1
「遠山さん?」
不思議そうな顔のメーヤに呼びかけられ、つい振り返ってしまうキンジ。
傍らの
キンジは相変わらずのクロメーテル姿だったが、やはりこれだけ近付けば、知り合いならば気付くだろう。
次の瞬間、
ガチャン
背後で派手な音が鳴り振り返ると、先程、キンジと共にフランツの救助に当たっていた女性が、彼女の私物らしいバイクを倒し、驚いた表情でこちらを見ている。
頭にはスカーフをかぶり、黒革装束を来た女性は、表情を伺う事はできない。
しかし、どこかで会った事があるような気がするのだが・・・・・・
「パ、パトラ様!?」
「おろ、パトラ?」
リサの声に導かれた
ほぼ同時に、観念したようにスカーフを取る女性。
すると、
その下から、《砂礫の魔女》パトラが姿を現した。
「リサ、占星術で居場所を見つけたが、タッチの差でメーヤも来ておったか。しかしなんぢゃ、さっきの舟での、トオヤマキンジの前でのイキイキした顔は。イ・ウーでは一度もそんな嬉しそうな顔をしなかったくせにの」
なるほど、パトラもまた、脱走兵のリサを追ってここまで来たと言う事か。
まさかの遭遇戦。
状況的には三つ巴。
戦力的に一番不利なのはパトラだが、その事は彼女も心得ているらしく、バイクを起こして逃走の準備を始めている。
「トオヤマキンジ。どうやらお前も、師団に追われているようぢゃの。子供など放って、逃げればよかった物を」
「それはお前もだろ。師団の勢力圏内に飛び込んで来たくせに見つかってんじゃねーか。けど、お前も良い所あるんだな。少しだけ見直したぜ」
「わ、妾は、さっきはたまたま、急に泳ぎたかっただけぢゃ」
小馬鹿にするような言葉に対し、キンジも負けじと言い返すと、少し慌てたように、パトラはそっぽを向く。
確かに、子供を見捨てれば安全だったと言う意味では、キンジもパトラも、どっちもどっちである。
かつては蛇のような執念さでアリアを浚い、キンジ達を追い詰めたパトラだったが、もしかすると根はやさしい部分があるのかもしれなかった。
とは言え、和んでいるのもそこまでだった。
パトラはすぐに表情を引き締め、全員を牽制するように構える。
「どうやら、師団が仲間割れしているのは本当だったようぢゃの。ほほほッ」
言いながら、合図を送るパトラ。
すると、濠の泥の中から、無数のコブラが湧き出してくる。
どうやら、パトラの魔術であるらしい。
同時にパトラの腰にベルトのように巻き付いていたコブラも、その輪の中に加わってシャッフルされる。
これで、どれが本物のコブラなのか判らなくなってしまった。
這い寄ってくるコブラたち。
リサは腰を抜かしてキンジにしがみつき、身動きできなくなっている。
シスター達も似たような物で、近付いてくるコブラに恐れをなして怯えているのが見て取れた。
まともに動けそうなのは、
「うろたえてはなりません、乙女達!!」
怯える部下達を叱咤しながら、メーヤは手にした大剣を振り回す。
「あれは魔女の術!! 魔女を前にして退がった者には私が神罰を与えますッ 物理的に!!」
勇将の下に弱卒無しと言うが、メーヤはそれを体現しているかのように、部下のシスターたちを督戦している。
部下達も、そんなメーヤに恐れをなしたのか、あるいは奮い立ったのか、法衣の下から一斉に細身の剣を抜いて構えた。
「あれは《砂礫の魔女》パトラ!! 名のある魔女を狩れば、
勇ましくも言い放つメーヤ。
それに対してパトラは、バイクをスピンターンさせて笑みを浮かべる。
「妾を討つ? バチカンはよく、できもしない事を嘯くのう」
言いながら、身に着けた指輪や秒を変形させた弾子を撃ち放つ。
その直撃を受けたシスターたちは、なぎ倒されていく。
弾子は銃弾よりも遅い為、短期未来予測で捕捉する事は充分に可能だった。
だが、弾子で目くらましをしている隙に、パトラは攻撃準備を整えていた。
ネックレスを変形させて野球ボール大の金属球を作り出すと、それをメーヤ目がけて飛ばす。
このままでは、メーヤは直撃を受けてしまう。
そう思った次の瞬間、
「神罰代行ォォォォォォ!!」
振りかざした大剣で、飛んできた弾丸を撃ち返してしまった。
メーヤが撃ち返した金属弾は、そのままパトラの方へ帰って行き、彼女のすぐ横にあった木製の橋げたを粉砕してしまう。
これには、流石のパトラも呆気にとられている。リサに至っては、再び腰を抜かして、その場にズルズルと座り込んでしまっていた。
「チッ 外しましたか」
悔しそうに舌打ちするメーヤ。
それに対し、流石に利あらずと踏んだのだろう。パトラはそのままバイクをスタートさせると、使い魔のコブラを連れて走り去ってしまう。
それに対し、
置き土産とばかりに、パトラは
加えて、腰を抜かして動けないでいるリサの事もある。彼女を置いて逃げる事はできない。
パトラの攻撃を受けてなぎ倒されたシスター達も、次々と立ち上がってきている。
逃げる事も、戦う事も不可能。完全にジ・エンドだ。
こうして、
2
待遇は、思った以上に友好的な物だった。
これには、メーヤが
シスターたちは武器を修めると、3人を包囲しつつも丁重に扱い、教会まで連行してきた。
そして今は、地下の小部屋に軟禁されて、出された食事を食べている。
一応、見張りのシスターは着いているが、武装は解除されていないし、彼女達も友好的に接してきている。
取りあえずの所、大きな問題は起きていない。
もっとも、傍らでパンをちぎって食べているリサは、なぜかちょっと不機嫌そうにしているが。
そこへ、自分も食事をしてきたらしい、メーヤが入ってくるのが見えた。
「遠山さん、緋村さん、また会えて本当に良かった!!」
開口一番、そう言うなりメーヤは、キンジの頭を優しく抱きしめる。
とは言え、メーヤの胸は
抱きすくめられたキンジの頭が、殆ど埋まっている状態である。
『あ、これはヒスッたか?』
と思ったが、程なく顔を上げたキンジに、特段の変化は無い。どうやら、一歩手前で踏みとどまる事に成功したようだ。
キンジも成長したなー などと考えていると。
ギンッ
「ビックゥッ」
何やら、横合いから強烈な殺気が迸り、
恐る恐る振り返ると、何やらメーヤをものすごいで勢いで睨み付けている、リサ・アヴェ・デュ・アンクさんがいた。
「すごいお胸ですね、シスター様」
「はい? ああ、これは肩が凝るだけですよ」
リサの強烈な皮肉はしかし、メーヤにあっさりとかわされてしまう。
メーヤはと言えば、特にリサの態度を気にした風も無い。もともと天然気味な性格である為、こんな時でも自分のペースを全く崩していなかった。
「あのシスターたちを、この部屋には戻さないでください。さっき、ご主人様に食事を出した事が気に入りません。ご主人様の身の回りのお世話は私がするのです。私以外の物を仕えさせないでください」
舌鋒鋭いリサの様子を見て、なるほどと
生粋のメイドであるリサからすれば、自分を差し置いて誰かがキンジの世話を焼く事が許せなかったのだろう。
メーヤとしても、事情はよく判らないが反対する理由も無かったのだろう。あっさりとリサの要求を受け入れた。
「では、遠山さん、緋村さん、少し、お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ・・・・・・あ、いや、ちょっと待った」
頷きかけたキンジは、そこで何かを思い出したように
「悪いが緋村、お前は残ってくれ」
言いながら、キンジはマバタキ信号で合図を送ってくる。
《内通者、可能性、リサを守れ》
短い文面から、
つまりキンジは、聖楽隊の中に内通者がいる可能性があり、そいつがリサに危害を加える事を懸念してるのだ。
対して、
「判った。あとで話の内容を聞かせてよ」
「ああ。判ってる」
キンジはそう言うと手を振って、メーヤに続いて部屋を出ていく。
後には
「・・・・・・・・・・・・機嫌直しなって」
リサを案ずるように、
「気持ちはわかるけど、今からそれじゃ身が持たないよ」
「・・・・・・どういう意味ですか?」
尚も頬を膨らませて尋ねてくるリサに、
「キンジって、ああ見えて、結構周りに女の子多いから。いちいち気にしてたら疲れるだけだよ」
「ええ!?」
キンジは普段から女嫌いを公言している為、そんなキンジが、周りに女を侍らせ(間違い)ている事など、リサには想像できなかったらしい。
「ご主人様は、そんなにおモテになるのですか?」
「あー・・・・・・モテる、のとはちょっと違うかな。どっちかと言えば、引っ張りまわされていると言うか、ドツキ回されていると言うか・・・・・・」
主に、ピンク色の髪をしたヒロインに。
「そ、そうなのですか・・・・・・ご主人様は、いつも苦労されているのですね。やっぱり、リサがいつもお傍にいて、ご主人様をお助けしてあげないと」
「ん、その意気だよ」
実際、リサのような存在がキンジの傍にいてくれることが望ましいと、
この欧州戦線がどのような形に終わるかはまだわからないが、もし勝つ事が出来たなら、リサの処遇について話題になった場合、その方向性で調整するように働きかけてみようと思った。
キンジ自身が何と言うかは判らないが、少なくともリサは喜ぶだろうし、彼女にだって、これくらいの報酬はあっても良いと思うのだ。
と、
「そう言えば、緋村様には、そう言ったお話は無いのですか? その、女性関係とか」
「おろ、僕に?」
何やら興味が湧いたらしいリサが、そう尋ねてくる。
そう言えば、彼女に日本での事を話した事が無かった気がする。まあ、流石にキンジ程の武勇伝は持っていないつもりだが。
「僕はほら、日本に付き合っている彼女がいるからね」
そう言えば、ブータンジェにいる間、逆探知を警戒して携帯電話の電源を殆ど落としていた為、茉莉達とも連絡が取れなかった。
幸か不幸か、こうして捕縛されてしまった以上、位置情報を秘匿する理由も同時に無くなったので、後ほど、携帯の電源を入れてメールの確認でもしておこう。
そんな事を考えていると、リサは何やら真剣な眼差しで顔を近づけて来た。
「『彼女』と言うのはもしや、『彼氏』を裏返した、現代日本特有の隠語では・・・・・・」
「何でそうなるの!!」
どこかで聞いたようなセリフに、ツッコミを返す
そこでふと、ピンとくるものがあってリサに向き直る。
「そう言えばイ・ウーにいたんならリサも知ってるんじゃないかな、瀬田茉莉って・・・・・・」
「ああ、茉莉様でしたかッ」
やはりと言うか、リサは茉莉とも面識があったらしい。
「茉莉様は良い方です。あの方と、他に何人かの方は、イ・ウーでもリサに優しくしてくれたのです」
茉莉は無法者揃いのイ・ウーの中にあっても、ジャンヌや理子など、幾人かの同期達とは友好関係を築いている。
どうやら、彼女達とリサとは、比較的仲が良かったと見える。反面、眷属での扱いを見るに、パトラ達とは、あまり上手く行っていなかった事が伺える。
「そうですか、茉莉様と緋村様がお付き合いなさっていたんですか」
何か思うところがあるらしいリサは、感慨深そうに頷いた。
その時だった。
突如、地下室全体が、微かな揺れに襲われた。
天井からはぱらぱらと誇りが舞い落ち、家具が音を立てて揺れる。
「地震?」
「いえ、近くで何かが爆発したのかもしれません」
不安に顔を青褪めながら、リサは
火山列島の日本と違い、オランダは地震が無い事で有名である。そのためリサは、真っ先に爆発の可能性を示唆したのだ。
その時、
「
何かを狂ったように叫びながら、シスターが廊下をはしていく。
言葉は判らない
机の上に置いておいた逆刃刀を手に取ると、ベルトのラックに差し込む。
「様子を見てくる。リサはここにいて」
「は、はい」
素早く指示を出すと、
もしリサの言うとおり、この振動が爆発によるものだとしたら、ただの爆発じゃない事は容易に想像できる。
「眷属の、奇襲。まさかこんなに早く・・・・・・・・・・・・」
舌打ちする
恐らくパトラがブータンジェの事を知らせたのだろうが、こうも敵の進撃が速いとは思わなかった。
こちらは完全に後手に回った形である。
どの程度の敵が来ているのかは判らないが、果たして勝てるか?」
焦燥感に駆られながら、
2
協会の地上部分はひどい有様だった。
壁は所々破壊され、鮮やかなステンドグラスは粉々になって床に散らばっている。
次の瞬間、割れたガラスをすり抜けるような形で、何かが礼拝堂へと飛び込んでくるのが見えた。
矢だ。
その矢の先端には、爆薬が取り付けられているのが見える。
「クッ!?」
とっさに床を転がり、物陰へと退避する
次の瞬間、床に炸裂した爆薬により、礼拝堂全体を揺るがす衝撃が襲い来る。
明らかに敵意を持った攻撃だ。こちらを殲滅する心算で攻撃してきているのは間違いないだろう。
「緋村ッ」
「こっちです!!」
声に呼ばれて振り返ると、窓際で身を潜めているキンジとメーヤが、手招きしているのが見えた。
頭を低くして駆け寄る
「やられたね。敵の侵攻は思った以上に早かったみたい」
「ああ。どうやら連中は、近場で待機していたみたいだな。それが、パトラの連絡を受けて攻め込んで来たってところだろう」
「あの時討てなかったのが悔やまれます」
ここにいる戦闘員は13名。うち、代表戦士はキンジ、
相手の頭数にもよるが、こちらの不利は否めなかった。
「お二人とも、通りの向こう、風車小屋の羽根の上にいる、グレーのブレザーを着て、水色のリボンの少女を確認してください」
メーヤに促され、
するとメーヤの言うとおり、風車小屋の羽根の上に少女が立っている。
幼い。恐らく小学生か、中学1年くらいではないだろうか? ただ、かなり目つきが悪く、遠目にもムスッとしているのが判った。
「あれは
ロビン・フッドとは、中世イングランドにおける伝説上の人物で、所謂、
なるほど、風で矢を操り、先程の爆撃を敢行していた物らしい。
それにしても、火の白雪、氷のジャンヌ、土のパトラ、水のカツェ、雷のヒルダと来て、今度は風のセーラ。RPGで出てくる属性で、有名処が概ね出そろった事になる。そのうち、上位属性で光とか闇とかも出てくるかもしれなかった。
セーラは傍らに、彼女の背丈よりも高い長弓を携えている。恐らくあれが、彼女の武器なのだろう。
銃火器全盛の今代にあって、弓と言えば古臭いと言うイメージが強いが。実際のところ、利点も多い。
まず、発射の際、発砲音が全くしない為、静粛性に優れる。それでいて、殺傷能力にも優れている。物によっては大岩すら貫通すると言うのだから侮れない。
弱点と思われる射程も、長弓なら150メートル以上と、そこらの拳銃よりもはるかに長い。
構造もシンプルな為、故障が少ない。
加えて、銃弾と違って、矢の調達コストが低い事も挙げられる。何しろ、人によっては自作も可能なくらいである。
「セーラは風を操り、常識外の距離、方角から敵を射抜く弓の名手です。ただ、人とコミュニケーションを取らず、気分屋で、眷属も扱いにくかったらしく、前線まで出撃する事は稀で、奥の手のような存在だったみたいです」
メーヤの説明を聞き、
滅多に姿を見せないセーラが、このブータンジェに現れた、と言う事は眷属は拠点を移動した可能性が高い。
「セーラの有効射程距離は?」
「彼女の弓術は、通常の弓射とは異なる攻撃の概念と捉えなくてはなりません。あの矢は彼女の操る気流に乗り、どこまでも飛ぶと言われています。噂では、2キロ先に当てた矢の矢筈に、次の矢を命中させたと言う話もあります」
必中の狩人。
レキ以外に魔弾の射手がいるとは驚きである。しかも、それが敵側と言うのが、また厄介な話である・
「狙撃手は厄介だ。まずセーラを潰すぞ」
言いながら、ベレッタをコッキングするキンジ。
と言うか、
密かに溜息をつく
天然ジゴロ遠山キンジは、相変わらず侮れなかった。
作戦は本隊と別働隊とに分かれる形式。メーヤ率いるシスター部隊が正面から接近し、それを機動力に勝るキンジと
メーヤは胸の前で十字を切ると、手にした大剣を高らかに掲げる。
「
『
メーヤの叱咤に答えるように、シスター達も勇ましく返事を返す。
「主は我が剣、我が磐盾なり!! サン・カルロ・アル・コルソ聖堂の鐘を融き、十字軍の聖剣と同じ型で鋳り、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂の銀十字から削った銀を鍍し、聖水と聖骸布で磨き上げた私達の
言い放つと同時に、メーヤに率いられたシスターたちは一斉に突撃していく。
彼女達の武器は、手にした剣と小型の盾のみ。
たちまち、眷属側からの銃撃がシスターたちに襲い掛かってくる。
シスターたちが着ている法衣は防弾仕様のようだが、やはり衝撃までは殺す事ができないらしく、字銃撃を浴びた少女達は次々と倒れていく。
その様子を、
「・・・・・・・・・・・・あのさ、キンジ」
ややあって
「僕さ、何となくだけど、
「安心しろ、俺もだ」
何だか、戦国時代の長篠の合戦を想起させるような光景である。
仲間内で言えば、
とは言え、彼女達の戦いを眺めている余裕は無い。
「行くとするか、俺達も」
「了解」
頷き合うキンジと
2人は同時に地を蹴った。
相手に狙撃手がいる以上姿を晒すのは危険なのだが、物陰に隠れながら地道に接近を図るのは、
ここは、自身の機動力に賭けて、一気に接近を図るのが得策と考えたのだ。
視線の先にある風車小屋。
その羽根の上に立ったセーラが、弓を構えるのが見える。
ほぼ同時に、距離のある
先程のメーヤの説明を聞けば、セーラは風の力で矢を操る事ができるらしい。と言う事は、矢の速度を早くしたり、カーブさせる事もできる可能性がある。
だが、先程の説明とは逆に、弓は銃に、絶対的に劣っている部分が一つある。
それは、
「弓を射る動作は、決してゼロにはできない!!」
弓弦を震わせて矢を放つセーラ。
予想通り、速い。
だが、
風を切って飛んできた矢を、
狙撃手が厄介なのは、「どこから仕掛けて来るか判らない」と言う奇襲的な要素も大きい。だが、今のセーラは、堂々と姿をさらしている。
そして、見えてさえいれば
対して、セーラも次の行動が早い。
素早く矢筒から抜いた矢を弓につがえ、二射目を放つセーラ。
今度は更に速い。
通常の動きでは捉えきれない。
そう判断した
飛んできた矢を、刀で打ち払う。
セーラが、ジト目に僅かに見開くのが見えた。どうやら、2発もの矢を防がれたのが、彼女のプライドを傷つけたのかもしれない。
更に攻撃を続行しようと、矢筒に手を伸ばすセーラ。
だが、ふいに、鏃の目標を左へとずらすのが見えた。
どうやら
その様子に、内心で息を吐く
どうにか2射までは防いだものの、流石は眷属で代表戦士を務めるだけの事はある。次があったら防げたかどうかわからなかった。
セーラの気が削がれた今がチャンス。この間にどうにか、風車小屋まで辿りつくのだ。
再び駆け出そうとする
だがその時、
その足元に、数発の銃弾が炸裂。駆ける足を強制的に止められる。
「ッ!?」
顔を上げる
そこへ、迫ってきた刃が横なぎに振るわれる。
とっさに、自身も刀を繰り出して防ぐ
だが、突然の事で対応しきれず、大きく吹き飛ばされ、隣の家の屋根に着地する。
「よくかわしました。また、腕を上げましたね」
落ち着いた調子で発せられる声。
顔を上げる先には、仮面をかぶった男が、右手には刀を、左手には銃を構えて立っている。
「由比彰彦」
「お久しぶり。クベール空港以来ですか」
迂闊だった。眷属の本隊が攻めて来たのなら、当然、この男もいると考えて然るべきであった。
逆刃刀を構え直す
対して、彰彦も得意の
「君とは、後の事を考えれば、ここでぶつかるのは不本意なのですが、これも依頼上やむを得ない事。すいませんが、全力で行かせてもらますよ」
「それは・・・・・・・・・・・・」
言いながら、
「こっちのセリフです!!」
言いながら、間合いへと入ると同時に、刃を高く繰り出す。
「飛天御剣流、龍翔閃!!」
振り上げられた刃。
対して彰彦は、流れに逆らわず、斜め後方に跳躍しながら回避。同時に、
放たれる弾丸。
対して、
直撃はやむを得ないか。
そう思った次の瞬間、
「ほお・・・・・・・・・・・・」
その様子に、彰彦は思わず、仮面の奥で感嘆を洩らす。
数々の実戦を経て成長を遂げた
「どいて貰います!!」
言いながら、逆刃刀を掲げて斬り掛かる
ここで彰彦に構っている暇は無い。何としても突破して、風車小屋まで攻め込まないと。
だが、そんな
「クッ!?」
放たれた弾幕に対し、とっさに宙返りしながら回避。屋根の上に着地しながら、
「行かせませんよ。君には、ここで私の相手をしてもらいます」
静かに言い放つ彰彦。
対して、
今頃は既に、キンジも、メーヤたちも風車小屋に辿りついている頃だろう。だが、
「どけッ!!」
駆ける
しかし、焦りを含んだ攻撃は、鋭さに欠ける。
彰彦はあっさりと
屋根の上を転がる
その
「戦闘中によそ見とは、なかなか余裕ですね」
言いながら、グロックの銃口を
その時、
「ッ!?」
突如、強烈ん殺気に当てられ、彰彦は
次の瞬間、
漆黒の影が、彰彦の襲い掛かった。
繰り出される、鋭い蹴り。
とっさの後退が速かったため、直撃は無い。
しかし、
「馬鹿な・・・・・・」
たった今、自分を攻撃した相手を見て、彰彦は呻き声を上げた。
「なぜ、あなたが?」
その人物は、漆黒のロングコートを羽織り、顔は口元をマスクで覆っている。顔立ちは日本人のようだが、右目が不気味に赤く輝いている。
そして、背には二振りの日本刀を交差させて収めていた。
その容姿、そして、圧倒的とも言える存在感。
「妖刕・・・・・・・・・・・・」
欧州戦線にあって、眷属に味方する凄腕の傭兵。その片割が、ついに
だが、
奇妙な事に妖刕は、まるで
「邪魔をするのですか?」
「悪いが、コイツだけは特別だ。緋村には少々借りがあるんでな」
妖刕の言葉に、
まるで妖刕は、自分の事を知っているかのような口ぶりである。しかし、
いったい、何がどうなっているのか?
混乱する
それに対し、妖刕は僅かに顔を振り向かせて、
「さっさと行け。俺の気が変わらないうちにな。まあ、行ってももう、どのみち間に合わんがな」
どうやら本気で、
理由は、相変わらずわからない。しかし、今だけはありがたかった。
駆け出す
対して、彰彦は妖刕を鋭く睨み付けながら尋ねる。
「君は一体、何なのですか? なぜ、わたしの邪魔をするのです?」
「ただの高校生だよ」
言いながら、背中の刀に手を伸ばす妖刕。
「ちょっと変わった、荒っぽい高校のな」
予定を大幅に遅らせながら、
仕立て屋の登場に、妖刕の存在。
気になる事は色々とあるが、今はまず、味方と合流する事を最優先に考えなければ。
キンジはヒステリアモードになっていたし、メーヤもバチカンの代表戦士だ。滅多な事でやられる事は無いだろうが、しかし相手にもカツェ、パトラ、セーラがいる以上、不利は否めない。
本来なら、それを補うための包囲作戦だったのだが。
「間に合えッ」
駆けながら、祈るように呟く
だが、次の瞬間、
その光を放った人物は、日本人風の顔立ちをした少女で、円環の形をした、奇妙な剣を携えている。
どこか浮世離れしたような、他とは何かが違う雰囲気。しいて言うなら、つい先程対峙した妖刕と、似ている部分がある気がする。
「まさか、あれが魔剱・・・・・・」
「キャァァァァァァァァァァァァ!!」
光の直撃を浴びたメーヤが、悲鳴を上げるのが聞こえた。
次の瞬間、彼女の着ている法衣や靴がビリビリと破け、見る間に下着姿へと剥かれていく。
更に、メーヤの代名詞のように存在感を誇示していた大剣も、地面に落ちて粉々に砕け散ってしまった。
地面に倒れ伏すメーヤ。
その姿に、
バチカンの戦士であり、対眷属の急先鋒だったメーヤが、まさかたった一撃で敗れ去るとは。
どうやら魔剱は、超能力を無効化するような能力を持っているようだ。
そのメーヤを守るように、シスターたちが盾を掲げているのが見える。
まずい事になった。
メーヤが倒れた以上、指揮官を失ったシスターたちは、ただ恐怖に駆られて震える事しかできないでいる。
何とか救援を、
そう考えて、
次の瞬間、
《来るなッ!!》
「ッ!?」
マバタキ信号を発せられ、
更にキンジは、立て続けに瞼を上下して信号を送ってくる。
《
「そんなッ!!」
短縮マバタキ信号の意味を悟り、
キンジとて、既に自分達が不利なのは判っているだろう。
だが、それでも尚、最後の賭けに出ようとしている。
「でも、キンジ・・・・・・・・・・・・」
言いかけた
その意味を理解すると、
「・・・・・・・・・・・・クッ」
舌打ちして、踵を返した。
キンジの想いを無駄にはできない。
今は確かに、この事態を師団側に知らせなくてはならない。
「待っててキンジ・・・・・・必ず、助けに行くから」
悔しさに後ろ髪を引かれる
その姿は、あまりにも無力でしかなかった。
第6話「平穏の終わり」 終わり