緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第6話「パクス・アメリカーナ」

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 目の前に立つ、マッシュルームカットの小男。

 

 この男が、アメリカ最強のヒーロー? ジーサードを破った?

 

「え、アメリカンジョーク?」

 

 目の前のマッシュ(今のところ自称)を見ながら、友奈(友哉)は信じられないと言った面持ちで呟く。

 

 どう考えても、目の前の小男がジーサードよりも強いとは思えない。ぶっちゃけ、そこらの子供とケンカしても負けそうな雰囲気がある。

 

 と言うか、キノコ型の髪(マッシュルーム・カット)でマッシュって、微妙にジャパニーズ・ジョークが入っているように思えるのだが。

 

「あの、ジョークの為に、髪型まで変えるのはちょっと。そこまで、体を張る必要は無いのでは・・・・・・」

 

 どうやら、茉莉も友奈(友哉)と似たような結論に達したらしい。マッシュ(今のところ自称)の事を本気で気遣うような口調で告げる。

 

 何気にひどいぞ、このカップル。

 

 マッシュ(今のところ自称)の方でも、2人の反応が気に入らなかったらしく、ムッとした調子で顔をしかめる。

 

「失礼だね、君達。どうやら極東の田舎者は礼儀も知らないらしい。これだから、教養の無い人間は始末に負えないよ。それに緋村、そんな恰好している人間に、身体的特徴を言われる覚えはないね」

 

 女装している友奈(友哉)を見据えながら、マッシュ(今のところ自称)は肩をすくめる。

 

「まあ良いさ。無礼な小者の言動にいちいち振り回される程、僕は子供じゃないからね」

 

 そう言うと、再び椅子に腰を下ろす。

 

「2人とも。信じられないだろうが、事実だよ。こいつがマッシュだ」

 

 このままじゃ話が進まないと思ったらしいジーサードは、そう言ってマッシュ(確定)を顎でしゃくって見せた。

 

 戦った本人が言うのだから、どうやら間違いないらしい。

 

 目の前のマッシュルーム小男は、間違いなくマッシュ・ルーズヴェルトなのだ。

 

 尚も、信じられないと言った面持ちの、友哉と茉莉。

 

 そんな2人を横目に、ここまで招待した龍次郎は、まるで従者の如く、マッシュの背後に立って控えた。

 

「座りなよ。立ったまま話すのはマナー違反だよ。それとも、テーブルマナーについて、一から講義してほしいかい?」

 

 あからさまに見下すようなマッシュの言葉に、友奈(友哉)と茉莉は苛立ちを覚える。

 

 しかし、今はどうする事も出来ない。何より、キンジとジーサードが大人しく座っている以上、この場で暴れる事に意味は無かった。

 

 仕方なく、2人も椅子を引いてきて座る。

 

 その様子に満足を覚えたように、マッシュは上機嫌で口を開く。

 

「さて、本来なら、こんな場所に僕が来る必要性は全くの皆無なのだけど、わざわざ日本から無駄なご足労をしてくれた君達に、一応の敬意をこめて足を運ばせてもらった」

 

 マッシュは、一同の投げ掛けてくる敵意に満ちた眼差しを受け流しながら言う。

 

「緋村友哉、それに瀬田茉莉。君達は今すぐ、この戦いから手を引いて日本に帰ってくれないかな」

「なッ」

 

 突然の物言いに、思わず腰を浮かしかける友奈(友哉)

 

 一瞬、何かの冗談だと思ったくらいである。見れば、茉莉の方も驚いたように目を見開いていた。

 

 だが、マッシュは至って平然とした調子を崩さないまま続ける。

 

「そこのキンジは、まあジーサードの身内だから仕方ないかもしれないけど、この戦いは本来、君達には関係のない物だからね。ここで退いてくれれば、危害を加えないと約束するよ」

 

 どうやら、マッシュはジーサード陣営の切り崩しを行う為に現れたらしい。

 

 とは言え、ジーサード・リーグの結束の強さはマッシュも心得ているのだろう。いきなり本丸を攻めたとしても切り崩せる可能性は低い。

 

 そこでまず、外堀を埋めるために友奈(友哉)達との接触を図ったと言う訳だ。

 

「言っておくけど、ジーサードに味方しても、君達に勝ち目はないよ」

「・・・・・・そんなの、やってみないと判らないでしょ」

 

 マッシュの決めつけるような物言いに、友奈(友哉)はとっさに反論する。

 

 勝負は水物だ。ふたを開けてみなければ、どのような流れで、どう決着するかは判らない。

 

 まして、ここにいる全員が一騎当千の実力者達である。

 

 だが、そんな友奈(友哉)を小馬鹿にするように、マッシュは続けた。

 

「理解力が悪い君達にもサービスで教えてあげるけどね、僕は現政権与党である民主党の支持を受けているのに対し、ジーサードは野党の共和党に与している。つまり、僕の方がジーサードよりも権力があり、かつ使える戦力も多いと言う訳だ。加えて、ジーサードはFBIのゴロツキ共が怠慢したせいで野放しになっている『混沌(カオス)』であるのに対し、僕は法と正義を司る『(ロー)』に当たる。どちらが正しいか、なんて子供でも分かる理屈さ」

 

 単純な武力なら、確実にジーサードの方が強い。

 

 しかしマッシュはガチガチの権力で自身の陣営を強化しており、使える味方も多い。

 

 流石のジーサードも、物量が積み重ねれば敗北する事もあり得るわけだ。

 

「緋村、瀬田、君達の戦いは僕も映像で見せてもらったが、あんなサーカスの曲芸師みたいなことを君達ができる訳がない。大方、そこのキンジと同じく、自分を売り込むためのトリックだろう。狙いはSDAランクの上昇かい?」

「・・・・・・何なら、今から実演して見せようか?」

「興味無いね。サーカスを見て喜ぶほど、僕は子供じゃないんだ」

 

 因みにSDAランクとは、非公式の超人番付の事で、特定の活躍をした人間がランキングされるシステムになっている。

 

 友奈(友哉)自身、特に気にした事は無かったので今まで知らなかったが、マッシュの言動を聞くに、いつの間にか登録されていたようだ。

 

「SDAハイランカーの殺害は、僕達のような特権階級の子女にとってランクアップにもつながるんだ。君達のお笑いランキングと違って、こっちは競争が厳しくてね。本来なら、君達も殺すべきところなんだろうけど、僕としてはリスクは減らしたいって考えていてね。因みに、僕の計算では、君達2人がジーサードに協力したとしても、彼の勝率はせいぜい3パーセント程度の上昇にとどまると出て居る。翻って僕の勝率は0.01パーセント下がるくらいだ。つまり、君達2人はいてもいなくても、大して変わらないって訳だよ」

 

 戦いを、まるでゲームのような感覚で話すマッシュに対して、友奈(友哉)たちの苛立ちは急速に増していく。

 

 友奈(友哉)達にとって、戦いとは自分達の力と知恵を最大限に振り絞り勝利を目指す命がけの物であるの。

 

 しかし、マッシュにとっての戦いとは、己は一切砲煙に身を晒さず、他人が戦っているのをモニターの前で座りながら眺めているだけの物なのだ。

 

 間違いない。この男の感覚は、自分達とは相いれないものがある。

 

 出会って僅かな時間しか経っていないと言うのに、友奈(友哉)はそう確信していた。

 

 だが、マッシュはそのような空気など、どこ吹く風と言った感じだ。傍らに控えている龍次郎も微動だにしていない。

 

 絶対的な有利を確信しているからこそ、泰然自若としていられるのだろう。

 

「キンジとジーサードを倒せば、僕はまた階級を上げる事ができる。その後もアフガン、シリア、北朝鮮、ロシア、中国を平定、これを持ってアメリカによる一極支配(パクス・アメリカーナ)の完成だ。そして僕は2033年、史上最も若い大統領に就任、アメリカは建国以来最も強い国になり、他の国を膝下に従えることになるだろう」

「そんな事が・・・・・・・・・・・・」

「できない、とでも言いたいのかな? それは浅はかな考えだよ。僕の力を持ってすれば、充分に可能な事さ。凡人の君達には理解が及ばない世界だろうけどね」

 

 茉莉の言葉を遮り、自慢げに演説するマッシュ。

 

「因みに僕が大統領になった年には、平均株価が現在の4.3倍、国民1人当たりの年間所得が4.7倍になり、失業率は過去最低になる事は間違いない。つまり、僕の正義はアメリカの正義その物と言う訳さ」

 

 言ってから、マッシュは改めて友奈(友哉)と茉莉に目をやった。

 

「さて、以上を踏まえた上で、最初の質問に戻ろうか。緋村、瀬田、君達はこの戦いから手を引いてくれないか? 勿論、ただで、とは言わない。ジーサードとの契約不履行に対するペナルティは無いようにするし、それどころか、こちらからの報酬も用意する。キャッシュに加えて、米国の永久居住権、それに就職先の手配もしてあげよう。勿論、帰りの旅費も不要だよ。その為に、わざわざ日本大使館員の彼に来てもらったんだから」

 

 言いながら、マッシュは親指で背後に立つ龍次郎を差した。

 

 まさに、至れり尽くせりと行った所だろう。報酬だけを見れば、マッシュの要請を受けた方が得策であるように思える。

 

 しかし、

 

「お断りします。依頼人との契約を破る訳にはいきませんから」

 

 きっぱりとした口調で、友奈(友哉)は言い放った。

 

 ここでジーサードとの契約を打ち切る事など考えられない。何より、目の前に座るマッシュの言いなりになるのは、生理的な嫌悪感すら伴っていた。

 

「私も、友哉さんと同意見です」

 

 茉莉もまた、きっぱりした口調で言い放つ。彼女もまた、ここでマッシュの言に従う事に対して拒否反応を示しているのだ。

 

 それに対し、マッシュはさも不思議な生き物を見るような目で友奈(友哉)を見据えてくる。

 

「理解できなかったかな? 君達のペナルティは無いようにしてあげるってさっき・・・・・・・・・・・・」

「そう言う問題じゃない」

 

 マッシュの言葉を遮って、友奈(友哉)は真っ直ぐに見据えて言う。

 

「プライドの問題だよ」

 

 鋭い眼つきでマッシュを睨み付ける友奈(友哉)

 

 しかし、その言葉を聞いたとたん、マッシュはまるで面白いジョークを聞いたとばかりに高笑いを上げた。

 

「・・・・・・・・・・・・何が可笑しいの?」

「だってさ、プライドって・・・・・・・・・・・・」

 

 腹を抱えて笑いながら、マッシュは小馬鹿にしきった口調で友奈(友哉)を指差す。

 

「極東の辺鄙な島国でのうのうと生きてきた君達の、蟻みたいに小さなプライドが何だって言うんだい? そんなちっぽけな物の為に命を捨てるなんて、これは特上級のコメディだね。本当に笑えるよ。何なら、チップでも払ってあげようか?」

 

 それを聞いた瞬間、

 

 ガタッ

 

 当の友哉よりも先に、傍らのキンジが立ち上がった。

 

 鋭い眼つきからは殺気が放たれ、今にもマッシュに殴り掛かりそうな雰囲気である。

 

 ほぼ同時に、マッシュの背後に控えた龍次郎も、いつでも動けるように身構えた。

 

 だが、

 

「よせ、兄貴」

 

 ジーサードが、慌てて腕を掴んで兄を制する。

 

「ここでコイツを殴ったって、何の特にもならねえぞ。むしろ、俺達の身が危うくなるだけだ」

 

 言いながらジーサードの意識は、カフェの外へと向けられる。

 

 そこには、恐らくマッシュの意を受けて警護にやって来たのであろう、ニューヨーク市警の私服警官が立っている。

 

 ここで騒ぎを起こせば、逮捕されるのはこっちだった。

 

 だが、

 

「止めるなジーサード」

 

 怒り心頭のキンジは、尚も敵意をむき出しにしてマッシュを睨み付ける。

 

「ダチのプライドを馬鹿にされて黙っていられるほど、俺は人間ができちゃいないんでな」

 

 キンジとて、表に居る制服警官の存在には気付いている。

 

 だが、それでも尚、友奈(友哉)の言葉を鼻で笑ったマッシュが許せなかったのだ。

 

 対して、マッシュは平然とした調子でキンジを見上げる。

 

「確かに、君は人間ができていないなキンジ。こんな程度の挑発にいちいち怒るとは。いやはや、子供以下だよ」

 

 そう言って、オーバーリアクションに肩をすくめて見せる。

 

 その時、

 

 ギシッ ギシッ

 

 床がきしむ音と共に、1人の少女がテーブルの脇にやってきた。

 

 小柄で、色白をした可愛らしい外見の少女である。しかし、その表情はレキ以上に変化に乏しく、まるで感情そのものが欠落しているようにさえ見える。

 

 だあ、その姿を見た瞬間、友哉とキンジは同時に目を剥いた。

 

LOO(ルウ)・・・・・・・・・・・・」

 

 それは、宣戦会議の時にアメリカの大使としてやって来たLOOだった。流石に、あの時アリアに破壊されたような、戦車姿ではないが。

 

 だが、宣戦会議の時と比べると、明らかに様子が違う。あの時はまだ、人間味のある仕草をしていたのだが、今は完全に人形のような印象があった。

 

 そんな友奈(友哉)たちに、マッシュは自慢するように言った。

 

「これの様子が昨年と違うのが気になるんだね。まあ、無理も無い。あの時は計画の担当者が遠隔で操縦していたんだけど、今は完全に自立機動中(スタンドアローン)だからね。もっとも、言語機能のソフトがまだ未発達でね。だから、僕が設定してしゃべれないようにしてあるのさ。もっとも、この状態でも対人戦闘は充分にこなせるけどね」

 

 まるで、自慢のおもちゃをひけらかすようなマッシュの言葉に、苛立ちはさらに募る。

 

 別にLOOに思い入れる心算は無いが、それでも、人1人を自分の支配下に置いてるかのような言動は、不快以外の何物でも無かった。

 

 それにしても、

 

 友奈(友哉)は改めてLOOの姿を見やる。

 

 宣戦会議の時には気付かなかったが、マッシュの説明を聞くに、どうやらLOOは普通の人間ではなく、自立機動型の兵器人間であるらしい。

 

 恐らく、アメリカ軍が開発を進めている、無人兵器計画の一環なのだろう。

 

 近い将来、こうした無人兵器が主流になる時代が来るのかもしれない。そして、その頂点に立つのが、マッシュ・ルーズヴェルトと言う訳だ。

 

「さて、それじゃあ、そろそろ僕はお暇させてもらうけどジーサード、帰る前に君に、これだけは言っておくよ」

「・・・・・・何だよ?」

 

 鋭い眼つきで睨み付けるジーサード。

 

 それに対し、

 

 マッシュもこれまでに無いくらい、敵意に満ちた眼差しで言った。

 

「僕が敬愛したサラ博士が亡くなったのは、君のせいだ」

 

 サラと言うのは、ジーサードをはじめとする人工天才(ジニオン)の開発に携わった科学者である。

 

 過去に何らかの理由で死亡したらしいのだが、ジーサードはそのサラ博士を蘇らせる為に色金を求めているそうだ。

 

「君がもっと強ければ彼女は死なずに済んだのになァ 実に残念だよ。彼女が生きていたら未来の大統領夫人として取り立ててあげたのに」

 

 そのマッシュの言葉に、ジーサードは手にしたグラスを砕きそうな勢いで握り締める。

 

「故人を貶める発言は、最も低レベルな発言の一つだ。乗るな、ジーサード」

 

 今にも掴み掛りそうなジーサードを、先程とは逆に、今度はキンジが制する。

 

 だが、そんな2人のやり取りを見て、マッシュは勝ち誇るように告げる。

 

「一応、教えておくと、僕も人工天才(ジニオン)の1人さ。もっとも、君達と違って、君等の父上の遺伝子から生まれた訳じゃないけどね。僕はRシリーズの3番目(サード)。武力ではなく知力を強化されたタイプだ。僕のIQは407。その頭脳から導き出した計算では、僕と君達が戦った場合、僕が200戦199勝1引き分けで無敗。勝率99.5パーセントだ。判るかい? 頭の悪い君達は、決して僕には勝てないのさ」

「ハッ そんな机上の空論に何の意味がある」

 

 言われっぱなしでは腹の虫がおさまらない、とばかりにキンジは言い返しにかかる。

 

「武偵にはこんな言い習わしがある。うまく力を合わせれば、1+1は3にも4にもなる」

「成程。ここまで頭が悪いとはね。算数もまともにできないのかい?」

「ものの例えが判んねえお前の方が頭悪いだろ。こっちは、数字を超越した、その、何かがあるって事だ」

 

 キンジの言葉を聞きながら、友奈(友哉)は思わず嘆息しつつ頭を抱えた。

 

 気分的にはキンジに賛同したい気持ちでいっぱいであるが、せめて口げんかを仕掛ける時は自分の意見を纏めてからにしてもらいたかった。

 

「あ、兄貴、あんまりしゃべるな。アホがばれる」

 

 ジーサードも同意見らしく、やや頬をひきつらせたようにしてキンジを宥めている。

 

 だが、キンジは弟の制止を振り切るようにして、更に言い募る。

 

「覚えておけ、マッシュ。お前は地位が高い事が自慢のようだが、エリートで地位が高い奴ほど、失敗した時に失う物は大きいって事をな」

「うーん。失敗した事が無いから判らないね」

 

 言い募るキンジを、小馬鹿にした調子で鼻で笑うマッシュ。

 

 そのまま、これ以上話す事は無いとばかりに立ちあがる。

 

「それじゃあ、生きている君達と会うのは、これが最後だ。次に君等を見る時は、君等が死体袋に入っている時だろうからね。僕は申請してネバダにあるエリア51の防衛任務に就く事になっているから、瑠瑠色金が欲しかったら攻めておいで。万が一、戦闘中に投降した場合は、刑務所(アルカトラズ)での楽しいバカンスを約束するよ。あそこには、今まで僕が送り込んだ荒くれ共がたくさんいるしね。ジーサードも、今の内に身辺整理をしておきたまえ。君を始末したら、あのビルは僕がもらう予定だからね。君が金を流している学校も、差し押さえてあげるよ」

 

 マッシュの言葉に、友奈(友哉)は昼間に言ったジーサード記念小学校の事を思い出す。

 

 身体に障害がある子供達が集められた小学校は、ジーサードの出資によって人並みの教育ができている。

 

 だが、もしマッシュがあの学校を差し押さえるような事があれば、彼等は路頭に迷う事になりかねない。

 

「あの子達は関係無い筈ですッ それなのに巻き込む気ですか!?」

知った事じゃないね(ザッツ ノット マイ ビジネス)

 

 激昂する茉莉に対し、マッシュは鼻で笑いながら肩をすくめて見せる。

 

「この国は権力と金が全てだ。万一、君達が生き残ったら、権力に訴えるなり、金を使うなりすればいい、その力が僕よりも上なら、僕を止める事も可能だろう。まあ、ミクロ並みの可能性だろうけどね」

 

 その言動に、

 

 ついにこらえきれなくなった友奈(友哉)とキンジが動く。

 

 立ち上がって、マッシュに掴み掛ろうとする。

 

 だが、

 

 次の瞬間、

 

 友奈(友哉)と茉莉の喉元に、刃が突きつけられた。

 

「動くな」

 

 龍次郎の鋭い声。

 

 その手にあるレイピアが、友奈(友哉)ののど元に突き付けられている。

 

 目を転じれば、茉莉ののど元には先端の鋭い大振りなナイフが突きつけられている。

 

 レイピアを使用する際に、併用される事が多いマンゴーシュと言うナイフだ。主に、相手の内懐に飛び込んで、トドメの一撃を与える時に使用される。

 

 キンジの方も、動きを封じられていた。

 

 マッシュの腕を掴んだものの、その腕をLOOに掴み返されている。

 

 友奈(友哉)はギリッと歯を鳴らして、龍次郎を睨み付ける。

 

 まさか、武偵校でも最速の域にいる自分と茉莉が、こうもあっさりと動きを封じられるとは、思っても見なかった。

 

 しかし、それも無理のない話であろう。

 

 友奈(友哉)や茉莉の動きは確かに素早い。恐らく、屋外でまともに戦えば、龍次郎と言えど苦戦は免れないだろう。

 

 だが、龍次郎の速さは、友奈(友哉)たちとは次元の異なる速さである。

 

 例えるなら、最小の動きで最速を実現する、と言うべきか、一切の無駄を排した動きがあるからこそ、鋭い攻撃が実現できるのだ。

 

 このような屋内の戦闘では、龍次郎の方が友奈(友哉)たちよりも素早く動く事ができるのだった。

 

「緋村、瀬田、再度の警告だ」

 

 2人に油断なく刃を突きつけながら、龍次郎は言う。

 

「ジーサードと手を切り、日本に帰れ。今なら、外務省の権限において、君達2人を安全に帰国させる事を約束する」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 龍次郎の言葉を聞き、歯噛みする友奈(友哉)

 

 この場にあっての支配権は、完全にマッシュに握られている。

 

 そして、事情は分からないが、龍次郎はマッシュに与している。

 

 事態は、完全に友奈(友哉)たちにとって不利に働いていた。

 

「返答は?」

 

 更に刃を突きつけて迫る龍次郎。その目は本気である。ここで友奈(友哉)たちが拒否の回答をすれば、本気で喉元を抉るつもりだ。

 

 息を呑む友奈(友哉)

 

 どうにか、反撃の手段を講じようと、体に力を入れた。

 

 その時、

 

「外務省の人間が、一般人を脅迫するのは感心しないな」

 

 低い声で告げる言葉と共に、龍次郎の肩に手が置かれた。

 

 振り返る龍次郎。

 

 そこには、いつの間に現れたのか、四乃森甲が、鋭い眼差しで龍次郎を睨みながら立っていた。

 

「甲さんッ」

 

 驚いて声を上げる友奈(友哉)

 

 甲が近付いてきている事には、全く気付かなかった。

 

「京都武偵局特命武偵の四乃森甲か・・・・・・・・・・・・」

 

 龍次郎は、苛立たしげに吐き捨てる。

 

 そんな甲とにらみ合いながら、

 

 龍次郎は舌打ちすると、剣を引っ込める。甲の登場によって、この場での自分達の優位性は失われたと判断したのだ。

 

 最後に、茉莉と友奈(友哉)を見据えると、龍次郎は剣を収めた。

 

 ほぼ同時に、LOOに腕を掴まれたキンジも、握力の限界に達して手を放してしまった。

 

「汚い手で触るな、黄色い羊(イエロー・シープ)

 

 侮蔑の言葉を投げ掛けると、マッシュはキンジの手を払い、そのまま踵を返してカフェを出て行く。

 

 それに付き従う形で、LOOと龍次郎もカフェから出て行った。

 

 同時に、カフェ全体を支配していた重い空気も解消される。

 

 どうやら、この場での激突は回避されたみたいだった。

 

「助かったよ、甲さん」

「いや、パーティ会場からお前等が出て行くのが見えたからな。後をつけて来て正解だったようだ」

 

 そう言うと、甲はジーサードへと向き直る。

 

「大丈夫か?」

「・・・・・・ああ、問題無ェよ」

 

 尋ねる甲に、ジーサードはぶっきらぼうに答える。

 

 しかし、そこに常の強気な態度は見られず、完全にマッシュにしてやられてしまった感じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、外気が否応なく吹き付けてくる。

 

 どうやら外で待機していたらしいアンガスが車を回してくれるとの事だったので、友奈(友哉)と茉莉は、カフェの外で並んで待っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・悔しいです」

 

 茉莉はうつむいたまま、唇を噛みしめている。

 

 マッシュに対して、一言も言い返せなかった事が、悔しくて仕方が無いのだ。

 

 そんな茉莉の肩を、友奈(友哉)はそっと抱き寄せる。

 

 悔しいのは友奈(友哉)も同じである。

 

 マッシュの力は、これまで友奈(友哉)たちが相手にした敵とは次元が異なる物だ。正直、どう戦えば良いのか見当も付かない。

 

 だが、これからの世界には、マッシュのような存在こそが、もしかしたら必要とされるのかもしれない。

 

 指先一つで大部隊を動かし、自身はモニターの前から動かずに、まるでゲームをするように戦争を行うマッシュ。

 

 そして今、アメリカと言う国はマッシュの存在を公に受け入れている。それはつまり、マッシュこそが社会的には、紛れもない正義だと言う事だ。

 

 そこから行けば、自分やキンジ、更にはジーサードの存在ですら古いのかもしれなかった。

 

 その時、

 

「あー、君達」

 

 突如、横合いから声を掛けられ、友奈(友哉)と茉莉は揃って振り返る。

 

 そこには、スーツ姿をした、長身の白人男性が2人、柔らかい笑みを浮かべて立っていた。

 

「何ですか?」

 

 警戒するような眼差しを向ける友奈(友哉)に対し、白人男性はフレンドリーな調子で語りかけて来た。

 

「君達、さっきカフェで、マッシュの奴と話していただろ」

「俺達、上からの命令で、あいつの護衛に来たんだよ」

 

 その言葉に、友奈(友哉)と茉莉はとっさに身構える。

 

 どうやら、カフェの外で見張っていた私服警官らしい。

 

 マッシュの護衛としてきた、と言う事は、こちらに対し何らかの危害を加える事が目的で近付いてきたと考えられる。

 

 先制攻撃を仕掛けようと、体に力を入れる友哉。

 

 だが、白人警官たちは、慌てて手を上げて友奈(友哉)たちを制した。

 

「おいおい、慌てるなって。別にアンタ達をどうこうする気は無いよ」

「そうそう。何か話聞いてたら、マッシュのクソ野郎よりも、君達の方が良い者っぽかったからな」

「おろ?」

 

 思わず、友奈(友哉)と茉莉は、キョトンとして顔を見合わせる。

 

 どうやら彼等は戦う為に来た訳ではないらしい。それどころか、内心ではこっちの味方っぽい感じすらする。

 

「立場上、味方になってやることはできないが、俺達は君達を応援しているよ」

「頼むぜ、あの野郎をぶっ飛ばしてくれよな」

 

 そう言うと2人は、サムズアップしながら去って行く。

 

 その背中を、友奈(友哉)と茉莉はポカンとした調子で眺めていた。

 

 やがて、

 

「何だ・・・・・・・・・・・・」

 

 友奈(友哉)は苦笑しながら呟いた。

 

 アメリカ人の全てが権力志向な訳じゃない。中にはこうして、反骨精神を持つ人間もちゃんといるのだ。

 

 考えてみれば、彼等は世界中の誰よりもヒーローを愛する人々だ。そんな彼等が、マッシュのような外道を許せるはずもない。

 

 その事が判り、友奈(友哉)と茉莉は何となく救われた思いになるのだった。

 

 

 

 

 

第6話「パクス・アメリカーナ」      終わり

 


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