緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第9話「新風」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニトロパッケージが罐に投入され、加速するトランザム号。

 

 強烈に吹きだす煙を引きながら、荒ぶる機関車が爆走する。

 

 その黒鉄の塊の上で、戦いの火蓋は切って落とされていた。

 

 最後尾では、共に近未来的な激突が繰り広げられていた。

 

 P(パーソナル)A(アーセナル)A(アーマー)を着たアトラスが、それよりも最適化された次世代型最先端化学兵器P(パーソナル)A(アーセナル)D(ドレス)を着たLOOと激突を繰り広げている。

 

 P・A・Dに搭載した火器を駆使して攻め立てるLOOに対し、アトラスはシールドで攻撃を防ぎながら、接近戦に持ち込もうとしている。

 

 灼熱化するP・A・A。

 

 しかし、アトラスは構わず突っ込む。

 

 放たれる弾丸は、全て装甲で弾かれる。

 

 火器を駆使して猛攻を前に、P・A・Aは辛うじて耐えて見せた。

 

 間合いに入ると同時に、アトラスは大腿部のハードポイントに装備していた振動ナイフを抜刀、LOO目がけて斬り掛かる。

 

 LOOの装甲とナイフが接触し、盛大な火花を散らす。

 

 LOOの左腕が、ナイフの振動を受けて破壊された。

 

 同時に、アトラスは追撃するように殴り掛かる。

 

「ぬぅぅぅん!!」

 

 ボクシングの要領で繰り出される拳が、次々とLOOに突き刺さる。

 

 LOOもどうにか体勢を立て直して反撃しようとしている。

 

 だが、アトラスはそれを許さない。

 

 LOOからもぎ取ったP・A・Dの前腕部分を振るい、アトラスは更なる攻撃を繰り返す。

 

 P・A・DとP・A・Aでは、世代に大きな違いがある。性能で言えば。LOOの方が圧倒的に有利なはずだった。

 

 もし、P・A・Dが完全な独立飛行が可能で、LOOがアウトレンジから攻撃を仕掛けて来ていたら、いかにアトラスと言えども勝ち目は無かっただろう。

 

 だが、地上に降りてしまえば、条件は殆ど一緒になり、アトラスの不利は大幅に減少される。

 

 加えてP・A・Dの特性は万能型であるのに対し、アトラスのP・A・Aは接近戦優先型。殴り合いならアトラスに一日の長がある。加えてアトラスは長い軍人生活で培った確かな実戦経験がある。

 

 いかにLOOの性能を持ってしても、埋め切れる物ではなかった。

 

 

 

 

 

 最後尾で最先端科学(ノイエ・エンジェ)の激突が繰り広げられている頃、中央の車両でも、戦闘が開始されていた。

 

 上空に占位したヘリから、次々とアサルトライフルを手にした兵士達が降下してくるのが見える。

 

 エリア51から出撃した、ジェス・ローラット中将指揮下の海兵隊部隊だ。

 

 彼等はヘリを上空に待機させ、次々とトランザム号を目指して降下してくる。

 

 通常、ヘリからの降下にはワイヤーとカラビナを使って行われる物だが、それでは隙も大きくなるし、降下中はヘリを固定する必要があり、それでは狙撃の恰好の的である。

 

 まして、こちらにはレキが、神域の狙撃兵がいる。通常での降下手段が使えない事は、マッシュたちも心得ているようだ。

 

 その為、彼等はヘリを上空に残すと、パラグライダーを使って降下してきた。

 

 脚部にはガス噴射式の姿勢制御装置を備え、走るトランザム号を正確に目指してくる。

 

「来るよ!!」

 

 背後で刀を構える茉莉と海斗に、鋭く声を掛ける友哉。

 

 上空にいる海兵隊員達が、背負って来たパラグライダーを切り離し、着地体制に入った。

 

 次の瞬間、友哉は動く。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 たわめた足をばねの如く一気に解放して、上空へと跳躍。

 

 同時に、刃が鋭く切り上げられる。

 

「龍翔閃!!」

 

 繰り出す刃が海兵隊員がアサルトライフルを構える前に顎を打ち抜いた。

 

 空中でのけぞるようにして吹き飛ぶ海兵隊員。

 

 友哉の先制攻撃が、敵の出鼻を見事に挫いた。

 

 すぐ隣にいた別の海兵隊員が、慌てて手にしたアサルトライフルを、友哉に向けて構えようとする。

 

 だが、

 

 空中にあって、友哉は素早く体勢を入れ替える。

 

 身体を捻り込むようにして横なぎに繰り出した刃が、更にもう1人の海兵隊員の胴を捉え吹き飛ばした。

 

 これで、2人。

 

 先制攻撃としては充分以上である。

 

 友哉が客車の屋根の上に着地すると、既に茉莉と海斗も戦闘を開始していた。

 

 しかし、友哉の先制攻撃が功を奏し、敵は完全に浮足立っているらしい。

 

 最速を誇る2人の剣士が繰り出す刃を前にして、浮足立った海兵隊員達は手も足も出せないでいる。

 

 アサルトライフルを構える前に、確実に刃が旋回し、汽車の外へと彼等を吹き飛ばしていく。

 

 それでもどうにか反撃しようと、アサルトライフルを構えようとする敵がいる。

 

 だが、引き金を引くよりも早く茉莉が接近すると、白刃を一閃、海兵隊員を弾き飛ばしてしまう。

 

 白いコートを靡かせて駆ける姿は、まるで天使が羽を広げているような印象がある。

 

 その可憐にして勇壮な戦姿を見せ付けながら、茉莉は近付こうとする敵を撃破する。

 

 海斗は2人の敵を相手にしていたが、鋭い横なぎの一閃で、一度に2人を撃破する。

 

 汽車から吹き飛ばされた敵は、そのまま砂漠に落ちて後方へと取り残される。

 

 まあ、彼等もプロだし、この程度で死ぬことは無いだろう。更に言えば、低速とは言え汽車に徒歩で追いつけるはずもない。つまり、落ちた敵がこれ以上の脅威になりえないのは明白だった。

 

 友哉も海兵隊員1人を撃破する。

 

 それと同時に、トランザム号がグンッと加速するのを感じる。

 

 機関車に陣取るジーサードの命令でニトロパッケージが追加投入されたのだ。

 

《ボイラー内温度2000度以上!! メーターを振り切ったから、もう判んないよ!! 速度ッ!! 現在、192㎞ッ まだ上がる!! 196㎞!! 200㎞ッ!! エリア、あぐっ 51まであと78㎞ッ!! ウワァンッ 舌噛んだ~~~!!》

 

 ロカの涙声を靡かせながら、加速を強めるトランザム号。

 

 だが、

 

 友哉は振り仰いだ先を見て、軽く舌打ちする。

 

 上空に占位したヘリからは、更に次の敵が降下してくるのが見える。

 

 本来ならレキにヘリを狙撃してもらいたいところなのだが、彼女は今、アトラスの援護に入っている為、それもできない。

 

 その時、

 

「友哉さん!!」

 

 茉莉の声に振り返ると、敵の1人が友哉に向けて銃を向けようとしているのが見えた。

 

 跳躍して回避行動を取る友哉。

 

 茉莉がスカートの下のホルスターから、ブローニング・ハイパワーを抜いて放つのは同時だった。

 

 フルオートで放たれた弾丸が、海兵隊員を弾き飛ばす。

 

 敵が後方に流れていくのを見ながら、屋根の上に着地する友哉。

 

「ありがとう、茉莉」

「い、いえ」

 

 ほんのり顔を紅くして答える茉莉。

 

 友哉の役に立てた事が嬉しいのだ。

 

 だが、和んでいる暇は無い。

 

「第2R(ラウンド)だ」

 

 海斗の静かな言葉と共に、上空を振り仰ぐ友哉と茉莉。

 

 今度は、先程のような逆奇襲は望めそうにない。

 

 その時、

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 強烈な雄叫びが、後方から響いて来る。

 

 見れば、アトラスがLOOに対して突貫を仕掛けている所である。

 

 LOOの方はと言えば、背部から迫り出した巨大な大砲を構えている。

 

 あれが発射されれば、トランザム号は吹き飛ばされていたかもしれない。

 

 だが、生憎と言うべきか、その砲門は何か布のような物で塞がれている。

 

 アトラスを掩護していたかなめが状況を察し、磁器推進繊盾(Pファイバー)で砲門を塞いでしまったのだ。

 

 切り札を封じられたLOOは、一瞬の隙を突かれ、アトラスに攻め込まれてしまった。

 

 加速するトランザム号の上で、バランスを取り続けるのは難しい。

 

 アトラスは加速の勢いそのままに、LOOに体当たりを掛けた。

 

 もつれ合うように、車外へと吹き飛ぶ両者。

 

「アトラス!!」

 

 状況を察した海斗が、とっさに、対峙していた敵を蹴り飛ばして後部車輌へと向かう。

 

「手を!!」

 

 伸ばされた手を、ガッチリと掴むアトラス。

 

 その手の感触をつかみ取ると同時に、海斗は思いっきり引き上げる。

 

「豪快に助かった、ありがとう、アインス君!!」

「何の・・・・・・と言いたいが・・・・・・」

 

 アトラスの言葉を受けて、彼の姿を見た海斗は、苦笑気味に言葉を濁らせる。

 

P(パーソナル)A(アーセナル)A(アーマー)の方は、もう駄目だな」

 

 科学甲冑は激戦の様を想像させるほど、派手に大破している。アトラス自身の傷は浅いが、既に戦闘力を喪失しているのは明らかだった。

 

 その時、海斗の背後から迫ろうとしていた海兵隊員を、友哉が刀で弾き飛ばして撃破する。

 

「アトラスさん、ここは僕達に任せて、車内の方にッ 残ってる武器で掩護お願いします!!」

「豪快に任されたッ 武勇を祈る(グッドラック)、緋村君!!」

 

 アトラスが車内へと下がるのを見届ける間、茉莉は孤軍奮闘しつつ、更に4人の海兵隊員を撃破していた。

 

 敵の数が減ってきている。

 

 LOO、海兵隊と撃破できれば、敵の防衛線は半壊状態になっているはず。

 

 このまま一気に、

 

 そう思った時、

 

 3号車の屋根の上に、音も無く降り立つ影があった。

 

 これまでの海兵隊員とは、明らかに出で立ちの言葉る東洋人の男性。

 

「塚山さん・・・・・・・・・・・・」

 

 鞘に収めたままのレイピアを手に立つ龍次郎を見て、友哉はポツリとつぶやいた。

 

 この場に龍次郎が現れた意図は、今更測るまでも無い。何より、手にした刃が如実に物語っていた。

 

「ここまでだ、緋村。お前達を、これ以上行かせるわけにはいかん」

 

 吹き荒れる風に短い髪をなびかせながら、龍次郎は低い声で告げる。

 

 同時に、スラリとレイピアを抜き放った。

 

 細い切っ先が、真っ直ぐに友哉へと向ける。

 

 その刃を見据え、友哉もまた刀を構え直す。

 

「緋村」

「友哉さん」

 

 掩護に入ろうとする海斗と茉莉を、しかし友哉は手を上げて制する。

 

「あの人の相手は僕がするよ」

「でも・・・・・・」

 

 龍次郎は並みの実力者ではない。友哉と言えど、1対1では危ういかもしれない。

 

 しかし、

 

「この狭い屋根の上じゃ、どのみち、複数で掛かる事は難しい。2人は車内に戻ってジーサード達の援護をして」

 

 そう言ってから、友哉は茉莉に笑い掛ける。

 

「大丈夫。僕も後で、必ず合流するから」

「・・・・・・判りました」

 

 茉莉は、尚も名残惜しそうな顔をしていたが、やがて友哉の指示に従って車内へと下がって行く。

 

 一方、海斗も無言で降りようとするが、最後にもう一度、振り返る。

 

「先に行っているぞ」

「うん」

 

 友哉が頷きを返すと、海斗もまた、車内へと消えていく。

 

 それを確認してから、友哉は改めて龍次郎に向き直った。

 

「判っているのか、緋村?」

 

 対峙して改めて、龍次郎は友哉に問いかけるように声を掛ける。

 

「何がです?」

「お前がしている行為は、日本に住む全ての人々を危険にさらす行為なんだぞ」

 

 龍次郎の言葉に、友哉は眉を顰める。

 

 龍次郎がなぜ、そのような事を言っているのか、友哉には理解できなかった。

 

 その反応は、龍次郎にとっても予想していた物なのだろう。用意していたように、再び口を開く。

 

「今の日本は、非情に危うい状況にある。中国、ロシア、北朝鮮、韓国。周辺の国々は、皆、日本にある利権を狙って手を伸ばそうとしている。そして、それに対抗する術は、今の日本には無い」

 

 それは友哉も、アメリカに出発する前に由比彰彦や崇徳院翔華に聞かされた事である。

 

 周辺各国はやがて、日本と言う国が生み出す莫大な利益を狙って戦争を仕掛けてくる。そして、それに対抗できる戦力すら、今の日本は自ら捨て去ろうとしているのだ、と。

 

「それに対抗するためには、日本は強い国と手を結ばなくてはならないのだ」

「それが、アメリカ・・・・・・いや、マッシュ・ルーズヴェルトだって言うんですか?」

 

 友哉にも、龍次郎がなぜ、マッシュに加担するのか、その理由が見えてきた気がした。

 

「そうだ」

 

 友哉の言葉に、龍次郎は真っ直ぐに見据えて頷きを返す。

 

「マッシュは今、アメリカで最強の存在。権力に最も近い存在だ。それはすなわち、世界最強の存在である事をも意味している。彼と手を組み、日本の防衛を委ねる。それこそが、日本を守る、唯一の手段だ。緋村、ジーサードに加担する君達の行為は、その道を阻害しているのだぞ」

「そんな事はッ」

 

 言い募ろうとする友哉。

 

 だが、その前に龍次郎が、屋根の床を蹴った。

 

「あくまでも、君がジーサードに与し、日本の安全を脅かす存在たらんとするなら、俺は全力で君を排除する!!」

 

 全速力で距離を詰める龍次郎。

 

 間合いに入ると同時に、繰り出される鋭い刃。

 

 ついに、最後の激突の幕が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 速いッ

 

 今再び対峙した龍次郎の剣を見ながら、友哉は呻きを漏らす。

 

 短期未来予測を発動した友哉は、先読みの予測力をフルに活かして、数秒先の未来を見据える。

 

 しかし、龍次郎の剣は、友哉の予測すら上回る程のスピードで攻め込んで来た。

 

 細く軽量のレイピアから繰り出される攻撃速度は抜群に速く、それでいて鋭い切っ先は、それでいて致死レベルである事は間違いない。

 

 友哉はとっさに上空へ跳躍。

 

 同時に、急降下の体勢を取りながら刃を振り翳す。

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 打ち下ろされる刃が、龍次郎の脳天へと迫る。

 

 そのまま打ち抜くかと思われた。

 

 次の瞬間、

 

 ガキンッ

 

 耳障りな金属音と共に、友哉の刀は掲げられた龍次郎のレイピアによって防がれる。

 

 友哉が目を見開く・・・・・・

 

 よりも早く、龍次郎は行動を起こした。

 

 スーツの懐に左手を伸ばすと、そこに収められたマンゴーシュを引き抜き、友哉へと繰り出した。

 

「グッ!?」

 

 胸に突き刺さる刃。

 

 友哉は呻き声を上げて、覆わず膝を崩しそうになる。

 

 刃は防刃コートが完璧に防いだが、それでも肋骨を突き抜ける程の激痛が友哉を襲う。

 

 そこへ、蹴りを繰り出す龍次郎。

 

 友哉はとっさに後退して回避しつつ、仕切り直そうとする。

 

 だが、揺れる車体に足を取られ、跳躍しても思うように距離を稼げない。

 

 バランスを取りながら、どうにか着地する友哉。

 

 だが、龍次郎は悠々と距離を詰めると、再びレイピアを引き絞るようにして構えて攻撃態勢に入った。

 

「クッ!?」

 

 友哉は舌打ちすると、殆どとっさに刀を袈裟懸けに繰り出す。

 

 だが、

 

「甘いなッ」

 

 鋭い声と共に、龍次郎は友哉の刀をレイピアで防御。すかさずマンゴーシュで追撃を掛けてくる。

 

 日本刀剣術において二刀流を使用する場合、軽くて動かしやすい小刀は防御に使い、大刀を攻撃用に用いる。

 

 しかし、フェンシング等の西洋剣術では、これが逆になる。

 

 軽くて間合いも長いレイピアが敵の攻撃を防御して間合いを制すると同時に、短いナイフで相手に対してトドメを刺すのが基本となる。

 

 龍次郎は、その基本的な動きを忠実に守りながら、それでいて自身の独自の型を駆使して攻撃につなげてくる。

 

 最小の動きによって実現する最速の攻撃。

 

 それは、速度自慢の友哉の動きにも余裕でついてきている。

 

 対して、友哉の飛天御剣流は、身体能力によるトリッキーな動きと速度を武器とする。つまり、動き回るのに十分な空間があって、初めて威力を発揮できるのだ。

 

 加速するトランザム号の上では足場は悪く、更に狭い屋根の上での戦いである為、友哉は自身の最大の武器とも言うべき機動力を発揮できずにいた。

 

 鋭く繰り出されるレイピアの切っ先が、友哉の赤褐色の髪を僅かにちぎって行く。

 

 すぐさま反撃を・・・・・・・・・・・・

 

 だが、友哉が意識をシフトさせ行動を起こす頃には、龍次郎は既に次の攻撃態勢を整えている。

 

 放たれるマンゴーシュの一閃が、友哉の左肩へと突き立てられる。

 

「うあッ!?」

 

 激痛に耐えながら、どうにか後退する友哉。

 

 駄目だ。

 

 どうしても、龍次郎の速度を上回る事ができない。

 

 追撃を掛けてくる龍次郎の動きを見据えながら、友哉はギリッと歯を噛みしめる。

 

 この揺れる足場では、友哉は完全に不利だった。

 

 繰り出される刃を、何とか後退しながら回避していく事しかできない。

 

 放たれる刃が、銀のレーザーの如く、友哉の眼前へと迫る。

 

「うわッ!?」

 

 とっさに、のけぞるようにして回避するも、そこでバランスを崩して床へと倒れ込んでしまう。

 

 背中を着く友哉。

 

「貰ったぞッ」

 

 好機とばかりに、切っ先を下にして、突き込もうとしてくる龍次郎。

 

 刃の切っ先が、真っ直ぐに友哉を睨みつける。

 

 だが、その時、ガクンという衝撃と共に足元が揺れ、思わず龍次郎はその場でつんのめった。

 

 恐らく、ジーサードが再びニトロの投入を命じ、その為にトランザム号は更に加速したのだ。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、寝転がった状態で、腰を支点に体を横に回転させ蹴りを繰り出す友哉。

 

 その不意を突いた攻撃は、しかし龍次郎がとっさに後退した為に空振りに終わる。

 

 だが、

 

 その間に友哉はどうにか起き上がり、体勢を立て直す事に成功した。

 

 刀を構え直す友哉。

 

 同時に龍次郎も、レイピアとマンゴーシュを構える。

 

 だが、

 

 明らかに友哉が押されている。

 

『どうにか・・・・・・しないと・・・・・・』

 

 友哉は荒い息を吐き出しながら、心の中で呟きを漏らす。

 

 地形的不利は、友哉にとって完全に致命傷となっている。

 

 ニトロ燃料で限界を超えて加速しているトランザム号では、本来であるならバランスを取る事すら難しい。

 

 友哉の抜群の身体能力があればこそ、まだ戦う事が出来ているのだ。

 

『・・・・・・・・・・・・いや、待てよ』

 

 友哉はふと、ある事を思い浮かべる。

 

 今、この走行中に足場を完全に安定させる事は不可能に近い。

 

 それならば、いっそのこと・・・・・・・・・・・

 

 決断すると友哉は、耳に付けたインカムのスイッチを入れた。

 

「・・・・・・もう諦めろ」

 

 そんな友哉の心情を見透かしたように、龍次郎が最後通告を出してくる。

 

「緋村、君がしている事は、さっきも言ったが日本と言う国を危うくする行為に他ならない。もう諦めて降伏しろ。これ以上やったところで、意味の無い事だ」

「・・・・・・・・・・・・そうでしょうか?」

 

 龍次郎の勧告に対し、友哉は静かな口調で応じる。

 

「塚山さん、あなたはマッシュと手を組む事が、日本を守る事に繋がるって言いましたよね?」

「ああ。言った」

 

 問いかける友哉に、頷きを返す龍次郎。

 

 だが、そんな龍次郎を、友哉は真っ直ぐに見据えて言った。

 

「けど、僕はどうしても、そうは思えません」

「・・・・・・・・・・・なに?」

 

 自身の意見を真っ向から反対され、目を剥く龍次郎。

 

 対して、友哉は迷いの無い瞳で、龍次郎を見据えて言う。

 

「僕はマッシュ・ルーズヴェルトを信用できません。何か重大な事態になった時、彼が本気で日本を守るために動いてくれるとは、どうしても思えないんです」

 

 それは、友哉の中にある、マッシュに対する印象そのものだった。

 

 マッシュは日本を守る気など、更々無い。それどころか、都合が悪くなれば、あっさりと切り捨てるか、あるいは使い捨てられるのは目に見えていた。

 

「塚山さんはどうなんですか? 彼が本気で日本を守ってくれると、本当に思っているんですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉の指摘に対し、龍次郎は一瞬黙り込む。

 

 龍次郎はある意味、友哉以上にマッシュと接してきた人間である。その人となりを、友哉以上に心得ていた。

 

 マッシュの念頭にあるのは、全て自身の出世であって、他はついでに過ぎない。

 

 恐らく、龍次郎が依頼した日本との同盟関係強化に関しても、自身に転がり込む利益と天秤にかけている事だろう。

 

 マッシュは自身の利益にならない限り、日本の防衛などに手を貸してくれることは無いだろう。恐らく日本の事は「極東の弾除け」くらいにしか考えていないはずだ。

 

 そんな事は判っている。

 

 だが、

 

「それを何とかするのが外務省(俺達)の仕事だ。君のような子供が口を出す事じゃない」

 

 マッシュは確かに、あの通りの性格だ。御しがたい事に関しては、残念ながら友哉の言う通りと言わざるを得ないだろう。

 

 だが、それを粘り強く交渉して何とかするのが自分達の仕事だと龍次郎は思っている。

 

 重要なのは、日本とアメリカの関係を今以上に強化する事なのだ。

 

「確かに、僕は子供です。塚山さんのように、大局的な物の考え方はできません」

 

 友哉ははっきりした口調で言い募る。

 

「けど、それでも判る。マッシュは信用できません」

「だから、それは・・・・・・」

「忘れたんですか? マッシュは、子供達が通っている学校を、潰すって言ったんですよ」

 

 友哉は龍次郎の言葉にかぶせるように、カフェでの出来事を言った。

 

「同じことを、日本にもしないって言いきれますか?」

「そんな事は・・・・・・・・・・・・」

「無いって言う根拠は、今のところ無いですよね」

 

 マッシュが世界を牛耳れば、彼の意に沿わない物は全て潰される事になる。

 

 日本とて例外ではない。他でもない。マッシュ自身の口から、自慢げに語られた事だった。

 

 友哉はもう一度、念を押すように言った。

 

「僕はマッシュ・ルーズヴェルトを認めない。彼が作る世界も認めない」

「・・・・・・・・・・・・」

「塚山さんはどうなんですか? マッシュに与して、彼に日本の安全を委ねて、それで日本を守ったって言えるんですか? あなたの家族に、友達に、胸を張って報告できますか?」

 

 友哉の言葉が、容赦なく龍次郎の胸へと突き刺さる。

 

 今でも、考えは揺らいでいない。

 

 日本はアメリカと手を組むべきだし、その為にマッシュに取り入るのは、最善の手段だと思っている。

 

 だが、

 

 友哉の言葉にも、一理以上の価値がある事は認めざるを得なかった。

 

「・・・・・・・・・・・だからって、今更どうする事も出来ないだろう」

 

 ややあって、絞り出すように龍次郎は言った。

 

「俺はマッシュ・ルーズヴェルトに賭けた。彼が日本を守るために動いてくれると信じて。ならば、如何に君が言葉を弄したところで、今更考えを変える事はできん」

 

 言いながら、龍次郎はレイピアとマンゴーシュを掲げる。

 

「これが俺の答えだ、緋村。俺は君達を、マッシュの元へは、エリア51へは行かせない」

 

 不退転の意志の元、龍次郎は言い放つ。

 

 彼もまた、彼なりの正義の下に立っている。

 

 たかだか17歳の小僧に説教された程度で、その考えを揺るがせる事は無かった。

 

 対して、友哉も構えを取る。

 

 是非も無い。

 

 もはや、決着は剣で付ける以外に無かった。

 

 その時だった。

 

 ある事実に気付き、龍次郎は目を見開いた。

 

 自分が感じている状況が、先程までとは全く違う物である事に気付いたのだ。

 

 ありていに言えば、減速している。

 

 もう、殆ど止まりそうな勢いだった。

 

「馬鹿なッ」

 

 エリア51までは、まだ距離がある。ここで減速する事に意味など無い筈なのに。

 

 慌てて振り返る龍次郎。

 

 対して、友哉は口元に笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、かなめ」

 

 つぶやきは、ここにいない少女へと向けられる。

 

 見れば、炭水車と3号客車の部分で連結が解除され、2両の客車だけが後方に取り残されつつあった。

 

 友哉は先ほど、インカムでかなめに連絡を入れ、炭水車と客車の連結を解除するように指示を出したのだ。

 

 その要請に、かなめは答えてくれた。

 

 友哉は見る事はできなかったが、かなめは単分子振動刀(ソニック)で連結部分を切断、切り離す事に成功したのだった。いわば、修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)の時に星枷白雪がやった新幹線輪切りの再現である。

 

 重荷を取り除き、エリア51への更なる驀進を続けるトランザム号。

 

 対して、取り残された客車は摩擦がブレーキになって、徐々に減速していく。

 

「・・・・・・・・・・・・やってくれたな」

 

 絞り出すような口調で、友哉を睨みつける龍次郎。

 

 対して友哉は、会心の笑みを浮かべて見せる。

 

 これで龍次郎はLOOや海兵隊員同様、この戦いにおける戦略的な脅威ではなくなった。

 

 自分1人が残る事で敵の重要戦力1つを削る事ができれば安い物だった。

 

「決着、付けましょう」

 

 言いながら、刀を鞘に納める友哉。

 

 対して、龍次郎もレイピアとマンゴーシュを構える。

 

 無言の内に、刃を向け合う両者。

 

 やがて、摩擦力が勝った客車が、ゆっくりと停車する。

 

 次の瞬間、

 

 友哉と龍次郎は同時に動いた。

 

 先に仕掛けたのは、龍次郎だ。

 

 コンパクトな動きから繰り出される攻撃は、一切の無駄を省いて友哉の急所を狙う。

 

 対して、

 

 友哉は短期未来予測が齎す先読みの中で、舌打ちを漏らす。

 

 やはり、攻撃速度は、龍次郎の方が早い。

 

 このままでは、先に攻撃を喰らってしまうだろう。

 

 どうにかして、龍次郎に先んじないと。

 

 しかし、飛天御剣流の技は、その特性故に大振りな物が多い。その為、最小の動きをする龍次郎が相手では、どうしても後手に回ってしまう。

 

 どうする?

 

 どうすればいい?

 

 その時、

 

 友哉の脳裏には、キンジの事が思い浮かべられた。

 

 そうだ。

 

 キンジはいつも、どんな時も、誰も考え付かないような発想力で技を生み出し、あらゆる苦難を跳ね除け、敗北の運命を覆して来たではないか。

 

 およそ、技を創造すると言う意味では友哉は、キンジの足元にも及ばない。

 

 だからこそ、キンジは「(エネイブル)」足り得るのだ。

 

 スッと、目を閉じる。

 

 

 

 

 

 思考を止めるな。

 

 

 

 

 

 加速させろ。

 

 

 

 

 

 そうだ、何も難しい事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無いなら、創れば良いじゃないか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 友哉はさらに一歩、床を蹴って自身を加速させる。

 

「なッ!?」

 

 友哉の動きに、レイピアを振るおうとした龍次郎の目測が僅かに狂った。

 

 その隙に、友哉は龍次郎の懐に踏み込んだ。

 

 龍次郎が目を見開く中、

 

 友哉の鋭い視線が、見上げるように彼を射抜く。

 

 同時に、殆ど零距離で、刀が鞘奔る。

 

 とっさに後退しようとする龍次郎。

 

 しかし、全てが遅かった。

 

 次の瞬間、友哉は抜刀の初速をそのままに、逆刃刀の柄尻が龍次郎の鳩尾に叩き込まれた。

 

「グオォ!?」

 

 思わず、肺の空気を全て吐き出す龍次郎。

 

 友哉の実家が奉じている剣術流派、神谷活心流に膝挫(ひざひしぎ)という技がある。

 

 これは相手の攻撃を掻い潜り、下段攻撃から相手の膝に柄を叩き付けて破壊する技である。

 

 剣が折れて尚、戦おうと言う姿勢と、相手を殺さずに戦闘不能にする神谷活心流の理念を体現した技である。

 

 友哉は、この膝挫の動きを流用して、龍次郎の懐に飛び込んだのだ。

 

 それは、飛天御剣流の伝承には載っていない、全く新しい、友哉が生み出した、オリジナルの技である。

 

 

 

 

 

 命名

 

 

 

 

 

「飛天御剣流抜刀術・・・・・・龍牙閃(りゅうがせん)

 

 

 

 

 

 友哉の静かな声と共に、

 

 レイピアを取り落とす龍次郎。

 

 それでも尚、諦めない。

 

 最後の力を振り絞って、マンゴーシュを振り翳そうとする。

 

 だが、その前に友哉が次の行動を起こした。

 

 刀を返すと同時に、膝をたわめ、繰り出す刃に掌を当てて斬り上げる。

 

「飛天御剣流、龍翔閃!!」

 

 繰り出される銀閃の刃。

 

 その一撃が、龍次郎の体を大きく吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

第9話「新風」      終わり

 




オリジナル技

龍牙閃(りゅうがせん)
体勢を低くして、高速で相手の懐に飛び込み、ほぼ密着状態で相手に柄尻を叩き付ける零距離抜刀術。友哉は神谷活心流の技である膝挫(ひざひしぎ)をヒントにして思いついた。





ある意味、個人的には禁忌とも言えるオリジナル技の投入ですが、飛天御剣流の技は大半が出そろってしまったので。今後とも話を進めてく上で、設定の幅を広げる為に、あえてオリジナル技の投入を決定しました。

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