緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第5話「無謀な挑戦」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長野から戻ったイクスメンバーは、再び日常の中へと戻っていた。

 

 時期的にはまだ冬休みで、校内にいる生徒もまばらであるが、各々、訓練をする者、装備を新調する者。行動は様々である。

 

 そんな中、友哉は頼んでいた新装備を受け取るべく、装備科(アムド)の平賀文の元を訪れていた。

 

 優勢に傾いているとは言え、極東戦役は未だに収束しているとは言い難い。

 

 残る勢力の中で、明らかに師団側と敵対する道を選んでいるのは、魔女連隊、イ・ウー残党主戦派、そしてハビと名乗った少女である。

 

 ハビが如何なるものであるかは判らないが、当面の敵である魔女連隊、それにイ・ウー主戦派の主要メンバーであるパトラは名うてのステルスである。まして、主戦場である極東と違って、欧州戦線は眷属優位に推移している。彼女達への対策は万全に行っておく必要があった。

 

 やがて、平賀の部屋の前まで来ると、友哉は扉を開けて中へと入る。

 

「平賀さん、緋村だけど。頼んでおいた物、取りに来たよ」

「はいなのだッ どうぞ入ってくださいなのだ」

 

 中から聞こえてきた平賀の元気に導かれるようにして、友哉は部屋の中へと踏み入れる。

 

 内部は相変わらず、何に使うのかもわからないようなパーツや機器がごった返しており、まっすぐ進む事も出来ない有様である。

 

 それらをかき分けて奥へと進んで行くと、ほどなく、特徴的な小柄な姿をした少女が見えてきた。

 

 小さな体躯にぶかぶかな白衣を着込み、大きな椅子にちょこんと座っているのは、間違いなく平賀文である。

 

 平賀は友哉の足音に気付くと、振り返って笑顔を向けて来た。

 

「お久しぶりなのだ緋村君。香港以来なのだ」

「そう言えば、そうだね。あの時は助かったよ」

 

 言いながら友哉は、適当な椅子を引っ張って腰を下ろした。

 

 キャリアGAのサブリーダーとして、シーマハリ号へと駆け付けてくれた平賀は、炸薬筒の解体を行い無力化に成功している。実際にタンカージャックに関わった者として、平賀には感謝してもし足りないくらいだった。

 

「何の何の、困った時はお互い様、なのだ」

 

 そう言って平賀はカラカラと笑う。

 

 そんな彼女に笑い返しながら、友哉は本題に入った。

 

「それで、頼んでおいた物は?」

「はいはいなのだ。ちょっと待ってほしいのだ」

 

 そう言うと平賀は、机を開けてごそごそと引っ掻き回すと、中からCDケースくらいの大きさの箱を取り出した。

 

「はい、これなのだ」

 

 平賀が小さい手で差し出した小箱を受け取ると、友哉は中を確認する。

 

 そこには文庫本サイズくらいの大きさで、金属製の平たい形をした物が入っていた。

 

「言われたとおり、ベルトとかに挟んで使えるように改造しておいたのだ。あと、出力最大で使う場合、自分にもダメージが来るかもしれないから、サービスで耳栓もセットにしておいたのだ」

 

 言ってから、平賀は訝しむように首をかしげる。

 

「作っておいて何だけど緋村君、そんな物、何に使うつもりなのだ?」

「ん、ちょっとね」

 

 平賀の疑問に対し、曖昧に笑いながらはぐらかす友哉。

 

 極東戦役における詳細は無関係の人間に語る訳にはいかない、その為、主要メンバー以外には秘密と言う事になっている。

 

「ありがとう、良い出来だ。お金は、いつも通り口座の方に入れておくから」

 

 そう言って立ち上がろうとする友哉。

 

 携帯電話が着信を告げたのは、その時だった。

 

「おろ、理子?」

「理子ちゃんからなのだ?」

 

 平賀に頷きを返しながら、通話ボタンを押すと、友哉は電話を耳に当てた。

 

「もしもし理子、緋村だけど、どうかした?」

《あ、ユッチー、大変なんだよォッ 実は・・・・・・》

 

 少し慌てた調子で話しだす理子。

 

 その逼迫したような雰囲気に、友哉は何か良くない事が起こっていると感じるのだった。

 

 

 

 

 

 部屋の片づけを終え、茉莉はソファに腰を下ろした。

 

 今、寮内の部屋の中には茉莉1人である。

 

 友哉は平賀を訪ねて装備科へ行き、瑠香はお土産を持って友達のところへ行っている。

 

「意外と、手持無沙汰ですね」

 

 ため息交じりに呟く。

 

 いっそ、自分もジャンヌか桃子辺りの部屋に遊びに行こうかとも思う。

 

 桃子はともかく、ジャンヌの部屋にはまだ一度も行った事が無い。行こうとするたびに、なぜか全力で拒否されるのだ。

 

 一度は行ってみたい、と常々思っていたところである。いい機会なので、ジャンヌの部屋に行ってみようと思った。

 

 携帯電話を操作して、ジャンヌの番号を呼び出そうとする茉莉。

 

 しかしそこで、ふと手を止めた。

 

 連絡してから行ったのでは、どうせまた断られるに決まっている。

 

 ならいっそ、サプライズ的に突然行ってみよう。

 

 そうと決まれば善は急げである。

 

 ちょっと、悪戯をしているような気分になりながら、茉莉はコートを取るべく自室へ向かおうとした。

 

 だが、

 

 茉莉が立ち上がるのを見越したように、玄関の呼び鈴が鳴った。

 

「あれ?」

 

 こんな時間に客だろうか?

 

 機先を制された形の茉莉は、訝りながらも玄関へと向かう。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 声を掛けながら、扉を開く茉莉。

 

 しかし、

 

「あれ?」

 

 見回しても、誰もいない。

 

 確かにチャイムはなったはずなのだが・・・・・・

 

「いたずら、でしょうか?」

 

 訝りながら呟きを漏らした時だった。

 

「どこを見ておる。ここじゃ、ここ」

 

 声は、茉莉の足元から聞こえてきた。

 

 ゆっくりと視線を下げると、そこには武偵校のセーラー服を着た、小学生くらいの女の子が立っていた。

 

 ただ、普通の人間と違うのは、頭のてっぺんから狐の耳がちょこんと出ている事だろう。

 

「た、玉藻さん?」

「うむ、久しぶりじゃの、茉莉」

 

 師団の盟主である玉藻の突然の来訪に、茉莉は目を丸くする。

 

 玉藻とは以前、師団会議の場で会って以来であるから、ほぼ2カ月ぶりである。

 

「お主1人か?」

「あ、はい。友哉さんと瑠香さんは出かけていて。あ、友哉さんは、暫くすれば戻ってくると思いますけど、待ちますか?」

 

 何か話があるなら、リーダーである友哉がいた方が良いだろうと思って茉莉はそう申し出る。

 

 だが、意に反して、玉藻は首を横に振った。

 

「いや、よい。むしろ、お主1人で、却って都合が良かった」

「?」

 

 意味を図りかねる事を言う玉藻に、茉莉は首をかしげる。

 

 とにかく立ち話も何なので玉藻をリビングに通した。

 

 玉藻が甘い物が好きだったことを思い出すと、買い置きのチョコプリンを取り出し、それに淹れたての緑茶を付けて出してやった。

 

「それで、今日はどうされたんです?」

「うむ」

 

 茉莉が淹れた緑茶を飲みながら、玉藻は顔を上げた。

 

「まずは、香港における藍幇との戦い、大義であった」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 玉藻の言葉に生返事を返しながら、茉莉は密かに首をひねる。

 

 対藍幇戦で、玉藻は何もしなかった気がするのだが、なぜにここまで尊大になれるのだろう?

 

 まあ、取りあえず「玉藻だから」と言う事で納得しておくことにした。

 

「だが、既に聞き及んでいるやも知れぬが、欧州の戦況は芳しくない。パトラ、カツェを筆頭とした魔女たちに加え、凄腕の傭兵まで向こうについておる」

 

 眷属が傭兵を雇い入れたと言う話は、茉莉も報告で聞いていた。

 

 何でも2人組の男女で、それぞれ男の方が「妖刕」、女の方が「魔剱」と呼称されているらしい。

 

「いずれも手練の者達との事じゃ。その2人に警戒を回した隙を突かれる形で、バチカンやリバティ・メイソンと言った欧州の師団勢力は敗退を重ねておるのが現状だ」

 

 極東戦役の名が示す通り、主戦場はあくまでも日本と、その周辺である。事実、戦役の根幹となる戦いの大半は日本で起こっている。

 

 その為、戦役全体的で見た場合、師団の方が有利に進んでいると言えるだろう。

 

 しかし、もし欧州戦線が敗北すれば、眷属は勢いに駆って日本に攻め込んでくる。その為、どうにか眷属が欧州にいるうちに食い止めたいところだった。

 

「欧州ではこちらと違い、陣取り合戦のように戦役が進んでおる。今は眷属が東南、埃及(エジプト)から独逸(ドイツ)に掛けて陣地を広げておる。それに対して師団は西北、仏蘭西(フランス)和蘭(オランダ)英吉利(イギリス)に追い詰められぎみじゃ。既に伊太利(イタリア)のバチカンは孤立しておる。

 

 ちょうど、第二次世界大戦の欧州戦線を、ソ連無しでやってる状況に近い。

 

「お話は分かりました」

 

 プリンを食べる玉藻に向き直り、茉莉は口を開く。

 

「けど、そう言うお話だったら、やっぱり友哉さんが戻ってきてからの方が良かったんじゃないですか?」

「なに、こっちは些事よ。既に遠山達とも協議して、対応を練る算段になっておる。肝心なのはここからじゃ」

 

 口調を改めると玉藻は、口元に付いたチョコを舐め取って茉莉を見た。

 

「良いか、茉莉」

「は、はい」

 

 改まった口調の玉藻に対し、茉莉もまた居住まいを正す。

 

 玉藻は何か重要な話をする。

 

 その事を、茉莉もまた感じ取っていた。

 

「お主、決して緋村から目を離してはならぬぞ」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 一瞬、玉藻が何を言ったのか理解できず、呆けた声を上げる茉莉。

 

 だが、その意味を悟った瞬間、沸騰するほどの勢いで、頭のてっぺんから首まで真っ赤に染めあがった。

 

「そ、そんなッ 目を離すな、だなんて・・・・・・そりゃ、付き合ってるわけですから、一緒にいる時間はたくさんありますし、私だって、できればいつも友哉さんだけを見ていたいと言うか、むしろ友哉さんには、私だけを見ていてほしいと言うか・・・・・・」

 

 のぼせ上がって、赤裸々な発言をする茉莉。

 

 次の瞬間

 

「喝ァーッ」

 

 バキィッ

 

「キャッ!?」

 

 いきなり飛び上がった玉藻が、手にした御幣で似非龍槌閃(えせりゅうついせん)をかまし、茉莉のおでこに叩き付ける。

 

「まったく、人の話を聞かんか。お主、暫く見ぬうちに、随分と脳みそがピンク色になったの」

「あう、すみません」

 

 涙目でおでこを押さえる茉莉に、玉藻はやれやれとばかりにため息をついて見せる。

 

「まあ、それくらいの方がむしろ、この話は進めやすいか」

 

 そう言うと、玉藻は再びソファに座って茉莉に向き直った。

 

「良いか茉莉。緋村に、何かよからぬ影が迫ろうとしている」

「影?」

 

 曖昧な玉藻の言葉に、茉莉は訝るように首をかしげる。

 

「それは、妖怪か何かですか?」

 

 「たとえば玉藻さんみたいな」と言う言葉を、茉莉は辛うじて飲み込んだ。言えば、また叩かれそうだったので。

 

 だが、茉莉の質問に対し、玉藻は首を横に振った。

 

「そうではない。いっそ、そのような具体的な物であるなら、儂の力で如何様にも察知できる。じゃが、緋村に迫っている物は、そんな単純な物ではない」

 

 妖怪のどこが単純なのか茉莉にはさっぱりだが、800年を生きる大妖怪の玉藻が言っている事だ。用心しておくに越したことはないだろう。

 

 その時だった。

 

 突然、玄関が開く音が響き、廊下を忙しなく何かが走ってくる。

 

「茉莉ちゃん、大変!!」

 

 扉をけ破りそうな勢いで飛び込んできた瑠香が開口一番に叫ぶ。

 

 対して、茉莉はため息交じりに窘める。

 

「瑠香さん、来客中ですよ」

「久しいの、瑠香」

「あれ、もっちゃん。来てたんだ」

 

 「もっちゃん」と言うのは「玉藻(たまも)」から付けた渾名であるらしい。

 

 自称とは言え800年を生きる大妖怪を相手にフレンドリーさを失わない瑠香は、ある意味大物であるのかもしれない。

 

「そんな事より茉莉ちゃん、大変なのッ ちょっと来て!!」

「いや、来てって・・・・・・どうしたんですか急に?」

 

 瑠香の慌て用から、事が尋常ではないと悟った茉莉は、チラッと玉藻に目をやった。彼女をどうするべきか、一瞬迷ったのだ。まさか、あのナリで校内に連れて行くわけにもいかないし。

 

 その茉莉の視線を受け、彼女が何を言いたいのか悟ったのだろう、玉藻はソファからピョンと飛び降りた。

 

「よい、儂もそろそろ、お暇する故な」

 

 言ってから、玉藻は言い含めるように、もう一度茉莉を見た。

 

「よいな茉莉。先程の事、ゆめ忘れる出ないぞ」

「・・・・・・はい」

 

 友哉に何かよからぬものが迫っている。

 

 その正体がわからない以上、不気味な印象がぬぐえない。

 

 果たしてそれは、眷属の敵勢力なのか、あるいはもっと別の何かなのか、それは茉莉には分からない。

 

 しかしイクスのサブリーダーとして、また友哉の恋人として、最大限の警戒をしておこうと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瑠香に導かれるようにして教務課(マスターズ)に飛び込むと、茉莉はすぐに異様な雰囲気が場を支配している事を鋭く感じ取った。

 

 元々、武偵校三大危険地帯に指定されている教務課である。それでなくても、危険な雰囲気を纏った教師一同が詰める場所に、好んで近付きたいと思う学生は少ない。

 

 だが、そんな教務課が今、一触即発の火薬庫並みの危険な雰囲気に包まれていた。

 

 その中心にいるのは、茉莉達の担任である高天原ゆとりと、強襲科担当の蘭豹。

 

 そして、

 

「友哉さん・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉は、呆然として呟くを漏らした。

 

 何と友哉は、蘭豹、高天原を相手に、にらみ合う形で対峙していた。

 

 どう考えても、尋常ではない。

 

「緋村君、落ち着いて」

 

 高天原がどうにか穏便に事を済まそうとしている様子がうかがえるが、友哉も、そして蘭豹も引き下がる気配が見えない。

 

「何度も言わすな緋村。これはもう、決定事項や」

「納得できません」

 

 凄みを利かせて言い放つ蘭豹に対し、友哉は真っ向から受け止めていい返す。

 

 その姿を見て、茉莉は竦み上がる想いだった。

 

 武偵校暴力教師ナンバー1の蘭豹に対し、このような態度に出てただで済む筈がない。

 

 だが、友哉もそこら辺は承知の上で言い募っていた。

 

 友哉がこのように、教師に盾突いてまで自分の意見を通そうとする事は珍しい。

 

 それだけに、今回はよほど、腹に据えかねる事態である事が想像できた。

 

 事の発端は、理子からもらったメールにある。

 

 それによると、キンジがバスカービルを強制脱退させられて上、別のチームへと強制配属される事になったという。

 

 しかも、そのような事態に陥った事の原因が、当のキンジ自身に落ち度があったから、という訳ではなく、所謂「政治的な事情」という奴だった。

 

 主犯はイギリス政府だった。

 

 キンジは4月のハイジャック事件の後、イギリスが誇るSランク武偵である神崎・H・アリアを半ば強奪に近い形で連れ去っている。その事から、イギリス政府はキンジ個人に対する報復を図った、との事らしかった。

 

 その他、イギリスほどではないにしろ、ジーサードの件ではアメリカから、藍幇の件では中国政府から睨まれている節がある。

 

 これまで多くの活躍をしてきたキンジだが、国際的に見れば重犯罪者並みと言っても過言ではなかった。

 

 しかも、違法ギリギリの行為も何度か行っている事を考えれば、日本政府としても庇いきれない面があったのだろう。

 

「こんな横暴が許されるんですか!?」

 

 確かに、武偵は自主自立が基本である。学生であったとしてもそれは変わらない。キンジが蒔いた種は、キンジ自身が摘み取らなくてはいけないのだ。

 

 しかし、

 

「だからって、これじゃあ放任と変わらないッ いたい、学校は何を・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ加減にせェよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尚も言い募ろうとする友哉の言葉を遮り、蘭豹が重々しく口を開いた。

 

 ただ一言。

 

 それだけで、室内の空気の質量が一気に増したように錯覚する。

 

「黙って聞いていればガキが騒ぎよってからに。これは決定事項やと言うとるやろが。それを、お前がここでやいのやいのと騒いだところで、どうにかなるもんでもあらへんやろが」

 

 殺気すら滲ませた蘭豹の言葉が、容赦なく友哉を殴りつける。

 

 普通の学生なら、この時点で竦み上がり、あとはただ平謝りするか、一目散に退散する事だろう。

 

 いつもなら、友哉もそうするところである。

 

 だが、

 

 グッと、唇をかみしめる友哉。

 

 しかし、それだけだった。

 

 蘭豹の脅しに屈する事も逃げ出す事も無く、友哉はその場に踏みとどまる。

 

 それだけ、今回の件に対する友哉の憤りは大きかった。

 

 キンジに対する不当な処分。それに対する異議申し立てすら通らないと言うなら、この学校の教務課なんぞ必要無い。とさえ思っていた。

 

「校長先生に会わせてください」

 

 ここで騒いでも埒が明かない事は友哉にも判っている。ならば、この武偵校のトップ、緑松武尊校長に直に会い、談判するしかないと判断したのだ。

 

 しかし、

 

「あかん」

 

 案の定と言うべきか、蘭豹はけんもほろろに友哉の言葉を却下する。

 

 そして、用は終わったとばかりに視線を外すと、茉莉達の方へと向き直った。

 

「おら、瀬田に四乃森、何しとんねんッ 話は終わりやッ この阿呆、とっとと回収して去ね!!」

 

 その言葉に、茉莉と瑠香は我に返ると、慌てて友哉に駆け寄った。

 

「友哉さん、それくらいで・・・・・・」

「これ以上は流石にやばいって!!」

 

 そう言って駆け寄ってくる茉莉と瑠香。

 

 だが、そんな2人を、友哉は手を上げて制し、蘭豹を睨み付ける。

 

 鋭い眼差しは、まるで触れただけでも斬り裂かれそうな印象がある。

 

 しかし、当の蘭豹はと言えば、友哉の眼光を真っ向から受けても小揺るぎすらしていなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

「何がや?」

 

 尋ねる蘭豹。

 

 それに対し、友哉は、

 

 誰もが予想し得ない事を言い放った。

 

「蘭豹先生。僕と立ち会ってください。それで僕が勝ったら、校長先生への直談判を許してもらいます」

「ちょっ」

「友哉君、無茶だって!!」

 

 慌てて止めようとする茉莉と瑠香。

 

 だが、友哉も引き下がるつもりは毛頭無い。本気で蘭豹相手に喧嘩を売っているのだ。

 

 それに対して、

 

「どうやら、本格的に地獄を見たいらしいな、このド阿呆は」

 

 蘭豹は凄味のある表情と共に、友哉を睨み返した。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 冬休みの午後と言うせいもあるのか、強襲科の訓練場は閑散とした雰囲気になっていた。

 

 人もまばらであり、幾人かの学生が自主トレーニングに励んでいる程度である。

 

 そんな中で、友哉は蘭豹と対峙していた。

 

 それを固唾をのんで見守るイクスメンバー達。

 

「おいおい・・・・・・」

 

 陣が呆れ気味に、友の姿を見詰める。

 

「いくら友哉でも、こいつは無謀ってもんだろうが」

「ほんとに、何がどうなれば、こんな事になるのよ」

 

 急を聞いて出先から戻ってきた陣と彩夏だったが、合流した時には既に、状況は一触即発となりつつあったのだ。

 

 もはや、止める事はできない。

 

 友哉も、そして蘭豹も。互いに退くつもりは毛頭無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・抜けや」

 

 蘭豹が殺気の滲む声で言った。

 

「このままじゃハンデありすぎやからな。先制攻撃くらいくれてやるわ」

 

 言いながら、両手の指の骨をボキボキと鳴らす蘭豹。それだけでも、恐るべき凄味を放っている。

 

 それに対し、

 

 友哉は手にした納刀状態の逆刃刀を見詰めると、

 

 無言のまま、それを茉莉の方に投げてよこした。

 

「ちょ、友哉さん、何を!?」

 

 逆刃刀を受けとりながら叫ぶ友哉。

 

 その友哉を、蘭豹が鋭い眼つきで睨み据える。

 

「・・・・・・何のつもりや?」

「こういう事です」

 

 友哉は身を半身退きながら構えを取る。

 

「素手で、やらせてもらいます」

 

 その言葉に、誰もが息を呑んだ。

 

 友哉の徒手格闘技能は、お世辞にも高いとは言い難い。スピードはあるのだが重さが決定的に足りず、相手にダメージが入りにくいのだ。

 

「お、おい友哉!!」

「どこまで馬鹿なのよ、あんたは!?」

「友哉君、止めなって!!」

 

 陣、彩夏、瑠香がそれぞれ、友哉を制止しようと声を上げる。

 

 しかし次の瞬間、

 

「舐めるのも、大概にせいよ、クソガキがァ!!」

 

 大気を粉砕するような怒声と共に、蘭豹は床を蹴って友哉に襲い掛かった。

 

 振り上げられる拳。

 

 陣の攻撃すら上回りそうな拳撃を前にして、

 

 友哉はとっさに跳躍しながら回避する。

 

 元より、力では友哉は、逆立ちしても蘭豹には敵わない。

 

 ならば、自分の得意分野で勝負を掛けるまでだった。

 

 空中を蹴って疾走する友哉。

 

 その素早い動きは、並みの人間では捉える事は不可能に近い。

 

 着地と同時に、背後から蘭豹へと襲い掛かる友哉。

 

 捉えたか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 振り返った蘭豹の視線が、友哉を真っ向から捉えた。

 

「ッ!?」

 

 息を呑む友哉。

 

 次の瞬間、

 

「ウラァァァァァァ!!」

 

 鋭い回し蹴り。

 

 旋風すら巻き起こしそうな蹴りの一撃が、友哉に襲い掛かる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに攻撃を諦めて、急ブレーキをかける友哉。

 

 辛うじて、蹴り足を回避する事に成功する。

 

 だが、動きを止めたその隙を、蘭豹は見逃さなかった。

 

「オラァ!!」

 

 真っ向からの直進と同時に、放たれる強烈な右ストレート。

 

 友哉はとっさに両腕を交差させて防御する。

 

 しかし、

 

「グッ!?」

 

 思わず、腕が折れるのでは、と思える程の衝撃が全身を駆け巡る。

 

 崩れる友哉の体勢。

 

 そこへ、蘭豹は追撃を掛けた。

 

「刀持ってようやくヒヨッコのお前が、ステゴロでうちとやり合おうとか、ふざけんのも大概にせェ!!」

 

 言い放つと同時に放たれた蘭豹の拳が、友哉の顔面を真っ向から捉えた。

 

 皆が息を呑む中、

 

 友哉の体は衝撃を殺しきれず、二度、三度と床をバウンドして転がり、やがて床に倒れ伏して動かなくなった。

 

「・・・・・・まあ、予想通りにはなった、か」

 

 陣が苦い口調で言う。

 

 いくら友哉でも、素手で蘭豹相手に勝てる訳がない。

 

 蘭豹はと言えば、顔色を無くして立ち尽くしている女子一同を見やりながら、大きくため息を吐いた。

 

「は、つまらん時間やったな」

 

 そのまま、倒れている友哉に背を向けて歩き去ろうとした。

 

 その時、

 

 ザッ

 

 背後からの物音に、蘭豹は足を止めて振り返る。

 

 すると、

 

 そこにはボロボロの体を引きずって立ち上がる、友哉の姿があった。

 

「・・・・・・まだ・・・・・・終わってない」

 

 絞り出すような友哉の言葉。

 

 次の瞬間、床を蹴って蘭豹に殴り掛かる。

 

 しかし、

 

「遅いわ、ダアホ!!」

 

 カウンター気味に前蹴りを繰り出す蘭豹。

 

 その一撃をまともに腹に受けた友哉は、再び押し返される形で吹き飛ばされた。

 

 蘭豹の強烈な一撃を喰らったせいで、友哉の持ち味であるスピードが完全に殺されてしまっていた。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・チッ」

 

 蘭豹は舌打ちする。

 

 その視線の先で、友哉は尚も立ち上がろうとしているのだった。

 

 再び、蘭豹に向かっていく友哉。

 

 しかし、今度は蘭豹は殴り掛かってきた友哉の腕を掴むと、そのまま背負い投げの要領で、友哉の体を床に叩き付けた。

 

 今度こそ終わったか?

 

 誰もがそう思う中、

 

 しかし、それでも友哉は立ち上がって来た。

 

 体中ボロボロの傷つき、ほとんど生ける屍(リビングデッド)のようなありさまだ。

 

 その様子に、流石に蘭豹も鼻白む。

 

 もう、殆ど気力だけで断っているような状態の友哉。

 

 そんな友哉を、茉莉は苦しげな眼差しで見詰める。

 

 手に抱いた逆刃刀に、ギュッと力を込める。

 

 恐らく友哉とて、自分に勝機が無い事は判っている。判っていて、あえて無謀な戦いに挑んでいるのだ。

 

 自らの意志を押し通す為に。

 

 そんな茉莉たちが見ている前で、最後の力を振り絞って蘭豹へ向かっていく友哉。

 

「・・・・・・しゃーない」

 

 そんな友哉を見据えて呟きを漏らす蘭豹。

 

「これで、終わりにしたるわ!!」

 

 言い放つと同時に、振り上げられる拳。

 

 その一撃が友哉を捉える。

 

 と思った次の瞬間、

 

 友哉の姿は、蘭豹の目の前から掻き消えた。

 

「なッ!?」

 

 驚く蘭豹。

 

 また上か? と思い振り仰ぐも、そこに友哉の姿は無い。

 

 果たして友哉は、

 

 まるで地を這うような姿勢で、蘭豹の足元に潜り込んでいた。

 

 友哉はボロボロに傷つきながらも、勝負を諦めてはいなかった。一瞬の勝機に賭け、反撃の機会を狙っていたのである。

 

 蘭豹との実力差を考えれば、二撃目を許してくれるとは思えない。

 

 この一撃。これに全てを掛ける。

 

 床を蹴りながら、全身のばねを如何無く発揮して跳躍。

 

 同時に振り上げられる拳。

 

 龍翔閃を応用した攻撃は、神速の勢いで蘭豹へと迫る。

 

 とっさに回避しようとする蘭豹。

 

 しかし、遅い。

 

 放たれる、神速の拳。

 

 次の瞬間、蘭豹の下あごを見事にとらえた。

 

「やった!!」

 

 見ていた瑠香たちが喝采を上げる。

 

 友哉も、クリティカルヒットを確信した。

 

 自分にできる最高の一撃を繰り出した。これなら、相手が蘭豹でも倒せるはず。

 

 友哉の見ている前で、蘭豹の体が大きく傾く。

 

 やったか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 蘭豹の足は、頑強に踏みとどまった。

 

 同時に上げられた蘭豹の顔には、凄惨な笑みが浮かべられている。

 

「ええパンチや。鍛えれば、そっち方面でも意外と行けそうやで、自分」

 

 言いながら振り上げられる拳。

 

「ほな、寝ろや」

 

 それが振り下ろされた瞬間、

 

 衝撃と共に、友哉の意識は強制的に刈り取られた。

 

 

 

 

 

 ハッと、目を覚ます友哉。

 

 自分は、どれくらい眠っていた事だろう?

 

 気が付けば、心配そうに覗きこんでいる茉莉の顔が、すぐ目の前にあった。

 

 どうやら、彼女に膝枕をしてもらっているらしかった。

 

「もう、無茶し過ぎですよ、友哉さん」

 

 そう言って、茉莉は友哉の頭を優しく撫でてくる。

 

 その心地よい感触に、思わず顔を綻ばせる友哉。

 

「そうだね、ごめん」

 

 流石に、今回の事は無謀が過ぎたと自分でも思っている。

 

 だが、キンジに対する処罰は、友哉にはどうしても納得ができない。そこの所の筋を通したかったのだ。

 

「勝負は?」

 

 尋ねる友哉に、茉莉は黙って首を横に振る。

 

 蘭豹の最後の一撃で友哉はノックアウトされ、それで勝敗は決したのだ。友哉の敗北と言う形で。

 

 見れば、陣、瑠香、彩夏の3人も、心配そうに友哉を覗き込んできている。

 

 その時だった。

 

 床を踏み砕くような足音がしたと思うと、友哉はいきなり胸倉をつかまれて持ち上げられた。

 

「おう、緋村」

 

 友哉の体を持ち上げた蘭豹は、ドスのある声で言い放つ。

 

「お前、二度とあんな戦い方すんなや」

「え?」

「お前はリーダーなんやで。お前の判断ミスは、即こいつらの命取りに繋がる。それを、よう覚えとき」

 

 そう言って乱暴に離された友哉の体を、茉莉が慌てて抱き留める。

 

 指摘されて、友哉は自分が完全に頭に血を上らせ過ぎていた事にようやく気付いた。

 

 蘭豹の指摘は全く正しい。

 

 自分の判断ミスによっては、瑠香が、陣が、彩夏が、そして茉莉が、命を落とす事も考えられるのだ。

 

 故にリーダーは、仲間を生き残らせる為に最善の努力をする必要がある。今回の友哉のように、自らの我を通すために無謀な戦いを仕掛ける事は許されない事である。

 

「・・・・・・すみませんでした」

「ん、判ればええわ。まあ、お前の最後のパンチはなかなかやったからな」

 

 そう言うと蘭豹は、僅かに赤みを帯びた自分の頬を友哉に見せる。

 

「これに免じて、遠山の処分撤回は無理でも、多少の便宜くらいは図ってやるわ」

 

 そう言って、蘭豹は笑みを見せる。

 

 性格が凶暴でも、ここら辺は、やはり教師なのだろう。蘭豹は友哉が見せた「意地」を評価してくれていた。

 

 友哉がやった無謀も、結果としては無駄ではなかった事になる。

 

「ま、それはそれとして、や」

 

 と、そこで蘭豹は、何やら意味ありげな笑みを友哉へと向けてくる。

 

 まるで、猫が捉えた鼠をいたぶるかのような、そんな凄味のある笑いである。

 

「うちに楯突いた緋村には、楽しい楽しい罰ゲームと行こか」

 

 それを聞いた瞬間、友哉の顔が青くなったことは言うまでも無い事である。

 

 

 

 

第5話「無謀な挑戦」      終わり

 


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