緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第3話「時代のバトン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 救急車で運ばれていくアリアを、友哉たちは、ただ呆然と見守る事しかできなかった。

 

 思えばアリアは、藍幇城での戦いの時から調子悪そうにしていたのを、今更ながら思い出す。

 

「・・・・・・クソッ」

 

 舌打ち交じりに、苛立ちを吐き出す。

 

 込み上げる悔しさと自身への怒りで、友哉は頭が沸騰しそうだった。

 

 兆候はあったのだ。だが、気付いてやる事ができなかった。

 

 友哉は先ほどのアリアの様子を思い出す。

 

 最前まで元気にしていた筈のアリアが、急に苦しみだしたと思うと、まるでスイッチが切れたように意識を失ってしまった。

 

 明らかに、普通の症状だとは思えない。

 

 ならば、原因は何だ?

 

 考えられる可能性を、一つずつ丁寧に潰していく。

 

 あれがアリア生来の症状でないとすれば毒物を投与された可能性もあるが、遅効性の処理を施したとしても、毒であんな症状をあらわす可能性は少ない。変化はもっと、劇的に起こり、処置の施しようがないくらい、あっという間に致死に至る筈なのだ。

 

 故に、毒物投与の可能性は、この場合、否定できる。何よりアリアは、今回にしろ藍幇城の時にしろ、「発作」と言う言葉を口にしてる。

 

 だとすれば、自ずと答えは限られてくる。

 

 と言うよりも、最大かつ最悪の可能性から、目を背けることはできないだろう。

 

「緋緋神化・・・・・・」

 

 周囲の者に気付かれないように、そっと呟く友哉。

 

 現状を鑑みるに、その可能性が一番高いと言えるだろう。

 

 奪われた殻金の内、殆どは取り戻す事に成功した。だが、最後の一枚が、未だに敵の掌中にある。

 

 そして、ついに間に合わず、アリアの緋緋神化が始まってしまった。

 

 そう考えれば、全ての事に辻褄が合う。

 

 急ぐ必要がある。

 

 かつて玉藻は、アリアが緋緋神化した場合、即座に殺すように指示してきている。それは、緋緋神が目覚めれば、世に災いが巻き起こるから、だとか。

 

 正直、その手のオカルト的な事は門外漢の友哉だが、アリアを殺すと言った玉藻の言葉に、偽りがあるとも思えなかった。

 

 そしてそれは、どうあっても看過できる事態ではない。これまで共に戦ってきた仲間を殺す事など、できるはずが無かった。

 

 だが、まだ手段が無い訳ではない。

 

 アリアの緋緋神化を止める事ができれば、彼女を殺す必要は無くなるのだ。

 

 宣戦会議の夜に眷属に奪われた殻金は殆ど取り戻した。残るは、覇美が持つ1個のみ。それさえ奪い返し、アリアの中にある緋弾へ戻す事ができれば、彼女を助ける事もできるはず。

 

 もはや手段を選んでいる余裕は無い。

 

 そう判断した友哉は、尚も心配そうに見守っているキンジ達からそっと離れると、コートのポケットから携帯電話を取り出して由比彰彦の直通番号を呼び出す。

 

 彰彦は閻に監視を付けていると言っていた。ならば、現在位置を割り出して襲撃を仕掛け、力づくで殻金を取り戻すしかなかった。

 

 コールすること数回、相手が受話器の向こうへと出た。

 

《もしもし、緋村君ですか?》

「計画を早めます。そちらが持っている情報を、全てこっちに回してください」

 

 間髪を入れずに、用件を切り出す友哉。

 

 判っている。

 

 これが自分にとって、坂道を転がり落ちる行為であると言う事は。

 

 だが、それでも、今は躊躇う訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都内某所の美術館にて行われている陶芸作品展は、連日にわたって多くの集客を呼び、多大な盛況ぶりを誇っていた。

 

 芸術文化とは、過去から連綿と受け継がれてきたバトンリレーであるとも言える。

 

 一時代を築いた芸術家が、次の世代へと技術(バトン)を渡す。

 

 そして受け継がれた技術(バトン)を、更に未来で別の誰かへと受け継ぐ。

 

 そうして、受け継がれた技術は、現代に残る物である。

 

 だが、バトンを受け継がず、己限りで技術を終わらせる芸術家も中には存在する。そうした存在の中には、幻とまで呼ばれ、実在を疑問視される場合も存在した。

 

 新津覚之進(にいつ かくのしん)と言う陶芸家も、その一人である。

 

 活動時期は明治初期から中期に掛けてと、極めて短く、世に出回っている作品も、他の陶芸家に比べれば圧倒的に少ない。。だが、その独特の作風と、神掛かっているとさえ言われる天才的な感性が、平成の現代になって尚、多くのファンを獲得している。

 

 反面、本人は極度の人嫌いであったらしく、山奥でひっそりと暮らしていたせいも有り、その姿を見た者はほとんど存在しないと言う。僅かな知り合いが残したとされる資料と、数々の作品だけが、その存在を現代に裏付ける証拠となっていた。

 

 閻は、飾られた器の一つを前に、腕組みをして立っている。

 

 周囲に、人の姿は無い。皆、閻の姿に恐れを成して離れて行ってしまったのだ。

 

 閻はただ1人、腕組みをしたまま、その器を眺めていた。

 

 と、

 

「その器に、何か思い入れでも?」

 

 傍らから発せられた明るい声に、閻は僅かな身じろぎをする。

 

 自分に近付いてくるような輩がいるのか、と訝りながら振り返る閻。

 

 すると、いつの間に現れたのか、友哉が同じような姿勢で閻の傍らに立って器を眺めていた。

 

 防弾制服の上から防弾コートを羽織り、手には逆刃刀を携えている。完全に戦闘モードでの登場である。

 

 既に展示会場の封鎖は、武偵権限で行っている。万が一戦闘になった場合でも、被害は最小限に食い止められるはずだった。

 

 彰彦からの情報で、閻達がこの展示場に現れる事を知った友哉は、完全武装の上でこの場所へとやって来たのだ。

 

 この件に関し、友哉はキンジに声を掛ける事なく行動を起こしている。

 

 閻達と接触するのは、ある意味、極東戦役の停戦やぶりに抵触しかねない危険な行為である為、誰かを巻き込むようなリスクは冒せない。

 

 加えてキンジは、今は倒れたアリアの容体の件で手いっぱいのはず。瑠香の話では、その件で風魔陽菜も動いているらしい。恐らく、キンジの命によるものだろう。

 

 どうもアリアは、あの後で意識こそ戻ったものの、イギリス大使館や日本の外務省の思惑により、事実上、病院内に監禁状態となっているらしかった。

 

 そちらについては、キンジに任せる事にして、友哉は問題への直接的なアプローチを試みる事にしたのだ。

 

「我は、人の作りし物に、さほどの興味はない」

 

 対する閻も、まるで世間話の延長のように、動じた様子も無く友哉の問いかけに応じた。

 

 見れば、別段、変わった器のようにも見えない。もっとも、芸術に疎い友哉が見ても、その価値は分からないのだが。

 

「しかし、中には作りし者の魂を感じる事のできる物も存在する。この器や、そこらに転がってある物も然り、そうした物があるというだけの事だ」

 

 そう言ってから、閻はジロリと、横目で友哉を睨みつけた。

 

「何用ぞ、緋村? わざわざ我を訪ねて来たからには、疾く、要件を言うが良い」

「そうですね・・・・・・」

 

 閻に促されるようにして、友哉は口を開く。

 

 元より、長々と前置きをするのは、友哉も好きではなかった。

 

「要件は2つ。1つは、あなた達が持っている殻金の返還。あれは元々こっちの物ですし、極東戦役の停戦条約で返還が決まっています」

「ふむ、して、いま1つは?」

「あなたが知っている、飛天御剣流の事について、教えて下さい」

 

 キンジの話では、閻はもしかしたら自分達が想像もできないくらいの長寿、それこそ玉藻に匹敵するくらいの年齢である可能性があるとか。

 

 だとしたら、過去に存在した飛天御剣流の担い手とも交流があったとしてもおかしくはなかった。

 

 友哉の問いかけに対し、閻は答えない。

 

 しかし、同時に周囲の空気が痛いほどに引きしめられるのが分かった。

 

 閻の殺気が上がっている。

 

 今の友哉の言葉に対し、何か看過し得ないものがあったのだろう。閻は牙を剥くような表情を友哉に向けて来た。

 

「殻金は今、覇美様の鬼袋の中にある。それを取り出す事、まかりならん」

 

 殺気を滲ませて発せられる言葉。

 

 普通の人間ならば、それだけで竦み上がる事だろう。

 

 だが、既に意識が戦闘モードにある友哉は、閻の視線を真っ向から受け止めて跳ね返す。

 

「僕は、『お願い』している訳じゃないんですよ」

 

 挑発的に言い返す友哉。

 

 拒否するなら力づくで行く。

 

 そのニュアンスと共に、友哉は閻に返す。

 

 対して、閻も腕組みを解いて友哉と対峙する。

 

「良かろう」

 

 重々しい言葉で頷いて見せる閻。

 

 元より、友哉がここに来た時点で、対決は望む所だったのだろう。

 

 是非にと言われれば、閻としても躊躇う理由は無かった。

 

「緋村よ、うぬのいま1つの願いも、うぬが強ければ応えて進ぜよう。ところで・・・・・・」

 

 言いながら閻は、不機嫌そうに牙を見せる。

 

「我は手の内を隠す輩は好かぬ。隠している物は、全て吐き出すが良い」

「・・・・・・成程、なら、『お互いに』隠し事はやめておこうか」

 

 言いながら、友哉はスッと右手をかざす。

 

 すると、背後の柱や壁の陰から、それぞれ茉莉、陣、瑠香が姿を現す。

 

 それとほぼ同時に閻の背後にも、複数の影が威嚇するように姿を現した。

 

 閻を取り巻く者達はみな、どこかの学校のセーラー服を着ているが、普通の持し攻勢でない事は一目瞭然である。

 

 1人は髪が長く、すらりとした美人だ。手には日本刀を持ち、鋭い殺気を友哉に向けてきている。

 

 もう1人は髪をベリーショートに短くしており、どこか可愛らしさのある大きな瞳に交戦的な笑みを浮かべている。

 

 皆が皆、鋭いまでの殺気を隠そうともしていなかった。

 

「閻姉様、ここは我らが。このような下賤な輩共、閻姉様の美しい御手を煩わせるまでもありません」

津羽鬼(つばき)姉様の言うとおりです。ここは、我らが」

 

 すぐ傍らに立った人物がそう言うと、残り1人も同意するように頷きを返す。

 

 所謂イケメン的なカリスマと言うべきか、その会話から、どうやら閻が仲間内からかなり慕われているらしい事が分かる。

 

 だが、そんな仲間に対し、閻は諭すように言う。

 

「奢ってはならぬ、津羽鬼(つばき)凶花(きょうか)。こ奴等、我らが戦うに相応しい力を持っておるようだ」

 

 そう言うと、閻は踵を返す。

 

 どうやら、着いて来い、という意味らしい。

 

 友哉達は頷き合うと、閻に続いて展示会場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閻が友哉達を連れてやって来たのは、すぐ近場にある公園だった。

 

 広さはある程度あり、それでいて周囲には人の気配は無い。

 

 まさに、戦場とするには相応しい場所であると言えた。

 

「さて、始める前に、武偵として質問させてもらうよ」

 

 そんな前置きと共に、友哉は対峙する閻に問いかける。

 

「今回の入国の目的、答えてもらえるかな? まさか、陶芸展を見たいからって訳じゃなかったんでしょ?」

 

 鬼払結界が解除された後、すぐに閻達の入国が確認されている。それはつまり、閻達は急いで日本に来なくてはならない理由があった、という事だ。

 

 まさか応えるとは思えないが、そこら辺は一応、武偵としての義務である。訪ねておかなくてはならなかった。

 

 だが、

 

「緋緋神様に会う為、アリアを確認しにまいった」

 

 思わず、イクス全員がその場で崩れ落ちそうになった。

 

 まさか、こんなにあっさりと言われるとは思ってもみなかった。

 

「え、えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな閻に対し、友哉は恐る恐ると言った感じに聞いてみる。

 

「こっちから聞いといて何だけど、そんなあっさりと話しちゃって良かったの?」

「うむ? 何か問題でもあるのか?」

 

 本気で訳が分からない、といった感じに閻は首を傾げる。どうやら本当に、さほど情報を重要視していないようだ。

 

 見れば、閻の背後に控えた津羽鬼と凶花も、「やだ素敵、しびれる」みたいな視線を閻へと向けている。

 

 もしかして、これが鬼のデフォルトなのだろうか?

 

「さて、問答はこれくらいでよかろう」

 

 閻は鋭い眼差しを向けながら、居並ぶイクスメンバー達と対峙する。

 

「これなる場所であれば、無用な邪魔も入るまい」

「確かにね」

 

 頷きながら周囲を見回し、友哉は閻へと視線を向ける。

 

「でも、こういう配慮をしてくれるとは、正直、驚いたよ。てっきり、そこらじゅうの物を全部巻き込んでも構わない、て言う感じだと思ってたから」

「愚問なり緋村。うぬは、蟻の巣を潰すのに、蟻の行列全てを踏み潰して歩くのか?」

 

 友哉の感心した言葉に対し、閻は何でもない、と言った調子に返す。

 

 要するに、無駄な犠牲を出すつもりはない、と言う事だろう。ありがたい事に。

 

 だが

 

「おいおい」

 

 その閻の言葉に対し、反応したのは陣だった。

 

「やっこさん、随分と俺等を舐めてるじゃねぇか。ここはひとつ、たっぷりと教育してやろうぜ」

 

 言いながら、指の骨を鳴らす陣。

 

 どうやら、自分達を蟻呼ばわりした事が頭に来ている様子である。

 

 見れば、茉莉も腰の刀に手を掛けて、戦闘開始に備えている状態だ。

 

 瑠香には一応、周囲の警戒に当たらせている。万が一、誰か一般人が公園内に入り込んで、戦闘に巻き込まれるのを防ぐためだ。

 

 対して、閻達も既に準備万端と言った感じに迎え撃つ体勢を整えている。

 

 閻は相変わらず腕組みをして泰然自若と言った感じだが、津羽鬼は腰の刀に手をやって戦闘準備を整え、凶花も両拳を掲げる形で激発するタイミングを待っている。

 

「閻は僕がやる。2人は残りをお願い」

「おうよ、任せとけ」

「判りました」

 

 頷きを返す陣と茉莉。

 

 対する閻達もまた、友哉達を睨み付けてくる。

 

 次の瞬間、両者は弾かれるように動いた。

 

 

 

 

 

 

「オラァッ!!」

 

 拳を振り上げて先制攻撃を仕掛ける陣。

 

 相手は、閻の右側に立つ無手の鬼、凶花だ。

 

 武器を持っているようには見えない。ならば、陣が相手をするのが適任だ。

 

 繰り出される、陣の強烈な拳による一撃。

 

 それを、

 

 相手は事もあろうに、素手で受けて来た。

 

 パシッ

 

 軽い音と共に、陣の拳が弾かれる。

 

「なにッ!?」

 

 驚愕する陣。

 

 思った以上に、軽い衝撃が伝わってくる。

 

 あり得ない。本気を出せばコンクリート壁すら粉砕できる陣の拳が、殆ど衝撃無しで防がれるなど。

 

「何だそれはッ 温いにも程があるぞ!!」

 

 不敵な笑みを浮かべる凶花。

 

 同時に、陣の体に衝撃が走った。

 

 凶花の拳が、霞むほどの速度で繰り出され、的確に陣の体を捉える。

 

「グッ!?」

 

 思わず、呻き声を漏らす陣。

 

 疾く、重く、しかも正確。

 

 凶花の攻撃は、常識外の打撃力でもって、陣に襲い掛かってくる。

 

 その速度を前に、陣も反撃の糸口がつかめずに後退する。

 

 だが、それを許さんとばかりに、距離を詰めて来る凶花。

 

「どうしたどうした人間!! その程度か!?」

 

 亀のように防御を固める陣を嘲笑う凶花。

 

 ただ力が強いだけではない。何かの格闘技をやっているかのように、型に嵌った攻撃をしてくる。

 

 恐らく、陣の拳をいなしたのも、何らかの技術によるものと思われた。

 

「そらッ これでェ!!」

 

 身体を捻り込みながら繰り出した強烈な拳撃を、容赦無く陣に叩き付ける凶花。

 

 堪らず、陣は大きく後退を余儀なくされた。

 

 やったか?

 

 確信と共に陣を睨み付ける凶花。

 

 自身の攻撃力を余すところなく叩きつけた一撃だ。これを食らって無事である筈が無い。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・それで終わりかよ?」

 

 ガードを解いた陣は、不敵な笑みを浮かべて凶花を睨み返す。

 

 ダメージを負った形跡はない。

 

 凶花が常識外なら、陣の打たれ強さもまた常識外だった。

 

「チッ 人間にしては頑丈だな、お前」

 

 舌打ちする凶花。

 

 その瞬間、今度は陣が動いた。

 

「そらッ 今度はこっちの番だぜ!!」

 

 言い放つと同時に、凶花へと拳を振り上げる陣。

 

 対して、虚を突かれた凶花が、今度は守勢へと回る。

 

 攻守を逆転した光景が、展開されていた。

 

 

 

 

 

 茉莉は自身のギアをトップに入れると、一気に駆け抜ける。

 

 狙うのは、閻から津羽鬼と呼ばれた鬼。

 

 スラリと背が高く、長い黒髪の少女の姿をした鬼である。

 

 だが、閻の側近をしているからには、油断できる相手ではないだろう。

 

 縮地を使い、一気に距離を詰める茉莉。

 

 友哉がいない間も鍛錬を欠かさなかった為、茉莉の機動力は、5月に友哉と戦った時よりも飛躍的に向上している。

 

 殆ど姿が消えるほどの速度で抜刀する茉莉。

 

 だが、

 

 白刃が津羽鬼を斬り裂こうとした瞬間、刃は空しく空を切った。

 

「なッ!?」

 

 驚く茉莉。

 

 次の瞬間、

 

 背後から迫る強烈な殺気を感じ、とっさに前宙を決めつつ回避する。

 

 上下逆さまの視界の中で茉莉が見た物は、自身に向けて刀を横なぎに振るう津羽鬼の姿だった。

 

 ドッと、冷や汗が出る。

 

 まさか、自分に追随できるほどの機動力を持つ存在がいるとは、夢にも思わなかった。

 

 友哉ですら、スピードでは今の自分には敵わないだろう。

 

 だが津羽鬼は、茉莉の速度に追随して来たばかりか、反撃までしてきている。つまり、彼女もまた、友哉よりも速いと言う事だ。

 

 もっとも、茉莉も負けてはいないが。

 

 着地と同時に体勢を強引に立て直すと、茉莉は技を振り切った状態で動きを止めている津羽鬼に対し、先手を打つようにして斬り掛かる。

 

 対して、今度は津羽鬼も回避行動に入る余裕が無かったらしい。

 

 茉莉の刃を、津羽鬼は自身の刀で受け止める。

 

 ガキンッ

 

 激突する刃と刃。

 

 その衝撃に押されるように、茉莉と津羽鬼は同時に後退する。

 

「フッ!!」

「まだッ」

 

 今度はほぼ同時。

 

 茉莉と津羽鬼は互いの刃を繰り出す。

 

 空中で激突する両者。

 

 剣戟が周囲に火花を飛び散らせ、夜の闇を一時、激しく照らし出す。

 

 やがて、互いに決定打を欠いたまま、茉莉と津羽鬼は仕切り直す為に距離を取った。

 

「・・・・・・やるではないか」

 

 津羽鬼は牙の生えた口を僅かに引き締めて茉莉に告げる。

 

「人の身で、そこまでの健脚は初めて見たぞ。まさかこちらに追いついて来るとはな」

「それは、こっちのセリフです」

 

 茉莉も、縮地を発動した自分が、まさかスピードで負けるとは思っても見なかった。

 

 油断すれば、一瞬で斬られる。

 

 茉莉と津羽鬼は、同時にそう考える。

 

「ところで・・・・・・・・・・・・」

 

 そこでふと、津羽鬼は真剣な眼差しで茉莉に告げて来た。

 

「お前、顔に似合わず、なかなか悪食よな」

「はい? 何の事ですか?」

 

 突然の物言いに、訳が分からず首をかしげる茉莉。何故ここで、食の好みの話題が出てくるのだろうか?

 

 すると、津羽鬼は刀の切っ先で茉莉を差して言った。

 

「下履きに絵を描く程、熊が好物とは。あれはなかなか筋張っていて、人の口には歯ごたえがありすぎると思うのだが」

「~~~~~~//////!?」

 

 津羽鬼の言葉の意味を悟り、茉莉は一気に顔を真っ赤にする。

 

 茉莉は今日、クマさんパンツを穿いてきている。どうやら津羽鬼は、その事を言っているらしい。

 

 普段、縮地を発動した茉莉のスカートの中まで見れる人間はまずいないのだが、その茉莉に匹敵する速度を持つ津羽鬼には、バッチリとパンツを見られてしまったらしかった。

 

「ち、違いますッ これはそんなのじゃありません!!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように、強烈な勢いで地面を蹴って斬り掛かって行く茉莉。

 

 心なしか、さっきよりもスピードが上がっていた。

 

 

 

 

 

 陣VS凶花、茉莉VS津羽鬼

 

 それぞれの戦いが激しく展開している頃、

 

 大将同士の激突にも熱がこもり始めていた。

 

 急速に距離を詰める友哉。

 

 閻の巨体が、すぐ間近へと迫ってくる。

 

 並みの攻撃ではダメージを与えられない事は、欧州での激突で分かっている。

 

 閻は友哉の九頭龍閃を受けて無傷だっただけではなく、ヒステリアモードのキンジとも引き分けたと言う。

 

 ならば、並みの攻撃では掠り傷一つ負わせる事はできまい。

 

 ならばこそ、まともに戦うのは危険だった。

 

「飛天御剣流!!」

 

 駆けながら、構えを変える友哉。

 

 刀を持った右手を大きく引き、左手は寝せた刃に当てる。

 

 閻が迎撃しようと剛腕を振るうが、それを頭を低くして回避。同時に攻撃態勢を整える。

 

「龍翔閃!!」

 

 刃は、確実に閻の顎を捉えて突き上げる。

 

 だが、

 

 空中高く跳び上がった友哉は、舌打ちしながら閻を見る。

 

 やはりと言うか、無傷。それどころか、飛び上がった友哉を、鋭い眼差しで睨み付けて来てさえいる。

 

「フンっ!!」

 

 強烈な気合と共に、再び拳を繰り出す閻。

 

 凶花のように技がある動きではないが、それだけに力任せの強烈さは段違い、と言うより次元違いのレベルだ。

 

 閻の攻撃を、空中で宙返りしながら回避する友哉。

 

 着地と同時に、再び接近を図る。

 

 津羽鬼程ではないにしろ、閻の攻撃も速い。

 

 しかも、剛腕から繰り出される攻撃は、それだけで吹き飛ばされそうな攻撃で友哉に襲いかかってくる。

 

「なるほど、これは、キンジとも引き分ける訳だ」

 

 呟きながら空中に飛び上がって閻の拳を回避する友哉。

 

 同時に体勢を入れ替えて、カウンターの構えを見せる。

 

「飛天御剣流・・・・・・龍槌閃!!」

 

 閻の脳天めがけて、刀を振り下ろす友哉。

 

 いくら防御力の高い閻でも、脳天の防御までは出来ない筈。

 

 そう考えての攻撃である。

 

 振り下ろされる刃。

 

 強烈な一撃を受け、僅かに閻の巨体が前のめりになる。

 

 だが、

 

 友哉が着地した瞬間を見計らうように、閻が拳を振り上げられた。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちする友哉。

 

 同時に、全力でその場から飛び退きに掛かる。

 

 拳が、空気を粉砕するような勢いで繰り出される。

 

 その一撃が、友哉の鼻先を掠めて行った。

 

「ッ!?」

 

 当たってもいないのに、凄まじい衝撃が友哉に襲いかかる。

 

 思わず、体をのけぞらせる友哉。

 

 だが、そのまま勢いを利用する形で後方宙返りをすると、閻から距離を取る。

 

 対して、閻は友哉を追撃してくる様子はない。僅かに自身の首に手を置いて振りながら、具合を確かめている所を見ると、どうやら先ほどの龍槌閃はダメージが全く入らなかった訳ではないらしい。

 

 もっとも、倒すには程遠い状況なのだが。

 

 睨みあう両者。

 

 閻は両腕を軽く開いて構え、友哉も逆刃刀を正眼に構える。

 

「やるではないか」

 

 対峙しながら閻が、重々しい口調で告げて来る。

 

「うぬはまことに、比古清十郎(ひこ せいじゅうろう)では無いのか?」

「欧州でも言いましたけど、その名前には覚えがないですよ」

 

 龍の港でも聞かれたその名前に、友哉はやはり覚えが無い。いったい、それが何を意味しているのか?

 

「摩訶不思議な事よ。では重ねて問うが緋村、うぬは如何にして、飛天の剣を体得したのか?」

 

 閻のこれまでの会話から、比古清十郎なる名前が、何らかの形で飛天御剣流と関わりがある事は間違いない。

 

 このまま会話を続ければ、あるいはその謎に迫れるかも知れなかった。

 

「うちの先祖が飛天御剣流の使い手だったので、その文献をもとに、自分で再現しました。だから、これがオリジナルかどうかは、僕にも判りません」

 

 実際、多くの技のやり方については、緋村剣路(ひむら けんじ)の備忘録に記されていたが、その解釈の仕方については友哉の主観も含まれている。それが正しいかどうかについては、今や確かめる術は無かった。

 

 だが、そんな友哉の答えを聞き、閻は大笑いを上げた。

 

「何とも、女人の如き顔に似合わず、剛毅な物よ」

「褒めてくれるのはうれしいけど、一言余計だよ」

 

 自分でも気にしている女顔の事を言われ、口を尖らせる友哉。

 

 だが、閻は気分が乗ったように口を開く。

 

「好い・・・・・・好いぞ。今日はなかなか好い気分になれた。であるから緋村、うぬの問いに答えて進ぜよう」

「・・・・・・それは、飛天御剣流の事について?」

「うむ」

 

 警戒するような友哉の言葉に、閻は頷きを返す。

 

 どうやら実際に干戈を交えた事で、閻は友哉の事を気に入ったらしい。それで、質問に答えてくれるつもりのようだ。

 

「あれは、もう間もなく、戦国の世が終わろうとする頃であったか・・・・・・修行で信濃の国を旅していた我は、そこで1人の旅の剣士と出会い、立ち会う事となった」

 

 戦国時代の終盤と言う事は、17世紀くらいだろうか?

 

 だとすると、緋村抜刀斎が活躍した幕末よりも更にだいぶ前の時代と言う事になる。

 

「あの頃は、我もまだ若かった故に血気逸っていた面もあったな」

 

 まるで「今は違う」と言うニュアンスに、思わず吹きそうになる友哉。だが、ここは黙って「聞き」に徹する事にする。水を差したくなかったので。

 

「戦いは一昼夜に渡って続けられた末に、敗れたのは我の方だった。ただ、あれも詮無き事よ。かの者の強さは既に完成されていたのに対し、我もまた修業中だった故な。それに、戦いが終わった後は、実に楽しい宴で語り明かしたものよ」

 

 閻は思い出に浸るように、遠くを見る。

 

「戦に負けて悔恨の念を抱かなかったのは、後にも先にもあれ一度のみ。我と彼とは、それ以来、種を越えし友となった」

 

 言いながら、閻は視線を友哉に向け直す。

 

「我を倒せし、その剣士こそが、3代目比古清十郎(ひこ せいじゅうろう)殿であった。比古殿曰く、飛天御剣流は代々、継承者に技と名を引き継いでいく形で受け継がれていくというではないか。それ故、我もうぬを比古清十郎であろうと思うたまでよ」

「なるほどね」

 

 大体の事情が分かり、友哉は頷きを返す。

 

 つまり「比古清十郎」とは、飛天御剣流を体得した人間に贈られる

 

 飛天御剣流は代々、その技と志を、比古清十郎の名前と共に受け継がれてきた訳だ。

 

 これもある意味、技術(バトン)の継承であると言えた。

 

 それにしても、

 

 玉藻にしろ閻にしろ、常識外に長生きしている存在からは、よくよく思いも掛けない事が聞けるものである。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 和んだ空気もここまで、といった感じに閻は、拳を振り上げて構えを取る。

 

「緋村、うぬのいま1つの願いにも、応えてやらねばなるまい」

「・・・・・・やっぱり、そうなるよね」

 

 アリアの殻金を返してもらう。

 

 昔話を余興のついでに聞く事が出来たが、ある意味、本命はそっちである。

 

 どうやらそちらに関しては、譲る気はないらしい。

 

 ならばこちらとしても、全力で応じるしかない。

 

 刀を鞘に納め、抜刀術の構えを取る友哉。

 

 奥義 天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)

 

 九頭龍閃でもダメージが与えられない鬼が相手では、最早それ以外に切れるカードはなかった。

 

 閻の方でも、友哉が本気になった事を悟ったのだろう。戦意を高めつつ、距離を縮めに掛かる。

 

 両者の戦意が膨れ上がった。

 

 次の瞬間、

 

「それくらいにしておけ」

 

 いっそ、場違いと思えるほどに落ち着き払った声が響き渡り、友哉と閻は、ほぼ同時に動きを止めた。

 

 水を浴びせられるように動きを止めた2人が視線を向けた先。

 

 そこには、煙草を吹かしながら、落ち着いた調子で歩いてくる痩身の男の姿があった。

 

「斎藤さん・・・・・・」

 

 知り合いの公安刑事の登場に、友哉は僅かに顔をしかめた。

 

 その一馬の背後からは、おずおずと言った感じに、瑠香が顔を出しているのが見えた。どうやら公園を見張っている時に捕まってしまったらしい。もっとも、ここで彼女を責めるのは酷だろう。何しろ、相手は公安0課だ。殺されなかっただけ、良しとするしかない。

 

 一馬が出てきている、という事は公安0課が、この戦いに介入する用意があるという事だ。

 

 閻達に続いて0課にまで出てこられては、厄介、どころの騒ぎではない。下手をすれば、この場で全員、存在を消されてもおかしくはないだろう。

 

「空の港より、我等を尾行していたのはうぬ等か?」

「ほう、気付いていたか。見かけによらず鋭いな」

 

 閻の言葉に、紫煙を吐き出しながら感心したように言う一馬。

 

 その言葉で初めて、友哉は公安0課が初めから閻達をマークしていた事を悟った。

 

「これ以上の騒動は遠慮願おうか。既に、この公園は公安が包囲している。是非にというなら、徹底的にやってやるが?」

 

 一馬の言葉を受け、友哉は閻に視線を向ける。

 

 この場にあって、鍵を握っているのは彼女だ。閻の出方次第で、この後の展開が変わってくる事になる。

 

 果たしてどうなるか?

 

 そう思っていると、

 

 閻は構えを解いて、クルリと踵を返した。

 

「興が削がれた。今宵は、ここまでにしようぞ、緋村」

「閻・・・・・・」

 

 そう言って立ち去っていく閻。

 

 そこで、何かを思い出したように、ふと立ち止まって振り返った。

 

「うぬが遠山と縁がある限り、我等は再び見える事となろう。その時までに、技を磨いておくが良い」

 

 そう言い残すと、今度こそ閻は、振り返らずに歩き去っていく。

 

 後には立ち尽くす友哉と、煙草を吹かす一馬だけが公園の闇に残されていた。

 

 

 

 

 

第3話「時代のバトン」      終わり

 


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