緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第8話「最後の最後に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにか戦いを終えた一行は、気を失ったアリアをキンジが背負い、乃木坂にある金一のアパートへと戻ってきていた。

 

 金一とパトラが婚約し、今は同棲中だと言うこのアパートは乃木神社のすぐ隣にあった為、気を失ったアリアを収容するのに都合が良かったのだ。

 

 アリアの服は戦闘でところどころ破けてしまった為、パトラと茉莉が着替えさせた。

 

 今はもう、ソファーに横になって「ももまん・・・・・・」などと寝言で呟いている所を見ると、アリア本来の人格に戻っているらしかった。

 

 とは言え、これが一時的な状況である事は想像に難くない。

 

 緋緋神が目覚めてしまった。

 

 その事実を前にして、前途には暗雲が立ち込めようとしていた。

 

「よく頑張ったわねキンジ、友哉と茉莉も、偉い偉い」

 

 普段はやや天然気味の性格をしているカナは、そう言ってニコニコと笑う。

 

 とは言え今回は、彼女(彼)とパトラが助けに来てくれなかったら本当に危なかった。シャーロックが生涯を掛けて行っていたと言う「緋色の研究」に関する知識を持っていた2人だからこそ、あの場に駆け付けて緋緋神を制する事が出来たのだ。

 

「でも、キンジが緋緋神を起こす程、アリアとの仲を進展させていたなんてねぇ。ちょっと予想外だったわ」

 

 言いながらカナは、めっと言う感じでキンジの額をつつく。

 

「思ったよりませてたのね、キンジも。でも、まだアリアとくっついちゃダメよ? そしたら、また緋緋神が出ちゃうから」

「いや、別にそんなくっついたって訳じゃ・・・・・・」

 

 ポケポケと説教するカナに、キンジは少し顔を紅くして抗弁している。

 

 一方で、話の筋が判っていない友哉と茉莉は、キョトンとして首をかしげる。

 

「あの、どういう事ですか? キンジとアリアがくっついたから、緋緋神が目覚めたって言うのは・・・・・・」

「ああ、そうね。まずは、そこら辺から説明する必要があるわね」

 

 そう言うと、カナは説明する。

 

 緋緋神は恋と戦を司る神である(ここら辺は友哉達もしている)。よって、緋緋神を目覚めさせるには、彼女の気を高ぶらせるほどの恋や戦を感じさせることが、覚醒の為のキーだったのだ。

 

「それで、今回は、アリアのキンジに対する恋心がトリガーになって、緋緋神が覚醒したって訳」

「ああ、成程」

「納得です」

「いや、納得すんな、お前等」

 

 あっさりとカナの説明に頷く友哉と茉莉に、キンジはため息交じりにツッコミを入れる。

 

 キンジ的には、何でそれで納得できるのか判らなかった。

 

「そこの恋の線さえ切っちゃえば、ひとまずは安心かな。アリアが武偵法を破って人を殺す程の戦いでもないと、緋緋神を満足させるような戦にはならない筈だし」

「アリアが、そう言う戦いをする恐れは無いって事か」

「絶対とは言わないけどね。アリアの身柄を拘束したくは無いし、『殺して』って頼んでくるまでは殺してもいけないと考えているわ。他の関係者がどういうかは判らないけど、武偵法4条『武偵は自立せよ。要請無き手出しは無用の事』。自分の事なんだから、どんな結末になるにせよ、アリアは緋緋神の件に自分で決着をつけるべきよ」

 

 やや突き放し気味に言うカナだが、その言葉は正しい。結局のところ、最終的にどうするか決めるのはアリアである。

 

 キンジや友哉達にできるのは、彼女が決断を下せる材料を揃え、環境づくりをする為の手助けをする事くらいだろう。

 

 そこへ、キンジのナイフを調べていたパトラが戻ってきた。

 

「・・・・・・このナイフはの、妾にも修復できぬ。もう、ただのナイフぢゃ」

 

 そう言って、バタフライナイフを畳んでテーブルの上に置いた。

 

 緋緋神を収める上で、何らかの切り札と言える存在だったのが、このナイフである。だが、パトラの見立てでは、もう使う事ができないらしい。

 

「カナ、これは以前、あんたからもらった物だけど、カナは俺に何を持たせていたんだ? このナイフ、大事にしろって言うから、ずっと持ってたんだぞ」

 

 問いかけるキンジに対して、カナは少し苦笑気味に笑ってから口を開いた。

 

「それは昔、遠山家が星枷神社からもらった匕首『色金止女(イロカネトドメ)』を打ち直した物なの。緋緋色金に共振して、力を少し打ち消す効果があるのよ。小さかったり、元々弱っていたりする色金なら、発動を止めさせることもできるの。緋緋色金絡みの災難を避けるお守りみたいな物ね。シャーロックが欲しがりそうな物だったし、そのシャーロックを殺す時に必要そうだったから、あなたに預けて隠したつもりでいたわ」

「やっぱり、色金絡みのアイテムだったのか」

 

 これまでいくつかの状況で判断材料を揃えていたキンジは、納得したように頷く。

 

 だが、その切り札も、失われてしまった事になる。

 

「周囲の緋緋色金が大きすぎたのよ。シャーロック、孫、アリア・・・・・・白雪の色金殺女(イロカネアヤメ)クラスじゃないと抑えが利かない程の大物ばかり、これまでキンジは相手にしてきたの」

「白雪の刀とも関係あるのか、これ?」

「それはイロカネアヤメを作った時に、余った材料で、もっと原始的な作り方に基づいて打たれた物。ほぼ無制限に仕えるイロカネアヤメと違って、共振する度に力が弱まって行き、最終的には使い捨てにする、一世代前の色金ジャマーなのよ。イロカネアヤメはずっと持ってても無害な色金合金でできているけど、このイロカネトドメは本物の緋緋色金をちょーっぴり含んじゃってるの」

「ちょッ!?」

「おろッ」

「ええ!?」

 

 カナの何気ない一言に、キンジ、友哉、茉莉の3人は唖然とする。

 

 随分と危ない物を、弟に持たせたものである。

 

「だ、大丈夫よ。それの色金は人体にはほとんど影響が出ないレベルだし。キンジなら、絶対大丈夫なの」

「・・・・・・・・・・・・どういう意味だよ?」

 

 何だか取り繕うような説明に、キンジは姉(兄)を胡散臭そうな眼つきで見据える。

 

「キンジは武偵だし、女嫌いで恋には向いてないって言うか、耐性があるから。恋愛感情に疎い子は、色金の影響を受けないのよ」

 

 納得がいかない物を感じつつも、自覚自体はあるらしく、キンジは黙り込む。

 

「しかし、そのイロカネトドメももう使えぬ。さっき緋緋神に力を一気に注ぎ込み、共振を満たしてしまったからの」

 

 パトラに言われてキンジがナイフを開くと、それまでは緋色だった刀身が、ありふれた銀色になっている。どう見てももう、ただのナイフに過ぎなかった。

 

「これくらいが、私とパトラが知っている色金についての全てよ。シャーロックもこれ以上の事は知らなかったでしょうね。そして、これだけの『緋色の研究』だけではアリアを救う手段は見つからない」

 

 カナやパトラが知らず、シャーロックでもここら辺が限界だったとすれば、イ・ウー関連で、これ以上の情報を引き出す事は難しいだろう。恐らく以前、「緋色の研究」を盗んだと言うヒルダの情報も、似たり寄ったりなはずだ。

 

「これ以上、キンジ達がアリアの為に戦うと言うなら、私達以上に色金を知っている人物を頼るしかない。そして私は、それを2人、知っているわ」

「カナ、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 パトラが、カナの言葉を遮るように制する。

 

 だが、カナは黙って首を振った。

 

「仕方ないでしょうパトラ。最高裁よりも先に緋緋神に至ってしまったし。キンジももう17歳。大人を相手にする場に出しても良い年頃だわ」

 

 最高裁、という言葉が不穏な音を響かせる。

 

 一同の視線が集中する中、カナはこれまで以上に真剣な眼差しをして振り返った。

 

「いい事、キンジ・・・・・・友哉と茉莉も、これから私が話す事を聞いたら、もう後戻りはできないわよ」

 

 覚悟を試すように尋ねるカナ。

 

 対して、

 

「今さら何言ってんだ、カナ。俺は退く気は無いぜ」

「僕も同じです。仲間を助けたいって気持ちはキンジと同じです」

「私も、アリアさんは、大切なお友達でもありますから」

 

 武偵3人の決意に満ちた言葉が、カナへと返される。

 

 目の前にいるのは、親の庇護をうける雛鳥ではない。既に飛び立つ時を、今や遅しと待つ若鳥たちなのだ。

 

 ならばカナとしても、躊躇う理由は無かった。

 

「1人はロンドンにいるわ。現代最高の安楽椅子探偵、メヌエット・ホームズ。アリアの妹よ」

 

 アリアに妹がいる事は、前から聞いて知っていた。

 

 偉大なる曾祖父シャーロック・ホームズから、身体能力と直観力を受け継いだ姉に対し、ホームズ家にとって必要不可欠な推理力を受け継いだのが、その妹であるとか。

 

「もう一人は神崎かなえ。アリアの母親ね。かなえはメヌエットから、それを聞いて知っているの。メヌエットとかなえ、そのどちらか、或いは両方の口を割らせるしかないわ。どちらも至難の業だと思うけど」

 

 カナの説明を聞き、友哉はいくつかの情報を自分なりに整理してみる。

 

 緋緋色金に関する事柄は、国家の存亡にもかかわる重大事である事は間違いない。

 

 その緋緋色金に関する研究データ。所謂「緋色の研究」における第一人者がシャーロックだった。

 

 そのシャーロックの研究を引き継ぐ形でさらに発展させたのは、アリアの妹であるメヌエット・ホームズ。

 

 そして神崎かなえは、メヌエットから研究に関する情報を得ている。

 

 こうなると、神崎かなえが収監されている理由も怪しくなってくる。

 

 キンジが以前言っていた事だが、神崎かなえの裁判は、恐ろしく奇妙な点が多いとか。

 

 明らかに無実であると思われるかなえの不当拘束が認可される一方、決定的な証拠をいくつも揃えているにも拘らず殆ど聞き届けられない弁護側の主張に対し、明らかに支離滅裂であるにもかかわらず、裁判では無条件に通過する検察側の主張。

 

 だが、そこに色金問題が関わっているとしたら?

 

 政府が、あるいはもっと別の何かが色金研究に関わる何か重大な物を取得する為、かなえの不当拘束を黙認、乃至、承認しているのだとしたら?

 

 おぼろげながら、僅かな筋道が見えてきた気がした。

 

「アリアを救いたければ、まずは神崎かなえに会いなさい。緋緋神になった話をすれば、もう彼女もとぼけられない筈だし」

 

 確かに。事が急を要すると知れば、かなえももう、口をつぐんでいる訳にはいくまい。ましてか、それが娘の事となれば尚更だ。

 

「さて、と こ ろ で」

 

 話は終わったと言った感じに、カナはポケポケした口調で話題を変えて来た。

 

「このセーター、高かったのよね。パラスパレスの限定品。とってもお気に入りだったの」

 

 パラスパレスと言えば、「日本の美を追求する」と言うフレーズを謳い文句にするファッションブランドの事であり、天然やオリジナルの素材にこだわっているのが特徴である。

 

 そこの限定品と言えば、相当なお値段になる事は間違いなかった。

 

「どこかの誰かさんがアリアにませた事したせいで、私は急遽この服で戦う事になって、ここほつれちゃったなあ」

 

 見れば確かに、脇の部分がほつれて穴が開いてしまっている。

 

 その隙間から白い肌が見え、相手が男だと判っていても、ついついドキッとしてしまう。

 

「ご、ごめん」

「ほつれちゃったなあ」

 

 謝るキンジに、ニコニコと追撃をかますカナ。

 

 なかなか大人げない光景である。

 

「わ、判った。何かで弁償するよ」

 

 兄弟(姉弟)だけに、あとあと尾を引くのもアレだと思ったキンジがそう告げる。

 

 途端に、カナは満面を輝かせた。

 

「やったね。じゃあ、クロメーテルさんに会わせて?」

「ギャァ!?」

 

 そのとっても素敵な要求に、キンジは文字通り飛びあがった。

 

 ブータンジェに潜伏する際に行ったキンジの女装姿である絶世の美女「クロメーテル」の事は、恐らくパトラ経由で金一の耳にも入っていたのだろう。

 

 その証拠に、パトラも大乗り気で身を乗り出してきている。

 

「トオヤマキンジ、お前も女に化けたら大層な美人だったではないか。また化けて、妾の前で仲良こよし、やってみい」

 

 そう言ってにじり寄るパトラ。

 

「それはダメだッ 絶対にやらないぞッ 絶対だ!!」

 

 抗弁するキンジ。

 

 しかし、カナとパトラは「聞く耳持たん」とばかりににじり寄って行く。

 

「お姉ちゃん、妹が欲しかったのよー!!」

「それはかなめがいるだろ!!」

「かなめは可愛い、クロメーテルは美人で、別腹なの!! さあ、頑張ってみようー ファイト、キンジ!!」

「衣装は妾が貸してやろうぞ。ほれ、化けてみい」

 

 どこの世界に弟(義弟)を女装させて楽しむ夫婦がいるのか。

 

 と、激しく突っ込みたいところなのだが、現実に目の前にいるから困る。

 

 一方で、

 

「え、クロ、メ? え? 何の事ですか?」

 

 一人、事情を知らない茉莉が、キョトンとして首をかしげている。

 

 まあ、世の中には知らない方が良い事は往々にしてある物である。

 

 それはそうと、

 

 友哉は足音を殺しながら、そーっと撤退を図っていた。

 

 何とか、御夫婦の興味がこっちに飛び火してくる前に・・・・・・・・・・・・

 

 そう思った次の瞬間、

 

「ど~こに行くのかしら、緋村友奈(ひむら ゆうな)ちゃん?」

 

 ガシッ

 

「お・・・・・・ろ?」

 

 いつの間にかにじり寄ってきていたカナに、肩を掴まれてしまった。

 

「あなたの方が、こっち方面に関してはキンジよりも先輩よね。だからここはひとつ、キンジに『お手本』を見せてあげてね」

「い、いえ、時間も遅いですし、そろそろ、お暇しようかなーって・・・・・・」

「あら、遠慮しなくてもいいのよ。ゆっくりして行ってね。お茶くらいは出してあげるから。あとで」

「一切合財ッ 微塵も遠慮してませんから!!」

 

 何やらキンジが恨みがましい視線を向けてきているが、そこは無視。どうにかして撤退を図ろうと模索する。

 

 だが、

 

「ヒムラよ。お前には欧州での借りもある故な。妾も容赦せぬぞ。観念してユウナになるがよい」

「大人げないにも程があるよ!!」

 

 勝手な事を言ってくるパトラに、言い返す友哉。

 

 しかし逃げようとしても、カナに捕まれている為それもできない。

 

 このままでは、キンジと揃って日本に恥を晒す事になりかねない。

 

「マツリよ。お前も手伝うのぢゃ」

「い、いえ、パトラさん、カナさんも。もうそれくらいで・・・・・・」

 

 やんわりと、イ・ウーの先輩2人を止めようとする茉莉。

 

 だが、

 

「マツリよ」

 

 パトラが意味ありげな笑みを向けてくる。

 

「な、何ですか?」

 

 その不穏な笑みに、だじろく茉莉。パトラがこの手の笑みを浮かべている場合、たいてい碌な事にならないのは、イ・ウー時代に経験済みだった。

 

「手伝わねば、あの事をヒムラにバラすが良いのかの?」

「ッ!?」

 

 パトラの言葉に、茉莉は思わず顔をひきつらせた。

 

 イ・ウーの頃に理子達のとばっちりで色々とやらかしてしまった事は、茉莉にとっては墓の下まで持っていきたい一生の秘密である。

 

 だが、当然ながらパトラには、そこら辺の事情は知られてしまっている。

 

「あれは確か、お前が理子とホラー映画を見た後・・・・・・」

「キャー!! キャー!! キャー!!」

 

 思わず大声を上げてパトラの言葉を遮る茉莉。その顔は真っ赤に染まり、涙も滲んでいる。

 

 と、同時に室内であるにもかかわらず縮地を発動。菊一文字を抜刀してパトラに斬り掛かった。

 

 これには、流石のパトラも度肝を抜かれたらしく、とっさに魔力で盾を作って防ぐ。

 

 空中で不自然に制止する刃。

 

 しかし、茉莉は構わず刀を押し込もうと、グイグイとパトラに向けて刃を向けてくる。

 

「そ、それは絶対言わないって、約束したじゃないですか!!」

「わ、判っておる!! 言わんッ 言わんから協力しろと言うとるのぢゃ!!」

 

 パトラも予想し得ない事態に、ややテンパりながら茉莉の刃を防いでいる。

 

 茉莉はそのままクルッと友哉に向き直ると、涙目で迫ってきた。

 

「友哉さん、一生のお願いですから、今すぐ友奈さんになってください!!」

「お、おろ!? ま、茉莉!?」

 

 豹変した茉莉に、思わずたじろく友哉。

 

 まさか、自分の彼女が敵に回るとは思っていなかった為、不測の事態に指向が追いつかなかった。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、でもお願いします!!」

 

 謝りながら懇願されてしまう。

 

 状況的には2対3。

 

 このまま、キンジと2人で恥を晒す事になるのか!?

 

 そう思った次の瞬間、

 

「うみゅ・・・・・・クロメーテ・・・・・・ゆう、な・・・・・・ちゃん・・・・・・」

 

 うわ言のように呟いたカナが、そのまま糸が切れるように、その場に崩れ落ちた。

 

 そのまま、スースーと寝息をたてはじめる。

 

 ヒステリアモードは、長時間続けると、脳を休ませる為にしばらくは休眠する必要があるのだとか。どうやらカナには、間一髪でそのタイミングが訪れたらしい。

 

 歳に似合わず可愛らしい寝顔を見せるカナを見ながら

 

 友哉とキンジは、思わず大きなため息を吐き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜間にも拘らず、御近所迷惑な騒動を経た後、取りあえず明日、アリアに事情を説明して神崎かなえのいる東京拘置所へと行くと言う事で話はまとまった。

 

 その際、アリアを捕えようとする日本の外務省やイギリス政府辺りから、何らかの妨害が来る可能性もあるので、友哉と茉莉も護衛に入る手筈でまとまった。

 

 そんなこんなで、取りあえず今日の所は解散と言う話になり、友哉と茉莉は学園島へと戻って来たのだった。

 

「何だか、大変な一日になっちゃったね」

 

 並んで歩きながら、友哉は、ぼやくように呟いた。

 

 朝のランジェリーショップでの騒動に始まり、昼は喫茶店での勘違い男の逮捕劇、夜は神様と一戦交えるに至った。

 

 何とも、波乱に満ちた一日もあった物である。

 

「す、すみません」

 

 そんな友哉の横を歩きながら、茉莉は縮こまっている。

 

 彼女としても、相当不本意な一日だったのだろう。

 

 だがまあ、これが自分達にとって初めてのデートだったと考えれば、悪くは無いかもしれない。

 

 何しろ確実に、一生の思い出として記憶に残るだろうから。

 

「あの、友哉さん」

「おろ?」

 

 茉莉が、何かを決意したように、立ち止まって友哉の方を見た。

 

「今日はその、付き合ってもらって、本当にありがとうございました」

 

 そう言って、頭を下げる茉莉。

 

 対して、友哉も微笑を返す。

 

「いや、僕の方こそ、本当に楽しかったよ」

 

 まあ、ドタバタした騒動が目白押しだったが、基本的に楽しかったのは間違いない。

 

「そ、それでですね・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら茉莉は、手にしたバックに手を突っ込み、そこに入れた小さな小箱を取り出して友哉に差し出した。

 

「こ、これを」

「これって・・・・・・・・・・・・」

 

 手の平に乗るくらい、小さな箱。そして、その中からは仄かに甘い香りが漂ってくる。

 

「今日は、2月14日じゃないですか。だから、瑠香さんに手伝ってもらって、作ってみました」

 

 そうだった。今日はバレンタインデーだと言う事を、友哉もすっかり忘れてしまっていた。

 

 だから、茉莉も今日を初デートの日に選んだのかもしれなかった。

 

「ありがとう、茉莉。とっても嬉しいよ」

「友哉さん」

 

 嬉しそうに頬を染める茉莉。

 

 その茉莉を、友哉はそっと抱き寄せる。

 

 2人の顔がゆっくりと近づき、

 

 そして、

 

「ひ~~~む~~~ら~~~せ~~~た~~~」

「「ビクゥ!?」」

 

 突然、地獄の底から湧き上がってくるような声が響き渡り、思わず肩を震わせる2人。

 

 その向けた視線の先には、

 

 強烈な殺気を撒き散らす雌ゴリラ、

 

 もとい、最恐アマゾネス、

 

 でもなくて、麗しくも純情可憐な蘭豹先生が、それはそれは、像も視線で殺せそうなほど素敵な殺気を放って、ドシッドシッと歩いてくるところだった。

 

「うちの前で、ようもイチャラブっとるもんやな自分ら? それに何や、うん? 校則をもう忘れたんか?」

 

 そこで、

 

 友哉は自分が何を忘れていたのか思い出した。

 

 思い出さなければ命に係わる程の重大事。

 

 それは、茉莉に「武偵校はバレンタイン禁止」と言う校則を伝え忘れていた事だった。

 

 ま   ず   い

 

 友哉の中で、過去最大級の警報が鳴り響く。

 

 このままでは最悪、2人揃って明日の太陽を拝めないかもしれない。

 

 そんな2人を見ながら、蘭豹はこれまでに見た事がないくらい、強烈な笑みを見せる。

 

「取りあえず、2人ともお仕置き部屋まで御同行願おか? 話はそこで聞いたるわ。勿論、うちの体罰込みでな」

 

 言いながら、ノシノシと近付いて来る蘭豹。

 

 友哉の腕の中で、茉莉は青い顔をして震えている。

 

 そんな茉莉を見て友哉は、

 

「・・・・・・・・・・・・逃げるよ、茉莉」

「え、友哉さん何を、キャッ!?」

 

 軽く悲鳴を上げる茉莉の方と膝裏に手を入れ、所謂「お姫様抱っこ」で抱え上げる友哉。

 

 同時に跳躍して、その場から離脱を図る。

 

「こら待てやー!! うちから逃げられると思うとるんかー!!」

 

 背後から迫ってくる蘭豹の声を無視して、友哉は全速力で逃走を続ける。

 

 まったく、

 

 今日は最後の最後まで、本当に災難続きの1日だった。

 

 だが、

 

 とても楽しい1日だった。

 

 それを象徴するように、

 

 友哉と茉莉は、共に笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

第8話「最後の最後に」      終わり

 

 

 

 

 

女神覚醒編      了

 


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