緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第3話「迫撃の槍兵」

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中にキンジの部屋での作業を終えた友哉は、私服に着替え、手には竹刀袋に入れた逆刃刀だけを持ってお台場へと繰り出していた。

 

 白雪の護衛をキンジとアリアが行う事に決まり、白雪は当面、キンジの部屋に住む事になった。その引越しの手伝いをしていたのだ。

 

 友哉としては、これは非常にありがたい事だ。

 

 デュランダルに狙われている可能性が最も高い人間が白雪であるなら、こちらもその護衛に人員を割かねばならない。となると必然的に、本命であるデュランダル捜査の方の人員を減らさざるを得なくなる。

 

 その白雪の護衛をキンジとアリアが担当してくれる。しかも護衛期間中、白雪はキンジの部屋で寝泊まりすると言う。そしてキンジの部屋が友哉の部屋と隣である事を考えると、友哉も間接的に護衛に参加する事ができると言う訳である。

 

 これで心おきなく、友哉は魔剣狩りに傾注できる。

 

 その一環である策を実行すべく、友哉はお台場に来ていた。

 

 指定されたうどん屋に入ると、友哉はカウンター席に腰を下ろした。

 

 注文をして暫くすると、すぐ隣に座る人間があった。

 

「よう、悪いな、呼びだしちまって」

「いや、良いよ、元々は僕が受けた依頼に付き合ってもらってるんだからね」

 

 隣に座った陣に、そう言って笑い掛ける。

 

 お台場に実家がある陣は、寮には入らず毎日バス通学をしている。その為、学外で会うならこうしてお台場の店で会うのが最適なのである。

 

「親父、俺は月見な。あと、天麩羅も付けてくれよ」

 

 陣も注文して、友哉は向き直る。

 

「それで、話ってのは?」

「うん、これは教務課から回って来た依頼なんだけど」

 

 友哉はそう言うと、依頼内容について説明する。

 

 話を聞くにつれ、陣もその顔を険しくする。

 

「ふうん、そいつは何でまた、超能力者ばっかり狙ってるんだ?」

「それは、僕に聞かれても・・・・・・」

 

 そう言って友哉は苦笑する。

 

 実際、デュランダルは存在自体が不確かな存在だ。そこに動機を探れと言うのは更に困難な話である。

 

「だがな、俺ァ、どうにもあのステルスって奴がイマイチ理解できねえんだよな」

「陣は確か、星伽さんと同じクラスだったよね」

「まあな、もっとも、まだあんま話した事ねえがよ」

 

 無理もない。陣はまだ転校してきたばかり。一方の白雪も恐山から帰って来たばかり。そんな二人に接点があったとは思えない。

 

 やがて、二人の注文した品が運ばれて来た為、揃って割り箸を取って食べ始める。

 

 その食事も半分ほど進んだ所で、陣の方から口を開いた。

 

「で、俺は何をすればいいんだ?」

「うん、君はこの近辺に顔が効くんだよね。その情報網を駆使してできるだけ情報を集めて。特に人の出入りについて重点的にやってほしいんだ。いつもとは違う人間、あるいは違う物の出入り、そう言う事があったら僕の方に報告してほしい。できる?」

「任せろ。それくらい召集を掛ければ一発だ」

 

 そう言って頼もしく請け負う。

 

 陣は食べるのも早いのか、彼の前には既に空のお碗があるだけだった。

 

「宜しく頼むよ」

「あいよ、任せとけ。そんじゃな」

 

 そう言うと、陣は背中越しに手を振りながら店から出て行った。

 

 これでこちらの策は、また一つ形を成した。デュランダルが如何に不確定な存在とは言え、まさか人知を越えた生命体と言う訳ではないだろう。ならば人間である以上、必ずそこに動いた形跡が残る筈。それを追い掛け、そして追い詰める。

 

 いわば、デュランダル包囲網。それが、友哉の立てた作戦だった。

 

 姿無き相手を追い詰めるなら、こちらも相応の備えが必要だった。

 

「おっと、もうこんな時間か」

 

 友哉は腕時計を見て呟いた。この後、瑠香と茉莉と一緒に買い物に行く約束をしているのだ。

 

「御馳走様、美味しかったです」

 

 財布を取り出して立ち上がる。

 

 すると、

 

「あいよ、さっきの兄ちゃんの分と含めて、2550円な」

「・・・・・・おろ?」

 

 思わず絶句した。

 

 陣はどうやら、金を払わずに店を出たらしい。そう言えば、前にもこんな事があった気がする。

 

 もしかして陣は喰い逃げの常習犯だったりするのだろうか?

 

 因みに、武偵のルールの一つとして、「武偵三倍刑」と言う物がある。武偵が罪を犯したら、通常の三倍に相当する刑罰が科せられると言う物である。当然、喰い逃げの罪も三倍になる。

 

 できたばかりの友人をそんな事にはしたくない。

 

 と言う訳で、友哉は泣く泣く陣の分も勘定を払うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想外の出費によってかなり軽くなった財布を片手に、待ち合わせの場所まで行くと、既に二人の少女は来ていた。

 

「友哉君、おっそぉぉぉい!!」

 

 瑠香が両手を振り回しながら叫んでいる。

 

 今日は彼女も私服だ。紺色の長袖Tシャツの上からベストを羽織り、舌は短パン、素足は大胆に出している。彼女のショートヘアと相まって活動的な格好だ。

 

 一方の茉莉は、こちらは見慣れた制服姿だ。臙脂色の防弾制服を着こみ、普段通りのショートポニーが頭の後ろで結ばれている。

 

 今日、この二人と買い物に出たのには訳があった。

 

 友哉は今回の作戦において、二人の協力を得ようと考えたのだ。茉莉は探偵科、瑠香は諜報科、索敵、調査には最適である。

 

 陣が陸路を封鎖し、友哉、茉莉、瑠香の3人で海路、及び学園島内部のカバーを行う。これでデュランダル包囲網の完成となる。

 

 しかし、それに対する報酬と言うのが、『茉莉の私服を買いに行く』事になるとは思わなかった。

 

 寮で彼女の隣に住んでいる瑠香の話によれば、茉莉は私服と呼べるものは全く持っていないとか。それを察した瑠香が買い物に誘ったのだ。

 

 もっとも、それ以外にも成功報酬はきっちり払わないといけないだろうと友哉は思っているが。

 

 とは言え、本当に私服を持っていないとは。茉莉は一体今までどんな場所で暮らしていたのか。

 

「それで、どこに行くの?」

「うん、まずは、」

 

 そう言いながら、瑠香は携帯のGPSを確認している。

 

 そんな中で、茉莉は一人、何をするでもなくボーッと立ち尽くしている

 

「瀬田さんは、何か欲しい服とかあるの?」

「何でも良いです」

 

 何ともやる気に欠ける返事を返され、友哉は苦笑するしかなかった。

 

「まずはこっちからだよ、行こう」

 

 二人を先導するように、瑠香は歩きだす。それに従うように、友哉と茉莉も歩きだした。

 

 

 

 

 

 路地の壁に背を預けたその人物は、楽しげに会話しながら歩いていく三人の男女を見詰めている。

 

 向こうはこちらの存在には気付いていない。そのまますぐ目の前を通り過ぎて行く。

 

「あれが・・・・・・そうか」

 

 低い声は、喧騒の中へと消えて行く。

 

 男の鋭い眼光は尚も少年達の背中を見据えている。

 

「さて、本当に言うほどの実力があるのかどうか」

 

 己の内から高ぶる物があるのが判る。

 

 先祖から受け継いだ武人としての血が疼いてくるようだった。

 

 

 

 

 

 瑠香が連れて行った店は、10代女子に人気のあるファッションモールで、瑠香の友人等もよく利用しているそうだった。

 

 冬が終わり春になった事で、それまで厚着中心だった服も、大分生地が薄くなっているのが見ていて判った。

 

 しかし、ここは女性用のモールな訳で、

 

 見た目はともかく、生物学的に男である友哉が来るには少々難儀な場所である事は間違いない。

 

 が、

 

「やだ、あの娘可愛い」

「誰か待ってるのかな?」

「どこの娘だろう?」

 

 何やら勘違いした視線を感じるのは気のせいだと思いたいところだ。

 

「やれやれ、困ったね」

 

 友哉は溜息をつきながら、1人ベンチに座っている。

 

 ここはモールの中にあるランジェリーショップ。どうせなら下着から買いたいと言う事で、瑠香はノリノリで茉莉の背中を押して店の中へと入って行った。

 

 当然、友哉はそこで締め出される。勿論、友哉とて、好んでこんな場所へ突撃したがる勇者ではない。

 

 と言う訳で、友哉はランジェリーショップの前のベンチで待たされているのだが、

 

 これが居心地悪い事悪い事。

 

 ただでさえ女の子の買い物に付き合うのは面倒だと言うのに、それが下着売り場とあっては尚更である。

 

 二人が入って、かれこれ三十分以上になる。いい加減、周囲の人間の目も痛くなって来たところだ。

 

 いっそのこと、どこか別の場所で暇でも潰そうかと思いたいところだが、今日の会計は自分が持つと言ってしまった為、それも出来なかった。

 

 その時、

 

「お待たせしました」

 

 感情の起伏が薄い声ととともに、目の前に人影が立つのが判った。

 

 見れば、変わらず武偵校制服を着た茉莉がそこに立っていた。

 

「や~、お待たせ、友哉君。なかなか決まらなくてさ」

 

 遅れて出て来た瑠香が、鞄に財布を仕舞っている。

 

「それで、料金は?」

「あ、それはあたしが払って、後で纏めて友哉君に請求するから」

 

 何やらそれはそれで、後が怖いような気がしてならないのだが、それで良いと言ってしまった手前、今更後には引けなかった。

 

「フフフ~、それにしても、なかなか良い物が買えたよ。ね~、茉莉ちゃん」

 

 最早、瑠香の中では茉莉の呼び方は固定されてしまっているらしい。まあ、仲がいいのは悪い事じゃないが。

 

「ん~、でもやっぱり、あっちの方でも良かったような気がするんだけどな」

 

 などと言いつつ、瑠香の手はあろうことか茉莉のスカートを後から捲り上げていた。

 

「お、おろっ!?」

 

 角度的に友哉からは見えないが、完全にアウトなめくれ方であった。

 

「し、四乃森さん!?」

 

 慌てた調子で茉莉は、自分のスカートを押さえる。

 

 その顔が、ほんのり赤く染まっている。

 

『へえ、こんな顔もするんだ』

 

 意外な一面を見たような気がして、友哉は少し驚いた。転校してからこっち、どうにも感情の薄い娘のような印象しか無かったが、こうして見ると、転校したばかりで緊張していたせいもあるのかもしれなかった。

 

 そんな茉莉の目が友哉に向けられる。

 

「・・・・・・見ましたか、緋村君?」

「い、いや、見てない」

 

 慌てて眼を逸らす友哉。

 

「だめだよ、茉莉ちゃん。友哉君がこの手の顔をしてる時は、大抵嘘ついてる時だから」

「いや、何いきなり人の癖をでっち上げてるのッ?」

「大丈夫、あたし尋問科(ダギュラ)に友達いるから、今から呼んで吊るし上げ、じゃなくて問い詰めよう」

「いや、今本音が出たよね。ッて言うか、スカートめくったの瑠香でしょ。何で僕が責められてるわけ?」

 

 その友哉の言葉に、瑠香が「しまった、ばれたか」という顔をした。

 

「瑠香・・・・・・」

「あはは、じゃあ、あたしちょっと、飲み物でも買ってくるね」

 

 そう言うと瑠香は、諜報科としての逃げ足の速さを遺憾なく発揮して足早に去って行った。

 

「まったく・・・・・・」

「楽しい娘ですね」

 

 茉莉が元の無表情に戻って言った。

 

「ああ言う娘が近くにいるなら、きっと毎日楽しいのでしょうね」

「ああ、おかげさまで、退屈しない毎日を送っているよ」

 

 そう言うと友哉は茉莉を促して、ベンチの傍らへと座らせる。

 

 茉莉が腰を下ろした瞬間、ふわっとした良い匂いが友哉の鼻腔に舞い込んで来た。

 

 瑠香やアリアとも違う、どこか自然に吹く風を感じさせる、そんな匂いだった。

 

「瑠香はどうやら、君の事を気に入っているみたいだ。できれば、これからも仲良くしてくれるとありがたいんだけど」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉の言葉に対し、茉莉は返事を返そうとしない。ただ、自分の足元を見詰めたままジッとしている。

 

「瀬田さん?」

「・・・・・・すみません」

 

 やがて、彼女の口から出たのは謝罪の言葉だった。

 

「おろ?」

「私には、どうしてもやらなくてはならない事があるんです。それを成すまでは、自分自身の事を考える訳には行きません」

 

 そう告げる茉莉の瞳は、何か硬い決意を宿しているようで、一種の拒絶にも似た雰囲気を醸し出していた。

 

 この華奢な少女が、何かその身に余る重荷を背負っているのではないか。友哉にはそう思えてならなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 ややあって、友哉は言った。

 

「君がそう言うんだったら、無理強いはできないね」

「すみません」

「でもさ、」

 

 謝る茉莉に、友哉は更に続ける。

 

「困った時は、いつでも言って。僕や瑠香はいつでも君の助けになるよ」

 

 その言葉に、茉莉は意外そうな面持ちになる。まるで、友哉の言葉の意味が判らないと言った感じである。

 

「なぜ、そのような事を言うんですか?」

「おろ?」

「私とあなたは、ついこの間知り合ったばかりです。それなのに、なぜ・・・・・・」

 

 知り合ったばかりの自分に、ここまでしてくれる友哉や瑠香の存在が、茉莉には不思議でならない様子だった。

 

 対して、友哉はニッコリと笑って見せる。

 

「武偵憲章一条『仲間を信じ、仲間を助けよ』だよ。仲間が困っているなら、僕達はたとえどんな状態であっても助けに行く。それに、」

「それに?」

「実際、そんな物が無くても、友達が困っているなら、助けたいって思うのが普通でしょ」

「友達・・・・・・・・・・・・」

 

 まるで新しい外国語でも聞いたかのように、茉莉は友哉の言葉を反芻する。

 

「僕達は、もう友達、でしょ?」

 

 そう告げる友哉に、茉莉は少し視線を逸らす。

 

 友哉の位置から、その表情を覗う事はできなかったが、どうにも照れているのを隠している仕草に見えない事も無かった。

 

 ちょうどその時、向こうから瑠香が走って来るのが見えた。手に抱えているのは買って来た飲み物だろう。

 

「あの娘も、きっと君の事をそう言う風に思っているんじゃないかな」

 

 そう言うと、走って来た瑠香からペットボトル入りのお茶を受け取る。

 

「友達・・・か・・・」

 

 そんな彼等に気付かれないように、茉莉はそっと口に出して呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その後、瑠香のエスコートに従い、数件のファッションショップを梯子し、茉莉に合った服を何点か見繕う事ができた。

 

 最後の店を出た時には日は完全に傾き、夜の帳が下りようとしている所だった。

 

 友哉は両手に紙袋を持ち、少し疲れた調子で歩いている。

 

 瑠香の買い物好きは今に始まった事じゃないが、今日は何やらいつも以上に気合が入っていた気がする。

 

 疲れていると言えば、茉莉もまた同様だった。

 

 何しろ、今までファッションと言う物に殊更無頓着だった少女である。それが今日一日瑠香に振り回され、散々着せ替え人形にされたのだ。これで疲れない訳が無い。

 

「いや~、でも良かったよ、茉莉ちゃんの可愛い服いっぱい買えて。これで、当分は私服に困らないね」

 

 一人、全く疲れていない瑠香が、満足げにそう言う。彼女としては目いっぱい茉莉(おもちゃ)で堪能して、さぞご満悦な事なのだろう。

 

「そだ、茉莉ちゃん。お部屋に帰ったら、今日買った服、全部着てみようよ」

「ま、まだやるんですか・・・・・・」

 

 流石の茉莉も、げんなりした様子でそう言った。

 

 そんな少女達の様子に、友哉は苦笑した。

 

 その時、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は足を止める。

 

 その鋭い視線が、自分達の進む先、薄暗くなりかけた路地の向こうに佇む人影に気づいたのだ。

 

「友哉君?」

 

 友哉の変化に気付いた瑠香と茉莉も、揃って足を止める。

 

 そんな3人の耳に、ゆっくりと近づいて来る足音が聞こえて来た。

 

 闇の中からにじみ出るようにして現われたのは、まるで巌のようなお男であった。

 

 ガッシリした肉付きの巨体は、まるで立ちふさがる壁のようだ。顔は覆面をしている為見る事ができない。そして、その手には巨大な槍を携えていた。

 

 次の瞬間、覆面男は槍を掲げ、何の警告も無しに斬り込んで来た。

 

「ッ!?」

 

 とっさに紙袋を投げ捨てると、友哉は茉莉と瑠香を両手に抱えて横に跳び退いた。

 

 吹き抜ける槍は、間一髪のところで友哉達を掠め去っていく。

 

 着地しながら、竹刀袋を縛っている紐に手をやる友哉。

 

 その視線は、謎の襲撃者に油断なく注がれる。

 

「あなたは誰ですか? なぜ僕達を襲うんです?」

 

 問いかけに対し、覆面男はゆっくりと振り返りながら、腕を伸ばす。

 

 指示された指の先には、地面に座り込んでいる茉莉の姿があった。

 

「そこの娘、こちらに渡してもらおうか?」

「え?」

 

 突然名指しされ、茉莉は戸惑った様子で男を見上げる。

 

 なぜ、自分を欲するのか判っていない様子だ。

 

 そんな二人の間に、友哉が割って入った。

 

「事情は判りませんが、こんな暴力で友達を連れて行くのは許しません」

 

 そう言うと袋を解き、逆刃刀の柄に手をやった。

 

 対して覆面男は無言のまま、槍の穂先を友哉に向けた。

 

 次の瞬間、男が猛然と槍を繰り出して来た。

 

 対して友哉も、穂先を払うべく刀を繰り出す。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 覆面男の槍は所謂十文字槍であり、穂先の両脇に更に二本の刃が枝のように飛び出ているタイプだった。

 

 その枝に、逆刃刀を引っ掛けて来た。

 

「クッ!?」

 

 とっさに後退する事で拘束から逃れようとする。

 

 だが、間合いの広い槍使い相手に、後退するのは自殺行為に近い。

 

「ぬんッ!!」

 

 そのまま地面を踏み込むような勢いで、更に突きを繰り出す覆面男。

 

 だが、次の瞬間、友哉は高速で覆面男の横に回り込み、フルスイングの要領で逆刃刀を覆面男の胴めがけて振るう。

 

 その一撃が入るかと思われた瞬間、

 

「甘いッ」

 

 地を割るような声と共に、覆面男は槍を旋回させ柄で薙ぎ払いを掛けた。

 

 一般に槍とは刺突武器だと思われがちだが、その長柄の遠心力を利用した大威力による打撃、斬撃もまた槍の重要な攻撃要素と言える。

 

「クッ!?」

 

 とっさに攻撃を諦め、刀で受ける友哉。

 

 だが、覆面男の膂力は凄まじく、友哉はそのまま持ち上げるように大きく吹き飛ばされた。

 

「友哉君!!」

 

 吹き飛ばされる友哉を見て悲鳴を上げる瑠香。その視線の先で、友哉は空中で宙返りし、辛うじて地面に着地する事に成功していた。

 

「四乃森さん、援護をッ」

「う、うん」

 

 そう言うと、二人は銃を取り出して構えた。

 

 瑠香は先日のハイジャック事件の後、買い直したイングラムM10サブマシンガンを構える。

 

 一方の茉莉の手にはベルギー製自動拳銃ブローニング・ハイパワーDAが構えられた。高い信頼性と実用性から、50カ国以上の軍や警察で正式採用されているベストセラー銃である。

 

 少女達が引き金を引き、放たれる弾丸。

 

 対して男は身じろぎすらせずに、全身で弾丸を受け止める。

 

「グッ」

 

 命中弾は多数。

 

 男の口からは僅かに声が漏れる。が、それだけだ。

 

 だが、覆面男は身じろぎすらしていない。恐らく、防弾服を着こんでいるのだろうが、弾丸の着弾を受けてダメージを受けていないあたり、かなり体を鍛えている事が窺えた。

 

「そんな・・・・・・」

 

 銃が効かないとなると、少女達にできる事は無くなってしまう。

 

 一方、友哉は腕を振って痺れを解消しながら立ち上がる。

 

 覆面男は見かけによらず、槍の扱いにはかなり習熟していると見た。

 

 流派は恐らく、宝蔵院流槍術。

 

 奈良興福寺の僧、宝蔵院覚禅房胤栄が創設した十文字槍を使用した流派であり、彼の剣豪、宮本武蔵が決闘を挑んだ事でも有名な流派である。

 

 槍と相対する時は、その内懐に飛び込めば有利とされるのがセオリーであるが、この宝蔵院流にはそのセオリーが効かない。「突けば槍 薙げば薙刀 引けば鎌 何につけても逃れざらまし」と詩で詠まれている通り、極めれば死角が一切存在しないのだ。

 

 感覚の戻った右手で刀を持ち、友哉は刀を片手平正眼に近い形で構える。

 

 対して覆面男も、槍を友哉に向け直した。

 

 対峙する一瞬。

 

 仕掛けたのは覆面男の方だった。

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫びと共に、鋭い刺突が友哉に襲い掛かる。

 

 対して友哉は向かって来る槍の穂先を真っ直ぐに見据え、

 

 命中の直前、大きく体を右に逸らした。

 

 だが、まだだ。

 

 覆面男は膂力を使って槍を引き戻し、枝で友哉を切り裂こうとする。

 

 しかし、

 

 次の瞬間、友哉は回避の勢いを殺さずに体を一回転させると、回転の勢いを刃に乗せてそのまま覆面男に繰り出した。

 

「飛天御剣流、龍巻閃!!」

 

 とぐろを巻いた龍が、その牙で獲物に食らいつくが如く、友哉の剣は無防備に晒された男の背中を強打した。

 

「グオッ!?」

 

 神速の一撃に、男は思わず背中をのけぞらせる。

 

 いかに隙が無い攻撃ができるとしても、槍のような重量武器はどうしても攻撃に移るまでにタイムラグが生じる。その一瞬の隙を友哉は突いたのだ。

 

 友哉の一撃を受けて、男はよろめくように膝をつく。

 

 対して友哉は距離を取りながら慎重に刀を構えた。

 

 今の一撃でダメージは入ったようだが、それでも油断できる状況ではなかった。

 

 そんな友哉を前にして、覆面男はゆっくりと立ち上がるとそのまま踵を返す。

 

「何を」

「今日の所は退こう」

 

 突然の行動に戸惑う友哉に、覆面男は低い声で告げた。

 

「だが、近いうちにまた再戦する機会が来よう。その時まで息災でな」

 

 そう言うと、男は来た時と同様に闇の中へ滲み込むように去って行った。

 

 友哉もまた、戦闘は終わったと判断して刀を鞘に収める。

 

 そこへ、瑠香と茉莉が駆け寄って来た。

 

「友哉君、大丈夫?」

「怪我はありませんか?」

「うん、大丈夫だよ。それより、」

 

 友哉は茉莉に向き直った。

 

「あの男は、瀬田さんを連れて行こうとしていたみたいだけど、何か心当たりはある?」

「いえ、それが、全く・・・・・・」

 

 そう言うと、茉莉は顔を伏せる。彼女も、なぜ自分が狙われたのか判らない様子だった。

 

「そっか・・・・・・」

 

 友哉もそれ以上は追及せずにいる。

 

 デュランダルへの対応だけでも充分忙しいと言うのに、ここにきて更に別の案件が浮上してきた事になる。

 

 だが、武偵憲章一条「仲間を信じ、仲間を助けよ」

 

 友哉は先程茉莉に語った通り、自分の力の及ぶ限り、皆を助けるという決意に揺らぎはなかった。

 

 

 

 

 

 覆面の取ると、丸橋譲治は大きく息をついた。

 

 最後に友哉が放った一撃は会心と言って良く、背骨が折れると思えるほどの衝撃に襲われた。

 

 一応、衝撃を吸収する特殊素材を使った防弾服を着てはいたが、その服を貫く程の衝撃であった。

 

「噂に違わぬ、と言ったところか」

 

 そう言うと、壁に手をついて痛みに耐える。

 

 ちょうどその時、ポケットに入れておいた携帯電話が着信を告げる。

 

 相手は彰彦だった。

 

《私です。首尾はいかがですか?》

「問題無い。お前に言われた通りにやったぞ」

 

 今日の戦闘は彰彦の指示による物だった。買い物に出る友哉達を帰りに待ち伏せて襲撃すると言うのが内容であった。

 

《上出来です。これで緋村君は、彼女の事を疑いもしないでしょう》

 

 そう言うと、電話の奥で彰彦が笑みを浮かべているのが判った。

 

 デュランダルとそれを支援する者達は、着実に距離を狭めて来ている。

 

 その事に、まだ友哉達は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

第3話「迫撃の槍兵」   終わり

 


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