緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第2話「深淵を覗く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話が着信を告げたのは、友哉が強襲科棟での訓練を終え、寮に戻ろうとしている時の事だった。

 

 誰から掛かって来たか、確認する事無く通話ボタンを押すと、友哉は電話を耳に持って言った。

 

「もしもし」

《どうも、緋村君。ご依頼の件、判りましたよ》

 

 スピーカーからは、聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。

 

 正直なところ友哉自身、なるべく聞きたくは無いと思っている声ではある。

 

 だが今回はある意味、仕方が無い。どうしても早急に調べなくてはならない案件が生じているのだ。その為友哉は、初手からジョーカーを切る事を選択したのだった。

 

《まったく、私を顎で使う人間は、人生で2人目ですよ》

 

 呆れ気味な由比彰彦の声が、友哉の耳に飛び込んできた。

 

 ふと、参考までに友哉は聞いてみる。

 

「1人目は誰なんですか?」

《決まっているでしょう。教授(プロフェシオン)ですよ》

 

 成程、と友哉は納得した。

 

 イ・ウーのリーダーだったシャーロックこと教授(プロフェシオン)は、同時にイ・ウー時代の彰彦の上役でもあった。確かに、彼なら彰彦を顎で使いまわす事くらい、平気でしただろう。

 

 世界最大の犯罪者組織リーダーと同格に扱われた事は、果たして良かったのか悪かったのかは判らないが。

 

 今回の調べごとに際し、友哉は仕立て屋の情報網を利用したのだ。

 

 と言うのも、今回の調べ事は、彼等にとっても決して無関係ではない。何しろ、ほんの数日前まで同じ陣営に所属していたのだから。

 

 故に、情報関係に疎い友哉が素人レベルの調査をするよりも、頼れるつてを頼って専門家にやらせた方が早いと思ったわけである。

 

「それで、どうなんですか?」

 

 友哉は先を促すように続ける。

 

 その態度はいつに無くドライである。情報収集に利用したものの、下手に慣れ合うつもりはない。と言う事を明確に告げていた。

 

 対して、彰彦の方でも友哉の思惑を弁えていると見えて、すぐに本題へと話題をシフトした。

 

《結論から教えますと、閻さんとその一味、この場合、首領は覇美さんなのですが、彼女達は日本に入っています。どうやら、停戦条約で眷属が提示した「鬼払結界の除去」は、この為だったみたいですね》

 

 友哉が彰彦に依頼したのは、眷属の残党、欧州戦線を脱出した、閻とその仲間達、覇美一派の捜索だった。

 

 理由は二つある。

 

 彼女達は、アリアの殻金、その最後の一個を保有している。あれを取り戻さない限り、真の意味で極東戦役が終わったとは言えなかった。

 

 更にもう一つ。これは友哉の個人的な問題だが、閻は何か、友哉も知らない飛天御剣流の秘密を知っている。そう思わせる節が、あの龍の港の決戦時に見受けられた。

 

 友哉は彼女達に会う必要がある。

 

 だが無論、会えばただでは済まない。相手は戦を好み、極東戦役に参戦してきた鬼。出会えば十中の十まで、戦闘になるのは間違いなかった。

 

 しかし、既に極東戦役は終結し、停戦条約も締結している。これ以上、眷属関係者と戦えば停戦破りに抵触する恐れがある。最悪の場合、旧師団、眷属双方の陣営から挟撃されるかもしれない。

 

 だが、以上のような理由から、友哉はまだ、戦いをやめるわけにはいかなかった。

 

《彼女達に対しては、こちらの方でも追跡用の人員を付けていますので、最新の連絡は常に入るようにしてあります》

「それは、ご丁寧にどうも」

 

 ぶっきらぼうに言ってから、友哉は付け加える。

 

「因みに言っときますけど、これは欧州戦線でこっちの作戦を妨害した事に対する対価、ペナルティだと思ってください」

 

 一応、そう言っておく。

 

 欧州戦線において、仕立て屋は魔女連隊を支援して友哉達の行動を妨害している。その事もあって今回、友哉は彰彦に調査依頼を出したのだ。

 

 友哉としては「必要以上に慣れ合うつもりはない」というニュアンスで言ったつもりである。

 

 だが、

 

《それはつまり緋村君。君自身も、私の申し出を了承する用意がある、と判断して良いですね?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やり返された形になった友哉は、言い返す事ができずに沈黙する。

 

 忌々しい事だが、友哉はこの男に借りがある。以前、ジーサード・リーグの奇襲を受けてイクス・バスカービルが壊滅状態に陥った時、友哉は玉藻からの指示を受け戦線が持ち直すまでの間、仕立て屋を傭兵として雇用している。その際彰彦は、報酬代わりに友哉に「ある事を」要求してきている。その履行がまだ成されていないのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・とにかく、追加情報が入ったらお願いします」

 

 そう言うと、友哉は通話を切り、携帯を乱暴にコートのポケットに収める。

 

 不愉快だった。

 

 結局、自分はあの忌々しい仮面男の掌の上で踊らされているだけ、と言う事だろう。

 

 吹き込む寒風に、コートの前を合わせる友哉。

 

 その首元には、見えない鎖が繋がれているような、そんな不快感に付きまとわれていた。

 

 

 

 

 

 一方、彰彦は仮面越しに、通話の切れた携帯電話を、暫く見詰めていた。

 

 スピーカーから僅かに聞こえてくる不通話音。

 

 ややあって、彰彦も通話を解除すると、手にした携帯電話をテーブルの上に戻した。

 

 まったくもって、面白い事だ。

 

 仮面の奥で、彰彦は苦笑を浮かべる。

 

 緋村友哉。

 

 かつて1年ほど前、彼が理子やジャンヌの支援の為に、仕立て屋メンバーの一部を率いて東京に来たばかり頃にコーディネートした、麻薬取引現場で出会った少年。

 

 依頼自体は、正直なところくだらない物だった。

 

 依頼主は利益を優先するあまり、こちらの指示を無視したばかりか、友哉と、彼の戦妹である、四乃森瑠香に叩き伏せられて逮捕された。

 

 だがある意味、あの時の仕事は彰彦にとって、報酬以上の成果があったとも言える。

 

 以来、友哉と彰彦は殆どの期間を敵として、そして僅かな時を味方として、戦場を共にしてきた。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・緋村君、あなたは果たして、気が付いているのですか? 私を『使う』と言う意味を」

 

 虚空に向かって、仮面越しの独り言を吐く。

 

 由比彰彦は紛れもない犯罪者である。直接自身で手を下す事こそ少ないが、それでも日本国内法に照らし合わせれば、犯罪教唆を幾度となく行っている重犯罪者である。

 

 その自分に、事情があるとはいえ、友哉は今回、何も躊躇う事無く依頼を持ちかけた。これはつまり、友哉の中で彰彦に対する警戒心が緩くなり始めている事を意味している。

 

 これはある意味、呪いだ。

 

 友哉は今まで、彰彦の事を目の敵と言っても良いくらいに警戒していた。だが、何度も接している内に、明らかに警戒心が緩み始めている。そして今回、ついには依頼まで持ちかけて来た。

 

 もはや友哉の中で、彰彦の立ち位置が「明確な敵」から「敵にもなるし味方にもなり得る」と言うレベルにまで引き下げられている事は、日を見るよりも明らかだった。

 

 こうして友哉は、徐々にだが、確実に彰彦のテリトリーの中へと引きずり込まれているのだ。

 

 まして、彰彦には先述した通り、「契約」と言う切り札まである。友哉の行動を縛る事は、今まで数々の策謀を弄してきた彰彦にとっては手を捻るよりも簡単な事だった。

 

 彰彦にとっては、正に歓迎すべき事態である。

 

 自身が今、推し進めている計画。

 

 ある意味、実現困難とも言える計画は、しかし、いずれこの国のみならず、世界に対して必要になると、彰彦は確信していた。

 

 その計画に、ある意味、必要不可欠なピースこそが、緋村友哉なのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・絶対悪を滅ぼすのに必要な物は何か?」

 

 ひとり言のように、彰彦は虚空に向かって囁く。

 

「多くの人間は『正義』と答えるでしょう。その事実は間違っていない。悪の闇を照らし出すのに、正義の光は絶対に必要な物だ。それ無くして、人々を導く事はできない」

 

 しかし、

 

「この世には、正義の光が決して届かない、更に深い闇が存在している」

 

 それは「絶対悪」と言う名の領域。

 

 その地獄に領域に住まう者は皆、人の皮を被ったケダモノたちである。

 

 人の命など道端に落ちた埃程度にしか考えず、己が欲望を満たす為ならば、どのような悪事でも肯定する輩。そうした人間は得てして、法の目から己を「守る」術をいくつも持っている物だ。武力、財力、権力と言った具合に。

 

 故に、ただの正義では奴等には決して届かない。

 

「絶対悪を征するには、自らも絶対悪になりきるしかない。と言う事です」

 

 『深淵を覗き込むとき、深淵もまた、こちらを覗いている』

 

 かつて、偉大なる哲学者が言った言葉の一節は、誠に心理の正鵠を射ている。

 

 深淵に深く斬り込むためには、自らも深淵に身を浸す必要がある。

 

 それが長年、多くの戦場を渡り歩いてきた彰彦の下した、一つの結論だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦友会(カメラート)の誘いを受けた時、友哉は迷った末に行く事と決めた。

 

 戦友会とは、かつて共に事件解決に当たった武偵同士が、久方ぶりに集まる、いわば「武偵同士の同窓会」である。

 

 友哉達の間では、キンジ、不知火涼、武藤剛気、平賀文、峰理子が対象となる。

 

 このうち、理子はワンダーフェスティバルなるオタクのイベントに参加すると言う理由で辞退した為、5人での開催となった。

 

 場所と料理の提供は、幹事の不知火が担当してくれた。

 

 場所は寮にある不知火の部屋。

 

 友哉が部屋に入ると、既に来ていた武藤と平賀が歓迎ムードで出迎えてくれた。

 

 そこから更に、少し遅れる形でやって来たキンジも加わり、戦友会開催の運びとなる。

 

 友哉としては欧州遠征時におけるストレスや、先の彰彦とのやり取りの件もあった為、たまにはリフレッシュをして気分転換をしたかった為、参加する事にしたのだ。

 

 テーブルの上には、不知火の心づくしの料理が、これでもかと並べられている。

 

 不知火は、拳銃、格闘、刃物と、武偵に必要な技能は割と何でもできる上に頭も良い。そこに加えて、そこらの女子を上回る程の料理の腕前も持っていると来た。正に「天は二物を与えず」と言う言葉に、真っ向から反旗を翻した男である。

 

 これなら、女子から高い人気を誇っているのも頷けると言う物だろう。

 

 だが、同時に不知火には、ある種の不確定要素にも通じる謎の部分が存在している。

 

 例えば、彼の過去。

 

 不知火は武偵校付属中学ではなく一般中学(ぱんちゅー)出身という事になっている。

 

 しかしそれでいて、入学当初から成績は良く、更にいくつか発生した制圧任務においても、犯人に対する発砲を一切躊躇わなかった。

 

 あれは、友哉達が1年の時に参加した銀行立て籠もり事件の現場。

 

 その場には友哉もキンジと共にいたのでよく覚えているのだが、不知火は突入するなり、涼しい笑みを浮かべたまま、リーダー格の男の膝を撃ち抜いて無力化してしまったのだ。

 

 普通の人間なら、たとえ相手が死なないと判っていても、引き金を引く時は躊躇う物である。時には、人差し指が自分の意志に逆らって、屈曲する事を拒否する場合もある。

 

 だが、不知火は一切の躊躇いを見せなかった。

 

 まるで、虫か何かを叩き潰すかのように、平然と引き金を引いて見せたのだ。

 

 つまり不知火は武偵校入学前から銃を撃つ機会があった、所謂「前からさん」という事だ。

 

 もっとも、そこらへんの突っ込んだ事情を聞いても、いつも本人に適当にはぐらかされてしまうのだが。

 

 そんな訳で、不知火亮という人間について詳しい事を知っている人間は、この武偵校の中では殆どいないと言って良かった。

 

「そう言えば緋村君、瀬田さんとはうまくいっているのだ?」

 

 食事も半ば以上進み、キンジと武藤が中座した頃、口の周りにソースをたっぷりと付けた平賀が、そんな事を聞いて来た。

 

「おろ、茉莉と?」

 

 話を振られ、友哉はキョトンとして振り返る。

 

 茉莉とは欧州戦線に行っている間、顔を合わせる事が出来なくて、お互いに寂しい思いをしたものである。

 

 だが、帰って来た後はこれまで通り、互いに普通に接している。

 

 別段、何か問題が起きているという事はなかった。

 

「何も問題はないよ。いつも通り、かな」

「本当に?」

 

 話を聞いていた不知火が、そこで会話に加わってきた。

 

「本当にって、何が?」

「緋村君がいなかったとき、ちょっと瀬田さんを見かけた事があったんだけどね。何だか、遠くを見つめている感じで、ボーっとしてたよ。どうしたのって声を掛けたら、慌てたみたいに笑って、走って行っちゃったけど」

 

 それは聞いていなかった。

 

 もしかしたら、友哉が把握していないところで、茉莉は思った以上に思いつめていたのかもしれない。

 

 欧州に行っている間、友哉は眷属との戦いに明け暮れ、それはそれで大変な日々を過ごしてきたが、しかし同時に、息つく間もないほど忙しく戦い続けた事で、ある意味「ストレス発散」ができた形である。勿論、女装等、他にストレスを感じてしまったことは山ほどあったのだが。

 

 だが、その間に日本にいた茉莉は、友哉に会う事が出来ずに不満を募らせていたのかも知れなかった。

 

「女の子っていうのはね、思っている以上に複雑なんだよ、緋村君。特に瀬田さんみたいに、色々な物を抱え込んでしまいそうなタイプの子は、ね」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 不知火は、諭すような口調で言う。

 

 確かに、茉莉がストレスを溜めこみやすいタイプだと言うのは、友哉も前から思っていた事である。

 

 根が生真面目で、悩み事は人に相談する前に、まず自分で解決を試みる。その顕著な例が、夏休みの時の騒動だろう。あの時も茉莉は、事情をいっさい友哉達に話そうとせず、自分1人で敵地へと乗り込んで行くほどの無謀さを見せた。

 

 放っておいたら、いつか自滅しそうな気さえする。

 

「緋村君が色々と忙しいというのは何となく知っているけど、それでもたまには、瀬田さんの為に時間を割いてあげても良いんじゃないかな?」

 

 確かに。

 

 欧州戦線からこっち、あまり茉莉の為に時間を割いてこなかったのは事実だ。

 

 ここはひとつ、極東戦役終結のねぎらいも兼ねて、茉莉との時間を設けてみるのも良いかもしれない、と思った。

 

「おう、俺もそう思うぜ」

 

 そう言いながら、話に加わって来たのは武藤である。どうやら、キンジと何やら話しこんでいた様子だが。そっちの話題は終わったらしい。

 

「だいたい、緋村はちょっと、瀬田さんの事に無頓着すぎるんだよ。あとで轢くぞ」

 

 などと物騒な事を言ってくる武藤。

 

 そのままズイッと、友哉に近づいてくる。

 

「こういう時はよ、男がしゃきっとするもんだぜ。それが常識ってもんだろ」

「いや・・・・・・武藤にその辺の常識語られてもなー・・・・・・」

 

 本人に聞こえないように、友哉はそっと呟く。

 

 武藤は割と女子に対し、積極的に自分をアピールする方である。これでもっと、立ち回りが上手であったなら、きっと「面白い男子」として男女問わず人気が出た事だろう。

 

 だがいかんせん、根ががさつすぎる為、男子からは割と取っつき易い扱いを受けている反面、肝心の女子からは敬遠される事が多い残念男子だった。

 

 その武藤から「恋愛に関する常識」とか言われても、今八つほどピンと来なかった。

 

「それにほら、もうすぐ、おあつらえ向きのイベントがあんじゃねえか。バレン・・・・・・」

「「「「武藤((君))!!」」」」

 

 武藤が言いかけた瞬間、友哉、キンジ、不知火、平賀の4人が、殆ど同時に叫び声を発して黙らせた。

 

 その4人の様子に、武藤も思わず、口に手を当てて言葉を引っ込める。

 

「す、すまん、口が滑った」

「武偵校じゃ、その言葉はタブーだよ、武藤君」

 

 諭すように告げる不知火の額にも、僅かに冷や汗が流れている。

 

 

 

 

 

 バレンタイン

 

 それは、この武偵校では地獄への片道切符を表す、死の言霊。

 

 それは、いつの事だったか、正確に思い出せる者は、もうほとんど存在しない。

 

 その昔、武偵校に所属する、とある教師(強襲科(アサルト)担当。HN「らんらん」)が、1人の書店員に恋をした。

 

 彼女は自身の一途な恋心を彼に伝える為、バレンタインデーには丹精込めてチョコレートを作り、それを彼にあげて告白した。彼女にとっては、一世一代、勇気ある行動だった。

 

『付き合ってください』と。

 

 そして、

 

 その翌日、書店員は失踪した。

 

 それはもう、綺麗サッパリと、痕跡も残さず。

 

 悲嘆にくれた教師は、嘆き悲しんだ末に修羅と化し、やがてバレンタインデーと言う言葉そのものを憎む事になる。

 

 以来、武偵校ではバレンタインデーやホワイトデーを祝う風習は無くなってしまった。

 

 「チョコレートのような高カロリー食品は体に良くない」と言う、表向きの理由だけを残して。

 

 そんな悲恋の物語が、武偵校には存在するのだった。

 

 どっとはらい

 

 

 

 

 

 ともかく、武偵校内で「バレンタイン」なる物を口に出そうものなら、容赦なく体罰に見舞われる事になる。男女の区別無しに。

 

 気を取り直す形で、武藤は平賀へと向き直った。

 

「そう言えば、平賀はあれだろ。交換留学が決まったんだってな」

「え、そうなの?」

 

 初耳な事態に、友哉も目を丸くして平賀に向き直った。

 

 すると、視線を受けた平賀は、その小さな胸を大きく張ってふんぞり返って見せる。

 

「ですのだッ あややは来学期から、ワシントン武偵校の装備科(アムド)に行くのだ。工場のみんなが壮行会をやってくれたのだー ワシントンからは、ロスアラモスってところに研究開発員としていく事に決まっていますのだ」

 

 そう言うと、平賀は写真を見せてくれる。

 

 『文ちゃんがんばれ』の横断幕をバックに、工場のお兄さんたちが平賀の体を胴上げしている所が映っていた。

 

 それにしても、

 

 友哉は口元には笑みを浮かべたまま、スッと目を細める。

 

 「ロスアラモス」とはまた、曰ありまくりな単語が飛び出した物だ。

 

 かつて人工天才(ジニオン)強化兵士(ストレンジ・ソルジャー)と言った危険な計画を行っていた、アメリカの最先端兵器研究機関。

 

 たしかに、平賀程の天才ならば、ロスアラモスで修行して、より高度な技術を身に着ける事も可能かもしれない。

 

 しかし、武藤兄妹やジーサード(金三)、かなめの事を思えば、友哉としては複雑な念を抱かずにはいられなかった。

 

「あややの商品はアメリカからも通販するからご安心を、ですのだ。だけど、その前に・・・・・・」

 

 言いながら平賀は、紙束のような物をスカートの下から取り出す。

 

「在庫一斉処分を行うのだ」

 

 そう言って差し出された紙束は、どうやら商品の受注リストであったらしい。

 

 定価には射線が引かれ、通常よりも2~3割引きになっているのが判る。

 

 確かに、これはお買い得だった。

 

 友哉自身、銃を使わない関係から、弾丸関係の消耗品を必要とはしない。

 

 だが、平賀はその辺を考慮してくれたらしく、友哉専用の受注書も用意してくれていた。

 

 刀剣整備用のオイルに、欧州で使った拡声器の改良型、サブウェポンと思われるナイフや小太刀類、更に防弾用の衣服などがある。

 

 まこと、平賀は商魂たくましいと言うべきか、友哉達が欲しい物を心得ていた。

 

「そう言えば、玄関前にやたら大きな荷物があったけど、あれも商品なのか? あれも見せてくれよ」

 

 キンジがふと、思い出したように尋ねる。

 

 そこで友哉も思い出したが、玄関先には確かに、人一人が入れそうなくらいの大きな梱包があった。正直、几帳面な不知火の部屋には違和感のある代物である。

 

 そんな振りに、平賀もテンションが上がったように梱包の方へ駆け寄る。

 

「これは『YHS/02(イース・ドゥ)』! アリアさんに注文してもらった、ホバースカートの改良品ですのだ。ここに取りに来てもらう約束なので、そろそろ来ると思いますのだ」

 

 前のホバースカートは、藍幇城の戦いで壊れてしまっている。その為、アリアは最新型の注文を平賀に出していたらしい。

 

 ちょうどそんな事を話している時だった。

 

 玄関のインターホンが鳴り、見慣れたピンクのツインテールが入ってきた。

 

「あら、キンジ達もいたのね。ハロー、平賀さん。でも、男子寮で遅くまで遊んでいるのを見られると、寮監に撃たれるわよ」

 

 そう言いながらアリアは、ホバースカートの前にしゃがみ込むと、性能を確かめるように触ってみる。

 

「ちょうど開梱していたのね・・・・・・うん、良い感じ。気に入ったわ。キンジ、箱に戻しといて」

 

 と、品定めを終えたアリアは、いつものようにキンジに命じている。

 

 普段のキンジなら、ここで召使いのようにアリア(女王様)の命令に従うところである。

 

 だが、今日は友人一同の手前もあるのだろう。顔を赤くしつつも、そっぽを向く。

 

「い、イヤだね。いま俺は公式に休暇中、お前風に言えばパーティの席なんだ。指図を受ける謂れは無い」

 

 その言葉を聞き。友哉は思わず「おお」と身を乗り出す。

 

 ついに、キンジがアリアに反旗を翻す時が来たか、と思ったのだ。

 

 だが、女王様も、ただでクーデターを受け入れるほど易くは無いらしい。

 

「ノー、油売ってないでキリキリ働く!!」

 

 あくまでキンジにホバースカートを運ばせようとするアリア。

 

 そんな2人の(低レベルな)革命戦争を、周りにいる人間は生暖かく見守っている。

 

「遠山君、また彼女さんと喧嘩かい?」

「まあ、キンジだし、いつもの事だし」

「緋村君、人の事は言えないのだ」

「ちくしょうッ どいつもこいつもッ 羨ましくなんかないんだからな!!」

 

 何だか涙目になってヤケ酒ならぬヤケファンタをカッ喰らっている武藤の事は放っておいて、一同の視線は、尚も喧々諤々と言い合いをしているアリアとキンジ(女王様と召使い)に向けられている。

 

「キ、キンジ、ほら、早くそれを!!」

 

 周囲の反応にテンパるようにして言い募るアリア。

 

 だがその時、

 

 変化が起こった。

 

「を・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉の途中で急に、アリアは伸ばしかけた手を自身の胸に持っていき、掻きむしるように握り締めた。

 

 そのまま、崩れ落ちるように座り込むアリア。

 

「あ・・・・・・あれ?」

 

 自分でも何が起きているのか判らない、と言った感じに息を荒くしているアリア。

 

「お、おい、アリア?」

 

 流石のキンジも、尋常な事態ではないと悟ったのだろう。慌てて駆け寄ってアリアを抱き起す。

 

 だが、アリアの額からは冷や汗が滲み、目の焦点も合っていない。

 

 明らかに、今のアリアは異常だった。

 

「大丈夫、よ・・・・・・いつもの、発作、みたいな物よ・・・・・・」

 

 言っている間にも、アリアの声は小さくなっていく。意識を保てなくなっているのだ。

 

 事態に気付いた友哉達も、慌てて駆け寄る。

 

「神崎さん!? どうしたんだい!? 脈は!?」

「大丈夫だ、除脈や脈拍上昇は起こしていない。不整脈の兆候も無いし、そっちは安定している。ただ意識が・・・・・・アリア!! 聞こえるか、アリア!!」

 

 キンジの呼びかけにも答えず、もはや完全に意識を失ったアリアは、彼の腕の中でぐったりと横たわっている。

 

 痛み刺激にも反応しない事から、JCS換算で、意識レベルは300。非常に危険な状態だ。

 

「これはまずいッ 武藤君、救急!! 緋村君は救急箱ッ 冷蔵庫の上にあるから取ってきて!! 平賀さんは救護科(アンビュラス)に連絡を!!」

 

 不知火が素早く指示を出している間にも、キンジは必至になってアリアに呼びかけ続ける。

 

 しかし、

 

 その緋色の瞳が、呼びかけに答えて開かれる事は、ついに無かった。

 

 

 

 

 

第2話「深淵を覗く」      終わり

 

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