1
吹き付ける風によって、龍次郎は意識を覚醒させた。
見上げるまでも無く、視線の先には輝く太陽の光が飛び込んでくる。
その事から、どうやら自分は仰向けに倒れていると言う事が判った。
「あ、気が付きました?」
横合いから駆けられた声に、首だけ動かして振り返ると、そこには砂地の上に胡坐をかくようにして座っている友哉の姿が見えた。
倒れている自分と、それを見下ろしている友哉。
その両者の状況が、何が起きたのかを如実に表している。
「・・・・・・・・・・・・そうか、俺は、負けたのか」
乾いた口調で呟いた。
自分は任務に失敗した。
ジーサードリーグの進撃を止め、エリア51を防衛すると言う任務を果たす事ができなかった。
「・・・・・・・・・・・・これで、全てが終わったな」
自嘲気味に、龍次郎は呟きを漏らす。
負けた自分の言い分など、マッシュは耳を貸してくれないだろう。
マッシュを味方につけるには、自分自身が価値を示し続けるしかなかったのだ。
だが、龍次郎は失敗した。となれば、マッシュは切り捨てるのに容赦しない筈だ。
マッシュを味方につけて、日本の防衛力を強化すると言う策は、これで御破算になってしまう事だろう。
だが、
「そう、早とちりして悲観する事は無いんじゃないですか?」
「なに?」
友哉の言葉に、とっさに身を起こそうとする龍次郎。
しかし、強烈な痛みに襲われ、思わず顔をしかめた。
「あ、まだ動かない方が良いですよ」
「みたいだな・・・・・・・・・・・・」
龍翔閃と、友哉オリジナル技である龍牙閃を受け、龍次郎の体は軋むような痛みに苛まれていた。
かく言う友哉も、レイピアやマンゴーシュで貫かれた体が、未だに痛みを発し続けているのだが。
「それで、どういう意味だ、早とちりってのは?」
怪訝な顔つきで尋ねてくる龍次郎。
それに対し、友哉は笑みを浮かべながら答えた。
「だって、まだ戦いがどうなるか判らないじゃないですか。ジーサード達がエリア51に突入してマッシュを倒せば、そもそも、彼を最強にしている力その物が無くなってしまう訳ですから」
キンジは言っていた。権力があるエリートは、失敗すれば失脚する、と。
それが現実に起きて、マッシュが失脚する可能性はある。そうなればそもそも、マッシュの権力に縋ろうとする龍次郎の策は、根本から覆る事になるのだ。
「馬鹿な」
吐き捨てるように龍次郎は、友哉の言葉を否定する。
「マッシュはまだ、多くの戦力を保有している。それを倒す事など、不可能だ」
実際に彼の陣営にいた龍次郎だからこそ言える事。
マッシュの持つ、巨大な戦力と、それを自在に操る事ができる権力を打ち破るなど不可能に近い。
だが、友哉は笑って見せる。
「生憎ですけど、僕の友達には『不可能を可能にする男』がいるもんで。幸か不幸かは知りませんけどね」
それに、と続ける。
「ヒーローってのは、自分ではない、誰か他の人の為に、どんな困難にも自分から迷わず立ち向かっていく人間の事を言うんだと思います」
友哉にとって、ジーサードや遠山キンジこそが、真の意味でヒーローに値すると思っている。
因みに本人は気付いていないが、他ならぬ友哉自身も、ヒーローの定義に当てはまるだろう。ジーサードやキンジ、茉莉達を行かせるために、自ら龍次郎の足止めに残った事からも、それは間違いない。本人に、その自覚は全く無いが。
翻って、マッシュ・ルーズヴェルトは、ただ己の欲望の為に、安定の路線を、いわば他人の陰に隠れて歩いている。そんな人間がヒーローに値するとは、友哉には逆立ちしても思えなかった。
その時、空からバラバラというローターが回転する音が聞こえてきた。
振り仰ぐと、1機のヘリコプターが、2人の居る場所まで降下してくるのが見える。
ヘリはやがて、砂地の上に着陸すると、何人かの兵士が下りて駆け寄ってくるのが見えた。
兵士は座っている友哉の前まで来ると、踵を揃えてピシッと敬礼する。
「ミスター・ヒムラ、ミスター・ジーサードの要請により、あなたを、お迎えに上がりました。グレーム・レイク空軍基地へとお連れいたします。どうぞ、ヘリへお乗りください」
もし、ジーサードが敗北していたら、友哉は否応無く強引に連行されていた事だろう。
しかし、まるでVIPに対するような丁寧な対応は、この戦いの帰趨がいずれに帰したかを如実に表している。
友哉は振り返ると龍次郎に笑みを向けた。
「ほら、言ったとおりでしょ」
「・・・・・・・・・・・・フン」
それに対し、龍次郎はそっぽを向いて鼻を鳴らした。
2
時間は、少し遡る。
エリア51内の指令室において、マッシュ・ルーズヴェルトは、自慢のマッシュルームカットを振り乱しながら、焦燥と狂乱の連合軍から総攻撃を受けていた。
「そんな馬鹿なッ!! そんな馬鹿なッ!! そんな馬鹿なッ!! そんな馬鹿なッ!!」
彼の目の前に映された大画面では、巨大な炎の塊が地表に叩き付けられる光景が映し出されていた。
LOOは撃破され、海兵部隊も全滅、切り札であるプレデター部隊に至っては、キンジとジーサードがやった石炭野球で壊滅すると言う体たらくだった。
本当だった。
全て本当だったのだ。
カフェでの対談で、マッシュはキンジ、友哉、茉莉を小馬鹿にし、その戦いぶりがインチキであると勝手に断じた。
だが、全て本当だった。
友哉はまるで猛禽のように大空を舞い、茉莉は高解像度カメラでも捕捉しきれない程の速度で駆けまわり、キンジに至っては最新兵器を野球ゴッコで撃墜してしまった。
最後に、破れかぶれとばかりに特攻させたグローバルシャトルは、キンジとジーサード、遠山兄弟の連係プレイで撃破されてしまった。
この時、ジーサードが
流星と桜花。
合わせて
これでジ・エンド。マッシュが繰り出した
「出鱈目だッ 何なんだ、こいつらはッ!?」
殆ど悲鳴に近い金切声をあげるマッシュ。
現実を受け入れられないのだ。
「僕の計算は完璧だったッ こんなのは何かの間違いだッ」
自分が敗北するなどあり得ない。
こんな物は絶対に認めないッ
「
言いかけて、マッシュは気付いた。
指令室の中には誰もいない。
オペレーター達も、ジェス・ローラットですら、いつの間にか姿を消していた。
沈む船からは鼠も逃げる。
彼等は皆、敗北したマッシュにいち早く見切りをつけて退避してしまったのだ。当のマッシュ自身を置き去りにして。
マッシュは所詮、知力だけが恃みの傲慢な成り上がり者。それが一度敗北すればこうなるのは明白である。
「豪華客船マッシュ・ルーズヴェルト号」は、今や沈没寸前の難破船だった。
「クソッ クソッ クソォ~~~~~~!!」
マッシュはインカムを床に叩き付けると、そのまま踵を返して駆け出す。
「まだだッ まだ、僕は負けてない!!」
ひとまず、ここを脱出すれば、まだまだマッシュには使える戦力と権限が溢れている。
捲土重来はいくらでも可能なはずだった。
そのまま扉を開き、廊下へと転がり出るマッシュ。
その時だった。
カツンッ カツンッ カツンッ カツンッ カツンッ
一定のリズムを刻みながら、近付いてくる足音に、マッシュは思わず足を止める。
振り返る視線の先。
そこには、鋭い眼つきをした、長身の東洋人が立っていた。
「お前はッ!?」
思わず、目を向くマッシュ。
対して、東洋人の青年は、静かな声で言い放った。
「日本国、京都武偵局所属特命武偵、四乃森甲だ。マッシュ・ルーズヴェルト。連邦不正請求禁止法違反の容疑で逮捕する」
「馬鹿なッ!?」
甲の言い分にマッシュは声を荒げる。
「僕にそんな罪状は無いッ 事実無根だ!! いや、そもそもッ」
マッシュは、震える指を甲に突き付ける。
「日本の武偵である君に、逮捕される謂れは無い!!」
マッシュの追及に対し、
しかし甲は、一切顔色を変えずに言い返す。
「民主党議員からの依頼だ」
短い声で告げられた言葉に、マッシュは自分の顔面が蒼白になるのを感じた。
民主党。
つまり、マッシュを支持する政党の依頼で、甲はマッシュ逮捕しに現れたと言う。
それはつまり、民主党はマッシュを見限った事を表している。
民主党はマッシュの首切りを決定したものの、先刻まで自分達の同僚であったマッシュを自分達の手で逮捕するのは、世間体に言っても極まりが悪い。だからと言って、他の政党シンパに依頼する訳にもいかない。
そこで、日本人でありながらアメリカのヒーロー組合にも所属し、完全に中立的な立場にある甲にマッシュ逮捕を依頼したのだ。
今更言うまでも無いが、マッシュには敵が多い。出世街道のトップを独走するマッシュの足を引っ張って蹴落とそうとする輩は、それこそアメリカ国内だけでごまんといるのだ。
そんな連中が、マッシュの失敗を期に一斉に動いたのは言うまでも無い事だった。
「クソッ 俗物どもがッ」
吐き捨てるマッシュ。
だが、その間にも甲は、顔色一つ変えずに近付いて来る。
「言い訳は裁判でするんだな」
もっとも、その裁判自体が公正に行われると言う保証は無いが。
マッシュにとって、今やアメリカ国内全てが敵だらけの状態である。彼等が寄ってたかって、マッシュに濡れ衣を着せて葬ろうとしてくるのは明白だった。
だが、
「フッ・・・・・・フフッ・・・・・・」
突如、マッシュの口から放たれた笑みを聞き、足を止める甲。
対して、マッシュは顔を上げると血走った目で甲を睨みつけて来た。
「こ、これで終わると思うなッ ぼ、僕の力は、こんな物じゃないんだァ!!」
殆ど裏返った声で言い放つと、手にしたリモコンを操作する。
すると、暫くして、廊下の陰から、何やら重い物体が歩いてくるような音が聞こえてきた。それも、複数。
やがて、それらが甲の視界にも映し出される。
それは、人の形をした機械の塊だった。
と言ってもLOOのように、外見上人間に見えるような高性能な物ではない。
言うなれば、むき出しの骨格標本を、全て金属で構成して、主要部分を最低限の装甲で覆ったような姿をしている。
数は5体。皆、無機質な瞳を甲へと向けてきている。
それらを背後に従えながら、マッシュは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「どうだい、すごいだろうッ LOOを製造する過程で生み出された
自慢げに語るマッシュ。
それに対して甲は無言のまま、立ち尽くしている。
その姿を見て、マッシュは更に笑みを刻む。
どうやら、甲はこの機械人形に恐れを成し、その場から動く事も出来ないようだ。ならば、こちらから仕掛けるまでだ。
「行けッ!!」
マッシュの命令を受けて、機械人形たちは一斉に動く。
彼等は武器は持っていないが、全員が鋼鉄の拳を振り上げて、甲へと殴り掛かる。
それらが一斉に甲へと迫る。
次の瞬間、
閃光が、縦横に駆け巡った。
一瞬の静寂。
次の瞬間、5体の機械人形は例外なく、バラバラと床に転がった。
「んなァッ!?」
あまりにも現実感が無い光景に、マッシュは思わずポカンと口を開ける事しかできないでいる。
そして、
その場に1人佇む甲。
その両手には、二振りの小太刀が握られている。
御庭番式小太刀二刀流。
徳川幕府400年の歴史を陰から守り続けた達人の技は、最新兵器すら全く寄せ付けない。
焦るマッシュ。
対して甲は、何事も無かったように、小太刀二刀をだらりと下げたまま、
「クソッ!!」
マッシュは後じさりながら、更にリモコンを操作する。
程無く、今度は先程よりも更に巨大な音が聞こえてきた。
廊下の陰から現れた物は、今度は人型ですら無い。
言うなれば歩行戦車、とでも称するべきか、巨大な足で二足歩行こそしているものの、そのずんぐりした巨体からは、ガトリング砲や迫撃砲と言った強力な兵器が突き出している。
「ど、どうだッ 恐れ入ったかッ!!
マッシュの高笑いを受け、歩行戦車が動き出す。
基地内であるにもかかわらず迫撃砲を放ち、ガトリング砲が唸りを上げて回転する。
吐き出される砲弾の数々が、廊下の床や壁に着弾して爆風を上げる。
煙がもうもうと立ち込め、視界が妨げられた。
「こ、これならッ!!」
確信を込めて、マッシュは呟く。
致死量を遥かに超える弾丸が放たれたのだ。甲の体は粉々に砕け散っている筈。
そう思って、身を乗り出すマッシュ。
やがて、煙が晴れる。
見渡す視界。
その中で、
甲の姿は見当たらない。
「よ、よしッ!!」
思わず、ガッツポーズを取るマッシュ。
これで勝った。
そう思った、
次の瞬間、
「御庭番式小太刀二刀流・・・・・・・・・・・・」
低い声が放たれる。
ギョッとして振り返るマッシュの視線の先。
そこには、小太刀二刀を逆手に持って構えた甲が、いつの間に接近したのか、歩行戦車のすぐ足元で鋭い眼光を放っていた。
「
放たれる斬撃。
鋭い体の回転によって得られた高速の斬撃が、容赦なく襲い掛かる。
数は、その名の通り、6連撃。
その一撃一撃が、正に必殺以上。
武術に関しては全くの素人に過ぎないマッシュには、何が起きているのかすら把握できない。
ただ、気付いた時には、歩行戦車は散々に斬り裂かれ、ただの鉄屑の塊と化していた。
「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」
歩行戦車は、一瞬にして残骸と化し、ガラガラと音を立てて床に崩れ落ちていく。
その光景に、唖然とするマッシュ。
最先端科学の申し子たる兵器たちが、たった1人の男が繰り出す剣の前に斬り伏せられていく。
それは、悪夢以外の何物でも無かった。
対して、甲は鋭い眼差しでマッシュを睨む。
「次は何だ?
「クッ!?」
全ての手札を失い、完全に進退窮まったマッシュ。
「ウワァァァァァァァァァァァァ!?」
そのまま踵を返し、一散に逃げ出した。
とにかく逃げる。
ありったけの力を振り絞って逃げる。
自分は、この基地の構造を知り尽くしている。逃げて脱出する事ができれば、それでいいのだッ
だが、
暫く進んだところで、マッシュは足を止めた。
「な、何でだ・・・・・・・・・・・・」
驚愕の眼差しと共に紡がれる言葉。
なぜなら、
息を切らしているマッシュの目の前には、
泰然とたたずむ、甲の姿があったのだ。
「遅かったな」
まるで何事も無いように語る甲。
「悪いが、この基地の構造は全て、頭の中に入っている。逃げても無駄だぞ」
その宣告のような言葉が、
マッシュの、最後の気力を奪い去った。
崩れ落ちるマッシュ。
その傍らに歩み寄ると、その手を掴んだ。
3
友哉がヘリでエリア51に到着した時、全ては終わっていた。
基地には集まった空軍兵士達が、ボロボロになったジーサード一行を囲んで、「USA!! USA!!」と大合唱している。
どうやら、トランザム号が飛び込んだ先は、ジーサードシンパのエリアだったらしい。その為、兵士達はヒーローの到着を大歓迎しているのだ。
そんな中、
ヘリから降りてくる友哉の姿を見付けた茉莉が、兵士をかき分けて走ってくるのが見えた。
「友哉さん!!」
そのまま駆け寄ってきた茉莉が、ダイブするようにして友哉に飛びついてきた。
「おろーっ!?」
龍次郎との戦闘でダメージを負っていた友哉は、茉莉の勢いを支えきれず、背中から地面に倒れ込む。
だが、茉莉は構わずに友哉の上にのしかかって顔を近づける。
「もうッ どうして、あんな無茶をしたんですか!?」
「そう心配しなくても、この通り無事だったんだし・・・・・・」
「そう言う問題じゃありません!!」
友哉の上に馬乗りになりながら、茉莉はいつになく強い口調で言い募る。
「もし、友哉さんの身に何かあったりしたら、私は・・・・・・・・・・・・」
目にうっすらと涙を浮かべる茉莉。
そんな茉莉に対し、
友哉は手を伸ばして、頬を優しく撫でてやる。
「ごめんね。けど、大丈夫だよ。僕はこの通り、無事に帰って来たでしょ」
「友哉さん」
その言葉に、泣き笑いのような表情を浮かべる茉莉。
と、そんな2人に対し、周囲の人間が喝采にも似た歓声を嵐の如く浴びせてくる。
目を転じれば、ジーサードリーグの面々も、何やら温かい眼差しを送ってきていた。
そこで、2人はほぼ同時に気付く。
茉莉は、倒れた友哉の腹の上に馬乗りになる形になっている。
友哉の腹には、茉莉のお尻の、柔らかい感触がじかに伝わってきていた。
「「ッ!?」」
慌てて飛び退く、友哉と茉莉。
揃って顔を紅くするカップルを、居並ぶ兵士達は口笛を鳴らしたり、足を踏み鳴らしたりして、祝福なのかブーイングなのか、よく判らない歓迎の仕方をするのだった。
その時、
兵士達の陰から、連行されてくるマッシュの姿が現れた。
左右を大柄な兵士に取り押さえられた姿からは、先日でのカフェにおける尊大な印象は微塵も見られない。
場所が場所だけに、
その背後には、甲の姿もあり、彼と並んで歩くように、空軍准将の階級を付けた大柄な将官の姿もあった。
「よう、マッシュ。死体袋入りじゃなくて悪かったな」
そう言って笑い掛けるジーサード。
それは、皮肉としては最高のレベルだった。
カフェでのやり取りを、そっくりそのままやり返した形である。
「今の彼は『マッシュ容疑者』です」
傍らの空軍准将が、説明するように言った。
「ミスター・ジーサードがエリア51に到着した時点でNSAを解雇され、同時刻に連邦不正請求禁止法違反で、彼に逮捕されました」
そう言って准将は、隣の甲を差す。
「あんな告発は無効だ。裁判で覆してやる・・・・・・・・・・・・」
マッシュは暗い目をして呟くが、その言葉に力は無い。
もはや自分には、何の力も無い事は、他ならぬマッシュ自身がよく判っている事だった。
「怖がることは無いぞマッシュ君。
それは、間違いなく地獄だった。
ただ一度の失敗。
それが、マッシュ・ルーズヴェルトの全てを狂わせた。
今や、彼を最強たらしめていた「権力」と言う力は、彼にとって最悪の敵となって立ちはだかっていた。
「あー、マッシュ。俺は平和ボケの日本人だが、どうやらお前の方が実戦経験は足りなかったみたいだな。まあ、出所したら歩兵からやり直せよ」
完全に戦意喪失しているマッシュに、キンジはやや歯切れの悪い嫌味を返す。
どうにも、先日の尊大な態度と比べて今の落差では、どう対処したらいいか判らなかった。
それにしても、
「空しいね・・・・・・・・・・・・」
「友哉さん?」
ポツリとつぶやいた友哉の言葉に、茉莉が視線を向けてくる。
彼女の頭をそっと撫でてやりながら、友哉は脳裏で今回の戦いを反芻していた。
今までの敵は、好悪こそあれ、全員が最前線に身を晒していた。それは魔女連隊長官イヴィリタのように、戦闘力が無い者であっても同様であった。
皆、己の力と立場に誇りを持ち、正々堂々と挑んで来たのだ。
だが今回、マッシュは終始後方の安全地帯で、モニターを見ながらゲーム感覚で戦っていただけである。
こちらは命がけ。しかし、マッシュにとってはただのゲーム。
これでは、勝ってもただ空しいだけであるのも無理は無い。
「何故だ・・・・・・・・・・・・」
砂漠に膝を突き、四つん這いになりながらマッシュは呟いた。
「僕の計算は完璧だった。僕が負ける可能性は、皆無に等しかったはずだ・・・・・・・それなにの、なぜ、僕は負けたんだ?」
「そりゃ、お前が馬鹿だったからだろ。俺達にケンカ売る奴はみんな、馬鹿のノーベル賞だ」
皮肉でも何でもなく、ただ事実を告げるように淡々とした調子で告げるジーサード。
今回の戦いに空しさを感じているのは、友哉やキンジだけでなく、ジーサードもまた同様だった。
これで相手が正面から正々堂々とぶつかって来ていたら、まだ救いもあったのだが、そもそもマッシュの能力では、それも不可能な事だった。
「ジーサード・・・・・・僕を笑いたければ笑え。殺したければ殺せ。僕は君のように強い男にデザインされなかった。周りのみんなは、女の子ですら僕よりも強かった。みんな、それこそオペレーターの少女達ですら・・・・・・陰で僕の事を笑っていたのを知っていたよ。だから縋ったんだ。僕が掴める、権力と言う力に・・・・・・僕を認めてくれたNSAに・・・・・・・・・・・・」
マッシュはどうあっても、独力でヒーローの座を勝ち取る事はできなかった。
だからこそ、自分を認めてくれたNSAに全てを掛けたのだ。
「そんな事ありませんよ」
静かな声で言ったのは、茉莉だった。
「マッシュさんは、確かに身体的な不利を負って生まれて来たかもしれません。けど・・・・・・」
茉莉は言いながら、傍らの友哉をチラッと見る。
「体が小さいと言う意味では、友哉さんだってそう変わらないです。けど、友哉さんはいつも努力を欠かす事無く自分を鍛え続け、どんな敵にも負けない強さを身に付けました」
言い募る茉莉。
対して友哉はと言えば、べた褒めしてくれる彼女の言葉に照れながら、顔を紅くして視線を逸らしている。
「あなたは人工天才。確かに、ジーサードさんとは違う形で生まれて来たかもしれません。けど、少なくとも生まれた時の条件は、友哉さんよりは良かったはずです。その力を、もっと別の形で活かす事もできたんじゃないですか?」
「それは・・・・・・・・・・・・」
茉莉の言葉に、マッシュは沈黙を返す。
確かに、友哉は身体的に恵まれているとは言い難い。華奢な体付きは、一般的な女子よりも多少大きい程度。武偵校の女子なら、友哉よりも大柄なのがゴロゴロといる。
しかし、だからこそ友哉は、日々自分を鍛える事に余念がない。
「瀬田の言うとおりだ。お前は、自分を活かす方向を間違えた」
ジーサードは、這いつくばるマッシュの傍らに膝を突きながら言った。
「けどな、そんなお前を認めているのは、別にNSAだけじゃねえぞ。もう1人いるだろうが。それを忘れるな」
ジーサードの言葉に、マッシュは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
「・・・・・・誰だ、それは? そんな奴、居るはずがない」
言下に否定するマッシュ。
だが、それに対してジーサードはニヤリと笑う。
「いるさ。お前の目の前にな」
「ッ!?」
「俺だ。この前は、殺される寸前までやられたしな。今回だって、俺等をあそこまで追い詰めたのはなかなかのもんだったぜ。だから顔を上げろ。もう泣くな。笑え。俺も、お前と同じ、アメリカの為に造られた哀れな男さ。それが2人とも捨てられて、砂漠でアホ面突き合わせている。どうよこれ、笑えるだろ?」
一瞬ポカンとするマッシュ。
やがて、ずれたメガネのまま、泣きはらした顔に笑みを浮かべる。
「・・・・・・・・・・・・フフ、そうだな、確かに笑えるよ。だが、アホ面というなら、君の方がアホ面だ」
「へっへっへ、いーや、お前の方がアホ面だ。そこは譲らねえ」
低次元トークで笑い合う、2人の
空しい戦いの果てではあったが、そこに新たなる友情が芽生えた事は、荒涼とした砂漠の中で、一輪の花が咲くに等しい光景だった。
マッシュは立ち上がり、身形を整え、こぼれ出た涙を袖でグイッと拭い取る。
先程までの弱々しい姿とは違う、強い男の姿だ。
「痩せても枯れても、僕はアメリカ人だ。そして、全てのアメリカ国民には、自分の正義を信じて行動する権利がある。したがって、僕は君達のこれ以上の破壊活動を防止する為、ジーサード、君を瑠瑠色金の所へ案内する」
その姿には、過去の自分を脱ぎ去り、新たな道を歩み始めた、新生ヒーローとしての姿が垣間見られるようだった。
4
マッシュによって案内されたのは、エリア51内地下5階にある格納庫だった。
いくつもの隔壁を越え、厳重な防御を解除しながら進んで行く。
正直、ただ攻め込んでも、瑠瑠色金を取るのは不可能だったかもしれない。この厳重な防御を破るには、セキュリティを解除できるマッシュの協力が不可欠だった。
やがて、最後の隔壁を抜けた先に置いてあったのは、20台ほどのクラシックカーだった。
T型フォードと呼ばれる米国産の自動車は、世界中で販売台数1500万台を超えたベストセラー車である。
だが、
問題の瑠瑠色金はどこにもない。
マッシュは呆然とし、ジーサードは力が抜けたように膝を突く。
ここまで苦労して、
命がけで困難を越えて、
その結果が、これとは・・・・・・・・・・・・
友哉もまた、めまいにも似た脱力感を感じる。
全て徒労だったのか。
だが、
「サード、この車、全部、全部、瑠瑠色金だ・・・・・・・・・・・・」
震える声で言ったのは、
「・・・・・・・・・・・・なに?」
顔を上げるジーサード。
続いて、色金関係に知識があるツクモも、涙を流しながらジーサードに寄り添う。
「間違いありません、サード様。この車全て、塗装の下は瑠瑠色金です。走れるようにもなっていますッ これこそが、探し求めていたお宝ですよ、サード様!!」
友哉も、驚愕に目を見開く。
並んでいる車は全部で20台ほど。
この全て、色金でできていると言うのか?
「これはカムフラージュだよサード。たぶん、アメリカ政府は戦争が起きた時に、走って全米各地に逃がす為に、色金を加工して、当時ありふれていたT型フォードに偽装したんだ」
説明するロカの声も振るえている。
つまり、この車を1台持って帰るだけで、使っても使い切れないほどの瑠瑠色化が手に入ると言う事だ。
「やったなッ ジーサード」
「兄貴」
キンジがジーサードの脇を掴んで立たせながら、歓喜の声を上げる。
その時だった。
「キンジさん」
レキに呼ばれ、振り返るキンジ。
その唇に、レキの唇が押し当てられた。
突然のキス。
キンジが驚愕し、誰もが唖然とする中、
唇を放したレキは、
まるで根本から、何か別の物に入れ替わったように、気配が最前までとは違っていた。
「レキさん?」
近付こうとする茉莉。
しかし、レキは手を上げて茉莉を制する。
どこか艶のある仕草のレキ。こんな姿、普段の彼女なら決して見せる事は無いだろう。
レキは踵を返すと、ゆっくりと車の方へと近づく。
「そこにいるのですね、ルル」
問いかけるように放たれた言葉。
それに答えるように、
立体映像のような、青い裸体の女性が、目の前に現れた。
それは幻想的な光景だった。
友哉達も、呆然とした様子で状況を眺めている。
数々の超能力や魔術に触れる機会がこれまでにあったが、これほど幻想的で理を超越した光景は、今までに見た事が無かった。
だが、
その中で、キンジ、ジーサード、マッシュの3人だけは、他とは違う意味で驚愕していた。
現れた青い光の女性。その姿に、3人は見覚えがあった。もっとも、キンジは写真でだが。
「どうか、お許しください。あなた方が愛する、この女性の姿をお借りした事を。私達は定まった姿と言う物がございませんから、あなた達の脳内にあった、この姿をお借りしたのです」
その姿は、ジーサードやマッシュの開発に携わった、サラ博士の姿だった。
「ルル・・・・・・・・・・・・」
レキ、の中にいる、何か他の存在が、静かな口調で語りかける。
「もう止めましょう、ヒヒを。私は、この璃巫女の感覚を借りて、物語のあらましを見ていました。人間たちの命と心の為に、止めなければなりません。ヒヒを・・・・・・」
「私は・・・・・・争う時を、殺める時を、止める時を恐れていました。たった3つしかない私達が、また孤独に1歩近付くのを。ですが、もうリリの言う通りなのでしょう」
そう言うと、青い女性と、レキの体を使用している女性は、振り返って一同を見た。
「・・・・・・どうか・・・・・・止めてください。ヒヒを・・・・・・緋緋色金を、私達の姉を」
第10話「ヒーローは倒れない」 終わり