緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第6話「花の都へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠山キンジは、頭を抱えたい心境だった。

 

 東京武偵校から言い渡された処分によって、バスカービルから強制脱退させられたキンジ。

 

 だが、このまま孤立したままではキンジ自身の学業にも差し障ると判断した緑松校長の計らいによって、別のチームに編入と言う形が取られる事になったのだ。

 

 そのチームは、何と前代未聞、修学旅行の単位を落として補習と言う事態に見舞われており、キンジは早速、そのチームの監査役に任命されたのだった。

 

 そのチームの名前は「コンステラシオン」

 

 星座の名を頂くチームを率いるのは、キンジの仲間にして《銀氷の魔女》ジャンヌ・ダルク30世である。

 

 なぜ、修学旅行を補習する、などと言う事態に陥ったのか?

 

 その件に関し、イラスト無しでジャンヌに説明してもらったキンジだが、今一つ判らないままだった。

 

 それによると、何でもサブリーダーの中空知美咲は空港で手荷物を紛失し、島苺は飛行機をうっとり眺めている内に乗り遅れ、京極めめはメンタル上の理由でバックれたらしい。

 

 どんよりと、暗澹たる気持ちになるキンジ。

 

 今回の補習に関しては、キンジの評価にもかかわってくる。万が一評価が悪ければ、留年だってあり得るのだ。

 

 だと言うのに、島苺は相変わらず飛行機に夢中になり、中空知はオドオド気味に荷物をぶちまけ、ジャンヌは、そんなメンバー達を微笑ましそうに見守っている。そして、京極めめはさっそくリタイヤしていた。

 

 京極の代理としてワトソンが来てくれた事は師団的にはありがたいが、先行きに不安無しとはいかないのが現状だった。

 

 とは言え、行き先はヨーロッパ。それも現在、欧州戦線の最前線となっているパリである。

 

 欧州戦線救援と言う喫緊の事情を鑑みれば、むしろ好都合と言えるだろう。

 

 ワトソンがわざわざ京極の代理としてきたのも、その辺の事情を玉藻と協議した結果だった。

 

 とにかく、キンジ的には激しく不安を感じないでもないが、すでに投げられた賽にケチをつける事はできない。

 

 このポンコツチームを率いて、修学旅行補習と欧州戦線をダブルで乗り切らなきゃいけない訳である。

 

 その後、飛行機見たさに窓ガラスにへばりつく島を引きずり、スーツケースを床にぶちまかす中空知を助けつつ、どうにかパリ行き発着ゲートへとたどり着いたキンジ。

 

 そこで、予想外のサプライズが待っていた。

 

 発着ゲートでは、空港から許可を取ったらしい、バスカービルのメンバー、そしてイクスのメンバーの姿があったのだ。

 

「お前等、見送りに来てくれたのか。こんな所まで」

 

 事の顛末については、メールで既に知らせていたキンジだが、それ以来、仲間達とは直接会っていない。その気まずさから、視線を逸らしがちになる。

 

 だが、予想に反して、優しい言葉が投げかけられた。

 

「理子がサプライズで見送ろうって言うから。あんた、本当にバスカービルをクビになったのね」

 

 告げるアリアの言葉には、一抹の寂寥感が伺える。

 

 元々、チーム・バスカービルの発起人は彼女であり、長い戦いの中で彼女自身が「最高」と黙して選んだメンバー達で構成されている。その中でもキンジは特に、チームの中心として信頼してきたのだ。

 

 そのキンジがチームから抜ける事について、寂しさが無いはずが無かった。

 

「キンちゃん、将来、キンちゃんが会社とかクビになっても、私がその分働くからね。今回、それを証明して見せます!!」

「サプラーイズ!! キーくん、新しいチームでも頑張るんだよ!!」

 

 白雪と理子は、務めて明るくキンジを励ます。

 

 2人ともアリア同様、キンジが別のチームに行くことについて何も感じていない筈がないが、それでも旅立つキンジを励まそうとしているかのようだった。

 

「チームはどこであったとしても、私はキンジさんの力になりますから。私達得るすはいつでも、いつまでも、あなたの側にいる」

 

 物静かなレキですら、珍しい長台詞でキンジを気遣うように言う。

 

 仲間達の熱い激励に、キンジも胸を熱くする中、イクスのメンバー達もまた、旅立つ仲間にエールを送る。

 

「遠山君、どうか、御無事で。ジャンヌさんとワトソン君も」

「お土産、期待してますからね!!」

「眷属の連中をバシッとぶっ飛ばしてやんな!!」

「イギリスの事、お願いね」

 

 口々に激励の言葉を贈る茉莉、瑠香、陣、彩夏の4人。

 

 と、そこでキンジは、重要な人物がいない事に気付き、首をかしげた。

 

「そう言えば、緋村はどうしたんだ?」

 

 その言葉に、

 

 イクスの4人はピシッと固まる。

 

 誰もが、言いづらい事を抱えて黙っている。そんな感じだ。

 

「あ~・・・・・・えっと・・・・・・」

「ゆ、友哉君は、ね・・・・・・」

 

 言いづらそうに口調を濁す茉莉と瑠香。

 

 その時だった。

 

「おう、間に合ったな」

 

 背後から聞こえてきた野太い声に、振り返る一同。

 

 そこには、大股でノシノシと歩いて来る蘭豹の姿があった。

 

「せ、先生まで、見送りに?」

 

 明らかに「有難迷惑」な顔をするキンジ。出発前に、まさか暴力教師の見送りを受ける事になるとは思わなかった。

 

 そんなキンジの思惑に斟酌せず、蘭豹は歩み寄って来るとニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「おう遠山。せいぜい気張りや。この補習で、お前の今後が違ってくるからな」

「は、はぁ・・・・・・」

 

 豪快な蘭豹の激励に、生返事をするキンジ。

 

 正直、かなり迷惑な激励である。

 

 そこで、蘭豹は話題を変えるようにしていった。

 

「それでな、遠山。直前で悪いんやが、監査役補佐として1名追加や」

「え? 追加?」

 

 キョトンとするキンジ。

 

 いきなりそんな事を言われて、困惑を隠せずにいる。

 

 そこで蘭豹が、その大柄な体を脇にずらすと、陰から小柄な少女が姿を現した。

 

 赤茶色の髪をストレートに下ろし、武偵校のセーラー服に身を包み、その上から黒のコートを羽織っている。足にはニーソックスを穿き、スカートとの間に絶対領域を形成していた。

 

 俯いているせいで、癖のある前髪が表情を隠しており顔を伺う事はできないが、結構な美少女であるように思える。

 

「おら、時間無いんや。とっとと名乗らんかい」

 

 言いながら、蘭豹は少女の頭を乱暴に小突く。

 

 よろけるように、キンジの前へと出る少女。

 

 僅かに顔を上げ、視線を合わせる。

 

「・・・・・・・・・・・・ひ、緋村友奈(ひむら ゆうな)・・・です・・・・・・よろしくお願いします」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 呆気にとられるキンジ。

 

 目の前に立つ少女の顔を、思わずマジマジと見てしまう。

 

 きめ細かい肌に薄く化粧が施され、目鼻立ちの整った顔は、可憐な美少女にしか見えない。

 

 しかし、よく見ると特徴のある眼つきや鼻立ちが、「その人物」と一致している。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

『えェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!?』

 

 

 

 

 

 一同は、一斉に大声を上げる。

 

 彼等の目の前にいるのは間違いなく、武偵校の女子セーラー服を着た緋村友哉その人だった。

 

 一同の視線を受け、友哉は顔を真っ赤にしながらブルブルと震えている。

 

 対して、事情を知っているイクス一同は、苦笑いするしかない。

 

 これが先日、蘭豹が言った「便宜」と「罰ゲーム」の内容だった。

 

 コンステラシオンの監査役補佐と言う形で友哉を同行させる。ただし、見ての通り女子の恰好をして、と言う条件付きで。

 

 その為友哉は、ここ数日「女子になりきる」為に、特殊捜査研究科(CVR)教師の結城ルリから、徹夜で指導を受けたのだった。

 

「わかっとるやろうな~緋村、あの事」

「ハイ、ワカッテマス」

 

 ぐりぐりと頭を撫でる蘭豹に対し、友哉は涙交じりに返事を返す。

 

 今回の罰ゲームには、もう一つオマケがある。

 

 それは、友哉が旅行中、一度でも「女装」を解いたら、その時は卒業までの間、転装生(チェンジ)として過ごす、と言う内容だった。

 

 そんな事になったら、男として色々と終わる事になりかねない。友哉としては死ぬ気で女装を維持するしかなかった。

 

「と こ ろ で」

 

 衝撃から立ち直ったらしい理子が、しげしげと友哉を見詰める。

 

「な、何?」

 

 明らかに不穏な空気を感じ、後ずさる友哉。

 

 次の瞬間、

 

「友奈ちゃん、今日はどんなパンツ穿いてるのー!?」

 

 次の瞬間、理子の手が友哉のスカートをめくり上げた。

 

「り、りり、理子ォ!!」

 

 慌ててスカートを押さえる友哉

 

 果たして、まくり上げられたスカートの下からは、

 

 白い布地の短パンが姿を現した。

 

 流石に、女子物のパンツを穿くわけにもいかないので。

 

 そこまでやる事は蘭豹も望まかなかったのは、友哉にとって唯一の救いである。結城の方は残念がっていたが、そこは男として断固拒否の姿勢を貫いた。

 

「ちぇー つまんないッ」

「何を期待していたのッ 何をッ!?」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴る友哉。もっとも、女子の恰好で怒っても、迫力皆無なのだが。

 

「大丈夫です、友哉さん」

 

 そんな友哉を慰めるように、茉莉が優しく背中を叩く。

 

「そんな、気落ちしないでください」

「茉莉・・・・・・」

 

 まるで聖女の如き彼女の姿に、友哉は思わず顔をほころばせる。

 

 そして、

 

「私、友哉さんがずっと女の子のままでも、友哉さんの事が好きですから!!」

「はうあッ!?」

 

 茉莉の何気ない一言が精神にクリティカルヒットし、とうとうその場に崩れ落ちてしまった。

 

「うーむ、流石は茉莉ちゃん」

「見事なトドメだったわね」

 

 そんな屍のような友哉を、瑠香とアリアがしゃがみこんで指先でツンツンと突いてみる。

 

 ただでさえ女装などと言うストレスをたまる事をやっているのだ。ちょっとしたことでも、精神が破綻しかねなかった。

 

 ややあって復活を遂げる友哉。

 

「・・・・・・それはそうと、キンジ」

「な、何だよ?」

 

 いきなり名前を呼ばれ、訝るキンジ。

 

 次の瞬間、友哉は抜き放った逆刃刀を刃に返し、キンジに切り掛かった。

 

「おわッ 何しやがる!?」

 

 とっさに真剣白羽どりで友哉の刀を受け止めるキンジ。

 

 友哉はそのまま、グイグイと刃を押し付けるようにしてキンジに迫る。

 

「キンジ、まさかとは思うけど、万が一、僕でヒスったりしたら、その時は愉快な感じの惨殺死体にしてセーヌ川に浮かべてあげるから、そのつもりで」

「なるかボケ!! 良いから刀しまえ!!」

 

 そもそも「愉快な感じの惨殺死体」とは何なのだろう?

 

 刀をしまう友哉。

 

 対してキンジは、やれやれとばかりに息を吐く。

 

「ったく、お前最近、沸点低すぎるぞ」

「安心して。知り合いの不良警官のせいだから」

 

 どこぞの公安刑事が今頃くしゃみをしている事を期待する友哉。

 

 と、

 

「友哉さん」

 

 そんな友哉に、茉莉が歩み寄る。

 

 今回は武偵校からの命令である為、行くのは友哉1人のみ。当然、茉莉も残らなくてはならない。

 

 脳裏にどうしても浮かぶのは、先日、玉藻から受けた警告だった。

 

 友哉に何か、良くない影が近付こうとしている。

 

 本来なら、茉莉も共に行って守ってやりたいくらいである。

 

「どうか・・・・・・無事で」

「茉莉・・・・・・」

 

 友哉はそっと、茉莉の手を取り、両手で包み込む。

 

 互いに感じる手の温もり。

 

 この温もりを暫く感じる事ができないと思うと、寂寥感は嫌でも増してくる。

 

「大丈夫。僕は必ず帰って来るから。安心して待ってて」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 頬を赤らめて答える茉莉。

 

 と、

 

「どーでも良いけどアンタ達、傍から見ると『イケナイ2人』にしか見えないわよ」

「「はッ!?」」

 

 彩夏の半眼のツッコミに、思わず我に返る友哉と茉莉。

 

 見れば一同、呆れ気味の視線を2人に向けてきているのが見える。

 

 慌てて、離れる2人。

 

 だが、手だけは互いに、最後までつないだままだった。

 

 

 

 

 

「今回の件、色々と悪かったな」

 

 飛行機が安定飛行に入ってから程無く、隣に座ったキンジが友哉に話しかけて来た。

 

「瀬田から聞いたよ。俺の為に蘭豹に楯突くとか、無茶し過ぎだろ」

「だってさ・・・・・・」

 

 友哉は少しばつが悪そうに、口を尖らせる。

 

「納得できないじゃん、こんな処分さ」

 

 武偵を要請する為に武偵校があるなら、学生が成長するまで守る義務が学校にはある筈だ。

 

 だが、今回のキンジに対する学校側の処分は、明らかにその義務を果たしていないように友哉には思えるのだった。

 

「だからって、それでこのザマ(女装)じゃ、締まりなさすぎだろうが」

「それは・・・・・・そう、かもだけど・・・・・・」

 

 頼りないスカートの裾を押さえながら、友哉は声を小さくする。

 

 確かに、蘭豹にボコボコにされた挙句、「強制女装の刑」では、恰好がつかない事この上無い話である。

 

「・・・・・・武偵憲章4条」

「おろ?」

 

 キョトンとする友哉を、キンジは横目でジロリと睨む。

 

「ほれ、武偵憲章4条は?」

「う・・・・・・『武偵は自立せよ。要請無き手出しは無用の事』・・・・・・」

 

 言ってから、友哉はシュンとする。

 

 キンジに起きた問題は、キンジ自身が自分の裁量で解決しなくてはならない。それは他ならぬキンジ自身が自覚している。友哉がやった事は、明らかに越権行為だった。

 

「・・・・・・ごめん、確かに今回は、勇み足だったかも・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな友哉に対し、

 

 キンジはフッと笑うと、頭をこつんと叩く。

 

「判れば良いさ。まあ、お前の気持ちだけは、ありがたく受け取っておいてやるよ」

 

 そう言うとキンジは、シートに深く身を沈める。

 

 パリまでの道中は長い。暫く眠って、体力を温存する心算なのだろう。

 

 其れに倣い、友哉も毛布を取って目を閉じる。

 

 目を閉じれば、浮かんでくる仲間達の事。

 

 瑠香

 

 彩夏

 

 陣

 

 極東での戦闘は下火になっている事に加え、東京近辺には玉藻の鬼払い結界もある。眷属の残存戦力の内、大半がステルスである事を考慮すれば、彼等に害が及ぶ可能性は低いだろう。

 

 だが、何が起こるか判らないのが戦争である。

 

 それに、茉莉。

 

 彼女が最後に見せた、心配するような表情が、友哉には気になっていた。

 

 茉莉を悲しませたくない。

 

 その為には、何としても無事に日本に帰らなくてはならない。

 

 眼下で小さくなっていく日本の風景を目に刻みながら、友哉はそう心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当たり前の事だが、シャルル・ド・ゴール空港に到着しロビーに降りると、そこは外国人でごった返していた。

 

 時差ボケでフラフラする頭を抱えながら、友哉は集合しているコンステラシオンメンバーの方へと歩いて行く。

 

 ここから、チームは2班に分かれて行動する事になる。

 

 1班はキンジ、友哉、ジャンヌ、2班はワトソン、中空知、島と言う分け方だ。

 

 主体はコンステラシオンの筈なのに、純メンバーの構成が6人中半数の3人しかいないのは如何な物かとも思うが、そこはもう、ツッコムのはやめにしておいた。疲れるだけなので。

 

 1班の目的地であるパリは既に欧州戦線の最前線であり、危険地帯と化している。そこで地元で土地勘のあるジャンヌを含む師団メンバー3人が残り防衛線の強化に当たると同時に、無関係の中空知、島を含む2班は、師団勢力圏後方にあるブリュッセルまで後退し、ワトソンが護衛に回る、と言うのがジャンヌの作戦である。

 

 全員集合した時点で、監査役であるキンジが訓示を行う。

 

「この修学旅行では、各自やりたい事をやれ。敢行したけりゃ写真でも撮ってろ。誰も、何も強要はしない。ただ、将来への想像力があるのなら、遊んでいる場合じゃない事は判るはずだ。これからの世の中は、あらゆる物事が年々国際化していく。武偵だってその例外じゃない。俺達がまたいずれ、ヨーロッパで仕事する時も来るだろう。ただの観光客として遊んですごしてしまえば、将来この地で戦う時に命を落とす。この地に招かれた時、成果を上げられない。そうならない為に、手探りで良いから学べる限り学べ。修学旅行とは学を修める旅である。以上!!」

 

 マニュアル通りに近いが、完璧な訓示である。

 

 もっとも、

 

「は、はいぃ」

「はいですの~」

 

 コンステラシオンの純メンバー、中空知と島は半分も聞いていない様子だったが。

 

 その後、最低限の作戦方針をワトソンとしてから、二手に分かれる一同。

 

 友哉とキンジはジャンヌに先導される形で、高速郊外鉄道でパリ北駅へと向かった。

 

 パリと言えば「花の都」「芸術の都」としてのイメージが強いだろうが、一度街中に降り立ってみれば、それが幻想であった事が伺える。

 

 壁際にはホームレスや薬物中毒者が居座り、それらを監視するように、迷彩服を着た警備員がマシンガンを手に立っている。

 

 明らかに治安の悪さを象徴するような光景だ。

 

 町中にはゴミが普通に落ちていたりする。そう言うところを見ると、東京がいかに治安や衛生面に気を使っているかが判る。

 

 その一方で、歴史的な価値と言う意味ではパリの方が東京よりも優れていると言えるだろう。今まで戦争や震災で街を破壊された経験が無いせいか、ちょっとした建物であっても数百年前の歴史ある建築物だったりするから侮れない。

 

 他にも、高層建築物があまり見られないのは、景観を損なわない為の配慮であるらしい。日本でも京都辺りでは同じような政策が取られており、こちらは大型の看板まで撤去しなくてはならないのだ。因みに所有者が自費で。

 

 だがまあ、こちらも武偵だ。多少の治安の悪さは問題にはならない。むしろ、眷属から身を隠すうえでも好都合かもしれない。

 

「じゃあ、ジャンヌ。俺達は、この辺でホテルを探すから」

 

 告げるキンジに、ジャンヌは振り返ると真顔で、

 

「無駄な出費は控えろ。それに、ここはあまり良い地区ではない。私の部屋に泊まれ」

 

 とんでもない事を言ってきた。

 

「何言ってんだ、お前女だろ」

「そうだ。それがどうした?」

「いや『どうした』じゃないでしょ。男の人を簡単に人の家に上げちゃまずいよ」

 

 言い募るキンジと友哉に対し、ジャンヌは大したことではない、とばかりに肩を竦める。

 

「そんな事は気にしない。それに、緋村はその格好で言っても説得力無いぞ」

「いや、判ってるけどさ!!」

 

 今の友哉はどこからどう見ても女の子にしか見えない。この格好で「男が~」とか言っても違和感があるだけだった。

 

 そんな友哉達に対し、ジャンヌはフッと笑いかける。

 

ついて来い(フォロー・ミー)。この辺はスリが多いぞ」

 

 そう言うとさっそうと歩き出すジャンヌ。

 

 友哉とキンジはと言えば、顔を見合わせると、渋々と言った調子で付き従うのだった。

 

 

 

 

 

 シャンゼリゼ通り76番にあるジャンヌの賃貸マンションに到着すると、映画でしか見た事が無い手動開閉式のエレベーターに乗り、その最上階へと上がる。

 

 考えてみれば友哉も、幼馴染である瑠香以外で女の子の部屋に入るのは、これが初めてである。女子寮の部屋ですら、殆ど入った事が無い。

 

 否が応でも緊張してしまうのは避けられなかった。

 

「ここだ」

 

 言いながらジャンヌは、自分の部屋らしい303b号室の鍵を開け、友哉とキンジを招じ入れる。

 

「良いのか、ほんとに?」

 

 尻込みしているのはキンジも同様なようで、恐る恐ると言った感じにジャンヌに尋ねる。

 

 それに対し、ジャンヌは何でもない、と言った感じに振り返った。

 

「この8区の部屋は私個人の不動産だから気兼ねするな。一族の家は16区にある」

「いや、そうじゃなくて、ここまで来て言うのも何だが、女の1人暮らしの部屋に男が2人も止まるって言うのは、その、えーっとだな・・・・・・」

「私も家族以外の男を入れるのは初めてだ。しかし、ケ・セラ・セラ(なるようになる)だ」

 

 最後を日本語以外で言うと、ジャンヌはさっさと部屋の中へと入ってしまった。

 

 仕方なく、後に続くキンジと友哉。

 

 日本と違って、室内では靴を脱がないので、やや違和感を感じながらも中へと入って行く。

 

 ジャンヌの部屋は、フランス映画の撮影にも使えそうなくらい、オシャレな内装だった。

 

 藍色の壁紙に、ダークブラウンのフローリング。長く空けていたにも関わらず、持ち主の香りが未だに残っているようだ。

 

 読書家のジャンヌらしく、本棚にはフランス語の本がずらりと並び、デスクの上には夜用のキャンドルと読書用のメガネまで置いてある。

 

 寝室の方は、ややロココ調が入った様子で、女子力の高さが伺われる。そこら辺は、凛とした佇まいのジャンヌとは、若干のギャップがあった。

 

 と、

 

「おろ・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉はふらつく足を、壁に手を突いて堪える。

 

「大丈夫か、緋村?」

 

 ジャンヌの気遣う声を聞きながら、どうにか身を起こす友哉。

 

「ごめん、ちょっと、時差ボケが激しいみたい・・・・・・」

 

 香港の時は1時間だけだったが、パリと東京は8時間もの時差がある。パリはもう夜が明けているが、東京はまだ夜明けを迎えていない時間だ。

 

 当然、そんな時間に起きていれば、体調も崩れがちとなる。

 

 見ればキンジとジャンヌも若干疲れている様子が見て取れるが、どちらも友哉ほどではない。

 

「少し、休んだ方が良いかもな。リビングのソファを使え」

「ありがと・・・・・・そうさせてもらうよ」

 

 そう言うと友哉は、フラフラとした足取りでリビングまで行くと、そのままソファーに倒れ込む。

 

 それを待っていたかのように、友哉の意識は急速に落ち始めた。

 

 女装の事、

 

 欧州戦線の事、

 

 そして日本に残してきた茉莉たちの事、

 

 色々と心配事は尽きない。

 

 だが今は、とにかく少しでも眠って体調を戻したかった。

 

 やがて、思考も完全に暗転する頃、友哉は静かな寝息をたてはじめた。

 

 

 

 

 

第6話「花の都へ」      終わり

 


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