緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第7話「緋の女神、覚醒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉と茉莉は、共に並走するように夜の街を、ビルからビルへと飛翔するように駆け抜けていく。

 

 事は一刻を争う。

 

 玉藻から連絡を受けて数分。既に、事態は進行していると見て良いだろう。

 

 アリアの緋緋神化。

 

 恐れていた事態が、ついに起こってしまったのだ。

 

「こうなる前に、何とかしたかったのにッ」

 

 臍を噛む友哉。

 

 全ては、後手後手に回りすぎた結果だった。

 

 昨日の戦闘で、閻達を仕留められていたらと思うと、悔恨の念は否が応でも込み上げてくる。

 

 急がねばならない。

 

 場所は乃木坂にある乃木神社。

 

 既に、キンジが交戦状態に入っているらしい。

 

「茉莉、大丈夫!?」

「はい、問題ありません。防弾装備じゃないのが、少し不安ですけど」

 

 低い答える茉莉の声にも、気負いは感じられない。既に意識が、戦闘モードに入っているのだ。その為、普段のほわほわした雰囲気から、怜悧なまでに鋭い空気に切り替わっている。

 

 武偵の義務として、2人とも帯剣してきていたのが功を奏した。これで、到着後はすぐに戦闘に入れる。

 

 だが、相手は緋緋神。あの孫と同一、否、それ以上の存在だ。

 

 キンジがどの程度抑えられるかは判らないが、レーザー光線まで操ってくる「神」を相手に、過度な期待はできないだろう。

 

 最悪の可能性として、到着した時には既に、キンジの敗北で戦闘が終了している可能性すらあるのだ。そうなると友哉達は、各個撃破の危機に晒されてしまう事になる。

 

 急がなくてはならなかった。

 

 それにしても、

 

「まったく、忙しい一日だね」

 

 そう言って、傍らの茉莉へと笑い掛ける。

 

 本当なら今頃、デートの延長として、2人して甘いムードにでも浸りながら夕食でも楽しんでいる頃だったはずだ。

 

 だが、何の因果か、2人揃って戦場への道をひた走っている。

 

 結局のところ、自分達にはこんな日常こそが相応しいと言う事だろうか?

 

 残念ではあるが、そこら辺は認めざるを得ない所だろう。

 

 対して、茉莉も柔らかく笑顔を返してくる。

 

 自分達にとっての「日常」が、闘争の中にある、という点では、どうやら茉莉も友哉と意見を同じくするところらしい。

 

 つくづく、救いようの無い人生である。

 

 だが、

 

 同時に、そうした人生に、面白みを感じている事も確かだった。

 

 やがて、

 

「あそこです、友哉さん!!」

 

 茉莉の声に導かれ、友哉が視線を向けると、都会の街並みの中に一角だけ、木々が生い茂る青々とした場所があるのが見える。目を凝らせば、社らしき建物も見えた。

 

 どうやら、目的地の乃木神社で間違いないだろう。

 

 それに、

 

 耳を澄ませば発砲音も聞こえてくるのが判る。

 

 キンジがアリアと、否、緋緋神と戦闘を行っている音のようだ。

 

「行くよ、茉莉」

「はいッ」

 

 意識を完全に戦闘モードへとシフト。同時に逆刃刀を覆っていた竹刀袋を払うと、柄に手を置く。

 

 眼下の戦場目がけて、一気に急降下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愕然と憤怒、そして激情。

 

 それらの全てを飲み込み、王者は大地に立つ。

 

 目の前の「神」を前にして、遠山キンジは迷うことなく咆哮を上げた。

 

 兄のアパートで両祖父母と兄、それに兄と婚約したパトラ、そしてアリアを交えた団らんの後、キンジは金一から、近々、武偵を引退する旨を聞かされた。

 

 遠山家の人間にとって最大の切り札となるヒステリアモードは、性的興奮をトリガーとして引き起こされる。

 

 だが、結婚する事によって、他の女に対する性的興奮が抑え込まれれば、ヒステリアモードになりにくくなる。それが、引退の理由だった。

 

 事件は、その直後に起こった。

 

 キンジも、そして金一も気付かなかったが、2人の会話を、植え込みの陰に隠れたアリアによって聞かれていたのだ。

 

 キンジは普段からヒステリアモードの事をひた隠しにして生活しているが、パートナーであるアリアには特に、細心の注意を払って隠し続けてきた。

 

 それがついに、ばれてしまったのだ。

 

 思わず逃げ出したアリアを追って、乃木神社にやってきたキンジ。

 

 そこで、2人はこれまでにない程、甘い空気に包まれた。

 

 キンジはアリアを想い、アリアもまたキンジを想った。

 

 普段の2人からは想像もできない程、穏やかで温かい空気。

 

 昨年四月に衝撃の出会いをして以来初めて、2人は心の底から判り合えることができた。

 

 アリアはキンジに言った。

 

 「好き」と。

 

 その直後だった。

 

 全てをぶち壊しにするように、アリアはけたたましい笑い声を発した。

 

 唖然とするキンジを傲然と見下ろし、鳥居の上に立つ、つい先刻まで、アリアだった存在。

 

 だが、今は違う。

 

 あれこそが緋緋神。

 

 キンジや友哉が覚醒を恐れ、どうにかして防ごうとしていたアリアの緋緋神化が、ついに起こってしまったのだ。

 

 不敵な笑みを浮かべ、交戦意欲を隠そうともしない緋緋神。

 

 それに対しキンジは、己の内を濁流のように、血が駆け巡るのを感じていた。

 

「アリアを返してもらうぜ、緋緋神!!」

 

 神に対して臆することなく、己が激情を叩き付ける。

 

 キンジの中では今、二種類の血流がうねりを上げている。

 

 アリアを奪われた事から生じた、ヒステリア・レガルメンテ、そしてアリアを取り戻そうとするヒステリア・ベルセ。

 

 王者と凶戦士。

 

 凶王とでも称すべき今のキンジは、二つのヒステリアモードが重なり合い、かつて無いほどの力が全身にみなぎるのを感じる。

 

 対して、

 

 緋緋神はキンジと対峙しつつも、仕掛けようとせずに立ち尽くしている。

 

「遠山、あたしはお前を戦に使いたい。だから殺したくないんだ。それは判っている。判っちゃいるけど戦いたい。殺すまで数分、もしかしたら数秒かもしれないけど、きっとお前は激しく戦ってくれるよな。お前が『本物の戦い』と言う快感をくれると思うと我慢できなくなりそうなんだ」

 

 漏れ出てくる交戦意欲を前に、キンジは息を呑む。

 

 緋緋神は恋と戦を司る神。

 

 今回はアリアのキンジに対する恋心を糧に顕現したが、本能的には戦も好んでいる。

 

 ならば、戦いようもある筈だ。

 

 キンジは改めて、緋緋神と対峙する。

 

 要するに「神」などと言う得体のしれない物と認識するから尻込みしてしまうのだ。

 

 緋緋神の存在は確かに神かもしれないが、その本質は限りなく人間に近いとキンジは思っていた。ならば「超強力な超能力者(ステルス)」だと思えば良い。

 

 それならば、恐れるべき何者も存在しなかった。

 

「ちょっとだけつまみ食いさせてくれよ遠山。限界の限界まで手を抜くからさ」

「我慢なんかしなくて良い。理子も言っていたが、我慢は体に良くないからな。アリアの体に良くない事は一切するな」

 

 答えながらキンジは、自身の中で戦術を組み上げる。

 

 不可視の弾丸(インヴィジビレ)で閃光弾を放ち、相手の動きを封じてから先制攻撃を仕掛ける。

 

 先手を取る事ができれば、後の戦いを優位に進める事も不可能ではない筈だった。

 

 その時、

 

「キンジ・・・・・・・・・・・・」

 

 緋緋神が囁きかけて来た。

 

 アリアの声で。

 

「好きッ」

「ッ!?」

 

 その言葉に、ヒステリアモードのキンジは一瞬の動揺を見せる。

 

 放たれる弾丸。

 

 しかし、直前に動揺した事が響き、放った閃光弾は僅かに狙いを其れ、緋緋神の後方で炸裂する。

 

 にやりと笑う緋緋神。

 

 キンジは舌打ちしながら臍を噛んだ。

 

「ハハハハハハ、恋は良いなァ!! 恋は咲く花のごとし!!」

 

 謳い上げるように緋緋神が囁いた。

 

 次の瞬間、

 

 月光を背景に、銀の閃光を引いた影が、中天から急降下してきた。

 

 目を剥くキンジ。

 

 次の瞬間、

 

「飛天御剣流・・・・・・龍槌閃!!」

 

 振り下ろされる剣閃。

 

 空中から奇襲を仕掛けた友哉。

 

 タイミング的には、回避しようの無い一撃。

 

 の筈だった。

 

 しかし、

 

 振り返った緋緋神。

 

 その姿に、アリアが重なる。

 

「クッ!?」

 

 僅かに鈍る、必殺の剣閃。

 

 その僅かな隙に、緋緋神は鳥居から飛び降りて友哉の剣を回避してしまった。

 

 入れ替わるようにして鳥居に降り立つ友哉。

 

 同時に、いら立ちが募る。

 

 予想していた事だが、やりにくい事この上ない。相手が(当然の事だが)アリアの姿をしているので、そのせいても剣閃が鈍ってしまうのだ。

 

 地面に降り立つ緋緋神。

 

 それを待っていたように、藪から飛び出すように、疾風の如く刃が襲い掛かる。

 

 茉莉だ。

 

 彼女は友哉の龍槌閃を受けて、緋緋神が地上に降り立つタイミングを計っていたのだ。

 

 振るわれる剣閃。

 

 鋭いまでの斬撃は、

 

「おおっと」

 

 緋緋神がとっさに後退を掛けた為に空を切る。

 

「緋村ッ 瀬田ッ!!」

「事情は電話で玉藻から聞いたッ 掩護するよ!!」

 

 キンジの声に答えている間にも、茉莉と緋緋神の交戦は続く。

 

 神速の連撃を仕掛ける茉莉。

 

 刃が銀の閃光となって、緋緋神へと殺到する。

 

 だが、縦横に振るわれる剣戟を、緋緋神は余裕の表情で回避していく。

 

 その光景を見て、友哉は舌打ちを漏らした。

 

 茉莉の攻撃ですら、緋緋神に掠る事は無い。勿論、茉莉が多少の手加減はしているだろうが、それでも常人が目で追えるレベルのスピードではない。

 

 それをいともあっさりと回避していく緋緋神が、如何に驚異的であるかが理解できる。

 

「アハハハ、やるな、お前!!」

 

 笑いながら頭を振り、2本のツインテールを鞭のように振るう緋緋神。

 

 対して茉莉は、いったん攻撃を諦めてツインテールを回避。同時に後退して友哉達が断つ場所まで戻った。

 

「3人で掛かるぞ」

 

 言いながら、キンジはベレッタを抜き放つ。

 

 緋緋神が尋常な相手ではない事は、今の交戦ではっきりした。

 

 ならば油断無く、全力を出し切る以外に勝機を見出す手段はあり得なかった。

 

「了解です。けど・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉は右手に菊一文字、左手にはブローニング・ハイパワーと言う一剣一銃(ガン・エッジ)に構えながら、自身の内にある懸念を口にする。

 

「アリアさんが着てる服、防弾仕様じゃないですよね」

 

 緋緋神の姿を見ながら、茉莉は断定するように言った。

 

 アリアは今日、キンジの実家に招かれる形で出かけた為、普段には無いめかし込みをして来ている。

 

 ピンク地に水玉模様のワンピースはアリアの可愛らしさを際立てているが、それだけに、材質がTNKワイヤー仕様でないのは一目瞭然だった。

 

「アリアを無傷のまま確保するのは、まあ、当然だよね」

 

 友哉がチラッと視線を向けた先で、キンジが頷きを返してくる。

 

 アリアを傷付けるような攻撃は端から論外。ならば、それを考慮した上で、作戦を立てる必要がある。

 

「3人で掛かって、奴の動きを封じるぞ」

「良いけど、そこから先は?」

 

 問いかけに対する答えは無い。

 

 いかにレガルメンテとベルセのハイブリット・ヒステリアと言えど、前例に無い事態に対しては対応する術がない。

 

 緋緋神を取り押さえる。そこまでは良いとして、その先をどうするか? 具体的にはどうやって緋緋神をアリアに戻すか、と言う算段が全く立っていない。

 

 だが、状況は、作戦会議の時間を与えてはくれなかった。

 

「話し合いは終わったか? では行くぞ」

 

 言い放つと同時に、緋緋神は動いた。

 

 スカートの下から、アリアの主力武装である漆黒と白銀のガバメントを抜き放つと、容赦なく撃ち放ってくる。

 

 対抗するように、武偵達も動いた。

 

 キンジが銃弾撃ち(ビリヤード)で迎撃、茉莉が回避しながら回り込むような機動で動き、友哉は弾丸を刀で弾く。

 

 アリアの攻撃を正面からキンジが受け止め、その間に機動力の高い友哉と茉莉で反包囲の形を築くのだ。

 

「ハッ!!」

 

 キンジに向かって銃口を向けている緋緋神。

 

 それに対して友哉は、右翼から接近しつつ、跳躍して斬り込む。

 

 鋭い銀の一閃。

 

 だが、振るわれる刃は、緋色の奔流によって防がれる。

 

 緋緋神は魔力によって髪を操り、友哉の剣を防いで見せたのだ。

 

 反対側から斬り込みを掛けようとしていた茉莉も同様。迎撃にあって、接近に失敗していた。

 

「ならッ!!」

 

 友哉は体を大きくひねり込みながら、体を回転させる。

 

「飛天御剣流、龍巻閃!!」

 

 螺旋を描いて緋緋神に迫る飛天の刃。

 

 流石の緋緋神も、まともに受けるのは無謀と判断したのか、回避を選択する。

 

 そこへ、キンジが正面から仕掛けた。

 

「オラァ!!」

 

 桜花ほどではないが、かなり高速で繰り出される正拳突きだ。

 

 回避途中で体勢が崩れたままの緋緋神だったが、それでも尚、キンジの拳を回避して見せた。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、キンジは攻撃方法を回し蹴りに変更。大地を踏み砕くような蹴りを撃ち放つ。

 

 だが、

 

 緋緋神はニヤリと笑みを浮かべると、空中で大きく宙返りをしてキンジの蹴りを回避する。

 

 そこへ、刀を抜き打つように構えた茉莉が、跳躍しながら迫る。

 

 茉莉は菊一文字を峰に返すと、鋭く逆袈裟に一閃する。

 

 それを空中で迎撃する緋緋神。

 

 茉莉の剣を髪で弾き、代わって2丁のガバメントを向けようとする。

 

 銃口が茉莉を睨み、指を引き金に掛けた緋緋神はニヤリと笑う。

 

 次の瞬間、

 

「飛天御剣流、龍翔閃!!」

 

 下方から対空を狙った刃が、緋緋神へと向けられた。

 

 その一撃が、

 

 空中にある緋緋神を撃ち落とす。

 

 だが、緋緋神の方でも、とっさに衝撃を殺したらしく、大ダメージに至った様子は無い。

 

 だが、そこで、地上で待ち構えていたキンジが駆けた。

 

 接近と同時に振るわれる拳。

 

 亜音速の桜花が、動きを止めた緋緋神に襲い掛かる。

 

 大気を打ち砕くような拳撃が放たれる。

 

「グッ!?」

 

 とっさに、腕を交差させて受け止める緋緋神。

 

 やはり、ダメージが入ったように見えない。

 

 だが、

 

 それまでは回避する事で攻撃に対応していた緋緋神が、はじめて防御の姿勢を取った。

 

 大きく後退する緋緋神。

 

 それを好機と見てとった友哉が、神速で接近を図る。

 

「飛天御剣流・・・・・・・・・・・・」

 

 緋緋神も対抗するようにガバメントを翳すが、既に遅い。

 

 逆刃刀を逆手に持ち替える友哉。

 

 同時に逆再生のような勢いで、刃を鞘へと戻す。

 

「龍鳴閃!!」

 

 キキィィィィィィィィィィィン

 

 金属がぶつかり合う強烈な高周波が、龍の嘶きとなって緋緋神に襲いかかる。

 

 欧州戦線ではルシア・フリートに対して使われ、彼女を戦闘不能にまで追い込んだ龍鳴閃。

 

 三半規管にダメージを負わせる事によって相手の集中力を乱し、超能力行使を妨げる事は、既に実戦で証明済みである。

 

 友哉は緋緋神のステルスとしての力を、まずは封じようと考えたのだ。

 

 鳴り響く高周波が、緋緋神へと叩きつけられる。

 

 だが、

 

 高周波が拡散するよりも早く、緋緋神は何かに突き動かされたように、思いっきり後方に跳躍する。

 

 一拍おいて、炸裂する龍鳴閃。

 

 だが、

 

 着地して顔を上げた瞬間、緋緋神は可笑しそうに笑みを浮かべた。

 

「なかなか、面白い事考えるな、お前」

「ッ!?」

 

 笑みを浮かべる緋緋神に対し、舌打ちする友哉。

 

 効いてない。

 

 緋緋神は龍鳴閃の効果が自身に致命的なダメージを与える前に、とっさに後退する事で効果を半減させたのだ。

 

 僅かに耳を押さえている所を見ると、効果が全く無かった訳ではないようだが、それでも威力が大幅に減じられ、戦闘力を封じるには至らなかった事は火を見るよりも明らかである。

 

 とっさに後退する友哉。

 

 ここはいったん下がって、体勢を立て直した方が得策であると判断した。

 

 キンジを中央にして、その左右に降り立つ友哉と茉莉。

 

 対して、緋緋神もまた、距離を置いて対峙する。

 

「俺達3人で掛かっても仕留めきれないか」

「アリアの身体能力が、そのままそっくり敵にまわっているのが厄介だね」

「その他にも、緋緋神としての能力が加算されえいますから」

 

 3人は冷静に相手の力を分析しつつ、それぞれに戦略を練る。

 

 こちらは決定力に欠けるのが痛い。何とか、そこを補いうる手段を構築しない事には、いずれはじり貧に追い込まれてしまう。

 

「ん、どうした、もう終わりか?」

 

 対して緋緋神は、続きを催促するように語りかけて来る。

 

「恋も良いが、やはり戦も良いなァ 心が湧きたってくるよ」

 

 にやりと笑いながら、緋緋神は前へと出る。

 

 少女の両手は「前倣え」をするように、真っ直ぐに伸ばされる。

 

 その姿を見て、キンジは目を見開いた。

 

「まずいッ レーザーが来るぞッ 2人とも、よけろ!!」

 

 キンジが叫ぶ間にも、緋色の光は急速に増していく。

 

 孫が使っていた如意棒。同じ緋緋神であるなら、同様の事が出来て当然である。

 

 鏡高組を襲撃した際に、同じ物を友哉も見ているから、その脅威は嫌でもわかる。

 

 防ぐ事はほぼ不可能。

 

 キンジは藍幇城においてスクラマサクスを利用した「矛盾」で防いだが、そのスクラマサクスも、もう無い。仮に友哉や茉莉の刀で同じことをやろうとしても、日本刀にはスクラマサクスには無い「反り」がある為、レーザーを防ぐのに必要な「厚み」を稼ぐ事ができない。

 

 万事休すか?

 

「さあ、あたしをもっと楽しませろ!! もっと高ぶらせてみろ!!」

 

 次の瞬間、レーザーが放たれる。

 

 刹那の間に駆け抜ける緋色の閃光。

 

 その光がキンジを捕えようとした。

 

 次の瞬間、

 

 命中直前のレーザーはあり得ない曲線を描き、キンジの足元を焼く形で着弾する。

 

「何がッ?」

 

 目を剥く友哉。

 

 よく見れば、キンジの正面の空間が不規則に歪んでいるのが見える。

 

 原理は判らないが、ステルスの一種である事は間違いない。その空間のゆがみが、レンズのような役割をはたしてレーザーを屈曲させたのだ。

 

 驚いたのは緋緋神も同様らしく。驚愕に顔を染めているのが見える。

 

 その瞬間を逃さず、緋緋神に接近する影があった。

 

 手にした大鎌と相まって、死神のような印象を受けるが、その横顔は思わず息を吐く程に美しい。

 

 この世にこれ程の美女は、他に存在しないだろうとさえ思える程、唯一無二の美しさを誇る。

 

 カナは手にした大鎌スコルピオを容赦なく振るい、緋緋神の顎を掠めるように撃ち抜く。

 

 神を名乗ってはいるものの、体はアリアの物である。受けたダメージはキッチリと伝わる。

 

「あッ・・・・・・・・・・・・」

 

 小さな声を漏らしながら、膝を突く緋緋神。

 

 どうにかバランスを回復させようとして、果たせずに再び膝を突くと、そのまま地面に仰向けに倒れ込む。

 

「しょせん、人の体、か・・・・・・せめて猴の体であったなら、こうはいかなかった物を・・・・・・・・・・・・」

 

 纏っていたオーラも、徐々に薄れていくのが判る。明らかに、力が弱まっているのだ。

 

 そこへ、先程、魔術を用いてキンジを守ったパトラがやって来た。

 

「キンジ、今の内ぢゃ。お前が持つ小刀を緋緋神に突き付けるのぢゃ。急げ」

 

 促されたキンジは、言われるままにバタフライナイフを抜き放つと、緋緋神に緋色の刀身を近づける。

 

 それに合わせるようにパトラが何かを念じだすと、同時にナイフも緋色の光を帯びて輝き出す。

 

 明らかに、緋緋神の何かに反応している様子だ。

 

「・・・・・・うッ・・・・・・あッ・・・・・・やめて・・・・・・くるしいよ・・・・・・きんじ・・・・・・ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 アリアの声で懇願する緋緋神。

 

 しかし、それが擬態である事は、一同にも判り切っている事である。

 

 声を無視して、キンジは更に刀身を緋緋神に近付ける。

 

 次の瞬間、

 

 突如、身を起こした緋緋神が、ナイフの刀身に噛みついた。

 

 驚いた友哉と茉莉が慌てて引きはがすが、緋緋神はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「こ、今回はこれで良し、だ・・・・・・ハハッ、こいつはもう使えまい。あ、あばよキンジ・・・・・・近いうちに、また・・・・・・あう・・・・・・」

 

 そこまで言って、

 

 緋緋神は意識を失って倒れ込む。

 

 それを、とっさに抱き留めて支えるキンジ。

 

 やがて、

 

 静かな、「アリア」の寝息が、一同の耳にも届いてきた。

 

 

 

 

 

第7話「緋の女神、覚醒」      終わり

 


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