手の込みようである。

 

 テロリストが知恵を絞って考えると大参事が引き起こされると言う、典型的な例だった。

 

 しかも、タイムリミットまで10分弱。まともなやり方で炸薬筒を見付け、それを拾い上げるのは不可能に近かった。

 

「炸薬筒はタンカーが岸に衝突した衝撃を感知して起爆するものある。それまでの時間は藍幇が伸ばすヨ」

 

 そう言うと、機嬢はインカムに向かって何かをしゃべり始める。

 

 中国語なので何を言っているかは判らないが、とにかく時間稼ぎについては任せる以外に無いだろう。

 

 そう思っていると、海上で変化が起こり始める。

 

 ポツリ、ポツリと海面に光が灯り始める。

 

 それらは急速に数を増やして、シーマ・ハリ号を取り囲み始めた。

 

「あれって、船だよ!!」

 

 瑠香が興奮したように叫ぶ。

 

 確かに船だ。

 

 漁船のような小舟から、水上警察の警備艇、高級クルーザーの姿まである。

 

 藍幇の船団である。カツェが撤退した為、海流が正常に戻りタンカーに追いついてきたのだ。

 

 そこへ、1隻の高速艇が寄ってきた。

 

「遠山さんッ 緋村さん!! 私達もお力添えしますよ!!」

 

 高速艇の縁に立った諸葛が、メガホンを手に叫んでくる。

 

 それと同時に、各船から一斉にフック付きのロープがシーマ・ハリ号へと投げつけられた。

 

 それらが障害物に食いつくと同時に、一斉にタンカーの進行方向とは逆に引っ張り始める。

 

 藍幇船団の船は、大きい物でもシーマ・ハリ号の10分の1程度でしかない。まさに、巨象と蟻の綱引き対決である。

 

 しかし、それでも数は力である。効果はすぐに出始め、シーマ・ハリ号は目に見えて減速し始めた。

 

「目測で21ノット。あと19分ネ、キンチ。それでヴィクトリア湾北西の端、ICCのふもと辺りにぶつかるよ」

 

 状況の変化を機嬢が伝えてくる。

 

 破滅の先延ばしはできたが、これで解決とはいかない。やはり、炸薬筒の解除は必須だった。

 

 その頃、甲板上では炸薬筒の位置を探る作業が始まっていた。

 

 と言っても、通常の方法では時間が足りない事は明白である。

 

 故に、通常ではない方法に頼らざるを得ない。

 

 甲板上では、ヒルダと白雪が互いに手を繋ぎ、額に汗を滲ませながらうろうろと歩き回っているらしい。

 

 どうやら、超能力で炸薬筒の位置を探っているらしかった。

 

 コックリさん、あるいはダウジングに近いやり方なのだろう。

 

 友哉を始め、S研的な知識には疎い面々だが、他に方法が無い以上、2人に頼らざるを得なかった。

 

 やがて、2人は何事かを察知したように数歩同じ方向へ歩くと、足を止めて振り返った。

 

「ここだよ、この下に炸薬筒があるはず・・・・・・だいたいなんだけど」

 

 そう言ってふらりと倒れそうになった白雪を、レキが支える。

 

 同様に、ヒルダも倒れそうになって、理子に支えられていた。

 

「第4カーゴ、センタータンクの下だね」

 

 まさにタンクの中央であり、しかも各タンクを隔てる隔壁はカツェ達によって解放されて居る為、どこか1カ所のタンクが解放されれば、全ての原油が流出する事になる。

 

「ありがとう、白雪、ヒルダ。だが、原油の中に沈んだ物を、どうやって拾い上げる?」

 

 透明度が最低レベルの原油の中に沈んだ代物を、水面上から目視で探すのは不可能である。

 

「ダイバースーツで潜るのです。潜って探すのです」

 

 ゴレムの掃討を終えた猴が、そう提案してくる。

 

 だが、機嬢がすぐに首を横に振った。

 

不是(できない)。酸素ボンベのレギュレーターが原油の分解作業で、すぐに駄目になるヨ」

「じゃあ、どうするの? 素潜りじゃ、流石のキンジでもたぶん無理よ」

「いや、アリア、『たぶん』じゃなくて絶対無理だからね」

 

 ヒステリアモードのキンジが、アリアの言葉をやんわりと否定する。

 

 原油の分解作用で皮膚が溶け落ちてしまうのは明白だった。

 

 そこで、機嬢が甲板の隅を指差した。

 

「あれを使うネ」

 

 その指差した先。

 

 そこには、乗り捨てられた海水気化魚雷(スーパーキャビテーション)改造潜水艇オルクスが転がされていた。

 

 

 

 

 

 作業用クレーンにつるされて、オルクスが原油取出し口へと運ばれていく。

 

「開けるよ、せーの!!」

 

 そのハンドルに取りついた友哉と陣が、バルブを開口方向に一斉に捻った。

 

 今、オルクスにはキンジと機嬢の2人が登場している。

 

 元々が魚雷改造の潜水艇である為、2人乗りが限界なのだ。

 

 そこで、メカに詳しい機嬢と、ヒステリアモードで思考速度が上がっているキンジが乗り込む事になった訳である。

 

 巨大なマンホールの蓋が開くようにハッチが口を開けると、同時に友哉と陣は大急ぎで退避した。

 

 タンク内部には揮発性の有毒ガスが充満している。人体への悪影響に加え、ここからは甲板上でも火気厳禁となる。

 

「頼んだよ、キンジ」

 

 最後の戦いに赴く友へ、友哉はそっとエールを送る。

 

 だがその時、クレーンが風に煽られ、オルクスの外装が僅かにハッチの縁へとぶつかった。

 

『ッ!?』

 

 思わず息を呑む一同。

 

 これでもし、万が一火花でも起これば一巻の終わりである。

 

 しかし幸いと言うべきか、オルクスは何事も無く原油の沼へとその身を沈めて行った。

 

 こうなると、友哉達にできる事は何も無い。あとはもうキンジ達の奮戦に運命を託し、祈るのみだった。

 

「いや・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は何事か呟くと、背を向けて歩き出す。

 

「おい友哉、どこ行くんだよ?」

「うん、ちょっとね。まだ敵がいるかもしれないから、ちょっと見回ってくる」

 

 尋ねる陣にそう返すと、友哉は足早にその場から歩き去って行った。

 

 暫くして甲板の隅へと来ると、足を止めてスッと目を細める。

 

「・・・・・・出てきたらどうです? いるのは判っているんですよ」

 

 誰もいない筈の空間に向かって声をかける友哉。

 

 すると、少しの間があって、詰まれたコンテナの上に人の気配が立ち上がった。

 

「やりますね、緋村君。よく、私の気配に気づきました」

 

 賞賛するように言いながら仮面の男、由比彰彦が友哉を見下ろしていた。

 

 対して、友哉は見上げるようにして睨みつ付ける。

 

「あなたのやり口は、この1年間、さんざん見て来ましたから。いい加減、見飽きましたよ」

 

 これだけのタンカーをカツェとパトラが単独で調達するとなると、簡単には行かない筈。故に「協力者」の存在が必要不可欠となるはずだ。

 

 故にこその「仕立て屋」。この極東戦役における唯一の「傭兵部隊」であり、報酬次第では師団、眷属、双方に味方すると宣言した存在が思い浮かばれるわけである。

 

「今度は魔女連隊にでも雇われましたか?」

「ご名答です。あそこのリーダーさんとはイ・ウー時代から懇意でして。今回の作戦も、カツェさん、パトラさんの移動、並びにタンカーの調達面で協力させていただきました」

 

 その答えを聞き、

 

 友哉は刀の柄に手を掛けた。

 

 既に互いの距離は至近。友哉なら一足の内に接近できる。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、彰彦は右手を上げて友哉を制した。

 

「やめておきましょう。ここで戦えば、私も君もタダではすみませんよ」

「・・・・・・・・・・・・クッ」

 

 今やシーマ・ハリ号の甲板上は、ちょっとした火花でも火種になりかねない危険地帯である。刀同士のぶつかり合いなど、御法度も良い所だった。

 

「では、私の方でも失礼させていただきますよ。どうやら、君の援軍も来たようですし。騒ぎにならないうちにお暇させていただきます」

「待てッ!!」

 

 制止しようとする友哉。

 

 しかし、それよりも早く、彰彦は空中へと身を躍らせると、そのままクレーンか何かにつられるようにして上昇していった。

 

 舌打ちする友哉。

 

 恐らく消音のステルスヘリを上空に待機させていたのだろう。彰彦は退路を完全に確保した上で、友哉と対峙していたのだ。

 

 してやられた。

 

 武勇では、決してあの男に引けを取らないだけの自信が友哉にはある。

 

 しかし、事頭脳メインの駆け引きとなると、やはりと言うべきか、まだまだ遅れていると言わざるを得なかった。

 

「そう言えば、援軍って・・・・・・・・・・・・」

 

 彰彦が先ほど言っていた言葉を思い出し、友哉は踵を返して皆の所へと戻った。

 

 程無く、ローター音を響かせながら、別のヘリがシーマ・ハリ号へと接近してくるのが見えた。

 

 友哉達が見守る中、甲板に着陸したヘリのハッチが開き、4人の人影が颯爽と降りてくるのが見えた。

 

 その姿に、友哉の顔は歓喜に包まれる。

 

「武藤!!」

 

 武藤剛気、平賀文に率いられた武偵校チーム「キャリアGA」。

 

 車輌科と装備科のメンバーで構成された彼等は、急を聞いて駆けつけてくれたのだ。

 

「話は道すがら聞いた。緋村、あとは任せろ!!」

 

 力強く言い放つ武藤。

 

 同時に、メンバー達に矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

 

「鹿取と安斎は機関室へ行ってエンジンの停止ッ 平賀は回収した爆弾の解除だッ 舵は俺に任せろ!!」

 

 誰よりも信頼できる仲間達。

 

 その活躍によって、破滅へ進む道は光明によって塗りつぶされていくのだった。

 

 

 

 

 

第2話「香港の長い夜」      終わり

 


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