緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第4話「Border Line」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中に座するその人物の存在を知る者は、今はこの国では、殆どいなくなってしまっていた。

 

 ゆったりとした法衣を羽織り、顔は深く被った頭巾の為に、窺い知る事はできない。

 

 一見すると、ただの痩せこけた老人のようにしか見えない。

 

 だがそれだけに、その不気味さは際立っていると言えよう。

 

 その存在を知る者には「闇の御前」と呼ばれて恐れられる老人は、ただそこにいるだけで、見る者の心臓を凍りつかせるように錯覚させられる。

 

 古の御世より、この国の全てを司り、人知れず暗躍を続けてきた存在である。

 

 人を動かし、歴代の天皇、将軍をも凌駕し、他者の人生を操り、多くの命を消費しながら、この国を陰から動かし続けてきた。

 

 この国に住んでいる者なら誰もが、御前には逆らう事ができなかった。

 

 その御前の背後に、突如、気配が浮かび上がるのを感じる。

 

 僅かに揺れるろうそくの炎。

 

 その光が、頭巾の奥の顔に影を作る。

 

「戻ったか」

「ハッ」

 

 御前の言葉に、背後で膝を付いた男は首を垂れる。

 

 外見からして、かなりの年齢である事は判る。どう見ても70は下らないだろう。

 

 オールバックにした長髪は軒並み白くなり、顔には多くのしわが刻まれている。

 

 だが、

 

 若い頃より鍛え上げて来た強靭な肉体は、老齢に達した今も衰える所を知らず、やや小柄ながら巌の如き体躯を築き上げている。

 

 更に、鋭い眼光は、老いて尚、衰える事を知らない獅子のようだ。

 

 平和に慣れた現代の若造如きなら、1000人を相手にしても殴殺できる自信があった。

 

「どうであった、海外における任務は?」

「は、失礼ながら、聊か拍子抜けの感が否めませんでした」

 

 気負いを一切感じさせない初老の男の発言に、御膳はほうっと感心したように言う。

 

 長年、多くの戦場を渡り歩いて戦い続けて来た男は、これまで御前の指示に従い、表には出せない任務を多くこなしてきた。それ故に、御前が寄せる信頼も、絶大なものであった。

 

「あの程度の敵が相手では、我等が出る幕でもなかったかと。むしろ、その裏にて行われていた極東戦役への参戦を御命じ頂きたかった程です」

 

 言いながら、初老の男はしわの深い顔を上げて御前を見る。

 

「さすれば、師団であろうが眷属であろうが、我等のみで殲滅してご覧に入れましたものを」

「相変わらずのようだな」

 

 まるで戦国武将のような勇ましい物言いに対し、御前はそう言って顔に笑みを浮かべる。

 

 この初老の男の、こうした豪胆な態度は、御前としても好むところである。

 

「しかし、お前は一つ、勘違いをしておるぞ」

「と、申されますと?」

 

 御前の言葉に対し、初老の男は訝しむように首をかしげて御前を見る。

 

 それに対し、御膳は頭巾の下に不気味な笑みを浮かべて言った。

 

「戦役は、まだ終わっておらぬ。確かに、形としての極東戦役は終結したが、未だに戦い続けておる者も多い。それに・・・・・・・・・・・・」

「それに?」

 

 身を乗り出す初老の男。

 

 それに対し、御前は先日、察知したある者の事を脳裏に思い浮かべる。

 

 何か、大きな力が、東京で動くのを感じた。

 

 あれは間違いなく、緋緋神が目覚める兆しであった。

 

 そして、それこそが長き月日にに渡って、御前が闇の中で座しながら待ち望んだ状況に他ならなかった。

 

「緋緋神は目覚めさせねばならぬ。いかなる手段を用いてでもな。その為に、邪魔する者達を、お前達が排除するのだ。彼の神を覆いし者共を全て平らげ、緋緋神を白日の下へと引きずり出すのだ」

「御意」

 

 御前の言葉を受けて、初老の男は首を深く垂れた。

 

 まもなく、より大きな戦乱が起こる。

 

 それこそ、世界全てを巻き込むほどの、大きな戦いが、だ。

 

「楽しみではないか。その時こそ、我等こそが、世界を動かす事となるのだからな」

 

 そう言って、御前はクックッと、くぐもった笑みを発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒塗りのセダンや軽ワゴンが数台、公園の入り口付近に駐車されている。

 

 一見するとマナー違反の行為だが、今は深夜である。違法駐車を咎める者は存在しない。

 

 一度は巡回中の巡査が通りかかり、見咎めるようにして覗き込んで行くが、それらは全て、周りにいる黒服の者達にあしらわれ、スゴスゴと退散していくしかなかった。

 

 彼等は警視庁公安部 公安0課所属の者達である。いかに警察官と言えど、一介の巡査に太刀打ちできる相手ではなかった。

 

 その公園内では、今、公安指導による証拠隠滅作業が行われていた。

 

 公園内は、イクスメンバーと閻達が戦った余波で木々はなぎ倒され、地面は深く抉られている。

 

 これらに対して、ある程度の偽装を施して、「爆発事故」等の適当な理由を付けて世間の目を誤魔化すのもまた、公安の仕事だった。

 

「随分と派手にやらかしてくれたものだな」

 

 タバコの煙を吐き出しながら斎藤一馬は、呆れ気味の視線で、前に並んだ武偵達を睨み付ける。

 

 もっとも、当の武偵達はと言えば、それぞれ明後日の方向を向きながら一馬の言葉を聞き流しているのだが。

 

 説教なんぞ、どこ吹く風、と言った態度である。

 

「まさか、0課が閻達を張っていたなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は苦虫を潰したような表情で、一馬を睨み付ける。

 

 そうと判っていれば、もう少し慎重に動いたかもしれない。

 

 とは言え、アリアの件もある為、あまり悠長に構えてはいられなかったのも事実なのだが。

 

「お前はいつでも、詰めが甘いんだよ、阿呆が」

「ウグ」

 

 そんな友哉に、容赦ない皮肉を浴びせる一馬。もともと仲が悪い事もあるのだが、その口調には一切の容赦がない。

 

 対して、全く持って一馬の通りである為、友哉としても言い返す事はできず、歯噛みするしかなかった。

 

 そんな友哉達に対し、一馬はやれやれとばかりに煙を吐き出す。

 

「本来なら全員、本庁まで御同行願うところなんだが・・・・・・・・・」

 

 一馬の言葉に、友哉達の間で緊張が増す。

 

 相手は国家権力の象徴たる警察官。それも国内最強の公安0課だ。イクスメンバーが全員で掛かっても勝てない事は明白である。

 

 だが、

 

 一馬は吸い終わった煙草の吸殻を足元に投げると、それを靴の底で揉み潰し、踵を返した。

 

「斉藤さん?」

「鬼どもの追跡任務は、まだ継続中なんでな。こっちはガキのお守りまでには手が回らん。あとは勝手にしろ」

 

 言いながら一馬は、背後に控えていた川島由美を伴って歩き去って行く。

 

 要するに、これ以上は大人しくしていろ、と言う事らしい。

 

 それを証明するように、停車していた車も公園から離れていく気配がある。どうやら本当に、公安0課は撤収を始めたらしかった。

 

 何とも肩透かしを食らった感が強いが、ここは助かったと思うべきところだった。

 

「ふいィ~~~~~~」

 

 それを確認した瞬間、瑠香は緊張が切れたように、その場に座り込んだ。

 

「大丈夫ですか、瑠香さん?」

「こ、怖かった~~~」

 

 腰が抜けたように座ったままの瑠香を、茉莉が気遣うように肩を抱いている。

 

 無理も無い。下手をすれば、公安0課との全面衝突に発展していた可能性もあったのだから。そしてその場合、敗れて全滅していたのはイクスの方だった事は疑いない。

 

 文字通り、大人と子供。相手にすらならなかっただろう。

 

「相変わらず、いけすかねえ野郎だな、あいつ」

「まあね」

 

 舌打ち交じりの陣の言葉に、友哉も頷きを返す。

 

 一馬とそりが合わないのは今に始まった事ではない。恐らく、あの男とは一生、分かり合える事は無いと思う。利害さえ合えば協力し合う事もあるだろうが、それも結局は一時的な物に過ぎないだろう。

 

 友哉と一馬。

 

 2人はどこまで行っても平行線。まるでコインの表と裏のような関係なのだ。

 

 だが、

 

「どうだ友哉、お前なら、あいつに勝てるか?」

「判らない。ちょっと前の僕なら、あっという間に負けていたと思うけど・・・・・・」

 

 陣の言葉に対し、濁すような返事を返す友哉。

 

 果たして「今」の自分が一馬と戦えば、どうなるだろうか?

 

 これまで友哉も、多くの敵と戦い勝利してきた。長年謎だった奥義も完成する事が出来た。

 

 ここ数カ月で、飛躍的と言っても良い程に成長を遂げたのは間違いない。

 

 だが、それでも公安0課刑事、斎藤一馬の実力には底知れない物がある。特に、彼の使う牙突の威力は、明らかに友哉の九頭龍閃を上回っている事は確実である。

 

 まだまだ、互して戦うには程遠かった。

 

「友哉さん」

 

 茉莉に呼びかけられ、友哉は思考を辞めて意識を戻す。

 

「ああ、ごめんごめん。みんな、今日は付き合ってくれてありがとうね」

 

 そう言って友哉は、居並ぶ仲間達に力無く笑い掛ける。

 

 結局、襲撃は失敗に終わった。

 

 飛天御剣流の貴重な情報を聞けたのは有意義だったが、結局、殻金を取り返す事はできず、閻達には逃げられてしまった以上、今回の作戦は失敗とせざるを得ない。

 

 戦ってみて改めて思ったのは、鬼たちの実力は侮りがたい、という事だろう。イクスメンバーが全力で激突しても、互角に持っていくのがやっとだったのだから。あのまま戦っていたとしても、友哉達が勝てた保証は無い。

 

 0課の介入で命拾いしたのは、あるいは友哉達の方だったかもしれなかった。

 

「で、友哉、これからどうするよ?」

 

 言いながら、陣は指の骨をボキボキと鳴らす。

 

 先の戦いは、陣としても不完全燃焼だったのだろう。閻達を追撃するべく、戦意も充分なようだ。

 

 だが、既に閻達が離脱してからそれなりに時間が経過している。今から追いかけて再襲撃を掛けるのは難しいだろう。

 

 残念だが、戦機は失われたと判断せざるを得なかった。

 

「今日は、ここまでにしよう。残念だけど、これ以上は意味が無いと思うから」

 

 それに、と友哉は心の中で付け加える。

 

 公安0課の介入によって、自分達がマークされてしまった可能性もある。これ以上の下手な動きは控えるべきだった。

 

「僕は、別のルートから、もう一度閻達に迫れないか探ってみるよ。みんなは先に帰ってて」

 

 そう告げると、友哉は仲間達に背を向けて歩き出す。

 

 そんな友哉の背中を、

 

 茉莉は少し寂しそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 携帯電話を取り出すと、友哉は迷う事無く目的の相手をコールする。

 

 これ以上のジョーカー行使は、自らの身を滅ぼす事になりかねない。

 

 だが、襲撃が失敗に終わった以上、速やかに次の手を打つ必要がある。その為には、どうしても情報が必要だった。

 

 やがて、通話を告げる音と共に、向こうの音声も耳に届いた。

 

《どうやら、不首尾に終わったようですね》

 

 彰彦の第一声を聞き、友哉は顔をしかめる。

 

 大方、張り付かせていた密偵から得た情報だろうが、こっちの事が筒抜けになっているのは、控えめに言っても良い気分ではなかった。

 

「0課の介入は予想外でした。そっちでは掴んでいなかったんですか?」

《申し訳ありませんね。こちらも人手不足でして。全てに対応する事は難しいのですよ》

 

 白々しい事を。

 

 友哉は腹の中で毒づく。

 

 彰彦が本当に、0課の動きを掴めていなかったかどうかについて、実際のところ友哉には判らない。もしかしたら知っていて、意図的に友哉に情報を流さなかった可能性もある。

 

 だが戦いが終わった今、その点に関して追及する意味は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・引き続き、鬼たちの追跡をお願いします。失敗した以上、閻達とはもう一度戦う必要があるので」

 

 今は彰彦の責任を問うよりも、閻達を追撃する方が先決であろう。アリアの事が手遅れになる前に。

 

 そんな友哉に対し、彰彦は少し黙ってから口を開いた。

 

《追跡調査と言う事なら構いませんがね、緋村君。しかし、一言言わせてもらえれば、「よろしいのですか?」》

 

 最後の一言に力を込めるようにして、彰彦は言った。

 

 その言葉に、眉をひそめる友哉。

 

《老婆心から言うのですがね、君はもう、随分と「こちら側の世界」に入り込んでしまっていますよ。勿論、私にはそれを止める権限など無いのですが・・・・・・》

 

 スッと目を自る友哉。

 

 分かっている。

 

 友哉自身誰よりも、これ以上進む事の危険性は理解していた。

 

 本能が、警告している。

 

 これ以上行くのは危険だ、と

 

 次に発する一言は契約成立の証。

 

 これ以上行けば、自分は引き返す事が出来なくなる事は明明白白。口をあけている闇に、一歩、踏み出す事になりかねない。

 

 ここに、目に見えない境界線が存在する。

 

 行けばもう、後戻りはできないだろう。

 

 待っているのはあるいは、修羅の道かもしれない。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「構いません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉は躊躇う事なく頷きを返した。

 

 自分達の目的を果たす為に、閻や覇美は必ず倒す必要がある相手。だが、相手はただの人間よりもはるかに上回る力を持っている。

 

 武偵憲章8条「任務は裏の裏まで完遂せよ」

 

 極東戦役における殻金奪還が成らない以上、戦役は真の意味で終わったとは言い難い。

 

 ならば、今は手段の是非を問うている暇はなかった。

 

《・・・・・・・・・・・・分かりました》

 

 ややあって、彰彦が返事を返してくる。

 

 彼もまた、友哉の決断を感じ入っているのだ。

 

 男が何かを決断する時、そこに損得も理屈も存在しない。ただ、標的を射抜く矢の如く、真っ直ぐに飛翔するのみだった。

 

《では、近日中に、私の方から連絡を入れる事とします。その指示に従ってください。それと、ご依頼の件は、こちらで間違いなく。多少、時間はかかるかもしれませんが、可能な限り早く、確実にこなして見せます》

 

 事務的にそう言ってから、彰彦は最後に、

 

 これまで友哉が聞いた事が無いくらい、真摯な口調で言った。

 

《緋村君。君の決断と勇気に、心から感謝します》

 

 それっきり、通話が切れた。

 

 友哉もまた、携帯電話をコートのポケットへと戻す。

 

 その時だった。

 

「友哉さん」

「ッ!?」

 

 突然、背後から呼びかけられた友哉は、思わず肩を震わせて振り返る。

 

 すると、そこには心配そうな顔をした茉莉が、ジッとこちらを見つめて立っていた。

 

 まさか、今の会話を聞かれたのか? と一瞬疑ったが、どうやらそうではないらしい事は、すぐに気配で分かった。

 

「ど、どうしたの? 帰ったんじゃ・・・・・・・・・・・・」

「友哉さんと一緒に帰ろうと思って、待っていたんです」

 

 言いながら、茉莉は友哉に駆け寄ってくる。

 

「あの、友哉さん、今の電話は・・・・・・・・・・・・」

「ああ・・・・・・僕が使っている情報屋の人だよ。閻達の行動について、色々と調べてもらっているんだ」

 

 そう言ってごまかす友哉。

 

 茉莉をだます事について、若干、胸の痛みを感じないではなかったが、それでも本当の事を伝える訳にはいかない。

 

 それに、嘘は言っていない。彰彦とは情報を得る為に接触していたのは事実なのだから。ただ、相手が誰か、というところまで教えてないだけの話である。

 

 勿論これは、徹頭徹尾、屁理屈であるが。

 

「さあ、帰ろう。これ以上は、体を冷やしちゃうからね」

 

 そう言うと、友哉は茉莉の肩を抱いて強引に話を打ち切る。

 

 それに対し、茉莉は温もりに包まれながらも、胸の内に去来する不安感を、完全には拭えずにいた。

 

 友哉は、自分にも何か隠している。それも、重大な何かを、だ。

 

 座視すれば、いずれ大切な何かを失う事になる。

 

 そんな漠然とした恐怖が、茉莉には感じられるのだった。

 

 その時だった。

 

「ほんに、無茶をする奴らよの。お主ら、もう少し考えて行動せぬか」

 

 立ち去りかけた友哉と茉莉の足を、背後から呼び止める声があった。

 

 振り返る2人の視線の先、

 

 そこには狐耳と尻尾を生やした、和装の少女が、こちらを睨み付けるように立っていた。

 

「おろ、玉藻?」

 

 旧師団の盟主たる玉藻は、何やら厳しい眼つきで2人を睨み付けてきている。

 

 と、

 

 玉藻はてくてくと2人に歩み寄ると、

 

「テイッ!!」

 

 バキィ!!

 

「おぶッ!?」

 

 友哉に対して似非龍翔閃(えせりゅうしょうせん)をかまし、手にした御幣で顎を撃ち抜いた。

 

 堪らず、たたらを踏んで数歩、後退する友哉。

 

「ゆ、友哉さん!?」

 

 突然の事態に、オロオロとしながら駆け寄ってくる茉莉。

 

 対して友哉は、数歩後退してから踏みとどまり、玉藻の小さな姿を見る。

 

「イッタタタタ・・・・・・いきなり何するのさ?」

「それはこっちの台詞じゃ、たわけ」

 

 友哉の言葉にかぶせるように、玉藻は怒り顔で詰め寄ってくる。

 

「極東戦役は終結したと言うに、お主たちの方から鬼に仕掛けていくとは何事じゃ。事によっては、眷属の者共を纏めて敵に回しかねない、重大な規約違反じゃぞ」

「それは・・・・・・判ってるけど・・・・・・」

 

 玉藻に言われるまでも無く、友哉もその事は判っている。

 

 今回は、それら全てを飲み込んだ上での襲撃だったのだ。

 

「玉藻も知ってるでしょ、アリアが倒れた事」

「む・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉の言葉に対し、玉藻は短く唸ってから沈黙する。

 

 どうやら図星らしい。妖怪同士、何か特別なネットワークを持っているらしい玉藻は、既にアリアの急変についても、情報を掴んでいるらしかった。

 

「アリアの体調不良は、緋弾と何か関係がある。そうなんでしょ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉の質問に対し、沈黙でもって答える玉藻。

 

 しかし、この場合の沈黙は、肯定と同義である。

 

 玉藻は黙したまま、友哉の言葉が正鵠を射ていると頷いてしまっているのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・さすがは抜刀斎の血筋か。なかなか鋭いの」

 

 ため息交じりに発せられた玉藻の言葉に対し、友哉はスッと目を細める。

 

 どうやら、友哉の予想は外れではなかったらしい。

 

「しかし、それならそれで、なぜ儂に一言言わなんだか? いくらでもやりようはあった物を」

「緊急性を要する。そう判断したから、僕の独断でやらせてもらった」

 

 以前、玉藻は友哉に言った事がある。

 

 アリアが緋緋神とかしたら、その時は迷わず殺す、と。

 

 緋緋神は恋と戦を好む神。目覚めれば、世に戦乱を招く事になる。それ故に、速やかに殺さねばらない。

 

 だが仲間として、そうなる事態は看過できない。それ故に友哉は、敢えて行動を起こしたのだ。

 

 しばし、睨み合う友哉と玉藻。

 

 傍らの茉莉は、ハラハラとしながら友哉を見ている。

 

 まさか、かつて同じ師団陣営として共に戦った2人が、ここで激突する事になるとでも言うのだろうか?

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、よいわ」

 

 玉藻の方から視線を外した。

 

「友を助けたいと願う、お主の気持ち、儂にも判らぬでもない。故に今宵の事は大目に見るとしよう」

 

 玉藻の言葉を受けて、

 

 友哉はフッと笑うと、刀に置いた手を外し殺気を引っ込める。

 

 正直、師団メンバーの中で最も実力が知れないのは玉藻である。本人曰く800歳の大妖怪だと言うし、戦役中も前線に出る事が無かった為、殆ど未知数と言っても良い。

 

 だが、仮にも師団側の盟主を務めたほどの人物である。更に戦役の期間中、鬼祓結界を維持し続けたほどの魔力の持ち主である。その実力が低いと言う事は考えにくかった。

 

 戦えば、友哉であっても危なかったかもしれない。

 

「じゃが、儂もまた、道を譲る気は無い。覚醒した緋緋神は、是が非にも討ち果たさねばならぬゆえな。その時には緋村、立ち塞がるならたとえお主であっても討たねばならぬ事と覚悟せよ」

 

 それに、

 

 玉藻は目を細めて友哉を見る。

 

 一見すると、どこにでもいそうな、普通の少年である。

 

 だが、玉藻だけには見えていた。

 

 少年を取り巻くように、黒い影が取り付こうとしているのを。

 

 これが何を意味しているのか、そこまでは流石の玉藻にも判らない。だが、友哉の行く道に、何かただならぬものが迫ろうとしている事だけは、確かだった。

 

「茉莉よ」

「は、はい?」

 

 突然、声を掛けられ、上ずった調子で返事をする茉莉。

 

 そんな茉莉の元に、トコトコと歩み寄ると、鋭い眼差しで見上げて来た。

 

「わしが以前言うた事、ゆめ忘れるでないぞ」

 

 それだけ言い置くと、玉藻は2人に背を向けて歩いて行く。

 

 もはや友哉を取り巻く事態は、玉藻を持ってしても止める事はできそうにない。

 

 しかし、もしかしたら、

 

 互いに想いを通い合わせている茉莉ならば、あるいは闇に堕ちようとしている友哉を掬い上げる事も、できるかもしれないと期待していた。

 

 やがて、玉藻の小さな姿も、闇の中へと溶けて消えて行く。

 

 後には、立ち尽くす友哉と茉莉だけが残された。

 

「・・・・・・・・・・・・僕達も、帰ろっか」

「そうですね」

 

 静かに告げる友哉に、茉莉も頷きを返す。

 

 踵を返して歩き出す友哉。

 

 だがふと、気配を感じて振り返る。

 

「おろ?」

 

 友哉が向けた視線の先では、茉莉が何か、思いつめたような顔で立ち尽くしているのが見えた。

 

「茉莉、どうかした?」

 

 尋ねる友哉。

 

 対して、

 

 茉莉は少し躊躇うような仕草を見せてから、意を決して顔を上げた。

 

「あの・・・・・・友哉さん」

「うん?」

 

 小首をかしげる友哉に対し、

 

 茉莉は精いっぱいの勇気を持って、言った。

 

 自身の胸の内を。

 

「良かったら、明日、私と・・・・・・デートしてくれませんか?」

 

 

 

 

 

第4話「Border Line」      終わり

 


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