1
唐突で誠に持って申し訳ないが、緋村友哉はピンチに見舞われていた。
四方周囲を女の子、それも全員が水準を遥かに上回る美少女達に囲まれると言うシチュエーションは、男としては本来、
しかし、今この状況は、友哉にとっては危機以外の何物でも無い。
「さあ、何も心配いらないわ。全て、身を委ねればいいのよ」
銀髪少女ロカにのしかかられ、ベッドに押し倒された状態になっている友哉。
更に、
「大丈夫だ。何も痛くしないからな」
「このシチュエーション、とっても背徳的だねー」
右からツクモに、左からはかなめにそれぞれ押さえつけられてしまっている。
女の子とはいえ1対3。完全に体を押さえつけられ、身動きを封じられてしまっている。
「あ、あの、本当に・・・・・・もう、許して・・・・・・・・・・・・」
涙目になりながら懇願する友哉。
しかし、
「フフフ、だ~め」
無慈悲なロカの言葉が、友哉の逃げ道を塞ぐ。
傍らのツクモとかなめも、完全にノリノリである。
完成された包囲網。逃げ道は無い。
最後の頼み、とばかりに視線を茉莉に向けるが、
こういうシチュエーションではてんで役立たずな自分の彼女は、ほんのり顔を赤くしつつそっぽを向いている。
『すいません友哉さん。私にはどうする事もできません』
茉莉の目は、そう訴えていた。
その傍らではレキがぼーっと突っ立っている。こっちは、更に役に立ちそうになかった。
「さ、それじゃあ、始めましょうか」
そのロカの合図と共に、
少女達は一斉に、友哉に襲い掛かった。
ピシッとした黒のベストに革のコート、
キンジの場合、元々背が高いうえに顔がネクラ顔なので、逆に少し陰のある感じの衣装が様になっていた。
ジーサードとお揃いの恰好をすれば、見事にマフィア兄弟の完成である。これでドラムマガジン付きのトンプソン・サブマシンガンを構えれば完璧だろう。
「今度はどこ行くんだよ?」
キンジはコートの襟を直しながら、傍らのジーサードに尋ねる。
昼間、キンジ達はジーサードに連れられて、彼が出資している学校の子供達を相手にヒーローショーを演じてきた。
身体障害者を集めて教育しているその学校は、同じく身体的なハンデを抱えて戦っているジーサードが資金援助しているそうだ。
子供達にとって、世界を股にかけて戦うジーサードは、まさしく等身大のヒーローであり、心の底から憧れる存在であったらしい。
子供達がジーサードを見るキラキラと輝いた目を思い出すと、キンジも密かに、この粗暴な弟の事を誇らしく思うのだった。
と、
「ヒーロー
背後からいつの間にか近付いてきていたかなめが、自分の胸を押し付けるようにしてキンジの腕に抱きついた。
アメリカでは、ヒーローにも組合があるとは驚きである。
とは言え、キンジが今、気にするべきところはそこでは無かった。
「かなめ、お前そのVネックのドレス、胸開けすぎじゃないか?」
かなめの着ているドレスは確かに、胸から背中にかけての露出が際どい物である。
かなめは年齢に似合わず、やや大きめの胸をして居る為、露出の大きな服を着ると目立ってしまうのだ。
兄として、そこは注意しておかなくてはならないと思ったのだが。
「やーん、お兄ちゃんがエッチな目で妹の胸の谷間を見るゥー 背徳ゥ~」
かなめはむしろ、喜んでしまっていた。
見れば、ロカ、ツクモ、レキ、茉莉もそれぞれ、似たような格好のドレスに身を包んでいる。
コーディネートしたのはロカである。
チーム一、オシャレ好きのロカは、自分の服をレキや茉莉にも貸して、パーティ用に仕立て上げたのだ。
化粧にも徹底的なこだわりを見せ、華やかに飾り立てられている。
だが、ヒステリア化を警戒するキンジにとって、それらは媚毒を含んだ鱗粉を放つ花の群れに等しい。
「お前等、そのドレスやめにしないか? 寒いだろ、冬だし」
「この田舎者。ドレスコードがあるんだから、これじゃなきゃダメなの。午後6時以降に催されるパーティでは、女は肌を見せるドレスが正装。袖は無し、胸元や背中は大きく開ける。裾は長く、素材はレースかサテン。宝石は真珠のアクセサリーで輝きを加える。はいこれは常識!!」
傍らのツクモの衣装を一つ一つ指差しながら、懇切丁寧に早口で説明してくれる。
と、そんなロカの背後から、もう1人、控えめに歩いて来る少女の姿があった。
ロカ達と同様、露出の高いドレスに身を包んだ少女は、顔を真っ赤にして俯いている。
だが、それを見た瞬間、キンジは顔をひきつらせた。
「ひ、緋村、お前まで何やってんだよ!?」
「しょ、しょうがないでしょッ 無理やり、こんな恰好させられちゃったんだから!!」
女物のドレスを着た友哉は、キッと涙目を上げてキンジを睨む。
今の友哉の恰好は、水色のドレスに、胸元にはバラの花飾りがあり、長い髪は纏められ、大きな髪飾りで留められている。更に、どういう訳か、胸元には本来は無い筈の膨らみまである。
顔に施された絶妙な化粧と相まって、完璧な美少女が完成している。
少女達に無理やり押さえつけられて「お着替え」させられた友哉。
このアメリカの地でも、めでたく「緋村友奈ちゃん」が降臨していた。
「あら、こんなに可愛くなっちゃって、羨ましいわ~」
チーム一、ごつい外見をしているコリンズだが、性格はなぜか女性的であり、言動にはひどくギャップがある。もっとも、それでいて愛嬌がある性格なせいか、接していても不快にはならないのだが。
「ほんと、男のくせに、なんでこんなに肌がきめ細かいのよ。あんた、どんなスキンケアしてるわけ?」
「やってないよ、そんな事」
オシャレに気を使うロカとしては、男の友哉が見せる、女以上に綺麗な素肌に呆れている様子である。
もっとも、女性陣としては、何の努力もせずに美貌を保って(?)いる
「緋村は世界中の女性の敵だな」
「流石、
ツクモとかなめも、何やら悪乗りした調子で言ってくる。
そんな
「気にする事は無いぞ、緋村君。君は豪快にキュートだ!! 自信を持ちたまえ!!」
そう言ってサムズアップするのは、チーム一熱い男、前衛担当のアトラスだ。
体育会系のノリをしたアトラスは、見た目の通り、豪快に暑苦しい男でもあるが、自分自身、体を鍛える事が好きな
そこへ、エレベーターのドアが開き、スーツ姿の海斗が出てくるのが見えた。
「おいみんな、いつまでのんびりしている。下に車が来ているぞ」
そう言って一同を見回す海斗。
と、そこで
そして、
「そろそろ行くぞサード。時間がオーバーしてる」
「いや、お願いだからッ お願いだからッ お ね が い だ か らッ 無言でスルーするのやめてッ ノーコメントだと余計にきついから!!」
殆ど首を締めそうな勢いで海斗に縋りつく
そんな状況に笑いを覚えつつ、一同はヒーロー組合が主催するパーティへと出かけていくのだった。
2
ブロードウェイとタイムズスクウェアの至近で賑わうミッドタウン、9番街。
白い壁が特徴のハドソン・ニューヨークのホテルで、ヒーロー組合のパーティは催されていた。
「たくさん人が集まってるね」
「はい。何だか緊張してきました」
ヒーロー組合の構成員なのだろう。既にチラホラと、それっぽい人物たちが見え始めていた。
と、
「茉莉、あそこが入口だよ。さ、入って入って」
「ほらほら、友奈ちゃんもはやく」
ツクモとかなめが、そんな事を言いながら、2人の背中を押してくる。
「おろ?」
「ちょ、ツクモさん、どうかしたんですか?」
「良いから良いから」
よく判らないまま、促されるまま入口へと足を向ける2人。
と、入り口に入ろうとした瞬間、
ブワッ
「わッ!?」
「キャァッ!?」
突然、足元から風が吹き出し、2人のスカートを大きくまくり上げた。
幸い、スカートが長かった事と、とっさに押さえる反応が早かったおかげで完全に捲れあがる事は無かったが、2人のスラリとした足が、衆人環視の元に晒されていた。
女である茉莉は、当然ながら白さの目立つ綺麗な足をしている。脚力を重点的に鍛えているだけあって、本当に駿脚の動物を思わせる。
対して
その証拠に、居並ぶ面々が拍手喝さいしている。
「ちょ、な、何なんですか、これ!?」
「マリリン・モンローの『7年目の浮気』のシーンをオマージュした仕掛けよ。よくできてるでしょ」
ロカがありがたい講釈をしてくれる。
どうやら、
だが、
「何で僕にまでやらせるのッ これ、完全にアウトでしょ!!」
もし男だとばれたら、どうする心算だったのか?
だが
「セーフだよー」←かなめ
「セーフだな」←ツクモ
「当然、セーフね」←ロカ
「豪快にセーフだ!!」←言うまでも無くアトラス
「セーフよー」←コリンズ
シレッとした顔で、
こ い つ ら・・・・・・・・・・・・
全員に一発ずつ、
そんな
「ゆ、友奈さん、ここは我慢です、我慢」
「わ か っ て る・・・・・・・・・・・・」
絞り出すような声と共に怒りを抑える
アメリカンジョーク的なノリにいちいち付き合っていたりしたら、こっちの身が持たないのは確実だった。
パーティ会場に入ると、ジーサード・リーグの面々は、それぞれ料理や酒を片手にばらけて行った。
茉莉も、ツクモに手を引かれる形で、料理の置かれているテーブルへと向かった。
どうやら、ここはヒーロー同士の交流の場でもあるらしい。
場馴れしているアトラスやロカなどは、さっそく、話し相手を見付けて談笑に耽っていた。
海斗もまた、知り合いらしい男と、グラスを片手に談笑しているのが見えた。
そんな中、手持無沙汰になってしまったキンジと
「それにしても・・・・・・・・・・・・」
キンジは
「お前の女装は前からの事だから良いとして、」
「良くない」
「今回のそれは何なんだ? ぶっ飛んでるにも程があるぞ」
そこには、男の友哉(ここ重要)には本来ならある筈の無い膨らみがあった。
「ちょ、あんまり見ないでよッ」
そう言うと、
その仕草だけで、胸の膨らみが不自然に揺れるのが判った。
勿論、即興で豊胸手術を施されたわけではない。
「ロカに無理やり付けられたの。何でも、特殊樹脂で肌に直接接着するパットで、見た目も手触りも、本物の胸と同じになるんだって。接着部分も、殆ど継ぎ目が見えないようにできるそうだから、間近でよく見ないと判らないそうだよ」
「ふーん」
説明を聞いたキンジは、ふと好奇心に誘われ、
と、
「ヒヤァン!?」
いきなり胸元からせり上がるような刺激を感じ、
「ちょ、何だよ、いきなり、その反応は!?」
「そ、それはこっちのセリフだよ!? 何か、特殊加工のせいで感覚も直肌に直接フィードバックするって話だから、変に触られると、今みたいになっちゃうの!!」
流石技術大国アメリカ。無駄な所が凝りまくっている。
それにしても、
さっきの
馬鹿言うなッ こいつは男だ。こんなんでヒステリアモードになんかなった日には、完全に切腹物だぞ。
自分に必死に言い聞かせるキンジ。
「おろ、キンジ、どうかした?」
葛藤するキンジを、下から見上げる
その仕草がまた、妙に可愛らしくて、男だと判っていても心臓が跳ね上がるのが判った。
「お、俺、何か食ってくる!!」
そう言い残すと、脱兎のごとくその場から去って行くキンジ。
そんな友の背中を、
と、そこへキンジとは入れ替わるようにして、両手にグラスを持った茉莉がやって来た。
「どうぞ、友奈さん。ここでは、フリだけでも食べたり飲んだりする形を取った方が様になるって、ツクモさんから聞きましたから」
「ん、ありがとう」
そう言うと、茉莉の手にあるグラスを取った。
中身はアルコール度数の低いカクテルらしい。
藍幇城での飲み会で、
「茉莉は、誰かと話したりしないの? 見たところ、結構な有名人が集まっているみたいだけど」
カクテルに口を付けながら、
流石、世界一ヒーローの多い国と言うべきか、錚々たるメンツが顔を出している。
勿論、現在活動中のヒーローや、この手の催しが苦手な者もいるだろうから、組合構成員全員が集まっている訳ではないだろうが。
キンジなど先程、ヒノ・バットからもらったと言うサインを見せてくれた。彼もなかなかミーハーである。
かく言う
「私は、ヒーローとかはあまり。映画は見ますから、ハリウッドスターには興味ありますけど」
はにかむように告げる茉莉。
なるほど、彼女らしい趣味だ。
それにしても、
「また、茉莉の事が少しだけ判ったかな」
「あ・・・・・・・・・・・・」
今度、茉莉を映画に誘ってみるのも良いかもしれない。
こうやって少しずつ、お互いの事を知って行くのも、恋人同士の醍醐味である。
と、
「おろ?」
そっと、茉莉が
顔を見合わせると、その頬がアルコール以外の要素で赤く染まっているのが判った。
「その、少しだけ・・・・・・・・・・・・」
薄いドレス越しに、茉莉の柔らかい感触が伝わってきて、
周りのヒーローたちが、そんな2人を見て口笛を吹いたりしてはやし立てる。
しかし、そんな事は気にしない。
今この時、
キンジは今まさに、人生最高の瞬間を迎えようとしていた。
さすがアメリカの立食パーティだけあり、テーブルに並べられた食材だけでも、最高級である事が伺える。
料理を眺めながら歩いているだけで、腹が鳴るのが抑えられなかった。
だが、
グルメテクニシャンを自認するキンジは、そんな前菜程度の食事には目もくれない。
せっかく最高級の食材と料理を取りそろえた最高レベルのパーティに出席しているのだ。狙うなら、一生に一度、お目に掛かれるかどうか、と言う幻級の料理である。
そして、「それ」はあった。
キンジが目を付けたのは、右にサーロイン、左にヒレの付いた至高のTボーンステーキ。
ステーキの本場アメリカでは、本場だからこそ、生半可な仕事は許されない。まさに、素材の最高級性を活かしきり、更に極限を越えて昇華させなければ、プロを唸らせる事はできないのだ。
「・・・・・・焼いてくれ。一番良いのを頼む」
「・・・・・・ああ、勿論さ。俺の仕事は、あんたらヒーローに世界を守る活力を料理で与える事。つまり、俺も世界を守っているヒーローなのさ」
プロフェッショナルはプロフェッショナルを知る。
キンジの本気に、黒人アフロシェフは、真剣勝負をする眼差しで答えた。
やがて、アフロの太い指で、最高級のステーキが焼かれていく。
弾ける脂、胃袋を直接刺激する匂い、ただ見るだけでも幸福感が湧く光景である。
一切の無駄の無い手つきで焼き上げ、熱いうちにカットしたアフロが、キンジに皿を渡す。
「いただくぜ」
「エンジョイしな、
互いにサムズアップするキンジとアフロ。
この瞬間、2人のヒーローは互いを認め合い、最高の絆が結ばれたのだ。
テーブルの上に皿を置き、フォークとナイフを構えるキンジ。ネクタイを緩め、リラックスしながら、最高の瞬間へと至る、一瞬の間を賞味する。
「
厳かな宣言と共に、フォークとナイフを振り翳したキンジ。
次の瞬間、
テーブルの上に皿は無かった。
「あ、あれ?」
キョトンと、何度見ても何も無いテーブルを見下ろすキンジ。
まるで、皿とステーキだけ神隠しにでもあったかのような光景だった。
と、
「うわー美味しい!! お兄ちゃん偉い!!」
「んー、これはAランクのを使っているね」
横から皿をかっさらったかなめとツクモが、ヒレとサーロインを一気食いしている。
「お、お前等ァ!!」
最高の瞬間を横からかっさらわれ、怒り心頭なキンジ。
しかし、周囲の人間には、どうやらコメディの一幕だと思われたらしく、大爆笑を呼んでいる。
「キンジってさー、株とかギャンブルとかやらせたら、絶対、大穴を狙いに狙って、ラストでこけるタイプだよね」
「言い得て妙ですね」
「キンジさんですから」
その様子を見ていた
と、その時、背後から肩を叩かれ、
そこで、思わず絶句した。
「久しぶりだな」
低い声で告げられる言葉に、
背の高い、眼つきの鋭い男は、親しい者にしかわからない微笑を、口元に浮かべている。
「甲さん? 何でここにいるんですか?」
京都武偵局所属の
「あ、瑠香さんの、お兄さん・・・・・・」
京都で一度だけ面識のある茉莉と、初対面のレキも揃って会釈をする。
「俺はこれまで、何度かアメリカ政府からの要請を受けて任務に就いた事があるからな。ここの組合にも登録している。それより、驚いたのはこっちだ。お前等が、ここに出席しているとは思わなかったからな」
まさか、こんな身近にヒーローがいたとは。
まあ、確かに甲はSランク武偵だし、世界中を飛び回って戦っている。アメリカで戦った事があってもおかしくは無いのだが。
その時、
「甲、久しぶりだな」
笑顔を浮かべながら近付いてきたのは、何とジーサードだった。
差し出されたジーサードの右手を、甲は固く握ると、軽く抱擁を交わす。
「久しいな、サード。メキシコの油田をテロ組織から奪還した時以来か」
「ああ、だから・・・・・・だいたい1年くらいか」
懐かしむような口調のジーサード。
そんな2人を、
「あ、あの、盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、お二人は知り合いですか?」
なぜか敬語になる
「おお。甲とは、今まで何回か一緒に戦った事があるんだぜ」
「最初は敵同士だった。お互い、敵対組織に雇われる形で戦ったんだが勝負がつかなくてな。その内、お互いの組織が裏で繋がっている事を知って、2人で共闘したのがきっかけだ」
何とも、世界は狭すぎるくらいに狭い物である。
こんな形で、知り合い同士がつながっていたとは。
「ジーサード」
そこで、甲は真剣な眼差しをジーサードへと送る。
「マッシュ・ルーズヴェルトの事は、俺も聞いている。事情は察するが、無理はするな」
「ったく。相変わらず耳が早ェな、お前は。あれは・・・その、アレだよ。ちょっとばかり、足を踏み外しただけだよ」
足を踏み外しただけで、腕を吹き飛ばされるくらいの重傷を負うとは、流石アメリカ人、ズッコケ方も豪快である。
とは言え、それがジーサード特有の強気発言である事は言うまでも無い。
その事は、甲も承知しているのだろう。
「そうか、なら良いが」
そう言うと、
その背中を見て、ジーサードはやれやれと息を吐く。
「相変わらず、熱いんだか冷めてんだか、よく判らない奴だな」
「あ、それは同感」
慣れない人間にとって、甲は感情の起伏が乏しいせいで、その真意を推し量るのは難しい所がある。
昔からの付き合いがある
甲の思考を完全に読める人間がいるとすれば、それは妹の瑠香くらいかもしれなかった。
出された料理も殆ど食べ尽くされる頃、パーティはお開きムードになりつつあった。
集ったヒーローたちも、談笑しつつチラホラと帰りはじめ、楽しかった時間の終わりが近づいてきている事を告げていた。
ヒーローたちは、今日ここで英気を養い、明日から再び、世界を守るための戦場へと赴くのだ。
「何か、あっという間だったね」
「そうですね」
楽しい時間と言うのは、夢中になる事ができる為、ついつい時間を忘れてしまう物なのだ。
とは言え、
「さて、それじゃあ、キンジ達と合流して・・・・・・・・・・・・」
「どうかしましたか、友哉さん?」
言いかけた
その姿を見て、
思わず茉莉も、身を固くした。
2人が見ている前で、スーツ姿の青年が近付いて来ると、鋭い視線を投げ掛けて来ている。
その姿には、茉莉もひどく見覚えがあったのだ。
「久しぶり、と言う程でもないな。緋村友哉、それに瀬田茉莉」
確かに、久しぶりと言う訳ではない。つい4日ばかり前に激突したばかりである。
「改めて名乗らせてもらう。日本国外務省駐米大使館付き武装書記官、塚山龍次郎だ」
名乗る龍次郎に対し、
先の戦いで、龍次郎の実力の高さは知っている。正直、2人で掛かったとしても、勝てるかどうかわからなかった。
だが、
「君達2人に、引き合わせたい人物がいる。一緒に来てくれ」
そう言って促す龍次郎。
顔を見合わせる、
どうやら、取りあえずはこの場で争う気は無いようだ。
そのまま、龍次郎は何も告げずに踵を返して歩き出す。どうやら、着いて来いと言う意味らしい。
仕方なく、2人も龍次郎を追いかける形でパーティ会場を出て行った。
タクシーに乗せられて連れてこられたのは、クラシック感あふれる喫茶店だった。
中に入ると、感じの良い雰囲気に包まれるようだった。
「あ、ここ・・・・・・・・・・・・」
何かに気付いたように、茉莉が足を止めて声を上げる。
「おろ、茉莉?」
「ここ、確か、映画で使われたところですよ。確か、『ユー・ガット・メール』で使われた場所ですね。メグ・ライアンとトム・ハンクスが出会うシーンで使われたカフェですよ」
隠れハリウッドマニアの茉莉は、言いながら目を輝かせる。どうやら、実際のロケ地に想いも掛けずに来る事が出来て感動しているようだ。
そんな彼女の可愛らしい仕草を見て、微笑を浮かべる
だが、
先導するように歩く龍次郎が進む先で、何やら不穏な空気が流れているのを感じ取り、
やがて龍次郎は、一つのテーブルの前に立つと、そこに座る人物の傍らに立った。
「連れてきました」
「ああ、お使い、ご苦労様」
頭を下げる龍次郎に対し、その人物はぞんざいに手を振って答える。
驚いた事に、そのテーブルにはキンジとジーサードの姿もあった。
だが、2人とも、相席している少年に対し、警戒心に満ちた眼差しを向けている。
やがて、少年は立ち上がると、
「やあ、2人とも、始めまして。僕は、マッシュ。マッシュ・ルーズヴェルト」
口元に、笑みが刻まれる。
「アメリカ、最強のヒーローさ」
第5話「ヒーローズ・パーティー」