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From : 高梨・B・彩夏
《ハイ、友哉。そっちはどう? こっちは藍幇が味方になったおかげで、随分と静かよ。魔女連隊の連中は、やたらとしつこいから、戦う時は充分に気を付けなさいよ。あと、大丈夫だとは思うけど、万が一、イギリスまで戦火が及びそうになったら、その時はお願いね》
やはり、イギリス出身の彩夏としては、欧州戦線の状況が気になるのだろう。まして、仏蘭西はドーバー海峡を隔てただけでフランスと隣接している。とても無関心ではいられないようだ。
From : 相楽陣
《友哉、帰りにオランダ饅頭を土産に頼むぜ!!》
ヨーロッパで饅頭が手に入る訳がないだろうが。しかも、国を微妙に間違えてるし。
From : 四乃森瑠香
《友哉君、ちゃんとご飯食べてる? そっちで美味しそうな食べ物とかあったら、作り方聞いてきて。あとで、こっちでも作ってあげるから》
戦妹の頼みに苦笑する。これも、瑠香なりの激励なのだろう。ちゃんと帰ってこいと言う。
と、
《追伸:寂しくなったら、これ見て元気出して》
「おろ? 添付画像・・・・・・ぶッ!?」
添付された画像を見て、思わず
その中には、風呂上りなのかバスタオルを体に巻いた茉莉が、慌てた様子で手を伸ばしている状態で写真に写っていた。
バスタオルは足の付け根までしか覆っておらず、かなりきわどい状況である。しかも、結び目が少し解け、ほんのわずかに存在している胸の谷間がチラ見えしている。
《撮影している途中で気づかれちゃった。今度は、バッチリ撮れた奴をおくるから。期待しててね!!》
「いやいやいや、そんな気遣いらないから!!」
思わず、メールの文面に突っ込みを入れてしまった。
と言うか、戦闘時は触れるだけで切れそうな集中力を発揮する茉莉が、なぜに普段の生活ではこれ程までに無防備なのか? だから瑠香や理子達に弄り倒される羽目になるのだ。
チームリーダーとして、そして彼氏として、そこら辺は今後、指導しておく必要がありそうだった。
From : 瀬田茉莉
《お元気ですか、友哉さん? そちらは寒くありませんか? 体調は崩していませんか? 友哉さん達がヨーロッパに行ってから、こちらはそれほど大きな事件も無く、瑠香さん達の依頼を手伝ったりして、平穏に暮らしています。あ、そう言えば先日、寮のベランダに1匹の猫が来て、瑠香さんと一緒に可愛がったりして遊びました。友哉さんにも見せてあげたかったんですけど、すぐにいなくなってしまって残念です》
生真面目な茉莉らしいと言えばらしいが、何だか手紙の文面みたいな内容だった。
《会いたいです、友哉さん。お付き合いを始めてから、友哉さんとこんなにも遠く離れる事が無かったせいか、強くそう思います。本当に、どうか、無事で帰ってきてください。私は、友哉さんの無事な姿を見る事ができれば、それが何よりのお土産だと思っていますので》
「茉莉・・・・・・・・・・・・」
いじらしい彼女のメールに、
仲間達はそれぞれの想いをメールの文面にして送ってくれている。
何となくだが、戦場で家族からの手紙を読む兵士とは、このような心境なのかもしれない、と思った。
《追伸:瑠香さんが送ったデータは消してください、お願いします!! あ、でもでも、友哉さんが取っておきたいのなら、少しくらいなら良いですからね!!》
「いや、どっちなのさ」
茉莉の文面に苦笑しつつ、
「・・・・・・・・・・・・やっぱり、もう少しとっておこう」
これは決してやましい気持ちではない。遠く日本にいる彼女への想いを忘れないよう、そして、いつでも彼女と共に在れる様にと言う、一種のお守りみたいなものだ。
断じて、やましい気持ちではなのだ。
自分の心の中でわざわざ2回も言いながら、
その時だった。
「緋村、遠山の居場所が分かったぞ!!」
「おろォッ!?」
突然、部屋の中へと入ってきたジャンヌに思わず携帯電話を取り落としそうになり、手の中で「お手玉」をしてしまう
そんな
「何をしているんだ、お前は?」
「な、ななな何でもない!!」
どもりながら、慌てた調子で携帯電話を、スカートのポケットに戻す。
ただでさえ、女装などと言う究極的な変態行動を強いられているのだ。
茉莉のセミヌード画像に見惚れていた、などと知られた日には、白い目で見られる事は確実だった。
一つ咳払いをして気を取り直しながら、
「それで、キンジの居場所が分かったって言ったけど、どうやって判ったのさ?」
「携帯電話の基地局を調べた。遠山はどうやら携帯電話の電源を入れっぱなしにしているらしくてな。それで足取りが辿れたのだ」
携帯電話の通話には、各基地局を中継して行われるため、どの基地局の県内にいるかさえ判れば、あとは大まかな場所を特定する事ができるのだ。
「それで、キンジは今どこに?」
こうしている間にも、キンジに危機が迫っているかもしれない。
勿論、キンジの事だから簡単にやられたりはしないだろうが、それでもなるべく早く、救援に行ってやりたかった。
「遠山の位置が最初に確認できたのはシャモニーと言う、モンブランの麓にある街だ。今はそこから更に移動し、ルクセンブルクのエコールにいるらしい」
「モンブランって、何でそこでケーキ?」
訳が分からずトンチンカンな受け答えをする
「何を言っているのだ、お前は。西ヨーロッパにおける最高峰だぞ」
そうは言うが、恐らく大半の日本人は「モンブラン」と言えば、栗のケーキを思い浮かべる事だろう。
だがジャンヌの言うモンブランとは、アルプス山脈の最高峰の事を差している。標高4810.9メートルは、ジャンヌの言うとおり、西ヨーロッパでは最も高い山である。雪をかぶったその流麗な姿から「白の婦人」の異名で呼ばれている。
因みにマロンケーキのモンブランの由来は、この山から来ている。
「それで、すぐに攻撃を仕掛けるの?」
意気込んだ様に、
こちらの準備は整っている。いつでも斬り込む事は可能だった。
だが、参謀としてのジャンヌが、そこに待ったをかけた。
「いや、敵の最重要施設に攻撃を仕掛けるのだ。ここは万全を期したい」
ジャンヌのその言葉に、
キンジの身がどうなっているのか判らない以上、これ以上の待機の延長には賛同しかねる物があった。
「ジャンヌ。言いたくないけど、あまり悠長な事を言ってる場合じゃ・・・・・・」
「判っている」
逸る
「私も大部隊を呼ぼうと言っているのではない。だが、最低限の増援は必要だ」
「おろ、増援?」
キョトンとする
「頼りになる奴等だ。期待しててくれ」
未だに不信感は拭えないが、ジャンヌがそう言うなら信じるしかなかった。
どのみち彼女の言うとおり、
「それはそうと、お前こそ気を付けろ。ルシアはカツェ並みに危険な女だからな」
「ああ・・・・・・」
言われて
巨大な大剣を細腕で軽々と振り翳し、
香港で戦った呂伽藍は己の体を極限まで鍛える事で防御力を上げていたが、ルシアは間違いなく、魔術的な要因によって戦闘力を底上げしている。
ステルス的な事を考慮すると、ある意味、伽藍よりも厄介かもしれなかった。
「彼女について、何か情報はある?」
「ああ、あいつも一時期、イ・ウーに留学していたからな」
そう言うとジャンヌは、ルシアについて説明を始めた。
彼女が使う魔術は主に身体能力強化系で、腕力と防御力、脚力を極限まで強化しているとか。使用する大剣の銘はバルムンクで、神話の時代、ドイツの伝説に伝わる大英雄が龍殺しを成し遂げた剣であるらしい。
「どうだ?」
「・・・・・・かなり、難しいかもね」
物理攻撃しか手段が無い
「けど、切り札なら僕も準備して来たから。場合によっては、それを使う事になるかもしれない」
「それは頼もしいな。期待しているぞ」
そう言うとジャンヌは、
2
魔女連隊制式軍装である、旧ナチス軍服とタイトなミニスカート姿に着替えを終えたルシア・フリートは、愛刀バルムンクを鞘ごと背中に背負い部屋を出た。
ドイツに伝わる伝説の英雄ジークフリートは、倒した龍の血を全身に浴びる事によって、無敵の防御力を誇ったと言う。
ルシアの家は、その子孫の流れを組んでいると言う。
その証拠に、歴史の彼方に失われたはずのバルムンクもまた、ルシアの家に代々伝わってきていた。
とは言え、彼女の使える魔術は同僚のカツェやパトラのように派手な物ではない。
ルシアの使える魔術は、己の身体能力を強化するのみ。
魔術を使えば、ルシアはそれこそジークフリートのように、体は如何なる攻撃をも受け付けなくなり、大の男ですら持ち上げる事ができないバルムンクを、片手で軽々と振るう事ができる。
確かに、これだけでは魔女としては他に劣っているが、ルシアはこれら身体強化系の魔術を極限まで強化し、戦術に組み込む事によって、魔女連隊の中で連隊長を務めるまでに至ったのだ。
と、廊下を歩いていたルシアは、見知った顔が別の部屋から出てくるのを見て、顔をほころばせた。
「よっ」
声を掛けると、相手の方も振り返って手を上げてきた。
ルシアよりもだいぶ小さな体躯に、おかっぱ頭が特徴的な少女。
ルシアの親友にして《厄水の魔女》の異名を持つ、カツェ・グラッセである。
「研修中は迷惑かけたな。まさか、連中にメーヤが合流しているとは思わなかったよ」
《祝光の魔女》メーヤ・ロマーノの存在は、魔女連隊にとっても忌々しい物である。彼女の持つ強化幸運があるせいで、眷属は今一歩の所でバチカンを攻め落とせずに来たのだから。
そのメーヤの持つ武運がカツェの居場所を探り当ててしまった為に、危うく奇襲を受ける所だった。
「ま、けど、噂の《呪いの男》を捕えたんだろ。大手柄じゃねえか」
呪いの男。
それは魔女連隊の中で密かに付けられていた、キンジの異名の一つである。
キンジに戦いを挑んだステルスの多くが、逆襲を喰らってひどい目に合っている事から来ている。
本来なら圧倒的に有利なはずの超能力や魔術を駆使しているにも拘らず、多くの者がキンジに敗北してきている。これは、実力以上に厄介な何かが、遠山キンジには備わっているとしか思えない。
故に《呪いの男》と言う訳だ。
「ん、まあ、な・・・・・・・・・・・・」
ルシアの言葉に対し、カツェは何やら歯切れ悪く言いながら、そわそわと眼帯を掛けた目を泳がせる。
そんなカツェに対し、ルシアは首をかしげながら尋ねた。
「どした?」
「な、何でもないッ 何でも無いからな!! あーそーだッ あたし、ちょっと用事があったんだ。悪いけどルシア、また後でな!!」
シュタッと言う感じに手を掲げると、踵を返して駆け去って行くカツェ。
一人、置いてけぼりを喰らったルシアは、ぽかーんと言う感じで、小さくなっていく、カツェの小さな背中を見送る。
「何だ、あいつ?」
友人の見せた奇行には、さすがに理解が追いつかず、ルシアは首をかしげるしかなかった。
数時間後、
「あそこ?」
「ああ、間違いない」
頷きを返すと、ジャンヌは手にしたオペラグラスを
その中に飛び込んで来た物を見て、
「何か、鉤十字が平然と飾られてるんだけど、それってヨーロッパ的にはまずいんじゃないの?」
目標の建物には、ナチスの
ナチスドイツとアドルフ・ヒトラーの存在は、20世紀ヨーロッパにとって最大の悪夢であり、未だに血を流し続ける傷跡である。それを堂々と掲げるのがタブーである事くらい、
その象徴たる鉤十字が同道と飾られている事に、
「掲げているのを見付かったら逮捕される程度にな。だが、どうやらあそこは例外らしい」
「おろ、例外?」
指摘されて、
そこで、納得した。どうやら、あの建物は兵器や軍服等、戦争に関わる物を展示した博物館であるらしい。
「考えた物だね」
「ああ。恐らく、あそこが
気を隠すには森の中、に近い言葉はドイツにもあるのだろうか? 兵器博物館なら大量の兵器を堂々と置いておけるし、「雰囲気づくり」と説明すれば、鉤十字を掲げておくこともできると言う訳だ。
考えた物である。
リバティー・メイソンの内偵調査が今まで悉く失敗に終わったのも、まさかのまさか、こんな所に堂々と
「それでジャンヌ、援軍って言うのは?」
ジャンヌ曰く、強力な援軍を呼んでいるとの事だが。その姿は一向に見当たらない。
そんな
「もう来ているさ。まあ、期待していてくれ」
「・・・・・・まあ、良いけど」
ジャンヌが自身を持って言うなら、
「よし、では行くぞ。秒針を合わせろ。10分後に作戦開始だ」
ジャンヌに促され、時計の針を合わせる
奇襲はスピードとスケジュールが命である。寸分でも狂いが生じれば、それが作戦の崩壊にもつながりかねない。
まして、この一戦には欧州戦線の帰趨が掛かっていると言っても過言ではない。絶対に失敗は許されなかった。
物陰に隠れるようにしながら、慎重に建物へと接近して行く。
ここは既に魔女の巣窟。下手をすれば、あっという間に敵に包囲されて電撃やら炎やらを浴びせられる可能性すらある。
ジャンヌはステルスだからまだ良いかもしれないが、所詮は普通の武偵に過ぎない
先制攻撃を行うのはジャンヌ。
彼女の「オルレアンの氷花」で敵施設に対し一斉攻撃を仕掛け、それを合図に
そう思っている時だった。
視界いっぱいに、青白い冷気が伝い始めたのが見える。
ジャンヌの攻撃が始まったのだ。
同時に、襲撃に気付いたらしい内部でも、喧騒が起きようとしている。
正に、襲撃を掛ける絶好のチャンスだ。
「それじゃあ、行こうか!!」
言い放つと同時に、
ジャンヌの氷魔術によって凍てついたガラスを目標に跳躍すると、手にした逆刃刀を鋭く一閃する。
砕け散る窓ガラス。
結晶のような輝きを纏いながら、
着地。
同時に、視線を周囲へと走らせる。
周囲には3人の少女。恐らく、
彼女達は、突然飛び込んできた
だが次の瞬間、
だが、
「遅いよ!!」
銀の閃光が室内を斬り裂く中、逆刃刀の一撃を受けた少女達は次々と昏倒する。
相手が魔術を使うからと言って、必要以上に警戒し過ぎる事は無い。
ようは、相手よりも速く、確実に仕留めるよう心がければいいのだ。
常に先手を打つ「先の剣」を心がける。
言ってみれば、飛天御剣流の基本は相手が何であれ、変わる事は無いのだ。
更に
廊下を走りながら、更に剣を振るっていく。
それに対し、魔女たちも次々と部屋の中から出て来ては、
だが、
魔女たちは、できるだけ
だが、廊下と言う狭い地形は、彼女達にとって却って不利である。
いかに大兵力を擁していても廊下に並んで攻撃できるのは、一度にせいぜい3人。無理しても4人と言った所である。
そして、
対ステルス戦をシャーロックやブラド、パトラ、ヒルダ等で経験している
放たれる電撃や炎。
それらを回避する
焦った魔女たちは、更なる攻撃を仕掛けようとしているのが見える。
彼女達と
「ならッ!!」
そして、
「壁に着地」すると、そのまま壁伝いに駆け出した。
これには、魔女たちも驚いたようだ。
ドイツ語らしき言葉で、何やら騒ぎ立てている。何やら「ニンジャ!!」などと言っている者までいた。
ちなみに甲や瑠香と違って、
一気に距離を詰める
間合いに入った瞬間、鋭く刀を振るう。
先頭に立っていた魔女数名をを一撃のもとに叩き伏せると、更に後衛へと斬り込みを掛ける。
前衛が倒された事で驚いていた彼女達は、
更に追撃を。
そう思って
突如、魔女たちの頭上を飛び越えるようにして、人影が斬り掛かってくるのが見えた。
「ッ!?」
相手の放つ斬撃を、
刃が互いにぶつかり合い、異音と共に火花が飛び散る。
衝撃を殺しきれなかった
「好き勝手やるのはそこまでだぜ、緋村」
交戦的な声につられるように、顔を上げる
そこには、金髪を後頭部で結った少女が、鋭い眼差しで
「ルシア・フリート・・・・・・」
「随分と、派手にやってくれたじゃねえか、ええ?」
怒りを顕にしながら、ルシアは
ルシアの登場と同時に、周囲で生き残っていた魔女たちから喝采が上がった。
まるでヒーローの登場に喜びの声を上げているかのようだ。中には口笛を吹いている者までいる。
まあ、無理も無い。この状況では、
「タダ見は感心しないぜ。入館料を置いて行きな。御代は、お前の命だぜ」
「日本じゃ、そう言うのは『ぼったくり』って言うんだよ」
軽口をたたき合いながら、互いに剣を構える
『とは言え・・・・・・』
だが、躊躇っている暇が無いのも事実である。
次の瞬間、両者は互いの剣を繰り出して斬り掛かった。
第9話「手紙」 終わり