緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第5話「デート・ア・パニック Aパート」

 

 

 

 

 

 

 

 腕時計を見る友哉。

 

 時刻は午前9時54分。

 

 待ち合わせの時刻は10時ちょうどだから、まだあと少し時間がある。

 

「・・・・・・ちょっと、緊張して来たかな」

 

 誰にともなく呟くと、そわそわと周囲を見回す。

 

 目的の人物は、まだ姿を現さない。

 

 今日、友哉は人生初となる、女の子とのデートに行くことになる。

 

 それも、従姉の明神彩の買い物に付き合うとか、そういった「なんちゃってデート」ではない。

 

 れっきとした、彼女とのデートだ。

 

 昨夜、茉莉が顔を真っ赤にして友哉に言った。

 

 『デートしてください』と。

 

 正直、茉莉があのように大胆な行動に出るとは、思っても見なかったのだ。

 

 大方、瑠香や彩夏に焚き付けられたのだろう。

 

 しかし思えば確かに、今まで茉莉と2人で街を歩いた事が無かったのも事実である。これは案外、良い機会かもしれなかった。

 

 自然、心も浮き立ってくる。

 

「・・・・・・・・・・・・そろそろかな?」

 

 もう一度、はやる心を押さえて腕時計に目をやる。

 

 周囲を見渡せば、街の中は華やかな雰囲気に染まり、道行く人も皆、楽しそうに歩いているのが見える。

 

 明らかにカップルと思われる男女も、何人か見受けられた。

 

 もう間もなく、自分達もあの輪の中へと加わるの事になる。

 

 自然と心が浮き立ち、手に持っている竹刀袋に入った逆刃刀の柄を弄る。

 

「おろ? そう言えば・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉とのデートに想いを馳せながらも、友哉はふと、自分が何か重要な事を忘れているような気がした。

 

 何だろう?

 

 思い出さないと、それこそ命にかかわるほど重要な事だったような気がするのだが・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、良いか」

 

 暫くしてから、考えるのをやめる。

 

 思い出せないと言う事は、きっと大した事ではないのだろう。あるいは、その内ふとしたきっかけで思い出すかもしれないし。

 

 そう思った時だった。

 

「お、お待たせ、しました・・・・・・・・・・・・」

 

 オズオズと発せられる聞き慣れた声。

 

 振り返った友哉は、

 

 思わず声を失った。

 

 茉莉が、目の前に立っている。

 

 だが、今日の茉莉は、どこかいつもとは違う雰囲気を出していた。

 

 白のブラウスの上からジーンズのジャケットを羽織り、下は膝丈のスカートを穿いている。

 

 顔の化粧と相まって、どこか垢抜けた感じがする。

 

 友哉は思わず、ドキッとしてしまう。

 

 手に友哉同様、刀の入った竹刀袋を持ってはいるが、いつもと違う少女の雰囲気に、一瞬呑まれそうになってしまったのだ。

 

「す、すみません。お待たせしてしまったみたいで」

「い、いや、大丈夫だよ。てか、まだ時間あるし」

 

 赤くなった顔を誤魔化すように、友哉は視線を外しながら答える。

 

 実際、目を合わせていると、それだけで気持ちが高ぶってしまいそうだった。

 

「それで、あの、今日はどこか行きたいところとかあるんだっけ?」

「あ、はい、そうですね・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら茉莉は、つい先日の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

「デート・・・・・・ですか・・・・・・でも・・・・・・」

 

 詰め寄ってくる瑠香と彩夏に対し、茉莉はやや引き気味に答える。

 

 しきりに友哉をデートに誘えと言ってくる2人。

 

 だが、

 

「む、無理ですよ、そんなの・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな事、恥ずかしくてできそうにない。

 

 自分からデートに誘うと言う行為は、まだまだ茉莉にはハードルが高い。

 

「だ、だいたい、友哉さんにだって、予定があるでしょうし・・・・・・」

「あのね、茉莉・・・・・・」

 

 言い訳がましく駄々をこねる茉莉に、彩夏は呆れ気味に言う。

 

「女の我儘を許容できない男なんて、大した価値は無いわよ。それで行けば、友哉はそんな事は無いでしょうし」

「で、でも・・・・・・」

「大丈夫だって。茉莉ちゃんがお願いすれば、友哉君なら絶対、嫌とは言わないから」

 

 彩夏に追随するように、瑠香も言い立ててくる。

 

 確かに、友哉の性格なら、茉莉がデートに誘えば、よほど重要な用事でもない限り、一発OKしてくれることは間違いない。それは、誰よりも茉莉自身がよく判っている。

 

 しかしだからこそ、茉莉としても遠慮してしまうのだった。

 

「でもさ、実際のところ、茉莉ちゃんだって、友哉君とこのままズルズル付き合い続ける訳にもいかないでしょ?」

「それは・・・・・・そうかもしれません、けど・・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに、今のままでは友哉と茉莉の間は「ちょっと他より仲のいいお友達」の延長と大差ない。

 

 自分達の仲が、もっと進展する為にも、何かしらの対策を講じる必要があるのは確かである。

 

「じゃ、じゃあ、こうしましょう!!」

 

 いかにも、名案が思いついたみたいに、茉莉は手を打った。

 

「お二人も、一緒についてきてください。それなら安心です」

 

 そう言って、ニコニコと微笑む茉莉。

 

 次の瞬間、

 

 瑠香と彩夏が、脱力してその場に崩れ落ちたのは言うまでも無い事である。

 

「あ、あれ? だ、駄目ですか?」

 

 戸惑い気味に尋ねる茉莉。

 

 次の瞬間、

 

「ア、アホかァァァァァァァァァァァァッ!!」

「ひゃッ!?」

「どこの世界に、保護者同伴で彼氏とデートする女子高生がいるってのよ!?」

「ご、ごめんなさいィ!?」

 

 がっつりと、2人に怒られてしまった。

 

「まったく、このドヘタレ娘は、ほんと、どうしてくれようか・・・・・・」

 

 やれやれとばかりに、彩夏はため息をつく。

 

「とにかくさ、やるだけやって見なよ、茉莉ちゃん」

「瑠香さん・・・・・・・・・・・・」

「大丈夫、あたし達に任せなさいって」

「友哉君と茉莉ちゃんの初デート、バッチリとコーディネートしてあげるからね!!」

 

 アグレッシブに請け負う2人。

 

 その様子に、一抹以上の不安を感じずにはいられなかったが。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、茉莉は今日という日を迎えるに至った。

 

 服は瑠香と彩夏から徹底的にコーディネートされてしまった。待ち合わせ時間ぎりぎりの到着となってしまったのは、その為である。

 

「さてと、それじゃあ・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけた友哉は、そこで言葉を止めた。

 

 なぜなら、茉莉が友哉の左腕に縋るように、腕をからめてきたからだ。

 

 見れば、茉莉も顔を真っ赤にして見上げてきていた。

 

「だ、ダメ、ですか?」

 

 尋ねて来る茉莉。

 

 友哉の腕には、女の子特有の体の柔らかさに加えて、僅かに存在する胸のふくらみが意識されてしまう。

 

 普段、戦場に立つ勇ましさとは裏腹に、こういうところは、やはり女の子なのだと自覚してしまう。

 

「う、ううん、そんな事、ないよ」

 

 上ずりそうになる声を、友哉は無理やり押さえつける。

 

 茉莉が、こんな大胆な行動に出てくるのは予想外だった為、完全に不意を突かれた感があった。

 

 とは言え、恥ずかしいのは茉莉も同じなようで、互いに顔はリンゴのように真っ赤。

 

 そんな中で、並んで歩く姿は、何とも微笑ましい物がある。

 

「そ、それで、まずはどこ行くんだっけ?」

 

 通常なら男がリードして行先を決める所であろうが、今日は特に、茉莉の方で行きたいところがあると言う事なので、友哉はそれに付き合う形となっていた。

 

 だが、

 

 問いかけに対し、茉莉は答えない。

 

 ジッと、顔を赤くしたまま、つぐんだ口の中で何やらもごもごと言っているように見える。

 

「茉莉?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 友哉の呼びかけに対し、思いっきり、どもる茉莉。

 

「ど、どうかした?」

「ど、どうもしません。ノープロブレムです!!」

 

 明らかに挙動不審な態度に訝る友哉だが、本人が大丈夫と言っている以上、これ以上追及するのもどうかと思うのだった。

 

 気を取り直して、友哉は再度たずねてみる。

 

「それで、どこ行きたいんだっけ?」

「は、はい。そそそ、それはですね・・・・・・・・・・・・」

 

 相変わらずドモリ気味な茉莉。

 

 そんな彼女の足が、不意に立ち止まった。

 

「こ、ここです・・・・・・・・・・・・」

「あ、ここなんだ。ここって何を・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、友哉は言葉を止めた。

 

 店は非常に華やかな雰囲気を齎しており、カラフルな色彩は、いっそ目に痛いほどのグラデーションを作り出している。

 

 その店は、女性特有の「ある衣服」を販売している店である。花屋ではないが、ある意味、花屋よりも華やかな雰囲気である事は間違いない。

 

 ぶっちゃけて言うと、

 

 そこは、高級ランジェリーショップだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 立ち尽くす友哉。

 

 そして、

 

「さ、行こっか」

 

 踵を返して立ち去ろうとする友哉。

 

 その腕を、茉莉は慌てて掴む。

 

「ま、待ってください!!」

「いや、茉莉、そんな体張ったギャグ、いらない」

「ギャグじゃないです!!」

 

 必死になって友哉を引き留める茉莉。

 

 何が彼女を、そこまでさせるのか?

 

 そして、

 

「友哉さんに、下着を選んでもらいたいんです!!」

 

 普段の茉莉なら、決して口にしないような言葉が飛び出した。

 

 これには、友哉も驚いて動きを止める。

 

 まさかの事態に、先読みを旨とする飛天御剣流も、完全においてけぼりを喰らっていた。

 

 ややあって、茉莉も我に返って顔を真っ赤にする。

 

 白昼堂々と、自分がいかに恥ずかしい事を声高に宣言したのか、今更ながら思い至ったのだ。

 

 見れば、周囲の人間が、何やらこちらを見ながらヒソヒソと話し合っている。

 

 今の一言で、2人は完全に注目を集めてしまっていた。

 

「い、行きましょう、友哉さん!!」

「ちょ、ちょっと、茉莉!?」

 

 戸惑う友哉を引きずるようにして、茉莉はランジェリーショップへと突撃していった。

 

 

 

 

 

「と、言う訳で、これがスケジュール表よ」

 

 そう言って彩夏が差し出してきたプリント用紙を、一読する茉莉。

 

 何しろ、彼氏とデートなんて、16年の人生で初の事である為、何一つとしてわからない。そこで、その辺も含めて彩夏と瑠香からレクチャーを受ける事になったのだが、

 

「ブッ!?」

 

 読んだ瞬間、思わず茉莉ははしたなく噴き出した。

 

「な、何ですか、これは!?」

「何って、デート用のスケジュール。これだけやれば、鈍感な友哉でもイチコロ間違いないわよ」

 

 自信たっぷりに請け負う彩夏。

 

 予定表には、こうあった。

 

 

 

 

 

1、待ち合わせ場所で合流

 

2、2人で食事する。(場所は別の要旨を参照)

 

3、買い物。友哉に下着を選んでもらう。

 

4、ゲーセンで遊ぶ

 

5、ヤる

 

 

 

 

 

「一部、ものすごく納得できない箇所があるんですけどッ 最後の『ヤる』って何ですか、『ヤる』って!?」

「いや、茉莉ちゃん、流石に聞いてて恥ずかしいから、そんな連呼しないでね、その単語」

 

 テンパる茉莉を、瑠香は呆れ気味に窘める。

 

 だが、そんな事で止まらない程、今の茉莉は慌てている。

 

「それに、何で友哉さんに下着を選んでもらわなくちゃいけないんですか!? 下着くらい自分で選びます!!」

 

 言い募る茉莉。

 

 だが、

 

「だって、アンタに選ばせたら、どうせガキっぽいのにするでしょ」

「う・・・・・・・・・・・・」

 

 思い当たる節がありまくりな茉莉は、図星を突かれて絶句する。

 

「そ、そんな事、ありません、よ?」

 

 それでも何とか抗弁しようとする。

 

 だが、茉莉は気付いていなかった。

 

 自分が盛大に、墓穴を掘っている事に。

 

「・・・・・・ほほう?」

 

 それを聞いた瞬間、彩夏の目が怪しく「キラーン」と光った。

 

「それじゃあ、今穿いてるのは、いつもの奴とは違うんだね?」

「そ、それは・・・・・・」

 

 送らばせながら自分の失言に気付き、さっきまでの勢いを失い、目を泳がせる茉莉。

 

 だが、彩夏は逃がさないとばかりに詰め寄る。

 

「確認するから、ちょっとスカートめくってみ」

「や、ヤですよ、そんなの!?」

 

 慌てて逃げようとする茉莉。

 

 だが、

 

「あーもー、じれったい!! 瑠香ッ 強制執行!!」

「ラジャー!!」

「ちょまッ やめッ や、やァァァァァァァ!?」

 

 

 

 

 

~だいたい1分後~

 

 

 

 

 

「シクシクシクシクシクシク」

 

 壁に向かって体育座りをした茉莉が、「どよ~ん」という擬音と共にすすり泣いている。

 

 普段の生活では自他ともに認めるほど奥手の茉莉が、この2人とケンカして勝てるはずが無かった。

 

 一方で、瑠香と彩夏は、難しい顔を突き合わせている。

 

「何と言うか、安定のお子様パンツだったわね」

「ペンギンさんとは、結構な変化球でしたけど」

 

 などなど、確認した内容を論評する。

 

「てかさー 瑠香、あんた、茉莉の服とか、いろいろと選んであげてたんでしょ? 下着は選んであげなかったの?」

「シクシクシクシクシクシク」

「いやー、茉莉ちゃん、下着だけは、絶対に自分で選ぶって聞かなくて」

「まあ、こういうのが好きって言う男も、多いらしいからね」

「シクシクシクシクシクシク」

「友哉君も、けっこうそんな感じなんじゃないかな?」

「あー あるかも。て言うか、友哉なら茉莉が何穿いてても、オッケーかもよ」

「シクシクシクシクシクシク」

「友哉君も大概、こういう事に耐性無い人だからねー」

「そこら辺、茉莉だけ教育しても、あんま意味無いかもね」

 

 すすり泣く茉莉を無視して討論する瑠香と彩夏。

 

 そこで、ガバッと茉莉は顔を上げ、2人を睨む。

 

「いい加減にして下さいッ 2人とも!!」

 

 黙って聞いていれば、好き勝手に言いまくる2人に、とうとう茉莉の堪忍袋の緒が切れる。

 

「2人とも、私のパンツを何だと思っているんですか!?」

「「鑑賞用?」」

 

 コンマ1秒で即答され、茉莉は再びぐったりとうなだれた。

 

「・・・・・・もう、ヤです、この2人」

 

 目の幅涙を流す茉莉。

 

 正直、付き合うだけで、ごっそりと体力を削られそうだった。

 

 そんな茉莉の肩を、彩夏がポンと叩く。

 

「女の子のパンツはね、男の子に見られる為にあるのよ」

「ドヤ顔で恥ずかしい事言わないでください」

 

 ジト目で突っ込む茉莉。

 

「まあ、それはともかくとしてさ、茉莉ちゃん」

 

 (既に手遅れなレベルで)状況が混乱しつつあったので、瑠香が修正を加える。

 

「友哉君に下着選んでもらうのは、ちゃんと意味がある事なんだよ」

「・・・・・・・・・・・・どんなですか?」

 

 ふてくされた調子で尋ねる茉莉に、瑠香は含み笑いを浮かべながら顔を近付ける。

 

「だって、そうすれば分かるでしょ。友哉君が、どんなのが好みかがさ」

「ッ!?」

 

 思わず顔を赤くして息を飲む茉莉。

 

 友哉の好みが分かる、という事はつまり、「その時」が来た時に役立つ、という意味だった。

 

「ま、そんな訳だから、ちょっと頑張ってみなよ」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 

 

 

 

 などというやり取りがあった訳である。

 

「じゃ、じゃあ、ちょっと行ってきます」

 

 取りあえず、友哉が(殆ど見ないで)選んだ下着数点を手に、茉莉は試着室のカーテンの向こうへと消えて行く。

 

 とたんに、友哉はひどくいたたまれない空気に包まれた。

 

 こんなとき、キンジならヒステリアモードになって、うまく切り抜けられるだろう。勿論、あとで猛烈に後悔するだろうが。

 

 ともかく、ランジェリーショップで、1人ぽつんと立たずも男。

 

 これは、いったい、どんな罰ゲームなんだろう?

 

 そんな事を思っている時だった。

 

「どうかなさいましたか、お客様?」

 

 慌てて振り返る友哉。

 

 1人、そわそわとした調子で佇む友哉を不審に思ったのだろう。店員の1人が声を掛けて来た。

 

「あ、いや、僕は、その、連れが・・・・・・」

「お客様ですと、そうですね。こちらの商品などいかがでしょうか?」

 

 などと行って手で指し示したのは、

 

 マネキンモデルに装着されている、パステルピンクの下着の上下だった。周りに白いフリルで縁どられ、更に白のドットが微妙なアクセントとなっている、可愛らしいデザインだった。

 

「おろ・・・・・・・・・・・・」

「こちら、今期新作のデザインでして、いま大変な人気商品ですよ。価格も大変、お求め安くなっております」

 

 その言葉に、友哉は顔をひきつらせる。

 

 間違いない。

 

 どうやらこの店員、友哉を女と間違えて、商品を勧めてきているのだ。

 

「よろしければ、御試着など、いかがでしょうか?」

「あ、あの、違うんですッ」

 

 ちょっとまずいレベルで、言い寄られ、慌てて手を振る友哉。

 

 このままでは本気で、試着室に放り込まれかねなかった。

 

「あの、僕、男ですから!!」

 

 友哉がそう言った瞬間、

 

 店員は一瞬、聞き慣れない外国語を聞いたようにキョトンとする。

 

 だが、すぐに気を取り直して、笑顔を浮かべた。

 

「お気に召しませんか? では、こちらなど・・・・・・・・・・・・」

「ほんとなんです」

 

 強弁する友哉。

 

 そんな友哉の様子に、店員はようやく何かに思い至ったのか、ポンと手を打つ。

 

「もしかして、性同一性障害の方・・・・・・」

「心身ともに健全な男です!!」

 

 その後も言い寄ってくる店員をどうにか、苦労して追い返す事に成功した友哉。

 

 何が悲しくて、男なのに女物の下着を勧められなくてはならないのか。

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・おろ?」

 

 ふと、視線を向けた先。

 

 そこに、何やら見知った人物がいたような気がしたのだ。

 

 そっと、首を伸ばすようにして、棚の陰から覗いてみる。

 

 すると、

 

「ッ!?」

 

 思わず上げそうになった声を、友哉は口を押さえる事でとっさに飲み込んだ。

 

 なぜなら、視線の先では、ちょっと大人っぽいデザインの下着を手にとって眺めている従姉、明神彩の姿があったからだ。

 

「やばッ」

 

 とっさに身を隠す友哉。

 

 こんな所を彩に見られでもしたら、後々、何を言われるか判った物ではない。

 

 だが、事態は更に、悪い方向へと動き出す。

 

 彩が気に入った下着を手に、こちらに歩いてきているのだ。どうやら、試着する心算らしい。

 

 もはや、見つかるのは時間の問題だ。

 

「こうなったらッ」

 

 腹をくくると、友哉はとっさに手近にあった下着を手に取って踵を返す。

 

 飛び込んだのは、茉莉が入った試着室に飛び込んだ。

 

「キャッ むぐ!?」

 

 悲鳴を上げそうになった茉莉の口を、とっさに塞ぐ友哉。

 

 突然の事態に、茉莉も驚いて目を見開いている。

 

「ゆ、友哉さん、何を!?」

「ごめん、茉莉。すぐ外に姉さんがいるんだ。ちょっとのあいだ匿って!!」

 

 小声で早口で言いながら、友哉は外の気配を探る。

 

 どうやら、彩は何やら店員と話し込んでいるらしい。恐らく、下着が合うかどうかについて意見を貰っているようだが、そのせいで友哉は、出るに出られなくなってしまっていた。

 

「その・・・・・・事情は分かりました、けど・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉は何やら、言いにくそうに声を小さくしながら、顔を真っ赤にしてもじもじとしている。

 

「おろ、どうかし・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、友哉は思わず動きを止めた。

 

 なぜなら、茉莉は、今まさに試着を始めようとしている最中だったらしく、一糸まとわぬ全裸状態だったのだ。

 

 一応、前はブラウスを掲げて隠しているが、それが却って、チラリズム的な艶やかさを存分に見せつけている。

 

 裾から見える華奢な肩口や、細い足を見ると、否が応でも心臓が大きく跳ねるのを止められなかった。

 

「お、お願いですから、向こう向いてくださいッ」

「わ、判ったッ」

 

 言いながら、手にした下着を茉莉に渡して後ろを向く友哉。

 

 しかし、狭い試着室内での事である。

 

 互いの存在を、否が応でも意識してしまう。

 

 友哉にとっては、正に拷問に等しい時間である。

 

 茉莉が下着を付ける衣擦れの音が絶えず耳に入ってくる上、女の子特有の匂いによって室内が満たされてしまっている為、五感がくすぐるように刺激されてしまう。

 

 なまじ「見ていない」せいで、却って想像してしまい、友哉は自分の体温が上昇するのを避けられなかった。

 

 やがて、

 

「い、良いですよ・・・・・・・・・・・・」

 

 促されるまま、振り返る。

 

 そこには、

 

 普段なら絶対に見る事の出来ないであろう、華やかなランジェリー姿の茉莉が立っていた。

 

「あ、あの・・・・・・友哉さん、こういうのが、好みなんですか?」

 

 この上無い程、顔を真っ赤にする茉莉。

 

 友哉が選んだ下着は、上下ともに水色なのだが、非常に薄い素材で作られており、殆どシースルーと言っても良い程、丸見えに近かった。一応、大事な部分は隠れる仕様にはなっているが。

 

 ブラの布面積も小さいが、茉莉の胸が小ぶりなせいもあって、一応、隠す役割は果たしている。

 

 パンティの方は、腰回りが2本の紐で構成されており、かなり大人っぽいデザインだ。

 

 それと、茉莉はどうやら隠しているつもりのようだが、背面が鏡張りになっているせいで、後ろも丸見えになってしまっている。

 

 パンティの後ろは、かなり際どい、と言うか明らかにアウトなデザインのTバックになっており、ほとんど食い込む仕様になっている。その為、茉莉の可愛らしいお尻が、ほぼ完全に丸見えになっていた。

 

「ど、どうです、か?」

 

 恥ずかしそうに、オズオズと尋ねてくる茉莉。

 

 実際、そうとう恥ずかしいのだろう。さっきから、視線が泳ぎまくっている。

 

 対して、友哉も顔を赤くしながら茉莉を見る。

 

「う、うん・・・・・・とっても、良いと思う」

 

 それだけ、絞り出すように言うのがやっとだった。

 

 正直、これ以上茉莉を凝視していると、気がどうになってしまいそうだった。

 

「そ、そうですか・・・・・・よ、よかった」

 

 友哉に褒められたのが嬉しかったのだろう。頬に手を当てて、体をくねらせる茉莉。

 

 その時だった。

 

 急いで付けたせいで、ホックの連結が甘かったのだろう。茉莉のブラが、ハラリとほどけて、床へと陥ちる。

 

「「あ・・・・・・・・・・・・」」

 

 声を上げる、友哉と茉莉。

 

 茉莉の小さな、膨らみかけの胸が、ほぼ至近距離で友哉の視界に晒される。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・あ・・・・・・・」

「ま、茉莉・・・・・・・・・・・・」

 

 目に涙をいっぱい浮かべる茉莉。

 

 次の瞬間、

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴が、試着室内に響き渡った。

 

「ま、茉莉、落ち着いて・・・・・・・・・・・・」

 

 とっさに、友哉は茉莉を押さえようとする。

 

 しかし、それがいけなかった。

 

 パニクッた茉莉は、殆ど体当たりするような勢いで友哉にぶつかってくる。

 

 と同時に、2人は絡み合うようにして、試着室の外へと転がり出てしまった。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながらも、とっさに友哉は茉莉を抱き留める形で床へと転がる。

 

 その判断が功を奏し、どうにか茉莉の体を抱き留めるような形で床に倒れる事に成功した。

 

 だが、

 

 一同の視線が集まっている。

 

 無理も無い。試着室から男女(1人は男の娘)が転がり出てくる、と言うシチュエーションは、ちょっと見られない光景であろう。しかも、その前に茉莉が盛大な悲鳴を上げたばかりである。目を引かない筈が無かった。

 

 そんな中、

 

「友哉・・・・・・それに瀬田さんも・・・・・・アンタ達、何やってんのよ?」

 

 呆気にとられた感じで、彩が声を掛けて来た。

 

 

 

 

 

第5話「デート・ア・パニック Aパート」      終わり


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