緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第2話「視線の先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉と茉莉が遠山家での会談を終え、寮へと戻る頃には、日も傾き始めていた。

 

 一応、出発は明日と言う事になり、今日の所は取りあえず解散と言う事になった。

 

 アメリカ行きのメンバーは、ジーサード・リーグメンバーの他に、友哉、キンジ、茉莉の3人となる。

 

 アリアは、外務省やイギリス大使館ともめ事を起こした事で、イギリスへ自主帰国、事実上の強制送還となった。

 

 前後の状況を鑑みれば腹立たしい処置ではあるが、相手は国家権力、これ以上は如何ともし難いだろう。

 

 もっとも、アリアの帰国については、一概に悪い事ばかりだとは言えない。

 

 「緋色の研究」について、アリアの異母妹であるメヌエット・ホームズは、何らかの重要な情報を持っているとされている。そのメヌエットに会いに行くことができるのだから、いわば今回の帰国は渡りに船だとも言える。

 

「アメリカか・・・・・・何か言葉にするとすごい身近に感じる国だけど、実際に行くとなると、ちょっと想像がつかないね」

 

 寮の廊下を茉莉と並んで歩きながら、友哉は苦笑するように言った。

 

 アメリカ、ニューヨーク

 

 日本人なら3歳の子供でも知っている、外国と、そこにある都市の名前だ。

 

 だが、名前を知っていても、実際にそこがどんなところであるか知る日本人は少ない。

 

「ニューヨークはイ・ウー時代に何度か行った事があります。もし時間があれば、案内できると思いますよ」

「そっか、楽しみにしているよ」

 

 友哉はそう言って、茉莉に笑顔を返す。

 

 任務とは言え、海外へ行けるとなれば、それなりに楽しさも増してくるものである。それが茉莉と一緒と来れば尚更だった。

 

 友哉と茉莉は、そんな会話を交わしながら玄関を潜った。

 

「ただいま」

「あ、おかえり、友哉君、茉莉ちゃん」

 

 2人が帰ってくる気配を察したのだろう。夕食の準備をしていたらしい瑠香がエプロン姿で廊下に出てくるのが見えた。

 

「ごはん、もうすぐできるから、2人とも、リビングで待っててよ。そうそう、彩夏先輩も来てるから、ゲームでもやってて」

「おろ、彩夏が? 判った」

 

 別段、彩夏が遊びに来る事自体は珍しい事ではないので、頷いてリビングへと入った。

 

 すると、

 

 ソファーに座った彩夏が、携帯電話で何かを話していた。

 

 英語での会話である為、何を言っているのか判らないが、相手が親しい人物である事が判る。何やら電話口で楽しそうにしゃべっては笑っていた。

 

 やがて、電話を切ると、彩夏は2人に向き直った。

 

「おかえりなさい、2人とも」

「ただいま。電話してたの?」

 

 友哉は逆刃刀をテーブルの上に置きながら尋ねた。

 

「うん。イギリスにいる兄貴からね。普段は電話なんか殆ど寄越さないくせに、さっき、いきなりかけて来てさ」

「え、彩夏さん、お兄さんがいたんですか?」

 

 茉莉が驚いて声を上げる。

 

 今まで彩夏は自分の家庭についてあまり語る事は無かった。唯一、友哉が父親であるジェームズ氏と会った事があるくらいである。

 

 その為、正確な家族構成等については、実のところあまりよくわかっていなかった。

 

「兄貴って言っても、義理なんだけどね。昔、パ・・・・・・父が引き取って養育したの」

 

 パパ、と言いかけて彩夏は言い直した。

 

 父親との蟠りを持つ彩夏は、やはりまだ、素直になれていないようだった。

 

「何か、仕事で昇進したから、その報告だってさ。そう言うところは律儀なんだよね。普段は無駄な事は一切しないくせにさ」

 

 少し懐かしむような遠い目をする彩夏。どうやら、父親とは確執を持っている彩夏だが、その義理の兄とやらとは、それなりに良好な関係を築けているようだった。

 

「ところで、2人はどうしたの?」

 

 尋ねる彩夏に、友哉は今日の事を説明した。

 

「香港、ヨーロッパと来て、今度はニューヨークとはね。随分、忙しくなって来たわね、アンタ達も」

 

 確かに。

 

 極東戦役からこっち、敵対勢力が国際レベルになっているせいか、移動距離も飛躍的に伸びてきている。

 

 武偵憲章9条「世界に雄飛せよ。人種、国籍の別なく共闘せよ」とあるが、正に、それを体現しつつあるわけだ。

 

「良いなァ ニューヨーク。あたしも行きたい」

「いや、遊びに行くわけじゃないからね」

 

 サラダを盛り付けながら、瑠香がぼやくように言うのに対し、友哉は苦笑しながらツッコミを入れる。

 

 と、

 

「そう言えば、今回は友哉だけじゃなく、茉莉も行くのよね?」

「はい。そうですけど?」

 

 茉莉の返事を聞いた瞬間、彩夏は何やら、雷に打たれたような衝撃と共に、驚愕の表情を浮かべた。

 

「それってつまり、新婚旅行!?」

「違いますッ!!」

 

 突然、飛び出してきた突拍子もない単語に、顔を真っ赤にして反論する茉莉。

 

 いきなり何を言い出すのか。そもそも、結婚もしていないのに「新婚」旅行はあり得ないだろう。

 

「じゃあ、婚前旅行!?」

「それも違います!!」

 

 その様子を見て苦笑する友哉。

 

 これが婚前旅行なら、キンジにジーサード・リーグのお歴々までくっついて来る事になる。流石に、友哉もそんなメンツを見るだけで物騒な婚前旅行は願い下げだった。

 

 携帯電話が鳴ったのは、その時だった。

 

 開いて液晶を見ると、思わず友哉は目を見開く。

 

 『由比彰彦』

 

 友哉は無言のまま廊下に出ると、通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「はい、緋村です」

 

 友哉は固い声で、第一声を切り出した。

 

《やあ、緋村君。聞きましたよ。何でも、外務省と一戦やらかしたとか》

「・・・・・・・・・・・・相変わらず、耳が早いですね」

 

 緊張感を増しながら、相手の言葉に応じる。

 

 仕立て屋の情報網を持ってすれば、こちらの動きは筒抜けと言う事だろうか?

 

 悔しいが、相手の方がまだ一歩も二歩も上手だと言うことを痛感させられてしまう。

 

 それはそれとして、

 

「何か用ですか?」

《つれない言いぐさですね。まあ、今に始まった事ではないですが》

「用が無いなら切りますよ。御承知の通り、こっちも疲れていますので」

 

 ハッタリではない。 これ以上、彰彦が本題以外の事で会話を引き延ばそうとしたら、友哉は容赦なく通話を切るつもりで、電源ボタンに指を伸ばす。

 

 友哉にとって、この男の声は、「この世で聞きたくない声ランキング」のナンバー2である。(因みにワースト1位は、斎藤一馬である)

 

 その気配を察したのだろう。先を制するように、彰彦は口を開いた。

 

《迎えの車をそちらに回しましたので、それに乗って、これから指定する場所まで来てください》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彰彦の言葉に、友哉はスッと目を細める。

 

 腹をくくる必要がある。

 

 どうやら、「来るべき時」が来たと判断すべきだった。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 静かにそう告げると、友哉は今度こそ通話ボタンを切った。

 

 友哉は携帯電話をしまうと、リビングへと戻る。

 

「あの、みんな、ちょっと・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、

 

 友哉は絶句した。

 

「いい、茉莉。男は夜になったらケダモノになるんだからね」

「そうだよ、狼さんなんだからね」

「お、狼さん、ですか?」

「そう、だから、それに備えて色々と準備しないといけないわよ」

「だからって、狼さんパンツは持って行っちゃダメだよ」

「持ってませんッ それは持ってません!!」

 

 姦しいガールズトークが、尚も絶賛継続中だった。

 

「おろ・・・・・・・・・・・・」

 

 立ち尽くす友哉

 

 何となく入って行けない雰囲気だった。いっそ、このまま何も告げずに出かけようかとも思うのだが、流石にそれはどうかと思うので。

 

「あの、みんな、今からちょっと出かけて来るから」

「え? 友哉さん、今からですか?」

 

 怪訝そうに尋ねてくる茉莉に、友哉は振り返って笑い掛ける。

 

「大丈夫だから、先にご飯、食べててよ。用事が終わったら、すぐに戻って来るから」

 

 そう言うと、友哉はパタンと扉を閉めて出ていく。

 

 後には、手を伸ばしたまま立ち尽くす茉莉が残された。

 

「友哉さん・・・・・・・・・・・・」

 

 何か、言い知れない予感が、茉莉の中で去来する。

 

 友哉が、何か自分達にも隠している事がある。そう思えてならない。

 

 だが、今の茉莉には、友哉の事を気にしている余裕は無かった。

 

 ガシッ ガシッ

 

「は、はい?」

 

 いきなり瑠香と彩夏に両脇を掴まれ、拘束されてしまう。

 

「さあ、茉莉ちゃん。そうと決まったら時間が無いんだし、色々と準備をしちゃおうね」

「え? え? えェ?」

「アメリカに行くんなら、相応の用意をしないとね。さあ、気合入れてファッションショーをやりましょうか!!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいィ!!」

「「待たない」」

 

 そのまま、ズルズルと連行されていく茉莉。

 

 その後の茉莉の運命を知る者は、誰もいない。

 

 ただ、全てが終わった後、茉莉が憔悴しきっていたのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 塚山龍次郎(つかやま りゅうじろう)は、予定外の戦闘と、その想定外の終わり方に不満を抱きつつも、国内に残っていた残務処理の決済に追われていた。

 

 たまたま所用で一時帰国していた際、同期入省した銭形乃莉(ぜにがた のり)の仕事を手伝う事になった為、本来なら昼間の内に終わらせて置く予定だった仕事が、夕方までずれ込んでしまったのだ。

 

 彼女の仕事関係は対英方面の物だが、中でもVIP中のVIPと言える、Sランク武偵、神崎・H・アリアの滞在中の折衝にある。

 

 英国貴族であり、かのシャーロック・ホームズ卿の曾孫に当たるアリアは、同時に貴族特有の気難しい性格も持ち合わせており、彼女の相手をできる人間は限られている。その点で行けば、銭形はよく任務をこなしていた。

 

 そのイギリス政府の方が、最近になって、そのアリアを本国に呼び戻すべく策動しているのは、龍次郎も知っていた。

 

 無理も無い。アリアの身柄と能力は、イギリスにとって貴重な財産である。その財産を、いつまでも極東の島国に放り投げておきたくは無いのだろう。

 

 加えて、彼女のパートナーを自称(イギリス視点)している遠山キンジの事もある。

 

 遠山キンジはこれまで、イギリスを含む複数の国に対して、不利益になる行動を取った過去がある。その為、イギリス政府としても、そのような危険人物の元からアリアを引き離したかったのだ。

 

 そして、日本政府としても、そのイギリスの申し出をあっさりと引き受けていた。

 

 日本側としては、Sランク武偵とは言え、たかだか小娘1人の身柄でイギリスに恩を売れるのなら安い物だと考えているのだろう。

 

 その意見には、龍次郎も諸手を挙げて賛成である。

 

 そもそも、戦前の軍備拡張時代ならいざ知らず、今の日本は絶対的な強国と言う訳ではない。表向きな戦力は充実させているが、周辺には中国、韓国、ロシア、北朝鮮と言った危険な国々が控えているにも拘らず、軍事行動における法整備もままならないのが現状である。これらがいつ、日本を標的に戦争を仕掛けて来るか判った物ではない。

 

 否、目には見えにくいだけで、水面下ではすでに砲火は開かれている。つい先日まで行われていたと言う極東戦役が良い例だろう。

 

 いつ何時、本格的な戦闘状態に入ってもおかしくは無い。そして、日本単独でこれらの強国と戦うのは困難である。

 

 その時、国を守る為には、世界中に友好国を作っておき、いざという時には迅速な支援を受けられるよう体制を整えておかなくてはならない。それも、可能な限り強い国々とだ。

 

 そして、その為の橋渡しをするのが外務省の役割である。

 

 神崎・H・アリアをイギリスに引き渡す事ができれば、イギリス政府に対して計り知れない恩を売る事ができるのだ。

 

 だが、事もあろうに、そのアリアが監視の目をすり抜けて脱走したと言う。

 

 まったくもって、腹立たしい限りである。こちらの苦労も知らない子供が、悪戯に状況を掻き乱して何が楽しいと言うのか?

 

 アリアとて、日本に世話になっている身である。ならば、その身柄を進んで差し出すべきなのだ。

 

 アリア達の側からすれば、それこそ言いがかりに近い論法だが、龍次郎にとっては地に根が生えるくらい、確固たる信念に基づいた考えである。

 

 これらの視点は全て、龍次郎が外務省に所属しているからこそ出てくる思考であるが、それ自体が大きく間違っているとは思っていない。「国」を守る事がすなわち「人」を守る事に繋がるのだ。その為に、切れるカードは多いに越したことはない。まして、アリアの存在は、わざわざイギリスの方から指名してきた好カードだ。切らない手は無いだろう。

 

 結局、任務はジーサードリーグの介入によって失敗に終わり、銭形もアリアの確保には失敗した。

 

 もっともその後、アリア側からの申し出により、条件付きで帰国しても良いと言う旨、回答があったらしいが、龍次郎にとっては腹立たしい事に変わりは無かった。

 

 今回の戦いは外務省にとって、言わば戦略的敗北、どう贔屓目に見ても「引き分け」にすら持ちこめていない。

 

 結果的にアリアはイギリスに戻る事になったとはいえ、それは彼女自身の意志によるものだし、そのせいで外務省が被った損害も小さなものではない。

 

 そこへ、

 

「ふひ~~~~~~」

 

 気の抜けるような息を吐きながら、室内に入ってくる銭形の小柄な姿が目に移った。

 

 外務大臣からアリアの件で相当こっぴどく絞られたのだろう。

 

 そのまま、備え付けのソファーに辿りつくと、小学生並みの体躯でゴロンと横になってしまった。

 

「お疲れのようだな」

「見ればわかる事を、いちいち言うなです」

 

 見た目は小学生にしか見えない銭形だが、こう見えて、龍次郎とは同期の24歳。しかも同期ではトップの才媛だ。

 

 敢えて二度言うが、こう見えて。

 

 恐らくこの後も、何枚か始末書を書かなくてはいけないのだろう。その点は、手伝う訳にもいかないので、ご愁傷様とした言いようが無いのだが。

 

 そんな銭形に対し、龍次郎はフッと笑みを向ける。

 

「どうでも良いが、倒れるまで根詰めるなよ。俺達の仕事はストレスとの勝負なんだからな」

「言われなくても判っているのです。そっちこそ、無理しすぎるなです」

 

 言いながら、銭形はチラッと視線を龍次郎に向ける。

 

「そっちこそ、こんな所で油を売っている場合では無いのではないですか?」

「判っている。今日の最終でニューヨークに戻る予定だ」

 

 言いながら龍次郎は、パソコンを打つ手を止めない。

 

 対米方面の外交官である龍次郎のスケジュールは、ほとんど分刻みと言っても良いくらいに詰まっている。今回、緋緋神騒動が起こっている時に帰国していたのも、全くの偶然に過ぎなかった。

 

「それはそうと、例の件は耳に入ってるですか?」

「どの件だ? 色々ありすぎて絞り込めん。具体的な主語を言ってくれ」

巻六男(まき むつお)の件に決まっているです」

 

 銭形の言葉に、龍次郎はタイピングの手を止めて顔を上げた。

 

 巻六男の名には、龍次郎も聞き覚えがあった。

 

 陸上自衛隊東部方面隊、第1師団第1戦車大隊長。

 

 しかし巻は、そんな肩書き通りの男ではない。

 

 龍次郎の赴任前には駐米経験もあり、国際的な感覚も身に着け、自衛隊内部に固有の派閥を形成している人物である。

 

 しかも、それだけの実績と階級を持ちながら、年齢は未だ25歳と言う若さにある。

 

 それだけならば、せいぜい「優秀な軍人」と言う程度の認識しかないだろう。

 

 だが、この人物については、他に警戒すべき要素が存在した。

 

「巻が頻繁に上海や天津系の藍幇と頻繁に接触していると言う情報があるです。警戒するに越したことはないのです」

「確かにな」

 

 顔の前で手を組み、龍次郎は沈思する。

 

 藍幇

 

 極東戦役にも参戦した中国系の犯罪組織で、かのイ・ウーとも繋がりがあった危険な集団である。

 

 しかも、比較的温厚路線を取っている香港系と異なり、上海と天津は過激な運営思想を持つ事でも有名である。

 

 それらの組織が本格的に日本を狙って来たら、大参事は免れないだろう。

 

 巻六男が具体的にどのような目的で藍幇と接触しているのかは判らない。しかし、あの男には反米思想の疑いがある。具体的には、現在の日米安保条約を破棄し、中国と新たな同盟を結ぶべき、と言う考えを打ち出しているのだ。

 

 冗談ではない。

 

 中国は沖縄県尖閣諸島を巡る領有権を、長年にわたり不当に主張しているのみならず、未だに大戦時の賠償を厚顔無恥にも要求してきているのだ。

 

 同盟など結ぼうものなら、それを幸いとして更に要求がエスカレートする事は目に見えていた。

 

 中国との同盟は、日本がかの国の属国と化す第一歩になる事は明白である。だからこそ、巻の目論みは何としても阻止しなくてはならない。

 

 その為にも、アメリカやイギリスの要人との結びつきを強化し、同盟関係をより強固なものにする必要があるのだ。

 

「公安0課の件もある。お前も、充分気を付けろよ」

「判っているのです」

 

 銭形の返事を聞きながら、龍次郎は再び書類仕事へと没入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉が部屋に通され、椅子に座って待つように言われてから、既に10分以上が経過していた。

 

 いい加減、イライラが募り始めている。

 

 人を待たせておいて、この待遇には納得がいかない物があるが、立場上「じゃあ帰る」とも言えない物がある。

 

 友哉が帰る事ができない訳。

 

 それは友哉自身が、極東戦役の開戦からこれまでに至るまでに抱え込んでしまった「負債」によるものに他ならなかった。

 

 友哉は由比彰彦に多大な借りがある。

 

 初めはジーサードリーグの奇襲によって、師団勢力が壊滅状態に陥った時。あの時、友哉は玉藻の指示で彰彦と接触。一時的に仕立て屋を防衛戦力として雇い入れる決断をした。

 

 その時に対価として要求されたのだ。

 

『いずれ時が来たら、我々の仲間になってもらいます』と。

 

 武偵である以上、悪人との取引はご法度である。だが、あの時はそれ以外に手は無く、友哉はその条件を呑む以外に道は無かった。そしてだからこそ、友哉自身も自ら交渉役を買って出たのだ。

 

 それが、悪魔との取引であると自覚しながらも。

 

 さらに最近では、被弾や殻金を巡る情報取得の面でも彰彦を頼ってしまっている。

 

 もはや、友哉に逃げる道は無かった。

 

 それが、今この場に友哉がいなくてはいけない理由だった。

 

 暇つぶしがてら室内を見回してみた。

 

 内装は、それほど華美と言う訳ではない。どちらかと言えば質素であり、家具も必要最低限の物しか置いていないようだ。

 

 門から入った時は、それなりに大きな屋敷だったのを見ている為、当然、家の中もそれなりに豪華な物を想像していたのだが、予想が外れた形である。

 

 ただ、清潔感があり、そこは住んでいる人間の性格が伺えるようだった。

 

 いったい、どんな人物の住まいなのか?

 

 もっとも、油断はできない。

 

 ここは由比彰彦が指定してきた場所。と言う事は、仕立て屋とも何らかの形で繋がりがある場所と見るべきだった。

 

 傍らに立てかけた逆刃刀に、いつでも手を伸ばせるようにしておく。

 

 その時だった。

 

 控えめな音と共に、扉が開き、見慣れた仮面男が室内に入ってくるのが見えた。

 

「お待たせして申し訳ありませんね、緋村君」

 

 ようやく現れた彰彦に対し、友哉はため息交じりに口を開いた。

 

「人を呼び出しておいて待たせるって、いったいどういうつもりですか?」

「申し訳ありません。何かとこちらも、準備等で立て込んでいまして」

 

 鋭い視線を投げ掛ける友哉に対し、彰彦は悪びれた様子も無く肩をすくめる。

 

 相変わらず、いけ好かない男だ。

 

 そんな友哉が見ている前で、彰彦はすっと入口の方を指し示す。

 

「どうぞ、翔華様。準備は整ってございます」

「おろ?」

 

 キョトンとする友哉。

 

 その友哉の前に、

 

 ゆっくりと進み出てくる姿があった。

 

 少女だ。

 

 恐らく年齢は、友哉と同じくらい。ゆったりとした長い髪を持つ、大人しそうな少女である。

 

 しかし、

 

 透き通るような透明感のある視線は、まるで心の奥底まで見透かされたような錯覚を覚えてしまう。

 

 少女は友哉のすぐ目の前まで進み出ると、小さくお辞儀をした。

 

「初めまして、緋村友哉様。お噂はかねがね、由比様より伺っておりました」

 

 言ってから、少女は真っ直ぐに友哉を見た。

 

「わたくしの名は崇徳院翔華(すとくいん しょうか)と申します。以後、お見知りおきを」

「は、はぁ・・・・・・・・・・・・」

 

 翔華と名乗った少女に対し、友哉は生返事を返す。

 

 行き成り見知らぬ少女が出てきたので、じゃっかんの戸惑いを覚えているのだ。

 

「緋村君。本日、君を呼んだのは、私ではなく翔華様なのですよ」

「え、そうなんですか?」

 

 視線を向けると、翔華もニッコリと微笑んで頷きを返した。

 

 

 

 

 

第2話「視線の先」      終わり

 

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