緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第3話「這い寄る影」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香港を壊滅寸前に追い込んだ未曾有のテロ事件であるタンカージャックは、イクス、バスカービル、キャリアGAと言った武偵校のチーム。そして藍幇が共闘する事により、未然に防ぐ事に成功した。

 

 タンカーは武藤達キャリアGAによって停止措置が取られ、問題の炸薬筒は決死のダイビングを行ったキンジと機嬢が回収、その後、平賀文の手によって完全に無力化された。

 

 その後、一同は香港中から歓待を受けた。

 

 師団の本部にしていたICCビルのバー「OZONE」には、イクス、バスカービルメンバーはおろか、キャリアGAのメンバーや藍幇の幹部、果ては顔も知らない構成員まで押しかけて、ドンチャン騒ぎと相成った。

 

 日付的にはちょうど、クリスマスと言う事もあったが、そんな事は一切関係ない大盛り上がりである。

 

 キンジは白雪にしだれかかられて辟易し、その横ではアリアが不機嫌そうに睨み付ける。

 

 理子はココ姉妹と共に、諸葛のピアノ伴奏でAKB48の振り付けを踊った。

 

 陣は飲み比べで、大の大人相手に50人抜きを披露し、その後、伽藍との頂上決戦に及んでいた。

 

 武藤はオリジナル裸踊り「轢いてやる音頭」を披露し、日本の恥を晒してくれた。タンカーでの活躍が台無しである。

 

 瑠香は今後の参考にと、出された料理を食べ比べていた。たぶん、日本に帰ってから実践する心算なのだろう。

 

 レキは1人、窓際で体育座りして、静かに星を眺めていた。

 

 それぞれ、各々が勝ち取った平和を満喫していた。

 

 そして、

 

 

 

 

 

「うわー、綺麗です!!」

 

 天上の星とは逆に、眼下に広がる星の如き夜景に目を奪われて、茉莉は目を輝かせている。

 

 友哉と茉莉は、OZONEでの喧騒からこっそり抜け出すと、2人で連れ立って夜景の見える場所までやって来たのだ。

 

 茉莉の耳には、友哉がプレゼントしたピアスが輝いている。

 

 勿論、まだ耳に穴はあけていないだろうが、こうして気に入って付けてくれている事が、友哉には嬉しかった。

 

「ほんと、綺麗だね」

 

 先程の茉莉の言葉を反芻するように、友哉は言う。

 

 しかし、

 

 友哉の目は、眼下の夜景を見てはいなかった。

 

 友哉が見ているのは、夜景の光に照らされて淡く浮かび上がった、茉莉の横顔だった。

 

「・・・・・・友哉さん?」

 

 そんな友哉の視線に気付いた茉莉が、キョトンとした顔で振り返ってくる。

 

 自分達は勝った。

 

 強大な戦力を誇った藍幇を打倒し、更に奇襲をかけて来たカツェ、パトラをも退けた。

 

 だからこそ、こうして茉莉と共に時間を過ごす事ができる。

 

 それこそが、友哉にとって、何よりのクリスマスプレゼントであった。

 

「茉莉」

 

 友哉はそっと手を伸ばし、茉莉の頬に手を当てる。

 

 その仕草に、光に照らされた茉莉の頬が、ほんのり赤く染まるのが判った。

 

 ゆっくりと、近付く2人。

 

 そして、

 

 100万ドルの夜景に祝福されながら、2人の唇がゆっくりと重なった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 ICCビルでのどんちゃん騒ぎをよそに、香港の夜に冷徹な風が吹いている一角があった。

 

 倉庫街の角に立った柳生当真は、自身の背後に人の気配が浮かび上がるのを感じて顔を上げる。

 

「首尾は?」

 

 誰が来たか、などと言う事は問うまでも無い。慣れ親しんだ相手の気配は、視線を向けずとも感じる事が出来た。

 

 対して、相手も心得ているように、当真の横に立った。

 

「上々だ。良い感じにテロリストが騒いでくれたおかげで、警戒厳重な藍幇城にもすんなりと潜入する事が出来た」

 

 そう言うと、その人物は手にした物を当真に見せる。

 

 それを見て、豪胆な当真も、思わずゴクリと喉を鳴らした。

 

 布に包まれた細長い代物は、その中にあってさえ、禍々しい雰囲気を滲み出しているようだった。

 

「歴史の闇に埋もれ、消え去ったはずの存在が、巡り巡って香港に流れているとはな。運命ってのは判らんものだ」

「だからこそ、我々のような存在が許容される」

 

 光があれば、闇もある。

 

 故にこそ闇に生きる者も存在できると言う訳だ。

 

「何にしてもこれで、御前の『お使い』は達成できたわけだ。大手を振って日本に帰れるってもんよ」

 

 そう言うと、当真はニヤリと笑う。

 

 その脳裏に浮かぶのは、香港の街で三度目の対決を行った少年、緋村友哉の事だった。

 

 結局、今回も決着は着かないまま終わってしまった。

 

 だが、まあいい。どのみち、あの少年とはまた、いつか会う事ができるだろう。

 

 ある種の確信めいた予感と共に、当真はそう考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月26日

 

 香港での戦いを終え、1日経ったこの日、茉莉は強襲科の体育館にいた。

 

 帰ってきた翌日、すぐに鍛錬を始めるのは真面目な彼女らしいとも言えるが、これには香港戦における反省の意味合いも含まれていた。

 

 対藍幇決戦時、茉莉は自分が胸を張って皆の役に立てた、とは言えなかった。

 

 折角、友哉から重要な役割を任されたと言うのに、肝心な時に役に立てなかったばかりか、自分の技が伽藍相手に掠り傷一つ負わせられなかった事は、茉莉にとって痛恨と言って良かった。

 

 勿論、友哉達は茉莉も良くやったと褒めてくれたが、当の茉莉からすれば、今の自分は決して満足のいく戦いができているとは言い難かった。

 

 だからこそ、茉莉は帰ってすぐに鍛錬を開始したのだ。

 

 先程から周回コースを何週もまわっている。

 

 ただし、ただ走っている訳ではない。

 

 茉莉の細い腰にはロープが巻かれ、その端にはタイヤが括られている。茉莉は、そのタイヤを引きずる形で走っているのだ。

 

 古典的な鍛錬方法だが、効果は絶大だった。

 

 今回の鍛錬に際し、茉莉が選んだのは、従来通りの「速力の強化」である。

 

 今まで機動力メインで戦ってきた茉莉が、今さら別の戦術を選択するのは得策とは言い難い。

 

 それよりも、自分の唯一の武器である機動力を徹底的に強化する道を選んだのだ。

 

 言い伝えによると、茉莉の先祖の脚力は半端な物ではなかったらしい。走っている馬車に後方から追いつき、全速で駆ければ姿を捉える事すら不可能だったとか。

 

 今までは、そんな事は不可能だと思っていた茉莉だが、最早そうも言っていられる状況ではない。

 

 敵は日に日に強くなってきている。

 

 それらに対抗する為に、茉莉もまた、己を極限まで鍛える必要性を感じていた。

 

 自身で決めたメニューを終え、茉莉が足を止めた時には、走り込みを始めて2時間近くが経過していた。

 

 元々、体力がそれほど高いとは言い難い茉莉にとって、それは苦行にも似た時間であったと言える。

 

 そこへ、

 

「お疲れ様、茉莉ちゃん」

 

 聞き慣れた声に茉莉は顔を上げて笑顔を浮かべる。

 

 そこには、瑠香が手を振って立っていた。

 

 そう言えば、今日は午後から一緒に買い物に行く約束をしていたのを思い出す。

 

 香港でも買い物はしたのだが、やはり日本に帰ってきた以上、日本の店でも買い物がしたいらしい。

 

 まあ、茉莉としても、いくつか日用品の買い足しをしたいと思っていたところなので、ちょうど良かったのだが。

 

「ちょっと待っててくださいね。すぐ、着替えますから」

「うん、待ってる・・・・・・と こ ろ で・・・・・・」

 

 言いかけた瑠香が、ニンマリと笑って茉莉を見てくる。

 

 その様子に、顔を引きつらせる茉莉。

 

「な、何ですか?」

「いやー 良い眺めだなーって思ってさ」

 

 そう言うと瑠香は、じっくりたっぷりと、茉莉の姿を見詰めてくる。

 

 その視線の意味に思い当たり、茉莉は思わず後ずさった。

 

 瑠香の視線は、体操服姿の茉莉を捉えている。

 

 ただし、その姿は香港に行く前と大きく変わっている点が1カ所ある。

 

 香港前の茉莉は、体操着に短パンを用いていた。

 

 しかし今、茉莉の下半身を覆っているのは、紺色の布地に、サイドには白いラインが2本入ったブルマーだった。

 

 パンツのような形状をして太ももは付け根付近から大胆に露出し、ピッタリとフィットする布地のせいで、柔らかそうなお尻の丸みはそのまま強調されている。

 

 茉莉の健康的な肢体と相まって、青々とした果実の如きフェチズムを醸し出している。

 

 瑠香の視線を受け、顔を赤くしながら、とっさに体操服の上衣を引っ張り、ブルマーの下腹部を隠そうとする茉莉。

 

 もっとも、短い上衣では完全には隠しきれていないのだが。

 

「る、瑠香さんがやったんじゃないですか!!」

 

 涙交じりに抗議する茉莉。

 

 ことの発端は、香港行きの前に行った師団の作戦会議までさかのぼる。

 

 あの時、理子が用意したブルマーを気に入った瑠香は、以後、自分の体操着をブルマーに変えてしまったのだ。

 

 その際に、茉莉も巻き込んだと言う訳である。

 

 因みに、茉莉がそれまで使っていた体育用の短パンは、瑠香に没収されてしまっている。その為、茉莉としては否が応でもブルマーを穿かざるを得なかった訳である。

 

 運動場に入ってから周囲の視線、特に男子のそれが好奇を伴って自分に向けられている事は感じていたが、敢えて鍛錬に集中する事で誤魔化していたのである。

 

「良いじゃん、可愛いんだからさ!!」

「キャッ!!」

 

 言いながら、瑠香は茉莉を抱きしめて頬ずりする。

 

「大丈夫大丈夫。わたしも一緒だから、お揃いお揃い!!」

「う~・・・・・・」

 

 瑠香は普段は茉莉に対して姉のように振る舞いながらも、時折このように無邪気な妹的な一面を見せてくる。

 

 その為、茉莉的には瑠香の我儘をついつい許容してしまう事が多いのだった。

 

「さあさあ、時間も無いんだし。早く行こうよ」

「・・・・・・判りました」

 

 がっくりと、肩を落としながら返事をする茉莉。

 

 どうあっても、自分はこの「年下の姉」には逆らえそうにない事を再確認するのだった。

 

 

 

 

 

 着替えを終えた茉莉は、瑠香と合流して街へと繰り出すべく後門へと向かっていた。

 

 学園島から近くのお台場まで、定期運航のバスが出ている。

 

 車輌科の学生などは自分の車等を使う場合もあるが、茉莉は自分の車も免許も持っていない為、こうしたバスを使って買い物に行く場合が多かった。

 

「さて、今日はどんな服を見よっか? 冬物はまだまだ必要だし、新しいコートとかも欲しいよね」

「ふ、服なら香港で見たじゃないですか」

 

 洋服を買いに行くたびに瑠香に着せ替え人形にされる茉莉にとって、軽いトラウマになっている。

 

 どうやら、今日もその運命から逃れる事はできそうにないらしい。

 

 と、

 

 教務課(マスターズ)の前まで来た時、何やら人だかりができている事に気付いて茉莉は足を止めた。

 

「あ、そう言えば・・・・・・」

 

 確か、期末試験の結果発表が、今日だったのを思い出す。

 

 武偵校の単位は、単純な筆記や実技の結果のみならず、達成した以来の内容によっても上下する。その点、一般的な高校よりも実力重視の学校ならではであると言えるだろう。

 

「さ、茉莉ちゃん、行こっか」

「待ってください」

 

 華麗にスルーしようとした瑠香の襟をガシッと掴み、茉莉は掲示板のある方へと歩き出す。

 

「ちょ、茉莉ちゃん、待ってってば!!」

「待ちません。結果くらい確認しないと」

 

 そう言うと、茉莉は渋る瑠香をズルズルと引きずって行く。

 

 筆記試験の結果がお世辞にも良いとは言い難い瑠香的に言うとスルーしたいイベントなのは判るが、茉莉としては自分の成績も気になる所なので、半ば強引に「姉」を連行して掲示板の前まで行くのだった。

 

 人だかりをかき分けるようにして掲示板の前まで行き、順に名前を見ていくと、チラホラと知った名前もきた。

 

 129位 相楽陣(強襲科(アサルト)

 

 126位 遠山金次(探偵科(インケスタ)

 

 ここら辺は、どうにか平均点クリアと言ったところである。

 

 自分達の実質的なリーダーであるキンジには、もう少し頑張ってもらいたいと思わなくも無いのだが、いざという時に発揮されるキンジの実力とカリスマは、茉莉も認めている所である為、これはこれで文句を言う筋ではないだろう。

 

 更に視線を上位に進めていくと、アリア、理子、レキと言った面々の名前も出てくる。

 

 元よりプライドの高いアリアが勉強面でも手を抜くはずがないし、レキは何をやらせてもそつ無くこなすタイプ、理子に至っては仲間内で最も要領が良い為、どんな困難でも鼻歌交じりで乗り越えて行ってしまう。

 

 そして、

 

 13位 緋村友哉(強襲科(アサルト)

 

 11位 不知火涼(強襲科(アサルト)

 

 と来て、

 

 10位 瀬田茉莉(探偵科(インケスタ)

 

 とあった。

 

 全国の偏差値が最低ランクで有名な武偵校の中にあっても、上位者となればそれなりである。まずまず、満足のいく結果ではあった。

 

 更に、その上には

 

 9位 エル・ワトソン(衛生科(メディカ)

 

 とあり、

 

 栄えある最上位には

 

 2位 星枷白雪(SSR)

 

 とあった。

 

 だが、

 

 1位 望月萌(救護科(アンビュラス)

 

 とある。

 

「・・・・・・誰でしょう?」

 

 その名前を見て、茉莉は首をかしげた。

 

 偏差値の低い武偵校の中では、成績上位者は大体決まっている。しかし、その「望月萌」と言う名前には見覚えが無かった。

 

「あれ・・・・・・でも、どこかで聞いたような・・・・・・・・・・・・」

 

 頭に指を当てて考えて見ても、答はなかなか出てこない。

 

 どうも、自分に直接関係のある名前では無かった気がする。

 

 そこまで考えていると、横から袖をクイクイっと引っ張られた。

 

「茉莉ちゃん、もう行こうよ」

「あ、そうですね」

 

 瑠香に促され、我に返る茉莉。

 

 まあ、自分に関係の無いなら、特に気にする必要も無い、と言う事にしておいた。

 

「ところで、瑠香さんはどうでした?」

「ん、順位、上がってたよ。これも茉莉ちゃんのおかげだね」

 

 テスト勉強の際、茉莉は自分の勉強の傍らで、瑠香の講師役も務めたのである。

 

 その効果が表れて何よりだった。

 

「お礼に、今日はたっぷりと服を選んであげるね」

「いえ、それは・・・・・・」

 

 何だか藪蛇になってしまったみたいで、茉莉は冷や汗を流しつつ視線を泳がせる。

 

 その時、スカートのポケットに入れておいた茉莉の携帯電話が着信を告げてきた。

 

 手にとって開いてい見ると、液晶には「お父さん」の文字がある。

 

「あれ、お父さん?」

 

 訝るように首をかしげると、通話ボタンを押して耳に当ててみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉が指定された強襲科別館の∑部屋に入ると、そこはいかにも女の子然とした感じのある部屋だった。

 

 中ではすでに、目的の人物2人が友哉を待って待機している状態であった。

 

「やあ、呼び出して悪かったね、ヒムラ」

 

 そう言うとエル・ワトソンは、両手を広げて挨拶してくる。

 

 転装生(チェンジ)であるワトソンは、普段は男子生徒として振る舞っているが、やはり事情を知っている友哉の目から見ると、「男装をした女の子」に見えてくる。

 

 もう1人、つい先日まで香港で共に戦っていた遠山キンジは、何やら渋面を作って友哉に視線を向けて来ていた。

 

 それにしても、

 

「何で、指定がここだったの?」

 

 強襲科別館は屋内戦闘の訓練を行う場所である。申請すれば借り切る事はできるのだが、そこに自分が来るまで、男と女(男装少女)が2人っきりでいたと言う事実には、いくら友哉でも何かと想像せざるを得ない所である。

 

 それに対し、キンジとワトソンはいかにも慌てた感じで首を振る。

 

「な、何でもない。特に意味なんてないよッ ね、トオヤマ?」

「そ、そうだぞ、お前も妙な事気にすんなッ」

「・・・・・・・・・・・・ふーん」

 

 いかにも挙動不審な2人だが、これ以上追及するのも何なので、取りあえず本題に入る事にした。

 

「それで」

 

 備え付けの椅子に座りながら、友哉は切り出した。

 

「話って、何?」

「うん、香港での戦いの件は、大体のところ把握しているんだけど、一つ、気になる事があってね」

 

 そう言うと、ワトソンもベッドに腰掛けながら本題に入る。

 

 ピタリと両足を揃えて座る辺り、そこら辺はやはり、女の子なんだな、と実感させられるところであるが、ワトソンはそんな浮ついた空気など介さずに本題へと入った。

 

「これはアリアから聞いた話なんだけど、カツェは藍幇が負けてからの攻撃が早かった。いや、早すぎたと言っても良いかもね。あのタイミングで、あの規模の攻撃は、その準備が早い段階で行われていた事を意味している。たぶん、ヒムラの報告にあった通り、仕立て屋を仲介する形でね」

 

 それは、友哉自身も感じていた事である。

 

 カツェは藍幇の敗北が確定するとすぐにタンカージャックを仕掛けて来た。これはつまり、ほぼリアルタイムでカツェが戦いの情報を得ていた事が考えられる。

 

「言いたくは無いけど、何者かから情報が漏れていたと、僕は考えている」

「そんなッ」

 

 ワトソンの言葉に、友哉は抗議の声を上げる。

 

 つまり、裏切者が自分たちの中にいる、とワトソンは言っているのだ。

 

 だが、ワトソンは非情な態度を崩さないまま続ける。

 

「魔女連隊は、バチカンや玉藻と同じで戦役のリピーターだ。ただ、戦って勝つと言う方法だけに拘らない。搦め手で来るかもしれない」

「・・・・・・俺は、仲間を疑うのは好きじゃないぜ」

 

 不機嫌そうに、キンジが返す。

 

 それについては、友哉も同意見だった。これまで一緒に戦ってきた仲間を疑う事などできない。

 

「好き嫌いの問題じゃないよ。君達は確かに連戦連勝してきた。しかし、勝利は慢心を生む。そこに付けこむ有効な方法が『スパイ』なんだよ」

 

 流石に西洋忍者(ヴェーン)の異名を持つ英国諜報員が言うと、重みが違ってくる。

 

「極東戦役は武力抗争。抗争ってのはパワーバランスが崩れてからが危険な時間帯だよ。暗殺、裏切り、スパイ、こう言った事に気を付けなければならない」

「そんなセコい手で来る奴は、しまいにゃ負ける。それが世の常だ」

 

 警告するワトソンに対し、キンジは尚も強気な発言を崩さない。

 

 それに対してワトソンは少しムッとすると、立ち上がってテーブルに歩み寄った。

 

「よし、じゃあ、君達にも判るように、ゲームに例えて教えてあげるよ」

 

 そう言うとワトソンは、机から取り出した紙と文房具で、何かのカードのような物を作り出した。

 

「これは兵力を表したカードだ」

 

 訝りながらキンジと友哉が覗き込むと、キンジ、アリア、友哉、白雪、茉莉と言った師団メンバーに加えて、カツェやパトラと言った眷属メンバーの顔もある。戦力を現した数字も掛かれている。

 

 正直、かなり上手い。簡単だが、それぞれの顔の特徴をよく捉えている感じである。どこぞの聖処女30世とはえらい違いである。

 

「ワトソン、絵、上手だね」

「ありがとう。ん、こんな感じかな」

 

 カードを並べ終えたワトソンに促され、改めて配置されたカードを見やる。

 

「師団が、かなり有利だな」

 

 キンジの言葉に、友哉も頷いた。

 

 伊達にここまで勝ち進んで来た訳ではない。大勢は明らかに、師団が有利に思われた。

 

 だが、そこにワトソンは警告を発する。

 

「でも、このカードのどれかの向きが反対になったら、どうかな? たとえば、判りやすいのは理子だ」

 

 そう言うと、ワトソンは理子のカードを眷属側に寝返らせる。

 

 すると、どうだろう?

 

 あれよあれよの間に、状況が覆されていく。

 

 まず、理子にベッタリなヒルダが、一緒になって寝返る。

 

 更に、味方だと思っていた理子の奇襲で白雪が倒され、手の内を知られているジャンヌもやられる。これで、味方のステルスはほぼ壊滅状態である。

 

 あとはステルス面に弱い面々が次々と狩られていく。勿論、その中にはキンジ、アリア、友哉も含まれる。

 

 全滅する東京勢力。

 

 仕方なく、ココ、猴と言った香港戦力を東京へ移動させるが、今度は香港が手薄になって狙われる。

 

 そこにカツェ、パトラの再進撃を受けてアウトだ。

 

 まず、香港が陥落する。それで藍幇勢は壊滅状態に陥るだろう。

 

 そこで、戦力が低下した東京は、眷属側に包囲され総攻撃を受ける事になる。

 

「ここに、ハビや、敵か味方か判らないLOOが攻めてきたらどうなる? 戦力が『?』と書かれている者は、誰よりも強い可能性もあるんだ。魔女連隊だって、1人じゃない。彼女達は皆、『戦魔女』。戦う事を専門とする魔女たちだ。極東戦役に参戦できる頭数は不明だが、カツェ以外の戦魔女と接触する可能性もあるだろう」

 

 そうなると、師団側の勝率は更に下がる。

 

 友哉は愕然とした。

 

 たった1人の裏切者から、現在の優勢がこうまで覆されるとは、思っても見なかったのだ。

 

 隣をチラッと見ると、キンジも同様の心境らしく、渋面を作っているのが見えた。

 

「君達の慢心を戒める為に、今回は最悪のケースを離したが、これは来月、もしかしたら来週には現実になるかもしれない出来事なんだよ。様子がおかしい者がいたら疑ってかかるべきだ」

 

 ワトソンの声が、冷徹に響く。

 

 確かに戦争である以上、あらゆる状況を想定して対策をたてないと、いつ足元を掬われるか判らない。

 

 それでなくてもヒルダ戦やジーサード戦等、罠や奇襲等を喰らって、あわや壊滅寸前まで追い詰められた例は幾らでもあるのだから。

 

 話を終えた後、キンジはふと、思い出したようにワトソンに尋ねた。

 

「そう言えばワトソン、イギリス関連の事で一つ、聞きたい事があるんだが」

「イギリス関連? いいよ、キミもいよいよ国際感覚を身に着けようとしているのかな?」

「そんな大それた話じゃない。ヨタ話だよ。イ・ウーでシャーロックが使っていたスクラマサクスってのがあっただろ。何かあれ、シャーロックが『大英帝国の至宝』とか言ってたんだが、お前、あれの銘とか知ってる?」

「知ってるよ。君がシャーロックから奪った剣だろう? 銘は『イクスカリヴァーン』。日本ではエクスカリバーと訛って呼ばれる、イギリスの国宝の一つだよ」

 

 その名前を聞いた瞬間、友哉の中で先程とは違う衝撃が走った。

 

 彼の騎士王が愛用したと言われる伝説の聖剣。日本でも知らぬ者がいないとさえ言われる剣の名前が、まさかこんな所で出て来る事になるとは思っても見なかった。

 

「目下、シャーロックの行方と共にMI6、イギリス情報局秘密情報部が捜索しているよ。彩夏のお父さんなんかも、実はあそこの所属なんだけどね。ただ、僕は秘密情報部が嫌いなんだ。特に00シリーズは諜報活動が乱暴で、イギリス人以外だと気に入らない相手は気軽に殺してしまうからね。だから、イ・ウー崩壊後にイクスカリヴァーンの行方についてボクにも問い合わせが来たけど無視してやったよ。彼等への嫌がらせにね。だから、君は見つからないように隠しながら使うと良いよ」

 

 ワトソンが説明している間に、キンジの顔がみるみる青くなったのは言うまでも無い事である。

 

 と、

 

「あれ、でもスクラマサクスなら、この間、キンジがクリ・・・」

 

 バッチーンッ

 

「ふもぐッ!?」

 

 「スマスツリーにしちゃったでしょ。孫のレーザーで溶けて」と続けて言おうとした友哉の口を、キンジがほとんどビンタするような勢いで叩き塞いだ。

 

《お~~~ろ~~~》

《ばばば馬鹿野郎!! 今このタイミングで、それバラす奴があるかァ!?》

《ご、ごめんなさい》

 

 そんな2人の阿呆なやり取りを、ワトソンは首をかしげながら見つめる。

 

「クリ? chestnut()がどうかしたのかい?」

「クリ・・・・・・クリ~・・・・・・そう!! 栗を取るのに使ってたよね!! こう、伸ばす感じでさ!!」

 

 などと、身振りを交えて説明する友哉。

 

 かなり苦しい言い訳だったが、果たしてワトソンは呆れ気味に溜息を吐きながら言った。

 

「まったく、馬鹿な事に使ってないで。もっと慎重に扱いなよ」

「お、おう、任せとけ」

 

 それに対しキンジは、妙に上ずった声で返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 

 自室に戻り、友哉はリビングでワトソンとのやり取りの事を思い出していた。

 

 室内では、茉莉と彩夏が夕食の食器の片づけをしており、陣と瑠香はテレビにかじりついて対戦ゲームをしている。

 

 皆、試験の結果発表も終わって、各々くつろいでいる感じである。

 

『それにしても・・・・・・』

 

 裏切者、内通者。

 

 いずれにしても、気分が悪くなる単語である。

 

 ここまで共に戦ってきた仲間達は皆、運命共同体である。いわば、自分の一部であると言っても過言ではない。

 

 そんな仲間を疑う事は、自分の心を偽るような気分になるのだった。

 

 だが、友哉はイクスのリーダーである。ならば時に、非情な決断を下さなくてはならない時も来る。

 

 だが、

 

 友哉はそっと、皆を見回す。

 

 仮に、この中に裏切者がいたとして、友哉はそいつを討つ事ができるか?

 

 たとえば、そう、

 

 友哉の視線が、茉莉を捉える。

 

 自分の彼女が裏切者だったとしたら、どうする?

 

『・・・・・・たぶん、無理だ』

 

 かつては立場の違いから激突した事もあったが、今では茉莉は友哉にとって掛け替えの無い存在である。

 

 友哉には、茉莉を討つ事などできそうになかった。

 

 フッと、天井を仰ぐ。

 

 我ながら、嫌な事を考えていると言う自覚はあった。

 

 その時だった。

 

「あの、皆さん、お正月は何か予定とかありますか?」

 

 皿洗いを終えた茉莉が、エプロンを外しながら尋ねてきた。

 

 その声に一同は振り返る。

 

「実家に帰るくらいかな?」

 

 友哉が応えると、他の一同も続いて口を開いた。

 

「1回、イギリスに帰ろうかとも思っているけど、今あっちは極東戦役の影響で大変みたいだから、ちょっと迷ってるのよね」

「その辺ぶらついて、適当に暇潰すだけだな」

「実家に帰って手伝いでもしようかと思ってたけど、どうかした?」

 

 彩夏、陣、瑠香の答えをそれぞれ聞いてから、茉莉は少し躊躇うように言った。

 

「実は、長野の実家の父から昼頃に電話がありまして、もし、友哉さん達の都合が良ければ、私の実家でお正月を過ごさないか、との事でした」

「え、茉莉ちゃんのお家!?」

 

 茉莉の言葉に、瑠香が真っ先に反応する。

 

 茉莉の実家と言えば、長野にある神社である。夏休みに友哉、陣、瑠香の3人で出かけ、と言うか押しかけ、その土地にまつわる騒動を解決したのを覚えている。

 

「行きたいッ て言うか、絶対行く!!」

 

 そう言って、茉莉の手を取って飛び跳ねる瑠香。

 

「まあ、イギリスにはいつだって帰れるしね」

「無駄に暇潰しているよりは、面白いかもな」

 

 彩夏と陣も、賛同の意を示す。

 

 そこで、茉莉の目は友哉に向けられる。

 

 対して、

 

 友哉もニッコリ微笑んで返す。

 

「勿論、僕もお邪魔させてもらうよ」

 

 友哉がそう言うと、茉莉は安堵したように笑みを見せるのだった。

 

 

 

 

 

第3話「這い寄る影」      終わり

 


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