緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第7話「逆境こそ前向きなれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ時は来た。

 

 出撃準備を整えたサジタリウスの前に整列した部下達を前にして、ジーサードはピシッと直立不動にして立つ。

 

「よし、今から、ネバダ州グレーム・レイク空軍基地、通称『エリア51』、第89A管理区を再強襲する」

 

 整列するジーサードリーグの面々は、ボスの訓示を黙って聞き入っている。

 

 その傍らには、キンジ、レキ、友哉、茉莉の姿もあった。

 

「目的は瑠瑠色金の奪取。理由は俺の私利私欲、それと、それに比べればちっぽけな理由だが、神崎・H・アリアの緋緋神化に伴う世界戦争を未然に防ぐ為でもある」

 

 いや、それはどうなんだ?

 

 ゴーイング・マイウェイを地で行くジーサードの発言に、友哉、キンジ、茉莉の3人は無言でツッコミを入れる。

 

 が、ジーサードリーグの面々+レキは、全く気にした様子は無い。

 

「空路は親俺派の州と地域を通るが、一部、ユタ州とネバダ州は反俺派の勢力圏にある。そこは前回同様、マッシュ・ルーズヴェルトによる妨害が予想される」

 

 ジーサードの言う親俺派と反俺派とは、民主党と共和党を意味している。アメリカは州ごとの連邦制を取っており、それぞれの州によって政党の勢力も違う。いわば、各州が独立した小規模の国家であると考えれば近い物がある。

 

 その為、どうしても一部、敵の制空圏を通らなければいけないようだ。

 

「マッシュは与党の連中に可愛がられているが、他国の自由を冒涜する者。それがどこの国だろうと、人民の自由を冒涜する者はアメリカの国賊だ。心置きなく、そして腹括ってかかれッ!!」

 

 マッシュは己の出世の為に、他国を踏み躙ると堂々と公言して見せた。

 

 もしかしたら、彼の言う事は真実で、彼の正義はアメリカの発展につながるのかもしれない。

 

 だが、友哉達は日本人であり、アメリカの正義を語るマッシュには賛同できない。

 

 否、そんな問題ではない。

 

 たとえどのような理由であろうと、己の欲望の為に他人を踏み付けにする人間を許すわけにはいかなかった。

 

「待ってくださいサード様」

 

 ジーサードの訓示を聞き終えてから、ツクモが挙手をして発言を求めた。

 

「兵装は整えましたが、前回と同じで、しかもサード様が前回失った装備を古いスペアで補っており、お怪我も回復しているとは言えません。その・・・・・・このままでは不利です!! マッシュはまた、あの大兵力で迎撃してくるに違いありません!!」

 

 ツクモの言うとおり、ジーサードは吹き飛ばされた義手を古いパーツで補っている。怪我も万全とは程遠い状態だろう。

 

「その通りだ。正しい事を言ったお前には、あとでボーナスをやろう!!」

 

 ジーサードはツクモの意見を肯定する。

 

 肯定しておいて、受け入れる気が一切無い当たりは、実に彼らしいが。

 

「おいジーサード、俺もツクモと同意見だぞ。どうせ迎撃を受ける航路に前回と同じ航路で突っ込むとか、無謀すぎるだろ。せめて、新しい作戦の説明とかしないのかよ?」

 

 さすがに見かねたらしいキンジが、弟の耳を引っ張りながら言い募る。

 

 実際、何の作戦も無しに突っ込んだ日には、再度の返り討ちに遭うのは目に見えているのだが。

 

 対して、ジーサードは顔をしかめて兄の手を払う。

 

「いってえなッ 作戦なんか無ェよ。ただ突っ込んで、敵が来たらぶっ飛ばすだけだ」

「いや、流石にそれはちょっと・・・・・・」

 

 とっても頭の悪い作戦をご披露してくれるジーサードに、友哉も嘆息を禁じ得ない。

 

 その一方で、ツクモは涙目になりながらビシッと敬礼する。

 

「判りましたサード様ッ ツクモも一緒に玉砕いたします!!」

「いえ、ツクモさん。お願いですから、ちょっと落ち着いてください」

 

 茉莉が苦笑気味にツクモを宥める。

 

 ツクモの特攻精神は買うが、協力する身としては、もう少し勝率を上げる努力をしてほしいと言うのが本音である。

 

「冗談だ、作戦はある」

 

 ジーサードのその言葉に、一同はホッとする。

 

 どうやら、何も考えていない訳ではなかったらしい。

 

「今回の作戦は、『兄貴に何とかしてもらう』これで決まりだ」

『おお、成程!!』

「よし、お前等、全員そこに並べ。一発ずつ殴ってやる。桜花で」

 

 居並ぶ全員が「ポムッ」と手を打つ中、1人、キンジはキレ気味に鬼軍曹振りを見せ付ける。

 

 その視線が、傍らに立つ友哉と茉莉にも向けられた。

 

「お前等まで悪ノリしてんじゃねえよ!!」

「ああ、ごめん。つい・・・・・・」

「何だか、頷いておかないと、人としてどうかと思いましたので」

「ふざけんなァ!!」

 

 キレるキンジを余所に、ジーサードは部下達を見回して言う。

 

「悪ィな、お前等。エリア51の瑠瑠色金は、冷戦時代にソ連のエージェントが盗みに来たり、国内の強盗も大勢挑んだが誰も取れなかったお宝なんだ。いっぺん、俺も黒星付けられちまったしよォ。だからもう、今回はこういうオカルトに頼るしかねェのさ」

「俺をオカルト呼ばわりするなッ 人工天才のくせに、もうちょっとましな方法は考え付かねえのかよ!? だいたい、誰も取った事が無いんじゃ、いくら何でも不可能だろうがよ!!」

 

 確かに。

 

 キンジの言うとおり、気合でどうにかなるレベルではない。たとえキンジが十全に実力を発揮したとしても、今回ばかりは難しいかもしれない。

 

 いかにこれだけのメンツでも、鉄壁の防衛ラインを抜くのは容易ではないだろう。

 

 しかし、その質問を待っていたように、ジーサードはニヤリと笑った。

 

「いや、世界で言えば1人だけ、エリア51から瑠瑠色金を盗む事に成功した奴がいたぜ」

「誰だ、そいつは?」

「アルセーヌ・リュパン3世だ。奴には優秀なお仲間がいたらしいが、チームとしてはたったの4人。しかも、全員、使用する武器は銃と刀だけだったって話だ。それに比べれば、俺達の方がはるかにマシさ」

 

 その言葉を聞いて、友哉達は息を呑んだ。

 

「理子さんの、お父さんですか・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉が感慨深そうに、呟きを漏らす。

 

 追い風が、意外な形で吹いた気がした。

 

 理子の父親は恐らく、その時に盗んだ色金を使って、理子が持っているロザリオを作ったのだ。

 

「この馬鹿兄貴は、自分の異名も忘れて『不可能』と言ったが、不可能という概念は悪霊のような物だ。人間の心に取りついて心を挫く。前に不可能だった事に再び挑むのは、他人には愚かしく思えるかもしれねェ。だが、そう思う事こそが愚かだッ 確かに、今回成功する保証は無ェ。だが、だめだったらまた挑む。俺が死のうと、兄貴が挑む。その次もあるだろう。挑むんだ、何度でも。何度でも無限に挑み続ける相手を前に、永久に戦い続けられる敵はいない。たとえ悪霊と言えども例外じゃねェんだ」

 

 ジーサードが発する一言一言に、力強い響きが宿る。

 

 これこそが覇者の言葉。

 

 この場にいる仲間たち全員を魅了する言霊が込められているかのようだ。

 

「古来から人類は数多の不可能を可能にしてきた。海を渡り、空を飛び、月に着陸してきた。今また、俺達が不可能を可能にする。誰も、それを見てはいないだろう。密かに世界を救ったところで誰の賞賛も得られないだろう。だが、そんな事は気にするな。必ず、俺が見届ける。お前自身も、お前が成し遂げる姿も、必ず見届ける。やるぞ、今日俺達はエリア51に到達して、コロンブスに、リンドバーグに、アームストロングになる。全ての不可能において、いつか誰かがなるんだ。それが今だッ それが俺達だ!!」

 

 演説が冴え渡り、心の芯まで響き渡る。

 

 アンガスが、アトラスが、コリンズが、海斗が、ロカが、ツクモが、自分達の君主を見据えて打ち震えている。

 

 この男がいるからこそ、自分達は戦える。

 

 この男の為ならば、笑って死地へと旅立てる。

 

 そう思わせる程の絶対的なカリスマが、ジーサードには備わっているのだ。

 

 友哉もまた、己の中で決意を新たにする。

 

 色金の事が無くとも、マッシュは必ず倒さなくてはならない。

 

 自分の正義がアメリカの為になると言っていたが、マッシュはジーサードを倒した暁には、ジーサードが出資している学校を取り潰すと言っていた。

 

 あの学校にいる子供達は皆、身体的なハンデを負いながらも一生懸命に生き、そしてジーサードに憧れる純粋な子達だった。

 

 マッシュは、そんな子達から教育を受ける権利を奪うと言ったのだ。

 

 とどのつまり、アメリカの為と言いながら、マッシュにとっての「アメリカ人」とは「自分の利益になる人物」のみを差しているのだ。

 

 そんな正義は認めない。

 

 誰でもない、自分達が決して認めない。

 

 マッシュは自分のIQが武器であり、そこから導き出した計算力を自慢していた。

 

 だが、友哉の異名は「計算外の少年(イレギュラー)」だ。彼の名探偵シャーロック・ホームズですら、その行動を制御しきれなかった自分が、マッシュ如きに負ける心算は、毛頭無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満天の星空の下、ジーサード以下、エリア51強襲チームを乗せたサジタリウスが、一路、ネバダ州を目指して飛翔している。

 

 サジタリウスはガンシップの如き武装が施され、不意の襲撃にも万全の状態を整えている。

 

 だが、敵がどのような手段で迎撃してくるか判らない以上、どれだけ武装を整えたとしても、油断はできなかった。

 

 星明りの下、サジタリウスは敵対勢力圏である筈のユタ州を通過し、更に順調に飛行していく。

 

「敵は、どんな手で来るのでしょうか?」

 

 菊一文字を僅かに抜いて具合を確かめながら、茉莉は傍らに座って読書をしているコリンズに尋ねた。

 

 この場には他に、ツクモとロカの姿もある。

 

 他の者は皆、操縦屋敷を担当しているか、あるいは別の部屋で待機していた。

 

「そうねえ、前の時はミサイルと無人戦闘機が、それこそハリケーンみたいな勢いで襲って来たけど、今回もそうなるんじゃないかしら?」

 

 コリンズの説明に、茉莉はグッと息を呑む。

 

 相手がミサイルや戦闘機では、刀は何の役にも立たない。最悪、サジタリウスに乗ったまま撃墜される可能性すらある。

 

 ジーサードリーグの面々にしても然り。大半が対人戦闘の専門家であり、戦争用兵器との相性は悪い。

 

「大丈夫よ」

 

 ロカが、口元に僅かな笑みを浮かべて言う。

 

「あなたは、いざとなったら緋村に守ってもらいなさい」

「良いわね、守ってくれる素敵な彼氏がいるって素敵な事よ」

「羨ましい・・・・・・・・・・・・」

 

 コリンズは笑顔で体をくねらせ、ツクモは指を咥えて呟く。

 

 そんな一同を前にして、茉莉は顔を紅くして縮こまった。

 

 勿論、戦場で友哉に頼り切る気は無い。むしろ、自分が友哉を助ける心算で戦っている。

 

 しかし、彼氏持ちの女子高生としては、颯爽と恋人に助けてもらう、と言う「お姫様」ポジションに憧れがない訳ではない。

 

 壁に寄り掛かって海斗と話し込んでいる友哉をチラッと見ながら、茉莉はそんな事を考える。

 

「まったく、そう言う事なら早く教えてくれればよかったのに。早く言ってくれれば、ニューヨークにいる間にデートのセッティングしてあげたのに」

「あら、まだ遅くは無いでしょ。帰ってからゆっくりすれば良いわよ」

 

 コリンズとロカが何やら語っているのを赤面して聞きながら、茉莉は顔を俯かせる。

 

 終わって帰ったら、友哉を誘ってデートする。それは茉莉自身、出発前から考えていた事でもある。

 

 その為にも、この戦い、何としても勝ち残ろうと思った。

 

「・・・・・・・・・・・・夜明けだよ」

 

 窓の外を見ていたかなめが、静かな口調で言った。

 

 ここまで、敵の迎撃は無い。

 

 だが、これは嵐の前の静けさだ。

 

 間もなく、戦いの幕が上がる。

 

 その時だった。

 

 椅子から立ち上がったジーサードが、インカムに向かって叫ぶ。

 

「レーダー!! 赤外線!!」

《い、異常無しであります!!》

《いや、たった今、6時方向にノイズレベルの捕捉反応が明滅(ブリンク)!!》

 

 コックピットに詰めているアトラスとアンガスから、矢継ぎ早に報告が入る。

 

 ジーサードは最新式のセンサーよりも先に、気配で敵の攻撃を察知して見せたのだ。

 

 次の瞬間、一同に緊張が走った。

 

 ついに、敵が仕掛けて来たのだ。

 

「恐らく超小型ステルスだッ 低高度監視を強化!!」

 

 ただちに回避行動に入るサジタリウス。

 

 敵は恐らく、山岳地帯から発進し、低高度で接近してきたのだ。

 

 航空機用レーダーと言う物は、低高度索敵には向いていない。レーダー波が地表に乱反射してしまい、目標を画像として捉えら難くなるのだ。一応、低高度専用レーダーと言うのもあるにはあるが、そちらは通常レーダーに比べて、どうしても探知範囲が狭くなる。

 

 ましてか、山岳地では山が邪魔になってしまい、探知はほぼ不可能となる。

 

 敵はこちらのレーダー探知範囲外から発進し、音も無く忍び寄って来たのだ。

 

 旋回に伴い、サジタリウスが大きく傾く。

 

 期待の中でメンバー達がバランスを取る中、更に事態は悪化する。

 

「高高度から更に1機、来るぞ!!」

 

 ジーサードの警告が走る。

 

 挟まれた。

 

 サジタリウスのような大型機では、直上の監視も甘くなる。本来は、そうならないように、こちらも高高度を取るのがセオリーだが、今回は地上目標へ密かな接近が目的である為、その手も取れなかった。

 

 今回は、自分達の目的が仇となってしまったのだ。

 

 敵はステルス機能に加えて、光学遮断システムも採用している。目視照準も不可能。迎え撃つには、熱源を探知した目標を撃つしかない。

 

捕捉(キャッチ)!! 回り込んでくるでありますッ 7時方向、および直上高高度!! 更に接近中!!》

 

 アトラスが叫んだ直後、小型機が搭載したミサイルを発射する。

 

 熱源探知型のスティンガーミサイル。

 

 既に必中距離だ。

 

 迎撃は、間に合わない。

 

 次の瞬間、衝撃が左右から襲ってきた。同時に、何かが致命的に請われる音が響き渡る。

 

《1号エンジン大破ッ 2号中破、3、4号正常。右垂直尾翼前喪失、右翼は損傷激しく全喪失ッ  操縦不能(アンコントロール)油圧降下(ハイドロ・フォール)。全プロップ、60度より戻りません。目的地より120マイル手前ですが、もう降りましょう》

 

 アンガスの冷静な声が響き渡る。

 

 今の一撃でサジタリウスはエンジンの半分と舵、それに右翼をやられてしまった。これ以上の飛行は不可能である。

 

 それでも一気に降下せず、緩やかに高度を下げつつあるのは、機体の性能とパイロット2人の技量ゆえだろう。

 

 いずれにせよ、これで一気に敵本拠地へ攻め込む案はご破算である。

 

 エンジンの火災が機内に逆流し、煙が噴き上げる。

 

 ロカやツクモ、茉莉が激しくせき込む。

 

「気を付けェ!! うろたえるな!! 耐衝撃姿勢!!」

 

 ジーサードの力強い声が響く。

 

 その間にも、急速に地面へと近付いていくサジタリウス。

 

 次の瞬間、

 

 ガクッと高度が落ち、それに伴い、一瞬襲ってきた浮遊感によって、全員の体が宙に投げ出される。

 

 その時、

 

 空中を浮遊する茉莉目がけて、大きなコンテナが飛んでくるのが見えた。

 

 目を見開く茉莉。

 

 未だに空中にある少女は、とっさに方向転換して回避する事はできない。

 

「クッ!?」

 

 とっさに友哉は。傾斜によって斜めに傾いだ壁を蹴って落下に逆らうと、空中に投げ出されていた茉莉の体を抱き留める。

 

「友哉さんッ」

「大丈夫!!」

 

 間一髪、コンテナは友哉の足先を掠めて落下していった。

 

 茉莉の頭をしっかりと抱きしめて、対ショック姿勢を取るように体を小さく丸める友哉。

 

 やがて、轟音と共に、サジタリウスの巨体は砂漠へと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしッ 前回よりは近付けたぜ」

「そのポジティブシンキング、実に・・・・・・実に羨ましいよ」

 

 胸を張るジーサードに、友哉は大きく肩を落としながら言った。

 

 砂漠に突っ込む形で不時着したサジタリウス。

 

 その巨大な翼が大空を舞う事は、二度と無いだろう。

 

 しかし、翼はその身を犠牲にして、メンバー全員を助けてくれた。

 

 死傷者は無し。あれだけ派手に墜落しておいて、状況的には奇跡である。

 

 とは言え、未だにエリア51までは200キロ以上ある。距離的には東京~静岡間よりも遠い。

 

 歩いて行くのは、事実上不可能に近い。

 

 とにかく、状況を整える必要があった。

 

 まずは手分けして、残骸と化したサジタリウスから、水と食料、使える武器弾薬を可能な限り運び出す。

 

 そんな中、活躍したのはアトラスだった。

 

 彼はパーソナル(P)アーセナル(A)アーマー(A)と言う科学甲冑の使用者で、これにより、常人を遥かに超えたパワーを発揮できる。

 

 そのアトラスが中心になって荷物が運び出された後、サジタリウスは爆破処理された。

 

「これから、どうするんですか?」

 

 途方に暮れた調子で、茉莉が尋ねる。

 

 生き残ったのは良いが、砂漠の真ん中で移動手段を失ってしまった。

 

 食料と水はあるが、アンガスの計算では良い所2日分との事だった。

 

 今は、コリンズが日課である礼拝をしているのを、みんなで待っている状態である。

 

 イスラム教徒のコリンズは、毎朝のお祈りを欠かしていないのだが、こうなると神頼みでも何でも、縋れる物には縋りたい気分である。

 

 待つこと暫く。

 

 祈りを終えて頭を上げたコリンズが、振り返ってジーサードを見た。

 

「サード、ちょっと。アンタの耳ならわかるかも」

 

 そう言って、地面を指差すコリンズ。どうやら、神頼みの効果があったらしい。

 

 促されてジーサードは地面に耳を付けると、暫くして顔を上げた。

 

「・・・・・・こっちだ、歩くぞ。人工物で風が遮られている」

 

 言うや否や、ジーサードは皆を誘導するようにして歩き出した。

 

 

 

 

 

 北海道の3倍の広さを誇り、全面積がほぼ砂漠と言うネバダ州は、ただ歩くだけでも苦行の道である。

 

 皆は少しずつ水分を補給しながら行軍していく。

 

 幸い、季節が冬な事である為、絶望的な気温上昇は無かったが、踏むだけで崩れる砂地は、墜落の衝撃で、ただでさえ消耗している体力をさらに削って行く。

 

 しかも吹き付ける砂埃が、顔と言わず、髪と言わず、服と言わず付着していき、不快感が徐々に増していく。

 

「茉莉、大丈夫?」

 

 友哉は傍らを歩く彼女を気遣いながら足を進めていく。

 

 元々、茉莉は体力面にネックがある。長時間、このように足場の悪い地面を歩くのは不慣れなはずである。

 

 だが、茉莉は健気に笑って見せる。

 

「大丈夫ですよ」

 

 言いながら、茉莉は傍らのロカやツクモに目を向ける。

 

 体力面に問題があるとすれば、彼女達も大差無い筈。自分だけが音を上げる訳にはいかなかった。

 

「あの、友哉さん」

「おろ?」

「さっきは、その・・・・・・ありがとうございました」

 

 さっき、と言うのは、墜落直前のサジタリウスで、抱き留めてもらった時の事だった。

 

 おかげで茉莉は、怪我一つする事無かった。

 

「茉莉に怪我が無くて良かったよ」

 

 そう言って微笑む友哉。

 

 やはり、友哉は自分のピンチの時には助けに来てくれる。

 

 サジタリウス内部で、ロカやコリンズに言われた事が、茉莉の中で思い出された。

 

 勿論、ただ守られているだけの心算は無い。

 

 今度は、自分が友哉の力になる番だと、茉莉は改めて自分の中での決意を固めていた。

 

 だが、本当の意味で辛いのは、日が落ちてからだった。

 

 日中には気温が上がる砂漠も、夜になれば氷点下まで気温が下がってしまう。

 

 吐く息は白くなり、皆がボロボロになりながら歩きとおして、時刻は深夜11時。

 

 ようやく、目的の場所へとたどり着いた。

 

 そこは、西部開拓時代の名残と思われる遺跡で、既に数十年前に打ち捨てられた街の後だった。

 

 中央付近に何か大きな建物があるのが見えるが、月明かりだけでは、その正体が何なのか判らない。

 

 完全に廃墟であり、人の気配は無い。所謂、ゴーストタウンと言う奴だ。

 

 こんな場所でも、全盛期には多くの人が行き交い、夢とロマンに胸を膨らませていたのだろう。

 

 この遺跡を見るだけで、当時の活気が蘇ってくるようだった。

 

 そのうちの一軒、バーと思われる建物の中へと入る。

 

 自然現象の中で最も体温を奪われやすい物は、雨や雪よりも、むしろ風である。

 

 既に朽ちかけている建物だが、とにかく直接的な風を防げるだけでも段違いにありがたかった。

 

「今夜はここで宿営とする。各自、レーションを摂れ。CⅡ種警戒態勢、巡回睡眠のローテーションはタイプⅠ。休めッ」

 

 指示を下したジーサードは、手近な椅子の砂を払って座り込む。

 

 ロカ、つくも、かなめ、茉莉、レキら女子陣は、壁際に置いてあるピンボールのゲーム台へと集まっている。

 

「やった、まだ動く」

 

 年代物だが、どうやら辛うじて稼働可能だったらしいゲーム機で盛り上がっている。

 

「何と、1934年物のバーボン(ジム・ビーム)がございました。状態も良い。ご賞味いただけますよサード様。残念ながら、チェイサーのビールはございませんが」

 

 カウンターをあさっていたアンガスが、酒の瓶を片手にグラスを探している。

 

「やだわー、セットが崩れちゃった。お肌が荒れちゃう」

 

 コリンズは壁の鑑を見て、髪をセットし直している。

 

「アトラス、缶切りか何か無いか? 缶詰があったんだが保存状態が良い。たぶん食べられるはずだ」

「OKだ、アインス君。他にも、色々と食料を運んできたよ。さあみんな、豪快に食べよう」

 

 海斗に缶切りを渡しつつ、アトラスは運んできた食料をテーブルの上に並べていく。

 

 何とも逞しい連中である。

 

 彼等なら、南極で遭難しても生きて行けるのではないかと思えてくる。

 

 そんな彼等を見ていると、友哉自身、悩んでいる事がバカバカしくなってくる。

 

「なるようになる、かな」

 

 そう呟くと、テーブルの上のトーストを手に取って口に運ぶのだった。

 

 

 

 

 

第7話「逆境こそ前向きなれ」     終わり

 


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